フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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悩める賢者

「目標接近! 視認しました!」

 グラ・バルカス東洋艦隊、第1打撃群、旗艦『マーシック』戦闘艦橋。

「ほ、本当に浮いている! 翼も、推進機らしきものもないのに……」

 双眼鏡で見上げている見張員が、『パル・グリフィス』の姿を見て、絶句しかけながら、絞り出すような声で言う。

「対空戦準備! 主砲も使え! 射撃は各艦の判断に任せる!」

 カオニアが、そう下令した。

「主砲対空戦用意! 射撃管制は砲術長に一任する!」

 マーシック艦長が指示を飛ばす。

 対空近接信管を実用化しているグラ・バルカス帝国海軍だが、逆に開発されてからこそ、その効果の限度を知っていた。

 結局、敵航空機の排除は戦闘機によるものが最も効率的 ──── そう判断していたため、ただでさえ発射速度の遅い主砲での対空戦闘は半ば放棄されていた。

 これには、効果的な対空榴散弾の開発に失敗している事もその理由のひとつになった。

 この為、グラ・バルカス東洋艦隊の戦艦には、従来の主砲用ショ()()()ェル()型の対空砲弾は搭載されていたが、近接信管が取り付けられたものは用意されていない。

 その頼みの戦闘機が手も足も出ないとなって、亜音速巡航ミサイルをなんとか撃ち落とそうという事で、生産が始まっているが、今回の戦いには間に合わなかった。

 FCSレーダーからの射撃諸元を元に、グラ・バルカス艦隊の戦闘艦は、砲の仰角を上げて上を向かせる ────

 

 『パル・グリフィス』艦橋。

「敵艦隊、射程内に入ります」

 火器管制オペレーターが、報告の声を上げる。

 すでにパル・グリフィスの方でも、グラ・バルカス艦隊を光学装置で捉えていた。正面のメインディスプレイに、洋上で輪形陣を描く艦隊が映し出されている。

「ふむ……まずは先頭の、正面にいるあの大型巡洋艦から攻撃しようじゃないか」

 メテオスが、指で指してそう言った。

「随伴艦を何隻か落とせば、気が変わって降伏を受け入れるかもしれない」

「了解。目標、敵大型巡洋艦」

「敵艦発砲!」

 火器管制オペレーターが、メテオスに従って命令を復唱したその直後に、警戒監視オペレーターの1人が声を上げた。

 眼下、もはやすぐ前方をこちらに向かってくるグラ・バルカスの戦艦、重巡洋艦が、パル・グリフィスに向かって主砲を打ち上げた。

 対空榴弾が形成する弾片と硝煙の雲の塊が、無数に生み出される。

「当たったかい?」

「いえ!」

 メテオスの、緊張はしているが憔悴はしていない質問に、オペレーターは即答する。

「いくらかの弾片が当たりましたが、すべて魔導障壁で防ぎました!」

「大半はハズレか」

「はい! そうなります!」

 オペレーターの、僅かな興奮を感じさせる答えに対し、しかしメテオスは、つまらなそうに、小さなため息を()いた。

「お前らの大砲じゃこの程度がせいぜいだろう、当たって防がれるどころか、当てることすらできない。お話になってないんだよ」

 メテオスは、そう呟いた後、

「射撃管制は任せる。攻撃を開始したまえ」

 と、下令した。

「第1主砲塔、射撃開始します!」

 ドドドン……ッ

 オペレーターの宣言の一瞬後に、上下に3基ずつ搭載されている15cm3連装砲塔の1基が、青い発射炎と共に、砲弾を打ち出した。

 

「な……な……!?」

 マーシックの艦橋で、艦長が呆然としていた。

 パル・グリフィスの主砲と思しき3連装砲が閃いたかと思うと、その一瞬後、輪形陣の先頭を進んでいた重巡洋艦『ウェズン』の甲板と上部構造物に、3本の()(ばしら)が上がった。

 射撃そのものは、弾薬庫への誘爆は避けられたか、ウェズンの艦体は原型を保って浮いていたが、それだけだ。1発が艦橋に直撃しており、発生した火災に対処する能力はすでに失われていた。

「しょ、初弾命中、それも全弾だと……」

 艦長は呆然としているが、指揮官席のカオニアは、険しい表情をしつつも慌てる様子もない。

 ── この程度は、いずれ可能になる事だ。ミリシアルにそんな技術があるとは思っていなかったが……

 敵が次の射撃をする前に、ウェズンは、発射管に装填されていた魚雷に誘爆し、大爆発を起こした。原型をとどめないスクラップとなりながら、急速に沈んでいく。

 ──…………だが!

 カオニアは、すでに肉眼でも裸眼で捉えられる距離にまで接近した、パル・グリフィスを、憎悪の視線を向けて睨みつけていた。

 ── だがここで、我々が退くわけにはいかん! レイフォルの将兵の士気、銃後の民の士気に関わる!!

「て、敵艦から通信。『今度こそ本当に最後の慈悲だ、降伏したまえ』以上」

「ふざけるな!」

 

 パル・グリフィス艦橋。

「敵から返信はあったかい?」

 メテオスが、通信オペレーターに問いかける。

「いえ、それが……」

「いいよ、言ってみな」

 何かを受信したらしいのだが、言い淀むオペレーターに、メテオスが促す。

「『馬鹿め』、だそうです」

「どっちが馬鹿だ」

 メテオスは心底呆れた表情になる。

「いいよ、もう、この野蛮人なんかいくらいてもしょうがない。最初の指示通り、片っ端から殲滅したまえ」

 苦い顔をして、メテオスはそう言った。

「まったく、我々にすら勝てないと言うのに、これで戦争を続けようというのだから、度し難い」

 メテオスの副官的立場として、技術指導と管理を行うパル・グリフィス運用班技術部長のコルメドが、メテオスの傍らに立ち、そう言った。

「ホントだねぇ……個人的に殲滅戦などやりたくないというのは本音だが、そもそも命の浪費をしている場合ではないというのに……」

 ディスプレイの中で、次々に破壊されていくグラ・バルカスの駆逐艦を見ながら、メテオスも、少しも嬉しくなさそうに言う。

 彼らは魔帝対策省、つまり、本来の組織の存在意義は、将来の古代(ラヴァ)魔法(ーナル)帝国が復活に備え、その対処のための技術開発である。

 今、魔法文明国においてミリシアルは頂点にいる。だが、限界がある。ミリシアル国民には魔力素質が少なからずある者が多いが、メテオス自身も含め、現在においてどれほど優秀な魔導師であろうと、彼の国の支配者たる光翼人族には到底及ばない。

 時折、本当にこれで戦えるのか、古代魔法帝国に抗えるのか、と、考えてしまう。

 だが、その意味での懸念は払拭された。だが、同時により強い不安ももたらされた。

 科学文明の高みを極めた世界からやってきたエクスプレッセスティ共和国には、一撃必中の誘導兵器群、男女の性差すら意味を持たせず、この世界の歩兵部隊なら10倍でも優に蹴散らす装甲部隊、それらが存在した。

 このパル・キマイラ級に搭載されている魔導式の演算装置、自己と目標の位置関係を三次元で捉え、射撃諸元を算出する装置も、すでに科学式、電子式のものが製造できるという。

 これらの事を考慮すると、つまり、光翼人族の魔力的優位は、単純に優劣を決め得ない。

 だが、同時にエクスプレッセスティは、自国の元の世界に存在した、世界を滅ぼすのに足る軍事力と国力を保持する超国家 ──── アメリカ合衆国。古代魔法帝国に単独で対抗できるような国は、それ以外にないと断言した。

 ──────── エモール王国の “空間の占い” は、古代魔法帝国の復活が近いことを示した。

 ── この際、野蛮人の集団がいても、どれほどの役にも立たないと、割り切ったほうがいいか。

 自分でも残酷と思いつつも、メテオスはそう思わざるを得なかった。

 “空間の占い” についても、エクスプレッセスティは「的中率98%は無視できない」と言って過去のデータを欲しがり、グラ・バルカスは迷信だと一笑に付した。

 同じように科学文明しか存在しない世界からやってきた、科学技術国同士でこの差はなんだ。

 客観的に見て、98%という数字は無視できないと思う方が自然だと、メテオスは感じる。そう言う領域では、エクスプレッセスティの価値観は理解できない範囲ではない。それ以外の価値観はともかくとして

「今のうちに一度再起不能にまで追い込んでおいた方が、グラ・バルカスのためかもねぇ」

「は?」

 口腔で捏ねるように言ったメテオスの呟きは、聞き取りにくかった為、コルメドは思わず聞き返していた。

「なんでもない。状況はどうか!」

 メテオスは、コルメドに言い、それからオペレーター達に現状の報告を求めた。

「敵巡洋艦、駆逐艦、およそ半数を撃沈しました」

 火器管制オペレーターが言う。

「ふむ……敵艦隊の動きは?」

「速度を少し落としたようですが、相変わらず前進を止めません」

「よし……考え方を変えよう」

 メテオスは、わずかに逡巡してから、そう言った。

「敵の旗艦は解っているのだろう?」

「はい」

「よし、敵旗艦攻撃に切り替える。その方が手っ取り早いかも知れない」

「はぁ……ですが、敵旗艦を射程に収めるとなりますと、敵の主砲以外の、対空火器の射撃範囲内に入る事になりますが、宜しいので?」

 あくまで確認、と言った様子で、オペレーターは問い返した。

「構わないよ。洋上の艦隊との戦闘の経験はしておきたい。周囲に敵の航空機はいないのだね?」

「はい、レーダーに機影はありません!」

「宜しい。魔力展開、下面装甲を強化し、敵旗艦攻撃に向かう!」

「了解!」

 

「敵空中戦艦、進行方向を変えます!」

 マーシックの見張員が、声を上げて報告する。

 これまで、こちらの対空射撃の範囲に入らないよう、等距離を保つように飛行していたパル・グリフィスが、その進行方向を変え、輪形陣の中に入ってこようとしている。

 プロペラや、ロケット推進機のようなものは見えないが、それでも下方には力の影響があるのだろう、直下の海を凹ませるように波立たせながら、パル・グリフィスはマーシックの方へと向かってきている。

「各艦、対空射撃自由!」

 カオニアが下令する。

 主砲の対空射撃では、そもそも命中が期待できなかったが、高角砲の範囲に入ってくれれば、有効打を与えられるかも知れない。

「有効射程にじっくり引き付けてから、集中的に砲火を浴びせよ!」

 

 グラ・バルカス重巡洋艦『アルドラ』戦闘艦橋。

「高角砲の射程内に入ります」

「最大射程で当てようとするな! 直撃させる必要がある!」

 砲術手の言葉に、アルドラ艦長はそう指示する。

「高度1,200、距離7,500!」

 必中の距離だった。しかも相手は図体がでかい。せいぜい40m四方の航空機に当てることを考えれば、外す方が難しいぐらいだった。

「撃てっ! 全力で撃て! 仇を取るんだ!」

 アルドラの上空を突っ切ろうとしたパル・グリフィスに対し、127mm高角砲が一斉に日を吹いた。

 近接信管を内蔵した高角砲弾は、発射された後、超音速でパル・グリフィスの至近まで飛翔し、そこで炸裂して、無数の弾殻の欠片を飛ばす。

 その炸裂の硝煙に紛れて、チカチカと、青い光が飛び散るように光っているのが視認できた。

 続けて、40mm対空機銃の射撃も始まる。

 だが、確実に命中しているはずの機銃弾は、バチバチと青い光を散らすばかりで、空中戦艦は悠然と飛行を続けている。

 127mm高角砲の射撃がさらに続く。最初に装填されていた対空砲弾を撃ちきった後、次発からは徹甲弾が装填されて、それをパル・グリフィスめがけて打ち上げた。

 だが ────

「くそっ!」

 機銃の射撃管制装置で、射撃手が(どく)()く。

 127mm徹甲弾が命中した場所から、青い光の波紋が広がるが、パル・グリフィスの艦体そのものに有効な損傷を与えるには至っていない。

「空を飛ぶクセに、なんて硬さだ! ふざけやがって!」

 パル・グリフィスは、悠々とアルドラを飛び越え、中央の戦艦群 ──── 旗艦マーシックに迫る。

 

「て、敵の予想射程内に入ります!」

「総員、衝撃に備えよ!」

 マーシックでは、カオニアの指示が飛び、それが乗組員に伝えられた次の瞬間、着弾の衝撃に見舞われた。

 曲射砲ではない、直射で背中を撃たれ、マーシックの艦上構造物が破壊されていく。高角砲、機銃が薙ぎ払われ、水上機用のカタパルトが千切れ飛んだ。

 

「やはり威力不足か……」

 下唇を噛みかけながら、メテオスがそう言った。

 次々に15cm砲弾が命中し、青い閃光の後、紅蓮の炎と煙が上がる。

 一見、パル・グリフィスがマーシックを滅多打ちにしているように見えたが、艦の重要区画に大したダメージが入っていないようにも見えた。

「内部からの火災が、もっと派手になっていても良さそうなものだが」

 巡洋艦や駆逐艦の場合、パル・グリフィスの射撃を浴びた後、弾薬に引火して大爆発を起こす艦が多かったが、マーシックにはその気配がない。

「これほどの攻撃を受け続けて……魔力による装甲強化もないのに、艦上構造物が原型を保っているだけでも信じがたいものですが……」

 コルメドは、実際には驚愕に近い感情を覚えていたが、高位魔導師のプライドを保とうと、仮面と内心の努力でそれを抑えながら、言った。

「どうかな……今なら、ムーでもこれぐらいは作るかも知れないよ」

 メテオスは、感情を感じさせない声で言った。

 ミリシアル、ムー、グラ・バルカスに造れて、エクスプレッセスティが造れないもののひとつが戦艦だ。長射程誘導兵器の発達で戦艦の価値が相対的に低下した結果、戦艦がロストテクノロジーになった時代に建国したエクスプレッセスティは、そのノウハウを持たない。

 だが、建国当時に収集された資料の中に、過去に建造()()()()()()()()()6万トン級戦艦の図面を発見し、それがムーに渡されていた。ムーは必要な基礎技術をエクスプレッセスティに提供してもらいながら、この戦艦を再現し、間もなく完成する。

 この戦艦は、現状のミスリル級戦艦を、防御力でわずかに劣る以外、ほとんどの要目で上回っていると見られていた。

 メテオスは、僅かな間だけ瞑目し、逡巡した後、

「『ジビル』を使いたまえ」

 と、指示した。

「宜しいのですか? 『ジビル』の存在そのものが、知られることになりますが……」

「構わない。敵旗艦を艦隊ごと消滅させたまえ。敵旗艦攻撃後、随伴艦の生き残りがいる場合には、速やかに殲滅せよ」

 それまでより酷薄そうな声で、メテオスはそう言った。

 大型高威力魔導爆弾『ジビル』。これはミリシアルが古代魔法帝国の技術を分析し、最近にようやく実戦配備にこぎつけた、いわば決戦兵器だった。

 だが、メテオスは『ジビル』が、最強兵器でいられる期間はさして長くないだろうと考えていた。

 それは、先程も挙げた、アメリカ合衆国の存在だ。

 曰く、転移前世界の生殺与奪権を握っていた国。だが、常識的な範囲で、どれほどの軍事力を持っていたとしても、「世界を滅ぼせる」「世界の生殺与奪権を握る」と表現するのは、大げさに過ぎるように感じた。

 そうするに足るなにかの技術を持っていた ──── そして、その推測はどうやら当たっているらしい。グラ・バルカス帝国に敵対する国に対して技術援助を惜しまないエクスプレッセスティが、この疑問に関しては明言を避け、直接的な内容を徹底して隠している。

 あるいは、古代魔法帝国が持っていた、『ジビル』を数段上回る大量破壊兵器、『コア魔法』、それに匹敵する何かではないのか ──── そうすれば、大仰に思えるアメリカ合衆国の表現も、核心部分をひた隠しにしようとするエクスプレッセスティの態度も、説明がついた。

 メテオスがそれらに思考を巡らせている間にも、パル・グリフィスの乗員は、すでにくだされたメテオスの指示通り、行動していく。

 マーシックの直上を占めようとするパル・グリフィスに対し、マーシックが回避運動を取ろうとするが、それはあまり意味がなかった。マーシックの最大速度は30ノット(55km/h)に満たない。他方、パル・グリフィスは最大200km/hで、しかもその向きを自由に変えることができた。

 投下行程の最終段階に至って、マーシックの僚艦や随伴艦が激しく対空射撃を始めた。パル・グリフィスの艦橋にも、バチバチという不気味な音が響いてくる。だが、それ以上ではなかった。損傷らしい損傷を受けないまま、パル・グリフィスは、中央の円筒構造物から、『ジビル』を投下した。

 『ジビル』がマーシックの戦闘艦橋の高度まで達した時、信管が作動し、金属のカプセルに見えたそれが、巨大な光球となり、大量の熱を放射する。周囲の空間が白熱したかのような強烈な光の一瞬後に、マーシックの第2砲塔がその熱量によって発生した弾薬の誘爆によってびっくり箱の蓋のように上空へ吹き飛ばされ、それとともに発生した上昇気流が、キノコ雲を形成した ──── ────

 





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