──なんということだ……誤解にもほどがある。
ムーゲは、思わず、目を大きく開いた状態で、身体を硬直させてしまっていた。
──まさか皇国がここまで愚かだったとは……
ムーゲは、しばらく凍りついた後、すっと椅子から立ち上がる。
「よいですか、あなた方は重大な勘違いをしている。エクスプレッセスティは
「馬鹿を言うな! 文明圏外国家が第2文明圏より優れた技術を持っている訳があるか!」
ムーゲの言葉に、レミールが荒い声で言い返す。
すると、ムーゲは、
「仕方ないですね、
と、そう言いながら、持っていたアタッシュケースから、何枚かの資料用の写真を取り出した。
「我が国の戦闘機『マリン』は、往復式内燃機関でプロペラを回転させて推力を得ています」
最初に示された写真には、訓練飛行中の『マリン』が写っている。
「そして、エストシラント奇襲やデュロ空襲に使われたエクスプレッセスティの戦闘機です」
そう言って、ムーゲは3種の機体の写真を並べた。
「まずMiG-29GE『ファルクラム
ムーゲは、そこまで説明して、一度レミールとエルトの様子を見る。
エルトは、どこか萎縮したような、怯えるような様子を見せている。一方、レミールは睨むような視線で写真を見ていた。
「『マリン』と比べていただけると一目瞭然ですが、いずれもプロペラがありません。これは圧縮した空気に燃料を送り込んで燃焼させ、発生したガスを後方に噴射することで推力を得るからです。我々にはこれをつくる技術はありません」
そこまで言うと、ムーゲはさらに、別の写真を取り出し、机の上に置いて、提示した。
「これはエクスプレッセスティの大型駆逐艦『ヴィールニィ』です」
それは、エクスプレッセスティの使節が初めてムーに来訪した際に撮影されたものだった。
「一緒に写り込んでいる他の艦艇や船舶と比べてもらえば解りますが、駆逐艦と名乗っているのとは裏腹に、サイズは我が国の巡洋艦ほどになります。中口径の主砲1門と小口径の副砲2門を搭載していますが、我が国は観戦武官の派遣により、その威力と精度を知りました。発射速度は陸戦用の機関砲より多少遅い程度で、それでいて精度はまさに百発百中と表現できるものです」
「こ、これは……!!」
写真とムーゲの説明を聞いて、エルトが愕然とする。
「形容された能力も、この容姿も……フェンに出撃した監察軍の生き残りの証言と一致します……」
顔色を悪くしているエルトの様子を伺いつつも、ムーゲは、更に1枚の写真を提示する。
「これはフェンでの陸戦に投入されたT-54-120
更に、数枚の写真が取り出され、机に並べられた。
「こちらはエクスプレッセスティ共和国の都市の写真です。首都エムブラセクスは規模こそ我がオタハイトと大差がないものの、この夜景写真を見て分かる通り、不夜城の名に相応しい。工業・港湾都市エナジポリスの工場施設は、我が国にもまだここまでのものはありません」
ムーゲに説明されながら、その写真を食い入るように見入ってしまっていたレミールだが、
「だが!」
と、突然、荒い声を発した。
「だが────フェン侵攻部隊の竜母部隊の生き残りは、エクスプレッセスティの“飛行機械”は、その『マリン』と良く似ていたと証言しているぞ!」
ムーゲの言葉に対し、レミールは荒い声のままそう言った。
「ああ、それはこれですね」
ムーゲはそう言いながら、別の写真を提示した。
「Br-1050A『アリゼ』。この機体は我が国の機体同様、プロペラを回して推力を得ています。ただしターボプロップと言って、先程の機体と同様の構造で、燃焼ガスを直接噴射するのではなく、タービン ──── 羽根車で回転力に変換しています。この機体は主に地上の敵を制圧するのに使われますが、低高度を低速で飛ぶ必要がある場合、プロペラを回す方が効率的なので使われているのです」
複葉の『マリン』に対して、1枚翼のBr-1050Aの写真を見せられて、レミールは眉を顰める。
「つまり、竜母部隊に対しては、先程の機体など使う必要がないと」
「…………────」
レミールの言葉に対し、ムーゲは、少し逡巡してから、言う。
「皇国を侮っているわけではありません。技術の適材適所を図っているのです」
そう言って、ムーゲはもう1枚、写真を取り出した。
「これはヘリコプターと言いまして、回転する細い翼で直接揚力を生み出す航空機です」
それはラッサンが撮影した、Mi-17An/D-Sの写真だった。
「我が国はこのような機体の開発に取り掛かっていませんが、この機体の動力源は『マリン』など我が国の航空機と同じ往復式内燃機関を使っています。胴体の左右にあるポッドの中に格納されています」
ムーゲはそれを説明すると、再度Br-1050Aの写真を手繰り寄せた。
「フェンでの戦いの際も、ワイバーンの排除にはMiG-29やMiG-23を使ったでしょう。しかし、Br-1050Aは貴国を……────と言うより、
「そ、その後で、レミール様とエクスプレッセスティの大使との会談の最中に、MiG-29でエストシラント軍港を奇襲したと……」
エルトが、つまりながら言葉を出す。
「で、でもそれならなぜ……最初からそれだけの力を持っているなら、誇示すれば……」
「それはエクスプレッセスティの戦争目的が、友好国の安全の確保だからです。貴国が話を聞こうともしない以上、無理やりにでも
エルトの問いかけに、ムーゲは真摯な表情でそう答えた。
──あの2人の行動は、本当に確信犯だったのだ ──── !!
最初から言葉で話し合うつもりなどさらさらない。如何にして皇国を ──── レミールを怒らせ、そうと知らずに無謀な戦争に突入させるか────
──そう考えれば、あの野蛮な行為の数々も合点がいく!!
レミールは、その事を実感していた。
「で、ですが……なぜ、そんな国が文明圏外に……」
エルトが、震える声で、呟くような問いかけるような様子で言う。
「……あなた方は、エクスプレッセスティ共和国が転移国家だということも知らないのですか?」
ムーゲが、呆れ果てたようにそう言った。
「転移国家など、それこそ御伽噺ではないか! 貴国はそんなものを信じているのか?」
レミールが、些か精彩を欠きつつも、荒っぽい声でムーゲに問いただす。
「信じます。なぜなら我が国もまた、転移国家だからです。しかも、我が国とエクスプレッセスティは、別の時間の同じ世界からやってきた存在なのです!」
「ムーが……転移国家、だと……」
レミールが、まだ信じられないと言った様子を見せつつ、絞り出すような声で言った。
「彼女達は、自国を謙遜する時に建国35年程度の若い国、と言います。彼女達の国の史書には確かにそう書いてあります。ではなぜ今ほどの力を持ったのか ──── それは、転移前の我が国と共有する友好国の支援を受けたからです!」
「転移前のムーと、同じ国を友好国としていた?」
エルトが聞き返す。
「はい。我が国が転移する前、当時その国は『ヤムート』と名乗っていました。1万2千年の時が流れ、その国は『日本』と名を変え、エクスプレッセスティが転移する直前には、その世界の最も先進的な国として、エクスプレッセスティを始め多くの後進国を支援したのです。よいですか、“国の発展を支援した”、これが重要なのです。武力で支配したのではなく!」
「理解できない……なぜそんな事をする……蛮族国家を強国が支配するのは当然のことではないか!」
ムーゲの説明に、レミールは、震え、戸惑いながら、か細い声で言う。
「彼女らは自国を “新たな理想社会の建設” を理念としつつも、同時に日本に憧れていた。いつの日か、あのような国になりたいと。 ──── 言葉を選ぶのが難しいので、はっきりと言わせてもらいます。彼女らの国にとって、貴国のような覇権主義、拡大主義は唾棄すべきものであって、国の間に支配、被支配が存在することを認めていないのです!」
「だから……クワ・トイネを助け、フェンを助けたというのか……」
「そうです。突然の転移で、期せずして地域の強国になってしまった。だからその強大な力で周辺国を支配するのではなく、周辺国を助け、発展させようとしているのです。敵対したロウリアでさえも再起の機会を与えた」
「だから……我が国が……皇国が邪魔だと……」
「現状ではその通りです」
レミールの言葉に、ムーゲはにわかにヒートアップした口調を整えながら、そう答えた。
「…………これは、正式な発表はもう少し先 ──── 貴国とエクスプレッセスティの戦争が終わった後の事になるとなるかと思いますが、我が国は長年の国是であった中立不戦主義を返上する事をほぼ決定しています」
「な────」
ぎょっとした様子で、短い声を上げたエルトが、レミールともどもムーゲを凝視した。
「エクスプレッセスティの戦闘機は、いずれも音の速さを超えます。奇襲攻撃の際、離脱時のあの爆発のような音は、衝撃波と言って、物体の速度が音速を超える際に生じるものです」
「それは…………」
レミールが、言葉を詰まらせ、ゴクリと喉を鳴らす。
「残念ながら往復式内燃機関では音速を超える事はできません。詳しく説明するのは難しいのですが、プロペラの回転が干渉するためです。ですが、現状の我が国の技術力でも、『マリン』の1.5倍から2倍程度の速度までは到達する事ができる、と、エクスプレッセスティの軍技術士官が言うのです。彼女達にとってはそれでも80年前の水準だそうですが」
「にっ……!?」
今度はレミールが小さく声を漏らし、絶句してムーゲを凝視する。
「こ、皇国の技術の粋を尽くしたワイバーン・オーバーロードよりも……200km/hから300km/hも上回ると……」
「はい。そして、実に幸運なことに、エクスプレッセスティはそのおよそ80年前に開発された戦闘機を、動態保存の目的で少数保有していると言うのです。そのうちのいくつかを技術サンプルとして、我が国に渡してもいいと。ただ、軍事技術の供与に関しては、我が国とエクスプレッセスティとの間で安全保障の利害が一致していなければならず、つまり我が国が永世中立を返上する事が前提となるのです」
「それは、貴国とエクスプレッセスティが攻守同盟を結ぶという事ですか?」
エルトが問い返した。
「明文化された同盟になるかどうかはまだ未確定です。ですが、他にも現状最大最新のラ・カサミ級の3倍にもなる規模の戦艦が、我が国の技術水準ならもう造れるはずだと、エクスプレッセスティ側がそのための技術供与、あるいは我が国が技術開発するための資料などを提供する用意があると言っています。これは我が国にとってとても魅力的です」
現在、ムーは軍事的脅威が周辺に迫りつつあり、エクスプレッセスティとの安全保障の利害の共有と、提示された技術の供与は、ムーにとってこれ以上ない僥倖と言えた。
「ムーが中立外交を破棄してでも、その技術を欲するような国……そんな国に皇国は……」
「そうです。あなた方が敵に回したのはそのような国です」
もはやレミールは言葉を出すことすらできない。エルトの絞り出すような声に、ムーゲははっきりと答えた。
「ムーにはこのような事はとてもできません。アリを甚振るのと同じ感覚で、スズメバチの巣をつついたのと同じです。外交的にさんざん侮辱した上、国民を虐殺し、その上彼女達の建国の理念まで否定した。友好国の私達でも、エクスプレッセスティを止めることはできません。貴国が降伏を受け入れるのであれば、条件について交渉の仲介を行う程度がせいぜいです」
そして、ムーゲはアタッシュケースを閉じた。写真は置いていくつもりだった。ネガなり元データなりがあるので、何枚でも焼き増しはできる。
「もうひとつだけ付け加えておきます。トーパ建国神話の“太陽神の使者”、それが日本だったと言われています。トーパの一部でエクスプレッセスティが“太陽神の使者の弟子”と呼ばれるのはその為です。そして、実際に魔王を倒してみせた ──── そんな国が助けてくれるというのですから、東洋文明圏外国にはこれ以上なく心強い存在でしょう」
ムーゲはレミールに向かってそう言ったが、レミールはムーゲの方を見ようともしない ──── 見ようとする気力が残っていなかった。
「エルト殿。今回の事は“私個人に対してのもの”とし、国家間の問題には致しません。知らなかったのですから仕方ないでしょう。それに、私も大人気ない振る舞いをしてしまいましたし……」
ムーゲは、エルトに向かってそう言いつつ、退出する準備を整えた。
「それでは、また
ムーゲはそう言い、大会議室の扉のところまで行くと、もう一度室内を向いてから深く一礼して、その場を後にした。
第1外務局の出入り口へ向かうムーゲの姿に、局員がざわついている。
ルディアスもそう認識していた事から、エクスプレッセスティがパーパルディアに抗えるだけの力を有している事は、第1外務局でも漠然とだが認識されていた。だが ──── ムーをして危険な国と思わせる、そんな国と戦争をしている────
エルトが我に返る。
「レミール様、ここは早期講和を!」
「お前は、私をエクスプレッセスティに突き出すつもりか?」
パーパルディアの官僚として考え得る最善を言ったつもりだったが、即座にレミールに言い返されて、エルトは絶句する。
「くくく……はは……はははははは……はは……」
何処か、正気を失った様子を感じさせるレミールの笑いが、虚しさを伴って会議室内に響いた。
レミールの処遇は……
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原作通り
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総統閣下のわからせ棒
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行方知れず(故意)