世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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《戦闘機の基礎》

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012 Suspicion

「これは、まぁ……予測していたにはしていたけど、少し期待した私が馬鹿だったというか恥ずかしいというか……」

 

 そう言いながらリリィは頬をかき、視線をフライト状況の表示している電光掲示板から遠ざけた。

 ――うん、いや完全に忘れてた……。

 普段なら何事もなく全便運航していたのだろが、今日に限っては“白騎士事件”の翌日ということもあって全便欠航。 おそらく弾道ミサイルによって空に上がることが危険とみなされたためだろう。

 この状態では海上も同じような警戒が出されているはずだ。 漁で生計を立てている人にはいい迷惑だろうと思いつつも小さく溜息をつきながらリリィは近くの壁に寄りかかった。

 

「リリィちゃんにラブホテルに無理やり連れ込まれて、あんなことまでされたのに……」

「……恨めしそうな声で誤解を招くようなことを言わないで」

 

 腰まで真っ直ぐに伸ばした黒髪を指でクルクルと弄りながら、レディーススーツを着こなす束はつまらなさそうに辺りを見渡す。 特徴的なウサミミや三つ編み、不思議な国のアリス的な服を完全に外した束は、もはや完全に一目見ただけでは判断がつかない。

 ラブホテルに連れ込まれた――それは事実なのだが大半は誤解するだろう。

 カップルの性的欲求によって起きる性行為を推奨している施設と思われているが、その本質はホテルであり短時間の休憩や宿泊等を行う施設である。 ただホテルとしての機能を持ちながらも性行為をしても構わないというだけで、その大半は普通の宿泊施設と変わらない。

 ただ普通のホテルとは違い性行為等に特化された設備がされていたりカラオケ等の女子会を行うのに最適な環境であったりと、何かと部屋自体が豪華だったりもするのだ。

 実を言えばリリィと束が二人で使用しても問題はなく――というよりもラブホテル側が同性間での使用を認めている事例が多く、見た目が女性なリリィが束と共にラブホテルへ入って行っても女子会と思われるのが結果だったりもする。 またホテルとは言いながらも精算は基本的に機械任せでフロントはあっても従業員がいないこともあり、その従業員がラブホテルの使用料金の計算が完全にできるというわけでもなく、あくまで従業員はベッドメイキングや宿泊し予約をした客への朝食準備などしか行わず顔を合わせる事は少ない。

 沖縄のラブホテルがカラオケ店のような扱いをされる事例も存在し、必ずしもラブホテルに入れば性行為をするというわけではなく、リリィは下準備をするため場所を選び入ったに過ぎないのだ。

 

「……そもそも、それを言っても同性にしか見えないし年下の私が連れ込まれたようにしか見えないし……。 自分が変態だと公言してるようなものなんじゃ……」

「愛のために変態になるということが悪いことじゃない! そう、それは愛のため!」

「はいはい……」

 

 このように公言しているため周囲からの視線は少し刺さるものの、そう口にしている本人が篠ノ之束であると今後気がつかれないだろうし、記憶の光景はいずれ色褪せて忘れていくもの。 リリィのような直感像素質者でない限り完全に思い出すことはない。

 それに“白騎士事件”によって交通が止まっているせいか空港内には人が少なく、束に目を向ける存在も片手で数えられる。

 ――ただ髪の毛染めて服を着替えただけじゃん……。

 髪を染めるのには抵抗があったがカツラでは束の長い薄紫色した頭髪は隠せないとリリィは考え早朝、開店したばかりのドラックストアでヘアカラーリング剤を購入し、従業員がいないラブホテルに入り染め残しが無いよう束の髪を念入りに黒く染め上げていったのだ。

 流石に黒のヘアカラーリング剤を使用すると黒々しいツヤが出るので少し海水を海から確保し、染め上げた髪を傷ませていることで自然に近い黒髪を作り上げた。

 ただし当然のことだが髪は女性の命というほどの存在で髪を染める行為自体、髪を傷ませるため束には抵抗があったがリリィの説得により折れ――そもそも日本人なのに自毛が薄紫色の髪は目立ち、髪を薄紫に染めたのではないかという疑念がリリィの中で生まれる。 箒でさえ髪の色は茶色に近いが黒く、また千冬や一夏は日本人らしい生粋の黒髪。

 日本人で自毛が薄紫色の束は周囲から浮いていた事は容易に想像しやすいのだが、よくよく考えればリリィも両親が生粋の日本人でありながら自毛が銀という周囲から浮いた存在だったのだろう。 五歳からドイツで過ごしていたこともあり銀髪で周囲から浮くことはなかったが、もし日本で過ごしていたら純粋な日本人とは思われなかったはずだ。

 

「しかし、どうしようか……」

 

 もう空港に用はないとリリィは歩き始め外に出ていく。

 空も海も現在交通が止まっているということは日本から出ることはできないということだ。 その間に束の顔写真が広まる可能性もあり、あまり時間は存在しない。

 

「またラブホに戻ってSMプレイでもする~?」

「……一度も、そんなプレイしたことないんだけど」

「……人の首に首輪っぽい何かを付けて腕を後ろで縛った人の台詞とは思えない……」

 

 首に巻きつけたのはベルトであるが構造上、首輪もベルトも然程違いはなく、ただ引き紐が存在しないだけだ。 そもそも首輪を調べると動物用というよりは人間が使用することについて多く書かれている。

 ラブホテルではしていないものの間違いなく束が言ったことは行われており、その時にリリィは征服欲を感じなかったわけではない。

 それを忘れようと頭を掻きながら空を見上げると周囲に響く大きな音と共に、巨大な機影が滑走路に着陸しようと高度を下げていた。

 ――Boeing(ボーイング) 737?

 アメリカに合衆国にある航空機メーカー、Boeing社が製造した機種で世界一多く飛んでいる旅客機である。

 しかし何故、空の便が止まっているのに旅客機が着陸しようとしているのかと考え答えが一つしかないということにリリィは再度、空港に入り電光掲示板を見た。 当然、先ほど見たものが数秒で変わるはずもなく全便欠航のまま。

 

「……どうしたのさ? 急に戻っても、そんなすぐに飛ぶわけじゃないよ?」

 

 束の言いたいことは理解しているが、もしリリィが思っている通りならと動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《Flabellum Leader――貴機の着艦チェックを実施せよ》

 

 Vorpalの甲板が空いたことを確認しイージスは静かに、それでいて早く正確に愛機を空母に下ろす準備を始める。

 本来なら艦載機ではなく空軍基地から運用されることを目的としたF-15系統の機体が空母に降りることは珍しく、普通なら絶対にしないようなことだ。

 そもそも艦載機、正確に言えば艦上戦闘機には空母の滑走路が空母の全長以上にはならないため短距離離着陸能力を必要とし、機体の速度を最大限に落としても失速し墜落しない低速性能を持つことが求められる。 また短い滑走路で打ち出され、カタパルトも射出できる機体重量の制限が有ることから軽量であることが求められ、空母のスペースを活用し多くを搭載するため小型であることが望ましく、大型になれば格納庫に下ろすためのエレベーターサイズを超えてしまう。

 他にもあるが基本的に上記の問題が存在するためF-15系統の機種は空母による運用適性が低く好ましくはない。

 

《確認した。 着艦を許可する》

 

 速度を失速する寸前まで落としアレスティング・フックをアレスティング・ワイヤーに掛かるよう機体を調整する。

 

《侵入コース適性》

 

 アレスティング・フックとは機体下部に装備されている機体制動用拘束フックのことで、航空母艦に張られているアレスティング・ワイヤーに引っ掛けることによって短距離着陸を助ける効果を持つ。

 空軍基地での運用を前提とした機体にも、このアレスティング・フックが無いわけでもなくF-15Eにも搭載されているのだが、陸上機がアレスティング・フックを使用する場合は非常用ということもあり大抵は機体がオーバーランしてしまう。

 そのため近代では艦載機はFA-18やFA-18E、及び開発中である垂直着陸が可能なF-35Bや艦載機仕様のF-35C、フランスのDassault(ダッソー)社が開発したRafale(ラファール) M、Сухой(スホーイ)社が製造したSu-33等が主流である。

 無理ではないのだがF-15系統で着艦を行うのは艦載機以上に難しく、FA-18ですら航空母艦への着艦が失敗することが多い。

 高度にコンピューター化されたFA-18等は無操縦での出撃を可能とし微風であるのならば着艦ですら自動操縦で出来てしまうと言われており、何も知らない一般人が聴いたら簡単ではないかと思ってしまうだろう。 だが実際のところ飛行甲板上に設置されているアレスティング・ワイヤーを機体に搭載されているアレスティング・フックで捉えなくては航空母艦に着艦できないのが現状だ。

 それを苦もなく成功させていくFlabellum隊の腕は確かなものであるのだろう。

 

「……っ!」

 

 甲板上に叩きつけられるかのような衝撃がイージスを襲ったが、そんなことに気を取られている暇はない。

 最低限、失敗した時のために再度飛べるようエンジンを全開にしていたが杞憂で終わったのか、アレスティング・ワイヤーを捉えたらしく機体がオーバーランすることもなくF-15EはVorpalに着艦する。

 

《完璧です。 Flabellum隊、全機着艦を確認》

 

 計器を見れば既に燃料は底をついており、今まで飛べていたことが不思議と思えるほどイージスは長時間、空を飛んでいた。

 F-15に対しF-15Eは胴体横に取り付けられているConformal fuel tanks(コンフォーマル・フューエル・タンク)――所謂、取り外しのきかない追加燃料タンクを保持しており、また“白騎士”と会敵するまでハードポイントにドロップタンクを装備。 さらに帰投時には切り離したドロップタンク分の重量や空気抵抗が無くなったため、これほど長く飛べていられたのだ。

 

「おつかれさん……」

 

 更にイージスが愛機とするF-15Eには兵装システム士官を必要としない飛行補助プログラム試作三号機“Scarlet Ⅲ”が搭載されている。

 コンピューターの発達によって操作の自動化が進み、単座機でありながら対空戦闘から対地攻撃までを万能に行えるまで進歩した世界になるまで、いかにパイロットの負担を減らせるのかというのは命題であった。

 全ての操作――操縦、レーダー確認、兵装操作、航法、これらを初めとした全てを行いながら任務を遂行するということは負担が大きく、その負担から任務で些細な失敗が起きてしまう。 高い成功率を実現するためには、なるべく一回の出撃で任務を遂行しなければいけない。

 そのため役割を分け前部パイロットが操縦から兵装操作を行い、後部に座る兵装システム士官がレーダー等の計器を操作するようになっている。

 実際に、湾岸戦争では単座戦闘機のパイロットにかかる負担となっており、兵装システム士官という作業分担方式は電子化が進むまでは様々な面において合理的であり効果的な結果を生み出していた。

 

Es war ein guter Flug.(良いフライトだったよ)

「お前さんのおかげさ。 でなければ、こんなに長く飛べはしない」

 

 だが、それでも複座機には人件費や兵装システム士官の育成時間という大きな問題が残る。

 突発的な事態に対しコンピューターにプログラムされた事しか実行できない単座機に対し複座機は人間が対応できるため利便性は高いのであるが、やはり金のかかる仕事のため給金は抑えたく軍上層部は複座機を快く思っていない人間もいるのが現実だ。

 

Kleine gut zur Ruhe. Der Aufhänger ich mich.(少し休むといい。 ハンガーには私が下ろす)

 

 そこでドイツ連邦国防省連邦防衛軍が考え作り出したのは人工知能によって兵装システム士官を補う電子化であった。

 これには近代化を進める事を目的とし偵察機の無人化なども考慮されており、軍上層部も開発にはおおかた賛成してドイツ連邦国防省連邦防衛軍、第五空軍師団第506戦術飛行隊――Flabellum隊がドイツに本社を置く電子部品を製造するMarks Horst(マークスホルスト)社と共同開発する事となった。

 元々はEurofighter Typhoon(ユーロファイター タイフーン)に搭乗していたFlabellum隊であったが、軍の所有する機体を改修する許可が下りずMarks Horst社が保有していたF-15系統をデータ収集機として使用することとなる。

 軍で扱う機体を無駄に壊されるよりは多少の金を払ってでも外部の機体で開発を行ってもらいたいという思いが、Flabellum隊にF-15の配備を許可したのだろう。 空軍の機体整備や新機軸となる戦闘機開発も行っていたMarks Horst社の整備した機体ということもあり、最終点検を軍の方で行ったあと試験機としてF-15は配備された。

 ただ人工知能を作るということは容易ではなく計画は難航し、スカーレット・リリィが共同開発に参加することとなるまでは進行することなく行き詰まり続ける。

 

「……お前には、スカーレットがどこに行くか理解できるか?」

 

 “Scarlet Ⅲ”と名付けられるように人工知能の元となったのはスカーレット・リリィだ。

 プログラム試作一号機から若干ではあるもののスカーレット・リリィの手が加えられたシステムは処理能力こそ低く試作二号機で、ある程度の判断を人工知能側で行う事を可能としたが、従来の電子化された機体に届くか届かないかという物となり試験飛行を数度繰り返し、データを集め再度設計して現在の試作三号機となった。

 試作二号機の時点で人工知能側での一部操作を行う事が可能となったため試験機は改修され、若干の調整を加えられたあと人工知能に新しいプログラムを加える事によって現在の試作三号機となっている。

 正直に言えば試作三号機と言っているものの正確には試作二号機の改修型なのが現実。 ただし元の試作二号機とは違い圧倒的なほどに人工知能の性能が上がり、また短くはあるが意思疎通が出来てしまうため試作二号機とは言えない別の物となってしまいMarks Horst社と悩んだ末、試作三号機ということにしてしまおうとの結論に至った。

 

Ich verstehe nicht.(私には理解できない)

 

 スカーレット・リリィに近い人工知能であるならば製作者本人の考えが分かるのではないかと思ったが、やはり現実はそう甘くないらしい。

 格納庫に下ろすためのエレベーターに機体を載せながらも“Scarlet Ⅲ”はイージスの問い掛けに理解できないと回答をよこす。

 ――そうだろうな……。

 “Scarlet Ⅲ”は試作三号機の人工知能であり判断基準はスカーレット・リリィに近いであろうが人間ではない。 未だに考えるということができない試作段階の人工知能なのだ。

 搭載された機体の飛行補助は出来ても人間のように思考する段階までは到達していない。

 

「そうか……悪かったな、変なことを聞いて。 整備中は寝てていいぞ」

Verstanden.(了解) Fahren Sie das ganze System ist im Aufbau.(整備中は全システムをシャットダウン)

 

 若干意味合いは違うが現状の人工頭脳ではコレが限界なのだ。

 格納庫の定位置で止まると“Scarlet Ⅲ”がキャノピーを開け、そこに間髪入れず整備員が梯子をかけイージスが下りてくるのを待つ。

 ――もう寝たか……。

 コクピットの計器を見ると限界だったのか全てが消えていた。

 

「大佐、ご無事ですか?」

「少し待ってろ、今降りる!」

 

 機器の上部を軽く叩きながらイージスは立ち上がり掛けられた梯子で格納庫に足をつける。

 すでにFlabellum隊のF-15は整備が始められており整備員が忙しなく走っていた。

 

「お疲れ様です」

 

 降りてきたイージスを労うためにか整備員の一人が飲料とタオルを手に駆け寄ってくる。

 

「そうだな、確かに疲れた……が、コイツのおかげで大丈夫だ。 まだまだ飛べるぞ」

「元気ですね」

 

 そういうが本当は体力に限界を感じていた。

 普段ならこれほどまでに疲れることはないのだが、今回ばかりは相手が戦闘機ではなく人命を脅かす弾道ミサイルであり、そして所属不明の人型機動兵器。 人型機動兵器への確立した対応が存在せず隊の頭脳とも呼べるスカーレット・リリィすらいない現状ではFlabellum隊に出来ることは流されるように戦うことだけである。

 ――こっちが万全だったら……。

 もしスカーレット・リリィが早期警戒管制機で指示していれば人型機動兵器らも落とせていたのだろう。

 スカーレット・リリィは時にレーダー外の敵勢飛行物体等を感じ取る時がある。 第六感といえばいいのだろうか――Flabellum隊にも同じように自分ですら正確に分からない何かを感じ、それに突き動かされるまま空を飛んでいるものもいるが、それすらも上回るであろう何かをスカーレット・リリィは感じるらしい。

 その感じる曖昧な感覚は本人すら最初は偶然だと笑っていたが数を重ねるごとに確実なものへとなっていき、やがて方位と数すら読み取れるようになっていた。 公の場に姿を現さないにも関わらず軍内部でスカーレット・リリィの噂が名と共に独り歩きし、Extrasensory Perception――所謂、超感覚的知覚を持つ管制官として広まり、そして誰もが一度はスカーレット・リリィと聞いたことある程の名となったのだ。

 イージスから見たら自分の娘と変わらない程の子供で、そんなオカルトじみた力を持っているようには思えないのだが、よくよく考えると本人は記憶力が良いだけだと口にするものの映像記憶能力者であるためスカーレット・リリィは、それを含めた超感覚的知覚者なのだろう。

 

「自分は格納庫に一日中居たため詳しいことは知りませんが、良くない事が起きたと耳にしたので……」

 

 その言葉とともに青い翼を持つ人型機動兵器の腰から撃ち出された何かが脳裏を過った。 “Scarlet Ⅲ”は電磁投射砲(レールガン)の一種なのではないかと口にしている。

 ――そういえば……何故、クラウスは撃墜されなかった?

 青い翼を持つ人型機動兵器は、その場にいたイージスとクラウス――そしてFlabellum 10のコールサインで呼ばれるフランケ・ドイラーの操縦をも先読みし砲撃をしていた。

 当然、戦闘機は強力なエンジンによって前にしか進まず後ろには戻らない。 飛行中はRudder(ラダー)と呼ばれる方向舵によって機首の首振りを、Aileron(エルロン)と呼ばれる補助翼によって前後軸を中心とした回転運動を行う。 またFlap(フラップ)Spoiler(スポイラー)等で揚力を増減させており、これら全てを戦闘機の機動へ取り入れることによって高度な空中戦闘機動が行える。

 しかし電磁投射砲の一種が放たれたという現状、どの兵器より優れた発射速度を持つであろう兵器が正確に目標を捉えていた場合、当たらない可能性は限りなく低い。 空対空ミサイルより小さな弾丸が空中戦闘機動で飛行する戦闘機に当たるのだろうかと疑問に思えるだろうが、その速度は戦闘機を乗用車と例えるなら超電磁砲は優れたスナイパーライフルと考えてもおかしくはないのだ。

 アメリカ海軍の実証試験段階である兵器であるが、もし電磁投射砲に近い兵器ならばクラウスが避けられるはずもなく今頃、格納庫は暗く重い空気で満たされていただろう。

 ならば砲撃はイージスが思ったとおり警告である可能性が高い。

 

「……大佐?」

「あ……なんだ?」

「お疲れのようですから、お休みになられては……。 機体の方は我々が整備しておきますので」

「あ、ああ……」

 

 そう言い残すと整備兵はイージスに飲料とタオルを渡し乗っていたF-15Eへ走り、別の整備兵と共に機体に取り付き点検を始めた。

 その姿を少しだけ眺めイージスは頭を悩ませながら格納庫の端に歩いていく。

 ――何故、俺達のクセを知っていた?

 未だに思考を占領するのは白い騎士の事ではなく青い翼を持つ人型機動兵器のことだけ。 白い騎士とは違い追い払うという行為ではあったものの明確な戦闘意思を見せ更に空中戦闘機動を知り尽くしたかのように翻弄されることなくFlabellum隊の敵として現れた。

 挙句の果てにはクラウスが行ったヴァーティカルローリングシザースの合間にも機体に直撃しそうな距離を電磁投射砲であろう兵器から放たれた砲弾が通り抜けたのだ。

 明らかに青い翼を持つ人型機動兵器はクラウスを知り尽くしていた。

 ――いや、まさか……。

 脳内でトライワイトが口にした言葉が蘇る。

 

「ほら、お帰りのちゅーは?」

「知らないし絶対にしないからな!?」

 

 そんな思考の海に沈んでいる中、近くで妙に騒がしい声が耳に届きイージスは溜息をつきながら声のする方へ歩き出した。

 ――そんなわけないか。

 先程まで考えてたどり着いた「青い翼を持つ人型機動兵器を操っていたのはスカーレット・リリィではないのか」という結論を有り得ないことだと片付け無理やり自信を落ち着かせる。

 

「おい、うるさいぞ」

 

 見覚えのある長い金の髪に考えていることが全て頭の片隅に押しやられる気がした。

 

「ん~? あ、イージスだ。 やっほー」

「やっほー、じゃないだろう……何をしてるんだお前は」

「お帰りのちゅーしてもらうのー」

 

 そう言いながら声の主は引き攣った表情を浮かべ続けるクラウスに頬擦りし続ける。

 

「あ、そうだイージスぅ……。 ダーリンがそっけないんだけど、何か言ってあげて?」

「……誰か医者を連れて来い」

「はやく! ダーリンの頭が手遅れになる前に!!」

「この大馬鹿同性愛者の頭を見るついでにバカが治る薬を処方してやてくれ……」

 

 その言葉に声の主は動きを止め呆然と辛辣な言葉を放ったイージスを見つめかえす。

 

「それ、酷くない?」

「正常な判断だと思ってるんだがな……。 クリア……」

 

 クリアウィッチ・ダズフィート。

 階級は海軍大尉であり、その外見や口調からは一目で性別を正しく認識することができない。 何も知らない人からしてみれば美人な英国女性に思えるのだろうが残念なことに歴とした男性である。

 今年で三十一歳になるはずの人間が社会的道徳を投げ捨て同性に頬擦りしている光景は、事情を知っているFlabellum隊にとって痛ましく思えた。

 

「もういいだろ、クリア……」

「うーん、そんなこと言ってダーリンも私のモチ肌が気持ちいいくせにー」

「……そこらへんにしとけ。 こっちは疲れてるんだ」

 

 これが一方的ならばクラウスの行動次第で、いくらでもクリアウィッチを抑えられるだろう。

 だが面倒なことに二人の関係は小さい頃からの幼馴染というもので、邪険に扱っても何食わぬ顔で好意を示し続けている。

 

「ほら、イージスもおいで~?」

 

 つい先日、アナスタシアがクリアウィッチも来ていると発言していたため覚悟は出来ていたのだが、いざ煩い声を聞くと溜息が自然と出てしまうらしい。

 

「あ、溜息ばっかりだと幸せが逃げちゃうぞー?」

 

 もう十分逃げて言っていると口にしたかったが、そんな気力がイージスには残っていなかった。

 そもそも幸せが逃げているから溜息が出るのではないのだろうか。

 

「それより伝達ね」

「……伝達?」

「そっ……。 これより本艦はキール軍港に帰航し乗組員の再編成を行う。 以後、本艦はFlabellum隊の旗艦として各国と連携し所属不明の人型機動兵器を撃破、または鹵獲せよ」

「……待って。 その発言だと最初から人型機動兵器の存在に知っていたように聞こえるのだけど……」

 

 その発言が引っかかったのかイージスの後ろから同じ耐Gスーツを着た女性が口を挟む。

 ケイア・ラズフィート。 Flabellum 5のコールサインで呼ばれる部隊唯一の女性戦闘機パイロットだ。

 

「どういうことだ?」

「私達は帰還してから一度も艦橋には足を踏み入れてないし整備兵以外誰にもあってないわ」

「……つまり、誰も人型機動兵器の存在を知ってるはずがない。 最初から知っていなければ今の伝達は大佐の報告後に行われるか、もしくは人型機動兵器の部分を抜いた伝達になるはずだ」

 

 Flabellum隊の面々から口に出されクリアウィッチは唇の端を少しだけ釣り上げる。

 

「ハルトマンの言うとおり。 上は日本で極秘裡に開発された兵器について情報を得ていた」

「まさか“Projekt Brunhild”は……」

「……察しがよくて助かるよ」

 

 艦長を問い詰めたときにトライワイトが口にした試作機と開発者のエスコートという意味が、イージスは今になってようやく理解できた。

 夜間にF-35Bを発艦させた理由も、そこにあるのだろう。

 ――そういえば、まだ帰ってきてないのか?

 その存在を思い出しイージスは振り返りF-35Bの姿を探すが、いくら探しても格納庫に機体はない。

 

「なんにせよ、全ては国に戻ってからだ。 近々ある共同軍事演習の予定もアレのせいでどうなることやら……。 噂の魔術師へリベンジする機会は先延ばしだろうね?」

 




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✔Boeing社 【企業】
 アメリカ合衆国に本社を置く世界最大の航空宇宙機器開発製造会社で、国内唯一の大型旅客機を製造しヨーロッパのエアバスと世界市場を二分する巨大企業。
 1997年にマクドネル・ダグラス社を買収したことによって主力であった軍需産業に主体を移している。

✔アレスティング・フック 【技術】
 機体の後方下部装備されている機体制動用拘束フックの名称。
 アレスティング・ワイヤーに引っ掛けることで短距離停止させることを目的としており、飛行中は使用されないため折りたたまれている。
 主に艦上機が航空母艦への着艦時に使用する機能の一つ。

✔アレスティン・ワイヤー 【技術】
 艦上機を短い滑走路で着陸や停止させるための支援設備。
 基本的に航空母艦の甲板上に複数装備されており、使用することによって艦載機のアレスティング・フックを捉え機体の速度を強制的に減速させたり止めたりする効果を持つ。
 アレスティング・フックが展開されていない、また搭載されていない機体の場合は効果がない。

Conformal fuel tanks(コンフォーマル・フューエル・タンク) 【技術】
 機体胴体部に沿って取り付けられる増設燃料タンク。
 ハードポイントに装備することのできるドロップタンクと比較すると飛行中に取り外すことはできないが、本来使用されるはずであったハードポイントへ武装の搭載が可能となる利点がある。 また空気抵抗やレーダー反射断面積が比較的小さいというのも強み。

✔飛行補助プログラム試作三号機“Scarlet Ⅲ” 【技術】
 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍が合同で研究開発している試作段階の人工知能。
 兵装システム士官としてデーター収集のためにFlabellum隊の一番機に搭載されており、無人機の主要プログラムとしての計画が練られている軍事機密の一つ。
 人工知能の元となった人物は名称通りスカーレット・リリィ。

Marks Horst(マークスホルスト) 【企業】
 CCCNO傘下の企業で航空機の電子機器製造を主軸としている航空機器開発製造会社。
 敷地内に試験滑走路を設けており、その広大な敷地内には複数の開発用格納庫が建てられている。 また地下実験区画も存在している珍しい研究施設を保有。

✔ヴァーティカルローリングシザース 【機動】
 垂直降下または上昇中にバレルロールとシザースを組み合わせた急旋回。

✔クリアウィッチ・ダズフィート 【人名】
 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍 第三機動隊郡 第07潜水艦隊所属の海軍大尉。
 容姿は女性に近いが性別は男性でクラウス・ノアの幼馴染。
 哨戒任務や特殊任務を主に行うルティツァ級新型潜水艦の艦長で、その能力は軍内部で高く評価されており人望も厚い。
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