────ルミエスの放送より数日前。
エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
総統府、第1会議室。
椅子やら机やら、事務的な作業に必要なものは一通り揃っているものの ──── それらの調度品やら内装材やらが、柔らかいピンクやピンクパープルと言った色で構成されているのは、お国柄と言ったところだろうか。
そこに、エミリア総統、ハンナ外務省長官、マコト国防省長官と、ルミエス王女と騎士リルセイドが顔を合わせていた。
「私達に重要なご相談があるとの事ですが、一体どのような内容ですか?」
ルミエスが、少し険しい表情でそう問いかけた。
エクスプレッセスティ側の人間も、どこか険しい表情をしている。
「では単刀直入に言います。私達はフェンに続く戦略目標として、アルタラス島のパーパルディア軍の無力化を考えています」
「!?」
「そ、それは!?」
エミリアが切り出した言葉に、ルミエスとリルセイドの顔色が変わる。
「我々はパーパルディアの軍事力を破壊し、相手側より降伏の意志が示されない限りは、それを完全に無力化するまで作戦を展開する予定です。しかし、それでもパーパルディアが降伏の意志を見せない場合、最悪エストシラントに強行上陸、占領することになります」
「え、エストシラントに上陸!?」
「ぱ、パーパルディアの皇都を占領する……!?」
ルミエスもリルセイドも、驚愕して、思わず問い返すように声を上げながら息を飲む。
文明圏でも上位に位置する列強国であり、大国のパーパルディア皇国。それを軍事的に無力化し、皇都の占領も視野に入れていると言う。
多少強いだけの、文明圏外の地域強国が、到底成し遂げられることではない。
だが、エミリア以下、エクスプレッセスティの、外交、軍事のトップの表情を見る限り、虚言や虚仮威しの類ではないということが伝わってくる。普段がスチャラカ国家と自国民さえそう認識しているが国が故に、その落差が激しい。
ルミエスは、年初と、対パーパルディア開戦時のエミリアの会見…………っつーかどう見ても
…………はっきり言うと、これだけは現代日本に毒されることなく、入出力時のギャグやエロスと、実際に国を動かすロジックとを切り離す事が得意な国民性にあって、エミリアのアイドルぶりは、政治的に同調していない者ですら、その姿と行動には傾倒しているという者が少なくなかったりするが。
────ルミエスとリルセイドを驚かせたエミリアの言葉を、国防省長官のマコトが引き継ぐ。
「位置関係から解るかと思いますが、もし我が軍がエストシラントに上陸する場合、アルタラスにパーパルディアの軍事力が展開していると、補給線の確保に支障を来すことになります」
マコトは、高輝度プロジェクターがスクリーンに投影したル・ブリアスとエストシラント付近の海域を示し、そう言った。
その地図には、エナジポリスからエストシラントに至る航路が表記されている。
「ただし、我々が必要としているのはアルタラス島に存在しているパーパルディア軍の排除であって、アルタラス島全域を奪取する事ではありません」
航空機によるパーパルディア本土攻撃を企図した場合、エクスプレッセスティには大型の多発機は少数しかなく、しかもその大半が飛行艇である。
よって、パーパルディア本土空爆の際に使われるのは、戦闘攻撃機のSu-22UGEと言うことになる。Su-22UGEのペイロード最大重量は4t。うち1tを燃料増槽に割り当てたとしても、単発機で3tはかなり大きい(第二次世界大戦中の4発大型爆撃機B-17が5t程度)。1機あたり250kg爆弾12発、無差別爆撃で都市全体を壊滅させるのならともかく、軍事施設、軍需工場の機能を停止させるには充分だった。
そして、Su-22UGE、そして護衛機となるMiG-29GE、MiG-23GEN、これらの機体はいずれもソ連時代、前線近くの野戦飛行場での運用を目的とした “前線戦闘機” と呼ばれるカテゴリで開発された機体であり、整備状態が良好とは言えない滑走路でも運用できた。
表示された地図内にもマークがついているシオス王国は、大東洋諸国会議でこそ棄権したが、元々対パーパルディア感情は良くなく、本来の租借者であるムーの許可が得られる事を前提に、ゴーマ空港の使用を黙認するとしていた。
つまり、エクスプレッセスティとしては、攻勢発起点としてのアルタラス島は欲していないわけである。
「もし、我が軍のアラタラス島攻撃が、アルタラス王国の再独立の機会と捉えるのであれば、我が軍がその支援をする事にやぶさかではありません」
マコトの言葉を引き継ぎ、エミリアがそう言いながら、視線をスクリーンからルミエス達に移した。
「アルタラスの再独立……」
ルミエスは、再度息を飲むような声を出した。
「ただし、アルタラスは同時に、テストケースでもある、という事を念頭に入れておいてほしいのです」
「と、言いますと?」
エミリアの言葉に、リルセイドが聞き返した。
「私達は、時に暴力に対して暴力で応酬する事が必要であることを否定しません。ですが、それは野放図であってはならない。私刑などは厳に戒め、戦争犯罪行為は公正に裁かれる事を絶対のものとします」
「つまり……それは?」
理解できていない様子のリルセイドが、エミリアに問い返す。
「もしアルタラス王国再興を望む勢力がアルタラス島内にいるとして、その人間が私達の攻撃に呼応して蜂起するのだとしても、仮に相手がパーパルディア軍人や、アルタラス統治機構の人間であっても、相手に抵抗する能力と意志がない場合、これに対して紳士的に振る舞い、犯罪的行為に及ばない事が、私達の絶対条件だという事です」
「私達は、フェンに対してはこれに対して然程懸念していませんでした」
エミリアの言葉を、ハンナが引き継ぐ。
「フェン国民は幼少期より“武士道”を尊び教育されます。私達はフェンと良く似た精神を持つ国を知っています。その潔さ、気高さも。そしてその国がなければ、現在の我が国はなかったでしょう。だから、フェンは助けたのです。アルタラスがフェンと同じように振る舞えるかどうかによって、我が国も対応を考えなければなりません」
「つまり、思い通りにならなければ見捨てるということか!」
リルセイドが声を荒げる。
「ちょっと、リルセイド」
ルミエスが制するが、リルセイドは止まらない。
「アルタラスの民が今味わっているだろう辛酸を考えれば、そんな事が言えるものか! 国王陛下の仰られたとおりだ! エクスプレッセスティは自国がパーパルディアに成り代わろうとしているに過ぎない!」
「…………なに、勘違いしてんだ?」
リルセイドの言葉に対し、一拍置いてから、エミリアが
「我が国は無償の奉仕者ではない! あなた方には私達の軍が神の使いの如き存在に見えているのかも知れないが、我が軍も我が国民の血税で整備されたものだ! 他に我が国にとって大きな益となる要目が無い以上、我が国民が
エミリアが、めったにそうすることがない、語気を強めた口調でひとしきり捲し立てた後、息を整え、用意されていたドクターペッパーで喉を潤してから、続ける。
「それに、私達はパーパルディア皇国の解体を望んでいません。軍事的に強大な国家が分裂すると、それは周辺地域の不安定を生むからです。ですので、まずはアルタラスがどう振る舞うか、それを見極めてから、パーパルディア皇国の
「つまり、アルタラスの民次第で、パーパルディアの処遇も決まるというわけですね」
エミリアの言葉に、ルミエスはそう言って、決心を固めるように真摯な表情になる。
そして────現在。
旧アルタラス王国、元王都ル・ブリアス。
反パーパルディア・レジスタンスのアジト。
「手放しでは喜べないかも知れないが、とにかくルミエス様が御無事で良かった……」
ライアルが言う。その場にいた全員が、感激のあまり涙を流していた。
『必ず
「おおっ!? こ、これは……」
「我らに決起を呼びかける言葉!」
若い男性2人が、驚いたようにそう言った。
「エクスプレッセスティの軍勢を連れてくるに違いない。女豹共の思惑に乗るのは癪ではあるが、皇国を打ち払う千載一遇のチャンスだ。その日のために準備を整えて置かなければ」
ライアルが言い、ぐっと拳を固く握った。
「では、先ず武器を集めなければ!」
「各地にはまだ、皇国に恭順していない者もいるでしょう! できるだけ集めてみます!」
「おお、早速行動に移らなければならないな。だが、皇国の人間に気づかれないように用心せよ」
2人に、ライアルが注意を促すように言った。
「解っていますよ」
「そこは細心の注意を払います」
会話を交わしながら、ライアル達は部屋から出ていった。
────────まだ、ルミエスのメッセージは続いている。
『────
ピッ
ムー経由で取り寄せたミリシアル製魔導送信機に、ムー製の音声周波魔電変換装置を介して、ステレオ・モノラル変換プラグで接続されたオーディオプレーヤーが、収録された音声ファイルの終端まで来て、停止する。
────ロウリア連合王国、北ジン・ハーク港、エクスプレッセスティ海軍駐在所。
「申し入れがあったので使わせていただきましたが、よろしかったのですか?」
ナターシャ・ベハリ・アレン、駐ロウリア-エクスプレッセスティ大使が、問いかけた。
「構わぬ。マールやリームを経由すると、重要な部分をカットされかねないからな」
ルセリアはそう答える。
──さて、どうする? アルタラスの民よ。
同日、夕刻。
パーパルディア皇国、皇都エストシラント。
皇宮パラディス城、ルディアスの居室。
公務の時間を終えて、ルディアスは緊張を解きながら、その部屋に戻ってきていた。
「…………?」
ルディアスは、その違和感に気付いた。
ヒュウ…………
冷たい風が入り込んでいる。出る時に、そうした覚えのない窓が開いていた。
──
ルディアスは、そう思いながら室内に進むと、机の上に置かれているそれに気がついた。
「これは…………」
ルディアスは、茶封筒に入ったそれを手に取る。入っている書類を取り出した。
「!」
同時に、図画のようなモノが飛び出した。
──これは確か、ムーの“写真”と呼ばれるものだ……
それを見て、ルディアスは一瞬凍りつく。
緊張しながら、その書類の文面に目を通す。
『親愛なるパーパルディア皇帝ルディアス陛下へ。これは、我々がアルタラス島、ル・ブリアスで撮影した物です。これは “女性と女性的性マイノリティーの為の国” である私達には看過し難い。もし、これが貴方の言う “恐怖による支配” の一環であると言うなら、我々は全力で貴方を排除する。そうでないならば、急ぎ臣民統治機構と属領駐留の軍部隊を点検する事をお勧めする。エクスプレッセスティ共和国総統府情報総局々長 マリーナ・ボロティン』
ルディアスは、頭が一気に過熱する感覚に、その文書を床に叩きつけかけて、寸でのところで手を止めた。
そして、室内にある魔話機に向かい、受話器を上げ、ハンドルを回して交換を呼び出した。
「臣民統治機構本部へ繋げ」
交換台が応答すると、ルディアスはそう指示した。
『これはこれは皇帝陛下。畏れ多くも直接の御連絡、如何なさいましたでしょうか?』
臣民統治機構の事務員と思しき、男性の声が伝わってきた。
「パーラスを出せ」
ルディアスは、臣民統治機構のトップであるその名前を出して、言った。
『申し訳ありません。誠に申し上げにくいのですが、パーラス閣下は公務時間外にて、帰宅しました』
「ではパーラスに、急ぎ皇宮に参ぜよと伝えよ。魔鈴は持っているはずだな? これは余の、皇帝としての命令である。これより1時間の間に登城せぬ場合、無条件で大逆罪に問うと伝えよ」
『ぎょっ、御意に!』
ガチャン
ルディアスの強い言葉に、気が動転してしまったのか、あちらが受けた通話だったにも関わらず、あちらから回線を切ってしまう音が聞こえてきた。
ルディアスは、自身も受話器を戻すと、少しの間逡巡する。
──“女だけの国”故に、奸計には優れている────軍の実力が高いからと言って、これを否定する事はできないということか。よもや皇宮にまで間諜の類を入り込ませているとは…………
ルディアスはその事に対しては苦々しく思いつつも、同時に疑問が湧いてくる。
──しかし、そうだとして、なぜ、このようなかたちで余に伝えたのか ………… このような事をすれば、皇宮に自国の間諜が存在している事を明らかにする事と同じ …………それよりは、自らの手で暴いて皇国の権威を失墜させる方が益ではないのか……?
ルディアスは、そこまで考えたが、
──今はそれどころではない。皇国がシロアリに蝕まれた木材だとすれば、これは対外戦争どころの話ではない!
と、意識を現状に引き戻し、部屋から出て、拝謁の間へと、急ぎ足で向かって行った。
レミールの処遇は……
-
原作通り
-
総統閣下のわからせ棒
-
行方知れず(故意)