元アルタラス王国────
「ナビール爺さんのところは、食べ物がなくて孫娘が腹を空かせていると懇願しても、手のひらほどの小瓶に入った水飴しか貰えなかったらしい。麦の手に入るところでは珍しい物でもなんでもない、と言ってな」
「イドリスは、腰を悪くした婆さんがいて大変だと言うのに、鉱山の仕事の他に屑布を処分する仕事を押し付けられたそうだ」
ル・ブリアス郊外の、廃坑道。
「もう限界だ! 皇軍の横暴をこれ以上見て見ぬふりはできん! 1人でもやるぞ!」
もたらされる旧アルタラス領内での情報に、ライアルは、憤怒の表情と荒い声で言う。
「堪えてください隊長……王女のお言葉を忘れてはいけません」
レジスタンス内でライアルの副官的地位にいるその男が、ライアルを強く窘めるようにそう言った。
未撤去の傷んだトロッコの軌道を踏みながら、ライアル達は廃坑道の奥へと進んでいくと、その中に明かりが点っている場所が見えた。そこは坑道より広くなっていて、ちょっとしたホールの様になっている。
「御覧ください。協力者を通じて呼びかけた結果、各地方に散り散りになっていた王国軍の兵が、『その時』に備え、集結してくれたのです!」
ライアルがホールに入ると、そこは本格的に再整備された跡があり、そこに────
ウォオォォォォォ!!
「アルタラス万歳!」
「アルタラス万歳!!」
多数の元アルタラス王国軍人がホールに立錐の余地もない程に集結し、雄叫びとシュプレヒコールを上げている。
「これは……なんということだ! まだ戦える者がこんなにも残っていたのか!」
ライアルは、集まった人間の多さに、上ずった声を上げてしまっていた。
「良かったですね、隊長」
「うむ……これならば、アルタラス再興はうまくいくだろう────」
ライアルは、感激のあまり涙を流しながら、言った。
すると、
「お待ちしておりました、ライアル騎士団長!」
と、アルタラス軍時代の若手将校だった人物が、ライアルに声をかけてきた。
「懐かしい名だ……今はしがないレジスタンスの隊長に過ぎぬ」
その言葉に対し、ライアルは自嘲気味に言うが、相手の男性は、喜びの笑みを隠しきれない様子で、ライアルを案内しようとする。
「そんなこと言ってられませんよ! 作戦室を準備してあります。どうぞこちらへ!」
ライアス達が“作戦室” に入ると、魔導通信の広帯域受信機が、その中央のテーブルに置かれていた。
「ライアル騎士団長!」
ライアルが入室すると、受信機に取り付いていた複数の男性が、ライアル達の方を向いて、喜びの声を上げた。
「受信機を作動させて……何かあったのか?」
ライアルをここに案内してきた男性が、会議室内にいた男性達に訊ねる。
「ロウリア経由の新たな放送が流れているのです」
「!」
受信機に取り付いていた男性がそう言うと、ライアルの顔つきが変わる。
ライアルと共に行動していたル・ブリアスのレジスタンスは、「しーっ」、と、指を立てて声を抑制する仕種をしていた。
『こちらは北ジン・ハーク、在ロウリア・エクスプレッセスティ国防軍司令部です……────』
「この声は!」
相手はエクスプレッセスティ軍と名乗っているが、その女声はライアルが良く知っているものだった。
「リルセイド騎士長!」
ライアルがそう言った女性の声が、放送越しにさらに続ける。
『ロデニウス大陸方面展開中の友軍に以下のメッセージをお届けします……「明けない夜はなく
「これは……」
それを聞いて、ライアルが、僅かに眉間に皺を寄せた。
「この
先程ライアルを迎えた男性が、静かな口調で言う。
それを聞いて、ライアルが、はっ、と、目を見開いた。
「そうか! タスの日か!」
ライアルがそう言うと、
「そう言うことか!」
「ルミエス王女は言われた……アルタラスの民なら誰もが解ると……!」
ル・ブリアスでライアルと行動を共にしていた2人の男性が口々に言う。
その時────
「た、大変です!」
と、別の男性が、作戦室に駆け込んできた。
「何があった?」
この場を纏めていた男性が、問い質す。
「シオスに潜伏している協力者からです。エクスプレッセスティがデュロを空爆しました! エクスプレッセスティ空軍は32機の “戦闘攻撃機” で押しかけ……デュロには56tの爆弾が落とされ、デュロの工場地帯は半壊しているとの事です!」
「た、たった32機が、56tの爆弾……」
それを聞かされた男性は、緊張し、引きつった表情で、漏らすように言う。
「む……────しかしそれは、エクスプレッセスティ軍は、攻撃の主軸を自国本土に近い東部に向けているということではないのか?」
一方のライアルは、難しい顔で、訊ねると言うより、自身の仮説を問うようにそう言った。
「それが、デュロを攻撃した“戦闘攻撃機” が、現在、シオスのゴーマ空港に飛来してきているというのです!」
「! それは!」
「間違いない! タスの日にエクスプレッセスティ空軍は、アルタラス周辺で大規模な軍事行動を起こす!」
ライアルは、 “リルセイドが読み上げた創世王タスの詩” と “シオスに集結しているエクスプレッセスティ空軍” の2つが連動していると確信した。
「創生王タスの誕生祭! アルタラス解放にこれ程相応しい日があろうか!」
ライアルは拳を固め、意気を高めるように声を上げた。
「エクスプレッセスティ軍が何をするのかは解らぬが、この日に何かを起こすのは間違いない」
アルタラス駐留のパーパルディア軍を攻撃するのか、或いは皇都エストシラントへ大規模な空襲をかけるのか ──── 後者であっても、距離的にも近いアルタラス駐留のパーパルディア軍は浮足立つはずだ。
「そこに乗じて我々は蜂起する! 監視員は僅かな機微も見逃すな!」
ライアルの指示を、作戦室に集まったメンバーが真剣な表情で聞いている。
「皇国兵め……見ていろよ! アルタラスは屈しない!」
パーパルディア皇国、皇都エストシラント。
第3外務局、局長室。 ────夕刻。
カイオスの執務机には、状況を纏めた文書が積み上がっている。
数名の若い局員が、床に散らばった資料を片付けていた。
カイオスは、深刻そうな表情で、まとまったレポートを見つめていた。
すると、コンコン、と、局長室の扉がノックされた。
「誰か?」
「余だ」
ガタタタタッ、バサササッ
扉越しの返事を聞いて、カイオスが思わず立ち上がる。他の局員も取り乱し、ある者は抱えていた資料を再度、床にバラ撒いてしまっていた。
カイオスが慌てて扉に向かう。局員が直立不動になったところで、カイオスが扉を開けた。そこには、声で推測できるとおりの人物が立っていた。
「へ、陛下……どうしてこのような場に。お呼びしていただければこちらから馳せ参じましたのに……」
「いや……皇宮や第1外務局だと、余計なところに話が漏れる。ある程度は仕方がないが、今はまだ最低限に収めておきたい」
カイオスの慌てた口調の言葉に、ルディアスはそう答えた。
「ひとまず────」
カイオスは、ルディアスを持て成そうとして、室内を振り返るが、だいぶ片付いたとは言え、まだ雑然としている。
「申し訳ありません、この部屋は散らかっておりますので、第1面談室へ」
「うむ」
カイオスは局員に茶の準備を指示しつつ、ルディアスを案内して第1面談室に向かった。
カイオスが椅子を用意すると、ルディアスは、ドカッ、と腰を下ろしたが、威圧的な粗暴さと言うよりは、力が抜けたという様子だった。
「それで、一体私になんのご用事が……」
カイオスは、当惑しきった様子のまま、ルディアスに問いかける。
「先程チラリと見たが、やはりエクスプレッセスティの情報を集めていたようだな」
「あ……それは………」
ルディアスに指摘されて、カイオスは言葉を詰まらせて戸惑いかける。
「よい。だからこそお前に相談することにしたのだ」
ルディアスは、そう言って、軽く座り直した。
「この戦争について、第1外務局はムーの動向について調査していたが、『ムーは “エクスプレッセスティ共和国が勝つ” と判断している』と推測していた。そして、レミールがムー大使を問い質した結果、それはおそらく事実だろうと思われた。当然だな。奇襲とは言え皇都が攻撃され、デュロも易々と攻撃された。そう考えるのは無理もないであろう」
「…………確かに、
ルディアスの言葉に、カイオスは言葉を選ぶようにして、言う。
「エクスプレッセスティの技術体系は、ムーのそれの延長線上にあり、その較差はおよそ60年から80年進んでいる……エクスプレッセスティの軍事装備は先端的ですが、その中には実用性から継続使用されている旧式のものも含まれていて、その中にはムーのものに良く似ているものがあります……」
「うむ。ただ、軍事以外も含めて技術力を総合的に判断すると、ムーとエクスプレッセスティの較差はもっと縮むようだ。エクスプレッセスティ軍の技術士官が、ワイバーン・オーバーロードを容易く上回る戦闘機や、ミリシアルの魔導動力の戦艦を上回るものが、ムーの基礎技術力ならもう造れると言った、らしい」
ルディアスの言葉に、カイオスは目を
「そんな事まで…………!!」
「まぁ余録だったか。本題に入ろう」
ルディアスは仕切り直すように言う。
「“エクスプレッセスティ共和国が勝つ”、これは正確さを欠いていると、余はそう考えるのだ」
「と、言いますと?」
「うむ、厳密に言うと、“
「…………ご慧眼です」
ルディアスの問いかけるような言い方に、カイオスは感服したようにそう言った。
「エクスプレッセスティ国防軍の兵員数は平時で約18万、この他に約57万の予備役登録者がいますが、実際には生産力を支える必要から、合計でおよそ50万程度が動員数の限界となっているようです」
「やはりな」
ルディアスが、何処か疲れたような表情ながら、口元で不敵に笑みをつくる。
「“皇国の攻撃を
「しかし、そうだとすると、この戦争はズルズルと続いてしまう事になります」
「だが、それは
「はい。エクスプレッセスティは皇国が解体されることを望んでいません」
カイオスは説明する。
「ええと、エクスプレッセスティは、信じがたいことに “転移国家” だと言うのですが……」
「うむ。ムー大使もそう言っていた。しかも、ムーとは同じ世界の別の時間から来た、とな」
「そうだったのですか……いえ、ひょっとしたら調達した資料に含まれていたのかも知れませんが、見落としていたのかも知れません」
カイオスは、少しきまり悪そうに言った。
「いずれその事実と向き合う必要もあるだろうが、とりあえずの大勢に影響することではなかろう」
ルディアスは、そう言ってから、
「続けてくれ」
と、促した。
「はい……エクスプレッセスティが転移前に存在していた地域は、あまり安定しておらず、その為に武装した難民が度々侵入し、それに悩まされていたというのです。なんでも、その武装難民は、先進的な国の正規軍に打撃を与えるような兵器を持っている事もあったとか」
「なるほど、皇国の解体がそのような事態に繋がる事を恐れているわけか」
カイオスの説明に、ルディアスは納得したように言う。
「あちら側も本気で皇国を潰す事は本望ではない以上、どこかで戦争の幕引きを考えているはずだ。と、なれば、可能性は2つだ」
そう言って、ルディアスは、左手の人差し指と中指を、右手で数えるようにする。
「まず、皇国にとって楽観的なもの。これは、皇国軍が限定的な勝利を得て、表向きはこちらが先に矛を
「…………もうひとつは?」
カイオスは、ルディアスが言った“楽観的なもの”に対して懐疑的だったが、あえて否定せずに、促すように言った。
「…………無条件降伏だ」
ルディアスがそれに言及したことに、カイオスは目を見開いた。その可能性はかなり高いと考えていたが、よもやルディアス自身がそれを口にするとは思っていなかったからだ。
「ありとあらゆる“力による現状変更”を認めない、というエクスプレッセスティの言葉を信じ、皇国の身を委ねるという事だ。 …………なんだカイオス、そのような表情をして。そうなる可能性が低くはない事は、理解していたのであろう?」
「い、いえ……確かにそうなのですが……」
「余からそんな言葉が出るとは思っていなかったか?」
ルディアスはそう言って、自嘲気味に笑った。
「余もそれは本意ではない。無論、皇国にとって有利な戦争終結を迎えられるよう、皇帝として尽力することに変わりはない。だが…………問題は皇国が現状、ハリボテの大国だということだ。統治機構という柱を皇族や官僚がシロアリの如く食い散らかしている。この状況で戦争を継続できるか? そして勝利できるか? ……皇帝の立場としてゼロと断言することはできぬが、極めて低い可能性だと言うしかない」
「場合によっては、無条件降伏があり得ると……」
「計算のうちには入れなければならない。だが、エクスプレッセスティ軍に皇国を制圧できないという事実から、降伏を受け入れるとなると、皇族や官僚はそれを否定するであろう。結果、戦争の
「では、どうすると……」
「そこでお前の出番だ、カイオス」
ルディアスに言われ、カイオスは軽く驚く。
「一か八かの賭けだ。相手の力を背景に現状の統治機構を解体し、再構築する。これは、エクスプレッセスティの事情に通じている者にしかできぬ……つまり、お前だということだ」
「そう言われましても……上手くいきますかどうか……」
「失敗したところで、国が滅びれば戦争は否応なく終わる。その時は、皇国はそこまでだったということだ」
「…………解りました」
ルディアスの言葉を聞いて、カイオスは覚悟を決める。
「今から準備をし、それに必要な地盤固めをします」
「────…………頼む」
レミールの処遇は……
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原作通り
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総統閣下のわからせ棒
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行方知れず(故意)