クワ・トイネ公都、政治部会議場『蓮の庭園』。
「此度の救援、ありがとうございました。これでクワ・トイネは救われました。クワ・トイネを代表して御礼申し上げます」
「いえ」
カナタの言葉に対し、エミリアが言う。
「この世界での国際関係における“常識”が、私達が考えているよりも────失礼な言い方になってしまいますが、より前近代的な時点にあるのは承知の上ですが、それでも私達の手の届く範囲で『力による現状変更』を容認することはできませんから」
この日のクワ・トイネ政治部会は、エクスプレッセスティ側の代表者が参加していた。エミリアの他、マコト・ハンナ・イノウエ国防省長官、ハンナ・テイラー外務省長官。
内容的にはリモートでも良かったのだが、まだエクスプレッセスティ~クワ・トイネ間に恒常的に使える高速通信手段がない。
現在、エクスプレッセスティ国内に取り残された日本と台湾の技術者の協力を得て、エナジポリス~マイハーク間に、海底ケーブル敷設の準備をしているところだった。
「それで、今後の事……“オシリス作戦”の第3フェイズに移行するかどうか、ということなのですが」
エミリアが言った。
オシリス作戦は、クワ・トイネ主権の原状回復とその維持を目的として、3つのフェイズからなる大きな作戦である。具体的に言うと
1.ロウリア軍の攻撃破砕
2.被占領地の奪還、国境線の原状回復
3.必要であれば逆侵攻、ジン・ハークの首都機能の停止
という大まかな流れを規定し戦力配置と後方の体勢を整えるもので、これ自体は“
「ロウリアへの逆侵攻ですが、具体的には何を目標として行われますか?」
ライスリーが訊ねた。
「それは、ハーク34世の捕縛、政権の打倒ということになります」
ハンナが答える。
「ロウリアはギムでの暴虐のみならず、国内でも亜人排斥、つまり
「ただ、そのためには兵站を支えるため、クワ・トイネ側の協力が不可欠となり、労働力を割いて貰うことになります」
ハンナの言葉に続けて、マコトが言った。
「ですので、クワ・トイネとしてここで矛を収めたい、というのであれば、第3フェイズに移行せず、能動的な軍事作戦をここで終了する、という選択肢もあります」
「問題として、ロウリア側が戦闘行動の終結に同意するかどうかという点が残りますが、国境線を越えても損害しか出ないという事は、少なくとも理解できたでしょうから」
今度は、マコトの言葉にハンナが続ける。
「……軍務卿の立場としては、自分の職権のみでこれを決めることはできません」
ライスリーが言い、視線をカナタに向ける。
「外務卿の立場としては、どうですか?」
カナタは、一度リンスイに
「……残念だが、今のロウリアは武力以外の取引で恒久的な講和ができるとは判断できん」
リンスイも難しい顔をして言う。
「パーパルディア皇国が後ろについているという話は確実のようだし、エクスプレッセスティの部隊が引き上げた途端再度侵攻してくる可能性すらある」
「────では」
わずかに沈黙を挟んだ後、カナタが言う。
「クワ・トイネとして“オシリス作戦”第3フェイズの移行を決定したいと思いますが、異議のある方は居られますか?」
特に発言する閣僚はいなかった。
「では、これをクワ・トイネとして決定したものと致します」
エムブラセクス、中央部から少し離れた住宅街の最寄り駅。
到着した10両編成の電車は、元・西武鉄道101系である301系の8両に、先頭から3両目・4両目だけ、車体が少し小さい18m級の元・名古屋鉄道モ5550の電装解除車2両が挟まっている。
……なぜ20m級で統一しないのかと言うと、20m級・18m級・16m級混成の時代につくられた駅のホーム有効長が足りず、一部の駅では過密化してしまってホーム延長が非現実的なため、9両に減車するぐらいなら18m級・16m級を挟んでいる方が、輸送量が大きいからだ。
名鉄は元々1,067mm軌間だが、301系組み込みの18m級は、軽量化の為、1,435mm軌間の京阪の中古品であるエコノミカル台車KS63系・KS76系を1,067mmに組み直したものを履いている。
ちなみに、日本の中古電車の内、抵抗制御車は回生ブレーキが使えるよう界磁添加励磁制御に改造されている。
────閑話休題。
「ぷっは!」
帰宅ラッシュの時間帯。半導体製品製造企業クイックチップのマコト・マリー・フクシマは、ドアから吐き出された。
新型電車4DR133系の登場で増発され以前よりはマシになったが、出勤時間帯は駅によっては
女性ばかりの国だから、満員電車も桃源郷か酒池肉林か……────なんてことは当然なく、汗と複数の香水の匂いが混じり合った色気もへったくれもない空間である。その上、クーラーとベンチレーターを嘲笑うが如き熱気と多湿で不快指数増し増しの車内から解放されたマコトは、ホームで夜の少し冷えた空気を吸い込んだ後、跨線橋への階段へと向かった。
駅舎と一体化した店舗のミニストップで、夕食として軽く食べられる物と飲み物を買ってから、徒歩7分の自宅・単身用マンションに辿り着く。エクスプレッセスティが高度経済成長期初期に設定し、現在もそれが使われている標準型集合住宅で、1DK、トイレと分離された浴室、ガス暖房用のガスコンセントが設置されている。
少し辿々しい手付きでポーチから鍵を取り出す。鍵を開け、自宅内に入った。後ろ手に鍵をかけ、ふらつくように寝室に入る。そのまま、ベッドに崩れ落ちた。
「疲れたぁ……」
マコトは、他に誰もいない室内で、そう呟いた。
エアコンのリモコンを手に取り、冷房を入れた。
今の時期、本来ならエクスプレッセスティは真冬である。ところが、地球では南半球にあったエクスプレッセスティが突然、北半球の気候サイクルの場所に転移してしまい、気候の移り変わりが突然半年分ズレた。マコトは自覚症状が出るほどではなかったが、バイオリズムを崩して、鬱や一時的な自律神経失調状態に陥る“
「あー……」
疲労感で、ソーシャルゲームをプレイしたいと思う気力もわかない。
「お風呂……洗うのもめんどくさいな……」
標準型住宅用推奨品として設定されているリンナイ・エクスプレッセスティ製の
「シャワーでいいかぁ……? でも疲れてるから浸かりたいしなぁ……」
マコトが、ベッドに突っ伏したままブツブツと言っていると、スマートフォンに着信があった。
「…………サラ?」
スマホのディスプレイには、大学の同期生で、シャープ・エクスプレッセスティに勤めている、サラ・ボロマの名前が表示されていた。
「もしもし?」
マコトは電話を受ける。
『その声、だいぶ疲れてるみたいね?』
「疲れてるよ~ 仕事が暇になるんじゃないかと思ったら、真逆に増えるんだもん」
クイックチップは、AMD製品やnVidia製品の製造請負をやっているが、さほど上位のものはやっておらず、Ryzen5やGTX1650、GTX1630あたりのエントリーラインを担当していた。
出荷先がなくなって暇になるはず……と思いきや、政府の情報処理分野やら、クワ・トイネへの支援関係やら、それに……────
「サラの方はそうでもない?」
『家電はね。でもカスタムIC部門はかなりきついみたい。オフィスに布団持ち込んでる人もいるくらいよ』
「あー、なんかいいなぁ……私もオフィスで寝起きしようかなぁ……」
『クイックチップはかなり忙しいでしょうね……』
「うん……うちもカスタムLSI部門の発注が増えて、ラインの調整で大変なんだよ~」
────兵器用半導体製品、の増産に、各企業は追われていた。
『まさかとは思ってたけど、本当に戦争になるなんてね』
「でも、しょーがないでしょ。ロウリア王国みたいなところにうちの製品売るわけにも行かないし」
『確かに』
「それに、チョコレートの値上がりがたまらないしね」
『マコトなら言うと思った』
マコトの言い種に、サラが電話の向こうでクスッと笑いながら、そう言った。
カカオ豆の海外からの供給がストップして高騰したため、一部商品が生産休止となり、残りも軒並み値上げとなっていた。
クワ・トイネ東南部に試験栽培場が設置され、カカオの木の試験栽培が始まっていることは、すでにエクスプレッセスティ国内でもニュースとして伝わっている。
「なんだよー、それじゃ私が食い意地張ってるみたいじゃないかー」
『違うの?』
「そりゃ、食べるのは嫌いじゃないけどさー…………でも、最近はあまり食べられてないかなー……仕事で疲れて、胸いっぱいでさ」
『無理して倒れないようにね』
サラと電話しながらベッドに腰掛けたマコトは、胸元を抑えるようにしてそう言った。
「りょーかい」
『じゃ、何かあったら、またそのうち』
ロウリア王国王都ジン・ハーク、王宮、軍議の間。
「戦略拠点のギムを失い……各地諸侯から招集した侵攻軍も瓦解してしまった……」
「…………」
軍議のために集まったロウリア王国の高官達の間に、重く淀んだ空気が漂っていた。
「マオス殿、報告されているエクスプレッセスティ軍の攻撃は、本当に魔導兵器によるものなのか?」
「その事自体は、確実だと考えられるが……────」
問われたマオスも、そうは答えるものの、言葉が続かない。
「──パタジン将軍の見立てはどうか?」
マオスは、パタジンに振った。
「エクスプレッセスティが魔導兵器を持っており、その少数をクワ・トイネに供与したというところまでは、アデム副将から報告を受けているのだが……」
そう言うパタジンの顔色も、浮かない。
「海でも陸でも、これ程の大損害は……パーパルディアでもこれほどの力を持っているものなのかどうか……」
「アデム副将からの追加の情報はないのか?」
問い返されたパタジンは、更に表情を暗くする。
「それ以上の追加情報はない……何か知っていたかもしれないが、将軍のパンドール候共々消息不明だ……ギムの生き残りに聞いても要領を得ないものばかりで……────」
そこまで言って、パタジンは軍議に参加していたヤミレイを見た。
「──魔導兵器について、王宮首席魔導師のヤミレイ師はどう見られるか?」
「うむ……」
「魔力を感知できない攻撃……追ってくる光の矢……人智を超えた技……まさか……まさかッ────」
そこまで言って、ヤミレイはカッ、と目を見開いた。
「エクスプレッセスティ共和国とは、
「!?」
ヤミレイの言葉に、マオスも、パタジンも、他の将軍や高官たちも、唖然として一瞬言葉を失う。
絶大な力を以って高度な文明を築き、すべての種を統べた。
過酷な圧政を敷き、そうして得た力は、神々の領域へと達しようとしていた。
だが、その傲慢な所業は神々の怒りを招いた。
神々は古代魔法帝国に対し、星を落とした。
星の落下を防げないと知ったラヴァナール帝国は、“時”を超越する魔法を発動させ、その国土もろとも未来へと転移した。
“世界に我ら復活せし
そう書かれた不壊の石板だけが、その跡に残された────
「確かにそれなら、度重なる敗北も、シャークン提督やギムの生き残りの証言も、説明がつく…………」
パタジンは、呆然とした様子のまま、絞り出すように言葉に出す。
「いやいやいや……」
マオスが、慌てたような声を出す。
「古代魔法帝国であるなら周辺国と国交など結ばない。それに────伝承によると『帝国の復活の際には“
マオスはそう言うが、最悪の想定から現実逃避を試みているようにも見えた。伝承に誤りがあることなど、ありがちなことだからだ。
「近事では“
ヤミレイの言葉は、どちらかと言うと立場上伝承を重んじる必要があるがゆえのものと、表情からその色が見て取れた。
「うむ……確かに軽々に口にするべき名ではないが────」
パタジンも冷静さを取り戻しつつも、その表情は晴れない。
「ともかく現状では、ギムへの再侵攻どころかエクスプレッセスティ軍の逆侵攻の可能性も想定せねば」
「王都周辺の監視体制を強化し、24時間体勢にしましょう」
「王都に残った竜騎隊全騎も交代で備えさせよう」
パタジンの言葉に、他の将軍・軍指揮官もそう口々に発する。
それ自体は妥当と言えたが……
「それでは、クワ・トイネ侵攻作戦の今後については、大王様にどういった報告を……」
マオスが口にした。
険しい表情をしているハーク34世が、
エクスプレッセスティ国有鉄道、エムブラセクス近郊区間主力車両
https://twitter.com/kaonohito2/status/1796988051119571036
(2024/06/02-JST基準版)
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