テンポイントが仮契約となって、初の練習の日となった。
入念にウォーミングアップをするシュヴァル、アルダン、そして…。
テン「…………。」
ゆっくり、そして念入りに体をほぐすテンポイント。
エース「うしっ、みんな準備はいいか?」
「悪いな、エース、仕切ってもらっちまって」
エース「おうっ、これも先輩としての役目ってな!」
頼もしいエースの姿につい頬が緩んでしまう。
テン「……ふぅ…。」
立ち上がり、ゆっくり直線を見つめるテンポイント。
シュヴァル「…えと、どうしましょうか…?」
アルダン「2組で併走にしておきましょう。
…では、私はテンポイントさんと…シュヴァルさんはエースさんとでよろしいでしょうか。」
エース「おうっ、構わねぇぜ」
シュヴァル「わ、わかりました。」
テン「…はい。」
「よし…じゃあ、スタート!」
掛け声と共に、踏み込み…スピードを上げる3人。
エース(テンポイントは…)
チラッと後方を見ると…やはり遅れを取っていた。
テン「…ふっ…はっ…。」
アルダン「…………なるほど…。」
隣で走っていたアルダンも違和感に気付いたようだ。
シュヴァル(…は、走るのに…戸惑ってる…?)
そのまま、遅れを取る形でゴールとなった。
テン「…はぁっ…はっ…。」
膝に手をつき…息を切らすテンポイント。
その様子を見ていたエースが近づいてきた。
エース「…どう思う、トレーナー?」
「何だか…走るのに抵抗がある気がする。」
エース「やっぱりそう思うか…アタシもそう思うんだ。」
アルダン「…えぇ、エースさんに同感です。」
シュヴァル「…ぼ、僕も…。」
やはり、みんな思っている事は同じようだった。
本人はどう思っているのか…俺は聞いてみることにした。
「テン。」
テン「…トレーナー様…申し訳ありません…何か至らぬ所がありましたら…遠慮なく、お申し下さい。」
「……1つ、聞いていいか?」
テン「…はい、何なりと。」
「走るの…''怖い''か?」
テン「…………。」
その質問に、テンポイントは俯いた。
「答えなくなかったら、無理に言わなくてもいい。」
テン「…その通り、です。」
「………。」
テン「…もちろん、手を抜いている訳では、ありません。
…本当は…心から全力で走りたいと思っています…ただ…。」
胸を押さえ…眉をひそめるテンポイント。
テン「…怖いんです…走り切った後にどうなるのか分からないのが…。」
「………。」
無理もない、今までの事…自分の体の弱さを知っているからそう思ってしまうのは当然と言えるだろう。
「…走れるよ、いや、走ろう…テン。
そのサポートをするために…俺がいる。」
テン「…よろしいのですか、トレーナー様…。
もし…もし、最悪の事態に─────」
「ならないよ、させてたまるか。」
テン「─────。」
その一言に、テンポイントはグッと拳を握った。
テン「…わかりました、トレーナー様のご意向に…従います。」
アルダン「…お話、ついたようですね。」
「あぁ、待たせてすまなかったな。」
エース「…顔が変わったな、テンポイント。」
テン「…はい、お陰様で…。」
シュヴァル(な、なんだろう…すごい雰囲気を…感じる…。)
深呼吸をし、空を見上げるテンポイント。
その目は…いつもより少し力強く見えた。
テン「天を翔け…ただ、前に…真っ直ぐに…一筋の星の様に…。」
スタート体勢に入った時だった、みんなの目の色が変わった。
エース「なっ…。」
アルダン「えっ…。」
シュヴァル「…こ、これは…。」
それは、明らかにスタートするには低すぎるくらい体を沈みこませるテンポイントの姿だった。
「………スタート!」
その一言と、同時だった。
─────俺は、光を見た気がした。
並外れた加速力と、伸びやかな脚使い。
どこまでも走っていきそうな…テンポイントの姿だった。
テン「これが…私の…本能…。」
一陣の風になったテンポイントは、そのままのスピードで…ゴールへと飛び込んだ。
エース「おいおい、こりゃ…。」
シュヴァル「すごい…。」
アルダン「ですが…やはり…。」
テン「…くっ…はぁっ…ぁっ…。」
ゴールしてすぐに、片膝をついたテンポイント。
慌てて駆け寄ると…。
テン「トレーナー…様…私の走り…見てくださいましたでしょうか…。」
「あぁ…とんでもない走りだったよ、テン。」
テン「…喜んでくださり、嬉しく…思います。
ですが…走り終わってこうならない様にするのが…目指すべき姿…です。」
「…あぁ、そうだな。」
テン「引き続き…トレーニングの方…よろしくお願いします。」
エース「少し休憩したら、走れるか?」
テン「…はい、皆さま、お相手の方…よろしくお願いします。」
………………。
【練習終わり】
テンポイントを、何度か走らせて分かった事がある。
まず1つは、体の柔らかさ…特に背中の柔らかさには目を見張る物があった。
そこから生み出されるスピードには、まだまだ上昇の余地がありそうだった。
そして、もう1つは心肺機能の高さ。
走った後の息切れなどは多いが…回復するまでにかかる時間が比較的早い。
スタミナ面を鍛えれば…もしかすると…。
(とりあえず…こんなところだな。)
今すぐにでも選抜レースに出れそうなほど、ポテンシャルが高い場面を見せつけたテンポイント。
…だが、本人の意志をまずは尊重しよう。
今はゆっくりとトレーニングを積んで…。
コンコン。
「…?…はい、どうぞ?」
テン「失礼致します。」
「テン…どうした?」
テン「お忙しいところ、大変申し訳ありません…その、実は…。」
「…?」
言いにくいのか、耳をへたらせて頭を下げるテンポイント。
テン「…すみません、何だか…人肌が恋しいと言いますか…。
トレーナー様…よしよろしければ…手を握っていただけませんか…。」
「…あ、うん…そんなことでいいの?」
申し訳なさそうに手を出すテンポイント。
そう言う一面もあるんだなと思いつつ…優しく手を取った。
テン「…すいません…あまり…他人からこういったことをしてもらえなかったので…。」
(…ウマ娘の過去にも色々あり…か)
深くは聞かないでおこう、ただ…本人が望むのならこれくらいはお易い御用だ。
テン「…ありがとうございます。
どうか、トレーナー様も無理をなさらぬよう…ご自愛ください。」
スカートの端と端を摘み、お辞儀するテンポイント。
トレーナー室を出る直前に呼び止めた。
「テン。」
テン「…はい…?」
「何か力になれそうなことがあったら遠慮なく言えよ。」
テン「…お心遣い、痛み入ります。
ですが…トレーナー様が居てくれる…それだけで私は十分幸せでございます。」
そう言って、テンポイントはトレーナー室を後にした。
「…幸せ…か。」
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