──まずい…………
エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
エムブラセクス・プリンスホテルの1室。
──どうにかしなければ…………
最上級の部屋ではないが、それでもシックで落ち着いた豪華な室内であり、一般市民が気軽に宿泊できるような部屋ではない。
しかし、今、この部屋に滞在させられている人物にとっては、それは手放しで喜べるものではなかった。
──どうにか、本国にこの事を報告しなければ…………
何より、
外出は必ず国防軍の軍規統制部々員か特高警察の私服警官が付く。
通信の自由もない。もっとも、そもそも彼が彼の望む先と通信する方法がなかったが……
──このままでは、皇国は…………
パーパルディア皇国第3外務局懲罰軍指揮官、ポクトアールは、金属サッシの窓から外を見ながら、しかし何ができるわけでもなく、ただ日に日に積み上がる憔悴で胸が重くなる思いをしていた。
──この国と戦争を始めてしまう……ッ!!
パーパルディア皇国、皇都エストシラント。
第3外務局。
『鋼鉄でできた巨大艦』
『ワイバーンを落とす、百発百中の魔光弾』
『たった1門だが、数発で中型戦列艦を破壊するしかも必中の魔導砲』
────等々。
「一体これはどういうことなのだ!」
カイオスは局長室で、思わず声を出してしまっていた。
その執務机には、記録書が何枚も置かれている。
エクスプレッセスティ側で『フェン事変』とし呼称されている、先日のフェン懲罰艦隊がエクスプレッセスティ海軍フェン派遣艦隊とフェン水軍に惨敗した戦闘。
カイオスの机の上に置かれている記録書は、その事について、生還した艦隊の乗組員から聴取した内容を記したものだった。
カイオスがいきなり上げた大声に、カイオス宛の書簡を整理していた局員がビクッ、と、驚いて、立ったまま身体を跳ねさせてしまっていた。
「ああ……すまない。あまりに信じ難くてな……」
カイオスは、不必要に驚かせてしまった局員に、そう言って侘びた。
「いえ、無理もありません」
そう言いながら、局員は、執務机を挟んでカイオスの正面まで歩いてくる。
「……とにかくポクトアール提督の生死が不明なので、生き残りから聴取したものなんですが……内容が支離滅裂で埒が明かないのです。その中でも複数人が証言しているものを選出した結果が、これなのですが……」
局員の方も、困惑した様子で、手振りを加えながら言った。
「生死不明…………か。だが、もし捕虜にしているのであれば、フェンにせよ、このエクスプレッセスティにせよ、人質外交をしてくるはずだ……だが、フェンは強気ではあるが人質の“ひ”の字も出してこないし、エクスプレッセスティに至っては外交を結ぼうともしてこない…………」
この少し前に受付事務が
「とにかくエクスプレッセスティ共和国について、さらに情報収集をする必要がある。それまではエルト ──── 第1外務局やレミール、アルデに知られないようにしなければ……調査に携わる人間には箝口令を敷け!」
「壁に耳あり戸板に目あり……ってね、特ダネをいただきだ」
その日の夕方。 ────エストシラントの上級官舎街。
「カスト様!」
第3外務局の外交官カストは、その声に呼び止められて、振り返った。
「おお、シャーロットか。お前も帰国していたのだな」
そこには、若い女性、が立っていた。
「はい、と言うか、帰国勧告が出ておりましたから……」
シャーロットと呼ばれた彼女は、少し困惑した様子でそう言う。
「ターラ14世も何を考えているのでしょうか……今までアルタラスが平穏無事でいられたのは、皇国の存在とカスト様の温情があったからだというのに……」
シャーロットは、どこか憤ったような、不快感を表しながら言う。
つい先日まで、カストは駐アルタラス王国大使だった。
しかし、パーパルディア皇国はアルタラス王国に対して、国内にあるシルウトラス魔石鉱山の権利を献上するように要求した。
農業があまり盛んではないアルタラスにとって、フィルアデス大陸とその周辺域では有数の規模を誇るこの魔石鉱山は、国家としての生命線であり、それをパーパルディアに奪われることは、国家として到底受け入れる事はできなかった。
結果、アルタラス王ターラ14世は、それを拒絶し、国内のパーパルディア皇国の資産を凍結、パーパルディア皇国に国交断絶を告げ、ターラ14世に侮蔑的な態度までとったカストを始めとする、パーパルディア皇国の外交官を国外退去させた。
「ふはははははは!」
しかし、国外退去させられたカスト本人は、シャーロットの言葉と反応に対して、それを笑い飛ばすようにしながら、やや露出度の高い衣装を着たシャーロットの肩を抱き寄せ、そのまま、程々の大きさで形の良い部分を揉みしだく。
「なに、これも最初から計算されたものだ。向こうに蹴らせて、完全に皇国の支配下に置くことが目的よ」
「あん……本当に手が早いんですから……」
シャーロットは、冗談めかしてそう言いつつも、不快感を顕にしたり、カストから逃れようとしたりはしない。
「でも……魔石鉱山の献上だけなら、呑み込む可能性もあったのではありませんか?」
「ふ、だから俺様が、あの愚鈍な国王が絶対に呑めぬ条件を
シャーロットの問いかけに、カストは得意そうにそう言った。
「絶対に呑めない条件……?」
「おっと、流石にこの事はお前でもな、教えるわけにはいかん」
不思議そうに訊き返すシャーロットに、カストはニヤーッと笑ってそう言った。
「そう言わず……ヒントくらい教えていただけませんか?」
シャーロットは、猫なで声でそう言い、身体をカストに押し付け、彼の顔へ優しく頬ずりする。
「むほほ、お前は男の喜ばせ方を解っておるな。それはそれで良いが……」
カストは、シャーロットの身体の感覚に、そう言いながらデレデレとしただらしのない表情になった。
「ヒントか、まぁ、愛娘を溺愛しているターラ14世には受け入れられぬ事よ」
「まぁっ!?」
カストの言葉に、シャーロットは、突然憤った様子を見せ、声をわざとらしく荒げる。
「ルミエス王女の身体でも要求したのですか!? 私というものがありながら!」
「そう怒るな。それに、俺様はそうだとは言っていないからな……もしそんな事を言いふらせば、第3外務局への、ひいては皇帝陛下への侮蔑と見做されて、そうなると俺様でも庇えぬぞ?」
カストは、ニヤニヤとした表情のまま言った。
「しょうがないですね……」
そう言うと、シャーロットは怒りを沈め、さらに蠱惑的な笑みを浮かべる。
「その代わり、それを咎めない分……ね?」
「ふほほほほ……解っている解っている」
そう言って、カストはシャーロットの方を再度抱き寄せると、寄り添い合ってカストの自宅へと向かっていった。 ……────
……………………
…………
……
数時間後、カスト邸。
「ぐがぁぁぁっ……」
情事の跡がまだ残るベッドで、カストはぐっすりと眠りこけていた。
シャーロットは────エクスプレッセスティ共和国・総統府情報総局付、シャーロット・レン・ジョーンズ海軍少尉は、その姿を確認すると、そっとその場を離れる。
カスト邸の庭に出ると、持っていた、ハンドバックと言うには少し大きなカバンから、ハンディコンピュータを取り出す。
AMDの組み込み用向けCPUを使ったもので、エクスプレッセスティの国内家電メーカー「リベレックシス」(“Liberecex”)の製品だった。
休止状態から復帰させ、同時に接続された短波無線機のスイッチも入れる。
専用の暗号化メッセージソフトに、
『To
と、
────翌朝。
エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
「ふぁ~あ……」
エミリア総統は眠たそうにしながら、総統官邸から総統府の執務室へと、渡り廊下を歩いていた。
「このところお固い仕事ばっかりよね……そろそろ一度はっちゃけようかなぁ……」
エミリアはぼやくように呟いた。
「みんな~ッ、みんなの
と、転移前であれば定例会見がこれで始まる、そしてそれが受け入れられるのがエクスプレッセスティという国だったが、転移後はそれを控えて国民に呼びかけるものばかりで、久方これをやっていなかった。
有権者も有権者で、これを期待しているが故に、6月頃から、
「エミリアちゃんの
という内容の要望が、エミリアの個人事務所に始まって、最近では総統府広報局にまで送られてきている有様である。
「美容にも良くないし……」
エミリアは、そう呟くと、歩きながら、どっから取り出したんだか手鏡で自分の顔を見る。
そうしながら、総統府の総統執務室に辿り着き、室内に入った。
「あれ」
エミリアが入室すると、室内にマリーナ総統府情報総局々長が待っていた。簡易応接用の椅子に腰掛けていたが、エミリアの入室を確認すると、立ち上がった。
「あー……マリーナがいる、って事は、良くない報せね……」
エミリアはげんなりした様子で言う。
「申し訳ありませんが、そう言うことになります」
そう言うマリーナの前を通り、エミリアは、
「よっこらしょ……」
と、実年齢通りの女性の言い回しで執務席の椅子に腰掛けながら、休止状態のPCを復帰させ始める。
「それで、内容は?」
「パーパルディアの駐アルタラス大使についているエージェントからの情報ですが、パーパルディアは来週中にもアルタラス侵攻を開始するとのことです」
「えっ!?」
マリーナからそれを聞かされて、エミリアは、軽く驚きつつ、ようやく目をパチっと開いた。
「ちょっと待って、アルタラスがパーパルディアに国交断絶、外交官追放やったのって先々週の中頃でしょ!? いくらなんでも早すぎない!?」
「…………パーパルディア側は最初から
驚いた様子でエミリアが疑問を口にすると、マリーナはそう答える。
「なるほどそう言うことかー……アルタラス側が敵対行動をしたという口実で軍事侵攻しようって腹づもりね……クレムリンのハゲ辺りなら考えそうな事だわ……」
エミリアは、うんざりした様子で言い、椅子にもたれかかった。
「アルタラスもあれよねー……そう言う態度に出るんなら、フェンみたくうちと外交チャンネル開いてからやってくれりゃ、こっちもパーパルディアにイチャモンつける事もできるのに…………」
エミリアが、顔を手で覆いながらそう言うと、
「閣下、それは問題発言です」
と、マリーナが窘めた。
「解ってる。メディアには聞かれないようにするから」
エミリアは、そう言って右手をひらひらとさせた。
「それにしても現実問題」
エミリアは、そう言いつつ、姿勢を直す。
「どうしてアルタラスはエク
「その件についても、まだ完全なレポートに纏まってないのですが、どうやらロウリアと我が国の関係が影響しているようですね」
エミリアは具体的な回答を期待していたわけではなかったが、マリーナはそう答えた。
「ロウリアとうちが?」
エミリアが意外そうな表情をする。
「アルタラスは元々、パーパルディア寄りだった旧ロウリア王国に対して警戒感を抱いていたようです」
「まぁ、下手すると挟撃されかねないしね……でも、今のロウリア連合王国はパーパルディアとは距離おいてるし、もう警戒する必要はないのでは……?」
マリーナがそう説明するが、エミリアは、むしろ理解できないと言ったように、訊ね返す。
「問題はそれですよ。ルセリア陛下は……」
「あ!」
マリーナが途中まで言ったところで、エミリアはその事に気がついた。
「ルセリア陛下は
エミリアは、椅子の上で妙なポージングをしながら、マリーナに両手の人差し指を向ける。
「残念ながら、そう考えている周辺国は少なくありません」
「実際、都合のいい人を国王にしたのは確かだからなぁ……」
マリーナの発言中に、椅子に座り直したエミリアは、そう言って、両肘で執務机を突いて手に顎を乗せるようにし、有閑マダムのようにため息を
「クワ・トイネの説明で納得してくれた国が多いんですが、アルタラスは……」
「確か、大東洋諸国会議に参加してないのよね……だから、クワ・トイネの言葉も届かないのか……」
「それだけではありません」
マリーナは、さらに続ける。
「アルタラスは文明圏外国とされていますが、魔石の輸出による財源により、軍備を整えています。質の上では旧ロウリアを完全に上回っています」
「だから、自国だけでも独立を保てる……と考えていたわけか。でも、それは変な話、安定輸出先でパーパルディアと距離保っていたのはクワ・トイネぐらいで、他はパーパルディアとロウリアって事にならない? どこぞのクレムリンのハゲじゃないけど、資源輸出国が、他のバックボーンもなしに輸出先に喧嘩売ってどーすんのよ」
「ですね……」
エミリアの呆れたような言葉に、マリーナも苦い顔をする以外なかった。
「あー、やーっとクワ・トイネとロウリアが安定してきたところなのに、なんで目の前でドンパチ始めようとするかなぁ、はぁ……」
エミリアのため息は、もう少しの間、続きそうだった。
レミールの処遇は……
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原作通り
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総統閣下のわからせ棒
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行方知れず(故意)