フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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ミズポワーベルク旅行奇譚 Part.II

「あーん……はむ」

 モヤンヌがそれにかぶりつく。しばらく咀嚼して、嚥下した。

「本当に美味しい! エク()スプレッ()セスティ()に赴任したことある人が皆、食べてみろって言うだけはありますね!」

 モヤンヌが、興奮した様子で言いながら、ローレリの方を向いてそう言った。

 ローレリが、それに対して答える。

「そうですね……飲み物も美味しいし」

 『ツォボトレイサー』3号のカフェで、2人は軽食を採っていた。

 キハシ180形────エクスプレッセスティ国鉄が東中央本線を開業させた時、本来のキハ181系の食堂車キサシ180形は既に全廃されていたため、客車のオハネフ25形・オハネフ24形と、足りない分は国内で余剰となったオハフ50形、それぞれを種車として魔改造が執行された。

 熱源機や電子レンジなどの消費電力がでかいため、編成用のサービス電源とは別に、小型発電用エンジンを搭載、そしてその重量が大きいので編成の出力重量比を確保するために、キハ181系本来のDML30HSよりも小さい11リッター級の走行用エンジンを搭載している。

 車内は小洒落たカフェ……と言うよりは、日本のファーストフード店に似た装いをしている。カフェ室の他に、12席の2等座席室がある。

 運営会社はニッポンハム・エクスプレッセスティ・ダイナーサービス。日本のニッポンハム本体は食肉関係特化なのに対し、ニッポンハム・エクスプレッセスティはより広範囲の食品・レストラン事業体となっている。 ……これはエクスプレッセスティ政府側の要望でもあったため、ニッポンハム・エクスプレッセスティはニッポンハム本体の100%子会社ではなく、政府出資分が入り込んでいる。

 そしてモヤンヌとローレリは、エクスプレッセスティ赴任の外交関係者の中で有名な『クアトロチーズバーガー』のセットを注文していた。

 4種のチーズがジューシーなパティとフカフカのパンズに挟まれている。ひと口食べるとそのジューシーさとチーズの濃厚な味が口に広がる。

 …………実際には地上の店と鉄道車両のカフェカーとでは、後者は電子レンジ加熱のものなので、レシピが違うのだが。

 サイドメニューはカップに入った太切りのポテト。それに、ドリンクはドクターペッパー・クリームソーダ。すべてがモヤンヌとローレリにとっては未知のメニューだった。

「ありがとうございました~」

 すべてを平らげたトレイを、2人が返却カウンターに置く。スタッフの声が聞こえてきた。

「あー……美味しかった」

 モヤンヌが言う。2人は1等車の自席に戻るため、車内を移動していた。

 車両の間を通った時、

「あ……えーと……モヤンヌさん、先に戻っていてくれるかな?」

「え……ああ、はい」

 ローレリの言葉に、モヤンヌは最初不思議そうな顔をしたが、その場所に気づいて、理解した。

 モヤンヌが先に自席は自席に戻り、ローレリはその通路に面していた()()に入った。

 

「…………あれ、これなんだろ……」

 

「えっ、なっ、これ……ちょっ……」

 

「ひっ、あっ、あっ、はぁ、ぁっ、やっ、やめっ……」

 

「あひぃいぃぃぃぃっ……!!」

 

 モヤンヌは自席に戻ると、流れていく車窓を眺めていた。

 エムブラセクスやエナジポリスのような大都市とは異なる、大水田地帯が広がっている。エクスプレッセスティで育てられる稲は日本から現代農業の支援を受けた際に、試行錯誤の末『ふくひびき』なる品種が導入された。

 稲だけであれば、冬場の休耕期の筈だが────

「えっと、あれは……」

 モヤンヌは、いくつかの水田に建てられているそれを見て、自分が持たされている資料を(めく)った。

「ビニールハウス……ってこれのことなんだ……でも、何を育ててるんだろう?」

 モヤンヌが考え込んでいると、

「すみません、乗車券の確認をお願いします」

 と、検札に来た車掌が、モヤンヌに声をかけた。

 エクスプレッセスティらしく、フォーマルとエロスが融合したような、扇情的な特別急行乗務員制服に身を包んでいる。

「あ、は、はい……」

 モヤンヌは、少しだけ慌てた様子で、ポーチから乗車券と指定席特急券を取り出し、車掌に見せた。

「はい、ご協力ありがとうございます」

 車掌はそう言って、職務に戻ろうとしたが、

「あ、あの、すみません」

 と、モヤンヌは車掌を呼び止めていた。

「はい、何でしょう?」

「あの、外のビニールハウスは何か、教えてもらえますか?」

「ああ、二毛作で今、大豆のシーズンなんですよ」

「大豆……へぇー、そうなんですね」

 モヤンヌはそう言って、再度車窓の外を見る。

「他に何か、お困り事はございますか?」

 車窓の外に見とれかけたモヤンヌに、その視線の反対側から、車掌がそう、声をかけた。

「あっ、 ……すみません、後は大丈夫です」

 モヤンヌが少し、慌てたようにそう言うと、

「どうぞ、快適な旅を」

 と、車掌は言って、職務に戻っていった。

 日本の影響がでかいせいで、大豆も消費量がでかい。なので、二毛作で米の収穫後に大豆を生産する農園が多い。これは、収穫後の葉・茎をトラクターで土壌に混ぜることで、窒素系肥料として使うことも考えられている。

 もっとも、すべてのコメ農園が大豆をやっているわけではなく、万能ネギやタマネギを植えて病害虫よけをやっている農園もある

 大豆の政府奨励品は、やはり日本から持ち込まれた『エンレイ』と『タチナガハ』となっている。

 ────と、そこへローレリが戻ってきた。

「あ、ローレリさん。 ……どうかしました?」

 席に座ろうとするローレリが、紅潮しつつもなんだか気まずそうな表情をしているのを見て、モヤンヌが問いかける。

「スゴかった……」

「え?」

 モヤンヌは聞き返したが、ローレリは、そのままガクッと顔を顔を下に向けてしまった。

 

 ローレリが入ったそれは、エクスプレッセスティ国鉄の長距離列車に設けられているもので、フリーセックス社会に慣れた自国民が車内で……つまりムラムラしたときに、その解消を補助してくれるトイレだった。

 洋式便器の、向かって手前側の最先端部に、内側に向いて穴の開いた突起があり……仔細詳しく書いてしまうとR-18になってしまうが、要するに水洗浄や吸引なんかでそうしてくれるシロモノである。

 ちなみに、普通のトイレもある。また、蛇足を付け加えるならばどちらのトイレも排水浄化装置は、日本国鉄がその末期に岡山・広島方面向けに開発したもので、JR西日本に引き継がれた、カセット式浄化システムを搭載している。

 

 

『まもなく、サイサンヴィル、サイサンヴィルに到着いたします』

 当然ながら、女性の鈴を鳴らすような声で、車内アナウンスが流れる。

 車窓の外の光景は、水田地帯からじゃがいも、イチゴ、ナシ、ブドウ、などの農園が広がる山麓農業エリアになっている。

『サイサンヴィルでは補助機関車連結のために8分ほど停車いたします』

「補助機関車……」

 その言葉を、ローレリが反芻した。

「見に行ってみますか?」

「そうですね、文化に何か関係があるかもしれませんし」

 モヤンヌが提案すると、ローレリがそれに賛成した。

 2人はカメラを取り出し、停車に向けて減速する車内を移動する。

 2人が持っているカメラは、F&C Chemical Ltd.製の銀塩フィルムカメラで、ローレリは35mmスチルカメラ、モヤンヌが手に取ったのは8ミリムービーカメラだった。

 同社製35mm銀塩フィルム・一眼レフカメラは、キヤノンのEF/RFマウント機と富士フイルムXマウント機がラインアップされていて、ローレリが持っているのはXマウント機だった。

 転移前、エクスプレッセスティの国内スチルカメラ市場は、ニコンが出遅れた関係もあってキヤノンEOSと富士フイルムXシステムのガチ対決状態になっていた。

 両者は当然デジタルスチルカメラなのだが、新世界では国内以外まだ情報機器が普及しきっていないため、細々と輸出されるカメラは35mmもしくは110の銀塩写真カメラだった。フィルムなら電気がないところでも保存できるし、最悪現像も出来ないこともないからだ。

 

 列車は、サイサンヴィルのホームへと滑り込み、停車する。

 この駅の周辺は、幾らかの加工食品工場がある以外、あまり都市化が進んでいないが、周囲の農園の交通網の拠点になっていて、2面3線の旅客ホームがどこか物寂しいのに対し、貨物扱い場がかなり広くなっていた。日本国鉄/JR互換型の冷蔵コンテナやら、その日本の国鉄清算事業団から買い取ったワキ50000形やらが待機している。軽トラックが貨物扱い場から、線路より北側へ向かって走っていく。

 モヤンヌとローレリの2人が列車を一度降りて、ホームから列車の前後をキョロキョロと伺うように見る。

「あ、あれですよ、きっと」

 モヤンヌがそう言って、最後尾側を指差した。分岐器が『ツォボトレイサー』3号の走ってきた本線側から、留置線側に切り替わり、その留置線上のディーゼル機関車重連が停車中の『ツォボトレイサー』3号が停止している本線上に出てくる。

 作業服姿の、浅黒い肌の女性が、緑と赤の信号旗を持っている。

 ローレリとモヤンヌが近づくと、DD31形ディーゼル機関車が一旦停止したところだった。2人はレンズをキニ2000形とDD31形の間に向ける。

 DD31形は世界唯一の液体式ラック併用ディーゼル機関車で、日本車輌製造で設計・製造された。変速機からの出力を一旦台車のジャック軸に伝え、そこからはサイドロッドでピニオン軸と粘着軸(普通の車輪)を駆動する。このままだと車輪とピニオンの偏摩耗の原因になるため、粘着軸側には滑り継ぎ手が入っている。

 なので、サイドロッド駆動に、大容量フルードクーラーの為のデカグリルの前面と、少し古めかしい雰囲気も漂っている。

 クワ・トイネに供与されたDD13形と同じセンタキャブの凸型構造だが、ボンネットが少し高い。2人は知る由もないが、日本国鉄DD12形に似ていた。

 ナックル型の自動連結器が、ガチャン、と繋がると、ホームとは反対側に待機していた作業員が、ジャンパ栓とブレーキホースの接続を行う。

「接続確認!」

 接続を終えた作業員が言うと、

「列車側、ブレーキ圧力よし、接続灯点灯」

「機関車側、ブレーキ圧力よし、接続灯点灯」

 と、列車側の車掌と、補助機関車側の運転士が、指差しで確認した。

 列車側のDD31形補機対策車は、機関車の負担を減らすために、機関車からの指令で気動車側もノッチ投入する様になっている。

「そこのお客さん、発車しますよ」

「えっ!? あっ!?」

 ベリーショートの、先住民フェチ族系の作業員にそう言われると、ローレリが我に返って左右を見渡す。

 プルルルルルルル……

 発車ベルが鳴り始めていた。

「モヤンヌさん、発車しますよ、発車!!」

「え、あ、は、はいっ」

 夢中でカメラを回していたモヤンヌも我に返り、2人は慌てて、3両先の旅客車最後尾のキハ181形の扉へ飛び込む。

 作業員と、乗務員室扉に立っていた車掌とが、その光景に顔を見合わせて苦笑した後、2人が車両に飛び乗ったのを見届けてから、車掌は扉を閉めた。

 

 以前も触れたが、プラ連山系は最高地点がプラ山頂の1,219mで、後は900m以下の低山に分類されるが、平野部から見ると壁のようにそびえていて、その斜面は急峻となっている。

 この為、東中央本線はサイサンヴィルからミズポワーベルクまで、リッゲンバッハ式ラックレールを使って登坂している。

 サイサンヴィルまで最高速度120km/hで快調に飛ばしてきたのとは打って変わり、40km/h以下で列車は進んでいた。

「このあたりの光景は、あまり特徴ないですね……」

「そうですね……」

 モヤンヌが、少し退屈そうに車窓の外を見ながら、軽くため息を()きつつ、ぼやく様にそう言うと、ローレリは、モヤンヌの方に視線も向けずに、座席の上で()()をしながらそう言った。

 右を見ても左を見てもひたすら、常緑の広葉樹の森林が広がっているだけだ。

 たまに駅と集落があっても、2両分のプレハブホームがあるだけの無人駅で、当然9両編成の特急は通過していく。

 最後尾では2両の機関車が列車を登坂させるために奮闘しているのだが、気動車側のエンジンは “自車の車軸を転がす” 程度の出力しか出していないため、エンジンの爆音もなく、単調に坂を登っている、という感じしかしない。

『まもなく、終点ミズポワーベルク、ミズポワーベルク、終点です』

「あ…………」

 アナウンスと同時に、車窓の外を工場が通過していった。

 サントリー・エクスプレッセスティ・ミズポワーベルク工場。エクスプレッセスティでは『ドクターペッパー』シリーズと『アクエリアス』、それに『マックスコーヒー』はここのライセンス生産である。他にも『サントリーPOP』シリーズ、『マウンテンデュー』、『デカビタC』、『DEKARA』、『伊右衛門シリーズ』を生産しているが、酒類の工場は通過してきたサイサンヴィルにある。

 ちなみに『伊右衛門』は『伊右衛門 無糖』が日本本国と同じレシピで、無印の『伊右衛門』は砂糖が入っているので要注意だったりする(緑茶やコーヒーに砂糖もミルクも入れないで飲むのが日本ぐらい)。

「山間部の自然が豊かなところ、と聞いていたんですが、工場もあるんですね……」

 モヤンヌが意外そうに言った。線路側から見てサントリーの工場の奥に CASIO Quartz & Semiconductor の水晶発振子(クォーツ)工場がある。

 ……勘の良い(かた)は気付いたかと思われるが、要するに清水が必要な工場類がミズポワーベルクに工場を設けているのである。

 線路は数百メートル手前でほぼ水平になり、工場群への引込線、発電所群方面への引込線と、その発電所群方面の道路との併用軌道部分を通って、ミズポワーベルク駅の特急線用ホームに滑り込む。

『ミズポワーベルク、ミズポワーベルク、終点です。本日はエクスプレッセスティ国鉄をご利用いただき誠にありがとうございました。どちら様もお忘れ物のないよう、今一度お荷物お手回り品をご確認ください───』

「着きましたねぇ……」

 開いた扉から降りて、まずモヤンヌがそう言った。

 ホームのエムブラセクス側で、サイクルカーゴから、自転車やオートバイを受け取る乗客が列をつくっている。

 少し傾いて地上駅舎と一体になったローカル用ホームにDD31形とオハ50形、オクハ50形のプッシュ・プル運転用客車の列車が停車している。

 特急ホームの線路はまだ先があったが、転移によってこの先に繋がる場所がなくなり、枕木と土嚢で造られた即席の車止めが置かれている。

 駅前には他の都市同様、トロリーバスの発着場が駅前にある。

 モヤンヌの言葉を聞いて、ローレリは、

「そうですね……なんか、色々興奮しすぎて少し疲れたかも」

 と、身体をほぐすようにしながら言う。

「あはは、私もです」

 モヤンヌも苦笑しながらそう言った。

「とりあえず……」

 陽はだいぶ傾いている。

 もともと、『ツォボトレイサー』3号は、午後にエムブラセクスを出発して夕刻に到着する、一泊後の観光・仕事を対象にしたダイヤの列車だった。

「それじゃあ、ホテルに行きましょうか」

 主要4都市のうちエムブラセクス、エナジポリス、プロパラダイセスには、日本系のビジネスホテル・高級ホテルが存在するが、ミズポワーベルクは、重要度は高いものの都市としてはだいぶ小規模であるため、民営ブランドホテルがまだなく、ミズポワーベルク県々営ホテルがもっとも大きな宿泊施設だった。

「♪~」

 ローレリが、鼻歌を歌いながら、他の降車客と一緒に駅の外へ出ようとして……────

 キンコーン キンコーン

 警報音が鳴り響き、ローレリは腰のあたりに何かがぶつかり、行く手を遮られた。

「おおぉう!?」

 自動改札機のゲートが閉まっている。

「あ、あれ? でも、これ、切符はどこに入れるの?」

 モヤンヌはローレリが切符を投入しなかったのだと思い、後ろから覗き込むようにするが、その自動改札機を見て戸惑ってしまった。

「あーっ、すみません! 切符の方はこちらからお願いします!」

 事務室と一体になった有人改札所の方から、駅員の声が聞こえてきた。

 改札の上部には、この案内板があった。

『きっぷ・ExR-cardでご利用のお客様は有人ゲートをお通りください』

 ……ローレリとモヤンヌは、ある程度日本語かな漢字の読み方を習っていたが、「降りるだけだから、前の人についていけば大丈夫」と思い込み、見逃してしまっていた。

 




あ、これもう何話か続くかも。


エクスプレッセスティ国鉄 特急客室乗務員(運転手・車掌)制服。
https://twitter.com/kaonohito2/status/1759222476155068801
一般の列車、特に首都エムブラセクスと港湾・工業都市エナジポリスの通勤電車の乗務員服は、もっとおとなしめです。…………多分


評価や感想など、具体的な反応があれば、続きを書くことがはかどります。TwitterでもOK。

https://twitter.com/kaonohito2

2人のマコト、どちらかを改名すべき?

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