“世界の扉”を越え、トーパ王国に侵攻した魔王軍は、“世界の扉”の後方防衛線であり、トーパ第二の規模をもつ城塞都市トルメスに到達。
トーパ王国騎士団北部守護隊は奮戦し、主にゴブリン相手に相当の被害を強いたものの、あまりに多勢に無勢の上、レッドオーガ、ブルーオーガには、ヒトの力と剣と槍では太刀打ちできなかった。
北部守護隊々長も戦死し、有効な戦力を喪失した北部守護隊は魔王軍の現時点での攻勢限界点まで後退した。
その結果、少なくない数のトルメス市民が防衛線の北側に取り残された。
魔王軍は北側の城門を破壊し、防衛線の北側になるミナイサ地区を制圧、占領した。
魔王軍の魔獣達は、騎士団の戦死者から武具を剥ぎ取り、我が物とし、抵抗できなくなった一般住民を捉え、大講堂に押し込んだ。
恐るべき事に、ヒトを食料とする魔王軍は、ミナイサ地区の一般住民を“食料”と看做し、その大講堂を“食料庫”とした。
トーパ王国騎士団は王都騎士団も含めた大部分の戦力をトルメスに集結させ、魔王軍のこれ以上の南進を食い止めようとしていたが、その撃退の為の決定打を欠いていた。
────ミナイサ地区、大講堂。
取り残された住民達が押し込められ、外では魔獣達が闊歩する音が聞こえてくる。
時折、“食料”を運び出すために、ゴブリンやオークがやってくる。その度、内部の住民は恐怖を覚え、そして、“食料”に選別されなかった住民は、運び出される“食料”の悲鳴を聞き、顔を背けながら、僅かな安堵ととてつもない罪悪感と絶望感に苛まれる。
「嫌……」
エルフのエレイは、震えながら呟く。
「食べられるのは嫌…………」
ガタッ
「ヒィィッ!」
悲鳴が上がる。ゴブリン達が“食料”を運び出すため、大講堂内に入ってきた。
1匹のホブゴブリンと、2匹のゴブリンが、品定めをするかのように、人間やエルフに近づいては、スンスンと匂いを嗅ぐ。
「3匹出荷だど。エルフのオス1匹にメス1匹だ」
そう言って、ゴブリンが身を寄せ合っていた2人組のエルフを指差した。
「おばえど、おばえだど。早く立たねぇどオーク呼ぶど」
恐怖に竦み上がりつつ、どこか諦観したようにも見える様子の2人に、ゴブリンは自ら立ち上がって“出荷”の準備をしろ、と命令する。
「おいそれじゃ2匹だろ。あとエルフのメス1匹だ。白くて柔らかいのだって言ってたど」
ホブゴブリンが、おそらく手下であろうゴブリン2匹を、そう言って咎めた。
白くて柔らかいメスのエルフ、自身の条件に当てはまると感じたエレイは、竦み上がったが、ホブゴブリンはエレイではない別のエルフを指定した。
「ひぃぃっ、止めて、止めてぇ……!!」
そのエルフが悲鳴を上げるが、ゴブリン達は構わず、彼女の衣装を剥ぎ取り、手足を拘束して、棒に吊り下げ、運び出していった。
──神様……神森に住まうエルフの神様……お助けください。今一度、“太陽神の使者”をお遣わしください……────
今のエレイにできることは、祈ることだけだった。
エクスプレッセスティ-トーパ航路。
エクスプレッセスティ国防軍 強襲揚陸艦『アムビリーナ』(“Ambilina”)。
この艦は元アメリカ合衆国海軍・ニューポート級強襲揚陸艦『タスカルーサ』。中古揚陸艦としては他の『クリミテーサ』『セリーヌナ』同様、多目的輸送船として運用されていた。
エクスプレッセスティ海軍唯一の元アメリカ艦は、名前が日本語の語呂合わせをすると面白いだとか、艦首のデリックアーム型ランプが珍しいだとかの理由で、2008年にスクラップ扱いで購入した。
2014年以降の防衛力本格整備時に大改装の対象となって、2016年に機関換装と、GSh-23/20L 2銃身型20mm機銃と『ミストラル』近接対空ミサイルのガン・ミサイルコンプレックスRWS砲塔『SIGMA20』の取付、2基の主砲のMK110 57mm砲への換装が実施されたが、この時点では多目的輸送艦のままだった。
その後、2019年に輸送艦としての着脱式補給用軽質油タンクと弾薬ラックが完全に撤去され、制圧射撃用のThunderbolt-2000/Mk45『雷霆』ロケットシステム6セル✕2を追加装備し、強襲揚陸艦に種別変更されている。
この際、浅深度の海上での運動性確保のため、IHI原動機製ダクテッドアジマススラスター(スクリューの方向を変えることができる推進機)『Zペラ』採用した。動力源は2016年の改装時より蒸気タービン・ディーゼル併用統合電気推進システム(IFEP)となっている。
現在、アムビリーナは先遣隊として第5統合機械化旅団から抽出された、戦車1個分隊 T-64-120とその輸送トレーラー・各2両、自走対空砲1個分隊 2K015・2両、1個機械化歩兵小隊 BTR-4SE・2両と兵員輸送車『ローザ』4WD・ 1両、ロケット砲分隊・Thunderbolt-2000/Mk45『雷霆』 多連装ロケットシステム1両、輸送分隊 大型燃料輸送車『ディオナトラ』AWD・2両と汎用輸送車『ファイター』AWD・2両、観測班用デリカバン ロングボディ4WD・2両、兵員合計57名を搭乗させ、トーパへと向かっていた。
ロウリア戦に参加した第5空中機動旅団と、番号が被っているのは偶然ではない。どちらも第1から第4は四大主要都市(エムブラセクス、エナジポリス、プロパラダイセス、ミズポワーベルク)常駐の部隊であり、第5以降が遊撃部隊と位置づけられているためだ。
アムビリーナ艦橋構造物内・ブリーフィングルーム。
「改めて挨拶します。今回、先遣隊全般の指揮を取ることになった第19装甲連隊々長、フォン・クロエ・ミン・ピーチュアン大佐です」
彼女は、ファーストネームの「フォン」(“Phuong”)が、ドイツ語の“von”と混同されて紛らわしいため、普段はミドルネームを使っている。
クロエはそう自己紹介すると、更に続ける。
「今回の我々の任務は“魔王軍”なる武装組織への対応です。彼らの一部は言語による会話が可能ですが、下位の存在は理性が期待できる知能ではなく、上位の存在はそもそも人間やエルフを捕食するため、残念ながら対話による解決はまず不可能と考えてください。それから、我々の対処すべき優先目標について解説します。各個体についての詳細は配布した小冊子を見て、各自頭に叩き込んでおくこと!!」
クロエはそうして、レーザープリンタで出力して簡素にまとめた小冊子を手に持ってみせる。
「魔王軍の主戦力はゴブリンおよそ2万匹。これにオークというものが加わります。ゴブリンの身体能力は決して高くありません。一方、オークは個体差もありますが、90kgから120kg程度の岩石を投石機並の射程で投擲するほどの身体能力を持ちます。どちらも本来、社会性は低く、大掛かりな群れを作ることはありませんが、現在は魔王とその配下にいる2体のオーガがこれを統率しています。このオーガ2体と、魔王が最重要目標となります。ただ、敵の規模が規模なので、場合によっては後続部隊を待つことになるかも知れません」
そう言いながらクロエが説明していると、歩兵小隊々長のナイアラ・イヌディアス少尉がはっと気が付き、挙手した。
「すみません、ひとつ質問よろしいでしょうか?」
「はい。ナイアラ少尉。質問を許可します」
クロエが許可すると、ナイアラは、立ち上がって、
「他愛もないことなんですが、どうも見過ごせないんです」
と、そう言いながら、小冊子の付録の編成表を提示した。
「作戦名が『ア
ナイアラの指摘した編成表の一部に、こう書かれている。
先遣隊総指揮・戦車分隊指揮
フォン・クロエ・ミン・ピーチュアン大佐
(“Polkovnyk, Phuong Chloe Minh Peachhuan”)
歩兵小隊々長・1分隊指揮
ナイアラ・イヌディアス少尉
(“Molodshyi leytenant, Naiara Inudias”)
歩兵2分隊長
カロリーネ・キージブロ兵曹長
(“Maister-serzhant, Karoline Kijibro”)
︙
︙
観測班長
アヴィーン・メアリー・アザデ・アルサルク兵曹長
(“Maister-serzhant, Avin Mary Azadeh Alsarukh”)
「あはははは、これわざとだ。絶対わざとだ」
アヴィーン兵曹長が笑い声をあげ、周囲の隊員もどっと笑い声を上げた。
「いやー……偶然でしょう? 多分……きっと……」
クロエはどう答えればいいか解らず、変な汗をかきつつ苦笑しながら言葉尻を濁した。
そんな一行を載せて、アムビリーナはエスコートのクィアストーム級フリゲート『エンパワメント』と、トモエ級補給艦『アヤメ』を伴って、トーパを目指す。
────アムビリーナのエナジポリス出港から3日後。
トーパ王国、王都ベルンゲン。王城ニーベル。
「陛下、エクスプレッセスティ共和国が派遣した部隊が上陸致しました」
国王・ラドス16世に、側近が報告する。
「緊急の事態故、陛下への御拝謁は省略し、我が国の案内役を伴ってそのままトルメスへと向かうとのことです」
「うむ……今は1分1秒が惜しい。儀礼など後でも良いことだ」
ラドス16世は、不快そうな様子は微塵も見せない。むしろ、期待感をもった様子ですらある。
「ロウリア連合王国が東方最強の国と認め、パーパルディア皇国の懲罰艦隊に、フェン水軍と共同で大損害を与えて追い払ったという軍隊……噂通りなら彼ら────
ラドス16世は、言葉こそ仮定形だが、ほぼ確信した様子でそう言った。もっとも、ラドス16世の脳裏の中のエクスプレッセスティ軍は、実態とはかなり異なっていたが……
「現地の騎士団に丁重に歓待するように伝えよ」
「はっ!」
────トルメス、南門。
「なぁ、モア。俺達が出迎えるエクスプレッセスティ共和国の軍隊ってのはそんなにすごいのか?」
「俺も噂程度でしか知らないが……────」
ガイの問いかけに、モアが答える。
「少数で数万の軍勢を薙ぎ払う一騎当千の集団らしい。ロデニウス大陸の戦いではほとんど犠牲を出さずにロウリア王国に勝利。巨大な魔導船を所有し、パーパルディア皇国のワイバーンロード20騎ほどを全滅させ、懲罰艦隊に大損害を与えて追い返したそうだ。それに、派遣されてくる第5統合機械化旅団は陸軍の中でも精鋭中の精鋭の部隊のひとつだとも言われているとのことだ」
モアは真摯に説明したが、ガイはそれを聞いて苦笑交じりに言う。
「そりゃま、
ガイの態度に、モアは笑顔ながらも、軽く眉間に皺を寄せる。
「その“女だけ”ってのも止めたほうがいいらしいぞ……ロウリアの戦いでは、今回派遣されてくる部隊とは別だが、人間しかいない国の小柄な女性であるにも関わらず、ドワーフの戦士の如く戦い、ロウリア近衛隊を半壊させた騎士がいるらしい。四勇者の1人キージの生まれ変わりなのかと言う噂もあるくらいだそうだ」
「ますます眉唾だが……」
モアの説明に、ガイは難しそうな表情で口を尖らせた。
「モア殿! エクスプレッセスティ軍の部隊がまもなく到着致します!」
「解りました。儀仗隊列の準備をしてください」
兵の報告に対し、モアがそう指示した時。
────ドドドドドドドド……
「こ、これはなんの音だ? まるで地響きだぜッ」
彼らが視線を音源の方へ向ける。
「なっ……なんじゃこりゃあぁァァっ!?」
モアもガイも、驚愕のあまり、目と口を大きく開けてしまっていた。
王都へ続く、雪が覆った街道。その王都側から、BTR-4SEを先頭に、三菱8DC2Sエンジン仕様のKrAZ-6446トラクターヘッドに牽引された戦車輸送車、そして自走対空砲、多連装ロケットシステム、輸送用の大型・中型トラック、兵員輸送用マイクロバス、トーパの気温を考慮して用意された観測隊用のデリカが、威風堂々車列を成して、トルメスに向かってくる。
モア達が出迎えようとしている少し手前まで来ると、デリカの1台が車列から逸れて、それを追い越しながら、モアやガイの前までやってきた。
ガチャッ、ガーッ
デリカのスライドドアが開き、クロエが降り立つと、直立不動の姿勢で敬礼する。
「今回トーパ王国派遣部隊先遣隊指揮官を担当します、エクスプレッセスティ国防軍陸軍大佐、フォン・クロエ・ミン・ピーチュアンです」
「確かに着飾ってはいるが……想像していたのとはだいぶ違うな。動きやすさを重視している感じだ」
「おい、ガイ……!」
ナチュラルに呟くガイに対し、モアは嗜めるために耳打ちするが、
「…………」
「お、おいモア!」
と、敬礼の姿勢で立っているクロエに対し、今度はガイの方が気がついて、モアに肘打ちした。
「あ、し、失礼しました!!」
モアは、慌てて直立不動になり、トーパ王国騎士団式の敬礼で返礼した。クロエはそこでようやく姿勢を緩めた。
「自分はトーパ王国騎士モアです。皆様を魔王軍対策本部へ案内致します」
「“女だけの国”だと思ったが、その格好、着飾りつつも戦士の群団と見たぜッ! 俺はガイ。フォンさん、エクスプレッセスティ軍を歓迎するぜ!」
「ありがとう。ガイさん。できれば自分のことは『クロエ』と呼んでいただければと」
「おぅ、解ったぜ、クロエさん!」
ガイとクロエはそう言い合い、握手を交わした。
改稿 2023/12/10(JST基準)
アメリカのニューポート級が面白すぎたので追加しました。
真面目に言うと、港湾のキャパが不足気味のエクスプレッセスティや、大型船舶の進入が制限されるだろう新世界(特に文明圏外国)での陸上げ用に重宝しそうだなとも考えた結果です。
アムビリーナ級強襲揚陸艦『アムビリーナ』
元アメリカ合衆国海軍ニューポート級『タスカルーサ』
主な武装
Mk110 57mm砲✕2(前後各1)
Thunderbolt-2000/Mk45『雷霆』多連装ロケットシステム 6セル✕2
『SIGMA20』RWS ガン・ミサイルコンプレックス砲塔 ✕2
GSh-23/20L 2銃身20mm機銃
『ミストラル』近SAM4連装発射機
搭載力
主力戦車もしくはPTS-E水陸両用車28両またはその他の装甲車両32両
兵員最大470名
貨物のみ2,000トン
機関
蒸気タービン・ディーゼル併用統合電気推進システム(IFEP)
システムの設計・蒸気タービン系:三菱重工
ディーゼルエンジン:ヤンマーディーゼル
IHI原動機製ダクテッドアジマススラスター『Zペラ』
あと『クリミテーサ』の情報も残しておきます。
セドクゥナ級揚陸艦『クリミテーサ』
元ウクライナ海軍・ソビエト連邦1171号計画型『リヴネ』
主な武装
Compact 100mm砲(後部)
Mk110 57mm砲(前部)
Thunderbolt-2000/Mk45『雷霆』多連装ロケットシステム 12セル
『ガーディアンスフィア』CIWS (T75 20mmリボルバーカノン)
『SIGMA20』RWS ガン・ミサイルコンプレックス砲塔
GSh-23/20L 2銃身20mm機銃
『ミストラル』近SAM4連装発射機
搭載力
主力戦車もしくはPTS-E水陸両用車18両またはその他の装甲車両42両
兵員最大360名
貨物のみ1,000トン
機関
統合電気推進システム(IFEP)
蒸気タービン・ガスタービン併用
設計:三菱重工
IHI原動機製ダクテッドアジマススラスター『Zペラ』
特記:エクスプレッセスティ海軍編入後は『セドクゥナ』(“Seducuna”)と名乗っていたが、2022ウクライナ-ロシア戦争の勃発に際して、ロシアへの抗議とウクライナとの連帯を示すため、2022年4月1日付で『クリミテーサ』(“Crymitesa”)に改名した
以前クリミテーサはソ連775号計画型と書いてしまったのですが……
今回の話を書くに当たって、再度調べたら……
「げっ『コンスタンチン・オルシャンスキー』ウクライナ手放してないじゃん!!」
現在(2023年11月7日 JST基準)はロシアに鹵獲された状態だそうです。
シルエットは775型の方が好みなんですけどね……イエメンに渡された1隻が『リヴネ』と同時期に除籍されているので、こちらという設定にしようかと思いましたが、『セドクゥナ』から『クリミテーサ』への改名のエピソード持ちなので、元『リヴネ』ということにしました。
『戦場の翼』(システム上の第8話)の方も訂正しています。
評価や感想など、具体的な反応があれば、続きを書くことがはかどります。TwitterでもOK。
https://twitter.com/kaonohito2
2人のマコト、どちらかを改名すべき?
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した方が良い
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同名なんてよくあること、そのままで良し