Side メイ
「お忙しいところお呼びだてして、申し訳ありません。私、帝国城内省の片瀬と申します」
「は、はあ。えっと、城内省の方がどのようなご用件で」
「本日はこれをお渡しに参りました」
いつも通り会社に出勤したら、いきなり上司に呼び出されて。なんて面倒な日なのかしら、朝から仕事をさぼる理由ができちゃう。なんて同僚にボヤキながら話を聞いたら、大使館に行けですって。
普段ならもっと前からアポが有ってしかるべきだから、今回は何事? ちょっと急すぎるわ。急ぎなら電話で事済むと思うんだけど。
私は両親がともに日本人だ。だから、れっきとした日本人。戸籍上も、もちろん日本人。でも、生まれはアメリカ。だから日本人なのに日本のことをよく知らなかった。それが悔しかった。自分の国なのに、住んだこともなければ行ったこともない。何もかも知らない。
去年、ついに帝国にBETAが上陸した。ユーラシア大陸はほぼ全滅した証拠だった。
私はそれに安心してしまった。帝国に住んでなくてよかった。そう、本気で安心した。その一方で、数千万人の命が消えた。私はこんなところで、後方の安全なところで娯楽に
そんなこと、私自身が許せなかった。日本人の心が許せなかった。
だから、少しでも日本のためになるように、アジア太平洋地域に関する諸問題を扱う、シンクタンクに入社した。日本の大使館とも連絡を密にした。
安全なところで何やってんだと後ろ指をさされることがあるかもしれない。最前線で戦っている人からすれば、何を頑張っているんだと思われるかもしれない。
でも、私は私にできることを精いっぱいやろうと思った。思っていた。
これと言いながら差し出されたのは一通の封筒。わざわざ封筒に入れて書類をもらうことなんて、相当稀だったから。今回はやっぱり特殊な事情があるのかしらね。
しかも。今回受け取った封筒は紫色をしていた。白か茶色じゃないのね。そう思いながら、裏を見る。
極秘とか、特急とか、そんな言葉が書いてあるかと思ったら違った。初めて見る。ハンコと、達筆すぎて読めない。何か知らないものが書いてある。
「これは?」
「
「ギョメイギョジ?」
「殿下の御名と、帝国の印でございます」
「殿下? 殿下って。ちょっと! じゃあこの紫は。殿下が下さった封筒ということ!? 何がどうなってるのよ!」
「私は詳細を存じ上げませんので。ご確認ください」
「え、ええ」
殿下から頂いた封筒を開ける。手が震える。破っていいものなの? そんなわけにいかないんじゃないかしら? じゃあどうやって。
ワタワタする私に、ペーパーナイフを差し出してくる。そ、そうよね。破らないと中見れないものね。びっくりしすぎて、何もできなくなっちゃたわ。
うわー。中も。キレイ。便箋がじゃない。字が。こんなにキレイにかけるんだ。凄いな。見とれてしまう。えっとー、なんだっけ。あ、内容だ。
ん? 帝国に? 国連軍? 基地? んん? 国連軍で? はたらく!?
「パパ。ママ。というわけなの」
「なにが。起こってるんだい。ママ!」
出社なんてしてる場合じゃない。所長には連絡を入れてすぐにパパとママも家に呼び戻す。手紙を見せると、私と同じように半パニックになるパパと、私の目をじっと見つめるママ。対照的だなー。でも、だから夫婦なんだろうなー。
ママの目が真剣なのを察したのか、パパのパニックが落ち着きを取り戻す。コーヒー飲む? なんて場を落ち着かせようとするパパを、ママの声が一閃する。
「これであなたの夢が叶うわね」
「夢?」
「日本のために何かしたいと思ったんでしょ? 殿下からお言葉をいただいたのよ。力を貸してほしいだなんて。これ以上、どうやってあなたの夢が叶うというの?」
「そ、そうね。うん! そうだよね!」
「やる気になったわね? じゃあ厳しい言葉を一つあげるわ。信じられないほどの責任が伴うわよ? 後方のアメリカで暢気にやってた仕事とは比べ物にならないわよ?」
「え」
「反論の一つでもしなさい。決意を見せなさい。アメリカで戦ってたですって? 片腹痛いわ。前線で散った行った兵士にも同じことが言えるのかしら?」
「ママ」
「パパは黙ってて。前線に行って。いえ、最前線よ。今日や明日にもBETAが来るかもしれない。そんなところで働けるのかしら?」
「えっと」
「意地を見せなさい! 意地を! こんな言葉に負けてたら仕事なんてやれないわよ!」
「わ、私は!」
「……」
「私は! 嫌だった。ずっと嫌だった。日本人なのに。日本人じゃないみたいな。私だって! 頑張りたい! 役に立ちたい!」
「死ぬ気でやりなさい。もちろん、本当に死ぬ気でよ? いい? 明後日にはアメリカを出発するのよね。その時が、私やパパと、あなたとの最後の瞬間になるわ。そういう覚悟よ? 一晩考えなさい。お子ちゃまが夢語っていいほど、楽な場所なんかじゃないのよ。みんな明日の一秒のために生きてるのよ。戦ってるのよ。その重圧に耐えられるかしら?」
ママに。何も言い返せなかった。
私の。私の思いは。そんなものだったのかな。情けない。戦場じゃないから、前線じゃないから、一緒に戦いたいって。そんな夢描いてたってこと?
昨日までの。いえ、今朝までの私を殴りたい。本気で日本の役に立ちたいと口では言いながら、やってることは結局サボり。のうのうと生きてるアメリカ人と何も変わらない。
アメリカで差別されてきた日本人が、日本の事情もろくに知らないまま、自分の弁舌に酔ってただけ。
「おや、メイ。起きてたのかい」
「パパ」
「隣いいかい?」
「自分家でしょ」
「そうだったね。飲むかい?」
「そんな気分じゃない」
こんな時でもお腹がすくなんて。皮肉なものよね。あんなことを言われた後にですら、天然物のご飯を食べられる。この普通を享受できなくなるのかもと思って、ご飯を前にして気持ちが上の空になった。お腹がすいてるのに食べる気が湧かない。
パパに声をかけられたのはそんな時だった。飲まないって言ったのに。ワインボトルとグラスが二つ。トクトクと注がれる音は否応なしに私の視線を奪う。
「あんなママを見たのは、二度目だよ」
「え?」
「一度目はね。僕がアメリカに行きたいと言ったあの日だよ。あの時のママはそれはそれは怖くてね。今日と同じだった。貴方みたいな人がアメリカに行ってどうするの? 何がしたいの? 理想だけの人間は潰れるわよ? 私はどうするの? 連れて行くの? じゃあ仕事はどうしたらいいの? それとも置いていくの? 貴方を待ってればいいの? いつまで待てばいいの? って。矢継ぎ早にね」
「パパは」
「ん?」
「パパはどうしたの? 説得したの?」
「いや、考えてもね説得できないと思ったからね。プレゼンしたよ」
「プレゼン?」
「何年後に何ができるようになってて。次に何ができるようになって。ってね。成功へのロードマップを作ったわけさ」
「それで良いって?」
「足りないって言われたよ。年ごとじゃなくて、月ごとにしてみろってね。最初はそんな予定たてれないと思ったけどね。違うんだ。それくらい情熱があるかを見たかったんだと思うよ。でもその時の僕にはわからなかった。真面目に月ごとの目標を立てたよ。そしたらなんていったと思う?」
「何?」
「紙に書いてた目標をね、一目見たらぐちゃぐちゃに丸めてね。僕が止める間もなくね。そして、合格。って」
「なにそれ」
「いやー、懐かしかったよ。ありがとね」
「パパ、馬鹿にしてる?」
「んーん。……。メイ。言ったことがなかったけどね。君の名前には漢字がある」
「どう書くの?」
「花が咲くの「咲く」に、「
「当て字? 咲に「め」なんて読み方あるの?」
「ママが昔見たことがあるそうでね。当て字みたいなものかな」
「
「
「うん」
「今から話すことは内緒だぞ。……。ママな、目を真っ赤にして。今までずっと泣いてたよ」
「え!?」
「最後の別れかもしれないのに。あんなに怒ってしまって。徴兵だったらどうしよう。あの子やっていけるかしら。なんでなんで。ってね」
「ママ」
「……。まずね。徴兵ではないと思ってるんだ。それならもう何年も前に連絡があるはずだからね。さらに言えば、帝国軍だと思うんだよ。じゃあ何をするのか。国連軍の呼び出しに殿下からのお言葉だ。よほどの機密だと考えられる。それならば、前線で、戦場で死ぬということもないとは思う。しかしね、責任はついてくるよ。でも、
「なんで?」
「殿下がお呼びになるくらいなんだ。
「うん。ありがと。パパ」
「封筒は持ったわね。服も大丈夫よね。コーヒーは?」
「大丈夫だって、ママ。コーヒーは要らないわ。もうあんな贅沢品、私には似合わないから」
「でも、飲みたくなったらどうするの?」
「それくらいにしないか、ママ。
「大丈夫よ、パパ。ねえ、ママ。私、戦ってくるわ。日本人として。そして立派になって帰ってくるわ。だから。またね」
「
「パパ。ママをよろしくね」
「ああ。心配するな。戦ってこい」
「
迎えに来ていたHSSTに乗っても、ママの声がまだ耳に残ってる。
窓も何もないので外の様子は全くわからない。でも、不意に壁に触れる。この向こうにママやパパがいる気がする。
エンジンが唸り、発進する。二人が写るペンダントにそっと口づける。絶対に最後になんかしない。絶対にまた戻ってくる。その時まで待っててね。そう決意をして日本へ旅立った。