「ん、はぁ……こんなところで、 ……はぁ……任務中、なのに……っ」
「はぁ……はぁ……じゃぁ……やめる?」
熱に浮かされたような声を漏らしつつ、イーネが自己嫌悪混じりの声を上げると、アサギが言う。言葉の内容はアサギが上位のように読めるかも知れないが、実際にはアサギも息を荒くしながら余裕なさ気な口調だった。
「ん、はっ、そ、それは……」
イーネは、熱っぽい息をしながら、戸惑った言葉を口にする。
その直後、アサギの方からイーネと唇を重ね、貪るように吸った。
場所はギムと、山岳地帯の城塞都市エジェイの中間あたり。
エクスプレッセスティ陸軍、臨時特別任務隊のキャンプ地。
BDRM-2DE装甲偵察車と、DS12E/200Dオートバイが駐車している。その脇に張られた、
アサギとイーネの腰元が交錯している。
アサギが、イーネを責めていた。
アサギはフタナリであった。
────翌早朝。クワ・トイネ公都、政治部会議場『蓮の庭園』。
臨時部会が招集……というより、有事にあって、交代しながらも閣僚や副長官級が詰めっぱなしになっていた。
夜が明けて、ブルーアイはエクスプレッセスティ艦隊からマイハーク、ではなく、政治部会からの報告要求を受けて、物資揚陸用の仮設港のヘリポートを経由して、この場に来ていた。
「では、エクスプレッセスティ艦隊はたった6隻で、4,400隻のロウリア艦隊を半壊させ、200騎もの飛竜隊を全滅させ、なお無傷だったというのかね?」
「い、いえ、火矢を受けて、塗装が剥がれる程度の傷を……ハハハ……────」
眼の前で繰り広げられた光景をどう説明したら良いものかと考えていたブルーアイは、リンスイからの問いかけに、引きつった笑みになってしまいながらそう言った。
「そんなものは損害のうちに入らんだろ!」
そう、閣僚からのツッコミが入った後、
「それで、エクスプレッセスティ海軍の艦艇は、どれほどの実力だったのか?」
と、ライスリー軍務卿が訊ねた。
「はい……彼女らの言う火砲はとても強力で、ある程度大きな軍船でも1発でも当たればそれだけで行動不能に陥ります。今回も参加していた、“コルベット”という、我が海軍の艦とそれほど変わらない大きさの艦でも、クロスボウの有効射程外から相手艦を穴だらけにして戦闘能力を奪うのは簡単なことのようでした」
「あの“戦闘機”を保有しているエクスプレッセスティじゃ……驚くことではないじゃろうなぁ……」
ライスリーの補佐として詰めていたハンキが、落ち着いた口調でそう言った。
「それに、参加していた6隻の内、ロウリア艦隊の偵察・追跡に使われていた1隻は、“潜水艦”と言って、海中に潜り、攻撃を行うことのできるフネだと言うのです」
「そんなものまであるのか……」
ブルーアイの説明に、ライスリーが呆然としたように言い、閣僚がざわついた。
「ああそれと、あまり重要なことではありませんが、駆逐艦『ヴィールニィ』のフリーダ少尉からひとつ申し入れが……」
「どんなものでしょう?」
ブルーアイの発言に、カナタが問い返す。
「ノウカ第2艦隊司令に禁煙させるようにと……エクスプレッセスティの医学では、タバコは呼吸器系・循環器系を中心に身体のありとあらゆる場所に悪影響を与え、寿命を縮めると解っているとの事です」
リンスイが吹き出しかけた。他の閣僚も失笑したり、呆れたりしている。それだけ、彼が所構わずタバコを吹かすのは、知られていたし問題視されてもいた。
気を取り直したように、カナタが、リンスイとライスリーの方を向いて、問いかける。
「エクスプレッセスティから、次の行動について、何か通告はありますか?」
「はい。エクスプレッセスティの政府からは、ロウリア軍の東進阻止とギム奪還作戦のため、西部への陸軍部隊進出についての合意を求めてきています」
ライスリーは、頭を抱えそうな様子でそう言って、最後は重くため息を
「何か問題が?」
カナタが、意外そうに問い返す。
「確かに、軍全体としては有り難いんじゃが……」
「中部方面騎士団々長の、ノウ公だな」
ハンキも困ったように言うと、リンスイも重い口調でそう言った。
「まだエクスプレッセスティの陸軍部隊の力は評価できていないし、仕方ないとは言えるんだが……」
ライスリーも困りきったように言う。
「しかし、迷っている場合ではないでしょう。エクスプレッセスティ陸軍部隊の進出を受け入れます」
カナタが、そう決定した。
一方その頃────
「この度の海戦、負けたのは確かなのですが……────」
ロウリア、ジン・ハーク。王宮、大王の浴場。
マオスが、とても言いにくそうに報告をしている。
「──海軍の報告があまりにも荒唐無稽な内容のため、その精査を終えるまでは、海軍による進出は控えた方がよろしいかと……」
プールのように低い浴槽のフチに腰掛け、背中越しに報告を受けたハーク34世は、渋い表情をしているが、マオスやパタジンを叱責することもなかった。
「確かに、ギムの攻略戦でエクスプレッセスティが供与したと思しき魔導兵器が発見されたのは事実なのですが、それでも僅か
ハーク34世が黙していると、マオスの言葉から少しの間を置いて、パタジンが言う。
「それらを踏まえまして、ギムを我が方の拠点とし、エジェイ攻略に万全を期す方針です」
すると、ハーク34世は立ち上がり、パタジンの真正面に立った。
「パタジン、そちらには期待している。余を失望させるではないぞ」
「はっ、有難きお言葉、必ずやその期待にお
パタジンは、その場でハーク34世に傅いた。そのまま顔を正面に向けるとハーク34世の珍な棒が至近距離で見えてしまうが、そんな事を構っている余裕は、パタジンにはなかった。なんとか失地回復しなければ、大王様の為にも国の為にも……と、その想いで頭がいっぱいだった。
「政治部会は何を考えているのだッ!!」
エジェイ、中部方面騎士団指揮所、司令官公室。
中部方面騎士団であり、将軍としてロウリア軍に対する防衛の責任者に任命されていたノウ公は、激昂した声を上げる。
「エジェイの防衛は完璧だと言うのに、なぜエクスプレッセスティ軍に頼らねばならん!?」
「しかし、『ロデニウス北東沖海戦』での実力を見れば、政治部会がエクスプレッセスティの要請を受け入れるのは当然のことかと……」
「ふんっ、それはあくまで海での戦いの話だ」
副将ウィータンの言葉に、ノウは、鼻を鳴らしつつ、声量は抑えながらも不機嫌そうな口調で言う。
「6隻で4,400隻を退けたなど、そもそもそれが眉唾ものの情報だが……よしんばそれが事実だったとしても、軍艦の性能が良かっただけに過ぎん」
ノウは忌々しそうに言う。
「陸戦では話が別だ。女ばかりの陸軍に何が出来る? 鍛え上げられた我が騎士団の将兵に敵うわけがない」
その時、1人の兵士が室内に入ってきた。
「報告します! エクスプレッセスティ陸軍第1旅団が、エジェイの関所の通過を求めてきています!」
「ふん、しばらく待ちぼうけを食わせておけ」
報告してきた兵士に対し、ノウは、不機嫌そうな様子のまま、そう言った。
「ですが、軍務局からは速やかに通過を認めよとの指示が!」
驚いたウィータンが、ノウを上官として扱いつつも、咎めるように言う。
「構わん。余所者にでかい顔をされてハイそうですかと受け入れられるか」
エジェイは、ギムが都市化する以前は、クワ・トイネ公都に対する西方の防衛の要だった。
クイラとの国境線となる、ロデニウス大陸中央の山脈から伸びる連山地帯の北端、エージェイ山の麓にあり、海岸までの距離が最も短くなる場所に、関所を設けていた。
この連山系はエージェイ山頂で標高539mの低山なのだが、ダイタル平原という平野にいきなり突き出しているため、その勾配は急で、関所のある北部以外は交通路に適してはいない。
このような例は実際にあり、日本の筑波山・加波山連峰(最高地点は筑波山女体山頂 標高877m)がそのような特徴を持っている。
エクスプレッセスティでも同様で、東部山岳地帯・プラ連山系(“Pula mountain range”)があり、最高峰のプラ山頂が1,219mある以外は、900m以下の低山が連続している。だが、この連山系から流れるツォボ川(“Tsobo River”)水系による水力発電の拠点都市、ミズポワーベルクに至る東中央本線の路線には、この連山系が形作る急峻な勾配を乗り越えるため、リッゲンバッハ式ラックレール併用区間がある。
────閑話休題。
「ちょっとー! どうなってんのよ!!」
エクスプレッセスティ共和国陸軍、第1旅団クワ・トイネ西方分遣隊は、そのエジェイで足止めを食っていた。
ディオナトラ・AWDトレーラーヘッドに牽引される戦車運搬用トレーラーに乗せられた12両のT-54-120戦車と、その他BTR-4SE装輪歩兵戦闘車、2S016装輪自走砲、ディオナトラAWDに搭載されたBM-21『グラート』多連装ロケット砲、UMAP.6-1装甲輸送車『フィオナ』、三菱ローザAWD兵員輸送車、それに各種輸送部隊のトラック、これらが列をなして、東京の首都高横羽線よろしくビクともしない状態になっている。
諸外国では幌トラックと相場が決まっている兵員輸送車がマイクロバスベースなのは、性の多様性を重視する社会を反映した社会を持つ国家で、女性兵士のみで構成される関係ゆえ、バスというある程度外部から隔離できる空間を用意する為である。
もっとも、精鋭の統合機械化旅団群や空中機動旅団群といった部隊だと、リアゲートの観音扉を取っ払い、キャンバス地のカーテンにしてしまっている部隊もあるが。
────第1旅団、というので精鋭部隊じゃないのかと思った方もおられるかと思うが、この部隊は“一般部隊”である。何度目かになるが、エクスプレッセスティにとってもっとも身近な脅威が非合法武装組織であるため、これに対処するための装輪装甲車を主体として装備し、戦車は歩兵直掩用のT-54-120を装備する機動力重視の“一般部隊”と、ウクライナを範としてソ連型編成におけるVDV (Vozdushno-desantnye voyska)の概念を取り入れ、有事に矢面に立つ“精鋭部隊”である統合機械化旅団群・空中機動旅団群(と、あんまり大きくないけど敵前上陸を担当する水陸両用旅団群)が存在する。
VDVは直訳すると「空挺部隊」となるが、味方の航空優勢下で降下強襲を行う西側型の
ともあれ、エクスプレッセスティ陸軍第1旅団は一般部隊である。普段の配置は首都エムブラセクスなので、緊迫感には欠ける面があるが、士気は高い。
「不味いな……急がなきゃならないっていうのに……」
その珍しい緊迫感に包まれた様子で、第1旅団長 ジュリア・フェラーロ准将は表情を曇らせる。
「このままだとギム周辺疎開民の救援に間に合わない……」
「一応、作戦本部に連絡を入れておきますか?」
副官が訊ねてくる。
「うん、そうして」
「了解」
その頃、ギム西方。
ギムの周辺にある、主にエルフの居住地である村落の住民が、エジェイ方面に向けて疎開しつつあった。
「まいったな……車両の支援ありきで考えてたから、このペースじゃロウリア軍に追いつかれかねない……」
アサギは、憔悴した顔で言う。
疎開民は街道を進むが、そのほとんどは徒歩であり、馬車は数台あるだけだった。子供や年配の者も含まれていて、その移動速度は極めて遅かった。
本来なら第1旅団分遣隊に同行している、臨時に設置されたトラックやマイクロバスの輸送隊が少数の装甲車両を伴って応援に来てくれるはずだったが、エジェイで足止めを食っていて、いつ合流できるかわからないと言う。
この為、臨時特別任務部隊が、一時的に当初の作戦から外れて、この護衛に当たっていた。
「海軍が支援に来てくれるという話でしたが……海軍がここで何をしてくれるのですか?」
「それは……」
イーネの問いに、アサギが答えようとした時、
ヒィイィィン……
と、甲高い爆音が聞こえてきた。
「!」
アサギが見上げると、そこそこの低高度を、ダッソー Br-1050A/S『アリゼ』攻撃機が、両翼に、爆弾やミサイルとは少し異質なものを吊り下げて飛んできた。
Br-1050A/Sは早期警戒機のBr-1050AEWから、今度は逆に後部オペレーター席を含めた対空レーダー設備を撤去し、兵装を搭載可能にした対地攻撃機型だ。
「来たわね……」
「え? あれが?」
アサギの言葉に、イーネが問い返すと、アサギは笑顔で頷いた。
赤外線・可視光走査型対地警戒ポッドを搭載したアリゼは、爆弾倉に吊り下げた増槽に目一杯の燃料を積み込み、CTOL超音速ジェット戦闘機にはできない低速飛行で、疎開民の上空を旋回し始めた。
これぐらい大丈夫かな?
大丈夫だよね?
艦艇の解説について補足。本文に書くかも知れないけど、多分パーパルディア編に入ってからになると思うので。
エクスプレッセスティ独自のCOSLAG方式(COmbined Steam-turbo eLectric AND Gas-turbine)という艦船推進方式ですが、これは巡航用機関を自国産エタン由来・バイオマス由来の液化燃料をボイラーの補助燃料に使うことでマルチフューエル化して、石油由来のジェット燃料の節減を行いたいエクスプレッセスティ海軍において、既存のCOGAG方式(巡航用ガスタービン+高速用ガスタービン)、CODLAG方式・CODAG方式(巡航用ディーゼル+高速用ガスタービン)の艦艇を巡航用機関を蒸気タービンにしたい時、容積的に押し込めても推進用直接ギアボックスにタービン軸をつなげるのが難しい、あるいはラジアルタービンでないと収まらない、という際に、蒸気タービンとスクリュー軸の動力伝達を 発電機+モーター の電気式にしたものですね。割りと最近まで自国に造船所を持たなかった国が採用したキメラです。
ちなみにCOSAG方式の艦も、COSLAG方式の艦も、高速時も蒸気タービンも推進動力に参加します。このあたりはガスタービンとは特性が極端に異なるディーゼル(レシプロ)より有利な点ですね。
あ、ちなみにアサギさんこう(1枚目)見えて、30過ぎてます。ちょっとだけど。
https://twitter.com/kaonohito2/status/1759220432639857051
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