──いやもう、何がどうしてこうなった?
ルディアスは困惑のあまり、目の前に居る相手に、どう声をかけていいか戸惑うしかなかった。
パーパルディア皇国、皇宮パラディス城。
ルディアスの居住区のテラス。
茶会の準備がされているが、ルディアスも、一緒にいる相手────ルミエスも、ただただ気まずそうな顔をしている。
────この時点より、時は少し遡る。
パーパルディア皇国がエクスプレッセスティ共和国からの講和条件の受諾から、3日後。
皇都エストシラント、港湾地区。
「あ、ああ……」
港湾地区の広場に集まった市民は、入港してきたその巨大船を見て、愕然とするしかなかった。
──皇国は……この相手に敗けたのだ……
それを目にした誰も彼もが、それを思い知った。
大きさもさることながら、元ソ連艦らしい、2本マストのゴツい威容を持つ駆逐艦ヴィールニィが、普段はムーの大型貨客船が発着に使う大型船用の桟橋に接舷した。
既にその桟橋には、歓待の為に、近衛隊の隊員が捧げ
その中に、エクスプレッセスティ側の指揮官であるビアトリーチェとユキもいた。
「なんだか不完全燃焼……もうひと暴れぐらいしたかったんだけど……」
「そんな事言ってると、私みたく変な二つ名がつきますよ」
ビアトリーチェのボヤキに、ユキが、苦笑しつつ、言葉自体は上官に対する丁寧なものながら、砕けた声のトーンでそう言った。
2人がそんな事を言っている間に、ヘリコプターデッキの横側から、桟橋に向かってタラップが降ろされる。
そして、そのタラップから、プリヤとリカが姿を現した。
2人のSPを伴いながら、2人がタラップを降りると、そこにカイオスとマクシミリアン、エルトが出迎えに立っていた。
「お久しぶりです、カイオス局……っと、暫定行政局長」
「こちらこそ、こうしてまた会えた事を喜ばしく思います、プリヤ外交官、リカ少尉」
そう言葉を交わして、カイオスは、プリヤ、リカの順で握手を交わした。
「っと……こちらは? 以前お会いしていましたか?」
面識の覚えがない紳士を見て、プリヤは、少し戸惑ったように、カイオスとその紳士と顔とを交互に見た。
「紹介しましょう。近衛師団第1連隊長、現状では暫定軍務長官を務めてもらっております、マクシミリアンと言います」
カイオスが、マクシミリアンの事をプリヤ達にそう説明した。
「マクシミリアンです。お話は伺っております。以後よろしくお願いします」
「エクスプレッセスティ外務省のプリヤ・キャサリン・モーパディです。こちらは随員を務めてもらっております、リカ・マルセラ・イシカワ陸軍技術少尉です」
「よろしくお願いします」
そう言って、やはりプリヤから、マクシミリアンと握手を交わす。
リカがマクシミリアンと握手を交わしている内から、プリヤはエルトに視線を向ける。
「? エルトさん、どうかされましたか?」
エルトが、深刻そうな、憂鬱そうな顔をしているのを見て、プリヤは問いかけた。
「いえ……私は第1外務局の長として、戦争前の貴女がたと交渉を行っていた立場です……その私が、この場にいていいものかと……」
エルトの困惑した様子の口調に、プリヤは一瞬、キョトン、とした後、笑い飛ばすように苦笑した。
「大丈夫です。貴女がレミール殿下のブレーキ役として苦労していた事、戦争のエスカレートを憂慮していたことは、私達も把握していますよ」
プリヤは、そう言って、尚も困惑気な様子のエルトに向かって手を差し出し、握手を交わした。
「それでは、外務局別館の方へご案内いたします。早速交渉を進めたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「はい、我々も一刻も早い現状の解消を望んでおりますので」
カイオスが問いかけるように言い、プリヤがそれに答える。
5人と、エクスプレッセスティ側の他の随行員が、3台の馬車に分乗し、迎賓館である外務局別館に向かった。
「どうぞ、第1大会議室にお入りください」
プリヤとリカが以前案内された時とは違い、第1外務局付の衛兵が恭しく傅きながらエクスプレッセスティの外交使節団を迎えた。
人数の規模からして違うため、小さな面談室ではなく、多人数用の大会議室が用意されていた。
プリヤ達が入室すると、室内は歓待の意味を込めて、しかし実用性を損なわない程度に、上質感のある調度品が並べられていた。
「今度は大丈夫そうね」
プリヤは、振り返ってリカと顔を見合わせ、そう言った。
エクスプレッセスティ側使節団を上座側に席につく。エクスプレッセスティ側の随行員の1人が、パーパルディア側の会談参加者に資料を配布する。
「それでは、まずここより録音をする事を通告いたします」
プリヤが言う。
「こちらとしては構いません。それと、こちら側も録音してよろしいでしょうか?」
「はい。問題ありません」
エルトの問いかけに、プリヤがそう答えた。
お互い、録音機をテーブルの上に載せる。
「随分小型だな……だが、今までから考えるに、おそらくこちらの録音機より高性能なのだろう……」
パーパルディアの卓上録音機に対し、エクスプレッセスティ側のポケットサイズの録音機を見て、マクシミリアンが小さく呟いた。
「それでは、まずお配りした小冊子を御覧ください」
プリヤがそう話し始めた。
「我々としては、先日打診された講和条件を呑むかたちで相違ないつもりでしたが」
カイオスが手振りを加えながら言う。その隣で、エルトが仔細を確認するように資料を読み進めていく。
「待て、カイオス殿、賠償についての手法は確定しているのか?」
マクシミリアンが、カイオスの顔を覗き込むようにして問いかける。
「ああ、どうやっても
「こちらも、既に打診は受けております。資料にはその内容で書かれているはずですが……」
カイオスに続いて、プリヤが言う。
「資源採掘・輸出の契約については個別案件となりますので……今回の合意には、大枠と原則を記載してあるかたちになります」
資料に目を通していたエルトが、読み終えて資料から目を上げた。
「こちらとしては容認せざるを得ない内容になっているかと思われます」
「本当にこの内容で大丈夫ですか?」
エルトの言葉に対し、プリヤが少し眉を下げた表情で言う。
「いくつかの条件に関しては、個別に交渉の余地はありますが……」
「いえ、これ以上は望むべきではない条件だと判断できます」
エルトはそう答えた。
プリヤは柔らかく言っているが、下手にパーパルディア側から条件の緩和を望んで、戦争再開では本末転倒だ。
「了解しました。それでは本国に伝達し、直ちに正式な文書として送り返させます」
プリヤは、凛としつつも口元に笑みを浮かべながらそこまで言ったが、そこで、ふ、と息を軽く吐いて、表情を崩した。
「それと……これは講和条件には直接盛り込まれていない事で、あくまで本人同士の意志を尊重する、という前提での要請なのですが…………」
「何、ですかな?」
どこか力が抜けた様子のプリヤに対し、カイオスは他のパーパルディア側交渉団と共に緊張を強くしつつ、問い返した。
「ルディアス陛下はまだお若く、独身と聞いております。こちらが推薦する女性を輿入れさせていただく事を考えているのですが……」
プリヤの言葉に、カイオスとエルト、マクシミリアンは顔を交互に見合わせる。
「確かに今回のような場合、君主制の国家同士ですと、皇族、王族間の婚姻で姻戚関係をつくり、次の戦争の抑止に繋げることは多いですが……失礼ながら、貴国は建国以来の完全共和制でしょう? どのような方が候補となっておられるのですかな?」
純粋に不思議そうに、カイオスは、手振りを加えながらプリヤに問いかけた。
「はい。王族の……元王族の方です。我が国の、ではありませんが────」
────────現在。
ルディアスは、椅子に腰掛けたまま、軽くため息を
「…………貴女もこのような事になっても困るだろう?」
「い、いえ、困るというわけでは……それに、アルタラスを安定させるという意味では必要かも知れませんし……」
苦笑しながら言うルディアスに対し、ルミエスは、驚いたようにわたわたと手を振った後、視線がそれてしまうのを意識して戻そうとしながら、そう言った。
「だが、私と夫婦にはなれまい……私は君の父親を殺した仇敵に違いないのだからな」
「…………」
ルミエスは視線を伏せる。
「正直に言うと……そういう見方を消す事はできません。ですが……憎めるかと言うと……」
そこまで言って、ルミエスは視線を上げ、自然にルディアスを見る。
「お父様がパーパルディアの条件を突っぱねたのも、カスト元大使の独断が原因だったと聞きます」
「…………」
ルミエスの言葉を聞いて、ルディアスは軽く目を顰める。
「……その情報は……エクスプレッセスティが出処か?」
「ええ。情報総局は、アルタラスとパーパルディアの開戦時には掴んでいたと……」
「なるほど」
ルミエスの答えに、ルディアスは妙に納得したような様子で短く言った。
「確かに、カストの行為がなければ、また別のやり方もあったのかも知れないが……とはいえ、いずれ武力でアルタラスを屈服させていたであろうことは確実だ。私は皇国の力は絶対だと────少なくとも、第3文明圏と東方文明圏外にあって、敵はないと信じ切っていた……私も、皇国もまた、己の力、相手の力を測り違えて、より強大な力の前に屈することで、弱国の立場というものを初めて理解したのだ……」
ルディアスは、そう言って、自嘲気味の笑みを浮かべた。
「でも、やっぱり列強に名を連ねただけはありますよ、パーパルディアは」
ルミエスは、何処か哀しみを纏いつつも、穏やかな笑顔でそう言った。
「だって、国は残ったじゃないですか」
言われて、ルディアスは、軽く驚いたように目を拡げながら、ルミエスを振り返った。
「アルタラスは滅びたんです。あの時────パーパルディアに攻められたからではなく、お父様が国ではなく、王統を残す選択をした時に…………」
ルミエスはそこまで言うと、ルディアスの顔を見つめ返す。
「国とともに気高さも失われた。だからこの結果です。国をなんとしても繋ぐべきだった。あの状況に追い込まれる前に、エクスプレッセスティでも、ムーでも、ミリシアルでも、なりふり構わずすべての手を打ち尽くすべきだったのです。国が滅びるよりマシ、ロウリア王の言ったとおりですよ────」
同じ頃。
第3外務局監察軍指揮所建屋に隣接して設けられた、特別刑務所に、プリヤとリカは、ユキと、ティイナ以下の第25空挺中隊第1小隊のうち4名を伴って、パーパルディア側の刑務官に案内され、その
ユキが、M9/357はストラップに任せて首から提げ、胸部ホルスターからCOP.357を抜くと、銃口を上に向けて構えた。
「お願いします」
プリヤがそう言うと、刑務官は房の扉を開く。
中にいたのは────
「お久しぶりです。レミール殿下」
プリヤは、怜悧な目を向けながら、レミールに向かってそう言った。
あまりに暴れたからだろう、手枷が嵌められ、足首も足枷をつけられ、それが鎖で床のアンカーに繋ぎ止められている。
「…………こんな事が……」
低く、少しかすれた声で、レミールが言う。
「こんな事が許されると思っているのか……列強たるパーパルディア皇国の、しかも皇族を捕らえるなど……こんな事がっ……」
「列強、か。名乗るのは勝手だ。だが、実際の結果はこれだ」
そこまで言うと、プリヤは腰を屈めて、レミールの顎を掴み、無理やり自分の方を向かせる。
「強国は我を通せる。それ自体は私達でも否定できない事実だ。だから身の丈に合わない真似をしたパーパルディア皇国を、私達は圧倒的な力でその軍事力を叩き潰し、我が国の意を通したのだ……列強? 文明圏外? 知ったことか。結果は単純だ。
「う…………」
プリヤはレミールを離し、身体を起こす。
「う、うう……う……」
レミールは、それまで張り詰めていた糸の最後の1本が切れたかのように、ボロボロと涙を流す。
プリヤに言われた事は何一つ否定できなかった。力で我を通し、小国を脅し、相手の国民を殺し、その恐怖によって相手を屈させる事を慈悲だと、レミールは本気で思い込んでいた。エクスプレッセスティにもそのつもりで脅した結果、逆に遥かに強大な軍事力で叩き潰され、それまでパーパルディアがやってきた事をそっくりやり返されただけだ。それ以上でも、それ以下でもなかった。
レミールの処遇は……
-
原作通り
-
総統閣下のわからせ棒
-
行方知れず(故意)