『────続きまして、海外のニュースをお伝えします』
中央世界。神聖ミリシアル帝国、港湾都市カルトアルパス。
ミリシアルでは、魔導周波によるテレビ放送が既に開始されている。
様式は多少古風だが、日本に行ったことがある者なら新宿ALTA前を思わせる街頭ビジョン広場で、そのニュースが流れる。
『第3文明圏の東、東方文明圏外圏の国家、フェン王国に対し、パーパルディア皇国が軍事侵攻を行いましたが、これに失敗し、投入した戦力の大半を失い、撤退に追い込まれました』
女性アナウンサーは、職務に忠実に、冷静な口調で読み上げる。
「パーパルディアがフェンに負けた?」
「文明圏の差を考えないとしても、小さな島国が大陸の大国を押し返せるとは……」
街頭ビジョンを見上げていた人々の中から、誰に言うともなく呟く声が漏れる。
それだけ、フェンでのパーパルディアの敗北は、ミリシアルの一般国民にとって、早々に信じられるものではなかった。
『消息筋によりますと、パーパルディア皇国軍はフェンの地方都市ニシノミヤコにおける敵前上陸に失敗、その後ゴトク平野南岸より上陸して橋頭堡を築いたものの、東の果ての新興国であり、 “女性だけの国” を自称するエクスプレッセスティ共和国がフェン側として参戦した結果、同国の陸軍部隊によって壊滅的損害を受けたとのことです』
「エクスプレッセスティか……“女性だけの国”だと聞いてはいたが、局地戦とは言えパーパルディアを打ち負かすとは……イメージが狂うな」
「バカね」
カップル連れの男性が呟くと、口元で笑いながら、連れの女性が言う。
「怒らせた時に本当に怖いのは女の方なのよ。オスは狩り場を確保するけど、メスは家族を守るために戦うんだから」
「うへぇ……気をつけます」
戯け混じりに言ったリア充男の言葉を他所に、ニュースの読み上げは続く。
『昨年9月には、フェン王国の軍祭に招待されたエクスプレッセスティ艦隊と、フェンへの懲罰出撃を行ったパーパルディア監察軍の間で戦闘が発生し、双方に死傷者がでる事態となっており、今回のエクスプレッセスティ介入の遠因となったとの分析もされています』
アナウンサーはそこまで読み上げると、次の原稿に進む。
『続いてのニュースです。第2文明圏西方に位置する、グラ・バルカス帝国が、我が国で開かれる次回の先進11ヶ国会議への参加を要求しているとのことです。これに対して────────』
第3文明圏。マール王国、王城。
「陛下、大変です!」
大臣が、興奮した様子で玉間に飛び込んできた。その他に何人かの人間が、キャスター付キャビネットに乗った魔導周波によるラジオを運んできていた。
「落ち着け、何があったというのか?」
玉座に、王妃とともに腰掛けていたマール王が、大臣の興奮を嗜めるようにしながら、説明を促した。
「こ、こちらをお聞きください」
そう言って、大臣はラジオのボリュームを上げる。
『──…………ァーパルディア皇国はフェンの属領化に失敗しました。パーパルディアの不敗神話は幕を閉じたのです』
「これは! あなた!」
そのラジオからの声を聞いて、王妃の方がそれに気付き、夫である国王に声をかける。
「紛れもなくアルタラス王……ターラ14世のご息女、ルミエス王女の声です」
「おお……公よ、ご息女は生きておりますぞ!」
王妃に言われ、国王も感慨深そうにその声に聞き入る。
「どうやらムーに
「うむっ! ロウリアの現王はエクスプレッセスティとつながりが深いとのことだからな」
大臣の報告に対し、国王がそう反応する間にも、ルミエスの言葉は続く。
『そして準備をしてください。私達の番はまもなく訪れます。フェンに続くのは私達アルタラスです。 ──── 必ずその時は訪れる。それはアルタラスの民ならば誰もが解る方法でお伝えします』
「こ、これは! 民に蜂起の準備を促しておるのか!」
ルミエスのそのメッセージを聞いて、国王が声を上げる。
「ロウリアから送信されているということは、アルタラスの民は既に気付いておるだろうが……」
国王は呟くように言う。マール王国はフィルアデス大陸西方、パーパルディアから見て西北西の半島に位置するが、アルタラス、特にル・ブリアスからは、直線距離では北ジン・ハーク港の方が近い。
「ルミエス姫の現在地がエムブラセクスで、この放送の発信元がロウリアということは、エクスプレッセスティ共和国がアルタラスのパーパルディア皇国軍に対してアクションを起こすということだな! 大臣、エクスプレッセスティの使節殿はまだ国内に留まっておられるか?」
国王は、そこまで考えると、大臣にその事を問いかけた。
「使節団は引き上げておられますが、連絡員が王都に滞在しておられます」
「では、直ちに本国に連絡し、会談を持ちたい旨を伝えるのだ。エクスプレッセスティの船舶はパーパルディア近海を通過するのに難があるであろうから、我が国から迎えの船を、或いはこちらから特使を派遣しても構わぬ!」
「承知しました!」
大臣はそう言って国王に傅いた後、それらを手配すべく退出していった。
マール王国は第3文明圏の文明圏内国とされているが、それでも列強の驕りがあるパーパルディアは、領土割譲要求など一方的な有形無形の圧力をかけていた。その為、マールは、国民のパーパルディアに対する感情は良くない反面、政府はパーパルディアの顔色を伺いながらの国家運営を強いられていた。
「この放送はルミエス姫だけではなく、エクスプレッセスティ共和国がパーパルディア皇国との全面対決を覚悟したということだ……我が国もできることはやらなければならない」
パーパルディア皇国、皇都エストシラント。
第1外務局。
「報告します!」
局長室に、管理職級の局員が入ってきて、在室中のエルトに、やや大きな声で告げる。
「周辺の国々が、ラジオ放送でフェンでの敗北のニュースを流しています! また、同じ内容のニュースが、ムーやミリシアルでも流れているとの事!」
「なるほど……皇国の権威を失墜させるための情報戦ということですか……」
報告を受けたエルトは、普段は隠しきれないものの目立ちはしないし、むしろ美魔女としての魅力を引き立てる目元のシワが、明らかに酷くなっている顔で、そう言った。
エルトは、エクスプレッセスティとの戦争がパーパルディアにとって不利な状況を作り出している事は重々承知していたが、それでもまだ、列強国としてのプライドをかなぐり捨てるには至っていなかった。
──皇帝陛下は、臣民統治機構についての点検でお忙しい……このような時に
エルトは、偏頭痛に襲われたような感覚に陥りつつ、その事をレミールから伝えられた点について、頭を悩ませる。
「皇帝陛下は、臣民統治機構パーラス本部長に背任の疑義があり、この為の臣民統治機構の点検で、しばらくお忙しいとの事で、エクスプレッセスティに関わる対処は私に一任するとの事だ。従って、エクスプレッセスティに関しては、私の言葉が皇帝陛下の言葉だと思え」
このレミールの言葉を聞かされた時は、カイオス共々また意識が遠のきかけ、居合わせたイノスに、これまたカイオスと2人して背中を支えてもらう事になった。
──せめてこちらが、有利にならないまでも、国家戦略局や外3がより詳細な情報を掴んでから動きたいけれど、当然あちらはそんな事情は知らない……
「緊急の用事につき、ノーノックで失礼します!」
扉が開き、管理職級の局員の後ろから、ハンスが声を上げながら入ってきた。
「どうしました!?」
「はッ! エクスプレッセスティ特使より会談の要請が来ています!」
ハンスの言葉を聞いて、エルトは、一瞬だけ呼吸困難になったかのような、重い衝撃を受けた。
──不味い、今レミール様に交渉を任せると……だけど、皇帝陛下がそう決めた以上、無視するわけにはいかない……
「わかりました。レミール様にお伝えしなさい」
そう言いつつ、エルトは立ち上がる。
「局長、どちらへ?」
ブリーフケースを手に、外出しようとするエルトに、管理職級の局員が問いかける。
「私はムーやミリシアルに対し、風評の流布を止めるよう交渉してきます」
そう答えたエルトだったが、それに続けて、
「ああ……
そう言って、エルトは、格好だけは颯爽と、実際には本人にとっては重い足で早足に歩き、局長室から出ていった。
同じ頃、第3外務局。
「局長!」
ムー国に関する資料とレポートが散らばった局長室内に、若手の局員が飛び込んできた。
カイオスと、それをアシストする2名の局員が、飛び込んできた若い局員に視線を向ける。
「シオスの貿易商で、エクスプレッセスティに、渡航、滞在した事があるという者が、皇都に滞在しているとの事です!」
「! ぜひ面会したい! アポは取れるか?」
カイオスが、目の色を変えて問いかける。
シオスは文明圏外国の扱いだが、パーパルディアの貿易に少なくないウェイトを占めている。この為、第3外務局に訪れるシオスの貿易商はそれなりにいる。
「そう思い、確保してきました。皇都にもオフィスと小さな倉庫を持っているそうで、その皇都内のオフィスで、明日の午後イチに待っているとの事です!」
「よくやった!」
局員の機転に、カイオスはそう声を上げていた。
「面会には私が直接行こう」
カイオスはそう言った。
エクスプレッセスティの特使をライタが勝手に追い返してしまったという過去もある。下手に部下を向かわせると、いつもの調子で相手を見下し、せっかくの情報源を潰してしまいかねない。
──まだまだ壁はあるが、ひとまずは最初の突破口を見つけたかも知れないぞ!
数時間後。エストシラント郊外にあるレミールの私邸。
何処の観光地だと見紛うかのような広大な庭園の、その
「また……こんな場所を選ぶとは、一体何の意図があるのか……」
外交会談の場としては、あまりにも場違いなその場所を見渡しながら、プリヤはそう呟くように言う。
芝の整えられた庭園で、様々な庭木が、開放感を阻害しない程度に植えられている。
やがて、数人の使用人を伴って、レミールが現れた。
「少しのご無沙汰ですが、約束通り会談を設けてくださり、感謝いたします。レミール殿下」
プリヤが挨拶すると、レミールは、女性の使用人1人を残して、他はその場から立ち去っていった。
──外交機密だから人払いをしたのか? だけど……
プリヤがそう言いながら、レミールと使用人の顔を交互に見る。
すると、レミールの斜め後ろに控えていた、女性の使用人1人が、プリヤ達に向かって、童顔に人懐こそうな笑みを浮かべてウィンクしてみせた。レミールはその事に気付いていない。
──今日は何もありませんように何もありませんように何もありませんように……
エクスプレッセスティというより、プリヤに軽いトラウマを植え付けられてしまったレミールは、内心で怯えつつも、それを表には出さず、自身が優位に立っている事を示すために、不遜な態度と表情をプリヤに向ける。
「私がお前を……────
すると、プリヤはニッコリと爽やかな笑みになって、
「いいえ。どうやら相変わらずの悪ガキっぷりで安心しました」
と、レミールに言う。
それのプリヤを見て、レミールはぞわわわわっと、鳥肌が立つような感触を覚えつつ、それを相手に悟られないように、必死で動揺を抑えていた。
「先の約束通り、我が国はフェンに展開する貴国軍を実力行使で排除しました。ただし、目下貴国と我が国は交戦状態が継続していると我々は認識しています。その他の要求を受け入れていただけますか? 或いは、無条件降伏を選択いたしますか?」
無条件降伏は、よりパーパルディア側に不利に思えるが、元々の要求が強引に開戦させる為のものだったため、エクスプレッセスティ側もその要求を撤回して、実際の状況に即してフリーハンドで講和条件を再設定する、という意味でもある。
ただし────
「いずれにせよ、我が国の国民を殺害し、我が国と貴国を戦争状態においた責任者として、貴方の身柄は要求させていただきます」
プリヤは、一転、眼力を強めてレミールを見据えながら、そう言った。
「は……は……ははは、それは挑発のつもりか? それとも、男の……」
レミールがそれを口にしかけたところで、プリヤは片手を肩の高さにまで持ち上げ、ワシワシと何かを握る仕種をする。
「……そのっ、 ……私を見世物にして晒そうとでも言うのか? 未開の蛮族らしいやり方だ」
「と、言うことは、拒否ということでよろしいですね?」
レミールの言葉に、プリヤは問い返す。
「当然だ。エクスプレッセスティ共和国は訳のわからん蛮族国家の分際で、皇軍を攻撃したのみならず、我が国が属領としたアルタラスの王女を匿い、その蜂起を扇動した」
レミールは、そう言って仰け反るような姿勢を作ってまで、プリヤを見下す視線を向ける。
「皇帝陛下もお怒りだ。もはや慈悲はない。我が皇国はエクスプレッセスティに対し、殲滅戦を宣言する」
「ほう」
レミールは脅すような口調で言ったが、プリヤはただ、冷たい視線を向ける。
「国家に対して殲滅戦を宣言するということは、どういう意味か解っていますね?」
「もちろんだ。皇国に対する再三の無礼、もはや何よりも許し難い。エクスプレッセスティの民は属領民としての存在も許されぬ。1人残らず駆逐してやる」
プリヤが、発言を確認するように、怜悧な声で言うと、レミールも、凄みを効かせた声でそう答えた。
『スクルド1よりマザー。待機予定空域に到達』
『マザー了解』
「お前ら蛮族には、実際に見せねば、皇国の力を理解できないようだな」
「!?」
レミールは、そう言うとスカートをたくし上げた。脚に銃のようなものを仕込んであるのが見え、プリヤが身構え、随員のリカが胸ホルスターのM66に手を伸ばしかけた。
しかし、やたら太い
「来い! ワ
レミールがそう言って、銃のトリガーを引く。
ボヒュッ
その銃からは弾丸ではなく、発煙を伴う発光体が打ち上げられた。
「これは……信号弾?」
プリヤとともに怪訝そうにしつつ、リカが、呟くようにそう言った。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ……
ヒュルルルルル……
ゴワッ!!
空気を揺るがしながら、空からそれが現れた。その場所で羽ばたき、レミールの背後の極低空を滞空する。
「
これまでプリヤに怯えていたのがウソのように、レミールは自信に満ちた居丈高な様子で、そう言った。
「皇帝陛下の意志を国へ伝えろ。ムーより過ぎた力を得て、身の程を知らずに皇国に逆らった罪は深い。おまえらの国を討ち滅ぼす皇軍の迫る軍靴の足音に震えて眠るがよい」
「…………」
「…………」
レミールの言葉に、プリヤとリカは、一瞬無言で立ち尽くした。
レミールは、それを自分がプリヤ達が驚愕のあまり言葉を失ったのだと思い、得意そうに笑みを浮かべる。
「…………これが最後の質問です。それは貴国の、公式の意志ということでよろしいですね?」
「今更恐ろしくなり、皇国の慈悲を求めるつもりか?」
「いいえ。ただの確認です」
プリヤがそう言う、その背後で、リカが内ポケットに隠してあった、足の親指ほどの大きさの、マイクロスピーカーマイクを、手で覆って隠すようにしながら口元に運び、PTTスイッチを押す。
「交渉決裂。予定通り」
『了解』
海軍飛行中尉、イリーナ・ルデレンコは、ニヤリと笑って、降下した先の前方に、数隻の戦列艦が停泊する軍港施設をその視界に捉えた。
『ご希望どおり爆弾を使わせてやる、ただし絶対外すなよ!
空母ヴァルキュリア飛行団長、ユキナ・サム・ゴヤ中佐の言葉通り、イリーナの乗機、ミグ・ヒンドスタンMiG-29Hi/US『シーファルクラム』艦上戦闘攻撃機の翼には、合計4発の500kg爆弾が搭載されていた。
「パーパルディア皇国海軍の諸君! 君達はただの無能だったが、君達の君主がいけないのだよ!!」
イリーナは、ヘッドマウントディスプレイの下で、好戦的な笑みを浮かべながら、照準リングの中に目標が捉えられ、“Lock”が表示された瞬間に投下ボタンを押した。
ドゴォッグワォォォッン!!
「なっ!? 何が起きた!?」
少し離れたところから轟いたその音に、レミールは戸惑い、周囲を見渡す。
音源の方向を向いた時、濁った煙が立ち上るのが見えた。
ヒィイィィィィン……
「くぅぁっ、くぅ~ん」
まだ人の耳には聞こえない音に反応し、突然、ワイバーン・オーバーロードは、バサバサと翼を暴れさせた。
「なんだっ、どうしたというのだ!? ワイバーン・オーバーロード!!」
その動きに、レミールが戸惑う。
「指定位置接近! 衝撃波安全高度、下限いっぱいです!!」
イリーナ機の後部座席から、ナオミ・アダム・ゲイダーマン少尉がそう声に出した。
イリーナがスロットルレバーに手をかけ、しっかりと握る。
「エストシラントの諸君! 昼にはちょっと遅いな、この後はアフタヌーン・ティーでも楽しみたまえ!」
イリーナはスロットルレバーを全開にする。アフターバーナーに点火 ────
ドッゴォオォォォォン…………!!
レミールが慌てていたそのすぐ背後の空で、MiG-29Hi/USが音速を突破し、轟音とともに、その衝撃波がレミール達を洗う。
そして、見上げたレミールの視界の中で、2機のMiG-29Hi/USが海の方へと飛び去っていく。
「……まだなにか思い違いをしているようですが」
呆然としているレミールに対し、プリヤが切り出す。
「貴国がそこまで頑なであれば仕方がない。我が国は確かに大国とは言えない。貴国全土を占領することはできない。だが、あなた方の軍、そして統治機構のすべてを破壊し、国家としての機能をすべて奪うことは、我が国にとって容易いことだ。もはや取り消しはできない。我が国も貴国が降伏しない限り、貴国のすべてを破壊し続けると思え!!」
プリヤの声を聞いたレミールは、MiG-29Hi/USが去っていった空を呆然と見上げたまま、その場にへたり込む。
「帰るわよ、リカ」
「了解です」
レミールの処遇は……
-
原作通り
-
総統閣下のわからせ棒
-
行方知れず(故意)