グラ・バルカス帝国海軍、東方艦隊。
──── の、付近。
複葉の水上機、『ルスウド』観測機の1機が、母艦である戦艦『ベテルギウス』からの指示で、艦隊の進路上を先行する形で飛行していた。
複葉と言っても、別に旧式機ではない。ルスウドは弾着観測用に開発された機体で、敵航空機の妨害が予測される状況でも艦隊上空に留まるため、それなりの空戦性能が求められた。だが、水上機であるために速度は期待できない。そこで、速度以外の、運動性能、格闘性能を高めるため、敢えて複葉を採用し、翼面荷重を低くすることで実現しているわけだ。
…………とは言ったものの、ルスウドの制式化はアンタレス艦戦と同年になってしまった。もともと航空主兵に傾きつつあったグラ・バルカス帝国海軍は、アンタレスの登場でそれが一気に加速した。
ルスウドの空戦性能が高いと言っても、空母搭載の多数の戦闘機が相手ではひとたまりもない。
結局、ルスウドは制式化とともにその任務を失ってしまっていた。
ルスウドは限定的に生産されているものの、それは主に哨戒用として運用されていた。
だが、つい最近、ルスウドに新たな任務が与えられた。それは対潜哨戒機としてだ。イルネティア南岸沖海戦で、エクスプレッセスティ海軍の潜水艦にグレートアトラスターを行動不能に追い込まれ鹵獲されたことで、潜水艦に対する危機感が一気に高まった。
専用の対潜哨戒機が開発されつつあったが、これは陸上用の双発機だった。対潜哨戒には低速で失速しにくい航空機の方が都合がいい。ということで、複葉で、空母以外の軍艦でも運用できる艦載水上機として、ルスウドが選ばれた。
この時も、このルスウドは、単フロート構造の主翼下に30kg爆雷4発と
「『接近する飛行物体に接触せよ』って、一体どういう命令なんですかねぇ」
後部座席の偵察員が、不可解そうに言う。
「飛行物体って……味方機じゃないんだったら、敵機だと思うんですが」
「さぁなぁ……」
操縦桿を握る機長は、まずぼやくような口調でそう言ってから、
「飛行機とは思えないものかも知れない。俺達の常識では考えもつかないようなモノが出てくるかも知れないぞ」
と、自分でも考え込んでいる内容を言葉にした。
「確かに……」
偵察員も言う。
「エクスプレッセスティ軍が出てきていませんからね。公開されているという資料だけでも信じられない兵器ばかりですから……装甲飛行船、みたいなものが出てきても
「有り得そうだ」
偵察員の言葉に、機長も同意の言葉を発した。
2人が、わずかに沈黙した後。
「待てよ、なんだ、あれは……」
機長が、正面にそれを発見して、声を出した。
「え、どうしましたか?」
「いや……あれは……」
偵察員が聞き返すが、その時点では、機長は曖昧な返事をする。
そうしている間にも、ルスウド観測機は、それに向かって接近していく。その接近していく過程での見た目で、機長は、視覚、感覚が狂うかのような錯覚を覚えた。
「なんだ、これは!?」
最初は、板か棒の様に見えていたが、接近していくと、もっと複雑な構造をしている事が解った。
緩く上昇しながら、さらに進むと、そのディテールが把握できるようになってきた。
「おい……お前が変なことを言うから、本当にこんなモノが出てきちまったじゃねーか」
機長は、緊張する意識を落ち着けようと、敢えて軽口のような口調でそう言った。
眼下に見えるのは、巨大な円。それに放射状の3本の梁がついたような姿の飛行物体だった。
「すみません。でも……これは……」
偵察員は、決まり悪そうに言いつつ、眼下のそれを覗き込む。
「これは……エクスプレッセスティのものではないようですね……」
「ああ……」
2人は飛行物体について、その形状からそう判断した。
エクスプレッセスティは
だが、今、眼下にあるそれは、ただ先進しているというだけでは説明がつかないような、明らかな異質さが感じられた。
装甲飛行船、とは言ったものの、 ──── いや、出てくるとしたらそう言ったものだろう。これ程の物を科学技術で空中に浮かばせるとしたら、自分達もよく知っている飛行船のように、比重の軽い気体を詰め込んだ気嚢を使うか、あるいは、熱機関による推進器を使うだろう。それ以外に空中に物体を浮かばせる技術があるのなら、翼の揚力で飛行する航空機や、ヘリコプターとか言う回転翼機、これらを使い続けている事はないはずだ。
見る限り、飛行船のように気体を詰め込むには明らかに適当ではない形状をしているし、熱機関による浮上用の推進器がついているようにも見えない。
「と、すると、これはミリシアルか、マギガライヒ共同体あたりの物と言うことか……?」
「おい、母艦に報告しろ」
呟いた偵察員に対し、機長がそう言った。
「あっ、はい!」
偵察員は、慌てて通信機を操作しようとするものの、
「…………あの、どう報告すれば?」
と、困惑した表情で、機長に訊ねるハメになった。
「見たままでいい。先入観の情報は加えるなよ? まだ、実際にエクスプレッセスティのモノではないと決まったわけではないからな」
「りょ、了解です」
旗艦『ラス・セレナール』、戦闘艦橋。
「ベテルギウスの水偵から報告が入っていますが……」
カイザルの参謀の1人が、困惑しきった様子で、おずおずと言った様子で、カイザルに向かって言う。
「そのう……」
「どうしたというのだ?」
何故か口籠りかけるその参謀に、カイザルが怪訝そうに問いかける。
「先程から接近しているレーダーの反応ですが、実際に、超巨大な飛行……物体がこちらに向かっていると」
「超巨大飛行物体……か。飛行機ではないのだな?」
カイザルは、どこか落ち着いた様子でそう言った。
「ええ、通信員が何度も確認したとのことですが、リング型の物体で、大きさは目測ですが、200mにもなると……」
「にひゃっ……そんなモノが飛ぶなど……」
驚愕の言葉を発しかけて、カイザルはその言葉を自ら遮った。
飛ばすだけなら、理論上はグラ・バルカスでも不可能ではない。
地球でも、悲惨な事故で知られている硬式飛行船『ヒンデンブルク』号は、全長235mにもなる。
エクスプレッセスティの技術力なら、充分に耐弾性をもたせた硬式飛行船を造ることは不可能ではないかも知れない、と、カイザルも、ルスウドの搭乗員の2人と同じように判断した。
「しかし、リング型ということは、飛行船というわけではないのだな?」
「ハッ、確認しましたが、似ても似つかないそうです。飛行船のように気嚢を積んでいるわけではないようですね。推進器のようなものも確認できないとのことです」
「と、すると、ミリシアルのモノだな」
カイザルもまた、情報だけで、そう判断した。
「たしかに、物体にはミリシアル帝国の軍紋章が入っていたと、確認に対して答えてきました」
最初は把握しきれなかったが、数度、ラス・セレナールとルスウド観測機とのやり取りのうちに、それを確認していた。
「いや、突拍子もない兵器というと、エクスプレッセスティが出処の可能性もある。実際に、ムーには軍事技術支援をしているようだからな」
マグドラ沖海戦では、グラ・バルカスの東征艦隊水上先鋒隊は全滅し、生存者はエクスプレッセスティに捕縛されたかミリシアルの捕虜になったかの為、ミリシアル軍の詳細の情報は充分に得ていない。
しかし、ムーが、複葉機の『マリン』から一足飛びに『スペアコブラ』を開発してきたところから、エクスプレッセスティが同盟国に軍事技術支援を行った疑念は抱かれた。そして、情報収集により、その疑念が事実である事が確認された。
また、エクスプレッセスティ共和国とパーパルディア皇国との戦争の前哨戦となるフェン侵攻では、エクスプレッセスティがフェン王国に兵器供与をした事も解っている。
この為、突拍子もない超性能兵器が出現した場合、そのものか、それに使われている技術か、それらの
「そうですね……軽量のガスや航空力学によって飛んでいるものではないようですから、エクスプレッセスティのものではないでしょう」
「だとすると、まだ
エクスプレッセスティの攻撃手段は、彼女達自身が隠していない ──── 潜水艦発射型のSM39については、そのスペックをひた隠しにしているが ──── ので、巨大装甲飛行船のようなものを持っているなら、艦隊への攻撃は巡航ミサイルを使ってくるだろうと想定できる。
だがミリシアルで、しかもそれがエクスプレッセスティの技術支援によるものではない独自のものだとなると、自国が予想もできないような攻撃手段を持っている可能性があった。
「現在の位置関係はどうなっている?」
カイザルが訊ねる。
「ハッ! 現在の移動方向と速度ですと、1時間弱程で、第1打撃群と接触します」
「ううむ……こちらに向ってきているという事は、明らかに攻撃が目的だろうが……どの様に対処すべきと思うかね?」
カイザルは、ある程度自分でも答えは出ていたものの、いくつかある選択肢のうちからどれを選択するべきか、参謀にそう訊ねた。
「艦爆隊の残りを、戦闘機とともに向かわせましょう」
「やはり、戦闘機の機銃だけでは不足と考えるか」
「ええ、ただ、爆弾に耐えられる程のものとも思えません。直径200mにもなるリングを全て、戦艦や巡洋艦の様に装甲したのでは、重すぎて飛べたものではないかと。未知の装甲材の可能性は残されますが……」
カイザルが聞き返すと、参謀はそう答えた。
「いや、私もそう考えていた。飛行機としては重装甲を持っているのかも知れないが……よろしい。敵の、飛行機の攻撃が来る前に、この飛行物体に対しての攻撃隊を出せ」
「了解しました」
常識的な対応をしていいものかと、若干の不安はあったものの、放置するべきではないと判断できたし、現時点ではこれが最良の対応策であることは間違いないだろう、と、彼らは考えていた。
その、ラス・セレナールのいる場所から南南東方向。
ラス・セレナールと同型のへルクルス級戦艦、『マーシック』を旗艦とした、水上での先鋒部隊である第1打撃群が、ミリシアル艦隊に向かって南下を続けていた。
航空攻撃が終わった時点で、ラス・セレナールの東方艦隊総司令部からは、戦艦3隻、大型空母2隻、軽空母1隻を撃沈もしくは撃破、その他巡洋艦、駆逐艦多数撃沈、とされていたが、それがどれほど正確かは、カオニア中将以下の第1打撃群司令部も懐疑的だった。
それは、雲霞の如き大編隊でミリシアル艦隊攻撃に向かった味方の航空隊が、引き上げてくる時はろくに編隊も組めず、パラパラと散発的に少数ずつが北上していったのを、目撃してしまったからだ。
── どうやら、艦隊決戦で決着を付ける必要があるようだな……
指揮官のカオニア中将以下、第1打撃群の高官達は、そう覚悟していた。ただ、意気が下がっているわけではない。むしろ艦隊一丸となって、士気を上げて、ミリシアル艦隊の先鋒部隊に向かっていた。
その最中、レーダーに奇妙な反応を拾った。それは航空機にしてはやたら強い反応で、しかし、水上艦にしては速すぎたし、何より水上目標に対しては、水上・地上のレーダーはあまり探知範囲が広くない。
それを本隊に報告したところ、対潜哨戒中だった水上機がそれに接触する為に向かい、そして ────
「──── 本隊より入電。『接近中の不明の反応は巨大飛行物体、ミリシアルの飛行兵器であると考えられる。航空攻撃を実施する。貴隊は水上の敵との接敵に備えよ』以上です!」
「超巨大飛行兵器……装甲飛行船みたいなものか?」
呆れ混じりに言ったカオニアだが、彼にしても、どうしても最初に “エクスプレッセスティ軍が建造した装甲硬式飛行船” が頭に浮かんでしまう。
「いえ……そうではないようです。どのような攻撃手段を持っているか不明の為、接近に際しては細心の注意を払うように、と。また、友軍機に対する誤射に注意されたしとの事です」
「ううん……一体、どのようなものがこちらに向かってきているのか、解らないのが不気味だが、とにかく攻撃隊が到達するまでは、慎重に進むしかないな……」
『パル・グリフィス』艦橋 ──── 艦橋と言うよりは、地球流の
「艦長!」
レーダーオペレーターが、艦長席のメテオスに向かって声を上げ、報告する。
「航空機と思しき反応、接近してきます」
「ふむ」
報告を受けて、わずかに首を傾げてから、メテオスは艦長席から立ち上がった。
「まぁ、最初は戦闘機を邀撃に向かわせるだろうねぇ」
「どうしますか?」
僅かに逡巡しているように見えたメテオスに、オペレーターが問いかける。
「装甲強化スタンバイ、アトラテタス砲の起動準備!」
メテオスはそう指示した。
もともと、アトラテタスCIWSは、このパル・キマイラ級空中戦艦に装備されていたものだ。海軍の人間には全ては明かされていないが、7隻発掘されたパル・キマイラ級のうち、現状、稼働できないものから取り外されたものが、軍に回された。
ただ、それらを稼働状態にするため、パル・キマイラ、パル・グリフィスからも、6基搭載されていたアトラテタス砲のうち、下面に取り付けられた2基を供出していた。
しかし、メテオスはそれに対して不安を
「……ああ、アトラテタス砲は準備状態で待機」
「はっ?」
メテオスが言うと、オペレーターが軽く驚いた様子でメテオスを振り返り、問い質す声を出した。
「とりあえず、彼らが本艦にどのような攻撃をしてくるか、確かめたいからね」
「ははぁ、了解です」
オペレーターもまた、メテオスと同じように、仮面から出ている口元だけでも解る程、不安を感じさせない様子で、メテオスの命令に応じた。
メテオスの命令はスムースに実行に移される。現状のミリシアルでは新たに製造することが不可能な、軽量小型の魔導エンジンは、音も殆ど立てずに出力を上げる。信管を刺激して作動させる事がせいぜいの魔光式防雷網とは比べ物にならないほど強靭な、青く光りつつ透明な魔素で構成された魔導装甲が、その表面全体に展開されていく。
メテオスは、唇の端を吊り上げる。
「さて、グラ・バルカスの諸君、お手並み拝見と行こうじゃないか」
はい、すみません。お待たせしました。
言い訳させてください……HDDが壊れました。1TBが予兆もなく突然死。
しかも、そのHDDに作品のファイルも保存していて、バックアップもなかったため、大本のWordのファイルや画像は全て喪失。
で、先週はHDDの復旧&精神的ダメージで燃え尽きてました。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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