フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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クワ・トイネでの外務会談

「改めてご挨拶させていただきます。この度は急ぎこのような場を設けていただき、大変感謝致します」

 会談が始まると、マリアはそう切り出した。

 随行員の1人が、録音機を卓の上に置いて、やり取りを録音している。もちろん、クワ・トイネ側も承知している。────エクスプレッセスティ側は、“録音”の概念がクワ・トイネ側には無いだろうと考えていたが、どうやら蓄音機・録音機の概念はあるということだった。ただ、エクスプレッセスティが持ち込んだリベレックシス製小型録音機を見せたとき、一部の閣僚や事務員は驚き、一部はそれが録音機だと頑として信じなかったが。

「まず最初に、不慮のものであったとは言え、我が国の軍用機が貴国の領空侵犯に至ってしまった事を重大な事態と受け止め、ここにエクスプレッセスティ共和国の代表として謝罪させていただきます」

 マリアはそう言い、随行員も揃って、頭を下げた。

「クワ・トイネ公国の代表として、正式に謝罪を受け入れます」

 カナタも、努めて穏やかに、そう言う。

「次に、我が国としては貴国の詳細を伺いたいと考えています」

「はい。こちらとしても不確かな情報はお互いの損失につながると考えています」

 カナタが小さく手を振りながら促すように言うと、マリアがそれに答える。

「本日は資料を用意してまいりましたので、まずはお手元に置かせていただきました資料をご覧ください」

 マリアの言葉に、カナタ達クワ・トイネの閣僚はプリンター用紙で作られた小冊子を手に取り、開くが……

「!?」

 と、その途端に、クワ・トイネ側の参加者が、一様に困惑の表情を見せた。

「この文字、我々は読めませぬぞ?」

「え!?」

 リンスイが困惑した表情で言うと、マリアが軽い、困惑混じりの驚きの表情になった。

「日本語を話されているので、かな漢字記述の文章も読めるものとばかり……」

「我々からすると、あなた方が世界共通語を話しているように聞こえますぞ……」

 困惑するマリアだったが、リンスイの返事を聞くと、悟られないように身中でハッとした。

 ──世界共通語! だとすると、この世界はいくつかの分野では地球より進んでいる技術があるのかも知れない……

 胸中でそう考えつつも、マリアは、随行員が取り出した、2つのバネルを受け取り、まずは1枚目を見せた。

「では、口頭で説明させていただきます。現在、エクスプレッセスティ共和国は貴国のマイハークを起点とした場合、北北東の方角、約1,000kmに位置し……─────と?」

「どうかなされましたか?」

 マリアが突然言葉を止めたことに、カナタが気になったように問いかけた。

「ええと、メートル法は通じるのかどうかと」

「それなら問題ありませんよ」

 マリアの言葉に、カナタは穏やかな笑みで答えた。

「私の身長が、154cmですが、そのように認識できますか?」

「ええ、大丈夫です」

 マリアが確認のために、そう言いながら一度立ち上がると、カナタは笑顔のままそう言った。

「では続けさせていただきます。その国土面積は189,000 km²、統計上の人口は5,040万人となっています」

 マリアが説明のために提示したのは、現状のエクスプレッセスティ共和国の状態を描いた絵地図だった。

「その海域にそのようなかたちをした島など聞いたことがないですぞ!!」

 クワ・トイネの現状のせいもあって、カリカリしているリンスイは、反射するように声を荒げた。

「原因は判明しておりませんが、現状判明している客観的事実から、我が国は国土ごと現在の位置に転移してきたと考える事が、荒唐無稽ながら、唯一矛盾がなく成立する仮説です」

 マリアは、外交官として落ち着いた様子と表情で、何処か淡々とした口調で総説明した。

「ほら。また始まった」

 しかし、リンスイはそう言って、猜疑心の籠もった目で睨むような視線をマリアに向けながら、言う。

「あなた方は国家を騙りながら、おとぎ話を基にしたホラ話を吹聴しておるのか?」

「そう思われるのは無理もありません……ですが、それ以外に合理的な説明ができないのです。 ……参考までに、こちらもご覧ください」

 マリアは、そう言うともう1枚のパネルを提示した。

「これは、()()()の我が国の国土を描いたものです。ご覧のとおり、我が国は西側に海岸線を持つものの、それ以外の方位では陸続きになっておりました。それが現在は、先程の地図のように、陸続きのはずの三方位も断崖絶壁の海岸線となってしまっているのです」

「理屈は通っていますが────」

 リンスイが感情的に言い返す前に、カナタが敵意はないものの、真剣な表情でマリアに問い返す。

「────そのような地図はいくらでも作れます。より我々が視覚的にそれを確認する方法はありませんか?」

「そのことですが、クワ・トイネ公国の皆様に、実際に我が国を見てもらうというのが、もっとも確実で手っ取り早い方法かと、我々は考えています」

「つまり、視察団を派遣して欲しい、ということですね?」

 マリアの答えに対し、カナタは、落ち着いた理性的な態度を崩さず、重ねて問いかけた。

「はい。視察団の安全は我々が保証します。お手数をおかけしてしまいますが、お願いできますでしょうか?」

「ふむ」

 マリアの答えに、カナタは、僅かな逡巡の様子を見せる。だが、答えの内容は決まっていた。

「良いと思います」

「なッ!?」

 カナタが答えると、リンスイは、まだ不満がある様子で声を上げる。

「エクスプレッセスティの方々は、話しぶりは丁寧で、説明も合理性を配慮したものとなっているように感じました。その上で、それでも信じられないなら実際に見てもらおうと言っている」

 カナタはそこまで言うと、真摯な表情の中にも、笑みが混じった。

「なにより、強力な竜と軍艦を有しながら、威嚇することも理不尽な要求をすることもない……そのような国がどのような姿をしているのか、私は知りたく思う……」

「それでは」

 カナタの言葉に、マリアは表情を明るくする。

「はい。視察団派遣について、受け入れます。また、我が国としても、それを希望致します」

 カナタがそう答えると、立ち上がった。

 卓を挟んで、マリアとカナタは、お互い笑顔で、しっかりと握手をした。

 

 

 ────3日後。マイハーク。

「はぁ……ワシは、船旅は好かんのじゃがのう……」

 クワ・トイネ軍務次官・ハンキは、憂鬱そうな表情をして、そうぼやいた。

「船内は暗く、湿気も多く、長旅ともなると、疫病にかかる者も出るからのぅ……」

「ですが、エクスプレッセスティの方々は、数時間で到着すると言っていますよ?」

 同じく外務局部長級外務官のヤゴウは、嗜めるように言う。

「それが一番信用できんのじゃ! エクスプレッセスティの外交団も、マイハークからその国までおよそ1,000kmも離れていると言うではないか。それが数時間など、彼女らがどれほどの技術を持っていようが、どうやっても不可能じゃと、ワシは思う」

 ハンキは、むしろさらに憂鬱そうになり、理不尽に対する軽い憤り混じりの言葉を発した。

 

 3日前の夕方、ハンキやヤゴウら、視察団に選抜されたメンバーは、公都の会議場で、各上長からの正式な辞令とともに、カナタからの訓示を受けた。

「エクスプレッセスティ共和国へ向かう視察団の皆さんは、各部門のスペシャリストです。エクスプレッセスティ側も、同意できる外交要件について交渉可能であれば会談を受け入れたいとのことです」

 ヤゴウが見ているカナタは、何処か自信に満ちた様子を見せている。ヤゴウが知る限り、カナタはこうした様子をよく見せるが、根拠なくそうすることはまず無い。

「ですので、めいめいに多くの権限を与えました。エクスプレッセスティとの国交が我が国の利益になるよう、しっかりと努め上げてください」

 

「皆さん、お待たせしました」

 エクスプレッセスティ外交官、マリア・ロドリゲスは、随行員とともに、友人に声をかけるかのように、手を振りながら、クワ・トイネのエクスプレッセスティ視察団に声をかけた。

 すでに空母ヴァルキュリアとコルベット ブリジットはエナジポリスに帰港している。クワ・トイネ側の準備の間、彼女たちはクワ・トイネ公都の国賓宿舎に滞在していた。

「迎えの便(びん)が到着しました。出発の準備をお願いします」

 港だし、ヤゴウやハンキ達はてっきり迎えの便とは船だと思っていた。だが、その場に姿を表したのは────

「これは、機械竜!?」

 ヤゴウもハンキも、それ以外の視察団メンバーも、度肝を抜かれた。

 入り江の隙間から、マイハーク港湾内に進入してきたのは、4発の大型飛行艇だった。

「我が国では大規模な空港に向いた土地があまりないので、このような飛行艇が多用されるのです」

 マリアは、笑顔でそう説明した。

「これは、マイハークに不慮進入してしまったという機械竜ですな! しかし、これ程の人員とその荷物を運ぶ事ができるのですかな?」

 何処か興奮したような様子のハンキに対し、マリアが説明する。

「いえ、先日の機はPS-2洋上哨戒飛行艇ですが、この機はSS-2Vと言いまして、主に人を運ぶことを目的としたSS-2飛行艇の特別仕様機です。ただし、原型はどちらもUS-2という大型飛行艇が元になっています」

「特別仕様というのは?」

 ヤゴウが、マリアに質問した。

「はい、SS-2Vは総統専用機でして、主に我が国の国家元首や、国賓の送迎の為に用意された機体です。その為に強力な通信機能を持っています。なので、貴賓室は若干狭苦しいかも知れませんが……」

 マリアは謙遜混じりにそう言ったものの────

「これが狭苦しいですと!? まるで貴族屋敷の応接室ではありませんか!」

 SS-2Vの貴賓室に通されたハンキは、驚いた様子でその室内を見回す。ソファのようなシートを持つサロン、SS-2Vの貴賓室はまさにハンキが例えたような装いだった。

 ポーン、とチャイムが鳴り、続けてコクピットからの機内放送が貴賓室に届く。

『今回のフライトを担当させていただきます、機長のエリ・サラ・フクダ空軍中佐です。離水滑走シークェンスに入ります。お手を煩わせますが、その間シートベルトをお締めください』

「シートベルト?」

 ヤゴウが、不思議そうな顔をする。

「ああ、はい、こちらです」

 マリア達、エクスプレッセスティ外交官が、2点式シートベルトを引き出し、それを締めることをアシストした。

「あら」

「おおっ?」

 マリアの随行員の1人が、ハンキのシートベルトを締める補助をしていると、シートベルトがハンキの腰を回りきれなかった。

「すみませんのう、なによりこの巨躯で……」

「いいえ」

 少しの恥じらいを伴って、申し訳無さそうに苦笑するハンキに、随行員の女性は笑って返した。

「アジャスタブルできますから大丈夫です。ハンキ様は軍務次官とのことですので、鍛えているのは当然ですよ。それに、我が国の医療では、鍛えて筋肉質な巨体と、怠惰な肥満とは、別物とされていますから。健康に与える影響も後者のほうが悪いですし」

 そう言いながら、随行員はシートベルトを伸ばし、ハンキに装着させた。

 その最中にもSS-2Vはタキシングし、入り江になっているマイハーク港湾から、外海へと出る。

「うぉ……」

 が、視察団のメンバーが、揃って少し驚いたような声を出した。

 AI-20DMエンジンが離床出力を発揮し、甲高い咆哮を上げる。

 旅客型、それも総統専用機という事もあって、エンジン騒音の進入は抑制しているが、それでも多少は聞こえてくる。それに、SS-2Vは離水滑走の為に一気に増速し、その加速の感覚と、水をかき分けて加速する響きが、その勢いを感じさせる。

 その水をかき分ける響きが消えたところで、なんとなしにヤゴウが窓の外を見る。

「飛んでいるっ、本当にこれだけの人員と荷物を載せて、飛んでいますっ!!」

「お、おぉっ」

 ハンキも、窓越しに機体が海面から離れていく様子を見て、声を出した。

 ワイバーンを使役しているのだから、航空という概念はあるはずだが、それでも2桁の人間とその荷物を載せて飛び上がるのは、クワ・トイネの人間には驚異的なことだった。

 SS-2Vは、興奮した様子のクワ・トイネ エクスプレッセスティ視察団を乗せて、エクスプレッセスティ第2の都市、エナジポリスに向って飛んでいった。

 




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