大切なもののために。
邪智暴虐のトレーナーに思い知らせてやるために。
ヒシミラクルは激怒した。
必ずあの邪智暴虐のトレーナーを除かねばならぬと決意した。
ヒシミラクルには政治が分からぬ。
公民の授業はいつも夢の中で遊んでいるためである。
本人は5限目で食後に授業するのが悪いと本気で思っている。
テスト前は友人に泣きついてノートを見せてもらっている。
でも懲りない。
ヒシミラクルはウマ一倍やる気がない少女であった。
プールトレーニングにおいては尚更だった。
今日、5日目の連続プールトレーニングに猛抗議している。
そもそも減量中に買い食いしまくり、
むしろ増量したことのお仕置きだということは都合良く忘れている。
そして今トレーナーとの口論に負けた。正論パンチでボコボコに殴られた。
レスバにおいて最後にレスした方が勝ちとはよく言ったものだが、
泣く一歩手前までというか半歩くらい踏み込んだヒシミラクルは、
三下みたいな捨て台詞を吐いてトレーナー室から逃走した。
スマホ忘れた。
のこのこ戻ってきてもう一回捨て台詞を吐き、気を取り直して逃走した。
トレセン学園を離れ、商店街まで逃げてきた。
逃走中、ネオユニヴァースに出会った。
私服ということは今日はトレーニングがオフらしい。
丁度いい。どこかで匿ってもらおうとヒシミラクルは声をかける。
ヒシミラクルに気づくネオユニヴァース。即座にスマホで電話をかけるネオユニヴァース。
ウマ娘の発達した耳はスマホから流れる邪智暴虐の声を捉えた。
「『邂逅』、対象をディスカバリーしたよ。」
ネオユニヴァースが淡々と通話する。すでに同期は邪智暴虐の手に落ちていた。
これでは友人に会うのも危ない。ヒシミラクルは逃げる。
走るならちゃんとウマ娘用レーンを走れミラ子。
無我夢中で走り続けた結果気づけば見覚えのない街まで来ていた。
スマホで位置情報を確認するとここは所沢らしい。
ここまで来れば流石に追ってこれまい。
そう思うと安堵と同時にトレーナーに対する怒りが湧いてきた。
腹いせに買い食いでもしようか。
焼き団子が名物と知ったヒシミラクルはそんなことを考えていた。
その時だった。近くの団子屋について調べていた画面の上部にメッセージアプリの通知が来た。
送り主はトレーナーだ。ようやく反省する気になったか。
私を失ってその喪失感に謝りに来たに違いない。
この件で強請ってしばらく好き放題しようか、
と妄想しながらヒシミラクルは通知のバーをタップした。
次の瞬間、ヒシミラクルは自分の顔が引き攣るのが分かった。
トレーナーが送ってきた画像には
「超スペシャルお好み焼きDX一食引換券」と書かれた紙の画像と共に
「日没までに戻らなければこれが今日の私の晩御飯に変わります」
とメッセージが送られてきていた。ヒシミラクルは戦慄した。
血の通った生き物でありながらここまでの非道ができるものなのか。
このチケットはヒシミラクルが行きつけのお好み焼き屋に通い詰め、
つい先日スタンプカードをコンプリートすることで手に入れた代物だった。
名だたる美食家達が感動し号泣するほど美味いとの噂の超スペシャルお好み焼きDX。
ミシュランの審査員が美味すぎて8つ星つけようとして
解雇されたとの噂もある伝説のお好み焼きである。
しかし誰でも食べられるというわけではない。
食材の希少価値故にスタンプ100個集めることでしか、
食べる方法が用意されて居ないというのはお好み焼き界隈では有名な話である。
1年に1度作るだけでも店が傾くほどのコストがかかるらしい。なんでそんなメニュー作ったんだ。
あまりの希少性にいつ使うか迷っていた矢先にこれである。
いつトレーナー室に落とした?トレーナー室でダラダラしていた心当たりが多すぎて分からない。
そもそもそんなもの持ち歩いてるのが悪いまである。
お好み焼き仲間に見せびらかして回っていた天罰かもしれない。
だがそんなことを考えて場合では無い。
現在の時刻は5時過ぎ。
この季節ならあと1時間もすれば日が沈むだろう。
走れミラ子。伝説のお好み焼きの為に。
「お姉ちゃんはやーい!」
必死の形相で走るヒシミラクルを見て小学生達がキャッキャと笑う。
間に合うために小学校の前を通ることになってしまった。
状況が状況な為ちょっと恥ずかしい。メンコの中の耳は真っ赤である。
そんな中、通りすがりに遠くから小学生、特にウマ娘を見ていた不審な人影を見つけた。
無事トレセンに辿り着いたら通報しとこうかなどと考えていると突如後ろから奇声が聞こえた。
「ひょえええ!ヒシミラクルさんの真剣疾走尊い…しゅき…」
不審な人影は知り合いだった。ヒシミラクルはそれでも通報しようか迷っている。
「何やらお急ぎのご様子…トレセンまでの近道をお教えしましょうか?」
変態がうしろから後ろから話しかけてきた。
かなり加速している自分に平然と一瞬で追いついてきた変態に恐怖しながらも、
これほどありがたい申し出は無い。
教えて貰った抜け道を抜けるとトレセンが見えてきた。もう日は今にも沈みきりそうだ。
門の前でトレーナーがチケットを振って待っている。
そして息も絶え絶えながらなんとか門を潜った。私の勝ちだ。
地面にねっ転がり心地良い脱力感に身を任せていると、トレーナーが話しかけてきた。
「プールに飽き飽きしてたならいいトレーニングになっただろ?」
そうか。こんな時でもこの人は私のために考えてくれてたんだ。
「リフレッシュになっただろうし明日からまたプールトレーニング再開な」
ヒシミラクルは激怒した。
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