「えっ……ちょ……な、何……!」
とりあえず、何故自分はここで、こんな格好でいるのだろう。
詩織は自分の背後にいる縄を持った警察官に尋ねようとするも、あまりの状況に上手く言葉を発する事が出来ない。その上、
「今更抵抗するな。お前の刑はもう決まっている」
「わ、私の刑?」
「なんせお前は、あろうことかミリア会本部から機密書類を盗もうとした罰当たりものだからな。分かっているだろうが、そんな罰当たりものの末路何て決まっている。裁判なんかをやらなくてもな」
「あ、あの! 私、今さっきこっちの世界へ来たんですけど! しかも何か変な服に勝手に着替えちゃってるしっ……いや、服はいいんですけど! 盗もうとしたって、何ですか!? 私、盗み何て!」
彼氏は親友に盗まれた、いや取られたけど! と、詩織は必死に叫んだ。しかしそれを聞いていた、いや聞く気もない警察官は詩織のそんな主張を鼻で笑うと、
「はっ何を今更……情に訴えて罪を逃れようなんて思うなよ?」
「だから! 逃れようも何も、盗みなんてしてないんだってば!」
「往生際が悪いぞ、さっさと歩け!」
警察官は詩織を険しい表情で睨みつけると、背中を強い力で押す。
話を聞いてもらおうにもそれ以前に会話が成り立たないし、それにそもそも聞く気がない。
詩織は抵抗むなしく前へと押し出され、部屋の中央部分まで移動する。中央部分には、先程見た円形の低い柵が設置されている。詩織がその柵の中に入ると、警察官はようやく詩織の縄をほどき、その場から離れた。
詩織は改めて、柵の中から辺りを見回す。
――柵の後ろに用意されたたくさんの椅子に座している人々は、皆詩織の事を見つめていた。ただ、穏やかな表情をしている者はおらず、どれもこれも険しい、いや詩織の事を疎んじるような表情をしている。
いくらこういう経験に疎い詩織でも、それをみてすぐに悟った。ここは自分にとって完全にアウェーなのだということだ。
詩織にしてみれば全く心当たりはないのだけれど、ここにいる人々は皆、詩織の事を「機密書類を盗もうとした悪党」だと思っている。ミリア会、と先ほどの警察官は言っていたけれど、詩織はそんな会は知らない。一体何がどうなって、こうなったのか。
「な、なによこれ……何なのよ」
訳も分からず扉を開けて「新しい道」とやらに飛び込んだのはいいけれど、いきなり泥棒呼ばわりの上、裁判の被告人?
これが、詩織に与えられたという「新しい道」だというのだろうか? いくらなんでもあんまりだと、詩織は肩を落とす。
「国境の長いトンネルを抜けたら雪国だった」もとい、「扉を開けたら戦場だった」から、「不思議な扉を開けたら、何故か裁判所っぽいところでした」になって、挙句の果てに「いつの間にやら犯罪者で裁判の被告人で落ち着きました」という、この環境は一体!
どうしよう、どうしたらいい!?
絶対に私、誰かと間違えられているよ! だって私、罪なんて犯した覚えないし!
そりゃ、一度は命を粗末にしようとしたよ。でも、いくら何でもこれはないじゃない!
――考えれば考える程、詩織はパニックに陥りそうだった。
でも、周りは待ってくれそうにない。当然だ、もう法廷に引きずり出されているわけだから。
そうこうしている内に、そんな詩織の正面の壇上にいる五人の内の一人が、何やら紙を取り出し読み上げ始めた。
割と早口、そして妙に複雑な単語が多用されているので全てを聞き取ることは出来なかったが、一番重要な部分だけ、詩織は聞き取った。
『主文、被告人を斬首刑に処す』
その瞬間、場内が一瞬でワッと湧き上がった。この法廷内にいる人間全て――もちろん詩織以外だが――が、その判決に歓喜しているのが分かった。
詩織を見る人々のあの表情を見れば、それも当然なのかもしれない。でも、
「斬首って何よ! 冗談じゃないわ!」
そう、全く持って冗談じゃない。詩織にしてみれば、訳も分からず、やってもない罪で斬首刑になるなど「はいそうですか」と素直に受け入れられるわけがなかった。
――焦った詩織は、判決で歓声に沸く場内のどさくさに紛れて逃げ出そうと、先程通り抜けてきた扉まで素早く走る。そして、斬首になるくらいな元の世界に戻ってやる! とばかりに勢いよくドアを開けたのだけれど、ドアの向こう側は、見慣れない廊下。そしてガランとした広いスペースが広がるのみだった。
扉を開けたら、見知らぬ廊下だった。もはや物語の冒頭になるのも値しない状況だった。
扉の向こう側に元の世界の風景がないということは、もうあちらの世界に変える手段はないという事。ということは、詩織はこのまま訳も分からず、犯罪者として斬首されてしまうのか?
生きたまま火に焼かれるのも嫌だったけれど、生きたまま首を斬り落とされるのだって嫌だ! いやむしろ冗談じゃない!
「おい! お前、逃げるな! 止まれ!」
――そんな中、扉を開けて呆然としている詩織を、先程腰縄で詩織を法廷中央に連れてきた警官が見つけて連れ戻しに来た。当然、彼に捕まれば詩織はこのまま斬首刑になる。
「くっ……」
詩織は一瞬だけ躊躇するも、そのまま扉からガランとした廊下へと飛び出した。
逃げるなと言われ逃げない泥棒がいないように、止まれ、といわれ止まる冤罪の被告人がいてたまるか!
詩織はとにかく全力で走り出す。当然そんな詩織を、警官が追ってきた。しかも一人ではなく、数人で。
一度は死を覚悟していた詩織ではあるけれど、「生きる」という道を選択した以上、死ぬことには抵抗を感じるし、訳も分からずいわれのない罪で斬首なんて、冗談じゃないと、その思いの方が今は強い。
幸いなことに、足、特に逃げ足の速さだけは自信がある詩織。部活もやってなかったし、体育の成績が少し良かったくらいで今までの人生でそれが役に立つようなことはなかったけど、今こそ! 今こそそれを披露するときが来た! 詩織はただただ前を向いて、必死に走る。
嫌だ。死にたくない、死にたくない、死にたくない――!
見知らぬ場所を、ただただ必死に逃げる。向こうの世界でもこっちの世界でも、ろくなことが無いと自分の運命を呪う詩織である。でも、捕まれば殺される以上、逃げるしか今は方法がない。
「……! 行き止まり……!?」
――そんな詩織だったが、必死に逃げ続けたにも拘らず、自分が進もうとしている道の果てが「行き止まり」ということを悟った。走ってきた廊下の先が袋小路になっていることに気が付いた。
後戻りするにも、追っ手が来ているので戻ることは出来ない。焦った詩織が辺りを見回すと、袋小路の直前の廊下の左右には、幸いなことにいくつか扉があった。どうやら部屋があるらしい。詩織は慌ててそれらを開けようとするが、どの部屋の扉も、鍵が閉まっていて一向に空く気配がない。
どうしよう――どうする詩織! このままでは、わけもわからず捕まって斬首に!
詩織は廊下の一番奥にほど近いところにある扉の前で立ち止まった。そして鍵の閉まっている扉をドンドンと叩きながら、必死に頭を巡らせる。
不思議な体験をして辛うじて焼死は免れたものの、ものの数分でまたもや危機に! しかもせっかく生きるチャンスを与えられたのに、理由も良く分からない罪で斬首刑だなんて!
「嫌だ……嫌だ! こんな形で死にたくない……!」
迫りくる追っ手。開かない扉。それに焦る気持ち――詩織はそんなめまぐるしい状況にむせ返りそうになりながらも、ドアノブをガチャガチャと激しく回しながらそう叫んだ。
と――そんな中。