以前も紹介したようにエクスプレッセスティ国鉄は、日本のJR在来線規格で建設されていて、1,067mm軌間の普通鉄道である。
だが、西中央本線は最高速度こそ中速鉄道の範囲だが、最急曲線は東海道新幹線と同じ半径2,500m、途中の
この恩恵を受けたのは旅客列車より先に貨物列車の方で、日本の中古車両であるEF81形と、その補完役に交流設備60Hz化施工済みのEF80形をEF81形に追従可能としたものに、重連総括装置を装備し、重連か3重連で、20両ものコンテナ車を牽いて110km/hで夜の西中央本線を疾走している。
旅客列車は少し遅れたが、高度経済成長期を向かえて2016年に681系が導入され、最高速度は160km/hになった。
クワ・トイネ エクスプレッセスティ視察団は最初、直前に見せられたSu-22UGEの印象が強すぎて、あまり関心を払っておらず、5時間弱の行程に対して、マイハークとクワ・トイネ公都との交通と大差ないとすら思っていた。
だが、エナジポリス駅からエムブラセクス中央駅の間がおよそ480km離れていると伝えられ、ここで驚愕。
480kmと言ったら、クワ・トイネ公都から西端の都市・ギムを越えてロウリア領に突っ込んでしまう。
しかし、視察団メンバーの中で、昨日は驚いては子供のようにはしゃいでいたハンキは、やはり何処か沈んだ様子のままだった。
最大の港湾と工業都市、エナジポリスは、活気と熱気に溢れる反面、他国では男性が多く見られる肉体労働者が女性に置き換わっただけ、という印象がある。
それに対して、首都エムブラセクスは、建国時からの様相が多く残っている。
エナジポリスと結んでいる西中央本線、東部のプラ連山系(“Pula mountain range”)に存在する、水力発電と観光の拠点である、規模は大きくないが重要な都市であるミズポワーベルク(“Mizupowerberg”)に向って伸びる東中央本線、概ねこのラインを境界として、南側が古くからの市街、北側が高度経済成長が始まる頃からの新市街となる。
そして、エムブラセクス中央駅の南口改札を出ると、いきなり正面にあるのが売春街だったりする。
ただ、今のエクスプレッセスティを初めて訪れる外国人の多くは、その“売春街”という単語のそれとは、全く違うイメージを持つ。
確かにエクスプレッセスティ共和国では売春は合法だ。だが、野放図を許しているわけではない。
基本的に、売春は事業体であることが求められる。
なぜかと言うと、衛生・防疫の為の強力な法規制があるためだ。
HIVを含む性感染症の蔓延防止のため、就業前の簡易検査キットによる検査、2ヶ月に1度の認可医療機関での検査が義務付けられている。
また、リズム法以外の避妊を最低2種併用する事が励行され、特に男性機能を持つ者が女性機能を持つ者に対してサービスを提供する場合は、違反時の処罰付きの義務となる。
その他、様々な衛生面、就業者たる売春婦の労働者保護義務があり、法律上は個人事業主の制度もあるが、これを満たす事は個人では難しい。
このような事情もあって、エムブラセクスに限らず、エクスプレッセスティの売春宿は、衛生的な、一般的な旅館に見えてしまう。
このようなセクシャルな産業が集中している南側より、むしろ、北口改札側の方が、よっぽど俗っぽく見える。
まず、ど真ン前にあるのが、2016年に南側市街の過密から逃れて建設された国営ガス田採掘・燃料加工企業エネルガズム本社ビル。その塔屋部には巨大な『Energasm』の電光看板がある。他にも、自動車国内最大手セダクションのセクシーさを表す『Seduction MotorVehicle Engineering』(大きなSeductionの文字の下にMotorVehicle・Engineeringと2行に分けて配置される。“Seduction”の“i”の上の
エムブラセクス中央駅では、エクスプレッセスティの全般的な水準を知ってもらうために集団行動したエナジポリスの時と異なり、分野ごとに別れた複数の班を、数台のミニバンに分乗して、それぞれホテルに向かう。
送迎ミニバンは、セダクションが製造している、スバルFA型ドミンゴのヘリテイジラインとして登場した、「Seduction SUBARU DOMINGO NE」だったが、1台だけP系デリカバンの乗用型・デリカコーチ(日本国内で販売されていた「デリカスターワゴン」ではなく、国内で貨物用から改めて乗用ミニバンに改設計したもの)が手配されていた。
「ははは……やはりこういうことでしたか」
「お手数をおかけしますのぅ……」
ヤゴウが苦笑しながら言い、ハンキも自嘲するように笑いながら申し訳無さそうに言った。
1台だけ車種が変わったのは、つまりそう言うことである。巨躯のハンキに合わせて、車格の大きなデリカが手配されたのだ。
「いえいえ、大した手間では有りませんから」
マリアは、どういう顔をしていいのかわからないと言ったような苦笑で、助手席からサードシートのヤゴウとハンキにそう言った。
クワ・トイネ視察団の車列は、エムブラセクスでの滞在場所となる『エムブラセクス プリンスホテル』へと向かった。
現状、エクスプレッセスティでは最高級のホテル、と言っていいだろう。だが、このホテルが選ばれたのは、ただ高級ホテルだからというわけではない。
「我が国に、あの機械竜を供与してはいただけぬだろうか? あるいはその技術だけでも、あれば助かるのじゃが……」
レストラン内の個室で、ヤゴウと並んだハンキが、向かいに座っているマリアに、そう訊ねた。
このホテルが選択された理由はこれだ。首都に建設されるプリンスホテルとして、政治や企業間取引の会合の需要を見込んで、レストランに個室が設けられているからだ。
「軍事技術支援ですか……」
マリアが、難しい顔をしている。
「現在、総統府から『新世界技術流出制限令』が発令されておりまして……それに、昨日も申しましたとおり、現在いちから戦闘機を製造することは、今のところ我が国自身が努力しているところなのです……」
「確かに、それではおいそれと供与や輸出、というわけには行きませんね……」
マリアの説明に、ヤゴウが納得はしつつも、少し残念そうに言った────
実は、
主力戦闘機はMiG-29GE、MiG-23GENだが、現在二線級の部隊に配備されているMiG-23Gという型がある。これは現在、事実上戦力としてカウントされていなかった。
それというのも、まず、F-16VやF-35の導入を決定した国(主に旧ワルシャワ条約機構加盟国)からから譲渡を受けたMiG-29を、ウクライナのリヴィヴ航空機修理工場でMiG-29GEに改修、その到着後、MiG-23MLDをウクライナに送ってMiG-23GENに改修、というローテーションで近代化していたのだが、その間の補完役として、自動空戦フラップ機能のないMiG-23MS・MiG-23MLにとりあえずNATO型弾薬・兵装に対応させる最低限の改修を国内で行ったものが、このMiG-23Gというわけだ。
ちなみにミグ製戦闘機の改修をリヴィヴ航空機修理工場に頼りすぎたため、リソース分散のためにSu-22UGEを日本企業に頼んだという背景もある。
本来ならMiG-23Gは2025年に全機退役しているはずだったが、2022ウクライナ・ロシア戦争でMiG-23MLDのMIG-23GENへの改修が一旦ストップ。代替として自国の新明和サービス・エクスプレッセスティと、インドのヒンドスタン航空機で改修が実施されたものの、スケジュールが遅滞したため、転移の時点でMiG-23Gの退役は完了していなかった。
ただ、機体は余っているからと言って、ハイそうですかと供与できない。
まず設備がいる。前線戦闘機として設計されたMiG-23は完全な舗装の施されていない滑走路でも運用できるが、それだけという訳にはいかない。まず、当然給油設備がいる。分解整備はエクスプレッセスティ側で都合つけるにしても、日常的な整備を行うための設備がいる。また、簡素でもいいので管制のための設備もいる。
さらに現状、継続的な部品供給ができない。MiG-29系とMiG-23GEN、Su-22UGEは、周辺国から攻撃を受けた際の為にある程度部品のストックがあるが、MiG-23Gとは互換していない部品もあるし、そもそも近いうちに全機退役させる予定だったMiG-23Gの部品のストックは少ない。なので、部品交換の頻度が高まると、所謂「共食い」をするしかない。それでなくとも現代の戦闘機というのは運用すれば何処かが壊れるものだ。エクスプレッセスティの軍用機には、特に
「────……早々に戦闘機を必要とする、ということは、クワ・トイネ公国は、現在何処かの他国から、何らかの軍事的圧力を受けているということですか?」
「!」
マリアの言葉に、ヤゴウとハンキが反応した。2人の表情が、険しくと言うか、多少の戦慄を帯びたものになる。
「実はそのとおりなのです」
ヤゴウは、思い切ってありのままを打ち明けることにした。
「西方のロウリア王国が、我が国侵攻を企図している可能性が高いのです。しかも、その背後には列強国のパーパルディア皇国の軍事支援があるというのです」
「なるほど、それでクワ・トイネとしては、我が国から援助を受けたいと……」
「簡単に言ってしまうと、そう言うことになります」
ヤゴウの言葉に、マリアも難しい表情をして、僅かに逡巡する。
「平和的な協議で対立状況を解消、できないまでも、和らげられる可能性はありますか?」
マリアが問いかけると、ヤゴウとハンキは揃って、軽く目を閉じて首を横に振った。
「少し外道かも知れませんが、我が国が実力行使に至らない程度に、圧力をかけて、ロウリア側に自重を促すという条件でも、ですか?」
「そうしていただければ、時間は稼げるかも知れませんが、根本的解決にはなりません……」
「それは、どうして?」
ヤゴウの答えにに対し、マリアは再度問いかける。
隣国同士、特に陸続きの国境線を接する場合、対立を皆無にすることはできないというのは、マリアにも理解できる。
と言うか、エクスプレッセスティ自身、親中の周辺国や、かつてアフリカを活動地にしていた
しかし、実際に戦争行為に発展するには、侵攻側もそれなりのリスクは存在し、安逸にできることではない。
「現ロウリア国王、ハーク・ロウリア34世が、極端な亜人排斥主義者で、我が国とクイラ王国への侵攻は、単に版図拡大と言うだけではなく、ロデニウス大陸からエルフや獣人を排除するという目的があるのです」
「なるほど……」
ヤゴウの弱さを隠さない表情の言葉に、マリアもますます深刻そうな表情をする。マリアは顎を手で抑えるようにして、深く逡巡した。
「クワ・トイネとロウリアの、軍事技術較差はどれほどですか?」
「!」
「はっ!? はぁ────」
マリアの質問に、ヤゴウは戸惑った声を出したが、ハンキはマリアに向ける視線を強めた。
「数の上ではかなりの差がありますが、技術という面では大差ないかと……」
「パーパルディア皇国が、
「それであれば……これは一介の外交官がこの場でお約束できることではない、ということは絶対の前提として欲しいのですが、ひょっとしたら、戦闘機は無理でも、もっと簡素ですが、効果的な援助をできるかも知れません」
ヤゴウとハンキの答えを聞くと、マリアは、険しい表情のままながら、そう言った。
「! 本当ですかッ!?」
ヤゴウとハンキの表情が、一気に明るくなる。
「重ねて言いますが、確実なものではありません。総統府と議会の同意が必要です。ですが、可能性はあります」
「それでも構いませんッ……今……今、クワ・トイネは、本当に助けを必要としているのです!!」
マリアの言葉に、ヤゴウは、藁にもすがるかのように、僅かに涙を滲ませてしまいながら、そう言った。
「解りました。急ぎ本省に上申してまいります。一旦離席しますね」
マリアはそう言うと、席から立ち上がり、スマートフォンをポケットから取り出しつつ、一旦退出した。
「これで……これで救われるかも知れないッ……」
暗闇の中で一筋の光明を見つけたかのように、ヤゴウは震えている。
「じゃが……」
ハンキの方は、逆に難しい表情をしていた。
「全くの見返りなき施しを期待するのは危険じゃぞ……問題は、今回の扱い、そもそもエクスプレッセスティが何を求めているか、じゃ」