新たな接触
中央歴1640年1月18日。
パーパルディア皇国は、フェン王国に侵攻を開始。
フェン西端の都市、ニシノミヤコに上陸作戦を決行し────
────その時点においては、現皇帝ルディアスの即位後、最大の歴史的惨敗を喫した。
フェン王国水軍も半壊の大損害を受けたが、その代償があまりに大きすぎた。
パーパルディア皇国はこの戦いで、戦列艦8隻、魔導砲艦8隻(全滅)、竜母艦4隻、揚陸艦8隻が被撃沈、ワ
この戦いを発端とする、パーパルディア皇国の転機となる一連の事象を語るにあたっては、時系列をハーク・ロウリア34世によるクワ・トイネ侵攻に端を発した「北部ロデニウス戦争」が、ハーク・ルセリア・ロウリア35世即位と講和成立、北
────────中央歴1639年9月末。
ムー国、首都オタハイト。
1人の青年が、軍官舎のある路地から出てくると、そこで手を挙げてタクシーを呼び止めた。
タクシーが停車する。ガラッソ・オートモービル製『クロコダイル』。ムーでは標準的な車格のセダンだが、自動車自体がまだ“一家に一台”とまでは普及していない。
「お客さん、どちらまで?」
「アイナンク空軍基地までお願いします」
タクシー運転手に、ムー国防軍統括本部情報通信局付の技術士官、マイラス空軍中尉は、そう行き先を告げた。運転手はメーターを“貸走”に入れると、コラムシフトのトランスミッションを1速に入れて、発車する。
本来国防省の情報通信局に勤めるマイラスだが、今日は命令により朝からアイナンク空軍基地に向かうことになっていた。
マイラスは、移動の合間にも、社会情勢を知っておくために『読々新聞』の朝刊に目を通していた。
過密のオタハイト都心部から抜け、空軍基地に必要な、開けた土地のあるエリアまで出てくる。ちょうど離陸する複座の練習機が、マイラスの乗ったタクシーと、僅かな間並走するかたちになった。
「毎度あり!」
マイラスは、空軍基地の入り口でタクシーを降りると、守衛に身分証を見せて司令部建物内に入り、そのまま、指定された小会議室まで向かった。
扉をノックすると、中から「入れ」と返ってくる。マイラスは扉を開けて、一歩、室内に入ると、
「通信情報局のマイラス技術中尉です」
と、そう名乗った。
「うむ」
室内には、マイラスの上官にあたる通信情報局の士官と、中年と若年の、軍人気質はあまり感じられない者が2人、いた。
「紹介しよう。彼はこの若さで国防軍一の技術士官だ。現在は通信情報局にいるが、様々な技術に造詣がある。中尉に留めておくのが勿体ないぐらいだ」
「お世辞は
上官の紹介の言葉に、マイラスは、少し戸惑ったようにしながらそう言った。
「外務省のラフィークだ。よろしく」
そう言って、マイラスに右手を差し出す。マイラスもそれをぐっと握り返した。
その後、ラフィークともう1人の外務省員と、マイラス達軍士官通信情報局の2人が、向かい合うかたちで、応接室のようなテーブル席に着いた。
「君に来てもらったのは他でもない。君のその見識を活かして、とある新興国家の技術水準を測って欲しいのだよ」
ラフィークがそう切り出す。
その言葉を聞いて、マイラスは、僅かに眉間に皺を寄せた。
「グラ・バルカス帝国ですか?」
マイラスは、そう問いかけた。第2文明圏と呼ばれるムー大陸の西側に
しかも、そこまでしておきながら、その本国の地理などは詳しく解っていない、と、距離的に近いムーにとっては、不気味な存在だった。
だが、
「いや、違う」
と、ラフィークは言う。
「今回接触を試みてきた国で、『エクスプレッセスティ共和国』と言う。聞いたことは?」
ラフィークは、説明しつつ、マイラスに問いかけるように言った。
「はい……東方文明圏外に出現した国家で、“女性だけで国民が構成される国”。政治や軍事の分野でもなんらかしらのギャグか…… ──── その、」
マイラスはそこまで言って、少しだけ言葉を詰まらせかけた。
「……性的表現を盛り込まないと気が済まない国……だとか」
「うむ……まさしく
腕組みをしたラフィークが、「困ったもんだ」と言いたげな表情で言った。
「しかし、ロデニウス大陸では、旧ロウリア王国のハーク・ロウリア34世の東方侵攻に対して、数十万の兵力を簡単に押し返してハーク34世を失脚させた事から、周辺各国に力を持つようになった、“侮ってはならない国”だとも聞いています」
「さすがだな、情報が早い。そのエクスプレッセスティの外交使節団が軍艦で訪れ、国交などについて協議を申し込んできたのだ」
ラフィークは、視線をマイラスに向け直して、そう言った。
「問題はその
ラフィールの隣にいた外務省員がそう言って、日本・エクスプレッセスティのB5版程の大きさに引き伸ばされた、何枚かの写真を、マイラスの方に向けてテーブルの上に置いた。
そこには、やや明るめの灰色に塗装された、軍艦であることは確実そうなフネが写っている。
「金属でできた
「エクスプレッセスティの説明によると、駆逐艦だとのことだ」
「駆逐艦!?」
説明を継いだラフィールの言葉に、マイラスは素っ頓狂な声を出した。
「駆逐艦、ですか、これが!?」
「検査を担当した者もそう思って聞き返したそうだが、間違いなく駆逐艦だそうだ。艦体の大きさは我が軍のラ・デルタ級に匹敵するそうだが」
ラフィール自身も多少の困惑がある様子で、マイラスにそう言った。
マイラスは、写真を手にとって、細部を確認する。
「この艦体を魔導機関で動かすとすれば、必ず感知機の反応が出ますので、動力源は我々と同じ熱機関だと思われます。煙突がありますので、おそらく蒸気機関でしょう……────」
マイラスは、そうやって自分の見解を説明しつつも、
──このチューブ状の物はなんだ? それに、やたらアンテナ類が多いのも気になるな……
と、内心で、技術屋としての好奇心の混ざった困惑をしていた。
「────一部、写真だけではわからない装備品もありますが、主砲の口径はそれほど大きくないようですし、僅か1門、それに副砲が2門だけですね。我が国の戦艦の優位は揺らがないかと……」
「なるほど……うむ、納得できる見地だが、まだ続きがある。我々外務省が我が国の技術的優位を示そうと、アイナンク
そうは言うものの、あまり技術的な造詣が薄い様子のラフィールに対し、それを聞いたマイラスは、驚愕の表情になった。
一瞬の硬直の後、思わず立ち上がる。
「────……ま、待ってください! 艦載機で飛行場に
あまりに驚愕した様子のマイラスに、ラフィークは、キョトン、としながら、
「私には技術的なことは解らんが、そう言う事だと思う」
ラフィークの言葉に、マイラスは、着席し直すと、もう一度、写真を1枚1枚、細部まで見直す。
「そう言う事だから、我々が正式な国交交渉を準備している間に、エクスプレッセスティの使節団に我が国の技術水準を見せつける傍ら、相手の技術水準を測って欲しい」
ラフィークのその言葉を聞いて、マイラスは、グラ・バルカスの事を念頭に、
──やはり“女性だけの国”などの国の体裁だけを聞いて、安直な判断をするのは危険な国の様だ。我々には持っていない何かを持っているッ
と、そう考え、表情を引き締めた。
「解りました。大役ですがお受けします。それで、その艦載機はいつ頃に?」
マイラスは、責任を感じつつそう答え、そして訊ねた。
「うむ。同意した時間通りなら、もう間もなく到着する頃だろう」
「了解しました。それでは、滑走路の方で待機します」
ラフィークの言葉に、マイラスがそう答えると、マイラスの隣の通信情報局士官が、
「他の準備はこちらで手配しておく」
と、そう言った。
──な!?
バタバタバタバタ……
そうして、それを迎えることになったマイラスは、その姿を見て、驚愕のあまり、手で頭を抱えるようにしながら、それが降りるまでの間、愕然としてしまう。
──なんだこれはあぁぁッ!? 飛行機……なのか!? これが!? 空中停止!? 垂直上昇降下!? ……過去に発明家による似たような概念はあったが……────
マイラスが愕然としている間にも、それ────カモフ・アントノフKa-26An/Dは、二重反転ローターの空気を
バッバッバッバッ…………
ローターは回転数を落としつつある。『Expressesti Republic NAVY』と書かれた双テイルブームの付け根の下、人員輸送モジュールの扉を開けて、2人の女性が姿を表した。
「よ、ようこそムーへ。会談までの間、お2人の案内を勤める、マイラスと申します」
──落ち着け、驚くな……足元を見られるぞ。
マイラスは、緊張でガチガチになりながら、言葉を吃らせてしまいつつ、なんとか絞り出した。
「エクスプレッセスティ共和国外務省のナディア・デイヴィスです。ムー国を視察できる事を楽しみにしています」
「今回ナディアの随員を務めさせていただきます、エクスプレッセスティ国防軍のノンティ・ソフィア・セシル海軍技術少尉です。よろしくお願いします」
マイラスの挨拶に、2人はそう名乗った。
「!」
──向こうも随員に軍の技術士官を送り込んできた……これは増々下手なことは出来ないぞ……
ノンティの身分を聞いて、マイラスの身体にまた少し緊張が走った。
「どうぞこちらへ。色々とお見せしたいと思います」
「よろしくおお願いします」
マイラスが先導し、ナディアとノンティがそれに着いていく。
「アイナンク空軍基地は民間機も利用できる開けた空軍基地となっておりまして────」
すると、その傍らに複葉のレシプロ戦闘機が置かれている。
──わざわざ通り道に『マリン』を置いたな……
ムー空軍最新鋭の戦闘機の姿を見て、マイラスは少し得意気になった。
「おおっ、複葉機だ……あ、失礼」
ノンティが驚いたように言ったのを聞いて、マイラスは、畳み掛けるように説明する。
「この機体は我が国の戦闘機『マリン』です。飛行性能もさることながら、特筆すべきはプロペラと機銃を同調させた射撃装置で、命中精度が飛躍的に上がっています」
「少し、観察させていただいても?」
ナディアが言う。
「はい、構いませんよ」
マイラスは、満足したような笑顔でそう言った。
「失礼ですが、撮影させていただいてもよろしいですか?」
「!」
ノンティの言葉に、マイラスは、
「はい、構いませんよ。機体の外見から判断できる程度の性能は隠しておりませんので」
マイラスは、そう答えつつ、
──“撮影”と言うことは、“写真”の概念があるということか……
果たして、マイラスの想像通りに、ノンティのカバンからミラーレス一眼レフカメラが取り出された。
「あ、ノンティ少尉はXシステム派ですか?」
「『
2人はそう言い合って、戯け混じりに睨むような苦笑で顔を見合わせた。
「EOS? Xシステム?」
聞き慣れない単語に、マイラスが聞き返すように呟いた。
「あ、ああすいません。我が国のカメラ市場の話でして……」
「ああ、つまりメーカーブランド名ですか」
ナディアにそう説明されれば、それはマイラスにも理解可能だった。
「はい」
ナディアは、そう答えてから、新品同様のマリンを観察する。ノンティもカメラのレンズを向けた。
「このような機体が美しい状態で見られるとは……」
「エンジンの出力は……An-2程度として、800hpから1,100hpってところかな……」
──うん?
ノンティの呟きに、マイラスは引っかかった。
──値踏みされるとは思ってたが、1,100hp? そんな大出力のエンジンを造る技術があるということか……?
マイラスは胸中で呟いてから、改めて2人の様子を見る。
ノンティのカメラをナディアが持ち、技術的な記録と言うよりは、記念撮影かのようにフレームにノンティの入った状態で撮影している。
──少し探りを入れてみるか……
「失礼ですが、お2人が乗ってきた飛行機はどういった動力源ですか?」
マイラスが2人に訊ねると、ノンティが答える。
「基本的にはこれと同じ往復式の内燃機関ですよ。V6液冷なので見た目は違いますが。厳密にはディーゼルエンジンで、エンジンの規模としてはこれの半分くらいになります」
「ディッ……!?」
マイラスは、驚愕したように思わず声に出してしまっていた。
「ディーゼルエンジンなのですか!? 航空用で!?」
「はい」
マイラスの言葉に、ノンティが短くはっきりと答えた。
「よろしければ、ご覧になりますか?」
ナディアが提案する。
「か、構わないのであれば……」
マイラスが答えると、一行は一度、Ka-26An/Dのところまで戻る。
ナディアがパイロットと少しやり取りした後、ノンティが軍手を嵌めて、機内に積まれていた工具で、左エンジンのカウルを開放した。
「なっ!?」
顕わになったRED A05エンジンを見て、マイラスは軽く驚く。
──よくわからない部品も付いているが……これは確かに、V型液冷エンジン!
「な、なるほど確かにそのようですが、しかしディーゼルエンジンが航空用に使えるのですか? ディーゼルエンジンは高回転に向かない気がするのですが……」
「えっと、うーん……」
マイラスに訊ねられて、ノンティは、腕を組んで少しだけ考え込んでから、
「これに使われる燃料はJet-Aと呼ばれる、簡単に説明するとかなり精製度の高い燃料を使っていまして。多分そちらの認識はエンジンそのものと言うより燃料の方の問題かと」
と、そう説明した。
「そうですね……会談先が空軍基地ということでしたので、 ────」
ナディアが、そう切り出しながら、カバンの中から1冊の本を取り出す。
「こちらをお土産に持ってきました」
ナディアからマイラスに差し出されたそれは、『エクスプレッセスティ共和国軍ミリタリーガイドブック 空軍基本編』とタイトルが打たれたムックだった。
「これはご丁寧に、ありがとうございます」
ナディアが両手で差し出した本を、マイラスも両手で受け取る。
「随分ときれいな本ですね。拝見させていただきます……────」
パラ、と、マイラスがページを開き、そして次の瞬間、
──!?
と、驚愕のあまり表情が歪んでしまっていた。
──これはなんだ!?
マイラスが見たそれは、ミコヤン・グレヴィッチMiG-29GE『ファルクラム
「こ、このような機密を、一介の尉官である私に……良いのですか?」
マイラスは緊張しつつ、ナディアにそう訊ねる。
「それは、我が国では一般に販売されている書籍ですので、大丈夫ですよ」
ナディアは、穏やかな笑みでそう言った。
その言葉に、マイラスは、さらに驚いて、身体を震わせてしまう。
──こんな高度な技術が、機密扱いではないのか……!?
「ち、ちなみにですが、この機体の、水平最大速度は……」
「MiG-29後期型の公称最大速度は、マッハ2.25となっています」
「マッハ?」
聞き慣れない単位に、マイラスは思わずオウム返しにしてしまっていた。
「音速の相対値なので……
──!?
ナディアの言葉で、さらにマイラスは一瞬、愕然としてしまいかけた。
──
驚愕しつつも、僅かに知的好奇心も出てきたが、それをぐっと堪える。
──ここでそれを聞いたら、我々の技術ではそこまでに達していないことがバレてしまう────
マイラスはそう考え、無理に笑顔を作った。
「うん! いいですね~ 音速はロマンですよ」
その様子を見て、ナディアとノンティは、声に出さずに微妙な感情を胸中で言葉にする。
──無理してるわね……
──
ムーの小型補助戦闘艦についてですが、拙作では最初から「駆逐艦」の呼称を使うことにしました。
WW
なので、既に空母が存在しているムーも、この世界での沿岸用の小型戦闘艇(木造船や小型ボート)を駆逐する艦、ということで「駆逐艦」呼びをしていても問題ないと判断しました。
具体的な反応があれば、続きを書くことがはかどります。TwitterでもOK。
https://twitter.com/kaonohito2
レミールの処遇は……
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原作通り
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総統閣下のわからせ棒
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行方知れず(故意)