フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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『ぼくに会いに来てくれてありがとう』

 クワ・トイネ公国、マイハーク。

 セダクション・サービス工場。

「それほど乗っていない時は問題ないんじゃが」

 クワ・トイネ軍務次官、ハンキがそう説明する。

 相手は、背中に「Seduction」の赤い刺繍の入った、鮮やかではないピンクバイオレットのツナギを着た、自動車整備士だった。もちろん女性である。

 本来ならもっと下級の兵が来ると思うのだが、何故かノウカ海将が一緒に来ていた。屋外ということもあって、いつものように、やたら煙の多い葉巻(タバコ)を吹かしている。

 3人の前には、グレイッシュブルーの車体に、“Kuwa-Toine NAVY”と書かれた、セダクション『トレイスティ』(マルチ『ジプシー』のライセンス生産車、つまりスズキ『ジムニーシエラ』の孫)のロングボディが停まっている。

「荷物や定員いっぱい乗ってる時に、エンジン警告灯が()きっぱなしになってガクーンと力がなくなることがあるんじゃ」

「うーん……音聞いてる限りじゃ圧縮抜けてるとか1気筒失火してるとかなさそうだけど……スーチャーも回ってるし……とすると……」

 運転席ダッシュボードの下、ヒューズボックスの隣りにあるカバーを外し、O(故障)B(診断)U(装置)のコネクターにケーブルを差し込む。もう一方がハンディノートパソコンに繋がっていて、開いているソフトにE(Engine)C(Control)U(Unit)の情報を取得させる。

「あ、やっぱりだ」

 整備員はそれを見て、妙な苦笑をしながらかくん、とわざとらしく肩の力が抜けたようなリアクションをする。

「何か解りましたかな?」

 ハンキが問いかけると、

「はい。VVTが固渋してますね」

 と、整備員が答えた。

「VVT……?」

 ハンキが、単語の意味が分からず、不思議そうな表情でオウム返しにする。

「空気を燃焼室に取り入れる時と燃焼後に排気する時、燃焼室のバルブを開閉するんですが、低回転時と高回転時で開閉の適正なタイミングに変えてるんですよ」

「良く解りませんが……それが故障すると、このような症状が出るのですな?」

「はい。高回転でトルクが無くなります。積載時だと一気に重くなったような感覚になるかと」

 セダクション車は、日本製のコピーのそのさらに一部以外、エンジンの部品点数と細かい(しゅう)(どう)部を減らすため、クランク軸の隣にギアで駆動するカムシャフトを置き、プッシャーロッドでロッカーアームを押してバルブを開閉するO(Over)H(Head)V(Valve)を採用している(厳密にはO(Over)H(Head)C(Camshaft)もOHVの範囲に入る)。

 その一方で先進国に対応できる環境性能を確保するため、V(可変)V(バルブ)T(タイミング)は採用されている。その他の機構も合わせて、燃費性能と環境性能で日本車と比較できるレベルにはある、ついでにヨーロッパ車ほど故障しない、ということで、日本逆上陸時には「ハイテクOHV」とも呼ばれた。

 セダクションのVVT-OHVエンジンはカムギアに電磁式の高低切替機構が仕込まれている。故障時にもいきなり走行不可能にならないよう、スプリングで低回転側に倒れるようになっているのだが…………

「でもおっかしーなー……走行いってないのにVVT駄目になるって、 ……カムギアハズレだったのかなぁ……」

 整備員は後頭部を掻くようにしながら、呟くようにそう言った。

「空ぶかししまくったり、オー()バー()レブ()繰り返したりしてませんよね?」

 念のためという感じで、整備員はハンキにそう訊ねた。

「そんなことはないと思うんじゃが……」

 ハンキは最初、そう答えたのだが、そのタイミングで、

「ゴホッゴホッ、ゲホッゲホッ……ゲホッ」

 と、ノウカが(むせ)るように激しく咳き込んだ。

 整備員とハンキが、ジトーっとした視線をノウカに向ける。

「そ、その……私はクラッチワークというのがいまいちうまく出来ないもので……」

「アクセル踏み込み過ぎなんですよ」

 整備員が呆れた様子でそう言った。ハンキも呆れ気味の視線をノウカに向けている。

 エクスプレッセスティは間接的な自家用車増加抑制政策として、M(マニュアル)T(トランスミッション)車に税的優遇を与えている。

 A(オートマチック)T(トランスミッション)車を禁止はしていないが、その背景により、自家用車の7割前後、事業用車両も含めると8割超がMT車になる。

「それで、直りますかな?」

 ハンキが覗き込むようにして問いかける。

「少しの間お預かりしていいですか? この際VVT周り全部検査して、傷んでるものは交換したいので」

 ハンディパソコンを助手席に移しながら、整備員はそう言うと、一旦身体を起こすと、ドアの上越しにノウカを見る。

「そのやたら煙の多いタバコ、一酸化炭素で脳の判断能力下げてるんじゃないですか? 軍人なのに身体能力落ちているようでしたら、禁煙したほうがいいですよ」

 整備員がそう言うと、ノウカが赤面し、ハンキがその隣で失笑した。

 

 

 エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラs「アンタ達、納期1週間切ってるのわかってるんでしょーね!?」

 ────エクスプレッセスティ国鉄、パシャプラザ車両工場。

「ダラダラしてるやつはツォボ川に放流するよ!!」

 メガネをかけた管理職が激を飛ばす。

「台車嵌ったー!?」

「1位側はOK!」

「2位側も大丈夫ー!」

「了解ジャッキ降ろせー! ゆっくりねー!!」

 新規製造中のキハ3200形の車体を抱えているジャッキが、ゆっくりと降りていく。 ────ググッ、と、少し台車に荷重がかかったところで、一旦止まった。

「台車に異常ないー!?」

「1位側は大丈夫ですー!」

「2位側もー!!」

「車体ジャッキ下ろして!!」

 ググン、と、ジャッキの爪が、車体から離れるところまで降ろされる。

「台車緊締するよー!!」

「了解!!」

 貨物用に建設が始まったクワ・トイネ公国とロウリア連合王国の鉄道だが、旅客車は日本・台湾からの中古車をあらかた吐き出してしまい、 ────2エンジンのキハ52形だけはラッシュ時に編成に入っていて欲しいという現場側の主張で残ったが、とにかく新製車を投入する必要があるということで、国内新製車の気動車の生産が急がれていた。

 キハ3200形は、新潟NDCの一族である関鉄キハ2200形の準同型ながら、内製化されたExRキハ2200形、そのステンレス車体版だ。

 エンジンは三菱の6D21を過給器付きの横置きシリンダーにしたP-DMF11HSCで、360psになる。エクスプレッセスティに中古で入ってきたDMH17系の2倍の出力がある。ただし、DMH17系の換装用の場合は、変速機の強度の問題で270psにデチューンされている。

「皆さんお忙しそうですね……」

 そう言ったのは、半ばお忍びでエクスプレッセスティを訪れていた、クワ・トイネ首相のカナタだった。

「ええ、まぁ、新製車のまとまった発注が常にあるものでもないですし……」

 内務省交通局員のレベッカ・デイビスが、苦笑しながら答えた。

 他に、特別高等警察の私服刑事が、警護についている。

 当然だが、全員ヘルメットを着用している。

「我が国に対しては、首都圏やマイハーク近郊は電化を導入してはどうか、と、そちらからご提案を受けたようですが、今製造されているものとは違うのですか?」

 カナタが、キャットウォークからキハ3200形の組み立てを見ながら、レベッカにそう訊ねる。

「はい、この車両は気動車と言いまして、自身で熱機関とその燃料を抱えて走る車両です。設備投資があまり必要ではない為、ダイヤの────つまり、列車の運行スケジュールが詰まっていないところ向きなんですね」

「なるほど、それで電車というものは? 名前からすると、電気で動く車両かと思われますが……」

 カナタが問いかけると、レベッカは手を頭の上に乗せる仕種をした。

「その通りですが、もっとも違うのは元々のエネルギー源は自車で抱えておらず、外部の発電所で発電した電気をパンタグラフで取り入れながら走るところです。このために重量的に有利で、基本的には電車の方が気動車よりトータルの性能では優位です。ただ、地上設備が複雑になりますが……」

「エネルギーを外部から取り入れながら走る……少し想像がつきませんね……あ、失礼しました」

 レベッカの説明を聞いたが、カナタはいまいちピンと来なかったようで、そう呟いた。

「いえいえ、百聞は一見に如かずと言います。実際に見てもらった方が早いかも知れません」

 レベッカがそう提案する。

「それは……是非お願いしてよろしいでしょうか」

「ええ、では、車両基地の方に行きましょう。ちょうど時間もいいですし」

「?」

 レベッカの「ちょうど時間もいい」という言葉の意味を、カナタはイマイチ理解できなかった。

 レベッカの先導で、パシャプラザ車両区の留置線が並んでいる方へと向かっていく。

「あ、すみません」

 レベッカが、1人の作業員に声をかけた。

「今から出庫する車両を、こちらの見学者の方にお見せしたいのですが……」

「あ、それならあれが今から出ますよ」

 レベッカの問いかけに、作業員はそう言ってひとつの編成を指差した。

 ラインカラーのオレンジバーミリオンに塗られた4両編成に、作業服姿の職員が向かっていく。

 レベッカがそちらに駆け寄って行って、一言二言、2人の職員と言葉を交わした後、

「じゃあ、やりますよー」

 と、作業員の1人が、カナタ達にそう声をかけた。

「ほい」

 職員がパンタグラフ鉤外し操作をすると、バネ圧で、2両後ろのクモハ100形のパンタグラフが上昇する。

 ────と、同時に。

 ゴンゴンゴンゴン……

「おおっと」

 ブレーキ用空気圧縮機が作動を始める。カナタはその音に対して、どこか戯け混じりのようなリアクションをする。もうエクスプレッセスティの機械仕掛けには慣れた、という感じだった。

「なるほど、この上にある線から電気が供給されるようになっているわけですね」

 カナタは車体を見上げ、パンタグラフと架線を見上げながらそう言った。

「はい、そうです」

 レベッカが笑顔でそう言った、その直後────

「ありゃ、これ乗っけたまんまだったか」

 と、運転台の職員がそう言った。

「盗まれたのかと思ったけど、乗っけっぱなしだったのね」

 もう1人の、運転台に乗っていた職員が言う。

「それは?」

 興味が引かれたように、カナタが作業員に問いかける。

 ホーローのプレートで、円と細長い長方形が組み合わさった形状をしている。

 表面には、「ぼくに会いに来てくれてありがとう」という文字と、今より明るいオレンジ色のクハ1300形────まだ、クハ1300形と呼ばれる前の時代の写真がプリントされている。写真の左右に、ExRマークと営団Sマークが描かれていた。

「これが日本の地下鉄で使われていた時の姿です。文字は『ぼくに会いに来てくれてありがとう』と描かれていて、日本人旅行ツアーなんかの時にファンサービス走行する時に掲げているんです」

 職員は、それをカナタに見せるようにして、そう説明した。

『W4C04編成、出庫』

「っとと、やばっ」

 列車無線に入ってきた指示で、職員は慌てて、身体を車内に引き戻して、乗務員扉を閉めてしまう。

「あ、あの」

「ATS投入確認。場内信号黃点滅よし、W4C04編成出場」

 カナタが戸惑った声を出すが早いか、

 ヴォオォォォン……

 と、うなり音を立てて、4両編成はエムブラセクス中央駅へ向かって走り去って行ってしまった。

「…………」

「あ…………」

 ホーローボードをカナタが持っているのを見て、レベッカは気まずそうな表情をする。

「『ぼくに会いに来てくれてありがとう』、ですか」

 カナタは、そのボードを再度眺めるようにしながら、呟くように言った。

「エクスプレッセスティの方々も、モノに魂が宿るかのように言うんですね」

 レベッカの方に笑顔を向けて、カナタはそう言った。

「ええ、まぁ、日本の影響が強いもので……」

 レベッカは苦笑しながら答える。

「それで、日本製の電車に『ぼくに』、というわけですか」

「そうですね」

 お互い微笑みあって、そう言った。

「他に御案内の希望はありますでしょうか?」

「それでは────────

 





実は『ぼくに会いに来てありがとう』をやりたかった。
導入のつもりで前話を書いたら入らなかった。
なのでぴょんすけうさぎ氏の感想から展開してみた。
反省はしていない。


評価や感想など、具体的な反応があれば、続きを書くことがはかどります。TwitterでもOK。

https://twitter.com/kaonohito2

独自の種族(亜人)やその国家を登場させるのは……

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  • そんなことよりカツ丼定食
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