フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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外交戦の始まり

 ────フェン王国。王都アマノキ、王城表御殿。

「パーパルディア皇国が我が国の南部森林地帯を献上すれば、同盟国として庇護すると言うてきた……────」

 閣議にて、君主、剣王シハンが切り出した。

「──一体何から庇護するというのだ? 我らの最大の脅威は皇国自身だと云うに」

 閣議、というよりは日本の江戸時代を再現したようなその場で、シハン自身も閣僚も、衣装も武士がフォーマルな場で着込む和装、といった出で立ちだった。

「して、剣王はなんとお答えを……?」

 閣僚の筆頭、マグレブの問いかけに、シハンはニヤリと笑みを浮かべた。

「やらん! と言うてやった。すると彼奴らめ……今度は498年の租借でどうだと云うてきた」

「して?」

 閣僚の何人かが、先程のマグレブのように更に問いかける。

()()()お断りしてやったわッ」

 シハンはそう言って、ガハハハッ、と豪快に笑った。

()(よう)な国に軒を貸せば母屋まで()られますからな。適切な御判断かと……」

 マグレブの副官、彼らの衣装にはミスマッチな淡い色の毛を持つアインが、神妙そうな表情でそう言った。

「フェンの民は『剣に生き剣に死す』。列強国とて我らの魂を従属させることは叶わぬと、知らしめてやらねばなるまい」

 シハンはそう言い、カカカッと笑い声を上げた。

 閣僚達の表情が引き締まる。

「しかし剣王様、我ら(まつりごと)を司る者、志願武士団はもとよりその覚悟は出来ておりますが、民草に犠牲を強いる結果は得策ではないかと……」

 マグレブが、怯懦の様子はないが、当惑したような表情で進言した。

「何、無策ではないわ────ロウリアの新国王より助言を受けておる。『パーパルディアではエクスプレッセスティには絶対に勝てぬ』とな……」

「と、言うことは剣王様としては、エクスプレッセスティ共和国と国交を開くと?」

「然り」

 閣僚の問い返す言葉に、シハンは即答した。

「彼の国はパーパルディアが我が国に目をつけることが無いよう、ムーを介して我が国と交易しようと考えていたようだが、既に我が国は目を付けられていると伝えた所、積極的に我が国と国交を開く方針に変えよったわ」

「しかしながら、『女だけの国』であり、武においては進んでおらぬという見方もございますが……」

「ふむっ! それは実際に、彼の国の使者に会うて見極める事になろうぞ!」

 

 

 ────パーパルディア皇国。皇都エストシラント。

 第3外務局。東部方面担当部長執務室。

「フェンへの懲罰出撃はどうなっているッ!?」

 その部屋の、今の主であるタールが、荒れて部下に怒鳴るような声を出していた。

「それにアルタラスだッ! 私が聞きたいのは成果だッ!! 経過などどうでもいいッ!」

 経過よりも成果の報告────これは、当代のパーパルディア君主・皇帝ルディアスの(よし)とするやり方で、政府機関の要職にもこのやり方が()()()()で伝播していた。

 そう、この、()()()()、ということが重要だった。ルディアスがその内容の如何に問わず、国政の判断のために報告を必要としたのに対し、官僚達はただ、“()()()()()()()()()”だけを求めるようになってしまっていたのである。

「担当官をせっつけ! 交渉相手を追い込み、開戦の口実を用意しろ!!」

「は、はい……」

 タールの怒声を浴びていた、若い局員が、萎縮したように返事をする。

 すると、その様子を見たタールは眉間にしわを寄せるようにしつつ、

「お前も第3外務局に着任したのなら肝に銘じておけ」

 と、演説をぶつように切り出した。

「我らは“蛮族国家専門の外交局”なのだ。相手から如何に搾り取れるかが試される。“土地” ・ “富” ・ “人” 、あらゆるものを皇帝陛下の名の下に献上させるのだッ! その為に我らは皇国監察軍を統帥し懲罰出撃の権限も与えられている!! 不敬な蛮族共に舐められるようなマネだけはするな!」

 そこまで言うと、タールは、憤り混じりの表情で、その局員を睨む。

「この旨は現地担当官は知っている筈だが、忘れているようだ。通達し再認識させろ」

「はいッ、直ちに!」

 

 ────同じ頃、第3外務局、外事事務室受付。

「今日で3ヶ月目になります」

 エクスプレッセスティ外交官、プリヤ・キャサリン・モーパディは、受付の女性にそう言った。

 その口調は、少し怒気をはらんでいる。

「局長殿で無理なら、権限のある方とお目通りを願いたいのですが」

 プリヤの言葉に対し、受付の事務員の女性は、一国の外交官に対するものとはとても思えないような、気怠そうな、面倒くさそうな態度と表情を見せる。

「そう言われましても、順番に手続きを(おこな)ってますので…………」

 ──順番に手続きしていて3ヶ月も待つか!!

 プリヤは、内心毒ついていたが、口には出さなかった。

「あとですね、個人的にあなた方の国交交渉の概要を読ませてもらったのですが、いけませんよ、あれ……」

 事務員の女性は、表情では困惑しているように見えているが、どちらかと言うと、迷惑な相手が来た、といった感じのものだった。

「どのような点がよくないと?」

「あなた方……エクスプレッセスティ共和国でしたか? 国内でのパーパルディア皇国民の治外法権を認めないという一文が。無礼極まりない」

 プリヤが聞き返すと、一介の事務員が、権限を持った外交官にすべきではない発言付きで、蔑むようにそう言った。

「私達は対等な国交を求めています。それ以上もそれ以下もありえません」

 プリヤは、強気に言う。個人的にフラストレーションを溜めているのは確実だったが、それだけでもなかった。

「対等ですって? 何をバカなことを……」

 そう言って、受付の女性は、世界地図の略地図が描かれたパネルを取り出し、エクスプレッセスティ共和国が現在、存在する場所を指した。

「いいですか? この世界には3つの文明圏があります。そこに所属していない限り、対等はありえない。国際常識ですよ!」

 憤ったぐらいの様子を見せて、事務員の女性は言う。

「あなた方の国はここ! 文明圏外! 『東方の蛮族』ということです」

 そう言い切り、プリヤに対して、野良犬を追い払うかのような視線を向ける。

「あなた方のような者を簡単に通すと、私の評価が下がるんですよね……」

 そこまで事務員が言った時、プリヤは、胸ポケットに着けていたそれを外した。

「?」

 女性の事務員は不思議そうな表情をしたが、すぐに、

「何をしているのですか、もう用件は済んだのですから、早く退出なさってください」

「いえ、これが外交官として、最後の通告になりますので」

 プリヤは、そのピンマイクが繋がっていた、ポータブルカセットテープレコーダーを取り出す。

 当然、エクスプレッセスティに半導体メディアのボイスレコーダーが無い、なんてことはない。それでも敢えてカセットテープを選んだのは、視覚的に“動いている”のが解るからだ。

 プリヤはテープを巻き戻すと、イヤホンを取り外し、小型スピーカーから音声が出るようにして、テープを再生した。

『────そこに所属していない限り、対等はありえない。国際常識ですよ!』

「私は今、エクスプレッセスティ共和国の外交官として、貴国の外務局員の人間として唯一接点のあったあなたより、この言質を頂戴しました」

 今までの鬱憤を晴らすかのように、プリヤはそう言った。

 プリヤに対して、エクスプレッセスティ共和国本国政府はこう伝えてきた。

 

パー()ルディ()皇国()の態度が頑ななら、こちらからの交渉は打ち切っていい。あっちが泣きついてくるのを待つだけだ』

 

「我が国は────」

 プリヤは険しい表情を事務員に向け、言う。

「──現在、ムー国、フェン王国との外交交渉を行っている。貴国に求めることは、()()()()()()。これだけです。あなたが権限のある人間に面通ししなかったので、我が国としてはあなたにこれを伝えた事で正式な通告とします」

 プリヤはそれだけ言うと、録音機を片付け、踵を返そうとする。

「あの、ちょっと!」

「これ以上、第3外務局に用はありません。我々と交渉を持ちたいなら相応の対応を求めます」

 なにか言いかけた事務員に対し、プリヤは、立ち止まりつつも振り返らずにそう言って、今度こそ退出した。

 

 

「────うーん……まぁ、そうなったかぁ……」

 エミリアは、総統執務席の椅子に、脱力するように身を沈めながら、疲れたように言った。

『どうしますか?』

 エミリアの執務用のPCの3枚のディスプレイの内、7インチの小さなディスプレイの向こうで、ハンナ外務省長官が問いかけてくる。

「まぁ、うちとしては別にパーパルディアは()()()()()()()で、国交開くメリットが今のところ皆無だし……」

 そこまで言って、エミリアはハッと気がついた。

「向こうから何らかの言質はとれましたか?」

『はい。「対等はありえない」と。まぁ、外務局の事務員の発言ですが』

 エミリアの質問に、ハンナが答える。

 プリヤの第3外務局でのやり取りは、カセットテープレコーダーの他にメモリレコーダーでも録音しており、プリヤがカセットを止めた後も、第3外務局を立ち去るまでが収められていた。

「それで充分です。こちらの外交官がそのような扱いを受けたという事実が重要なので」

 ──さて、と。多少脅かして、こちらの事を調べてくれればいいんだけど……

 

 

 ────アマノキ王城、謁見の間。

「まるで日本の時代劇のような光景だわ……華美ではなく、にも関わらずどこか荘厳な雰囲気が漂っている……」

「そうですね、いかにもサムライの国といった佇まいです」

 日本の江戸時代を再現したかのような、王城のつくりに、スンヨン・エイミー・ユン外交官が言うと、随行員が同意の言葉を出した。

 謁見の間も広大な畳敷きの一室となっていて、2人はそこに正座で待っていた。一介の外交官相手には、フェン側も外相級の人物が応対するだろうと思っていたが、君主自らが接見すると聞かされ、2人とも些か以上には緊張していた。

「お待たせしました。剣王様の()(なり)となります」

 小姓とでも呼べばいいのか、その人物が告げると、部屋の奥側の襖から、剣王シハンが姿を表した。

 シハンはスンヨン達に軽く一礼したあと、その正面の御座敷に、胡座をかくかたちで腰を下ろした。

「私がフェン王国国主、剣王シハンである。エクスプレッセスティ共和国の使者を歓迎する」

 ──シハン陛下のこの様子……まさしく武人の佇まい……かなりの使い手!

 スンヨンはシハンの一挙手一投足を観察して、そう感想を抱く。

 ──なるほど、合気道四段の私が交渉担当に選ばれたわけだ────武道に心得のない者ではこれを察することは不可能!

「まずは待たせた非礼を詫びておきますぞ。その正座の姿、かなり礼儀をわきまえているご様子とお見受けしますが、別に脚を崩されても────おっと!」

 シハンは口元で苦笑するようにしつつも、そこまで言って、驚いたような声を出した。

 スンヨンも随員も、フォーマルなスーツだが、ボトムがスカートだったからだ。

「失礼! 女性には返って非礼でしたな、お許し願いたい」

「いえ、我々も前情報がありながら、スカートを選択してしまったのは誤りでした」

 苦笑するように言うシハンに対し、スンヨンは、言葉では事務的に返答しつつも、シハンに対して気遣うような表情を向けて、そう言った。

「さっそく本題に入らせていただく。我が国と国交を結びたいとの事であるが、外交とは()()()()()()()()()()()()()()()()。貴国は、我が国に何を求めて居られるか?」

 シハンの言葉に、スンヨンは一度、随行員と顔を合わせてから、シハンの方を向く。

「では我々も単刀直入に申し上げます。フェンは火山によって国土の大部分が形成されたと聞きます。我々はその火山由来の地下資源を求めております」

 スンヨンは、真摯な表情で、シハンに向けてそう言った。

「なるほど、ムーが買い付けている珪石などがご所望ということだな────しかし、貴国は最初、パーパルディア皇国を刺激しないよう、ムー国を経由しての輸入を試みていたと聞く。それが直接交渉とは、どういう風の吹き回しですかな?」

 シハンは、人の良い初老の男性のような笑みをしつつも、鋭い視線をスンヨンに向けて、訊ねる。

「それは、パーパルディア皇国が貴国に対し、領土的野心を持っていることが明らかになったからです」

 スンヨンは、澱みなくそう答えた。

「成る程、我が国がパーパルディアに占領されては元も子もないと」

「はい」

 シハンの言葉に、スンヨンは短く返事をした。

「しかし、それは裏を返せば、貴国もまた我が国に野心を持っている……ということではありませぬか?」

()()()()否定しません。ですが、フェン王国の主権、つまり自決権を侵害する意図は持っておりません」

「ふむ……」

 シハンの問いかけに対するスンヨンの答えに、シハンは、わずかに逡巡する素振りを見せた。

「して、それであれば、貴国は我が国に、交易以外の何を求めて居られるか?」

 シハンが問いかけると、今度はスンヨンの方が少し逡巡したものの、やがて、

「共にあることを望みます。私達の外交の考え方に、支配・被支配の概念はありません。フェンでの資源採掘の権利と引き換えに、我が国は技術を与えます。そして共に発展し、利益を共有できる関係を望みます」

 と、真摯な表情と言葉でそう答えた。

「なるほど! あい分かった!」

 シハンは、ピシャリと膝を叩いた。

「その考えに基づき、『力による現状変更』────侵略は認めぬということだな!」

「はい、そのとおりです」

 口元に笑みを浮かべたシハンの言葉に対し、スンヨンも同じように笑みを浮かべ、即答した。

(ただ)────貴国の武の実力に関する伝聞、それを真実か見極めたい。ロウリアから伝わる、『8,000隻の軍船、500騎の飛竜があっても勝てぬ』と言う噂の鉄船、貴国の水軍を我が軍祭に招待したい」

 シハンの言葉に、スンヨンは随行員と顔を合わせ、一言、二言、言葉を交わしてから、シハンに視線を戻す。

「それは、私達の海軍の実力を見たいということですか?」

 スンヨンの問いかけに、シハンは(もの)(のふ)らしい笑みを浮かべる。

「左様。国の在り方を理解するには、その国の武の在り方を見るのが一番だ」

 





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