「あ、これ美味しいですよ」
ミズポワーベルク県営ホテル、食堂。
モヤンヌが、夕食に手をつけ始めて、そのひと口を咀嚼して嚥下した後、そう言った。
高級ビジネスホテル「エナジポリス コーストホテル」や高級シティホテル「エムブラセクス プリンスホテル」の格式高いレストランと異なり、やや大衆より、ファミリーレストランのような雰囲気を持っている。
モヤンヌとローレリは、ミズポワーベルク近郊の牧場産の肉と乳製品を使った、ハンバーグシチューをメインとした夕食に舌鼓を打っていた。
エクスプレッセスティは、エタンガスの自噴による“天然のフレアリング”と、フェチ族居住地の高い天然放射線で、既存の国家の統治を阻んできたという背景から、「近現代に対応できる伝統的な文化」というものがないに等しい。
そして建国時の人口の多数派が日系だったこともあって、勢い日本式……それも海外の人間が考えるようなステレオタイプの日本ではなく、実際の現代日本の様式のコピペになるのは自明の理だった。
ついでに言っとくとインフラ系の工業規格も20世紀末の日本のコピペなので、一般電灯線のコンセントは100V/60Hzで形も日本と同じである。
ただ、実際に、エクスプレッセスティで誕生した者以外を対象に、日本文化への傾倒についてルーツ別に意識調査をしてみたところ、日系は中間値より少し低いぐらいだった。基本的に西欧系が高いが、ダントツで高いのは、先住民族フェチ族だったりする。
「……昼間もそうでしたけど、クワ・トイネは大地に豊穣の女神の加護がかかっていて、食物には困らない、んじゃなかったでしたっけ?」
ローレリが、若干行儀悪くナイフとフォークを使いながら、モヤンヌに問いかけるように言った。
「そうなんですけど……そのせいで、質的な向上をする努力がなくなってるんですよね……」
「ああ、なるほど……」
モヤンヌが少し気まずそうな苦笑をしながらそう言うと、ローレリも少し苦笑気味にそう答えた。
「あのトラクターってのを見せられたときは、驚きましたよ……」
モヤンヌは、ヤンマー製の4トン級ハーフクローラ型トラクターを見せられた時の事を思い出していた。
「ただ採れればいいというわけではない……品質の向上と均一化、安定した収穫の確保……『エクスプレッセスティ産の農作物がクワ・トイネの農業にダメージを入れる想定もされている』って、交易協定の解説、最初は何の冗談かと思ってましたけど、エクスプレッセスティの“現代農業”って言うモノの内容を見て吹っ飛びましたよ……」
「ロウリアもそうですね……
そんな話を続けながら、2人は食事を進めていった。
「あ、布団が敷かれてますね」
2人が食事を終えて部屋に戻ってくると、モヤンヌが言ったように、和室に2組の布団が敷かれていた。
「うー……
ローレリは、廊下の寒さに耐えかねて、早々にFF式ガスファンヒーターの前まで行く。
当然っちゃ当然だがエクスプレッセスティの暖房は圧倒的にガス暖房である。LPGがタダ当然なのだからそうなる。エクスプレッセスティの暖房熱源でもっともコスパが悪いのは灯油だ。
「よっと、ふー…………」
既に寝巻き姿兼用のジャージ姿のモヤンヌは、掛け布団を
「モヤンヌさん、だいぶ慣れてますね……」
「まぁ……一度慣れてしまうと、なんというか……」
ローレリの問いかけに、モヤンヌは少し恥ずかしそうに答えた。
すると、ローレリは、なんとも言えない微妙な表情になった。
「それ少し不安になりますよ……本国に帰ったら、生活に戻れるかどうか……」
「でも、ローレリさんは、ジン・ハークに住んでるんですよね? ジン・ハークでは結構設備が整ってきていると聞きましたけど……」
「それはそうなんですが……」
モヤンヌの言葉に、しかしローレリの表情はなんとも言えない感じの苦笑のままそう言った。
モヤンヌとローレリの温度差は、それぞれの国のエネルギー小売価格だ。
クワ・トイネは、既にある程度のインフラ設備が整っている上、エクスプレッセスティへの食料輸出額がでかいので、借款を返済しながらでもエネルギー小売価格を政府の補助で低く抑えられる。
それに対して、ロウリアは、工場設備建設のためのインフラ整備がようやく整ったところだ。これから再度自立する準備をしている最中で、政府にエネルギー小売価格を抑制する財力がないのである。
この後も、2人はしばらく、お互いの国の事情やエクスプレッセスティの情報など、さらにお互いのプライベートな話題など、ガールズトーク調な雑談を続けた。
「あ、もうこんな時間」
「明日は約束がありますし、早く寝ないと」
「そうですね」
そう言って、2人は照明を消し、就寝したのだった。
翌日。
モヤンヌとローレリは、連泊の予定なので貴重品の入ったポーチだけ持った身軽な様子で、キーをフロントに預ける。
手配してもらったタクシーが、ホテルの正面口に到着する。エクスプレッセスティ完全国産車のセダクション ネクストラの1,600ccディーゼルモデルである。
「お客さん、どちらまで?」
ナチュラルメイクの運転手が、先に乗り込んだローレリに訊ねる。
「あ、私達、こういうものなんですけど……」
そう言って、ローレリは自分の身分証を見せた。
「ロウリア外務部文化交流調査員……」
運転手は声を出して読み上げてから、再度ローレリに視線を向ける。
「了解しました。請求はロウリア大使館でよろしいですか?」
「あ、ああ、私は……────」
運転手の言葉に、モヤンヌが慌てて自身の身分証を見せた。
「こちらはクワ・トイネ……了解です。完全に折半ということで大丈夫ですね?」
「はい、お願いします」
モヤンヌがそう言うと、運転手はドアを閉めてから、メーターを『貸走』にして、 …… ────
「えっと、それで、どちらまでお送りしましょうか?」
運転手は、少し気まずそうに苦笑しつつ、そう訊ねた。
「あ、え、えっと、プーラツォボ第2水力発電所まで!」
「かしこまりました」
ローレリの言葉に、運転手がそう言って、駅前ロータリーから併用軌道部分の方へと曲がり、発電所群の方へと走っていく。
プラ連山系のツォボ川水系水源地近くには発電所が点在している。ついでに地熱が高いポイントもいくつかあって、少ないが地熱発電所もある。
以前も少し触れたが、エクスプレッセスティが高度経済成長に突入したときは、既にエネルギー資源産出国でもガンガン火力発電を使える時代ではなくなっていた。
年間約5,760億kWhの総発電量のうち、およそ17~20%が水力である。ただし、これはプラ連山系以外や、下流の小発電所も含む。その他、地熱、風力で総発電量の25%を占める。
火力発電のパーセンテージは低いとは言えないが、負荷追従系であり、ベースロード電源は水力で支えている。
2人がタクシーを降りると、真ん前には、無機質な鉄筋コンクリートの建物と、それに似つかわしくない、電力公社『エナジロティック』(“Energerotic”)の看板が掲げられている。
モヤンヌもローレリも、
「どうかなさいましたか?」
その様子が不審に見えたのか、少し困ったような様子で、守衛が2人に声をかけた。
「あ、えっと、今日見学をお願いしていました、ロウリアのローレリと、クワ・トイネのモヤンヌなんですが……」
少し驚いたようにしつつ、ローレリがそう答えた。
「ああ、話は聞いております。今、案内担当をお呼びしますね」
守衛はそう言って、構内PHSで通話を始める。
しばらくすると、目の前の建物から、1人の女性が出てきた。
これまでがこれまでなので、鮮やかで扇情的な衣装を着たコンパニオンが出て来くる……かと思いきや、色こそピンクバイオレットだが、普通の作業用のツナギを来た、女性が出てきた。
「おまたせしました。本日、ご案内を担当しますエナジロティック・ミズポワーベルク事業所広報のエリカ・ジェイミー・タカハシと申します。よろしくお願いします」
一礼した後、ニコリと笑ってモヤンヌとローレリにそう言った。
「あ、私はロウリア連合王国外務部文化交流調査員のローレリと言います」
「わ、私はクワ・トイネ公国外務局文化交流部調査員のモヤンヌです」
2人は、少し緊張してしまいながらそう告げた。
「はい。今日はよろしくお願いしますね」
エリカは、そう言って、2人を安心させるような笑顔になった。
そして、エリカに先導されて、キョロキョロとしながら、発電所内を歩いていく。
「あ、足元危ないので、お気をつけください」
振り返って、モヤンヌとローレリが余所見をしていると感じたエリカは、そう注意する。
「あ、はい……」
ひとまずローレリが、少し申し訳無さそうに言う。
「あ、あの!」
「はい、何でしょう?」
モヤンヌが声を上げて声を出すと、一度前を向きかけたエリカが再度振り返り、訊ねる。
「水力発電所って……つまり、水車で発電しているって聞いたんですけど……」
「……────」
モヤンヌの質問に、エリカは、少しだけ逡巡してから、
「では、まずは発電機室に行ってみますか」
と、そう言って、2人をそちらに先導していった。
「え、ええーっ!?」
────第2発電機室。
それを見て、2人は驚愕の声を出してしまった。
「こ、これが水車!?」
巨大な講堂のような空間。そして、そこにあったのは、巨大なパイプが渦を巻き、その上に蓋の錘のようなものが乗ったシロモノ、それが4基並んでいるものだった。
キャットウォークからそれを見下ろして、2人は驚愕のあまり呆然としてしまう。
ゴォオォォォォ……と、濁流が流れていく時のそれに似た響きが、建物の構造物を通して伝わってくる。
「このプーラツォボ第2水力発電所は我が国最大の水力発電所で、取水形式はダム水路式、カプラン水車発電機8ユニットと、サイフォン式水車発電機8ユニットを備え、認可最大電気出力は82.5MW、4人世帯の一般家庭約140万戸の電力消費を支えています。
「よ、4人世帯が140万個だから……ご、560万人分!?」
モヤンヌが計算して、さらに驚愕してしまう。
「流石に工場とかの消費量ですと、ここだけでは賄いきれませんが……」
まだ小規模なLPG・ターボコンパウンド発電所やサイフォン式水力発電所が建設されたばかりのクワ・トイネ、そのクワ・トイネから引き上げたガス・ディーゼルパワーステーションを流用した部分的な送電域があるだけのロウリア、その出身の2人からすれば、クワ・トイネのレシプロ・ターボコンパウンド発電所ですら怪物のような動力源だと思っていたのに、エクスプレッセスティの根幹を支える発電所を目の当たりにして、ただただ呆然としてしまっていた。
「す、水車って言うから、その……私達も知っているあれかと……」
「ああ、開放式水車ですね。確かに私達にとっては古典的な水車ですが、山麓地帯の小規模発電所で使われていますよ」
そう言って、発電所内の見学者用資料館に案内する。
そこでは、小さな各種発電機の、一部が透明になっている、実働可能な模型が置かれていた。
各々の水車の前に置かれているスイッチを押すと、実際に水が流れて水車が駆動される。
「転移前の世界にはもっと多種多様な水車がありましたが、我が国では概ね水源に対して落差が小さい河川が多いので、大規模発電用としてはカプラン式、小水力ではクロスフロー式、横軸カプラン式、渦巻形インラインカプラン式、サイフォン式、チューブペラ式、それと……────」
作動させながら説明していくと、最後に、モヤンヌとローレリにもおなじみの形の水車が登場する。
「────開放式水車が使われています」
「いやー……文化の調査で発電所が入っていたからどういう意味があるんだろう、と思ってましたけど、確かに文化の背後にこれだけのモノがあるって知ってないと理解できませんね……」
ローレリが、どっと疲れが出たようにしながら、そう言った。
ホテルへの帰路はエナジロティックの社用車であるセダクション トレイスティ(マルチ ジプシーのライセンス生産車、スズキ ジムニーシエラの孫)に、エリカと同乗してホテルまで送られる事になり、現在はその車中。
「ホントですよ……今までは漠然と“魔法とは違う
モヤンヌも、疲れた様子でそう言った。
「ハンキ軍務次官が、『実際に行けば、全てに驚くぞ』って言ったのも、今なら理解できます」
「陛下もそう仰られてました……」
ローレリがつぶやくと、モヤンヌがハッとする。
「ハーク・ルセリア35世陛下、来られたことがあるんですか!?」
驚いた様子で、モヤンヌがローレリに訊ねる。
「ええ、と言っても、まだ先王の頃ですが……ロデニウス北東沖海戦の後、ジューンフィルア候を止めなければならないとして……その目的でクワ・トイネに入ったのですが、その時、避難民を襲撃しようとしたロウリアの騎兵隊を見て、止めようとして、エクスプレッセスティ軍の空からの反撃に巻き込まれて……ケガらしいケガはしていないんですが、その時エクスプレッセスティ側に保護されたんです」
「そうだったんですね……」
ローレリが言ってため息を
その後は、観光地らしい土産物屋や食堂などを見て回り、写真や8ミリムービーで撮影しつつ、
「冬に暖房の入ったところで、このアイスクリームを食べるって、なんか背徳的ですね」
「ふふっ、確かに、贅沢ですね」
などと、付近に牧場が点在するミズポワーベルクのご当地グルメを愉しんだりもしたが、
なんか文化的な観光と言うよりは、エクスプレッセスティの技術的な紹介になってしまった予感……
あと1話(多分)だけ続くんじゃ
あ、あとちょっと過去分にも手を入れました。
T-62がT-64に変更されています。それに合わせて細部もいじりました。
T-64の放出ってないかなと思っていたんですけど、カザフスタンとアゼルバイジャンが処分していて、ロシアとウクライナも相当数モスボールしていたのがわかったので。
ただ、実際T-64に日本のV6エンジンが入るのかと言われると……(汗
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2人のマコト、どちらかを改名すべき?
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した方が良い
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同名なんてよくあること、そのままで良し