『みなさん、私はエクスプレッセスティ共和国総統、エミリア・ハートリーです』
国内のサーバーを使ってのストリーミングを経由して、画面に1人の人物が映し出される。
外見はやや身長が低めながら身体つきが豊満な女性、いやその童顔も含めると発育のいい少女にも見えるが、実はシーメール、つまり生物学上の男性だ。
しかしエクスプレッセスティの、国家元首と行政の最高責任者である総統は民選制である。また、任期途中でも、議会が不信任を決議した場合、行政責任者としての権限は最大6ヶ月間停止され、その間は議会が任命した行政長代行が就くことになる。ただし停止期間中に行政長代行が不信任を受けた場合は、行政権は総統に戻される。
ともあれ、民選制の公職、それも国家元首でも、女性的性マイノリティが立候補し普通に選出されるのが、このエクスプレッセスティという国だった。
『この数日、我が国はインフラの海外との接続が遮断され────国民の皆様には不安と不便をおかけしたかと思います。しかし────これは信用できない、私が狂ったかと思う
「はぁ?」
クイックチップセミコンダクタース エムブラセクス本社。
会議室に設置されたPCから、大型ディスプレイとUSBサウンドバーに、総統会見が映し出されている。それを見ていた
政府から重要な発表があると言われ、従業員も業務を止めてそれを見ていたが、その場にいたマコトは、思わず声に出してしまっていた。
声に出したのはマコトだけだったが、特にマコトに視線を向ける者はいない。その場にいて、総統の会見を見ていた皆が、マコトと同じ思いだったからだ。
『海底地質調査により、排
エミリア総統がそう言うと、画面が別の動画に切り替わる。
それは、ジェシカ機が撮影した都市の映像だった。
その都市はまるで中世ヨーロッパのような街並みで、規模はそれなりだが、産業革命を迎えているようには見えない。
一方で、地球の、少なくとも現在は存在していないはずの、────ドラゴンと呼べばいいのか、そのような生き物を駆る、甲冑姿の兵士。
他の事情を知らなければ、特撮にしか見えないだろう。だが、PS-2飛行艇に向かって反航戦を挑んでくるその群れの姿は、あまりに生々しすぎたし、既にありえない多々の状況にある事を考えると、フェイク動画と斬って捨てるのもどこかもどかしい。
『そして────』
動画はそこで終わり、画面エミリア総統の姿に戻る。
普段、
「やっほー! みんなの男の娘アイドル、エミリアだよ~」
などと、おおよそ諸外国では政治家として破天荒な、政治家の定例記者会見なんだかアイドルのそれなんだかわからん姿を国民に見せるエミリアの姿とは異なり、真摯で、かつ深刻そうな表情をしている。
『────この動画を撮影した際、我々はこの国の領空に無断侵入してしまいました。現状の世界の国家主権がどのように定められているものかは解りませんが、我々の定義において明らかな主権侵害を行った以上、国家としてその行為に対し謝罪の必要があるでしょう』
「うぇ……なんか厄介そう……」
誰かが言った。
「
マコトがボソッ、と呟いてしまう。マコトは、それが失言だったと直後に気付くが、その時には、ディスプレイを見ていたはずの全員の視線が、マコトに向いていた。
軍事知識に乏しい者でも、この国に住む者なら、BFAが何の企業か知らないはずがない。
「BFAが忙しいって、どういうこと?」
「戦争になるってことはないわよね?」
同僚である女性達が、鬼気迫る様子でマコトに問い質そうとしてくる。
「え、あ、い、いや私も、大学の同期がBFAにいるだけだし、しかも又聞きだし……」
慌てたマコトは、手で彼女達を押し戻すような仕種をする。
「ほーらアンタ達、仕事再開するわよ、これから忙しくなるんだから」
マコトの上司であるマネージャーが、そのやり取りを遮るように、バンバンとクリップボードを手で叩きながらそう言った。
クイックチップは半導体製品製造会社だ。AMDやnVidiaなどのファブレスメーカーの製造請負と、DRAMを生産している。ただ製造請負はエントリーラインで、上位製品はTSMCと棲み分けていた。
だが、もし本当に、今エクスプレッセスティが地球という惑星上に存在しないのであれば、海外他社製のx86-64プロセッサの供給が止まることになる。そうなれば、クイックチップの製品の需要が高まることは予想できた。
従業員はぶーたれる者、苦笑交じりになる者、色々な反応をしながら、それぞれの業務に戻っていった。
ディスプレイの向こう側では、まだエミリア総統の会見が続いている。
『────我が国の哨戒機が領空侵犯をした“クワ・トイネ公国”に対し、現在、外務省と国防省に、速やかに接触し、侵害行為への謝罪と、国交樹立交渉の開始を命じております────────』
クワ・トイネ公国、マイハーク港。
ここは同国海軍の母港でもあり、司令部施設も置かれていた。
「しかし……あれは本当に“竜”なのかね……」
難しい顔をしながら、第2艦隊司令・ノウカは、執務席の椅子に腰掛けつつ、困惑したような表情で、そう言葉を発した。
おおよそ生物の外皮とは思えない、金属的な質感と、群青色と白の2色の肌。
翼を一切羽ばたかせることなく、奇妙な甲高い音をたてる何らかの装置。
ただでさえ、最近周辺国の緊張が高まっているところへ、今度は正体不明の“竜”と、ノウカの悩みのタネは尽きなかった。
ヘビー・スモーカーで知られる彼は、いつにも増して葉巻を消費している。
「国籍不明騎のことですか……」
「うむ」
副官は、事務処理の片手間に、ノウカの言葉に聞き返す言葉を発する。それに対して、ノウカは肯定の返事を出した。
「ムーの機械竜ではないでしょうか? 私はクイラに訪れるムーの高官が乗っているのを見たことがあります」
「ああ、それなら俺も見たことがある……確かに似てはいるが、それにしても異質な気がするな……ムーのそれは、だいたいが翼を2
「す、すると……閣下!」
ノウカの言葉を聞くと、副官は慌てたような声を出した。
「もしや、あの装置は魔導技術による推進器なのでは……」
「あり得るが……だとすると、まさか神聖ミリシアル帝国だとでも言うのか!?」
副官の推測を肯定的に受け入れつつ、ノウカは驚愕の表情でそう言った。
「いや……だとしてもおかしい」
ノウカは、すぐにその推測に対する疑問に行き着いた。
「機械竜はワイバーンのように永続的に飛び続けることはできない。クイラの外交官に聞いたところだと、“ガソリン”という液体状のエネルギー源が必要で、それを積み込むには限度があるというのだ……ミリシアルの物だとしても、おそらく“魔石”を使うし、これも消耗品だ」
ノウカはそう言うと、クワ・トイネ公国全体とその周辺が記された地図上の、“不明騎”の辿った航跡を、なぞるように指し示した。
「今回の不明騎は、北東の方角から侵入し、マ
「確かに……だとしたら、一体何者が……」
ノウカの説明は充分合理性のあるもので、副官もそれに納得せざるを得なかった。
ノウカが、新しいタバコに火を点けたとき、
「失礼します!」
と、魔導通信の通信士が入室してきた。
「近海警備中の第2艦隊旗艦、『ピーマ』から報告と指示を仰ぐ通信です」
そう言うと、あまり質がいいとは言えない羊皮紙に書き取られた通信文に目を通した。
「マイハーク北東沖で所属不明の大型船を発見……臨検を行う。その後の措置について指示を乞う……か」
ノウカはそれを朗読すると、タバコの紫煙とともにため息を吐き出した。
「目標船、停船しているようです。動きもありませんし、帆も畳んでいる模様です」
クワ・トイネ公国海軍第2艦隊旗艦『ピーマ』艦上で、水兵が艦長のミドリに報告した。
「ふむ! 図体は大きいが、所詮たったの2隻……」
ミドリは、自信を持った、あるいは相手を若干嘲るように言う。
1隻は確かに、どこが造れるのかという程の巨大船だが、それに随伴するもう1隻は、形こそ異様なものの、大きさでは驚くような巨大船というわけでもない。
「我が艦隊の威容を見て観念したと見える!」
ミドリはそう言った後、甲冑身に着け武器を手にした移乗兵の法を向き、下令する。
「只今より不明巨大船の臨検を行う!状況の変化に備え万全の準備で待機!」
「ハッ!!」
「よし……2名、ついてこい!」
兵の了解の声を受けた後、ミドリは自ら2名の移乗兵を伴って、巨大船に向かう。
だが、『ピーマ』は巨大船に接舷する位置まで近づいたものの、相手があまりに巨大すぎて、見上げることしかできない。それに、船舶としては、妙に無機質な違和感を覚えた。
「なんだこれは……これは……船なのか? まるで城塞ではないか」
ミドリが困惑しかけたとき、遠目から見た時に平坦だった甲板の一部が、パズルの一片が欠けるように、垂直に降りてきた。
「甲板がひとりでに降りてきただと? 魔導装具か?」
ミドリが呟くと、さらに移乗兵が、その降りてきた甲板の上に見えたものに気付いて、指を差しながら言う。
「人です、人が手を振っています!」
「あそこから乗船せよとのことでしょうか?」
ミドリ達が、降りてきた甲板の欠片に『ピーマ』を接舷させる。
「どうぞこちらに。あなた方に危害を加える意図はありませんよ」
ミドリ達に穏やかそうな笑みを向けながら、そう声をかけてきたのは、2人の艶やかな若い女性だった。
──女性兵? いや……これほどの巨大船が、民間船舶だというのか?
クワ・トイネにも女性兵はいる。だが、少数派だ。それに、艦内設備の限界で、海軍の水兵には皆無だ。
──それとも、これは姦計のひとつか……?
ミドリは、警戒は解かないが、行動を進めない訳にはいかない。相手の女性乗員に手を取ってもらい、相手側の甲板に乗り移ろうとする。
「足元気をつけて……」
──鍛えているな。
自身の手を引く女性の腕力を感じ、ミドリはそう感じた。男性の隆々とした筋肉の付き方をする女性は少ないが、鍛えている女性は見た目華奢に見えても意外に膂力のある者がそれなりにいる。
「おおっ……」
ミドリ達が乗り移り。安全に位置に立つと、甲板の欠片は元の高さに向かって、上昇し始めた。
やがて、それは甲板の本来の高さに戻る。
──こ、これは……この広大な甲板は何だっ!?
ただ巨大船の規模に合わせて大きいというわけではない。船の舷側の縁を覆い、ちょうど船本体に蓋をしたようになっている。しかも、操舵設備と思しき塔は、甲板の中央部を避けて、偏って取り付けられていた。
──これでは、この甲板で騎馬試合ができてしまうではないかっ!
ミドリが戸惑っている間にも、待ち受けていたかのような、奇妙な服を着た女性達が、ミドリ達を出迎えるように近寄ってくる。
──いや、群青色の服は、少し変わっているが軍装だ……するとやはり、これは軍船か? 海軍旗は見たことがないものだが……1人だけ衣装が違うな、こちらに向かってくる者が指揮官か? 実戦向きの衣装でも、本人も武人という様子ではなさそうだが……
ミドリはそう思いつつ、あたりを見回す。その広大な甲板の端に、何か異様な存在が、翼を収めた鳥のような姿で並べられている。
──なんだ……あれは……
困惑し、極度の緊張状態に置かれたミドリだったが、クワ・トイネ軍人として果たすべき職務を実行するために、思い切って言葉を発した。
「私はクワ・トイネ海軍『ピーマ』艦長、ミドリと言う。現在、クワ・トイネ全軍は厳戒態勢にある。貴船の所属と航海目的を知りたい」
「!?」
ミドリの言葉を聞いて、今度は軍船の女性達の方が、一瞬驚いたような顔をした。そして、明らかな軍装ではない衣装の女性が、口元で笑った。
「日本語が通じるとは……言葉の壁はないようですね、安心しました」
「ようこそ、『
続いて、軍装姿の、見た目にも若そうな女性が、更に若い少女がはしゃぐように両腕を広げて、そう言った。
クワ・トイネ海軍艦『ピーマ』と、エクスプレッセスティ海軍航空母艦『ヴァルキュリア』の邂逅は、こうして果たされた。
なんとなく書いてしまいました。自身が構想していた架空国家が召喚されたようです。
エクスプレッセスティ海軍の軍装(+α)はこんな感じ。
https://twitter.com/kaonohito2/status/1759223998569914400
反応があるようなら、続き書きます。TwitterでもOK。
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