世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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 微かに聞こえる何かの鳴き声が束の耳に届く。 

 ――……うぅ……ん、夜?

 そう思いながら目を開けると思ったとおり夜であり何も見えず自身が何処にいるのかさえわからなかった。

 明かりすらない完全な暗闇は久しぶりだと思いつつも自身が何処にいるのか、その目で見ようとする。 だが束に理解できるのはフクロウらしき鳥の鳴き声が夜を知らせている程度で他は何もわからない。

 

「……たしか、リリィちゃんに……」

 

 少しずつ記憶の糸を手繰り寄せ気絶した原因が“白騎士”を徹夜で改修したせいだということに気がつき、その数時間後に“フリーダム”に連れ去られ意識が遠のいた事を思い出す。 ちょっとしたことで気を失うとは情けないと思いつつも、その状態で弾道ミサイルを迎撃していたことが異常であることに束は気がつかない。

 目が暗闇に慣れてきたのか僅かな光に気がつき、ゆっくりとソレに近づく。 木材か何かを踏み壊す音がするが足を止めることはせず束は光に手を伸ばした。

 

「あ、起きたんだね……」

 

 しかし手が届きそうになる直前、その光が大きく広がり束を照らし咄嗟に目を細める。 小さな光が眩しく前が見えないが今の声はリリィだろう。 束が起きた事に気がつき様子を見るためドアを開けたのだ。

 小さな光の正体が月明かりということに気がつくと、その目を徐々に開けていく。

 

「リリィちゃん……ここは?」

 

 再度、光に目が慣れたところで束は視界に映るソレを見つめた。

 ――廃墟……?

 そう思えて仕方がない室内の散らかりようは、いかにもホラーゲームなどで使われそうな状態だ。 室内の状態は壁の色が把握できるため悪くはないのだが、ベランダ付近は雨による劣化で色は落ち今にも崩れ落ちてもおかしくはない脆さを醸し出している。

 まるで古くから存在しているような雰囲気に少しだけ混乱してしまうが、しかし束にとって廃墟にいることが一番の問題ではなく、ここが何処かであるのかが問題であった。

 リリィに視線を移し現在地を問いかける。

 

「端島だよ」

「……はし、ま?」

 

 未だ寝惚けているのか聞き覚えのない地名に首をかしげてしまう。

 

「長崎県長崎市旧高島町」

 

 不思議そうな顔をしていたのかリリィはさらに正確な地名を口にし束は端島という場所が何処であるか薄々と気がつき始めた。

 端島とは軍艦島の通称で知られている無人島のことだ。

 長崎港から南西、海里約17.5キロメートルに存在する明治から昭和にかけて海底炭鉱によって栄え、東京以上の人口密度を有していた島であり、1974年の閉山によって島民が離れ今は無人島とされている。 また日本では最初となる鉄筋コンクリートで作られた集合住宅が建造されており、それが島の外見を当時の加賀型戦艦である土佐と酷似されることから軍艦島と呼ばれるようになった。

 どことなく室内から感じるテレビや洗濯機などのレトロ感は、そういうところから来ているのだろう。

 

「どうしてって顔してるけど、あの場に留まってると今度は自衛隊から攻撃されるからね……。 領海の外に出て撒いてから気がつかれないように戻ってきたわけ」

 

 そう説明するが何故、戻ってくる場所が端島なのだろうかと束には理解できない。 気がつかれないように長崎県まで戻ってこられたのなら家に帰ることも簡単のはずだ。

 言い知れぬ不安が束を襲うが今は一刻も早く日常に戻りたかった。

 

「そっか……。 なんかごめんね?」

 

 今まで気を失っていたが今日ほど疲れた日は久々だろう。 なにより遥かに年下のリリィが自分以上に疲れてないわけがない。

 それなのに長い時間付き合わせてしまった事が束は少し後ろめたかった。

 

「……別にいいよ。 こうなるんじゃないかって予想はしてたし」

「うん……それじゃ、帰ろうか~♪」

 

 そう口にした瞬間にリリィの表情が固まり徐々に何かが消えていく。 何かに耐えているかのような感情を押し殺した顔。

 そんな表情をしているリリィから束は視線を動かすことが出来ない。

 ――何か、あったの?

 リリィの表情が徐々に束の中にある不安を大きくさせていく。

 

「……帰れない。 もう束には……帰る場所も、迎えてくれる人も……いないんだよ」

 

 何を言っているのか理解ができなかった。

 目の前でリリィは何かを操作すると束にソレを向ける。 それは“フリーダム”が出したディスプレイなのだが、そこに映し出されている文字すら理解しがたいものだ。

 

「日本政府が……所持していた“白騎士”のデーターを纏めて各国に公開した。 その結果が束の手によるハッキングと弾道ミサイルの迎撃という名の“白騎士事件”……」

「そんな!? 私は何も!」

 

 確かに束なら世界各国の軍事基地をハッキングすることは容易いだろう。 しかしそれには膨大な時間を必要とする。

 だが時間がなかった訳ではない。

 

「仕方ないよ……“白騎士”の改修と弾道ミサイルの発射、そのタイミングが狙いすましたかのように見えるんだから……。 誰もが都合良く現れるヒーローなんて存在しないって理解してるし……」

 

 “白騎士”を開発したためハッキングも容易いと簡単に想像でき、また一回目の仕返しという意味で束が実行犯だと思われてもおかしくはない。 しかし証拠がないために憶測でしかないのが現状。

 そういう意味で篠ノ之束という人間の存在は今回の出来事を説明するに至って都合が良かった。

 

「……一応だけど日本政府は当初、自演だなんて少しも思ってもなかったよ。 イージス……“Flabellum(フラベルム)”隊の領空侵犯があったからね」

 

 あの黒い戦闘機達のことだろうか。 隊の名前を口にしたことからリリィが知っている人物が搭乗し“白騎士”と戦っていたようだ。

 

「それでもね、普通の人が“白騎士”の圧倒的な技術力を目にしたら……」

「自演……所謂、マッチポンプに見えたって?」

 

 頷くことでリリィは束の言葉を肯定した。

 

「表立った公表はまだないよ……。 だけど今や束は国際指名手配犯として世界各国に顔が知られてるんだから」

 

 薄々気が付いてはいたが、はっきり口にされるとどうしたらいいかわからなくなる。

 

「……わかってるかもしれないけど、高度30,000フィートオーバーで人型の何かが縦横無尽に活動していたら……そりゃ、各国が審議を問いたくなるよ。 それが所属不明機による戦闘行為だったら余計にね……」

 

 つまり弾道ミサイルを迎撃するために“白騎士”を起動させ出て行ったことによって各国が“白騎士”の説明を求めたのだろう。 その結果として日本政府が“白騎士”を公開し束は帰る場所を失ったのだ。

 事件そのものを束に押し付け逆に日本政府は各国の弱みを握ったと思えなくもない状況である。

 

「楽だよ……。 なにせ日本政府は私達が居ないというのを良い事に言いたい放題。 仮に私達が現れても、その前には日本政府が塗り固めた説明で身動きがとれなくて、そこから表に出て発言して……それがどれだけの影響力があるか……」

 

 どう動こうとも日本政府は束を悪役に仕立てる方針に向かっているとリリィに言われ束は何も考えられなくなった。 

 “白騎士”は兵器に値する存在で、それを独自開発していた束を犯罪者と仕立て上げることで、この事件に終止符を打つ。 そして確保した束に“白騎士”を量産化させ更に日本の技術を発達させる気だろう。

 これだけを聞くと日本政府が問題行動を起こしている様に思えるが、実際やっていることは真っ当な政治である。

 領空侵犯に関する問題、弾道ミサイル迎撃処理、各国への講義。 その結果、弾道ミサイルを迎撃した“白騎士”の存在を説明することができず、なし崩し的に開発者である束に全てが降りかかっただけだ。

 

「それでも帰らないとね~」

 

 そう言うと位置情報を確認しながらエネルギーと推進剤を確認する。

 ――なんとか飛べる距離……。

 既に動かないであろう椀部への電力供給を止め最低限の機能だけを展開させなければ家に辿り着く前に墜落する、それほどまでに“白騎士”は消耗していた。

 

「本気!?」

「束さんは、いつだって本気さ~♪」

 

 口では明るく振舞っていたが、これから先の未来が見えないという不安がないわけではない。

 

「言っておくけど公表されてないだけで……確保、もしくは射殺命令が出てないわけでもないんだよ……」

「……それでも……私が帰らないと箒ちゃん、寂しがっちゃうし。 ち~ちゃんだって大変な目に遭っちゃうよ」

 

 “白騎士”を起動させ再度状態を確認する。

 

「生きたいと……思わないの?」

 

 リリィに問いかけられても仕方がない発言なのだろう。

 今まで生きることに執着し現代の神隠しと言われた失踪事件の当事者、そんなリリィの言葉は自ら死地に赴こうとする束を止めるには十分だった。 それほど束が置かれた現状は最悪に近いということだ。

 ――やっぱ優しいね、リリィちゃん……。

 その発言は現実を見させようとしている口調だが実際には束を心配しているのだろう。 でなければ弾道ミサイルが迫り来る中、リリィは“フリーダム”を駆り半数にも近い数を迎撃し一人も殺さず“白騎士”と束を連れて離脱した意味がない。

 感情を殺しているがリリィの思っていることは確実に心配という一点だけだ。

 

「そりゃ死にたくはないよ」

「なら!」

 

 説得するかのようにリリィは自身の正当性を口に強く出す。

 

「でも……別に死ぬわけじゃないんだし……」

「それでも死ぬ可能性はある! いや、死ぬより悲惨な事が起きるかも知れない!!」

 

 確率は限りなく低いが確かにリリィが口にした可能性がないわけではない。 むしろ後者に至っては予測ができてしまうので受け流すことはできなかった。

 それでも束は帰るという意志を変えることはない。

 

「……本当に帰るつもりなの」

 

 頷く事で束はリリィの問い掛けに肯定する。

 徐々にリリィの声から感情が溢れだす。 それは束が思っていた通りの優しい思い。

 

「私が、私が束に生きてて欲しいって……一緒にいて欲しいって思っててもっ……」

 

 女が男を引き止めるために使う、そんなありふれた言葉をリリィは口にするが束の思いは変わらなかった。

 むしろリリィのような可愛い子に引き止められて止まらない人間は誰もいないだろう。 しかし束は、その言葉がリリィの本心ではないことを知っている。

 ただ引き止めるためだけに口にした言葉。 だが咄嗟に言葉へと出来たということは、それがリリィの本芯に一番近い言葉なのだ。

 それでも束は止まる訳にはいかなかった。 

 

「っ……わかった。 もう私は止めないよ……」

「……うん。 それ、じゃ……先に帰ってるから……」

 

 そう言うと“白騎士”は浮き上がりリリィの前から飛び去った。 それがレーダー網に掛からないわけがなく、おそらく即座に目的地が割り出され何者かを潜ませているだろう。

 遠くでリリィが悲しそうな表情で“白騎士”を見上げているが一度決めたことだ。 束がリリィの元へ戻ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弾道ミサイルの噂を聞き千冬は篠ノ之家に走っていた。

 朝、リリィが格納庫で表情を一転させ束の名を口にして出て行ったら二人が何かを知っていると思うのが一般的だ。 当然、千冬もリリィが何か知っていると思っている。

 だからこそ二人を探し続け最後に残ったのが篠ノ之家へ向かっているのだ。

 束としては必要最低限の事では篠ノ之家には近づきたくもないだろうが既に千冬が思い当たる場所は探し尽くしていた。

 ――ん、なんだ……?

 篠ノ之家というよりも篠ノ之神社の敷地に近づけば近づくほど不穏な空気が千冬を包み込む。 まるで何かに包囲されているような圧迫感が千冬の身体に危険だと警告を促し、この場から逃げろと言っているようだが、それを素直に聞くほど千冬は自身の感覚を信じてはいない。

 今まで直感にも等しい反射神経と運動神経で何でも行ってきたと思われがちだが、実のところ千冬は今まで目で見たものを把握して動いていたに過ぎないのだ。 どのように相手の身体が動き、それが次に何をするのか千冬は理解できてしまう。

 大げさに言ってしまえば肌の下にある筋肉の動きを脳内で瞬時に組み立て相手の行動を先読みし対処している。 目が良すぎるだけだと千冬自身は呆れているが、それが普通の人間から逸脱していることに気がついていない。

 要するに千冬は自分の目で見たものしか信じない人間なのだ。

 

「……だからアレが何処に行ったかなんて知るわけがないと言ってるだろう!」

 

 遠くから男の怒鳴り声が聞こえた。

 数度しか聞いたことはないが束の父、篠ノ之柳韻(りゅういん)のものだろう。 まだ篠ノ之家には遠いが言葉が理解できる声が聞こえるということは何か口論にでもなっているのだろうか。

 

「ちふゆおねえちゃーん」

「箒か!」

 

 柳韻の怒鳴り声が嫌になったのか箒が篠ノ之家に近づく千冬に気がつき素足のまま走り寄ってくる。 その顔は今までに見たこともないものを見て逃げ出す子供のようだ。

 ――五歳じゃ……親の怒鳴り声で泣くのも当然か……。

 腰を下ろして抱き留め箒の背中を優しく叩いてやる。 本来なら束が行うべき役割だろうが、この様子では束は篠ノ之家にもいないのだろう。

 

「ほら、泣きやめ……女の子が顔を汚してたら……」

 

 そこまで言って自分が言っていることが無理であることに気がつきポケットからハンカチと塵紙を出すと、箒の目元を拭い優しく微笑んで見せた。

 千冬にしてみれば微笑んだつもりだが子供をあやすのは苦手で一夏にすら手を焼いたことがある。 そのため、こういうことは束に頼りがちになっており、その顔が微笑んでいるというよりも困っている顔にしか見えない。

 

「……というか、何があったんだ?」

「し、らない……ひぐ……。 こわいひとたちが、おねえちゃんはどこだって……うっぐ……」

「束を?」

 

 怖い男の人達にも気になるが、こんな時間に束を探しているという事に何かが引っかかる。

 ――目的は……“白騎士”、か?

 昨夜、リリィは束と日本政府が接触したと口にしており、おそらく篠ノ之家に今いるのは政府役員なのだろうと千冬は推察した。

 

「織斑千冬だな?」

「ひっ!」

 

 後頭部に突きつけられる硬い感触と箒の反応に何となく理解する。

 

「そんなものを振り回すな……子供が怯えるだろう」

「……その割には怯えてないように見えるが」

「……馬鹿か? 私ではなく箒の方だ」

 

 相手からしてみれば千冬も子供なのだろうが気にしている暇はない。

 

「束の行方だな?」

「……話が早くて助かるよ」

 

 どうやら本当に束の行方を捜しているらしい。

 それとも束ではなく“白騎士”の方だろうが。 どちらにしても束を探していることには違いない。

 

「……束をどうする気だ?」

 

 その質問をする頃には千冬の周りをスーツ姿の男達が取り囲んでいた。

 篠ノ之家を取り囲み人質だと言っているのだろうか。 束の家族を人質にし、おびき出そうという魂胆もわかるが束が唯一大事にするのは箒だけ。 人質に意味はない。

 

「“白騎士”について再度……」

「発表し公開したあと“白騎士”どうする気だ」

 

 そこで口を閉ざすということは千冬が思っているとおりの兵器転用を行うつもりだと思ってもいいだろう。 そのつもりがなくても、可能性がある時点で同じことだ。

 

「……パイロットだけでは不満か?」

「パイロットだけというのは詳しい詳細を知り得ない可能性が大きい。 悪いが我々の目的は篠ノ之博士と、その開発した機体だけだ」

 

 今ので“白騎士”の搭乗者が千冬であることを公開してしまったも同然だ。 束の代わりにとも思ったが大人の世界は簡単に身代わりが通用する世界ではないことを初めて千冬は痛感した。

 

「うわーぉぅ、ちーちゃんが物騒なものを持った人達に囲まれてる~」

「何者だ!?」

 

 誰もが声の主を探しただろう。 しかし辺りを見渡しても暗闇で人の姿など男達を除き誰もいない。

 

「あ~、ごめん……こっち。 右向いて右、あと木の上のほう……」

 

 言われた通り顔を向けると確かに声の主である束がいた。

 

「……あ~、なんだ? お前は……その、何をしている?」

「いやね、気がつかれないで下りたのはいいんだけど、PIC Systemがエラー吐いちゃって……メキョって」

 

 だから間抜けにも逆さで木に引っかかっているのだろう。

 理由としては束が口にしたとおりPIC Systemのエラーもあるが、それ以外にも“白騎士”自体が扱いづらいということもある。 何かに特化しているという事はないが試作機である“白騎士”は運動神経が高い千冬を基軸に調整しており、それを束が使って正常に扱えるわけがない。

 束の感覚と調整された“白騎士”に起きてしまった差が現状を生み出したと言っても間違いではなく、それらが膨大なエラーとなって誰もが呆然としてしまう結果を生み出した。

 

「というか今の話を聞いていたのなら何故、声をかけた……」

 

 何も喋らなければ束は気がつかれず、やり過ごせただろう。

 

「いやね、“白騎士”欲しさに私の家族や親友に危害を加えてほしくはないからね~」

「……ちっ、バカが」

「バカで結構。 で、“白騎士”が欲しいんでしょ? 欲しければあげるよ?」

 

 束の言葉に男達は思考がついていかないのだろうか反応が鈍い。

 

「どうせ試作機だし色々と壊れてるからね。 ミサイル何発も叩き切ったら腕がいかれちゃったし、爆発の影響で内部機材もボロボロだし……」

「我々としては貴方に来て欲しいのですが」

「……ち~ちゃん達に危害は加えないって誓約書(せいやくしょ)でも書いてくれるのなら別に良いけどね~」

 

 ようやく状況を飲み込めたのか政府役員はらしき男達は束の言葉を理解し始める。 すぐに拳銃を仕舞い束に近づく。

 

「篠ノ之博士、そのご提案は有難いのですが我々は上からの命令で……」

「“白騎士”を作った私の頭脳と搭乗者が欲しいってことでしょ?」

「……率直に申し上げますと、そのとおりでございます」

 

 “白騎士”のウインドウを声だけで操作し身体と機体を固定していた部分を解除すると束の身体は地面に向かって滑り落ちる。 男達は慌てるが束にしてみれば空中で体勢を立て直し着地するのは簡単なことだ。

 

「今のを見ればわかると思うけど開発も搭乗も全て私一人。 そういう事で話をつけてくれるのなら私は別にいいよ……」

「何を言ってる!? おい、束!?」

 

 男達にとって状況が良いものだと理解すると取り囲んでいた者達が千冬達から引き下がる。

 ――ありえない……なんの夢だ、これは……。

 正直に言えば千冬にとって束が、このような事を言うとは思えない。 確かに束は周囲のことも考えていたが、このような圧力をかけられた脅迫に対しては確実に抵抗する。 それをしないということが一番理解できなかった。

 

「理解できないって顔してるけど、ここでちーちゃん達だけを連れて逃げても足は尽くし、何より箒ちゃんがいるからね……。 ち~ちゃん達の安全が買えるのなら安いものだって」

 

 しかし、それでは束にとっての脅迫材料を放置するだけだ。

 

「気にしなくていいよ~、天下の束さんだもん♪ だから私が帰ってくるまでは箒ちゃんの事よろしくね」

「束!!」

「おねえちゃん……」

 

 まるで一生の別れとも思える光景に千冬と箒は止める言葉を口にできなかった。

 普段から笑っているが今の束からは母親のような微笑みで子供を少し困りながら言い聞かせている、そんな雰囲気を感じとれる。 親は子供の責任を取るものだと束は表情で言い聞かせているようだが、千冬と同い年である束が一人で責任を取る理由がない。

 

「……箒ちゃん。 もしかしたら、お姉ちゃん……これからいっぱい箒ちゃんに迷惑かけちゃうかも知れない。 死んじゃえって思われるかもしれない……でも、これだけは覚えてて」

 

 その言葉が嫌なものにしか感じられない。

 

「強い子になって……私は、いつだって箒ちゃんの味方だよ♪」

「では篠ノ之博士……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ばいばい、ち~ちゃん……私の大切な……」

 

 次の瞬間、男達の前から束は消えた。

 何かが通り抜けたかのように強い風が男達に目を閉じさせ視界を奪うと次の瞬間、その場に束の姿はいない。 辺りを見渡すが千冬の目には“白騎士”は放置され男達は戸惑い同じように辺りを見渡すだけで、後は遠くから千冬達を見る篠ノ之神社の関係者だけだ。

 

「ちょっ、なに!? 何してるの!?」

 

 しかし束の居場所は本人の声で明らかになった。

 ――上?

 その場にいる全員が一斉に声のする方へ顔を向けると、そこにいたのは青い十枚の翼を天使のように広げている“フリーダム”が束を片手で抱き抱え男達を見下ろしている。

 

「離して! じゃないと箒ちゃん達がっ、ぁ……!?」

「少し黙ってもらおうか」

 

 そう言いながら“フリーダム”は首筋を軽く押さえると、束は目を見開き意識を手放す。 何を行ったか理解できないが誰が見ても誘拐現場としか思えない光景だ。

 束の身体から力が抜けたのか抵抗がなくなる。

 千冬も理解できなかっただろうが“フリーダム”が武器にエネルギーを供給する際、マニピュレーターを通して送られているため人体に影響のない程に出力を絞ればスタンガンと同じことが出来るというわけだ。

 

「彼女は私が頂いていく」

 

 男達の手が届かない空中で“フリーダム”は反転すると闇夜に消えていく。 その場に残されたのは理解が追いつかない男達と、その光景を呆然と見つめていた千冬だけだった。

 ――リ……リィ?

 当然、千冬も何が起こったのか理解できていない。

 咄嗟の事に反応が遅れたが男の一人が“フリーダム”に向け拳銃を構えるが即座に別の男が「篠ノ之博士に当たったら」という事で発砲を防いだ。

 その間にも徐々に“フリーダム”の姿が小さくなっていく。

 

「お、追うぞ!」

 

 その一言を皮切りに男達は“フリーダム”が飛んでいった方向に向かって車を走らせた。

 

「……おねえちゃん」

「……何故だ。 何故、束を攫っていく……」

 

 一見、“白騎士”を開発したという頭脳に目を付け誘拐したと思えくもないがリリィが束を誘拐する理由にはならない。 なにより“白騎士”以上の技術で作られたであろう“フリーダム”を保有している。

 “フリーダム”を解析できれば“白騎士”など必要がないだろう。 それとも束の頭脳ではなく技術力の方を欲したのか千冬には理解できなかった。

 しかし束を攫う理由が確実にあると考えたほうがいい。

 ――やはりアイツは……いや、まさか束のために……?

 信じたいと思いつつも信じきれなかった千冬の理性がリリィへの警戒心を呼び覚ますが、ふと自身が置かれた状況を思い出し何かがつながった。

 一時的とは言え“フリーダム”が束を攫った事によって男達は篠ノ之神社の敷地内から消え、ある程度の安全が確保されている。 同時に束の方も“フリーダム”が攫ったために男達は確保できず安全と言えよう。

 また当初、千冬達の安全のため男達の言う通りに動き敵対する意思を束は見せておらず自分自身の判断で逃げたとは思われていない。 幼い箒を連れて逃げ回るのも不自由な生活を強いることと同じであるため自身を差し出そうとしたのだ。 誰もが本心であると思っただろう。

 当然、千冬も束の言葉が本心であると理解している。 長いあいだ束と接してきたのだ。 偽りであるはずがない。

 ならば、どうすれば束は篠ノ之家に関わるものに迷惑をかけず助けられことができるのだろうか。

 ――だからなのか、リリィ……?

 答えは簡単だ――第三者が束を(さら)ってしまえばいい。

 “フリーダム”が行ったように束の意思を無視して攫ってしまえばいいのだ。 

 現状、篠ノ之束は第三者の手によって誘拐されたと思われている。 もし千冬が思っている通りならリリィは束を助けようと束に敵対する全てを敵にした。

 

「くっ……」

 

 助けられなかった自分が恥ずかしく、また助けられたことに千冬は苛立つ。

 あの場面、千冬も束と同じように自分の身を差し出し束の安全を確保しようとした。 しかし千冬には親が家を不在にしていても守らなければいけない一夏という存在がいる。

 自分を犠牲にしても守りたい、そう思っていても千冬はリリィのような真似が出来なかっただろう。

 思い返してみれば一家消失事件の中心人物は未だ目撃情報すらない。 家という帰るべき場所や守るべきモノがいない人間が、これほどまでに大胆な行動を起こせる強さを持っているとは今まで思ったことはなかった。

 だからこそ束は安全なのだろう。 リリィが守るべき唯一の存在なのだから。

 しかし束も千冬も自分の主観で想像したために見落としていることが一つだけ存在していた。

 “白騎士”と同じように“フリーダム”も束の手によって作られた物である可能性だ。

 “白騎士事件”と名付けられた弾道ミサイル発射事件で今現在の技術力では作れるはずもない物が二機も表舞台に現れた。 “白騎士”は公表があったために開発者は特定されているが“フリーダム”の方は未だに所属不明機という扱いである。

 作った人物が一夜にして二人も表舞台に現れたという結果は余りにも話が出来すぎており、普通に考えて束が一人で“白騎士”と“フリーダム”を製造したと考えるほうが自然だ。

 そうなれば考えられることは一つ。

 政府が想像している“白騎士事件”と同様に、この誘拐も束の手によって仕組まれたものであるという憶測。

 当然、二人にとって“フリーダム”が“白騎士”とは全く別の存在であることは明確であるが、何も知らない人間からしてみたら同じに見えてしまう。 ソレを証明できるのは、この場に残された千冬だけだった。

 




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✔端島 【地名】
 長崎県長崎市旧高島町にある島。
 長崎港から南西、海里約17.5キロメートルに存在する明治から昭和にかけて海底炭鉱によって栄え、東京以上の人口密度を有していた島であり、1974年の閉山によって島民が離れ今は無人島とされている。 また日本では最初となる鉄筋コンクリートで作られた集合住宅が建造されており、それが島の外見を当時の加賀型戦艦である土佐と酷似されることから軍艦島と呼ばれるようになった。
 島は三菱マテリアルが所有していたが2001年、当時の高島町に無償譲渡され2005年に長崎市に撮されている。

✔白騎士事件 【用語】
 原因不明の弾道ミサイル発射及び“白騎士”による迎撃を主に指す。
 何者かが各国の軍事基地へ不正にアクセスを行い弾道ミサイルを発射したと思われ、その不正アクセスを数多く同時に行った事から“白騎士”の開発者である篠ノ之束ではないかと疑われている。
 同様に迎撃していたフリーダムについては様々な憶測が飛び交い触れられていない。

✔高度 【用語】
 海面からの高さを示す用語で、ここでは航空における高度を説明。
 航空分野における高度の単位は国際単位系に定められているメートルではなくフィートを多くの国が用いており、ヤード・ポンド法における長さの単位であるフィート(ft)は【1ft=30.48】と決められている。 
 なお30,000ftは約9,150mの事。

✔篠ノ之柳韻 【人名】
 篠ノ之束と篠ノ之箒の父親。
 厳格な人物と周囲から称されている篠ノ之神社の神主で同敷地内にある道場の当主でもある。 その性格のためか娘である篠ノ之束に勘当紛いな状況を強いり家に近づかせなくさせ織斑家に追いやった。



《イージス・ハルフォーフ》

【挿絵表示】




※あとがき
 はじめましての方は「はじめまして」、お久しぶりの方は「お久しぶりです」。
 Twitterをしている方は「先程ぶり」といえばいいんでしょうか? 
 篠ノ之束(Twitterで)こと葵束です。

 「何長いことチンタラやってるんだ」とか「これは一体、どこへ向かってるんだ?」という声が読んでくださった皆様から聞こえてきそうで少し怖いです。
 まず最初に今作を初めて読んだ方に説明しますと――”にじファン”という今はない二次小説投稿サイトで毎日更新していた前作「世界とISと名もなき者へ」を出来る限り修正し書き直した物が本作という事を御理解ください。 一般的に言えばリメイク……という言葉が当てはまるのでしょうが、そう捉えてくれても構いません。
 元々はInfinite Stratosがアニメ化し視聴した際、唐突に思いついた一発ネタのようなモノを無理やり都合を合わせたりして”フリーダム”で無双したかったという……なんて言うんでしょう”フリーダム”好きのイタイ発想が文字になっただけなんですが、いつ終わるということもなく永遠と続いてしまってるわけです……はい。

 気が付けば二年かけて十話を書くことができ、ようやく一章となる”白騎士事件”が終わりました。 驚くべき遅さです……本家よりは幾分マシでしょうが、それでも二年で十万文字というのは少なすぎるという……。
 ですが今作を書くにあたり前作で”ご都合主義”設定を許容してしまったために低次元な文章でグダグダと引き伸ばしてしまった訳ですので、使える部分だけ引き継ぎし機体設定から構想し直しです。 仕方ないと思ってください……。
 後書き枠が既にネタイラストや初期構想イラスト、用語設定など少しづつ変わっているのも仕方がないことで済ませてください。 おかげで一章の後書きを全て合わせると一話分の文字数に到達してるという何とも書いた私自身驚きの現状となっています。

 SEEDから機体や用語を引っ張ってきていますが人物だけは引っ張ってきません。
 引っ張ってきたら「ああ、このキャラは必ずアレをするんだろうな」という予測ができてしまいますからね。 ……とは言っても修正した前では”クルーゼ”の名を付けられた人物が存在していましたけど。 当然、私自身が違和感を感じ名前を変更しました。
 ですので”フリーダム”やコーディネイター等の単語をInfinite Stratosに合うよう勝手に改修しています。 三から五メートル程度のIS世界に十八メートル超えの人型機動兵器が登場するなんて滑稽ですよね。
 本来なら機体の設定上、合わせる作品は「Armored Core 4」や次作である「Armored Core For Answer」等が一番イイのでしょうが、そこまでAMS適性は高くありません。 自称”リンクス”ですが正直なところ書くとなると別方向に行ってしまいますので私はやりません。 やってもヒロインは束さんです……つまるところ、どこぞのイレギュラー作品になってしまうわけです。

 次章は原作キャラの登場が完全に束さんだけとなります。
 たまに千冬さんも出てきそうですが、それ以外は基本的に今作から初登場となるオリキャラさんたちとなりますので、ご注意ください。
 誤字や文章修正は常に行うつもりですので発見次第、ご報告ください。



・“GN-XX”様、“Sierpinski”様ご報告及び修正ありがとうございました。
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