エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
総統府、総統執務室。
「…………」
エミリアは、執務席の椅子に座り、電源の入ったパソコンの、3枚のディスプレイと向かいながらも、特にアクションを起こすわけでもなく、腕を抱えるような姿勢で、左上腕部を、指で、トン、トンとゆっくり叩いている。
室内には、応接セットにルミエスとリルセイドが、ハンナと向かい合って座っている。
「はぁ…………」
エミリアがため息を
ビーッ!!
普段のコール音ではなく、いかにも緊急事態といったアラーム音が鳴り、エミリアから見て右手側の7インチディスプレイに、マリーナ情報総局長の姿が映し出される。同時に、メインディスプレイに留めてある赤色のLED灯がゆっくりと点滅を始める。
エミリアに背中を向けて座っていたハンナは驚いて振り返り、音で本能的に異常事態と悟ったルミエスとリルセイドの表情も緊張する。
『ル・ブリアスから緊急報告です! 現在、ル・ブリアスで内乱が発生、市街地が戦闘状態になっています!』
「な、内乱!?」
エミリアは、驚いてオウム返しに聞き返す。
「それは!」
リルセイドが立ち上がり、応接セットからエミリアの机の前で脚を開いた状態で立つ。ルミエスも多少ゆっくりとだが、リルセイドを追ってきた。
「アルタラスの国民がパーパルディア占領軍と戦っているということですか!?」
「アルタラスの市民とパーパルディア軍の戦闘なの!?」
リルセイドの問いかけるような言葉に、それを反芻するようにして、エミリアがマリーナに問いかける。マイクには指向性がある為、リルセイドの声は拾っていない可能性があるからだ。
『武装したレジスタンス組織と、パーパルディア軍部隊の間で戦闘が始まっていますが、アルタラス市民にもレジスタンス組織に敵対して戦闘に参加している集団があるとのことです!』
「な────」
リルセイドが愕然とする。ルミエスも、口元を両手で覆うようにしながら驚いた表情になった。
「────はっ!?」
一瞬、深く逡巡しかけたエミリアだが、すぐに我に返ると、
「マリーナ、情報を国防省と共有して!」
と、そう言ってから、コンパクト109キーボードとは別に接続された、各省庁呼び出し用のショートカットボタンのうち、国防省を呼び出すボタン、黒と赤、それぞれ2列に並んでいるうちの赤い緊急コール用のボタンを押した。
『国防省、マコトです』
少しだけ経って、正面のスクエアディスプレイに、マコト国防省長官が映し出されたウィンドゥが表示される。
「パーパルディアに通告から168時間の戦闘停止を宣言して!」
『え?』
「えぇ!?」
エミリアの言葉に、ディスプレイの中のマコトと、リルセイド、ルミエスも戸惑った声を出す。
『だ、だけど、通信手段が……────』
「ゴーマ基地と、魔導周波の送信機を持っている艦艇から呼びかけて! 一方的なもので構わない! それと、全軍に対して、パーパルディア正規軍に対しては自衛以外の戦闘行動を中断させて!!」
『! アルタラスで住民が分かれて戦闘中……了解!
マコトも情報総局から転送された情報を確認したらしく、その理由を理解してそう言った。
「ここへ来てパーパルディアと停戦ですか!?」
ルミエスがエミリアに問いかける。
「はい。残念ながら、アルタラス島方面の作戦について、我が軍は本格的な上陸部隊を準備していません。現地住民同士での暴動となっている以上、現時点で統治しているパーパルディア皇国に対処してもらうしかないのです」
「そんな!」
リルセイドが声を上げる。
「そうなったら、アルタラス国民は、今度こそ皆殺しにされてもおかしくない!」
「我が国がやっても大差ありません!」
「え!?」
リルセイドの上げた声に対し、エミリアが言い返すと、ルミエスとともに、呆気にとられた表情になった。
「いいですか、暴徒と化した市民が武装し、しかも市街地で乱戦になっているのです。煙幕弾や音響弾という手段もありますが、それでも最終的に鎮圧するには実弾攻撃をするしかなくなります」
エミリアは、自身も苦渋に満ちた様子の表情で、そう説明した。
ドサッ
リルセイドの斜め後ろで、人が倒れる音がした。
「────ルミエス殿下!」
パーパルディア皇国、皇都エストシラント。
皇宮パラディス城、略式拝謁の間。
カイオスとアルデが、緊急に呼び出され、登城していた。他に室内には、エルトがいる。
「早速だが、余から切り出させてもらおう」
ルディアスは、険しい表情をしつつ、そう言った。
「先程、エクスプレッセスティ側から、皇国中央時間で21時丁度より168時間、戦闘行動の一時停止を通告してきた。これについて急遽集まってもらったわけだが……アルデ、皇国軍の方では、これについてなにか察知しておるか?」
「ハッ!」
アルデの顔色はあまり良くなく、必ずしもいい情報ではないようだが、口籠ることなく報告をはじめる。
「本日正午過ぎ頃、アルタラス島駐留の皇国軍部隊に対し、エクスプレッセスティ軍による攻撃が実施され、同時に現地住民がル・ブリアスで武装蜂起を起こし、現在ル・ブリアス市街で戦闘が継続しています。ただ……」
「────なぜ余に真っ先に
ルディアスは、そう言い、責める様子はなく、問いかけるようにして続きを促した。
「ハッ! 現在詳細確認中ではありますが、一部の市民は叛乱側に参加せず、逆に叛乱側に敵対して市街地で戦闘を行っている模様です!」
「なるほどな……」
アルデの報告を聞くと、ルディアスは軽く瞑想するように目を閉じた。
「エクスプレッセスティは “力による現状変更” を認めない…………それは皇国の領土も同じということだ。皇国とエクスプレッセスティの開戦時、アルタラスは既に皇国領であった。それを武力で皇国から切り取ることは許さぬ、というわけだ」
「しかし、エクスプレッセスティは現に、ルミエス王女を匿い、アルタラス民の蜂起を扇動しておりましたが……」
不可解と言った様子で、アルデが言う。
「エクスプレッセスティがアルタラスの民に蜂起を促したのは確かだが、それはあくまで “アルタラスの民が自身で再独立を勝ち取る” という
「しかし、実際にはアルタラスの市民はひとつに纏まらず、内乱状態になってしまった……」
ルディアスの言葉を聞いて、カイオスは、ハッとしたようにしつつ、多少表情をしかめながら呟くように言った。
「そうだ。そこにエクスプレッセスティ軍が上陸して制圧するわけにはいかぬ。よって、現在統治している皇国の責任で制圧しなければならない。この一方的な有期停戦宣言はそれを意味している」
ルディアスは、自身の解釈を説明すると、表情を俄に険しくしつつ、アルデを見た。
「アルデ、直ちに
「了解しました! 直ちに準備に取り掛かります」
アルデは敬礼すると、その場を後にし、すぐさま軍務局へと向かっていった。
元アルタラス王国、ル・ブリアス。
ハイペリオン基地と、元統治機構本部の詰め所をレジスタンスに占拠され、パーパルディア軍は残された拠点である旧王宮アテノール城に籠城していた。
「本国に上手く伝わっていればいいが……」
通信機を操作していた、パーパルディアの1等兵曹が言う。
本国とアルタラス駐屯軍の間の通信は、大規模な通信設備が必要なこともあって、ハイペリオン基地に集約されていた。元統治機構本部とアテノール城にも通信機は運び込まれていたが、低出力の小型のものしかない。
「隊長! 受信機の方に通信が……エクスプレッセスティ側の放送が入ってきています」
「何! ボリュームを上げてみろ!」
「はい」
兵曹が言うと、広帯域受信機を操作していた兵士は、イヤーレシーバーからスピーカーに切り替え、ボリュームダイヤルを回した。
『こちらはエクスプレッセスティ共和国国防省統合作戦本部。我が軍はパーパルディア皇国との戦闘行為について、本日、エクスプレッセスティ標準時22時、パーパルディア皇国中央時21時より、168時間の間、自衛を除きすべて停止する。パーパルディア側に同様の措置を望むが、その可否に関わらずこれは実施される。 ……こちらはエクスプレッセスティ共和国国防省統合作戦本部────』
「この内容を、先程から繰り返し放送しています。今、2つの周波数で送出されている事を確認しています」
兵士はそう言った。1つはゴーマ空港、もう1つはシオス北西沖で警戒任務中のエクスプレッセスティ艦隊、双方に魔導周波の放送設備を搭載して、送信していた。
「エクスプレッセスティ側がこれを守ってくれるならば、早いうちに援軍が来るかも知れないな……」
1等兵曹は言う。
「問題は、それまで保つか、ですよね……」
「ああ……」
なんとか籠城を決め込んでいるが、現状のアテノール城には食料も弾薬も備蓄は少なく、通信機もいつまで使えるかわからない。何より寡兵に過ぎた。
兵曹は、手に持っていた、壊れかけたマスケットを見た。
「…………」
────数時間前。
市街地での戦闘から辛くも脱出した、パーパルディア兵が、アテノール城へと退避してくる。
城門の周囲に歩兵が数名ずつ立ち、追ってくる暴徒をマスケットで撃ち、城門内への侵入を阻んでいた。
まだ、レジスタンスの中核部隊は市内の詰め所 ──── 元・臣民統治機構アルタラス本部 ──── の制圧に集中しているようで、アテノール城へ向かってくるアルタラス人は散発的だ。
そしてそれが、レジスタンスの統制が取れていない何よりの証拠だった。ただ、それでも圧倒的多数で、マスケット程度の装備較差ではひっくり返しようがない。もっとも、自動小銃があったところで、弾丸のストックが使えなくなってしまっていては大差がないが。
──弾も残り少ないな……
兵曹は次弾を込めつつ、そう考えていた。このまま抵抗を続けるのは難しいかも知れない、と思い始めていた。
彼が、レジスタンスが暴れている方を睨んでいると、また新たにアルタラス人の集団が現れた。
「! 撃ち方構え────」
彼は、最初はそれが暴徒の集団だと判断し、射撃の命令を下そうとしたが────
「!?」
それを見て、彼は驚きに目を見開いた。
「撃つな! 撃ち方中止!」
向かってくるアルタラス人の集団は、1本の竿に小さめの旗を2つ掲げていた。1つはパーパルディアの国旗、もう1つは、アルタラス旗の中央にある王家の紋章を切り取ったものだった。
何人かは負傷しているようで、肩を担がれながら歩いてくる。
「お、お前達は……」
城門の近くまで歩いてきたアルタラス人に、彼と何人かの兵が駆け寄る。
すると、1人の矍鑠とした老人が、
「これをどうしても、あんたらに渡したくて来た」
と、そう言って、1丁のマスケット ──── マスケットだったものを差し出した。銃と解る程度には原型をとどめているが、台座は損傷し、銃身は見た目に解る程度に歪んでしまっている。そして、台座には赤黒い血液の染みが残っていた。
「これは……?」
兵曹は、唖然としつつ、銃と老人の顔とを交互に見る。
「レオナルトが最後に持っていた銃だ」
「レオナルト……?」
そう言われて、兵曹は眉を顰ませつつ、問い返した。
「市内の詰め所にいた兵長だ。 ……名前まではわからないか」
話を聞きながら、兵曹は老人から、壊れたマスケットを受け取る。
「そいつは、儂の孫娘が熱病で倒れた時、甘いものがいいと言って水飴の小瓶をくれた。それで孫娘は助かった」
「レオナルトだけじゃねぇ。俺の婆さんは腰を悪くしていて、明け方の寒さが
そのアルタラス人たちは、パーパルディア兵からなにかの施しを受けた事を、口々に説明した。
「そりゃ、俺たちだって皇国の傍若無人に我慢ならないことはあったさ! けどよ、パーパルディア人だっていいやつはいたんだ……それを、誰も彼も殺しちまうなんて絶対間違ってる!!」
そう言ったのは、タコス屋の店主だった。
「今、詰め所にいたパーパルディア兵を、広場で甚振りながら処刑している。それが終わればここに来るだろう」
老人はそう言うと、左手に持っていた鋤を握り直す。
「い、一体何を…………?」
兵曹は、それを見て一瞬身構えつつ、問いかける。
「レジスタンスと名乗っている連中を止めに行く」
あまりにも淡々と言う老人に、兵曹は一瞬、言葉を出すのが遅れた。
「お、おい、無謀すぎる! 一緒に城内にいろ!!」
すると、広場の方に向かおうとしていたアルタラス人の一行は足を止め、老人を含め何人かが振り返った。
「勘違いするな……我々はパーパルディアを許したわけではない」
老人は、言いながら、険しい表情を兵曹に向けた。
「それに、アルタラス人の外道はアルタラス人が正さなければならない」
そこまで言ってから、老人は──── 彼らは口元で笑った。
「もっと早く、お互いを知っていたら、有り様も違ったのかも知れないな」
老人がそう言ったところで、兵曹は気がついた。彼らが持っているのは鋤や鍬、或いは調理用のナイフを棒の先に縛り付けた即席の槍、そんなものばかりだった。レジスタンスが用意した刀剣類を持っている者は1人もいない。
2連旗のうち、パーパルディア旗を外し、中央にアルタラス王家の紋章が切り取られた円のあるアルタラス旗を翻す。
「行くぞ! 民生アルタラス軍、最初で最後の全力攻撃をかける! 目標、ル・ブリアス中央広場の解放!!」
「オオーッ!!」
老人が号令をかけると、彼ら────民生アルタラス軍は、広場へ向けて駆け出していった。
────現在。
兵曹は、今一度、“レオナルトの形見”として渡された銃を見て、握りしめる。
「いいか!」
兵曹は、部下の兵士達に檄を飛ばす。
「168時間、1週間以内に援軍はかならず来る! それまでここを死守するぞ! 俺は斃れるかも知れん。だが、誰かが生き残れ!」
兵曹はそう言って、壊れかけの銃を掲げた。
「生き残って、皇国に生還し伝えろ! 属領の民にも珠玉の魂を持つ者がいると! それが我らの使命である!!」
レミールの処遇は……
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原作通り
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総統閣下のわからせ棒
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行方知れず(故意)