デュロ沖合。
パーパルディア東洋艦隊に、臨時に第3外務局から軍務局の指揮下に入った、戦列艦38隻と、旧式竜母4隻からなる艦隊は、全艦出港・出撃が命じられた。
エクスプレッセスティ本土攻撃に備えて出撃準備をしていた彼らだったが、いざ出撃となると、命令はそれとは異なるものになっていた。
──もしかして、エクスプレッセスティはこの事態になることを想定していたんじゃないか?
艦隊の将兵の間では、それが噂になっていた。
もっとも疑念と言うよりは、「さもありなん」という感じの空気である。
「右方、エクスプレッセスティ軍小型艦!」
100門級戦列艦『グリール』の見張員が、それを発見した。
艦隊全体に、一気に緊張が走る。
有視界にいるということは、エクスプレッセスティ艦にとっては、もう一方的に攻撃できる距離なのだ。
「発光信号を送っているようです!」
「何……?」
グリール艦長が甲板に出てくると、単眼式望遠鏡でエクスプレッセスティ艦を監視していたメインマスト檣楼の見張りが、そう言った。
グリール艦長は、怪訝そうな顔をしつつ、部下から差し出された双眼鏡で、エクスプレッセスティ艦を見る。
「世界共通発光信号だ……内容は……『
グリール艦長は、バステット級コルベット『ブルーム』からのメッセージを読んで、どこか乾いた笑い声を上げてしまった。
「いつでもこちらを殲滅できるという余裕からできる事だな。妙な話ではあるが、あちらもリームは許さんと言うのは事実だろう。飛竜隊が取りこぼしたリームの飛竜を、あちらの “戦闘機” が殲滅しているしな」
そう言い終えてから、グリール艦長は表情を引き締め直した。
パーパルディア東洋艦隊が北上するのを、ブルームは攻撃することなく見送った。
────翌日。
パーパルディア皇国、皇都エストシラント郊外。陸軍臨時駐屯地。
基地施設が大きく破壊された為、海軍基地に近いが、エクスプレッセスティの艦砲射撃が確実に届かないだろう内陸に、臨時駐屯地を設置した。
隊舎も破壊されたため、将兵はテントで寝起きしている。ただしテントと言っても、居住性が充分確保できる小屋型の大型のものだ。
一晩かけて、どうにか、地竜32体、兵員6,000名の部隊を編成し、エクスプレッセスティ軍の橋頭堡への攻撃を開始しようとしていた。
前日薄暮の斥候により、エクスプレッセスティの橋頭堡となった海岸に、金属製の筏を多数並べたものが設置されているのが発見された。
パーパルディア軍には存在していなかったが、それが仮設用の浮桟橋であるという事は容易に想像ついた。つまり、物資や後続の部隊を上陸させる為の準備を整えているという事だ。
その為、多少強行でも進撃し、この浮桟橋を撤去しなければならない。数の優位を失ったら、微なりともある可能性が完全に消失してしまう。
──だが、勝てないだろうな……
近衛師団第1連隊々長のマクシミリアンは、出撃する部隊を見送りながら、胸中で思う。
──おそらく、生きて返ってこれるのは数人だろう。
これはエクスプレッセスティ軍との装備の質の乖離だけではない。そもそも、エストシラント側からの攻撃自体が、陽動なのだ。
デュロから地竜96体、兵員8万の兵力で、エクスプレッセスティ軍部隊を挟撃する …… それが、この撃退作戦だった。
──事実上の決戦だが…………
マクシミリアンの表情は晴れない。
数日前、近衛師団駐屯地。
その近衛師団駐屯地の司令部建屋で、マクシミリアンは秘密裏にカイオスと会談していた。
「反乱を起こす!?」
「しーっ!!」
カイオスにその事を打ち明けられたマクシミリアンは、まず素っ頓狂な声を上げてしまった。カイオスは慌てて、指を口の前に立てる。
マクシミリアンは、周囲を見回した後、
「正気か、貴殿は」
と、声を潜めつつ、カイオスに問いただす。
「もちろん正気だ」
カイオスが言うが、マクシミリアンはますます訝しげな顔をする。
「それにしても、そのような計画があったとして、なぜ私の下に来た? 私は反乱が起きれば、それを鎮圧する側だぞ」
「簡単だ。これは陛下に対するクーデターではないからだ」
「ますます解らん。どういうことだ?」
「…………少し遠回りするが、陛下に近しい貴殿ならば、この戦争、勝てるかどうか、解るだろう?」
「それは…………」
カイオスに言われ、マクシミリアンは、本来「勝てる」と言わなければならない立場だというのに、そうすることができなかった。
「エクスプレッセスティ軍は、装備の較差で個々の戦闘を圧勝しているが、その装備は威力に見合って、単価はかなり高額だ …… 皇軍の犠牲を顧みないのであれば、うまく良い条件で講和することは不可能ではないだろう」
カイオスの説明に、しかし、マクシミリアンは表情に蔭を落とす。
「ただしそれは、皇国が正常であれば、というわけだな」
「解るか」
「ああ……パーラスの件は、近衛師団にいれば嫌でも入ってくるさ……」
マクシミリアンはそう言いつつ、腕組みをしながら、小さいが重苦しいため息を
「今の皇国は、官僚の不正によってボロボロだ。エクスプレッセスティを弾切れに追い込むどころか、先に皇国の方が矢羽根尽きる事態にもなりかねん」
マクシミリアンは、そこまで言って、ハッと気がつく。
「それで────反乱、か」
「そうだ」
険しいと言うか、真剣な表情で言うマクシミリアンに、カイオスは即答した。
「統治機構は事実上解体され、属領は軍が軍政を敷き、直轄地は陛下の親政となっているが、それだけではない …… 腐敗した官僚機構を一掃し、再構築する必要がある」
「だが……それならば尚、私よりも、軍の最高指揮官のアルデ殿を抱き込むべきではないのか?」
「その理由は2つある。まず、軍の主力は市街戦に慣れていない。下手に勢力に加わられると、市民に被害が出る可能性が大きくなる」
マクシミリアンに問われ、カイオスはまず、そう答えた。
「もうひとつは?」
「それは……これは軍を人身御供にするプランだということだ。エクスプレッセスティが次に積極作戦をとり、皇軍が大敗を喫した状況をつき、一気呵成に主導権を奪取する」
「敵の力を借りるということか」
「うむ。なのでアルデ殿は反乱に反対する立場になるだろう。それに、彼はレミール様に近すぎる」
「レミール様、か」
マクシミリアンの問いに対するカイオスの答えを聞いて、マクシミリアンは何かが詰まったように、その名前を呟いた。
「陛下には申し訳ないが、エクスプレッセスティ側も少なからず…… ────いや結構、かなり露骨に挑発し返してきたとは言え、皇国とエクスプレッセスティ、お互いを無制限戦争に導いた責任者なのは事実だ。 ……どちらかの完全敗北以外の形で戦争を終わらせるには、お互いの国民を納得させるのにちょうどいい存在だ」
「それに、レミール様は外交以外にも、内政でもあちこちしゃしゃり出てきて引っ掻き回すからな。私の身分でこう言うのは問題だが、体制を刷新するのであれば、邪魔だろう」
カイオスの言葉に納得しつつ、マクシミリアンは自身の見解も付け加えた。
「そういうことだ」
カイオスはそれを認める。
「……それでも、私に話が回ってきたのはまだ若干不可解な点が残る……と言うか、私のところに来た理由として引っかかるものがある」
マクシミリアンはそう言って、強い視線をカイオスに向けた。
「なにか?」
「違っているのならば、聞かなかったことにしてほしいのだが……────」
カイオスが問い返すと、マクシミリアンの慎重そうな言葉で言う。
「解った」
「この話、もしや、皇帝陛下も…………」
マクシミリアンの問いに、カイオスはゆっくりと頷いた。
現在────────
「────というわけでして、エクスプレッセスティ軍の後続部隊の上陸と補給拠点化の阻止のため、皇都防衛部隊より6,000、デュロ側より8万の兵力で、この橋頭堡に対して挟撃いたします。迅速に行わなければなりませんので、既に作戦行動を開始しております」
────皇宮パラディス城、小議場。
前日に始まった帝前会議は、適時小休止を挟み、あるいは指示や決済を行うために時折閣僚が出入りしながら、夜を通して開催されっぱなしになっていた。
ルディアスも仮眠を挟みつつ、上座に座っている。
「エクスプレッセスティ軍に対する対応は解った」
ルディアスはそう言いつつも、
──エクスプレッセスティは決着をつけるつもりだろう。おそらく、この部隊には皇国の為に死んでもらうことになるな……
と、胸中で呟いた。
「リームと、クーズ、アルークの反乱の対処はどうなっているか?」
「ハッ!」
ルディアスが訊ねると、アルデの顔が幾分、明るくなった、本当に幾分でしかなかったが。
「デュロ駐屯の兵力から、5万をリーム国境まで進出させ、ヒルキガのリーム海軍を無力化するため、東洋艦隊にヒルキガ港湾封鎖を命じました。また、アルーク、クーズ方面では、リーム軍、反乱軍は潰走状態にあり、皇国軍3万が既にリーム領内に侵入しております」
「しかし、そうなると、リーム領への侵入もエクスプレッセスティ側の反発を強くする危険があるのでは?」
アルデの説明に対し、リームとの外交を担当する第2外務局のリウスが訊ねる。
「それについてですが、反乱軍との連絡役だという者を捕縛し、尋問したところ、エクスプレッセスティはリーム側が皇国に先制攻撃をかけた場合、皇軍がリームに侵攻したとしても、 “力による現状変更の例外” としていたそうです。それに、エクスプレッセスティがヒルキガに “巡航ミサイル” を撃ち込んだようで、リームの政治機能がストップし、国内は混乱状態にあります。こうなると、騒乱が皇国に飛び火する可能性が拭えませんので、ある程度は制圧せざるを得ません」
「なるほどな」
アルデの説明に、ルディアスが納得の声を出した。
「そうなると、後は捕縛した捕虜や反乱軍についての問題が残りますね」
エルトが言う。
「扱いを間違えると、こちらこそエクスプレッセスティの態度を硬化させる危険がありますが……」
「それは、現在の危機的状況を脱してから改めて決定するとして、ひとまずは収容しておけばよいであろう」
ルディアスがそう言った。
理由はどうあれ、反乱軍がパーパルディア国内にリームの軍隊を招き入れたのは純然たる事実なのだ。地球の現代国家でも、外患誘致は大抵の場合極刑である。エクスプレッセスティや日本でも死刑一択の罪である。
帝前会議では、妙にスムーズに、意思決定が進んでいるかのように見えていたが────
「陛下!!」
と、唐突に、声を張り上げる人物がいた。
「先程から、エクスプレッセスティの顔色を伺うような発言を、それも陛下までしている! これではまるで …… まるで、皇国がエクスプレッセスティに敗れようとしているようではありませんか!!」
レミールが、激昂した様子で声を荒げる。
「……レミールよ、お前も解っているだろう────」
ルディアスは、レミールを
「────皇国海軍は壊滅した。陸軍はまだ相当数の兵員を残しているが、これをエクスプレッセスティ本土に上陸させる力は、今の皇国には残されていない。余は皇帝として、皇国の敗北を全力で避けなければならぬ。となれば、エクスプレッセスティに戦争継続を断念させる必要があるわけだが、その神経を逆なですれば、その分、それが遅れることになる」
「…………ッ!!」
ルディアスの説明に、レミールは反論しようとして、言葉を詰まらせる。
「今は、あちらは理性を保ち、軍事目標に絞って攻撃しているが、あまりに印象が悪くなれば、無差別攻撃に踏み切る可能性もある。皇都を焼け野原にして、向こうが負けを認めました、と言って、これは勝ったと言えるか?」
ルディアスにそう聞かされ、レミールは、到底納得していない様子だが、何も言えずに、椅子に座り込んだ。
エクスプレッセスティ共和国、エナジポリス軍基地。
「“4勇者の1人キージの生まれ変わり”さん、今回はどこで暴れる予定で?」
「殴るよ?」
空軍の滑走路の駐機場に、数少ない固定翼大型機であるアントノフAn-12BK-100輸送機が4機、並んでいる。
第25空挺中隊々長、ユキ・マデリーン・サイトウ中佐は、苦笑しながらそう言いつつ、An-12BK-100に乗り込む。
「総員乗機完了!」
「了解! エンジン始動!!」
ユキが言うと、空軍扱いになっているパイロットがそう応じる。
イーウチェンコAI-20Mターボプロップエンジンのうち、1基がスターターで回転を始める。僅かにスモークを吹いて自力で回転を始めると、残り3基のエンジンの始動が開始される。
「25
『了解。25AC、1番機、
1番機は誘導路から滑走路に出ると、エンジンの回転数を上げて加速する。車輪が滑走路から離れ、空へ舞い上がる。
エストシラント都心部から東に約15km、エクスプレッセスティ共和国軍橋頭堡。
「敵部隊、東西から接近中」
本部テントで、UAVオペレーターがそれを告げる。
「東からの部隊はかなり大規模です」
『ランドセイレーン1』
続けざまに、無線越しにその報告が入る。ランドセイレーン小隊は、2K015S装備の対空部隊だ。
『捜索レーダーに東側低空から接近する感あり』
「挟み撃ちか……」
展開されたトランク型パソコンに表示される情報を見て、ビアトリーチェは呟くように言うが、すぐに口元に笑みを浮かべる。
「海軍は?」
「スクランブル機は発進しています」
「うし」
本部隊員の返答を聞き、ビアトリーチェはバシン、と気合を入れるように手を叩いた。
「ちょっくら決戦といきますか!」
レミールの処遇は……
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原作通り
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総統閣下のわからせ棒
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行方知れず(故意)