フェンでの第1回会談から1週間後。
「なーんだろ、あれ」
フェン王国軍祭訪問艦隊旗艦、駆逐艦『ポルツィフルガール』(“PolunytsyFlGrrl”)の艦橋で、艦長のサイリー・アナスタシア・プラヤイ中佐が、双眼鏡で遠くの空を見ながら呟いた。
ポルツィフルガールは、ソビエト連邦956型駆逐艦で、元ロシア海軍『ベズプレーチュヌイ』。ロシアが当時の財政難から放棄した期限切れを買い取り、ポーランドのグダニスク造船所でオーバーホールの後編入された。
2010年代の防衛力増強の際には、同型艦はないが、ファネシー級の補完分として大改装の対象になった。大改装を受けた艦にしては珍しく、主機関は三菱重工設計のCOSAG方式に換装しているが、蒸気タービンの主発電機を補う補助発電機は、ポーランドでのオーバーホール時に載せ替えられたハルキウ機械設計局製を、交換はせずに始動用の
────閑話休題。サイリー艦長の双眼鏡の中には、竜のような蛇のような飛行物体が、ゆらゆらとしながら飛行していた。
竜のように見えるが、クワ・トイネやロウリアで軍の航空戦力として用いられている
「艦長!」
「え?」
オペレーターの少し緊張した声を聞き、サイリーは軽く驚いた声を出す。
「複数の周波数の電波を受信しています。反応としては第二次世界大戦時のレーダー波に類似します。発信源の位置から見ておそらくその飛行物体からだと思います!」
双眼鏡を降ろし、振り返ったサイリーに、オペレーターはそう報告した。
「あれま」
そう言ってから、サイリーは視線を艦橋前方窓の方に戻す。
「どう見てもナマモノだったけど、まぁ転移前の常識は通用しないからなぁ……」
「どうしますか?」
サイリーが呆れた声で言うと、オペレーターが指示を求めた。
「外交団に、フェンに確認させてみて。念の為にマークを」
「了解」
エクスプレッセスティ共和国海軍、フェン王国軍祭訪問艦隊は、旗艦である『ポルツィフルガール』の他、駆逐艦『ディアーネ』(“Dianae”)、フリゲート『ライバーシー』(“Liberthea”)、護衛艦『サクラブリーズ』(“Sakura Breeze”)、そして外交団を運んできた護衛艦『ハナノヴェール』(“Hanano Veil”)で編成されている。
ディアーネの属するイシュタール級駆逐艦は元・英国カウンティ級バッチ2、ライバーシーの属するクィアストーム級フリゲートは元・英国トライバル級、サクラブリーズとハナノヴェールの属するウミノシルエット級護衛艦に至っては元・日本しれとこ型巡視船だ。
自国発注の『ヴェネレイト』級駆逐艦は含まれていない。また、空母『ヴァルキュリア』も搭載機ともどもオーバーホール中だ。
要するに「流石に手札の全部は見せられないよ」というわけだが、それでも想定敵がロウリア程度だとオーバーキル甚だしい投射力を持っている。
事実────
「目標の廃船まで、まだ5km以上あるようですな」
マグレブはそう言った。
アマノキ湾に面する、水軍閲兵式や公開演習の際に使われる、海に面した屋根付き展望台をもつ『見晴らし亭』で、シハン以下フェンの要人が、それを観察している。
『我が国の廃船予定の軍船が4隻ある。それを敵に見立てて沈めてみてくれ』
シハンがエクスプレッセスティ海軍に求めたものは、このような内容だった。
「それにしても前方の2隻はとても巨大だ。まるで城だな……」
シハンが呟くように言った。
「動きをほとんど止めているようだが……まさかあの距離から攻撃するのか?」
「それはなかろう、接敵から始めるのでは?」
フェンの閣僚が口々に言う。
「しかし、奇妙な
シハンの傍らで、マグレブがそう言った。
その直後────
「むっ!?」
シハンが、それに気がついた。
ポルツィフルガール、ディアーネのModèle 68 100mm砲が旋回し、照準を合わせる。
ドンッ……
砲弾はあっさりと、フェンの廃船に命中した。
廃船は爆発して木っ端微塵になった。今、2隻は榴弾で撃ったのだ。徹甲弾を使うと、完全に船体を貫いてしまって返って確実に沈まない可能性があった。
さらに、2隻はMK100 57mm砲で射撃する。
ガ・ガ・ガッ
3発バーストで射撃した57mm砲弾は、残り2隻の廃船を文字通り粉砕した。
──魔導砲かッ!? だとしても、これほどの威力、射程のモノなどッ!!
マグレブがそう言い、腰を抜かしかけるように慄いた様子を見せるも、
「これは────」
シハンはむしろ、愉快そうに「カカカッ」と笑いながらでポルツィフルガールを見る。
「これはいいッ! よもやこれ程とはっ!!」
────ポルツィフルガールCIC。
「あー……つまんない。当然のように全弾命中だよ……」
戦術情報システムS-OYQ-9
「まぁ、長射程で撃っても、
監視・警戒担当のオペレーターが、同僚の方を向いて苦笑した、 ────が。
ピッ
「!」
彼女は、システムが告げるアラームに、ディスプレイを覗き込む。
レーダースクリーンに、いくつかの、マークされていない
「磁気方位8時半方向より飛行物体接近中。反応からワイバーンの可能性が高いと思われます」
「准将」
艦長席のサイリーは、胸元の無線のPTTスイッチを押す。インカムの回路が艦内通話から、外部無線の送信に切り替わる。
『
外交団とともにフェン政府要人を訪問している筈の、フェン軍祭派遣艦隊指揮官、サルナイ・エミリー・オチル准将が訊ねてくる。
「対空警戒レーダーに感。距離と速度からしてワイバーンと思われます。どう対処しますか?」
『内容了解。フェンの軍務担当に聞く。全艦は対空戦を準備、ただし向こうから攻撃を受けるまでは絶対に反撃するな。以上』
「了解。
──西か……パーパルディア皇国の方角ね……
サルナイ准将の無線に答えつつ、サイリーは、声に出さずに呟いた。
「対空戦闘準備、ただしこちらからは絶対に撃つな。撃ったら不名誉除隊か生涯禁欲よ」
────一方。
『隊長、飛竜が怯えています。おそらくアマノキ上空にはガハラの風竜がいるかと!』
魔信で部下が報告してきた。
パーパルディア皇国第3外務局、監察軍飛竜隊。
「風竜は想定内だ。プランBに移行。蛮族の軍祭に飛び入り参加してやれ」
隊長、と呼ばれたその竜騎兵は、魔信のインカムでそう伝える。
「二手に分かれる。貴様は沿岸の街を焼け」
『了解!』
部下にそう支持すると、飛竜隊々長は海面に視線を向けた。
「あの小さい、はぐれた灰色のやつをやるぞ!!」
「国籍不明のワイバーン、本艦直上、急降下!! 導力火炎弾の体勢!!」
────護衛艦サクラブリーズ艦橋。
「機関全速! 回避運動!」
「了解!!」
サクラブリーズ艦長、イサベル・マルティネス中佐の下令の直後に、既に火の入っていたガスタービンエンジンを全開にし、想定着弾範囲から逃れる。
ウミノシルエット級は、エクスプレッセスティの高度経済成長期より前、自国EEZ内での民間船舶護衛のため、日本のしれとこ型巡視船を最終的に合計11隻譲り受けたものだ。
軍艦らしい性能を持たせるため、ウクライナ製のディーゼルエンジンとガスタービンエンジンを使ったCODLAG方式(COmbined Diesel eLectric And Gas-turbine:ディーゼルエレクトリック・ガスタービン併用推進)に変更されていた。パトロール用コルベット不足から2010年代の大改装の対象となり、武装強化と同時に、ガスタービンエンジンを三菱重工製に換装している。
その三菱重工製ガスタービンとハルキウ機械設計局製12気筒対向ピストン型2ストロークディーゼルエンジンが咆哮を上げる。
それでも、船体構造もあって速力は30ノットに届かず、エクスプレッセスティ海軍の戦闘艦艇としては鈍足の部類に入ったが────
──は、速い、何だこいつは!
パーパルディア飛竜隊長は、急加速から旋回するサクラブリーズに、胸中で驚きの声を上げていた。
──必中の降下攻撃をかけたのに、全弾躱されただと!?
「『サクラブリーズ』飛竜隊より攻撃を受けた! 正当防衛と看做して防空戦闘を開始する!」
『了解。全艦防空戦闘!
「
「了解!!」
サクラブリーズは疾走しながら、イザベル艦長の命令が実行されていく。
MK110 57mm砲と、エクスプレッセスティ海軍標準のRWS『SIGMA20』……ではなく、戦車に採用されている小型軽量RWS『Sarmat20』がパーパルディア監察軍飛竜隊を狙う。
「一体な……────」
何が起きているのか、と、隊長は最後まで口にできなかった。
サクラブリーズから発射された
57mm砲、『Sarmat20』のM621 20mm機銃が火を拭く。
飛竜隊の飛竜があちこちと弾け、次々に海に落ちていく。
『全艦! アマノキに無差別攻撃を仕掛けた編隊が離脱にかかっている! 逃がすな!!』
「了解! 艦隊防空システム起動!」
サルナイ准将からの命令に、ポルツィフルガールのサイリー艦長が答え、自艦に下令する。
「中SAM、全弾発射」
「発射後は、半数に
「! ────了解!!」
サイリーの指示に、一瞬ハッとしつつも、オペレーターは己の職務をこなしていく。
ミサイルキャニスター内でアスター30Block1NTミサイルのサステナーに点火、ポルツィフルガール、ディアーネ、ライバーシー、3隻合計で24発が発射される。
「後ろっ、後ろだ!!」
アマノキの市街地に導力火炎弾を放ち、離脱しようとしていた飛竜隊の背後から、光と煙を伴った何かが迫る。
パーパルディア飛竜隊は回避を試みたが、徒労に終わった。これが新生ロウリアの竜騎隊であれば、レーダーが乱反射で鈍くなる超低空まで降りていたろうが、パーパルディアの飛竜隊にそんな経験則はない。
アスターミサイルの終端誘導装置は、レーダー波を反射する飛竜や飛竜兵自身の防具を狙って向きを変える。
「バカな! 誘導式の魔導弾だと!? ミリシアルにしか作れないようなシロモノが、なぜフェンなんか────」
その驚愕の声は、最後までは言葉にできなかった。
「おい見たか? あの船、飛竜を撃ち落としたぜ」
「パーパルディアめ、ざまぁ見やがれだ」
一般参加者の見学台になっている露天の展望台で、そんな言葉が交わされている。
大小4隻のエクスプレッセスティ海軍艦が、堂々とアマノキ湾を進んでいく。
その雑踏の中に、スンヨン外交官率いるエクスプレッセスティ外務省の一行と、サルナイ准将がいた。
「このままただとまずいわね……」
「どうしてですか?」
呟くように言ったスンヨンに対し、サルナイが不思議そうに訊ねる。
「政府は、腹は括った、と言っていましたよね?」
「いえ、問題はフェンの方です。このままでは巻き込んでしまう」
そう言うと、スンヨンはフェンの要人と会談を持つために、行動を開始した。
────『見晴らし亭』、茶室。
フェン側は、シハン、マグレブ、アイン。
エクスプレッスティ側は、スンヨン、サルナイ、それにスンヨンの随行員が1人。
「此度は助太刀をいただき、まずは謝意を申し上げる」
マグレブがそう言って、深く頭を下げた。
「いえ、それについて、認識のすり合わせが必要と思いましたので、急遽この場を設けていただいた次第です」
スンヨンがそう切り出すと、顔を上げたマグレブが、少し困惑気な表情になった。
シハンは、感情を顕わにしないような表情で黙している。
「いくつか質問させていただきたい」
スンヨンはそう切り出した。
「我が海軍が撃墜したワイバーンの所属をはっきりさせていただきたい」
「……パーパルディア皇国第3外務局監察軍です」
はっきりとした口調で訊ねるスンヨンに、マグレブは多少逡巡しつつ、そう答えた。
「現在、我々の部隊は南西よりこちらへ向かう水上艦船の群団を捉えています。これもパーパルディアの監察軍ですか?」
「間違いないかと……」
スンヨンの問い質すような口調に、マグレブが少し言い難そうに答えた。
「フェン王国はこの事態を想定していましたか?」
「…………ッ!」
スンヨンのこの問いに、マグレブは俯いたまま一瞬沈黙した後、
「お待ちくだされ!! 貴殿は我々が
と、激昂した様子でスンヨンに問い返すように声を張り上げた。
しかし、
「いえ、逆です」
と、スンヨンに言われ、逆にマグレブは呆気にとられてしまい、間の抜けた様子であんぐりと口を開いてしまった。
「我々が転移国家であることは御説明したかと存じますが────」
「それは、たしかに聞いておりまする。クワ・トイネやロウリアからもその話題は聞き及んでいますが……」
スンヨンの問いかけるような言い回しに、マグレブがその真意を測れずに、歯切れ悪く言う。
「我々の世界では、 ────失礼な言い回しになりますが、世界全体がより成熟した国際関係を築いていました。しかし、残念ながら、それでも力による支配を企図する国家も、依然として存在していたのも事実です」
「成る程────」
そこで、シハンが口を開いた。
「パーパルディアの軍隊による攻撃を破砕し、その力を思い知らせ、貴国の『力による現状変更は認めない』という外交ポリシーを思い知らせる……そう言うことであるな?」
「はい。その通りです」
シハンはどこか愉快そうにしている。
「ですが、これはロウリアとの戦いであったのですが、我々と軍事技術の較差が大きすぎ、相手がこちらの実態を理解しないで攻撃に出てくることがあるのです」
「つまり、此度の事を逆恨みして、我が国に攻撃を仕掛けてくる可能性があるということか」
スンヨンの言葉に、シハンが問い返すように言う。
「はい、そうなります」
スンヨンは、神妙な、少し申し訳無さそうな表情でそう言い、俯きがちになった。
「その事であれば心配無用、我らも武の国、
シハンはそう言い、カッカッカッと高らかに笑った。
ウミノシルエット級護衛艦
元・日本海上保安庁しれとこ型巡視船
主な武装
MK110 57mm砲
『Sarmat20』RWS砲塔
M621 20mm機銃
RK-3 対戦車ミサイル2連装ランチャー
『ミストラル』近SAM2連装発射機✕2
RBU-1200 5連装対潜迫撃砲×2
機関:CODLAG方式
三菱重工製ガスタービン✕1
ハルキウ機械設計局製ディーゼルエンジン✕1
元は高度経済成長期突入前、日本より合計で11隻を取得し、最低限の対潜装備だけ追加して自国EEZ内での民間船舶護衛に用いられた。
防衛力強化の際には、バステット級(ソ連1241型)コルベットの追加取得が出来ないため、大改装の対象になった。この際、2隻は逆にほとんど武装を降ろして訓練艦になっている。
現在の主な役割は、自国EEZ内に出没する非合法武装船(つまり海賊)に対するパトロール任務。
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