Side 杉崎
「無理ですよ! 無理無理!」
「そう言わずだね、杉崎君」
「だってだって! 軍ですよ、軍! 私みたいな人が軍に入れるわけないじゃないですか!」
「えっと、私はこれにて」
「ええ。ご苦労様でございました」
城内省の役人かなんだか知らないけど。何あの人。感じ悪。グッとにらみつける。
午後の授業が終わって、あとは実験まとめて。うわー、教授から呼び出しあったわー。なんて思って来てみたら。
殿下から封筒が来てるって。意味わかんないから開けてみたら、「国連軍です」って!
もー、意味わかんない!
せっかく研究職になったら兵役免除かと思って頑張ってきたのに。これじゃあ意味ないじゃん。なんのために頑張って勉強してまで帝国大学入ったと思ってるのよ。私の高校生活返してよ。
1988年。日本は教育基本法を改正した。明らかに戦争への準備が画策されていた。私はそれに怯えた。だって、何もしなければ軍隊に入って、そのまま戦場。そんなの無理すぎる。でも一つだけ、穴を見つけた。帝国大学。
さすがの国も、戦力の補充しか頭にないわけじゃなくて、将来の指導層として帝国大学に進学した者は兵役の免除をするといったのだ。
当然、学力戦争は加速した。だって誰も戦争になんか行きたくないから。だから私も、そこに身を投じた。戦争に行かなくていいならなんだってする。人生から青春という大事な1ページを削ぎ落として、代わりに勉強に捧げた。
生半可な他の奴らとは違う。遊びたいし兵役も免除したいなんて奴は敵じゃなかった。
当然の結果として、私の勉強は実った。帝国大学へ進学した。家族はこれでもかと喜んだ。でも私はそれ以上に嬉しかった。名実ともに、大手を振って兵役免除だったから。
高校生の頃は後ろ指も差された。あいつは兵役が怖いから勉強してるだけだって。でも私の信念は揺るがなかった。「ええ、怖いです」と、平然と言ってのけた。
後ろ指を指してきてた奴らは、最後は私を羨んだ。ざまあみろ。
目標とする帝国大学に入ってからの私は、燃え尽きていた。完全な燃え尽き症候群だった。目標がなくなったから。
でも、また一つ壁が立ち上がってきた。大学3年生。卒業後の進路が差し迫ってきていた。何もない私には、就職先も
それでは意味がない。また私の尻に火が付いた。目標ができた。就職ができないなら、研究者にでもなればいい。帝国大学に残り続ける以上、兵役は免除される。
だから、4年生になった時の研究室選びは、迷うことなく死なない研究分野の門を叩いた。確実に国からの研究予算が下りる研究室。それが、帝国大学で知らない人間はいない、あの香月博士が所属した研究室だった。
運がいいのか、あまりに忙しすぎる研究の毎日だという噂で、人気がなかった。私にとっては行幸以外の何物でもなかった。するすると、応用量子物理研究室に所属した。
軍属に比べれば、戦場で死ぬことに比べれば、研究に忙しいなんて大したものじゃない。そう言い聞かせながら、毎日を過ごした。
当然のように大学院に進学。博士号を取得し、そのまま研究室の助教授になった。
私の人生は、私が思い描いた理想そのままに、進んでいた。
つい15分前までは。
もはや我が家といっても過言ではない、研究室の隣の準備室に行く。忙しいから帰らないわけじゃない。別に帰るような家がないから、ここにいるだけ。
仮眠をしようかと思ったけど、ふと枕元に置いた殿下の封筒が目に入った。
「七草粥の季節となりました。と、二年前なら申し上げていたことと思いますが。今となっては、七草どころか植生自体が寂しいものとなってしまいました。すべて私の不徳の致すところ。申し訳ありません。
突然のお手紙、失礼いたします。日本帝国国務全権代行、煌武院悠陽です。急なお話ではありますが、
つきましては、横浜に新たに国連軍の基地を建造する予定です。そこで杉崎さんには、極秘の任務に携わっていただきたいのです。
詳細は機密の観点からここで申し伝えるわけにはまいりません。ご容赦ください。
私は、そなたの研究に対する態度や業績を拝見させていただきました。この方であれば、帝国の、そして地球の未来を任せることができると確信いたしました。
ご承知いただけますならば、1月30日に帝国大学の前に移動用のお車を用意いたします。
よしなに
日本帝国国務全権代行、煌武院悠陽」
もー! 断れるわけないじゃん、こんなの!
そもそも、この手紙も機密でしょ? 行かないですなんて言った暁には、結局処分されちゃうよね。
ムリムリムリー!
はあ。なんで私が軍隊に。しかもこくれn……。ん?
殿下が。国連軍へ。入れって? は? 何かがおかしい。
そもそも。そもそもだよ? 私の何が気になったって? 業績や研究態度? 研究態度はおべっかだとして。業績って。博士論文がせいぜいだけど。だとしたら、教授じゃないの? 私が呼ばれる理由?
んん?
態度や業績を拝見させていただきました? 誰に? 殿下が嘘をつくようなことはないとしたら。おのずと。
私の態度や業績をまとめられる人間。あー。もしかして。お払い箱? まじで?
なんか急にやる気失せた。もー。はー。ほんとに無理。え、いつだっけ。1月30日って。明後日?
はあ!?
明後日!?
時間ないじゃん!
あー、もー。どうしよ。
まず明日は、夕方から引継ぎしなきゃだから、今日中にやれる範囲やっといて。えっと、片づけて。荷造りも。明日の講義は?