011 Hostage
スカーレット・リリィと呼ばれる人間は軍人でありながらも争い事を好まず何事も平和的な解決方法を模索する人間だ。 降りかかる火の粉は払いのけるが先に手を出すことはなく、常に後手に回り何事もないかのように対応する。
事なかれ主義と言えばいいのだろうか――軍属でありながらも他者を傷つけることは否定的だった。
当然、軍に在籍する誰もが戦いたいと思っているわけではなく、戦わなければ守りたいものが守れないから戦うという思いがある。 これは軍人でなくても同じことは言えるだろう。 国のため、そこに住む大切な人を守るため人々は常に平和への保険をかけているのだ。
しかし軍人とて元は普通の一般人である。 近くで起きた厄介事に自ら触れ巻き込まれることはしない。
誰もが個人の平和を保とうとするのが当然の行動なのだろうが、スカーレット・リリィは自ら関わりを持ち周囲の平和を保とうとする人間なのだ。 とは言うもののスカーレット・リリィは軍内部で名は知れているものの、その正体が十にも満たない子供ということは一部を除き誰も知らない事である。
なるべく自身の正体に気がつかれないよう接触し続けていた。
だからなのか――今回のように“フリーダム”で“白騎士”を開発した束を攫うということを実行したのは。
そうしなければ現時点で注目を集めている
少し考えれば簡単に理解できてしまう人としての本性と辿り着く結果にスカーレット・リリィは恐怖を感じ行動を移したのだ。
弾道ミサイルが迎撃できずに出る被害と“白騎士”が量産を行われて出る被害。 それらを見捨てることができずリリィは“フリーダム”という存在を明かしてでも迎撃し束をさらっていったのだ。
自身の犠牲で多くの人々が平和を維持できるというのならスカーレット・リリィは軍人でなくとも喜んで犠牲になる。 死ぬつもりはないが既に終わった人生を生きているのなら自分の命すら――そんな考えがスカーレット・リリィにはあった。
そこまで覚悟をしての行動であるため何の問題もないのだが、過去はよくても
――これじゃぁ、私……変態みたいじゃん……。
束の意識がないことをいいことに首輪みたくベルトを巻き付け、また無茶なことをしないよう腕を後ろで縛り拘束している姿は間違いなく誤解を生んでもおかしくはないだろう。 身体を縛る方法で亀甲縛りという有名な束縛技術があり、それは女性の性的な部分を誇張するのだが今の束がそれに近い。
元々、十三歳とはいえ束の身体は発育がよく少し後ろに反らせるだけで、その大きな胸などは強調される。 同じ年齢の女性に似たようなことをやっても束のような状況にはならないだろう。
犯罪的な匂いが室内に漂い始めリリィは軽く束を見つめる。
静かに寝ている姿は男なら誰もが理想とする女性像であり、当然リリィも束の身体が美しいと一目見た時から感じていた。 もし“白騎士”や“フリーダム”のような超兵器が存在せずリリィが見てきた悲惨な現状を知らずに出会えていたのなら、おそらく束に惹かれていたのだろう。
だが今は籠の鳥だ。
――……っ、違う違う違う!
一瞬だけ今の束は自分が支配しているという感覚に酔いかけ――そして直ぐに異性という壁とリリィ自身の理性が、これ以上の事を考えたり行動にしてはいけないと警報を鳴らし我に返る。 既にリリィと束は何時までも隠したり逃げ続けることのできない犯罪に手を染めているのだが、新たに別の犯罪に走りかけている事に焦りを覚えた。
「……これ以上見てると何か変な気を起こしそう」
わざとらしく呟くとリリィは“フリーダム”を起動させ一時的にコンピューターの代わりとしてネットワークへ接続し情報を集め始める。
本来ならネットワークに接続できるということは高度なレーダーやシステムをもつ兵器等には強みとなるのだが、兵器から接続できるということは反対に兵器への接続もできるということでもあるのだ。
基本的に軍事兵器というものは情報データの保護や機密情報を漏洩させないためクラッキング対策として単独で動作できる環境――所謂スタンドアローンの形となっている。 その孤立した環境は一見、不便そうに思えるが物理的な外的要因以外では揺らぐことはなく兵器として常に一定の機能を保ち続けられた。
一台のコンピューターが一つの兵器と捉えても問題はないだろう。
コンピューターはオペレーションシステムをインストールしているためネットワークに接続していなくても本来の機能を使用することが可能で、他の機能をインストールすることによって更に機能を拡張することができる。 ネットワークに接続しなくても表計算ソフトや印刷等の仕事に支障をきたすことはなく機能し続けられるのだ。
兵器も同じように必要な情報処理システムやプログラムを組み込むことでネットワークに接続することなく常に一定の機能を発揮することができる。
とは言うもののネットワーク自体を使用しない場合、切断等の対応で回線を一方的に切ってしまえばいいためシステム上それが完全に不必要であるとは言えず、現に航空機等への詳細な情報伝達は統合戦術情報伝達システムと呼ばれる軍用の無線データ通信システムの一つを用いており、それはネットワーク間での通信と何ら変わりがないのだ。
しかしネットワークに接続していた兵器が先の“白騎士事件”によって外部からの操作を受け作動したという結果は軍事兵器をネットワークに接続する利点を欠点に変えたのかもしれない。 このことから“フリーダム”を使用してネットワークに接続するという行為は紛れもなく危険なのだ。
“フリーダム”へのクラッキングを許すほどバカでもなければ何の考えもなくリリィは危険な行動に出たわけでもない。 これは一つの釣りなのである。
束でさえ“フリーダム”へのクラッキングを行うことができないのは少し前に確認済みだ。 ならばソレを行える人物は“フリーダム”を作り上げプログラムから構造まで熟知している人間でしかない。 それが分かれば何処からのクラッキングか割り出して戦火を広げさせる可能性を消せるかも知れない。
要するに今の“フリーダム”は開発者を見つけられる可能性を持った餌である。
そんな考えを持ちながらリリィは各国のニュースへ目を通していく。
――やっぱ“白騎士事件”がトップページに上がってるね……。
アメリカ合衆国のトップは「
やはり空を幾重にも飛び交う物を国民の目から隠すことはできず、このように記事にされてしまったのだろう。 ならは弾道ミサイルが何処へ向かったのか、どのような被害を生み出したか人々は気になり始め“白騎士”へと向かうのは必然だったのかもしれない。
軽く見た限り未だ束の名前は記事にされてはおらず、“白騎士”については日本政府が誤った情報開示をしないよう慎重な姿勢を見せているようだ。 だがいずれ束の名も顔写真も世界中に公開され余計に逃走しにくくなる。
国内にいたら見つかるのは時間の問題であるため早々に日本から出たほうがいい。 今なら“フリーダム”を使うことなく国外へ逃亡できるはずだ。
「……んぁ?」
起き抜けの寝ぼけた声で欠伸をする束にリリィは振り返りながらも今後の予定を組み立て始める。 どう束を納得させればいいのか考えながらも頭の中は、その次の事でいっぱいだった。
そんな束は手を後ろで拘束されているために目を擦ろうにも動かず寝ぼけていた意識は急速に覚醒され、穏やかだった表情を一転させ固まらせていく。
「ちょっ、リリィちゃん! 何これ、どうなってるの!?」
敵兵を捉えた時に拘束する方法は複数あり軍人であったためかリリィは、その方法を知っている。
本来ならば空中管制指揮官が覚えるべきものかといえば使う頻度は少なく特殊部隊等が覚えるべきものなので空軍所属の軍人は講習を免除されることが多い。 しかし覚えといて損はないということでリリィは講習を受けた者に習っていた。
「また、あんな無茶なことされたら困るから縛らせてもらったよ……」
「見ればわかる、だから早く拘束を解け」というような目で束は訴えるが当の本人は気がつきながらも応えるつもりはなく、何度も手を上下に動かし落ち着けと伝える。
混乱し興奮したままでは話が進まないという意味で落ち着かせようとしたのだが上手く伝わらなかったようだ。
「落ち着いて。 箒なら大丈夫だから」
その一言で動きが止まり少し考えるように目を細め、そしてようやく束は落ち着く。 実のところ腕を拘束していた縄が首にも回されており解こうと腕を動かすたびに自分の首を絞めていたため動くのをやめただけだったりもする。
「ケホッ……というか、ここどこ? また知らないところなんだけど……」
「塚崎病院っていう廃病院だよ。 長崎県の……」
そう答えた後にリリィは小さく「私も知らないんだけどね……」と付け加えた。
気絶する前は端島で次に気が付けば長崎にある廃病院ということに、長崎に何かあるのかと問いたくなったが口にする気力は残っておらず何も言わない。 思い出でもあるのだろうかと考えるが束が知る限り、リリィが数年前まで住んでいた土地は静岡県の中心部で接点すらないのだ。
おそらく別の理由だろう。
「とりあえず落ち着いた?」
「もうとっくにね……!」
それは良かったと思いながらもリリィは拘束を解こうか悩むも、それが何のためにされているかを思い返し踏みとどまる。
「何から聞きたい? 私が答えられることなら一応……答えるけど?」
「……なら、今どんな状況なの?」
漠然とした問いかけになんて返せばいいのか戸惑ってしまう。
そもそも今とは何を指しているのだ。 束の状態に関する今なのか、それとも世界は今どうなっているのかという意味か、一番心配していた箒の身は今安全かという意味なのだろうか。 いくつもの今が束から問いかけられリリィは混乱する。
何を聞けばいいのか理解が追いついてないせいで、そのような曖昧な問いかけになるのは仕方がない事なのだろう。 だが質問する内容をもう少しだけ明確にして欲しかった。
「今……今ねぇ。 とりあえず、今のところ篠ノ之家に死傷者は出ないよ」
「……その根拠は」
リリィとしては束が一番心配しているであろう箒の無事を先に知らせたつもりだったのだが、理由のない答えは嘘と何ら変わりがない。 疑ってしまうのは当然のことなのだ。
今の言葉が現状を見て知って口にしたというのなら束も安心するだろうが残念なことにリリィは無事だという根拠は確認したからではなかった。
「見た限り……盗聴や監視じゃなさそうだけど」
確かに“フリーダム”でネットワークに接続はしているものの見ているのは各国のニュースで直接、篠ノ之家の現状を理解できる状態ではない。
当然といえば当然のことだが篠ノ之家が長崎県にあるわけでもなければ監視カメラが室内に設置されているわけでも、いや――篠ノ之神社の広大な敷地を管理するには何処かの警備会社と契約し監視カメラやセンサー類を境内付近に設置している可能性はある。
そもそも篠ノ之神社が管理するべき場所は境内だけではなく裏山も含まれているのだ。 これは観光という意味合いで篠ノ之神社から裏山につづく道が舗装されており、そこから金銭を求め不法侵入する輩がいないわけでもない。
厳格な神主である束の父――篠ノ之柳韻が神門を閉めないわけがない。 特に神を祭る場所の警備を疎かにするはずもなく裏山全体を金網等の柵で囲んでいるわけではないため、必然的に警備会社等が何かしていると思ったほうが良い。
その点を踏まえるとリリィが篠ノ之家を監視することは不可能であり、何かを聞いている様子はないため盗聴も可能性から外れる。 つまり篠ノ之家の現状をリリィが知るわけがないのだ。
「うん、盗聴も監視もしてないけど誰も死んでないことはわかる。 人質には人質という理由があるから、その役割が果たされるまで、むやみに殺すような真似はできない……」
今まで束が考えたことのない理論の先にある回答を口にされ一瞬だけ呆然とリリィを見つめてしまう。
「……大丈夫だよ。 まだ束が
その言葉に少しだけ違和感を覚えたが今は気にしないでおこうと束は軽く流し「人質には人質という理由」の意味を考え始めた。
人質とは卑劣な行為という先入観が先走ってしまい、その本来の意味である交渉材料という意味が見失われがちである。 相手にとって大切な人間を交渉材料として目的の物を手に入れるための行為であり、その人質を殺すということは交渉材料を自らの手で捨てているということなのだ。
そうなれば交渉が成立せず相手の目的は達成されない。
ただ殺すというのが目的であれば殺人ということで、それはそれで定義が違うのだが今回の場合は束が開発した“白騎士”と、それを製造する技術と頭脳が相手側の目的物であり篠ノ之家はソレに対する人質となる。
本来ならば期限を設けて相手に揺さぶりをかけ条件を飲ませるのだが、今回に限っては国家の行く末がかかっているため下手に人質を殺すことはできず、また肉親を殺してしまえば不干渉にも近い束の立ち位置が復讐に切り替わり国家が消滅するという可能性すらあった。 “白騎士事件”は束の犯行ではないかという疑念が日本政府に芽生え始めているというのなら、機嫌を損ねてしまえば弾道ミサイルが再度飛来するだろう。
それに個人より国家のほうが有利と思えるだろうが、個人は規律に縛られ満足に行動できないという制限がなく、当の束は“白騎士”という機体を一人で製造した唯一の人間だ。 国家消滅という例えは間違ってはない。
だからこそ安易に人質となった篠ノ之家は殺せないのだ。
「そうだね……確かに殺せない」
ようやくそのことに気がついたのか束は小さく息を吐くと背を壁に預けた。 その表情からは焦りが消え余裕すら感じさせられる。
多少、居心地の悪さを与えてしまうかもしれないが、それでも束が愛した人達は生きているため問題はない。
「むしろ、ここで束が出て行くと相手を色々刺激する行為になるから……止めてね?」
「ふふ、はいはい。 わかったよ~♪」
本当に理解しているのか怪しいが、それが普段の束だ。
――ん……今、束らしいって思ったの……私が?
ふと自分の思考に気がつき驚く。 考えてみれば出会ってから数日も経ってないのに、それが束にとって当然だと思えていた。
それほど束に心を開いてしまったというのだろうかと少しだけ自身に不安を覚える。
「それよりリリィちゃん……これほどいてくれない? さっきから肩が痛いし首も締まるし……」
「……私の言うことを聞いてくれるなら……」
「言う事って……はっ! まさかリリィちゃん、そういうプレイが好きなの!? さりげなく首に何か付いてるし、これから私はリリィちゃんの事をご主人様とかダーリンって……」
縛られたまま身体をくねらせる束を少し気持ち悪いと思いつつも次第に「このままでもいいか」と放置することにした。
他人が聴いたら変態のようではないかと思える束の言葉は未だ止まることはなく止めたら止めたで、また変な方向に進むだろう。 いっそ気が済むまで喋らせていたほうがいいという結論にリリィは全てを聞き流しながらニュースを読み始める。
「……放置プレイは流石に束さん、嫌だな~?」
無視されることは嫌なのかと理解しつつ縄を強引にナイフで切った。 それと同時に首が締まって女性が出してはいけないような声が漏れたが、人を変態扱いした報いだと頭の中で思っておく。
少しばかり良い気味であると思ったが、やはり罪悪感を混じている時点で根は善人なのだろうとリリィは自身を再認識する。
「……これって」
両手が自由になり束は首に付けられているものを外し、それの正体に呆然と見つめ続けた。
首輪だと思っていたベルトが垂れるように端を束の膝上に落とす。
「私が軍服着るときに使ってたベルト」
「なんで持ってるのさ? その服にベルトは使わないでしょ……」
「え……? いや、束の荷物とかも全部持ってきてるけど……そっちのほうが良かった?」
そう言いながら織斑家に寝泊りするため置いていた衣服等を纏めた荷物を指さすと束は更に呆然としたような表情で固まる。
――纏められてたから結構簡単に持ってこられただけなんだけど……。
それほど驚くようなことなのかリリィは困惑してしまう。
当の本人は何時の間にという感情とリリィに下着を見られたという思いで少しだけ顔を赤くし固まっているのだが、それがリリィに伝わる訳がない。
「……もしかして、まだ眠いの?」
“白騎士”の改修で徹夜をし、そのまま“白騎士事件”に巻き込まれ防衛戦に参加。 そして長時間起きていたことによる疲れも合わさり気絶――そして端島で目覚めると篠ノ之家への長距離移動を行いリリィによって気絶させられた。
それまでの睡眠時間を合わせても人間が必要とする一日あたりの平均的な睡眠時間には届かず、眠いと思われても仕方がない。
「ど、どうだろ? ……ん、くぁぁ……んぅぅっ!」
そう言われると気になってしまうのが人間というものだろう。 束は欠伸と共に背伸びで自身の状態を確認する。
「……今、おっさん臭いって思わなかった?」
「え?」
実は少しだけ思っており気がつかれたことにリリィは焦った。
三十路を過ぎて人生に疲れた人のように思えたら途端に思えてしまったのだから仕方がなく、むしろ背伸びしながら妙な声を上げた束が悪いのではないのだろうか。
――イージスのバカ……!
脳裏で三十後半に突入した戦友が重なったせいで思ったことだったため束だけが悪いとも言えないのだが、それでもリリィは悪くないはずだと自身に言い聞かせた。
「……それよりも世界情勢の説明はいる?」
「いるけどね……それとこれとは話が別だよ」
「えと……ゆるして?」
「ということは本当に思ってたんだね?」
逸らそうにも話が別であると切り捨てられる。
だが本当に怒っているわけではなくリリィを
――あと二時間で陽が昇るね。
誰もいない夜の街を歩いていれば不審者に思われなくもない。
まだ束の顔写真は公開されていないらしく通報されても“白騎士”の開発者であると気がつかれることはないだろう。
しかし束が自由に歩いている姿が見られてしまえば篠ノ之家という人質は効力を発揮する。 まだ束は“フリーダム”という所属不明の人型機動兵器によってさらわれている状態なのだ。
攫われ束本人の自由が利かないと思われているからこそ人質という効力は無効化されており、またリリィとともに歩く姿を目撃されれば自然とリリィにも視線が向く。 そしていずれ“フリーダム”との関係が表に出てしまう。
それだけは避けなければならない。
「普通に考えれば夜の間に移動するのが一番だね……」
人目に付かないことを最優先とするのならば大半の人間が寝静まっている夜に行動するのが一番いいだろう。 しかし反対に一人でも誰かに見られれば荷物を持った奇抜な服装の女性で後々影響が出てくる可能性もある。
やはり独特の服装やウサミミを隠し尚且つ人の中に紛れ移動するのが一番だとリリィは考えていた。
「何一人でブツブツ言ってるのさ~。 私と百合百合する策略でも練ってるのかな、百合ちゃんなだけに?」
「いや、待って……私男だから」
今の言葉は千冬達が聞いても理解できないだろう。 リリィの本名を使ったボケなのは本人だからこそ良くわかるのだが、それでも内容が内容なだけに流石に肯定できるはずもない。
そもそも束が言う百合という言葉はリリィの本名と女性の同性愛を指しており、女性に見えるだろうが性別が男性であるリリィには適用されないのだ。 いくらリリィが少女のように見えるからといっても知っている人が聞けば少し疑問に思うはずだ。
――はぁ……というか本当に知ってたんだ。
今まで半信半疑だった束の知っているという素振りが今の発言で嘘偽りのない事実だと知り少しだけ何かに負けた気分となる。
「うん? うん、知ってるよ~? リリィちゃんが男で本名が篠ノ之
篠ノ之百合――それが現在スカーレット・リリィと名乗りドイツ連邦国防省連邦防衛軍の管制指揮官を努め“フリーダム”を操る彼の名だった。
何の偶然か束と同じ篠ノ之姓が嘘のように聞こえるが、それをリリィが言いだしたのではなく束が口にしている。 リリィが咄嗟に作り上げた脳内設定でもなければ、束が作り上げた設定でもない。
篠ノ之百合という名前がリリィの本名であることは間違いないのだ。
「でも思い切ったことしたよね~? 男の子に百合って名前付けるぐらいなんだもん。 リリィちゃんだからいいけど筋肉モリモリのマッチョメンだったらどうする気だったんだろ?」
「……父親の名前が百合奈なんだけど」
「それはまぁ……ネーミングセンスがアレすぎて、なんだろ……。 患ってるねぇ……」
まさかの父親から名前が女性的であることを思い出し若干乾いた笑みを浮かべる。
思い返せば一家消失事件は昔の事であっても父、篠ノ之
――どうしてこんな名前なんだろ……って何度思ったことか。
その容姿と相まってリリィは常に少女として扱われ続け、その度に「なんで、私を百合って名付けたの?」と問いかけたくなっていた。
「でも気に入ってはいるんでしょ? その名前……」
確かにリリィ自身、百合という名前が嫌いなわけでもないが好きでもない。 だが何を思って名付けたのか知らないが今では親との繋がりを本気で嫌えるわけがないのも事実だ。
最初はドイツで生きることを決めたとき名前すら捨てようとしていたのだが捨てきれず、気が付けば百合という名をリリィとして名乗り続けていた。
「さぁね……」
だが百合やリリィと名乗り続けていても好きか嫌いかはリリィ自身には判断がつかず、束の問いに対して明確な答えが出るわけもないため軽く流す。
そうそう自分の感情や思いに気がつける人間はいない――当然、リリィにも束にも同じことは言える。
「……ねぇ、束。 今の世界は……楽しい?」
今まで千冬や一部を除いた大多数の人々に否定されながらも楽しそうに、嫌な視線を受けても何事も無かったかのように人生を歩んできた束へリリィは唐突に問いかけたくなった。
「……そこそこには、ね」
普通の人間なら、そんな環境にいれば悲観的になり楽しいとは思えないだろう。
それでも束は楽しいと口にしたのだ――それがリリィには眩しかった。 立場が置き換わって同じことを聞かれたら束のように楽しいと答えられる自信はない。
立場は少しばかり似ているものの束とは違いリリィには親のような戦友がいた。 否定ばかりではなく受け入れ正してくれる大人達がいたのだ。
――うらやましいな……そう思えるなんて。
おそらく束なら今後“白騎士事件”で注目を集めることになっても楽しく生きていけるのだろう。
「変なリリィちゃん。 どうしたの?」
「……ごめん」
今までのように過ごせないことにリリィは謝るしかできなかった。
「もう、束も日本にいられないから……私……」
なんと言えばいいのか分からず、やっとの事で口にした言葉に束は気にした様子も見せず小さく息を漏らす。
「や、やめてよ。 なんか湿っぽく言われたら……別に私は気にしてないから。 いつかはこうなるんじゃないかって思ってたんだし……」
そうは言っても少しばかり寂しそうなのはリリィの目から見ても一目瞭然だ。 二度と会えないわけではないが、やはり箒や千冬と別れるのは辛いだろう。
それでもリリィは束を篠ノ之家に返すわけにはいかなかった。
「うん、私は……リリィちゃんの人質だから」
「……そうだね」
「しょうがないよ……。 私が箒ちゃんの近くにいたって……迷惑かけちゃうだけだし……」
こんな時でも箒の事を優先し束は泣きそうな顔を見られたくないのか顔を伏せる。 やはり誰しも寂しいものは寂しく悔しいことは悔しい。 そして悲しいことは悲しいのだ。
謝っても許されないだろうがリリィが攫った事によって束は大切な家族を失った。 いつでも会おうと思えば会えるはずなのに、声をかけることも近づくことすらも許されない。
「きっと、そのほうが箒ちゃんも……幸せだよ、ね」
その声が徐々に途切れていき、やがて束は蹲って涙を流し始める。
――ごめん……。
二度目は口にせず心の中で口にしリリィは、ただ束の泣き顔を見ないよう空を見上げた。
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✔篠ノ之百合奈 【人名】
スカーレット・リリィ(本名:篠ノ之百合)の父親でCCCNOの最高責任者。
息子同様に女性と間違われる程の容姿をしており一家の家事から経営、また独特な発想を持ち時には奇抜な行動をする人物。 その人生で様々な繋がりを作っておりスカーレット・リリィを生み出した元凶の一人と言える。
一家消失事件によって行方不明とされているが複数の目撃情報が確認されいるため生きている可能性が高い。
《クラウス・ノア》
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