────パーパルディア皇国、国家戦略局。
「ロウリア王国支援は国家戦略局の独断だ」
局長であるイノスは、手に持ったツボを拭きながら、呟くように言う。
彼の執務席に向かい合う形で、ひとりの局員が、これ以上なく深く頭を下げている。
「ロデニウス大陸統一による権益を得て皇帝陛下にご報告するはずだったのだ……他官庁を出し抜くために無理をしすぎたか……」
イノスはそこまで言って、頭を下げている局員、文明圏外国担当部員のパルソに視線を向けた。
「この件が皇帝陛下のお耳に触れれば、ただでは済まんぞ」
「申し訳ございませんッ────」
「……エクスプレッセスティ共和国の兵力に関しての情報は?」
「その事ですが……────」
イノスが問いかけると、パルソは頭を上げた。
「『女しかいない国だという先入観は捨てろ。パーパルディアの力ではエクスプレッセスティには絶対に勝てん。絶対にだ』。これは我が局の現地諜報員に対して、ロウリア海軍のシャークン海将が語ったことなのです」
「なに……────」
パルソの報告に、イノスが少し挙動不審になる。
「まず、もっとも驚異的な存在として“鉄竜”があります。これは音の速度を超えて空を飛び、一撃で
「ふむ……それはロウリアが、自国が敗北したが故の、相手戦力の誇示だな……些か誇張が過ぎて荒唐無稽になっているが」
イノスは、口元に手を当ててそう言った。
「気にかかるのはそこより先です。まず、“鉄竜”の他に、ムーの……“機械竜”、あるいは“飛行機械”と呼んでいるものが存在するようなのです」
「何…………」
パルソの報告に、イノスがツボを拭く手が止まり、パルソを見る眼光が変わる。
「これは竜との戦いはあまり得意ではないとされていて……ただ、地上や海上の目標を精密に攻撃することに長けていて、その威力は2体で大隊規模の陸上部隊を薙ぎ払うと」
「俄には信じられないな」
イノスはそう言った。
「確かにムーならばそれは可能だろうが……中立を建前にしているあの国が、東方文明圏外にそれほどの物を与えるだろうか……」
イノスは顎に手を当てつつ、考え込む。
「もうひとつあります。エクスプレッセスティ軍は“鉄の地竜”を持っていると、これはクワ・トイネに潜ませていた諜報員からです……」
「なに…………」
鉄の地竜、それはイノスも動揺を覚えざるを得なかった。
トーパに伝わる“太陽神の使者”の神話────その中に出てくる、伝説の存在だ。
「俄には信じられないが……しかし、ロウリアの態度も気にかかる、か……」
イノスはそう言って、表情をしかめる。
『最早ロウリアはパーパルディアの助力を必要としておらぬ。ロウリアと付き合いたいのなら相応の扱いをするか、エクスプレッセスティの許しを受けてからにするが良い』
新ロウリア王、ハーク・ルセリア35世はそう告げ、パーパルディアの“文明圏外国”を担当する第3外務局経由での国交を断った。
クワ・トイネ侵略によりエクスプレッセスティ参戦を招いた前王ハーク34世から王位を簒奪した、その姪に当たるこの少女王は、エクスプレッセスティの傀儡ではないかという話もある。だが、実際にハーク34世の下でエクスプレッセスティと戦った王都騎士団や王立魔導士団が彼女に恭順している点については無視できない。
「継続調査する必要はあるな……」
「私もそう思います」
イノスの呟くような声に、パルソは同意の言葉を発した。
「ただし、慎重にな……この情報にアクセスできる局員は厳選し、箝口令を敷け……相手の正体が判明する前に、特に……レミールやアルデに知られると厄介だ……」
「了解しました」
パルソは言い、一度姿勢を正した。
「ところで、これは私的な事なのだが」
「はい、何でしょう?」
パルソが少しキョトン、としたように聞き返すと、イノスは、口元でどこか楽しそうに笑った。
「このツボはなかなか素晴らしいと思わんかね」
────エクスプレッセスティ共和国、最大の港湾・工業都市エナジポリス。
「あー……ヒマだ」
ジュン・レベッカ・ジェンは、自宅であるマンションの一室、単身向けの標準型とされる1DKの、和室で、行儀悪く脚を崩した状態で座り、欠伸をしつつボーッとしていた。
Webサーフも海外サイトが存在しないし、当然ソシャゲにもアクセスできない。国産タイトルでも、Google Play/Apple Storeにアクセスできないのでプレイ不可能だ。オマケにテレビも映らない。国民に与えられた、インドアの娯楽と言えば、かつて国営CSテレビ放送第2チャンネル・第3チャンネルで流していた映画のストリーミングと、後はラジオぐらいだ。
ちなみに、国営CSテレビ放送は3チャンネルがあり、第1チャンネルは国営放送らしく公共の益のための総合放送チャンネル、第2チャンネルは全年齢向けエンターテイメントチャンネル、第3チャンネルは有料・年齢認証必須のポルノ・チャンネル、だった。
以前も触れたが、エクスプレッセスティではテレビの普及に先んじてブロードバンド・インターネット接続サービスが整えられていた。この関係で、テレビ放送への設備投資は限定的であるため、その画質は縦横比4:3のSD画質(ただしノンインターレース)となっていた。
その一方で、テレビの表現規制が緩く、“ルパンの『複製人間』がノーカットでテレビに流れる数少ない国”と言われていた。
────閑話休題。
ジュンの職業は、国内最大手自動車メーカー「セダクション モーターヴィーグル エンジニアリング」(“Seduction MotorVehicle Engineering”)の自動車ライン工だったが、彼女が担当している乗用車のラインは稼働率を下げている。
理由は2つあり、ひとつは確保されている部品が充分ではなくなってきたこと。現在走っている既存車のメンテナンスも考えると、生産数を絞らざるを得なくなっていた。
もうひとつは、そもそも需要の減少。実はエクスプレッセスティはアフリカ大陸で数少ない自動車輸出国だった。しかも、自動車最先進国と言って過言ではない日本に乗用車を輸出していたのである。
その規模は、販売金額では欧州勢に劣るものの、販売台数では肉薄するものがあった。
国を立ち上げる時に、日本から最大限支援を受けることを前提にして多くの工業規格が日本のコピペだったものだから、逆に輸出が可能になる段階になると日本市場に食い込みやすかった。右ハンドル・左側車両通行だし、他の先進国が日本の非関税障壁とか言ってた軽自動車もまるっと日本を真似していた(唯一、排気量はガソリン660cc未満に対してディーゼルは800cc未満まで認められる)ので参入可能だった。
その上でさらにエクスプレッセスティ車が日本で売れたのは、簡単に言ってしまうとマニュアルトランスミッション車の存在だ。エクスプレッセスティは自動車輸送増加を抑制する方針のひとつとして、
日本を含めた先進国の自動車業界は基本的に「MTはスポーツカーに求められる」と勘違いしている。コアなMT乗りの大半はそんな考え方求めちゃいないのだ。大衆車だろうと、ミニバンだろうと、商用車だろうとMTを求めている。思い通りに動いている気がしないし、場合によってはそれは恐怖にすらなる。もっと極端に言ってしまうと、この層はそもそもAT車を“クルマ”だと思ってすらいない。
なので、その隙間にエクスプレッセスティ車が入り込んだ。
加えて、エクスプレッセスティでイチから開発された、セダクション『チャーミ』 (“Charmy”)、『ネクストラ』 (“Nextra”)、あたりは、機能が欠けているわけではないのだが、平成極初期の日本車のテイストが漂っている。特にネクストラなどは、2.5BOX 5ドアセダンのデザインは1980年代の古き佳き時代の再来とも言える佇まいをしている。インパネ周りも“人間工学に基づいた”などという小賢しいデザインをしておらず、整然と配され、ライトONでピクトグラムが透過発光する、そこが返って安心感を与えるとされる。さらにホットグレード『ネクストラ フォーストロ』(“Nextra Forstro”)はスーパーチャージャー付VVT-OHV5気筒2000cc直列エンジンを搭載している(奇数シリンダなのは、1600cc直4に1気筒足すという設計をしているため)。つまり、1980年代に子供心に日本車に憧れた、そう言う世代を直撃したのである。
ただ燃費基準と排ガス規制の為、ネクストラ フォーストロの日本輸出向けはマイルドハイブリッド仕様になっている。
他にも『マトリア』(“Matria”)という輸出名で販売されていたミニバンがある。これは国内では『レジアス』(“REGIUS”)のライセンス生産からの継続生産車なのだが、日本に輸出するに当たって日本ウケするバカでかいゴテゴテグリルのデザインの『マトリア エクスタシー』を追加し、2,000ccガソリン・スーパーチャージャーと、1,600ccガソリン・スーパーチャージャーまたは2,000ccスーパーチャージドディーゼルの3ペダルMTハイブリッド(もちろんオートマはオートマで存在する)、という自国製パワートレーンを引っ提げたものだったから販売開始時は「
ちなみに余談にはなるが、エミリアは総統公用車としては、以前ヤゴウとハンキの送迎車として使われたデリカコーチ(三菱P系デリカの継続生産車で、日本国内で販売されていたデリカスターワゴンではなく、セダクションでデリカバンをベースに再度乗用化したもの)、個人保有としてはネクストラ フォーストロを選択している。これは国家元首として国産車を選択している……という建前なのだが、ミズポワーベルク山麓側の峠にポルシェ911をチギるネクストラ フォーストロがおり、そのボディカラーはエミリアと同じ赤で、なおかつ有志の調べによるとそのフォーストロが目撃された時間には決まってエミリアが総統府にいない、らしい。
────で、当然その海外シェアはなくなってしまったわけで。ジュン達、乗用車・小型商用車ラインの従業員の半数程度が生活費補償付の生産調整の休業状態になっていた。
貨物車やバス、セダクションの生産車だと三菱ふそうのライセンス車である、『ディオナトラ』(『スーパーグレート』のライセンス生産車だが、本家がカタログ落ちしているAWD、8×6車が設定されており、逆輸出を考慮して名前を変えている)、『ファイター』、『エアロスター』、『ローザ』、マツダの3代目WG系『タイタン』のライセンス生産車である『ルーシア』、それに非ッ常ォオォォォに珍しいベルギーのヴァンホール『New AG300』のライセンス生産車である連節バス『エアロスターデュオ』、あたりは、しばらく“転移特需”があって、そちらに幾らか人員が異動していったが、現在はそれも先細り気味だ。
ジュン達のマネージャーなどは、本社の事務方と共に、先の『マトリア エクスタシー』用のグリルとバンパーの不良在庫化に頭を抱えていた。国内で売ろうにも女性社会のエクスプレッセスティでこんなD◯N御用達のデザインの製品に需要がないのだ。
いっそガスエンジン車にしてロウリアの諸侯連中に売りつけたろか、なんて話も出ている。
「あー……暇だな……」
ジュンが何度目かわからないボヤキを口にする。
生活補償があるから食い扶持には困らないが……というか、だからこそタチが悪い。生活には困らないが、手持ち無沙汰でやることがないということは、人間は意外にも苦痛なのだ。寝てヒマを潰そうにも限界があるし、ゲームをしようにも、ソーシャルゲームやオンラインゲームはサーバーが海外にあったからできないし、Nintendo SwitchもNintendo Onlineに接続できないため満足するプレイができない。
ラジオは最早眠気を誘う存在でしかなかった、 ────なのだが……
『現在エムブラセクスでは、最近読書や、前世代のゲーム機を求めて、ショップに人が集まっています────』
──ああ、そういうのがあったか。
ジュンは、ラジオから流れるレポートを聞いて、その事に気がついた。
Nintendo 2DSのソフトならネット接続できなくても充分遊べるものがあるし、Kindleがサービス停止していても紙の書籍は読める。
──そう言うのもいいかな。
ジュンはそう考えた。エナジポリスも大都市圏なので、書店や古書店は点在している。
ジュンは思い立つと、万年床になりかけていた布団の上から立ち上がり、身なりを整えてから、財布を持って自宅を出た。
ジュンの自宅前はちょっとした
ジュンはそれに乗り、エナジポリス中央駅(中央にあるのでこう名乗っているが、以前ヤゴウらクワ・トイネ エクスプレッセスティ視察団が案内された、ターミナルであるエナジポリス駅とは別の駅である)のステーションモールに向かった。
Nintendo 2DSは、元々は北米向けに3DS互換で、3D機能をオミットし、折りたたみではなくスレート型となっているモデルです。後に日本国内でも3DSの廉価型として発売されていますが、あまり知られていないかも知れないと思い、念の為解説しておきます。
…………この時間軸だと、残された地球の全世界のMT乗りが絶望してそう……
イノスはコミック版の最新話で、どうもただの無能じゃないっぽいぞという描写があり、ちょっと反映しています。
な◯は痛車なのにゴツい中年が描かれた痛車……いや写真撮っちゃうな俺。
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