【アスティカシア高等専門学校 ジェターク寮ラウンジ】
「で、お前の妹はあれだけテンションが高いのか。マリナ皇女と直接話したんだって?」
「ええ、ぜひとも救ってくれた方に直接お礼がしたいと。それで話したんですけど……前日からずっとあの様子ですよ、グエル先輩」
アスティカシア高等専門学校の一角に存在するジェターク寮。極めて広大なフロントのスペースの一部をそれはもう広々と確保したそのさらに一角で、カスパールと寮長かつ生徒であるグエル・ジェタークはそれはもう呆れ気味にテーブルに頬杖をついていた。その横では、グエルの義弟であるラウダ・ニールが、癖なのか前髪を片手でつねるようにいじっている。
少し距離を離した場所では、快晴の青空に見えるフロントの景色の下、少女達が楽しくマリナ皇女たちのことを話題にしていた。
「で、余計なことというか。あの妹は面倒そうなことは聞いていないんだよな?」
「聞きました、ばっちり。答えははぐらかされましたけど」
グエルはその答えを聞いてからゆっくりとコーヒーを飲み、口で大きく息を吸って鼻からゆっくり出す。心労が募る二人のことは知らないで、アーケミーは同じジェターク寮のフェルシー・ロロとペトラ・イッタと共に話に花を咲かせている。
「聞いたのか……」
「聞いたんだ……」
「聞きました……」
グエル、ラウダ、カスパールは三人同時に手で目を覆いそうになった。特にカスパールの胃はマッハとでもいうような状態で、とても授業後のコーヒータイムなんて楽しめる気分ではなかった。
「居場所はきちんと確保しておくが、もし何か変なことがあったら俺達ではどうしようもないぞ」
「居場所を維持してるだけありがたいですよ。それよりもですが」
「あの緑の所属不明機体のことが気になるのか? そういうのが得意なフォントに任せてある」
「さすが寮長ですね。人を見る目がすごく良い」
ようやくグエルとカスパールは頬杖を止め、本題に移る。先程までのボケーッとしたような空気が嘘だったように、一瞬でひりついたものになった。
「あれ、どこかの秘密兵器とかですか? ただのテロリストだとしても、あんな機体を持ち合わせていませんよね?」
「かもな。所属が割れないと言ってるし、メモリに中々アクセスもできないときた。もしかしたら何度も波状攻撃を仕掛けてくるんじゃないかって、フォントが血眼で調べている」
二人が言うフォントとは、フォント・ボーという経営戦略科の生徒である。電子的な操作やプログラミングが非常に得意で、思考ができる補助AIを自己流で組んでしまうほどのオタク優等生。
ゴシップ情報、さらにモビルスーツの情報が好きな彼は、グエルと学園の頼みにより学園側で回収した先の機体の解析にあたっていた。
「カスパール……あの機体のいくつかを撃墜したって? ホルダーを目指してなくとも、その活躍なら他の寮の奴らもお前を見直すよ」
「そういうのは自己主張する人が得をするもので。だいたいはアーケミーに行くもんですよ、ラウダ先輩」
「お前はまったく。そういうのは素直に受け取っておけよ。……っと時間だ。悪いがここで席を外すぞ。次の決闘は、お前の妹が相手だろうと容赦はしない」
グエルはちらりと時計を見やり、『己の戦いの場所』へ向かうために立ち上がる。それに追従するように弟のラウダも席を立つ。
「時間ですか? はぁ、まったくなんでこんな勝負を……」
「問題なく倒させてもらう。……たまにはお前もホルダーの座を狙いに来ていいんだぞ」
「いえ、ゲシュペンストをあんまり壊したくないんですよ」
「まぁいいや。行くぞ」
なかなか挑戦しに来ないので、つまらないと思われたであろうか。しかしカスパールは、ゲシュペンストを破損させることで妹にあまり心配をかけさせたくはなかった。妹の方は異なるが……。
「ほほーう? ゲシュペンストを壊したくない、ですの?」
「妹に心配かけさせたくないんでしょー」
「そういうの、2年もジェターク寮に一緒にいればわかってくるし」
グエル達と入れ替わるように、いつの間にか話を終えたアーケミー、フェルシー、ペトラの三人。フェルシーとペトラはカスパールをニヤニヤとからかってから、グエルとラウダを追いかけていった。
残るは今度こそ羞恥で目を手で抑えたカスパールと、『ねぇどんな気持ちどんな気持ち』の軽快すぎるステップを踏むアーケミー。
「どんな気持ちですか!? どんな気持ちですの!? この愛らしい妹を不安に思わせたくないと悟られないための嘘が、周りにまるっと全部綺麗に見抜かれている気持ちは!?」
「うるさい! グエル先輩が行くんだから、お前も時間だろ!? だいたいお前、転校生と一緒にグエル先輩に挑むとか、ホントお前……」
側頭部を腕で挟んでぐりぐりしようとしたカスパールだったが、アーケミーに強い腕力遮られて、ぎりぎりとした拮抗状態になる。
「大丈夫ですわ! グエル先輩と仲良い兄様の可愛い妹ですので、あの二人も手荒な真似はしないでしょうし。なんとか勝利してみせますわ!」
「……不安だ」
グエルやラウダと戦う、アスティカシアでの『ホルダー』の座をかけた決闘。それにはアーケミーと、転校してきたばかりのスレッタ・マーキュリーがいきなりコンビで挑むのだ。
時は少しさかのぼり――数時間前。
【アスティカシア高等専門学校 森林区画】
生徒の心身を健康的にするため、広々としたアスティカシアには自然環境を模した区画もある。そこはは青々とした木々や草花が綺麗に植えられており、自然の恵みや爽やかさを享受できる空間であった。
その中にぽつんと、ミオリネ・レンブランが所有する音質小屋がある。
「あのっ、ありがとうございますっ。さっきは助けていただいて」
「なんでアンタ達はここにいるのよ」
「大丈夫ですわ、成り行きですので」
「何が大丈夫なのよ」
色鮮やかに熟し始めているトマトを育てる温室。その中でミオリネ・レンブランはトマトの状態を細かに管理しながら、目を向けることもなく入り口付近にいるスレッタ・マーキュリーとアーケミー・ヴァントシルムへ、ぶっきらぼうに受け答えする。
スレッタは転入してくるすぐの先の戦闘区域でミオリネを救助し、学校に来てすぐに校内で倒れ込むモビルスーツからミオリネに救われた。ちなみにアーケミーはただ情報通として、噂の転校生のスレッタについてきただけである。
「そこにいるのはいいけど、温室内に入らないで」
「ご、ごめんなさい……」
「噂通り厳しいですわね」
温室内につい足を踏み入れようとしたスレッタとアーケミーに対し、ミオリネはぴしゃりと厳しく拒絶を言い放つ。
弱気なスレッタはその言葉を受けてそろそろと静かに下がり、アーケミーはこれ以上怒らせないようにしようと一歩下がる。
しかしスレッタは温室内で育つものが珍しいようで、興味深そうに赤い果実を眺めている。
「なによ」
「あの、なにを育てているんですか?」
「見ればわかるでしょ、トマトよ」
「トマト……」
これがトマトなのかと初めて言葉を覚えた子供のように、スレッタは真剣にトマトを見る。
「スレッタさん。水星のフロントから転校してきたとおっしゃってましたが、トマトはは向こうで無いんですの?」
「トマト味しか、なくて」
「水星って裕福ではないと聞いてはいますが、とても厳しい環境ですのね……」
初めて見る美味しそうなトマトに刺激されてしまったのか、スレッタのおなかから音が鳴る。ミオリネはそれを聞き、しょうがなさそうにトマトを一つもぎってスレッタに渡した。
しかしスレッタは初めての食材にどうしていいかわからず、近くの二人を交互に見やってしまう。
「そのまま食べれば大丈夫ですわ」
アーケミーの耳打ちを受けて、スレッタは恐る恐るといった感じで手のひらサイズのトマトにかぶりつく。初めての体験だから口元にトマトのみずみずしい果汁が付いてしまうが、新鮮で少々の甘さと鮮やかな味が口に広がり、トマトの断面から漂う匂いが鼻腔に優しく残った。
「おいしい、です」
「当たり前でしょ。そのトマト、お母さんのだから」
「えっ、お母さんのを私、食べちゃったんですか!?」
「馬鹿ね、お母さんが作ったのよ。もちろん、品種を」
「じーっ……」
驚いてから一安心したスレッタは、隣で物欲しそうに見つめるアーケミーのことはもはや視界に入ってなかった。残りの量を残らず食べ、頭を下げてごちそうさまでしたと感謝した。
ただトマトの味に感動しているスレッタはいいとして、あれこれ言いふらしそうなアーケミーは少なくともついてくるのを許すべきではなかったとミオリネは後悔した。母親が残したトマトを後生大事に育てているなど言いふらされるのは御免であったが、後の祭りである。
「そうだスレッタ。生徒手帳貸して、学園マップ入れておくわ。それでさっさと出てって」
「そ、そんな……! 私のトマトはないんですの!? スレッタさんのあれ! あの表情! あれを見せられて放逐は生殺し――」
「アンタなんで貰えると思ってんの?」
よよよと泣き崩れる真似でもしようとアーケミーは考えたが、そこまでするとミオリネに本当に蹴飛ばされそうだと考えてやめた。
しかし、スレッタの生徒手帳を操作したミオリネはようやく一人になれるどころか、またも客人を迎え入れてしまうことになる。
「ミオリネ、また土いじりしているのか? 脱走騒ぎの後に呑気にこうやって遊べるとは、良いご身分をしているな」
「いいご身分なのはお互い様でしょ、グエル。アンタはパパの言いなり人形というとっても良い扱い方されてるじゃない」
「くっ……」
上衣をマントのように羽織り堂々と歩いてきたグエルだったが、ミオリネとの口喧嘩には一歩リードされて、歯がゆい表情をした。
スレッタはというといきなり始まった喧嘩にあわあわとうろたえるばかりで、アーケミーはこれが本物の夫婦喧嘩の修羅場かと一歩引く。
「ミオリネ、お前……どうしてもジェターク寮に来るつもりはないんだな」
「だったら何? 私がどうしてあなたの言いなりにならないといけないわけ?」
「俺はこの学園のホルダーで、お前の婚約者だ。お前の親父が決めたルールでそう決まっている。お前がそうやっていると、示しがつかないんでな」
グエルはづかづかと傲慢に温室内に入り、振り返ったミオリネの手を乱暴につかむ。そして、まるで彼女が所有物かのように無理矢理引っ張った。
「なにすんのよ!?」
「いいか!? 未来の夫に恥をかかせるな! いつもいつも、そうやって周りに迷惑をかける――いっで!?」
スパァァァン!
空気を裂くような気持のいい音がグエルの臀部から響いた。じっとしていられなかったスレッタがグエルのお尻を思いっきり振りかぶって叩いたのだ。あまりにジャストヒットしたのか、グエルは痛みと尻を叩かれたというショックでミオリネの腕を離してしまう。
「わーお……ですわ。スレッタさん! やりますわね! 転校してきていきなりホルダーに歯向かうその意気込みよし!」
「ってぇ……! てめぇ、このホルダーのケツを叩いたのか! 今時は親父だろうとぶたないぞ!」
「そ、そういうことしちゃ駄目です! ミオリネさんに、謝って、ください!」
激高するグエルと、臀部を叩いて腕を交差させたポーズのまま硬直するスレッタ。良いものを見たと興奮するアーケミーに、なにが起こったのかわからないという表情のミオリネ。
そこへさらにグエルやアーケミーを探しに来たカスパールとラウダも到着し、いったいこれはどういう状況なのかと立ち尽くす。
「ここではな、謝罪も奪い合いも全部決闘で行われる! 俺に謝ってほしいなら――」
「な、ならします! 決闘を!」
「なにぃ?」
転校生であり、まだアスティカシア高等専門学校の規則やルールもわからないスレッタ。しかし、ミオリネへの謝罪をかけて彼女はグエルへ決闘を申し込んだ。そして――。
「謝罪を求めるなら、お前は退学を賭けろ。この学校からすぐに追い出し――」
「いいでしょう! 決闘ですわ! 私もグエル先輩に決闘を申し込みますわ!」
「なにぃ……!? ……いや、なんでお前まで」
「スレッタさんの気概に心打たれましたわ! というわけで、スレッタさん。私とあなたは今からソウルがうんぬんかんぬーんで共鳴したバディですわ」
「えっ?」
いきなりナンデ? 首に腕を回されたスレッタと、ようやく臀部から片手を離したグエルは汗を流しながらアーケミーを見る。ニコニコと楽しそうに笑うアーケミーを見ても、二人はなぜ彼女が結党に参加するのかわからない。
遠巻きでそれを見ていたラウダは困惑しながら前髪をいじり、カスパールはがっくりとうなだれた。
「バカな妹よ……。そういうの、負けフラグって言うんだ。お前のような奴の口調だと特に」
……と、ここまでが決闘用の準備をする段階まででの数時間前の出来事である。そして、再び決闘の準備をするアーケミーと、それを補助するカスパールについてに戻る
【アスティカシア高等専門学校 機体搬出区域】
「骨は拾ってください」
「もうメンタルで負けてるじゃないか!!」
発車前の準備に入るゲシュペンストのコクピットで、器用に体育座りをしてがくがくと全身を震わせるアーケミー。長くふわふわとした髪は後ろで綺麗にまとめられているが、その顔つきはしなびているのではと思ってしまうくらいに弱弱しい。
「お前なんで決闘挑んだ!? なんでグエル先輩に!? そして2対2だから、グエル先輩の相方はラウダ先輩だぞ!? なんで挑んだ!?」
「だってスレッタさん、良い人じゃないですかぁ……! その人を助けたくて、私!」
「2対2の可能性は考えてなかったのか……」
「だって、ホルダーに何人も連続で挑む時はあるでしょう!?」
「基本は1対1だろーが! バカ!」
「だ、大丈夫ですわ……きっと大丈夫。グエル先輩、私には困惑して賭けるものは『じゃ、じゃあゲシュペンストで……』としか言いませんでしたので! 整備ですよね! いい人ですわ!」
「持ってかれるやつだろーが!! バカ!」
「持っていって、ジェターク・ヘビー・マシーナリー社で整備ですよね!? 御三家の企業で直々に整備してもらえるのは光栄ですわ!」
「帰ってこないやつだよバカ!」
「バカバカいわないでくださいましー!」
ダンダンダンダン! アーケミーは両目をぎゅっと閉じて、コクピット内の機器をドラムを演奏するようにボカボカ叩く。力が強いので、画面が割れるのではとカスパールは不安に思ってしまった。
「……代理で変わる?」
「自己責任ですのでェ……! もう言い切っちゃってェ……全然退けなくてェ……!」
「妙なとこでホント律儀だなお前。ああもう! もしゲシュペンスト奪われたら、土下座してでも返してもらうから。それかラウダ先輩経由で決闘挑んでしょうがなく返してもらうか」
「三回転半ひねりを加えると芸術的だと。よよよよよ……」
泣き真似ではなく本当に泣いてしまったアーケミーを小突くことなどできず、カスパールは負けた時にどうやってグエルに謝罪するか必死に思考を巡らせた。
【アスティカシア高等専門学校 機体搬出区域 整備区画】
先日の戦闘で破壊された機体の解析の配置場所。厚いメガネと、オタクらしいぼさぼさした茶髪が目立つフォント・ボーという男子生徒と、同じく研究が得意なその他の生徒、そして教師たちは映されるデータと必死ににらめっこしていた。
「ん・んん……? このデータ、本当にですか?」
「駄目だよ、どうやってもこうなる」
「じゃあ? この機体は? 無人でコントロールの技術はまだしも、地球圏に存在するはずのない機体とでも? 古い映画のように宇宙人が責めてきたとでもいうんですか?」
教師の言葉を受けたフォントはまるで信じられないと天井を仰ぎ、もう一度データにくわっとした表情で向き直る。いくらやっても、地球圏の技術ではこんなプログラムや機体は作ることはできないとデータが示す。
「ハロロ、このデータに間違いは無いんだよな?」
『はいご主人様! ビットの狂いもバイトの狂いもありはしませんね!』
フォントは自分専用にカスタムしてあるタブレット端末内に作った存在、『美少女型人工知能ハロロ』に問いかける。が、美少女といえど高性能なハロロは、それらのデータは間違いなく完璧であり誤った情報は一切ないと提示する。
「相変わらず美少女好きだねぇ、フォント」
「いいじゃないですか先生! どうせなら可愛いものの方がいいんですよ」
『モノじゃないです、ハロロです! ――あっ』
「どうしたハロロ?」
元気よく画面の中で動き回っていたハロロの動作が急に止まり、まさか何か新たな事実が判明したのかとフォントはタブレットに食い入る。だが、返ってきたのはまったくもって別の内容であった。
『ご主人様が運営しているモビルスーツや兵器関連のまとめサイト、削除されましたね』
「は?」
『バックアップごと綺麗さっぱり』
「ハァ?」
『復旧できませんね』
「ま・じ・で……? お、俺の、青春をかけたまとめサイト……」
へなへなとその場にへたれるフォント。急病かと教師は慌ててフォントに近寄る。フォントの目は虚ろで目じりに涙が浮かんでおり、教師の接近には無反応だった。
「お、おいどうした!?」
「ま、まぁいいんだけどね……? 先日入手した特ダネの情報だけは、こっちのタブレットに保存してあるから、さぁ」
『先生、ご主人様のサイトがバックアップごと綺麗に削除されました』
「あんまり危ないことに首突っ込むなよ……。あの大ブームとか言ってた、『天使の輪』とかの秘密情報も消されたって?」
「いや、それはこっちに保存してあります……。ん?」
涙交じりのフォントの視線の先のキャットウォーク部分。そこでぬいぐるみを抱えた一人の少女が、「こっちだよ」と道案内をするかのように指を差し、その方向の通路に移動して消えていった。ただの女子生徒にしては、あまりにも幼すぎるように見えた。
「せ、先生。俺ちょっと休憩してきます」
「お、おう?」
フォントは心を落ち着けてくると仲間に言い、通路の先に消えたこの学校にいるような年ではない少女を追いかけるため、その場を後にした。
「兄様!? あと何分ですか!?」
「あと15分だ。ちなみにさっき時間を聞いてから1分も経ってない。もうそろそろ動力炉立ち上げとけよ。とりあえず俺は降りとくから」
「くっ……! こうなったら、やるしかないですわ!? スレッタさんがものすごい強いとか、そういう可能性を祈って……! 応援よろしくお願いします!」
「終わる言い方だよ、バカ。……やるからには頑張ってこい」
「はい!」
アーケミーははっきりと言い放ち、気を持ち直してコクピットブロックを閉じる。しかし落ち着かないのはカスパールも同じで、あと15分間その場で待ってるというのも辛いものだ。
そんな中で、ゲシュペンストの頭上のキャットウォークを、ぬいぐるみを持った少女が走り抜けていくのを見た。そして、それを追いかけるように小走りで通っていく友人のフォント・ボーの姿。
「フォント、なんであいつ? あの子供って迷子か?」
なぜこんな場所で少女を追っているのだろうか、迷子だろうか。どうせ10分以上も時間があるのだ。そう考えてカスパールはフォント達が走っていく方向へ向かった。
【アスティカシア高等専門学校 倉庫】
「確か、この方向のはずだったが?」
カスパールは上部のキャットウォークまでたどり着き、周辺をきょろきょろと見まわした。決闘開始までまだ10分以上あるとはいえ、迷いそうならフォントに任せようと決めて、軽く周辺を見て回る。
幸いにもフォントの後姿を見つけたが、それと同時に背中越しで、見慣れない朝黒の肌でサングラスの男を目撃してしまい、とっさに倉庫の入り口付近に身を隠してしまった。
「じゃ、じゃあ、あなた達が俺のサイトを!?」
「そうだ、我々は『
穏やかではない会話が近くにいるカスパールの元まで響いてくる。フォントが謎の組織に連れていかれるか、ここで死ぬかという選択を取らされている。
どうやったら彼をこの状況から救い出すことができるかと考えた途端に、制服のポケットから『決闘開始』の合図を知らせる着信音が鳴った。
「やばっ――」
「……ふむ、誰だね? 出ておいで」
この状況ではどうにもならないだろうと、カスパールは姿を静かに男たちの前に表した。