ガサガサガサガサ、ガサッ
ギムの東側の外れ、森の茂みの中から、BRDM-2DE装甲偵察車と、悪路走破車が、姿を表して開けた場所まで移動する。
BRDM-2DEは、以前から運用していた既存の旧ソ連BRDM-2に、日本製エンジンとウクライナ製のパーツで改装したもの。あまり役に立たない補助輪を取り外し、情報処理装置を搭載。M621 20mm機銃と、RK-3『
現在は強行偵察車両としてBTR-4をベースとした前2軸型6輪装甲車BRDM-017も採用されていたが、ちょうどその時期に空母なんぞ買ってしまって取得が滞り、BRDM-2DEもまだまだ使われている。
悪路走破車は、セダクションが一般向け商標名『トレイスティ』として製造・販売しているもので、インドのマルチ『ジプシー』のライセンス生産車、つまりスズキ『ジムニーシエラ』の孫に当たる。エンジンは国産の800cc VVT-OHVスーパーチャージドディーゼルを搭載している。
そこへ、DS12E/200D偵察用オートバイに乗ったアサギが、ギムの方から走ってきた。背中に、何かをたすきで縛って背負っている。
「アサギさ……アサギ大尉」
オープントップ型のトレイスティの荷台部から、飛び降りたイーネが、停車させたアサギの元に寄る。
イーネは、エクスプレッセスティ陸軍の軍装に身を包み、左肩には、エクスプレッセスティ軍属を示す肩章がついている。
「その娘は?」
アサギが背負っていたのは、意識のない、小さな少女だった。
「ロウリア軍に暴行されたが、まだ、息がある」
アサギはそう言って、助手席から降りてきたエクスプレッセスティ兵とともに、少女を、トレイスティの荷台に下ろした。
「うっ……」
その少女の状態を見て、イーネは、思わずうめき声を出し、反射的に目を逸らしていた。
その少女────ハタリアは、暴行という言葉が生ぬるいかのような、性的なものも含めた仕打ちを受けた痕跡があった。
「なんとか医療の受けられるところまで」
「仮設港まで走れば医療スタッフがいます。急いで運びます」
アサギの言葉に、エクスプレッセスティ兵がそう答えた。
「お願い」
アサギが言うと、トレイスティはギアを入れて、西へと街道を飛ばしていった。
「私達も、次の待機場所に移動します」
「了解」
BRDM-2DEの偵察員が答える。イーネはトレイスティの荷台には戻らず、BRDM-2DEに乗り込んだ。オートバイに乗ったアサギとともに、移動を開始した。
「────西部方面騎士団を含め、ギムの守備に当たっていた部隊は全滅。ただ、ロウリア軍には相応の被害を強いました」
「そうですか……」
クワ・トイネ公都。政治部会議場。
報告を聞いたカナタは、悲痛そうな表情で、報告にそう答えた。
ロウリアの野心は知っていたが、カナタもエミリアも、当初はクワ・トイネの軍事力を底上げすればなんとかなると思っていた。
だが────
────2週間前。クワ・トイネ公都 在クワ・トイネ エムブラセクス共和国大使館。
対クワ・トイネ交渉担当官から、そのまま駐クワ・トイネ大使にスライドしたマリアの元に、ヤゴウが訪れていた。
「急ぎ本題から入ります。いよいよロウリア王国が、我がクワ・トイネ侵攻に向けて兵の動員を始めているようなのです」
「その情報は、こちらでも独自に掴んでいます」
険しい表情で話すヤゴウに、やはり険しい表情のマリアがそう答えた。
「ロウリアがこの侵攻に投入する兵力は、およそ30万から50万……これは、兵器の供与だけでは凌げないでしょう……」
「…………」
マリアの説明に、ヤゴウは視線を下に向けた姿勢で沈黙するしかなかった。
なにせクワ・トイネの総兵力が約5万なのだ。如何に地の利があっても、数で押し込まれたらとても防ぎきれない。
単純に野戦砲と機関銃を与えればどうにかなるレベルではない。
当然だがこれらは弾薬の供給を必要とする。その為、兵站の強化が必要になる。そうなるとトラックの運用が必須になる。
だが、クワ・トイネの人員に自動車運転技術の教習を行う時間も、エクスプレッセスティがその為のトラックを準備する期間も、残されていない。
エクスプレッセスティは、国内最大手自動車メーカーのセダクションが、主に三菱ふそうのトラックをライセンス生産しており、大型トラック『ディオナトラ』(“Dionatra”、『スーパーグレート』のライセンス生産品だが、自衛隊向け以外からカタログ落ちしたAWDを、フロントアクスルにUD『クオン』のものを使って独自に設定している)、中型トラック『ファイター』、小型トラック『ルーシア』(“Lushia”、マツダ3代目WG系『タイタン』のライセンス継続生産車)があるが、乗用車の生産を一度全部止め、他社も動員しても到底間に合わない。
かといって、支援する側のエクスプレッセスティが使用中のトラックを徴用して、生産力の低下を招いたら本末転倒だ。
そもそも、30万から50万の兵力など、ロデニウス大陸の技術レベルを考えてもかなり大きい数字だ。2022ウクライナ・ロシア戦争でも、2週間以内の短期のうちにこれだけの兵力は投入していない、というかできていない。ここまで来ると、兵站を支えられるのがアメリカぐらいしかいないのだ。
実際、この数字を報告された時、マリアは目眩を覚えてしまった。聞くところによると、エミリア総統も絶句して脱力しかけたと言う。
「私達としては、クワ・トイネの防衛には、最早我が国の直接軍事介入しか無いと考えています」
「そ、それは、それを前向きに考えていると捉えて宜しいのですか!?」
マリアの言葉に、ヤゴウは、軽く驚きつつ、それを期待してしまっている事が見える表情で、聞き返した。
「政府はそう考えています。ですが────……クワ・トイネも民主主義国家ですから、理解できるのではと思いますが、たとえ友好国でも、他国の為に自国の軍を動かすとなると、納税者、つまり国民に説明する必要があるのです」
「我が国の食料輸出が止まる、というだけではダメなのですか!?」
ヤゴウの言葉に、マリアは軽く目を閉じて首を左右に振った。
「その交渉の際、説明したはずです。我が国はとりあえず国民を飢えさせない程度の農業生産力はあるんですよ……」
「では……では、何があればエクスプレッセスティ国防軍は動くことができますか!?」
ヤゴウは、腰を上げて、マリアに迫る。
「…………『ロウリア軍が先制攻撃を仕掛けること』と『占領地で非人道的行為を働くこと』。ここに至れば、政府が軍の派遣を決定しても、我が国民は納得するでしょう」
マリアの説明に、ヤゴウは、ゴクリ、と、唾液を飲み込んで喉を鳴らした。
「それが為されれば、確実にエクスプレッセスティ軍を派遣していただけますか?」
ヤゴウが重ねて問いかけると、マリアはつ、と、2人が向かい合っていたテーブルの上に、差し出すように書面を置いた。
「我が国政府としての、確約協定書です。すでに我が総統は署名されている。カナタ首相が署名すれば、成立します」
マリアの言葉を聞きつつ、ヤゴウは、その協定書を見る。
「良いのですか?」
「……それを問いたいのは、こちら側です」
手に取った書面に目を通した後、ヤゴウがマリアに視線を向けて問いかけると、マリアはそう返す。
「これはつまり、国境付近のクワ・トイネの人口密集地……おそらくギムになるかと思いますが、そこの住民に犠牲を強いることになります」
「…………」
ヤゴウは沈黙し、再び協定書を見る。
「…………解りました、政治部会の判断を仰ぎたいと思います」
「我が国から犠牲を出せと、かなりふざけた内容になっておりますが」
エクスプレッセスティからの協定書を受けて、クワ・トイネは緊急政治部会々議を開いた。
憤慨した様子のリンスイ外務卿が、書面を提示しながら、そう言った。
「ですが、ロウリアが投入する兵力では、ギムどころか我が国全体の存続の危機です」
ライスリー軍務卿が、弱りきった表情でそう言った。
カナタは僅かに逡巡した後、そう言った。
「…………選択肢はありませんね。ペンを持ってきてください」
「首相! もしこのような協定を結んだことが国民に知られたら!」
リンスイが声を上げる。ライスリー以外の、他の閣僚も同じように、驚愕したような表情でカナタを見ている。
「最悪の事態だけは回避される。それに、そもそもロウリアが手を出さなければいいだけの話です」
「確かに……ロウリアが動員をかけて以来、エクスプレッセスティは何度も、ロウリアに対して『理由の如何を問わず、力による現状変更は認めない』と呼びかけてくれてはいる……」
リンスイは、悔しそうにしつつ、くぐもった声で言う。
「ただ、我々がそうだったように、ロウリアはエクスプレッセスティの力を理解できないので、効果がないようです」
ライスリーが、頭を抱えるようにしながらそう言った。
「これで国が救われるなら、私はどうなっても構いません。私のこの判断が正しかったかどうかなど、300年、400年先の歴史家が判断すればいい」
そう言うと、カナタは用意された羽ペンで、協定書にサインした。
「私はクワ・トイネの政治の責任者として、国家存続の危機である現状では、それを回避する判断をするだけです」
────時系列は現在に戻る。
『こちら、エクスプレッセスティ国防省作戦統括本部』
『クワ・トイネ方面展開中の全部隊へ。オシリス作戦、状況開始』
マイハーク海軍基地。
バババババババ……
二重反転ローターで叩くような音を立てながら、Ka-26An/Dヘリコプターが、多少開けた土地に着陸しようとしていた。
「迎えに来たようです」
「うむ」
クワ・トイネ海軍第2艦隊付ブルーアイは、カモフ・アントノフ Ka-26An/Dを見てそう言った。その場にいたノウカ第2艦隊司令が相槌を打つ。ノウカはいつものように、愛煙のやたら煙の出る
「貧乏くじかもな……拒否しても構わんよ?」
「いえ、どのみちロウリアの艦隊に立ち向かう事に変わりはありませんから」
ロウリア海軍は、マイハークの封鎖・占領のために、4,400隻もの艦隊を向かわせていると、すでに情報が入っていた。
「あの巨大船は、別の任務に向かっているそうだが、マイハーク救援の艦隊はたったの6隻……ロウリア軍は4,400隻だ。普通に考えたら自殺行為だが……」
ノウカは言う。彼らはまだ、エクスプレッセスティの水上戦闘艦は、自軍の木造帆船と大差ない大きさのコルベット『ブリジット』しか見たことがない。
「あのエクスプレッセスティの事です。何か勝算があるのかもしれません」
「うん……俺もそう思うが……それとお前が出向くことは別の話だぞ?」
「いえ。先程も言いましたとおり、何処にいようと同じですから。それに、向こうに任せたままこちらからは誰も行かないというのは、非礼にあたると思います」
ブルーアイはノウカとそう会話しながら歩き、着陸したヘリの傍に向かった。
Ka-26An/Dはアイドル状態だが、それでも回転するローターは衝撃を伴う風を作り出している。テイルブームに“Expressesti Republic NAVY”の文字が入っている。その装備している人員輸送用モジュールから、海軍軍装の若い女性が降りてきた。
「自分はエクスプレッセスティ海軍、フリーダ・シュルツ少尉です。観戦武官様をお迎えに上がりました」
フリーダは敬礼しながら、そう言った。
「よ、よろしくお願いします……」
ローターの風に押されながら、ブルーアイは言う。
「こ、この暴風は……止まぬのですか……!?」
「す、すみません! 中に入ってしまえば大丈夫ですので、しばらくご辛抱ください」
フリーダはそう言って、ブルーアイの肩を支えるようにしながら、モジュールの後部乗降扉へと向かう。
2人が乗り込み、扉が閉じられると、機体上部両側のスタブウィングに装備されたエンジンポッドの中で、RED A05エンジンが回転数を上げる。車輪が地面から離れ、上昇していく。
地面に落としたタバコを踏んで火を消したノウカは、敬礼でヘリを見送った。
ヘリがしばらく飛んでいくと、水平線の向こうから、単縦陣で航送するエクスプレッセスティ艦隊が見えた。
「…………デカい」
ブルーアイにとっては、スケール感が狂ってしまいそうなほど、城のような巨大軍艦が、3隻、少し小さめの艦を2隻引き連れて、進んでいた。
ヴェネレイト級駆逐艦『ヴェネレイト』、『アフロディーテ』(“Aphrodite”)、ファネシー級駆逐艦『ヴィールニィ』(“Virniy”, “Вірний”)、それより少し小さめの艦がクイアストーム級フリゲート『クイアストーム』(“QueerStorm”)、そして、最後尾にブリジットより少しだけ大きなアンドロジー級コルベット『ユクラニティ』(“Ukranity”)。
「砦が3つ浮いている……と考えれば、とてつもない戦力ではあるが、 ────勝てる、のか!?」
側窓のガラスに顔面を押し付けてしまいながら、ブルーアイは緊張でこわばった表情で、呟く。
ブルーアイの乗ったヘリは、『ヴィールニィ』に着艦した。元ソビエト連邦1155型駆逐艦で、2007年にロシア連邦から中古購入した。編入時の艦名は『ルナタイド』(“LunaTide”)とされた。翌2008年の南オセチア紛争へのロシア軍介入をきっかけに、エクスプレッセスティとロシアの関係は急激に悪化したため、この艦の存在は「エクスプレッセスティとロシアの最後の蜜月」とも呼ばれた。2022年4月1日に現在の『ヴィールニィ』に変更された。
ヘリコプターをKa-26An/Dと、ミル・アントノフMi-17An/Dシリーズ、それぞれ1機ずつ収容できるため、同型艦『ファネシー』とともに、色々な任務に引っ張り出される苦労人である。
ブルーアイは、そのまま環境へと通される。その間の構造も、自身の知る艦船のものとは全く違う事、その規模の大きさに内心で驚き、緊張する。
「ようこそ『E.R.S. ヴィールニィ』へ! 歓迎します。自分は艦長のタホー・エリザベス・スミス中佐です」
「クワ・トイネ海軍第2艦隊司令部付ブルーアイです」
まず、ブルーアイの敬礼に対しタホーが返礼した後、タホーの方から手を差し出す形で握手をした。
「この度の援軍、感謝致します」
握手しながら、ブルーアイはそう言った。
「エクスプレッセスティ共和国海軍を代表して、ギムで亡くなられた方々に哀悼の意を表します」
タホーがいい、彼女とブルーアイ、そして艦橋要員が、暫くの間黙祷した。
「現在、ロウリア海軍艦隊がロデニウス大陸北の沿岸を東進していることが判明しています。目標はマイハークの封鎖、上陸・占領と思われます。我が艦隊はこの阻止のために行動しています」
「2つ、質問して宜しいでしょうか?」
タホーの説明に、ブルーアイは、少し不安そうな、怪訝そうな表情をして、そう言った。
「はい、なんでしょう?」
「まず、我々の受けている話では、エクスプレッセスティは6隻を派遣したと聞いているのですが……」
「はい。6隻目は現在、ロウリア海軍艦隊監視のため、別行動しています」
「その事も含めてですが、これは失礼な質問かもしれませんが、貴女方はロウリア艦隊の数を把握しておられるのでしょうか?」
ブルーアイがその事を訊ねると、タホーは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「はい。数、現在地、ほぼ完璧に把握しています。問題ありません。ご安心を」
ブルーアイは、その笑みが、虚仮威しでもなんでもない、本気のものであると確信し、軽い衝撃を受けていた。
駆逐艦『ヴィールニィ』(“Virniy”, “Вірний”)
ファネシー級駆逐艦2番艦、元ソ連1155型駆逐艦。
主要武装
Modèle 68 100mm砲 ×1 (前部)
Mk110 57mm砲×2 (前後各1)
アスター30Block1NT SAM・R-360K『ネプチューン』 SSM兼用8連装キャニスター×1
艦載化された2K12『クーブ』SAM3連装発射機×2
CIWS『ガーディアンスフィア』×2
装備銃:台湾製T75 20mmリボルバーカノン 設計:三菱電機・三菱重工
ガン・ミサイルコンプレックス砲塔『SIGMA20』 ×2
『ミストラル』対空ミサイル4連装ランチャー
GSh-23/20L 20mm 2銃身機銃
設計:MSI Defence Systems
RBU-1200 5連装対潜迫撃砲×4
RPK-2対潜ミサイル発射機能を持つ533mm魚雷発射管 4連装×2
艦載機:
Mi-17An/D-S または -C ヘリコプター×1
Ka-26An/D ヘリコプター×1
機関:スチームターボエレクトリック・ガスタービン併用COSLAG方式
(COmbined Steam-turbo eLectric And Gas-turbine)
全開時出力60,000hp 設計:三菱重工
特記事項:編入時艦名『ルナタイド』(“LunaTide”)。2022年4月1日艦名変更。
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