──────── 『ジビル』が発生させた、膨大な熱を伴う光球と、水蒸気を含んだ煙が晴れていく。
それに対して防護体制にあったパル・グリフィスの艦橋そのもの、そして観測機器類が機能を回復し始める。同時に、その熱線を防ぐために水属性特化にしてあった障壁が、デフォルトの設定に戻されていく。
「あ、ああっ!?」
コルメドが、驚愕の声を上げた。他のクルーもどよめいている。
視界が回復すると、確かに『ジビル』がマーシックに命中したその爆心地に、しかし、マーシックは一見、第2砲塔が喪われた以外、原型を留めて健在のように見えた。
「そ、そんなバカな! 『ジビル』が命中したのに、ほとんど無傷だと!?」
「いや ────」
愕然とするコルメドの声に、メテオスが、冷静怜悧な口調で言う。
「
「はっ?」
「魔力探知レーダーで確認してみたまえ」
「は、はいっ」
メテオスが言うと、オペレーターがディスプレイに視線を向ける。
人口の大半が魔法資質をほとんど持たないグラ・バルカスとエクスプレッセスティに対しては、ミリシアルを含めた現代の魔法技術国で製造された魔力探知装置は充分な能力を発揮できない。だが、やはり古代魔法帝国の品物だからか、パル・キマイラ級のそれはかなりの精度でそれらを捉えることが出来た。
だが ────
「ま、魔力反応すべて消失……乗員の反応がないと思われます!」
「だろうね」
軍艦は常に艦内を通風換気している。化学的に燃料を燃焼させる熱機関を使っているエクスプレッセスティ、ムー、グラ・バルカスのそれはもちろん、ミリシアル以下魔導機関の軍艦だったとしても、艦内で人間が活動する以上、常に通気が必要なのは自明の理だ。
そこへ、至近距離で膨大な熱量が発生した。最大で3,000℃にも達する熱波と熱線に包まれれば、その灼熱は艦内のありとあらゆる場所に侵入することは、想像するのも
「よ、よく見ると……」
メインディスプレイに映るマーシックの艦影を見ていたコルメドも、緊張しながらも、気づいたことを口にする。
「たしかに、シルエットは保っていますが……細部は……」
鉄の溶融温度を超える熱波が至近距離に出現した。
「…………」
メテオス以外のクルーは、自分達の兵器がもたらした結果に、言葉を詰まらせていた。
「あ!」
オペレーターの1人が気づいた。
マーシックの、溶融して短くなった煙突から、赤い炎がチロチロと姿を見せ始めた。それは、正常な機関の作動によるもののようには見えなかった。
「て、敵艦、火災を発生させていると思われます」
金属が溶けるほど高温になっているところへ、外気が侵入したためだろう。残っていた燃料が気化し、火が
煙突から溢れ出す炎は徐々に大きくなっていく。他の開口部からも、炎や黒煙が立ち上り始めた。
「おっと。これは、少し距離を取っておいた方が良さそうだ。右方向へ低速で移動」
「了解」
メテオスの指示で、パル・グリフィスがマーシックからわずかに距離を取ったところで、しばらく漂流するかと思われたマーシックは、艦内の弾薬類に引火し、大爆発を起こして木っ端微塵になった。その衝撃波が、パル・グリフィスを揺さぶる。
「さて、残りの随伴艦はどうするかな?」
メテオスが言う。
グラ・バルカスの第1打撃群の残存艦艇は、舵を切って旋回し、北、自分達がやってきた方向へ引き返そうとする。
「その判断は正しいねぇ……」
ケレン味あふれる口調が戻ってきたメテオスだったが、その表情は面白くもなさそうな様子をしている。
「だが、我々が求めているのは武装解除なのだよ。
メテオスが下令する。
パル・グリフィスの正確無比な射撃が再開される。逃げようにも、速度は圧倒的にパル・グリフィス側の有利。ただ1隻の空中戦艦の攻撃によって、巡洋艦、駆逐艦は、為す術なく破壊され、波間に漂う残骸に変えられていった。
グラ・バルカス帝国海軍東征艦隊、第1打撃群42隻は、降伏した重巡洋艦『エルナト』を除き、全滅した。
グラ・バルカス帝国海軍東征艦隊、本隊。
旗艦、戦艦『ラス・セレナール』。
「第1打撃群との通信、途絶しました。直前の通信から想定される限り、全滅したと思われます」
「なんだと! 全滅!?」
この時、カイザルは参謀長とともに、食堂で食事を採っていた。水上艦同士の殴り合いが始まるまでには、もうしばらく時間がかかる筈だったので、その間に、のつもりでの行動だった。
エクスプレッセスティの海軍将官が聞いたら、驚きと怒りで塩ビ管の1本でもへし折っていただろう。戦闘中はよほどのことがない限りCICに詰め、食事の必要があればせいぜい電子レンジ調理で手掴みの軽食の類、切羽詰まっていればブロック食だ。ただ判断能力が衰えるのを防ぐため、規定のカロリー量摂取も求められるのだが。
「何だと……全滅……て、敵はたった1隻ではなかったのか!?」
流石に動揺を隠せない様子で、カイザルは訊き返していた。
「はい……受信した通信によりますと、重巡『エルナト』が降伏したようですが、後はすべて……」
報告に来た通信士官は、自身もまだ信じきれずないと言ったような、半ば呆然とした様子で、そう言った。
「信じられん……本当に、本当に我々が相手をしているのは、ミリシアルのものなのか?」
いっそ、エクスプレッセスティの潜水艦が潜んでいて、上空に気を取られている隙に雷撃された、とでも言われれば、まだ納得できる。
── はっ!? 潜水艦!
そこへ思考が及んだところで、カイザルはその事を思い出した。
「第3潜水艦隊はどうした? 配置に着いているのなら、奴らの艦隊の本隊を攻撃させろ! 我々は空中戦艦だけで押し返せるような数ではない。本隊を引き返させれば、空中戦艦も撤退せざるを得ないはずだ!」
グラ・バルカス帝国海軍第3潜水艦隊は、予め、水上艦の艦隊本隊よりも前方に展開し、ミリシアル艦隊を攻撃し、漸減させる手筈になっていた。
だが ────
「司令」
おずおずと、参謀の1人が声を発した。
「第3潜水艦隊のほとんどの艦と、数時間前より連絡が取れていません」
「何!?」
カイザルが、驚いてその参謀の方に視線を向けた。
「まさか、潜水艦もやられたというのか!?」
「撃沈されたのかどうかは……しかし、連絡が取れないのでは、いずれにせよこちらからの命令を伝える手段がありません」
「そうか……ならば仕方がないな……」
潜水艦隊に一縷の望みをかけていたかのように見えたカイザルだが、それが不可能に近いと言われて、重ねては取り乱すこともなく、そう言った。
── どうすればいい? 戦艦を含む42隻の艦隊を、ただの1隻で沈黙させられる相手を、どうやって撃退すればよいか……
カイザルは深く思考していた。その思考は詰まりがちだったが、決して取り乱してはいなかった。
このような状況がいずれ訪れることは決まっていた。カイザルが取り乱したように見えたのは、その相手がミリシアルだとは思っていなかった、という点でしかない。
ただの1隻という事はないが、2隻いればこちらの2個水雷戦隊を一瞬で消せる相手、今、彼の帝国はそのような国を敵に回している。そして、そのような相手にもカイザル達は
だが、気を静めて思考を巡らせるカイザルのもとには、さらなる苦悩が届けられてくる。
「第8打撃群より緊急電!」
第1打撃群の壊滅を知らせてきた者とは、また別の通信士官が、憔悴しきった様子で上等士官食堂に飛び込んできた。
「敵空中戦艦出現! 現在交戦中! 戦況甚だ不利!」
「そ、そんなバカな……」
参謀長が、愕然とした様子で声を漏らす。
「1隻が移動したのだとしたら、あまりにも速すぎる……空中戦艦は2隻以上いるというのか……」
── どうすればいいッ!?
空中戦艦『パル・グリフィス』、戦闘艦橋。
「別経路より海軍征西艦隊に向かっていた艦隊は、『パル・キマイラ』が殲滅したとのことです」
通信オペレーターが、メテオスに報告してきた。
「フム……まぁ当然の結果だが、ワールマン君も容赦がないね」
さして面白くもなさそうに、ため息を
「パル・キマイラはそのまま北進し、敵本隊を攻撃するそうです」
「そうかね、では、時間を合わせて我々も合流するとしよう。ただ……そうだな、我々だけで敵を殲滅すると軍部のメンツが立つまい。カウラン君達にも、通信を入れておいてあげようじゃないか」
メテオスがそう言い、通信オペレーターが戦艦カレドウルフを呼び出す間にも、パル・グリフィスは進路を変え、1番艦とされている ──── 実際に魔法帝国時代、どちらが先に建造されたのかは不明 ──── パル・キマイラが向かう敵本隊の方角へ進路を向けた。
神聖ミリシアル帝国海軍征西艦隊、第零式艦隊。
ロウリア連合王国海軍ミサイルコルベット『マーサ・ルセリア』。
「姐さ……中佐、どうも敵さん、とんでもないことになってるようですぜ」
通信担当のオペレーターが、オルクーニュに言う。
「内容まで解るのか?」
「ええ、SSBで、泡食って平文で怒鳴りあってました」
オルクーニュが訊き返すと、オペレーターはそう答えた。
「デジタル変調じゃないんだから、筒抜けだというのは解ってるだろうに……」
「それどころじゃなかったみたいですぜ」
オルクーニュが呆れ混じりに言ったが、通信オペレーターは古典海軍口調が抜けないものの、険しい表情で言う。
「42隻の前衛部隊が、さっきの空中戦艦1隻に壊滅させられたようです」
「何!?」
オルクーニュは素っ頓狂な声を出してしまった。
「本当か?」
「向こうも混乱しているようで、少し情報が錯綜してますが……ええ、それは間違いないようですぜ」
「あれ、そんなに能力があったのか……」
オルクーニュは、呆れたのか感心したのか、わからないような声を出した。
グラ・バルカス海軍の前衛部隊とやらがどのような編成かはわからないが、たった1隻が42隻を仕留めたというのは、なかなかに考えにくい。エクスプレッセスティ海軍でも、ただの1隻では無理だろう。
── それで決着がついてしまうのなら、それに越したことはないとも思うが。
部下たちの手前、声には絶対に出せなかったが、オルクーニュはそう思う。
戦闘中のアドレナリンは今、小康状態にある。新生ロウリア海軍の存在感は充分に出した。できれば艦を無傷で持って帰りたい。
「中佐?」
「いや……まだ何が起こるかわからん。引き続き警戒と無線傍受に努めろ」
「了解」
同艦隊、旗艦・戦艦『カレドウルフ』。
「司令、あと15分以内には攻撃隊の準備が完了します」
「うむ」
報告を受けて、レッタル・カウランは頷いた。
すると、丁度その時、
「パル・グリフィスより、緊急回線で映像付き通信が着信しています!」
「またか……」
通信オペレーターの報告に、レッタルは、いささか辟易した声を出してしまった。
「自分達の立場が上だというのを誇示したいのは解るが、濫用されたのでは、緊急回線の意義が薄れる……」
レッタルの考えはもっともだった。緊急回線は緊急時のために確保してある。割と勢いで国家運営しているようなエクスプレッセスティでも、電波周波数はきっちり分けてあるし、有線通信帯域も内務省非常事態局専用は常に確保している。それを平時から使ったのでは、イザという時使えないでは困るし、通信の緊急性に対する緊張も薄れてしまう。
「まぁいい、繋いでくれ」
うんざりした態度を取っているのを自分でも感じていたレッタルは、体裁を整え直してから、そう指示した。
『海軍征西艦隊の諸君』
ディスプレイに、先程見知ったばかりのはずだが、うんざりするほど見たような気のする、奇妙な仮面を着けた顔の男が映し出された。
『君達の正面にいた敵の前衛艦隊は、片付けさせてもらったよ』
メテオスはそう言う。
「そうでしたか」
『それと、別方向から接近していた部隊もあったが、それもワールマン艦長の「パル・キマイラ」が始末させてもらった』
「それは、感謝します、と言った方がよろしいのでしょうか?」
顔は仮面に隠れていてわかりにくいが、明らかに自分より年下のメテオスに対し、レッタルは、些かの意趣返しと皮肉を込めて、慇懃無礼を匂わせながら言った。
『何、これも仕事だ。感謝の言葉は不要』
メテオスの反応を見て、レッタルは少し意外に感じた。嫌味に嫌味で返してくるかと思ったが、その様子はあまり感じられない。
メテオスは続ける。
『で、私のパル・グリフィスと、パル・キマイラは、これより敵本隊に接触し、世界征服などとだいそれた寝言をヌかす連中に、身の程を教育してあげるつもりだ』
「…………」
本来、その任務を与えられたのはレッタル達、軍のはずなのだが、本来その専門外であるメテオスが言っている事が、レッタルの癪に触らないと言えば嘘になる。……なるのだが、なぜだか
『それで、だ。我々だけが敵殲滅の誉れを受けるのは申し訳ないし、何より、軍にもそれなりには戦果を上げてもらわないと、我が帝国の沽券に関わるからねぇ、君達も参加してもらおうと思って、連絡を入れてきたというわけさ』
── そうか……これは……
レッタルは、それを半ば理解した。理解してしまうと、怒りが湧くには湧くが、それを吐き出す意欲が失せてしまった。
「もちろん。参加させていただきますとも」
『そうか。まぁ、仔細強制するつもりはないから、君達の行動は君達で決めたまえ。ただ、敵本隊の位置は少しズレていてね……今から座標を送るよ。では失礼する』
そう言って、通話は一方的に終了した。
「攻撃隊発艦準備!」
レッタルは下令する。
「敵座標を受信次第、それを目標に攻撃機を向かわせろ!」
「よ、よろしいのですか?」
レッタルの参謀が、困惑気な声を出す。
「あれでは、我々が彼らの下にあるようではありませんか!」
「いや、そうでもなかったな」
レッタルは言い、なんとも言えない苦笑をする。
「やつらも焦っているさ。ただ、その相手はグラ・バルカスではないがね」
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