アルダン「それでは、改めまして…メジロアルダンと申します。
これからなにとぞ、よろしくお願いいたします。」
「よ、よろしくな…アルダン」
アルダン「ふふっ、そんなに緊張なさらないでくださいませ。
どうか、肩の力をお抜きしましょう。」
「……あ、あぁ…」
決心して、選抜レースの後に声をかけて……。
めでたく担当トレーナーになった……が、なったらなったで…変に緊張してきた。
その緊張が伝わったのか、アルダンはクスクスと微笑みながら、こちらを見ていた。
(……早く1人前にならないとな)
アルダン「……ではさっそく、というのもなんなのですが。」
アルダン「今週末、お付き合い願えますでしょうか?
─────トレーナーさん。」
「……?」
────────────────────
【週末】
と、いうことで────
ばあや「では…アルダンお嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。
トレーナー様、お嬢様のこと、なにとぞよろしくお願いいたします。」
「は、はいっ!」
……メジロ家の、それはそれは高そうなお車に乗せられて、美術館までやって来たのだった。
アルダン「ふふっ、トレーナーさん、どうぞそう硬くならずに。
ばあや、お見送りありがとう。行って参りますね。」
緊張を紛らわそうと、辺りを見回してしまっていたのを見たアルダンが困ったように笑っていた。
何とか話を切り出さないと……と、目をやると。
現在開催してると思わしき企画展のタイトルが目に入った。
「……刹那、展?」
アルダン「はい。
……もともと興味があり、足を運ぶつもりでしたが、ぜひトレーナーさんにもお付き合いいただきたいと思いまして。」
「どういう展示会なの?」
アルダン「種別は、多岐に渡ります。
絵画、彫刻、写真、映像、工芸─────」
アルダン「しかしそれらは、ただ1つの共通項を持っています。」
「……共通項?」
アルダン「全てが…''遺作''であるということです。」
…………………………。
場内には、確かに多種多様な作品が飾られていた。
''全てが遺作''と聞いて、最初はどこか構えていたが────
実際眺めて回ると、足が止まるものもあれば
首を捻るばかりのものもある……言ってしまえば
至って普通の美術展だった。
アルダン「そうですね。
受け取り手にとっては、得てしてそういうものだと思います。」
ということで、場内をじっくりと見て回り、外へと戻って来たのだが────
アルダン「トレーナーさん、あともう1ヶ所だけ。
美術館裏手の森へ、行ってもよろしいでしょうか?」
アルダン「実は、そこに最後の作品が展示されているのです。
…どうしても、それだけは見ておきたくて。」
アルダン「もう少しだけ、お付き合い願います。」
………………。
共に森へと足を運ぶ。
そもそも、作品があるということを知っている者が少ないのか、他の客は見当たらなかった。
けれど、そこには──────
アルダン「あぁ……そうです、これが。
……これが、見たかったのです。」
そこには、一枚の絵画が。
……日に焼け、雨ざらしになり、見る影もなく色褪せた、一枚の絵画があった。
アルダン「作者の方は、この絵の展示を''外に限り''許す、と言い遺されたそうです。」
アルダン「……………………。」
長い、長い時間を、メジロアルダンと共に黙って絵を見つめながら過ごした─────
────────────────
【その日の夕方】
アルダン「もう、ご存じのこととは思いますが。
……私は、生まれつき、あまりに弱く、脆い体をしております。」
「……あぁ」
美術館を離れ、カフェでひと息ついた時のこと。
メジロアルダンは、静かにそう語り始めた。
アルダン「それでも、同じく脆いと言われた脚を持って生まれた姉は奇跡的に回復したからと、一縷の望みをかけましたが───」
アルダン「どうやら、そう甘くはありませんでした。
世の常、ですね。」
アルダン「主治医からは''率直に言ってレースに耐えうる体では無い''
''ケガや故障と隣り合わせになるだろう''と診断されました。」
アルダン「……両親は、いまだに私が競走生活を送ることに反対しています。
私を失うことが恐ろしくて堪らないと、先日も電話で泣かれました。」
アルダン「私は本来、双子で生まれる予定でしたが────
片方は死産でしたので。
同じ結末に至らせるわけにはいかないと、必死なのでしょう。」
アルダン「ですが────それでも。
それでも、です、トレーナーさん。」
「……っ…!」
そうして向けられた目には、あの時と同じ…重い覚悟を宿していた。
その目は…しかとこちらを見据えていた。
アルダン「いつ砕け散るとも知れぬ身です。
メジロの、あるいはウマ娘たちの紡ぐ輝かしき歴史の中に、すぐ埋もれゆくこともあるでしょう。」
アルダン「すぐに色褪せ、忘れ去られる。
─────それでも…''今''」
アルダン「今、この瞬間を輝かせるために命を賭すことは
私に許されたただ1つの権利なのです。」
アルダン「短くとも、儚くとも。
ほんのかすかな光跡であろうとも。」
アルダン「私は私自身の生きた軌跡を、''今''にひと筋、残したいのです。」
「……アルダン…」
アルダン「……ご協力いただけますでしょうか、トレーナーさん。」
メジロアルダンから、改めてそう訊ねられる。
これまでは彼女の重い覚悟の前に、幾度も言葉を失ってきたが────
「……きっと、今日…最後に見た絵画も…綺麗、だったんだろうな」
アルダン「……!」
「見る人の心に、何かを伝えて…時には涙を…時には心震わせ、感動させる……そんな絵画だったんだなって、一緒に見てて思ったよ」
アルダン「……トレーナー…さん…。」
「俺もアルダンが綺麗に輝けるように、頑張るよ」
アルダン「………………」
「ごめん、ちょっと生意気だったかな」
アルダン「…いえ、すいません。
多少なりとも物怖じするであろうと、失礼な予測を立ててしまっておりました。」
アルダン「貴方は……私が思ってたよりもずっと
覚悟を決めてくださっていたのですね。」
それから、メジロアルダンの手を取り、改めて握手を交わす。
''今''を輝かせんと突き進む彼女を、これから精一杯支えていこう、と、強く決意するのだった……。
アルダン【あの絵画に関する逸話を……私はもう1つ知っている】
アルダン【かの絵の作者には、活動を生涯隣で支え続けたパートナーがいて────────】
アルダン【あの1枚は、そのパートナーに宛て、最期の力を振り絞って遺したものだという】
(……あれ、凄い自然な流れで手を握っちゃった…)
アルダン(トレーナーさんの手……温かい……
不思議、何だか……とっても安心する……。)
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