「もらった!」
グラ・バルカス海軍の、アンタレス戦闘機の搭乗員は、それを確信した。
機銃の発射釦に力が入る、 ──── その瞬間。
ヒュッ
── !?
敵の姿が掻き消える。発射された弾丸が描くオレンジの火線は、虚しく虚空を切る。
その敵は、飛行していた軌道からほぼ直角上昇したかと思うと、極端な弾道のような軌道を描いて、アンタレスの上方から襲いかかる。
魔力によって、ジュラルミンの機体を破壊するには充分な程に圧縮された、空気弾が放たれる。それは着弾と同時に、その圧力を解放し、爆発と同じ現象を起こす。アンタレス戦闘機は、分解しながら海上めがけて落下していった。
「ふん、飛行機械とは根本的に違うということが、この野蛮人どもには理解できないようだな!」
決して周囲への警戒を緩めずにいるも、ウージは声に出していた。
乱戦で、ついに風竜にも2騎の被撃墜が出たが、グラ・バルカス機がいい勝負ができたのも、補給を終えたミリシアル機が戦闘空域に戻って来るまでの間だった。
──────── グラ・バルカスの第2次攻撃隊は、護衛戦闘機が第1次攻撃隊の半分しかついていなかった事もあり、やはり大損害を被った。
それでも、第1次・第2次攻撃隊合わせて、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦10隻が撃沈された。また、損傷で艦隊陣形から離脱した巡洋艦も多数出た。
だが、グラ・バルカス軍が支払った代償はあまりに大きかった。
シリウス艦爆は132機中、118機が被撃墜。先鋒を切って突入し、その上迂闊に第零式艦隊の上を飛び越えたため、ロウリア艦の57mm砲と『アトラテタス』によって全滅に近い損害を被ってしまった。
一方、リゲル艦攻は、その飛行性能の低さから損害を覚悟していたグラ・バルカス側の目算に反して、108機中被撃墜は72機で、大損害に違いはないが、より多く生き残り、また戦果を出した。これは、防空陣形を固めるミリシアル艦隊に対し、指揮官が無理に空母を狙わず、攻撃可能な随伴艦を攻撃する事を選択したことが多かったからだ。
ただ、何れにせよ、高価値目標である戦艦・空母は、マーキュリー級戦艦1隻が損傷したリゲル艦攻に突入されて判定中破となったのみで、損害に見合わない戦果しか上げられなかった上、グラ・バルカス側の空母の攻撃力は一気に低下する結果に終わった。
「攻撃隊の編成はどうなっている?」
ミリシアル征西艦隊、旗艦『カレドヴルフ』。
戦闘艦橋内で、レッタルが参謀達に訊ねる。
グラ・バルカスの攻撃隊が去った後、ミリシアルの空母は邀撃に上がっていたエルペシオ、ジグラント2を着艦させ、今度は逆に自分達からグラ・バルカス艦隊へと送り出す攻撃隊を準備しているところだった。
すでに雷装で待機しているジグラント3はいつでも出せるが、エルペシオ3Γとジグラント2の爆装は今取り掛かったところだ。もうしばらく時間がかかる。
流石に、護衛無しで雷撃機だけを出撃させる無謀なことは考えられなかったが ────
「各空母からの報告を纏めました。戦闘機は48分後、爆撃機を待っていると2時間15分後になります」
参謀の1人が、レッタルにそう報告してくる。
「ううむ……」
戦闘機と雷撃機だけで行かせるべきか、爆撃機を待つべきか、レッタルは思慮する。
「第零式艦隊と第1艦隊の接敵の方が先になるかも知れません」
参謀がそう言う。
「…………それで問題があると思うか?」
レッタルは、自身の中ではすでに答えの出ている問を、参謀達に問いかけた。
果たして、別の参謀が、レッタルが期待した通りの回答をしてくる。
「ありません!」
他の参謀達を見回しても、それに反論のある者はいなさそうだ。
「艦隊の規模はやや敵に分がありますが、戦艦の数では大差ありません! 殴り合いになれば、負けることはないでしょう!」
「よろしい」
その答えに満足して、レッタルは次の命令を出そうとした。
『第零式艦隊、第1艦隊増速、敵艦隊へ向かう!』
しかし、レッタルがそれを告げる為に口を開きかけた、まさにその時だった。
「司令!」
レッタルの言葉を遮るかのように、通信オペレーターが声を上げる。
「第1級通信が入っています! 司令に直接繋げと」
「何っ!?」
レッタルが、驚きの声を上げた。参謀達、戦闘艦橋内に動揺が走る。
第1級通信は、ミリシアルの国家としての最重要事項を伝える為に使われる。それゆえ、少々の事態では使われないものだった。
「ま、まさか……」
参謀の1人が、愕然とした様子で声を漏らす。
「本国が攻撃されているというのか!?」
この言葉に、この場にいる誰もが戦慄した。
グラ・バルカス海軍は、本土にまだかなりの数の艦隊を保有している、と言う情報は、すでに彼らも得ていた。
ムー大陸北側は、ムー北西沖以東にグラ・バルカス艦隊が進出した場合、直ちに攻撃に移る、と、エクスプレッセスティが通告してきてはいる。
だが、捕捉に失敗した、あるいは、数が多すぎてすり抜けられた、という事は、充分に考えられる。それに、完璧な捕捉の難しい潜水艦を使われた可能性も否定できない。
「と、とにかく司令に繋げと……映像付きの通信です。モニターに映します」
オペレーターがそう言うと、メインモニターにその映像が映し出された。
「っ!?」
レッタル達は、その映像を見て、さらに驚きというか、異様さに目を剥いた。
それは、軍艦の内部のようにも見えたが、そこにいる人物は、全員が奇妙な仮面をつけ、海軍とはもちろん、陸軍とも異なる制服を着ている。
レッタル達、司令部要員の高級士官は、それを見て一気に緊張する。
映像の中で、他の者とは着衣と仮面の意匠が異なる者が、その中心に立ち、こちらを見ている。
『征西艦隊司令部の諸君、苦戦している ──── というわけではないようだが、やや手間取っているようだねぇ』
その、中心に立っていた男、恐らくは通信元の場所の長と思われる者が、そう言った。
──── と、少し勿体つけてしまったが、その人物は、数刻前まで潜水艦狩りをしていた、メテオスである。
レッタル達にとっては、彼とは初対面だったが、その地位がどういうものかは知っていた。
「あ、あなた達は……何の御用でしょうか?」
征西艦隊の司令官を任せられるレッタルが、仮面ではっきりしないものの、恐らくは自身よりずっと若いメテオスに、へりくだるような言葉遣いで問いかける。
『おや、聞いていなかったのかね? レッタル・カウラン君……これは皇帝陛下の御慈悲だよ』
伊達者のような口調に仕種を加えながら、メテオスが言う。
『おっと、自己紹介がまだだったね。私は対魔帝対策省、古代兵器分析戦術運用部運用課所属、メテオスと言う。発掘古代兵器、パル・キマイラ級空中戦艦2番艦、「パル・グリフィス」の艦長をやらせてもらっている』
「ぱ、パル・キマイラ級!?」
それを聞かされて、レッタル達は仰天する。
パル・キマイラ級の存在は、一般にとっては、噂話、あるいは与太話の類だ。軍の上級指揮官には知られている。
古代魔法帝国で開発された兵器とされていて、それは軍ではなく、ミリシアルが将来の
彼らが仮面をかけているのも、市井にあって、パル・キマイラ級の運用者を特定される事を防ぐためだ。
── 陛下はこの戦い、そこまで重視なされていたという事か……
征西作戦は、誰より皇帝ミリシアル8世が強く求めた者と聞いていたレッタルは、声に出さずに呟く。彼や参謀達に、今までとは別種の緊張が走った。
「あのぅ……我々海軍は、貴方がたの事を聞いていなかったのですが、一体どういう経緯で出撃なさったのでしょう?」
戸惑いつつ、レッタルは、相変わらず下手に出る口調で、メテオスに問いかける。
『言っただろう、“陛下の御慈悲”だと。今回、陛下は諸君らだけでは作戦目標を達成できないと予想され、直接、我々パル・キマイラ級に派遣を命じられたのだ。我々「パル・グリフィス」だけではなく、1番艦の「パル・キマイラ」も、間もなく想定交戦海域に到着する』
「陛下が……」
レッタルは、複雑な想いで言葉に出す。御慈悲、つまり好意でパル・キマイラ級を送り出してくれたのは解るが、それは逆に、自分達が信用されていなかった、ともとれる。
すると、そのレッタルの心中を察したのか、メテオスが言う。
『おや、どうやら心外だ、と考えているようだね?』
「い、いえ、そんな事は……」
図星を突かれて、レッタルは慌てた声を出す。
『ンッフッフ、大丈夫だよ。陛下は君達の事は信用していらっしゃる……ただ、不確定要素は排除しておくべきだということでね……』
「不確定要素?」
『潜水艦だよ』
「うっ」
メテオスに指摘されて、レッタルは呻くような声を出す。
『ああ、諸君らが無能だということはないよ。ただ、残念ながら水上艦からの対潜装備は、諸君らはまだ手にしたばかりだからね……低速で飛行できる航空機であれば捕捉は難しくないということでね、我々には君達の宴に水を差す者を排除しておけ、と命令されたわけだ』
ニヤニヤと笑いつつ、メテオスは説明する。
『それも一段落したところでね。ついでだからと、
「は、はぁ……」
『どうやら、さほどの苦戦はしていないようだが、まだ数では向こうに分があるようだ……少々のお節介をさせてもらうよ。ああ、これから君達の上空を通過するから、攻撃しないでくれ給えよ……陛下の大切な剣なのだからね』
「そ、それはもちろんです!」
『よろしく頼むよ』
メテオスの、口元の気障な笑みからの言葉を伝えて、通信は切れた。
レッタルは、緊張から解放されて、指揮官席の椅子にドサッ、と身体の全体重を預けてしまう。
「よろしいのですか?」
参謀の1人が、不快感を隠さない表情で、レッタルを向いて問いかけるように言った。
「ああ、まぁ、古代魔法帝国の兵器がどれほどのものかはわからないが、2隻でグラ・バルカス艦隊のすべてを殲滅するなど無理だろう」
レッタルは、わずかに呆れ混じりの口調で、言う。
「これが、エクスプレッセスティ軍がTu-160を復活させて出撃してきた、と言うならグラ・バルカスの連中を憐れむが、あんな軍人でもない人間が良くわからないものを使ったところで、できるのは時間稼ぎがせいぜいだろう」
ミリシアルの高級軍人として、情報部がエクスプレッセスティから収集してきた情報を閲覧した時に見た、地球の超音速爆撃機の名前を出して、レッタルは皮肉交じりにそう言った。
魔帝対策省・古代兵器分析戦術運用部の性格上、軍事にずぶの素人というわけではないのだろうが、それでも専門の職業軍人程とは、レッタル達にはそうは思えなかった。
まぁ返り討ちにはならないだろうが、攻めきれもしないだろう、と、レッタルは判断した。
「今のうちに空母に攻撃隊の準備をさせろ、いつでも出せるように」
「はっ!」
「ああそれと、これから味方の空中戦艦が上空を通過するから、決して攻撃しないように、と、全艦に通達」
「了解しました」
──── 『マーサ・ルセリア』CIC。
「7時方向より、空中目標接近してきます……が……」
C4Iの警戒監視オペレーターが、報告するが、言葉尻が妙な煮えきれなさを残した。
「どうした?」
怪訝そうに、オルクーニュが問いかける。
「…………システムトラブルじゃない……よな? いえ、やたら反応が大きすぎるんです」
「大きすぎる?」
「中佐!」
オペレーターの言葉に、オルクーニュが怪訝そうに反応すると、次に魔導通信担当の通信士が声を上げる。
「旗艦より、これから上空を空中戦艦が通過するので、攻撃しないように、との事です!」
「空中戦艦」
オルクーニュは、それを聞いて、オウム返しの言葉を出しつつ、脳裏でやはり、エクスプレッセスティ派遣中に文献で見た、ノースロップB-2『スピリット』を思い浮かべた。
「ちょっと見てくる」
「ハッ」
オペレーター達にそう告げて、オルクーニュは、艦橋前部の甲板に上がった。
後ろを向いて見上げると、それが接近してくるのが見えた。
「なによ……これ……」
思わずといった様子で、オルクーニュは、若い女性らしい声を漏らしていた。
ゆっくりと接近してくるそれは、やはり書籍で見た ──── メルセデス・ベンツのスリー・ポインテッド・エムブレム、それが飛んでいるように見えた。
ただ、エクスプレッセスティでベンツは、評価が芳しくない。ヨーロッパ車なんて整備に手間がかかる割には、アメ車のように愚図ったらぶん殴ればとりあえず直るようなものでもない。エクスプレッセスティで、世界最高級車と言えばトヨタ『センチュリー』である。
その逸話を知っているオルクーニュは、自艦の上を通り過ぎていくそれを見ながら、それもまた、ろくでもない事になりそうだな、と感想を覚えた。
パル・キマイラですが、2隻しかない上、扱い的にも“航空機”と言うより“艦”というように感じますし、ミリシアル軍としてはこれ以上出てくる気配もない……と、言うことで、2号機には固有の艦名を命名しました。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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