「凄まじいものですな。これ程のものを作れてしまう国が存在するとは……」
「あ、いえ」
飛行中のSS-2Vの機内で、ハンキは他の視察団メンバーとともに、何度も機内を見回しながら、その何度目かの時に、そう言った。
「それが……」
マリアが、少し気まずそうに苦笑しながら言う。
「我が国は、元の世界では建国35年ほどの後進国、元々ほとんど開発されていなかった土地でしたので、技術力としては後追いでした。なので、これらは我が国の企業だけで独自に生産したものではないのです」
「ふむ……」
ハンキは、マリアに視線を向けつつ、相槌を打つように短く声を出した。
「ですが、安全保障上の問題もありますし、転移前から内製化は進めていました。この状況になって、それを前倒しにする計画を立てているところです」
「なるほど。それは理解できます」
割って入るかのように、ヤゴウがそう言った。ハンキは一度、ヤゴウを振り返り、再度視線の咆哮をマリアに戻す。
「ですが、元の世界には、貴国にこれだけのものを持たせる国があったということですね?」
「はい」
ヤゴウの問いかけに、マリアは力強そうな様子になって言う。
「転移前、私達には“遥か彼方の3つの隣人”と呼ばれる国がありました。日本国、中華民国、ウクライナ。私達はこれらの国から工業技術力と現代農業、それに軍事技術の支援を受けるため、我が国の地下資源提供について優遇を与えていましたが、私達はその対価以上の支援を受けたと考えています」
「いずれも聞かない国名じゃが……“遥か彼方の3つの隣人”、離れていながら隣人と呼ぶ程、重要な友好国だったということですな?」
ハンキの問いかけに、マリアは深く頷いた。
「はい、そうなります。特に日本は、国民も私達に理解的でしたから────」
日本は所謂"LGBTQ+"問題に対して遅れていると言われていた。
だが、エクスプレッセスティにとっては、日本は最大の理解国だった。
どういうことか────それは、"LGBTQ+運動"が「
それを考えた時、古くから性的マイノリティをテーマにしたサブカルチャーを持つ日本は、もっとも相性が良かったのである。
次点が、その日本が過去に統治していた影響を強く受けている台湾(中華民国)なのも当然と言えた。
一方、所謂“アブラハムの宗教”、創造神を頂点とするユダヤ教、キリスト教、イスラームとは相性が悪い。
もちろん、人権蹂躙国とされる、中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国とはそれ以上に相容れない。
なので、特別扱いをしてでも日本と台湾から技術支援を受けたいと考えたのは、自然な流れだった。
ただ、日本は第二次世界大戦後、長く軍事技術に関しては他国への供給が限定されてきたし、台湾は目前に自国に強い野心を持っている軍事大国があって、外国に支援するにしてもそのリソースは限定される。
この為、軍事面に関しては、コストの問題もあって、旧ソ連構成国や旧ワルシャワ条約機構加盟国、分けてもウクライナとポーランドに頼りがちだった。これらの国は、宗教否定の共産主義時代を経験しているため、エクスプレッセスティの国民にあまり忌避感がない。
同じようにロシア連邦とも、かつてはそこそこの友好国だった。だが、2008年に発生した南オセチア紛争へのロシア軍介入後、一気に関係が悪化した。
ついでに中華人民共和国とはお互い承認すらしていない仲。
この事から、安全保障上の利害は、日本と、その同盟国であるアメリカ合衆国が参加するNATOに近い立場にいる、というスタンスははっきりとさせていた。
軍の装備品に、戦闘機や装甲戦闘車両などのプラットフォームとなるものについて旧ソ連型の改修品が多いのに対し、弾薬など消耗品をNATO側に寄せているのは、これが理由だ。
「なるほど……確かに“『女性』だけの国”、という国の形成に理解を示す他国は少ないでしょうね」
ヤゴウは、少し考えている様子をしながら、そう言った。
「ですが、今では立派な独立国になりました。これからは、日本を目標に先進国を追う、 ────という、状況だったのですが……」
「その時点で、今回の“転移”が発生してしまった、というわけですね」
マリアの言葉に、ヤゴウも自分の事であるかのような困った表情をし、そう言った。
「はい。今はとにかく国を維持する政策立案に追われている、というところです」
「なるほどのぅ……察するに、この機械竜もそのいずれかの国で製造されたというわけですな?」
「ええ、エンジンはウクライナ製で、機体全体は日本製です」
ハンキの問いかけにマリアが答えた、ちょうどその直後だった。
『まもなく着水シークェンスに入ります。皆様、お手数ご不便おかけしますが、各々の席に戻り、シートベルトの着用をお願いします』
コクピットのエリ機長が、機内放送でそう伝えてきた。
「凄い! 本当にこれだけの短時間で到着するのですね!」
ヤゴウが、シートベルトを締める準備をしながら、興奮したようにそう言った。
SS-2Vは、高度を下げつつ、フラップを開いて着水体制に入る。
着水の瞬間の軽い衝撃の後に、水上渇水の響きが機体に伝わってくる。
機体が安定すると、エンジンの出力をさらに下げ、水上をゆっくりと進みながら、エナジポリス海軍基地の飛行艇用スロープから陸上駐機場へと登る。
「おっ、……と」
スロープを上がる瞬間の動揺に、ヤゴウが反射的に声を出した。
「凄いのう……船の構造をしながら、陸上にも上がれるとは」
ハンキは窓の外、陸上駐機場の路面を見て、感心したようにそう言った。
ボートで乗り込んだマイハークでの出発時と異なり、今度は乗降扉に、作業服姿の女性達が押してきた、簡便な構造のタラップが横付けされる。
「改めて、歓迎致します。エクスプレッセスティ共和国へようこそ!! ここは、我が国第2の都市、エナジポリスとなります!」
視察団メンバーを自ら先導し、乗降扉の傍らに立ち、マリアがそう言った。
「ようこそ、エクスプレッセスティへ!!」
タラップの足元では、手すきの作業員や、転移前の外国人からは「リアルス◯パン」などと呼ばれていた航空機搭乗員服を身に着けた搭乗員達が列をなして、歓迎の意を示していた。日本語が通じるということで、かな漢字表記で「歓迎 クワ・トイネ公国視察団」と書かれた横断幕まで展開されている。
ヤゴウ達が、扉から機外に出て、まず目に入ったのは、エクスプレッセスティ空軍・海軍の水陸両用機や、明確なSTOL機とはされていないがさほど離陸滑走距離を必要としない機体だった。
その中でも目立つのは、SS-2ほど大きくはないが、特徴的なダッソー Da-521EO 『ビゼルト』電子作戦機。第二次世界大戦頃のブレゲー521飛行艇(ブレゲーは後にスクラップ&ビルドでダッソーに合流)のヘリテイジラインを気取った水陸両用飛行艇で、制式化時は「まーたウケ狙いでこんなもん買ってー」と、軍内外から国防省に対して呆れ声が上がったシロモノ。実際国防省は確信犯なのだが、しかし飛行艇であるため先制攻撃で滑走路を破壊しても発進することを阻止できないという戦術・戦略上の狙いもある。エンジンは三菱重工のTS1ターボシャフトエンジンを固定翼機用に転用したもの。さらに中央エンジンの後ろ、上翼にAPUポッドを吊り下げている。これは単葉機には真似できない。胴体格納の車輪も追加されていて、今はそれを使って陸上に駐機している。
他にもアントノフAn-3輸送機を改装した機上作業訓練機などが駐機している。
だが、それらを一瞥した後、ある建物を見て、ヤゴウやハンキら、視察団メンバーはその建物を見上げながら絶句していた。
そのビルの塔屋には『ShinMaywa Service Expressesti Corporation』という青いロゴが掲げられている。同社の本社工場ビルだった。
エクスプレッセスティ軍人たちがつくる人の列の通路の先に、送迎のためのマイクロバス、三菱ローザのライセンス生産車が停まっている。
マイクロバスが市街に出ると、ヤゴウ達はさらに圧倒された。クワ・トイネではもちろん、列強のパーパルディア皇国にすら存在しないような、摩天楼がいくつも存在していた。
少し離れたところには、何かの工業設備と思しき、しかしそれも自国やロウリアあたりでは見たことのない巨大なものが林立している。
市街地をトロリーバスが走り、小型乗用車が行き交う。貨物港から本線へ向けて伸びる、併用軌道の貨物線を、貨物列車がゆっくりと通過していく。歩道には地球の多種多様な人種の、大勢の人間でごった返している。
「これで、首都ではない第2の都市だというのか……」
戦慄すら感じながら、ハンキが呟いた。
正確に言うと、人口では首都エムブラセクスの方が上だが、都市別域内総生産では工業生産設備が集中するエナジポリスの方が上になっている。
視察団メンバーが車外の風景に気を取られている間に、マイクロバスは目的地に到着した。
「到着しました。こちらが皆さんの今日の宿泊施設となります、『エナジポリス コーストホテル』となります。まずはチェックインを済ませましょう」
マリアが言い、自ら先導して、ホテルのロビーに施設団メンバーを向かわせた。
エクスプレッセスティ外務省の職員がチェックインの手続きをしている間、視察団メンバーは荷物を下ろし、一息ついていた。
「ワシは驚き疲れた! もういちいち驚かんぞ!」
ハンキは、ため息をつく様に、何処か呆れ混じりにそう言った。
「ただ……これは驚きと言うか、意外に思ったことなんですが……」
ヤゴウが切り出した。
「うん?」
「見たこともないような都市ではあるのですが、“『女性』だけの国”ならでは、というところがあまり見受けられない気もしますね……」
「言われてみればそうじゃが……しかし、マリア外交官の言葉の通り、独立した国であるなら、他国であれば男性がやるような事でも、女性がやるしかないということじゃろう?」
「確かに……それはそうですね」
「軍の将兵を見ても解る。一見若い女性同士がじゃれ合っているように見えるが、与えられた命令は確実にこなしておるようだ。社会一般についてもそうだと考えるのが自然じゃな……」
ヤゴウとハンキが、ロビーのテーブルを囲んで会話していると、
「お待たせしました」
と、マリアがやってきた。
「皆様にこれをお渡ししておきますね」
そう言って、マリアは手提げの紙袋をテーブルの上に置く。
「これは“腕時計”と言って、時刻を示してくれる機械です」
紙袋の中から出てきたのは、デジタル表示式の腕時計だった。エントリーラインの安価な商品で、CASIOブランドだが、エクセプレッセスティ国内製のものである。
「えっと、数字はこれで大丈夫でしたね?」
「あ、はい」
マリアが訊ねると、ヤゴウが答えた。
そして、マリアは自身の左手首に、その時計をつけてみせた。
「このようにして装着します。本日はこのまま一泊していただきますが、まだ夕食の時間までは時間がありますので、いくつかのグループに別れて、市街を散策して、様子をご覧になっていただきます」