CFA-44――開発が止められ完成もされなかった機体は、設計者であるリリィが最後に見た姿のまま格納庫に置かれていた。
未だ完成されてはいないが第五世代ジェット戦闘機が主体となった航空戦においてリリィが出した回答の一つは、軍内部で開発計画の再開を望むものも少なくはない。
“Concept Feasibility Analysis”――概念実現可能性解析という形式を持つ機体は、2000年代から運用が開始された高度な火器管制システムとステルスを主体とした航空戦において試験的な役割を持っている。
第五世代ジェット戦闘機という概念は1981年にアメリカ軍が提案した先進戦術戦闘計画まで遡り、敵よりも先に複数の敵機を撃墜する条件を満たすような火器管制装置とステルス性能が求められた。 これは1973年の第四時中東戦争で優位にあったイスラエルが地対空ミサイルと対空火器により多数の損失を出したことから生まれており、低空を飛ぶ戦闘機には防ぐ手段が存在しない対空火器は脅威――これを分析したアメリカ国防省は対策として低被観測性と高速巡航を提唱。 それがステルス設計とスーパークルーズという形で先進戦術戦闘機計画に組み込まれ、YF-22とYFー23が完成し比較試験によってYF-22が選定され現在のF-22として配備されていく。
CFA-44はリリィが設計した航空機搭載型試作レールガンユニットに合わせ同時期に設計されたステルス艦上戦闘機であり――と言っても開発段階では艦載能力は存在していなかったが、優れた加速性と機動性、更には電子システムを有している。 “白騎士事件”によって航空母艦の存在を始めて知ったリリィは当然のようにCFA-44を陸上基地での運用を重視した設計にしており、開発コンセプトの変更によって改修され今では艦載能力を有する純国産の第五世代ジェット戦闘機となっていた。
ステルス性能を高めるため他のステルス戦闘機同様にウエポンベイを機体上下三ヶ所に備えており、いかにもステルス機と思える形状をしている。
その形状はF-22よりもСухой社が開発している試作機のT-50“PAK FA”に似ているだろう。
「上も微かに有用性を認識しているようで、共同開発ではないという点も気に入られてるようです……。 こちらでは数日もあれば試作型ユニットが完成しますので、あとは少佐の方で調整して頂ければ性能は十分かと」
「……どこもかしこも次世代機開発が進んじゃったからね。 そんな状態で戦争されたら、こっちはたまったものじゃないよ」
「それに加え、開発競争を煽るかのように登場した騎士も興味深いです」
その言葉に束の表情が歪む。
“白騎士”の存在は情報が出回っていなくとも確実に認知されており知らないものはいない。 しかしながら存在だけでは制作した人物の思惑を理解できるはずもなく、主任のような考え方をする人間がいてもおかしくはないだろう。
今の束にとっては取り払うことのできない刺のようなものだ。
「ロシアも次世代機を作ってるんでしたっけ?」
「そう聞いています。 特殊弾頭の開発も同時に行ってるようですから、意外とウチと似たようなことやってたりするんじゃないですか?」
ロシアといえば第二次戦略兵器削減条約で大陸間弾道ミサイル内に複数の弾頭を搭載し複数の目標に攻撃できる“Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle”――通称
――ロシア側の内情も探っておかないと不味いことになってきたかな……。
戦術核搭載型特殊弾頭という可能性は“白騎士”や“フリーダム”を上回る可能性があるほど危険なものだ。 現代の技術力では開発が不可能に等しい二機に比べ、弾頭は時間と資金が存在すれば量産が可能である。
また開発国以外にも渡る可能性も存在しており、警戒する必要があるほどだろう。
「……気になるか?」
「まぁね。 あのロシアが開発した特殊弾頭っていうのが嫌な予感がする。 もしかしたら主任の言うとおり機体を弾頭に合わせて作ってるのかもしてないよ」
機動性能が高くミサイルを確実に回避する手段を持っている機体が開発され実戦投入された場合、いくら改修したF-15やEurofighter Typhoonであっても相手するには限界がある。
「それにソレを搭載する機体というのも引っかかる。 通常弾頭ならハードポイントで事足りるはずなのに、わざわざ弾頭に合わせたかのように同時開発を……。 どう考えても従来の弾頭じゃないね」
「だろうな。 弾頭が巨大すぎる、ハードポイントでは固定できないという理由が挙げられるが……そんな機体が高い機動性を持ってたら相手できないぞ。 前進翼なんてことはないだろうが……ま、お前さんがいるから何とかなるだろうな……」
機体の翼が根元より前に向かっているのが特徴的な前進翼は機体の安定性が低く、またレーダー波を後ろに流せない構造ため察知されやすい。 その反面、機体の運動性と失速限界値が高いというのが前進翼の特徴だ。
今の第五世代ジェット戦闘機には当てはまらない機体構造をしているため、ロシアの開発している次世代機は前進翼ではないだろう。 おそらくはロッキード・マーティンが提案し計画中止となったFB-22と同様の戦闘爆撃機という形が一番近いはずだとリリィは考える。
そもそもロシアは第五世代ジェット戦闘機である“PAK FA”の初飛行が最近と言っても良く、そんな次々と開発する必要があるとは思えない。 何らかの理由で必要になったというのならまだしも、次世代機という名目で製造するには予算が跳ね上がるためリリィには理解ができなかった。
「そんな適当な……。 一応聞いておきますけど主任は何か知っていますか?」
「ん、いや……詳しいことは全然。 ただ軍用コードは“
「……サミナード?」
「そう、ローズ・サミナードとかいう女性だそうだ」
ローズ・サミナード――その名前に聞き覚えがないわけではなかったが自信の記憶が確かならば、その人物は作家だったはずだ。 間違っても軍用機の製造に関わっているはずがない。
だが世界には六十億人もの人間が存在し名前が一致することは有り得ることだろう。
「そして大佐に残念なお知らせですが、“Morgan”は前翼付きの前進翼だったはずですよ。 やりましたね、レーダーに映りますよ」
「……なんというか微妙な感じがするが、遠距離でカタがつきそうだな。 しかし機動性が高いのに、それを消すような弾頭を作ってるのか?」
「……むしろ性能を阻害しない弾頭を作ってるということも考えられるんじゃない」
発射前に補足され対空ミサイルを撃たれ撃墜される可能性が高いのに、ステルス性能を度外視したまま機動性を維持する必要があるのだろうか。
「ねぇそれってさ、防衛目的のためなんかじゃないのかな?」
「防衛……目的?」
三人が頭を悩ませ考える中、束は思いついたことを口にしてリリィに気がつかせる。
「詳しいことは分かんないけど、ステルス性能って空の戦いで相手に気がつかれなくするため必要なんでしょ? なら大まかな位置を最初から知られてる場合はステルス性能って必要ないんじゃないかな」
言われてみれば確かにと納得できた。
拠点防衛であればステルス性能よりも機動性を取ったほうがいいだろう。 何より拠点防衛というのは圧倒的に数が足りない状態で行う戦闘が多く、ステルス性能も多方向からのレーダー波に加え目視されては意味を成さない。 それに加え制空権を確保さえすれば敵地上部隊に爆撃することもできる。
さらに拠点ということを考えれば地対空兵器による迎撃も可能であり、電子支援や管制も可能だろう。 そうなればステルス性能は低くても構わないはずだ。
――だけど、それだったら最初からステルスでミサイル撃てば防衛できるよね……。
しかしながら拠点付近で戦うのは危険が多く、向かってくる敵機を対空ミサイルで撃墜したほうが早く安全である。 防衛のために上がっても先に撃たれては元も子もないのだ。
何かしらの理由でステルス性能よりも機動性を取った理由として、束の口にした拠点防衛目的というのは間違ってないのかもしれない。
「どうだスカーレット?」
「……可能性がないとは言い切れない。 だけど、そういうことになるとロシアでは防衛しなくてはいけない施設が存在しているか、これから作られる予定が有ることになるよ」
束が考えたとおりならば、防錆する施設や拠点が存在するのは自然なことである。 現在配備されている機体では何か不都合が生じる施設。
――いや、まさか……。
リリィの脳内に三つの可能性が浮かび上がり再度考え直すも、そのうちの二つ、“フリーダム”に関連する研究施設と“白騎士”のデーター採取施設は即座に無いことに気がつく。
当然だろう――特殊弾頭の効果は理解できないものの、防衛するにあたって殺傷力がない弾頭は必要がない。 ならば特殊弾頭は殺傷力が高いこととなるはずだ。
そんな近くで研究する人間はいないだろう。
となると最後に残った可能性として、その特殊弾頭を開発や発射する管理施設と考えたほうが良い。
「なんにせよ、憶測で考えるのはいらん障害を生むからストップだ。 少佐には後で流出していた画像を渡しとくから、今は今日来た目的を果たして欲しい」
話しているうちに少しだけ形式上での口調が崩れリリィも考えるのをやめた。
そもそも特殊弾頭とはいえ機体に搭載するとは明確にされてないのだ。
「そうだね……。 まず最初に主任に書類を渡さないと」
一体何の書類なのか首をかしげるがリリィが手にした書類に書かれた『Top secret』の文字に目を見開く。 極秘ということは機密文書ということでありリリィは複隊していないもののドイツ連邦国防省連邦防衛軍の少佐で、Marks Horst社は軍用機を“Flabellum”隊との共同開発で行っている。
つまり、その書類はCFA-44に関係する物だ。
「全ての開発計画を再開する」
「……全て、ですか?」
「そう、全てを指定されている日から再開する」
Marks Horst社が共同開発していたのはCFA-44と航空機搭載型試作レールガンユニットだけではない。
そこにはイージスが乗るF-15Eに搭載されている人工知能、飛行補助プログラム試作三号機“Scarlet Ⅲ”も、その人工知能を最終的に搭載する他にも開発されていた――だが開発するには技術不足であった機体も含まれている。
開発構想中に着脱式の円盤型レドームを搭載可能な“Flabellum”隊の試験型早期警戒機――CFA-44の高度な電子機器群によって可能ではないかとリリィが考えた中規模航空管制指揮特殊ネットワーク形成システム機。 実質、管制指揮管専用機というやつだ。
性能が評価されれば正式に量産化され実戦配備、特殊ネットワーク形成システム機として防空網を今以上に強固なものへと変えるだろうソレは、Marks Horst社の技術力を持ってしてでも飛ばすのがやっとな機体だった。
「しかしアレは……!」
「システム性に問題があることは理解しているし、それを補う電子機器を開発できないことも知ってる……。 だけど上は何よりも全てを見つける目が欲しいと言ってるんだよ」
高価な早期警戒管制機に対し比較的安価な早期警戒機は、“白騎士事件”の事もあってか早急に求められた。
早期警戒機とは早期警戒管制機と似たような能力を持っており、軍事資金不足や撃墜の可能性が高い任務に対しての運用に有効な機体である。 早期警戒管制機を保有していないドイツは他人の目より自身の目を持っていなければ、いざという時に対応ができない。
元々無人偵察機開発計画の一部が軍事費の無駄と破棄された物を早期警戒機として再構成した為、高高度で飛行し早期警戒管制機の代わりを務めることは可能だ。
もし量産が可能であればドイツ国防省連邦防衛軍は、それこそ大量の目を手に国防を強固なものにできる。
「とりあえずアレは私の方でも考えるから主任はレールガンユニットを先に開発して。 そろそろ初飛行はしておきたいから……」
「わかりました」
「そしてもう一つは……その、私をエスコートしてくれる早期警戒管制機のパイロットを探すってことなんだけど……。 最初はイージスかクラウスに頼もうと思ったんだけどね、書類を見る限り“Flabellum”隊からの選出というより軍内部からの選出は認めてないらしい……」
その言葉にイージスは驚愕した。
「そこでハルに適性があるか……」
「ちょ、ちょっと待てスカーレット! 軍内部からの選出が禁止!? しかも民間人のハルを!?」
普通に考えれば、その発言が異様なことに気がつくだろう。
まず早期警戒機は軍事行動をするために作られた機体であり民間機ではない。
“Airborne Early Warning”の頭文字から“AEW”機と呼ばれる機体は全方位を監視するためのレドームを装備し空中で管制を行う、早期警戒管制機と似た機体である。 電子機器の向上により早期警戒管制機より処理能力が低いものの、管制能力を持つ早期警戒機等の存在もしている歴とした軍用機なのだ。
それに一般人とされている束を乗せようというのか。
「色々事情があるの……」
だがイージスは納得しないだろう。
無人偵察機開発計画で作り上げられた機体の改修とはいえ、その機体形状は従来の軍用機とは異なった物となっている。 安全面と被撃墜の危険性が大きい機体に二人を乗せることは賛成できなかった。
しかしリリィとしては何としても束を乗せる必要がある。
“白騎士事件”後、束自身の重要性は上がっておりリリィと共にいる時点でドイツ国内での目撃情報は世界中に広まるだろう。 また上空から発見される場合もある――ならば最初から軍に戻らず逃亡し続ければいいと思うのだが、それでは資金も底を付きやすく準備もままならない。
それにリリィが復隊する理由には、今まで使われなかった賃金を正式に引き出す目的もある。 不明な引きおろしでリリィの生死が判明し束に繋がる危険性を極力減らすためだ。
またハルフォーフ家は一般的に見れば裕福な家庭であり、もし束に懸賞金がかけられても話を聞くだけで匿ってくれるのはリリィ自身で確認が取れていた。
――それに上が欲しい目が束を探すためだったら、それに乗ってれば見つかるはずがないよね……。
そして束を搭乗者として選んだ理由は本人の発見を減らすためである。
軍上層部は機体に興味を持ていても、その搭乗者に目を向けることは多くない。 まして束が軍属になったとしても管制官として同乗するのは少佐であるリリィであり束に目を向けられる前に隠すことも可能なはずだ。
「事情って何だ……」
「それは……いずれ話す。 とうことでハルフォーフ大佐、ハルを酔わせる勢いで高等訓練飛行、お願いします」
それに幾らイージスが拒もうともリリィはテストパイロットを選ぶ権利を上層部から直々に与えられているのだ。 むしろ適性試験をすれば、イージスがスカウトしたい程の人間だと気がつくだろう。
ソラを飛ぶことに関しては、おそらく他の才能よりも飛び抜けて優れている。
――“白騎士”がなくても束なら少し教えてモノにするだろうしね。
偏見だろうが“白騎士事件”後に長距離飛行を実際に行うという点だけ見れば、誰もがリリィの想像通りの事を考えるだろう。
「……わかった。 お前がハルに対して何かを感じているのなら、おそらく間違いはないんだろう……。 だが、今回だけだ」
人差し指を立ててリリィの鼻を押す。
「今回の飛行で適性が見られなかった場合、俺はハルを乗せることに反対し続ける……いいな」
「わかった、それでいいよ」
心配しすぎだろうと思ったが、イージスには束と年が近い一人娘がいる事に気がつき目を細くする。
――重ねたんだろうね……クラリッサと。
娘が撃墜され死亡すると脳内で置き換えてしまったのだろう――本当、軍人に向かない性格だとリリィは思った。
「リ、リリィちゃん……」
そんなリリィに束は不安そうな表情で声をかけ、今にも撤回して欲しいと目で訴えかける。
この数日、ドイツに滞在して少しは克服したとは思っていたが、束は軍人に対して少し恐怖感を持っているのは雰囲気から察しており、こう見ると年相応の少女に思えた。
「まぁ、ただ乗ってるだけでいいから……。 ほら、空からドイツの街とか見下ろすのもいいものだよ」
適当な事を言って落ち着かせてみるが、それでも不安そうだ。
――でも、あの機体も出たら正直まずいんじゃ……。
ふと思いとどまり――現在、NATOガイレンキルヒェン航空基地に存在する教育用を除いた早期警戒管制機は、原因不明の攻撃によって撃墜されたのを除いて十六機。 そこで新たな代わりとなる機体の登場は操縦者にも目を向けられるのではないだろうか。
それに範囲が限られているとは言え、
そもそも早期警戒機なのかが疑わしい。
「ちゃんと私が見てるからさ……楽しんできなよ。 きっと、これから動きやすくなるからさ……」
しかしテストパイロットということで公開飛行には別の操縦士が担当する可能性が高いため、上手く誤魔化し切れると判断する。
「イージス、ハルを酔わせる勢いでよろしく!」
「……さっきから思ってたんだが、お前は彼女に何か恨みでもあるのか?」
「いや、全く?」
苦笑しながらリリィは主任を連れ格納庫を出て、訓練飛行に必要な書類を取りに行った。
《飛行場管制席からT-38へ、高等飛行訓練の許可が下りました。 訓練高度は18,000フィートから24,000フィートまでの間、民間機との接触を避けるために指示があるまでアフターバーナーの使用は禁止します》
耐Gスーツを着込み数時間もの間、束はイージスの行っている機体チェックを眺めていたが許可が出たのか機体に乗り込む。
ヘルメット内のアームに取り付けられた無線から聞き覚えのある声が聞こえ、少しだけ気持ちが落ち着いたと思った。
確かに格納庫を出る前に『ちゃんと私が見てるから』とは言っていたが、どうやら飛行場管制を担当しているのはリリィのようだ。
これは当然の事なのだが、Marks Horst社が保有する滑走路は非常事態以外に他の航空機を離着陸させることはない。 試験飛行のためにある設備であるため滅多に使用される場所ではなく管制官等の専門人員は社内にはいなかった。
テストパイロットもいないことから“Flabellum”隊との共同開発という理由は、この一点に収束する。
「了解。 地上走行経路を要求します」
《こちら飛行場管制席。 E誘導路を経由し滑走路まで地上を走行してください》
管制指揮を行う手腕が無線の向こう側で披露されている光景を束は簡単に想像できる――おそらくイージスも同じだろう。
軽く返すと機体が徐々に動き始め格納庫から離れていく。
《貴機を目視で確認。 滑走路前停止位置B2まで地上を走行後、指示が有るまで待機してください》
「こちらT-38、了解。 滑走路前停止位置B2まで地上を走行し待機する」
「かっこいい……」
その通信会話が格好良く聞こえ思わず本音を漏らす。
「そうか? 結構、ゆっくりとやってるつもりなんだがな……」
そうとは思えない手際の良さで離陸準備を進めていき気が付けば滑走路に近づいている。 その手際の良さに束は感心するしかない。
スクランブル発進では従来確認する七十項目を十二項目まで省略し五分ほどで離陸するのだが、今回の機種はMarks Horst社が保有している複座の練習機であり現在も使用されてはいるが、開発から半世紀もたった機種である。 しっかりと確認し安全を確かめている分、束が思っているほど作業が早いわけではなかった。
「……これで遅いの?」
「ああ、こいつは爺さんといってもいい程の年齢だからな。 そろそろ退役し始めてるF-4と同じ程で、しっかり見とかないと一緒に墓の中に連れてかれるぞ」
T-38――“タロン”の愛称で知られる練習機はアフターバーナーを搭載した双発ジェットエンジンを有した機体だ。
1950年代後半から機体性能が急激に上がっていく中で今までの練習機が陳腐なものとされ開発された練習機であるものの、中高速域での運動性能は現代の戦闘機と比較しても遜色はないと言われており、未だアグレッサー部隊や戦闘機導入基礎課程で行われる戦技導入教育にも使用される優秀な機体とされている。
しかしながら現在では機体性能に大きな差が見受けられないということによって、高亜音速の軽攻撃機相当以上は実機による練習を長くする事が多くなっているようだ。
「っと……スカーレット・アイ、こちら“Flabellum 1”。 指定された停止位置で待機するが早めに頼む」
《……こちら飛行場管制席。 私語は慎めとは言いませんが、何を言ったのか理解していますか?》
「おっと、すまんな。 いつもの癖だ」
《……仕方ないね、以後TACネームの使用を許可する。 スカーレット・アイから“Flabellum 1”へ。 周囲に離着陸機の情報及び機影なしのため滑走路での待機を許可する》
またゆっくりと機体が動き始め滑走路の端近に入り離陸準備が整う。
あまり体験することができない事に束も少し緊張しながら目の前にある計器を見つめる。 “白騎士”とは違い自身が開発してない物に乗るということは安全面での不安が有るが、なにより近くにリリィがいないことが怖かった。
管制塔との距離は遠くなく、そこにリリィがいることは理解しているが戻ってこられないのではという思いが徐々に大きくなる。
《風330°から2ノット、滑走路問題なし、離陸支障はありません。 ……ハル、ヘルメットのバイザーは下ろした? 日光や紫外線等から目を保護する役割を持ってるから下ろしてないのなら今のうちに下げとくといいよ》
「うん、今下ろした」
太陽を背にしているが即座にバイザーを下ろせるとは思わなかったリリィは先に指示を出し束は素直に従う。
《ならいい……これより適性試験を行う。 当初の予定通り、高度18,000フィートまで機体を上昇させよ》
先程とは違う甲高い音を出しT-38は速度を上げ滑走路を走っていき目に映る風景が早々と変わっていく。 やがて空しか映さなくなると徐々に雲に近づき、そのまま通り過ぎた辺りで機体の傾きが変わったことが理解できた。
――これが18,000フィートの世界……。
“白騎士”で見るのと同じ風景なのだが細かい制御をしないという点で、その風景が別のものに見える――そもそもドイツの空は初めてなので新鮮であるというのも理由に入るのだろう。
《確認した“Flabellum 1”。 機体に異常は見受けられないが、そちらからはどうだ?》
「特にないな、問題はない」
《了解した。 ハル、身体に異常はないか?》
「へ、あ……いや? 全然」
この高度に耐え切れないという人間であれば旅客機に人は乗れず存在しないだろうと束は思った。
しかし束は気が付いてないようだが戦闘機は旅客機のような完全な与圧がされておらず、外と内の差が大きくならないよう高度を上げるほど与圧が低くなるようになっている。 これは頻繁に高度を変えたり荷重をかけたりする飛行が多く、被弾の衝撃で急減圧し機体が爆発する等の危険性を避けるためだ。
“白騎士”は搭乗者を包み込む形ではないため、その機構を別の形に変えてしまい戦闘機の与圧を束は目を通していたが完全に理解はしていなかった。
《できるのなら高高度の飛行に耐えられるか試してもらいたいが、T-38の限界は知れてる。 それに今回は適性を見るだけだ……いずれソラを見せたいものだよ。 さて、お喋りはここまでにしよう。 “Flabellum 1”、軽く加速し機体を振ったあと戦闘機動を複数取り入れながら飛行を行え》
「……了解。 これより戦闘機動訓練に入る」
少し呆れながらイージスは了承し束に開始を告げずに機体を加速させていく。
方向舵を使用しているのか見える景色が徐々に流れていくのではなく離れていく感じがし、円を描くように飛んでいるのだと直感的に悟る。 その状態が数分間続きイージスは機体を数度左右に振ると一回転し上昇しながらバレルロールを実行していった。
《“Flabellum 1”、慣らし飛行を一時中断し搭乗者の反応を確認する。 ハル、無事なら返事をしろ》
「ん、大丈夫だよ~?」
《だろうね……》
無線から聞こえる吐息がイージスの驚愕にも似た感情を束に知らせる。
最後の上昇中に行った戦闘機動はクラウスが得意とするヴァーティカルローリングシザースに近い物で、搭乗者に負荷を与えやすい空中戦闘機動だった。
やはり“白騎士”で耐性が付いていたのだろう。
「……見られてる?」
《それでは……ん、この感覚は……》
二人同時に何かに気がつき声を上げる。
まるで篠ノ之神社に現れた“ジン”の時と同じ感覚に、束は狭いコクピットの中で顔を動かし違和感の正体を探った。
唯一何も感じなかったイージスだけが不思議そうにT-38の飛行を維持し続ける。
《“Flabellum 1”、訓練飛行を中止。 繰り返す、訓練飛行を中止! 急ぎ進路を北に向け当空域から離脱せよ!!》
「何があったんだ!?」
《航空偵察隊が所属不明機をレーダーに捉えた! 距離7、6……徐々に貴機へ近づいてる!? 防空部隊を回させろ、ビューヒェル航空基地にスクランブル要請!!》
無線の向こう側でリリィが怒鳴るようにMarks Horst社員へ指示を出していく。
《“Flabellum 1”よく聞け。 現在、所属不明機が貴機に向け急速接近中。 スクランブル要請はしたが、このままでは所属不明機に追いつかれる!》
「っ、微妙な状況だ!」
現在の位置からリリィの言うビューヒェル航空基地までの距離は、およそ100キロメートル。 わかりやすく言えば東京都庁舎から富士山山頂を地図上で見た距離が等しい距離といえば間違いはないだろう。
このまま何もしないのであれば所属不明機はスクランブル要請を受け出撃した機体に当たることなくT-38にたどり着く。
《しかも最悪なことに貴機は兵装を搭載しておらず燃料も万全ではない。 いくら腕が良くても交戦するには圧倒的不利だ。 よってこれよりビューヒェル航空基地に向け飛行、スクランブル発進した部隊の援護を受けよ》
何も目的もなく領空侵犯する事はありえない、とすると所属不明機の進行方向上――つまりT-38が目標とされている可能性が高い。
その結論から所属不明機を引き離し、尚且つ所属不明機を撃墜できる対応を取る行為としてリリィはビューヒェル航空基地への飛行を命じたのだ。
狙いが束であればMarks Horst社の滑走に着陸するのは愚策なのは理解できるのだが、それを気が付けるものはいないだろう。 現状で一番理にかなった方法である。
《“Flabellum 1”、残りの燃料で飛べるな?》
「ギリギリってとこだが、やらなきゃいけないんだろ」
《当然》
F-15ならば100キロメートルを数分程度で飛行できるのだが、流石にT-38は最大速度も航行距離もF-15の半分以下であるために同じことを期待できるはずがない。
スクランブル発進では平均的に三分で離陸すると言われており、そこから数分で100キロメートルを移動するため最低でも十分は所属不明機に捕まるわけにはいかないのだが、先ほどリリィは移動速度が早い事を口にしている。 イージスが微妙だと口にした理由はそこにあるのだろう。
「アフターバーナーを使用しない最低限の飛行経路を送ってくれ。 使ったら落ちる」
《了解した、所属不明機との位置を確認。 進路160、レーダーに探知されないように低空を飛行せよ……データーを送る。 市街地上空を避ける形で山岳部を利用する、上手くやれ!》
「……受け取った。 このまま行く!」
そう言うと機首を微調整しスロットルレバーを押し加速させていく。
ここでリリィが“フリーダム”を使用すれば簡単に迎撃できるだろうが、それでは今の安全を捨てるということになる。 おそらく通信の向こう側ではリリィは“フリーダム”を展開できない悔しさに画面を睨みつけているはずだ。
“白騎士”を束が持っていても同じことで、使用してしまえば今の安全を手放さなくてはいけない。
「レーダーに機影を捉えた。 早いな……四時方向機影2、どこの部隊だ?」
《まて……指揮司令部から照会情報。 ネルフェニッヒ航空基地所属の……“ユーロファイター”だと?》
ノルトライン=ヴェストファーレン州ネルフェニッヒに存在している航空基地の機体らしいが、束でも違和感を覚えた。
リリィはスクランブル要請の際、一番近い機体はビューヒェル航空基地と口にしている――だがネルフェニッヒ航空基地は現在T-38がビューヒェル航空基地にたどり着くまでの距離、その倍近くはあるはずなのだ。
いくらなんでも到着が早すぎる。
《こちら“
《指揮司令部から話は聞いている、助けに来たぞ。 帰還途中という寄り道で悪いが……》
「いや、助かる! こちらは武装がない、頼む!」
そう言うとTyphoonは所属不明機を遮るように一機だけがT-38の直線位置に付きヘッドオン態勢に入り、もう一機は速度を落とし別方向から抜けないよう準備に入った。
《なんだ、あれは……? 戦闘機じゃないな、人か?》
《いや無人偵察機の一種だろうな、早い……。 “Linie 2”FO2!》
ヘッドオンしたTyphoonが空対空ミサイルを放ち所属不明機を撃墜しようとするも、直撃する寸前に迎撃され無効化。 爆風を回避するため機首を上げ所属不明機とぶつからないよう避けながら機体をロールさせ、スプリットSで後ろを取る。
《ちっ、所属不明機がミサイルを迎撃! まだ生きてる!!》
《こちらスカーレット・アイ。 “Linie”隊、所属不明機について報告できる事があればしてくれ》
《……こちら“Linie 1”! 所属不明機は戦闘機じゃない、人型だ!!》
《こちら“Linie 2”、後ろから確認を取った。 双発機のようにも見えるが、足と思われる部分に何かがついている……羽が生えた人型だ》
その報告を聞き即座に“ジン”だということに束は気がつく。
《“Linie 2”仕掛けるぞ! FOX2、FOX2!!》
《“Linie 2”
後ろで行われている戦闘を見ることはできないが、無線の声からして未だに脅威は拭われていないようだ。
――当然、か……。
戦闘機は空気力学によって飛行を可能とし空中戦闘機動によって速度を一定に保ちながら交戦するため、乗り手の技量に左右されるが無誘導では攻撃が当たりにくく予測が難しい。 また後ろを取られた場合の対処法が限られており大半は死へと直結している。
それに対し人型機動兵器は航空機と同じ要領で対空を行っている場合もあれば、“白騎士”のようにPIC Systemやスラスター等で強制的に滞空しているものもある。 それらは強制的に浮いているため戦闘機程の機動力は“白騎士”以上の高性能でなければ見受けられず、比較的に攻撃が当たりやすい対象とリリィは束に対し語っていた。
だが手足が存在するという利点は戦闘機に行えない動きを可能とし、それらを使いこなすことで戦闘機以上の機動を実現することができるという事でもある。
《所属不明機との距離が広がっている……そのまま飛行を続けろ》
リリィの報告でレーダーを確認すると後方の反応が徐々に開いているのが確認できたが束は何かを感じていた。
「このまま撃墜してくれれば楽なんだがな……」
《それは無理だろう。 報告書で理解はしているが日本の制空権内で謎の人型機と戦闘し撃墜できずに撤退したそうだが、“Linie”二機で可能だと思うか?》
弾道ミサイルを撃墜したあとだったが“Flabellum”隊は三機がかりで“白騎士”と戦闘し撃墜できなかった、それは事実だ。
「……スカーレット。 戻ったら本当のことを教えてくれ」
《……なんのことだ、“Flabellum 1”?》
「ハルのことについてだ」
何かに気がつかれている――そのことに束は息を潜め驚く。
確かに不自然なことは多く、それを隠すかのようにリリィは動いていたのだ。 イージスに気がつかれていてもおかしな話ではない。
周囲に自身の才能を恐れられ拒絶された事が束の脳裏を一瞬だけよぎった。
《……私語は慎め、作戦行動中だ》
束の不安を拭うかのようにリリィは問いかけを受け流し、安堵の息を漏らすも即座に何かを感じる。
「っ、右に避けて!」
その声にイージスは操縦桿を即座に引くことで機首を上げながら機体を傾け進行方向から逸れる形となったが回避運動を行う。 次の瞬間には、先程までT-38が進行していた位置に実弾が数発通り抜けていき回避は成功するも狙っている敵の位置が不明のままだった。
――振り切ってきたの!?
しかしながら所属不明機はイージスが操縦するT-38から遠い後方で“Linie”隊を相手に交戦しており、確認していた飛行速度を考えると、この長距離を一瞬で詰めることは不可能である。
「この速度、天使か!?」
「違う! 来る……後ろを取られた!!」
イージスは“フリーダム”が仕掛けてきたと思っているらしいが、それを即座に束が否定し所属不明機の位置を知らせた。
レーダーには未だ微かに“Linie”隊が所属不明機と交戦中である事を示し、自機の周辺に当たらな機影が表示されている。
《一体どこから……》
「俺が聞きてぇよ!?」
所属不明機の後ろを取ろうと機体の背を向け続けた。
“Linie”隊は別の所属不明機と交戦中のため援護を頼むことはできない――ならば今の状態は自身で乗り切り逃げ続けるしかないのだ。
「脱出準備しておけよ……」
《その必要はない》
最悪、脱出した後に機体をぶつけて相打ちを狙おうとしたのだろうが、聞き慣れた声にイージスは眉をひそめた。 周りには幾つもの小高い山があるだけでレーダーに反応するような友軍機は存在しない。
《ヤツのレーダー波範囲は優れてるのか優れてないのかわからないね……。 もっとも、今“Linie”が相手してるのと同じというならの話だけど……》
《同じと仮定しても……終わりだ。 “Flabellum 8”FOX2、FOX2!》
空対空ミサイル発射の符丁を聞きイージスは即座に所属不明機の背後をとらず、そのまま距離を離すため操縦桿を戻した。
――“ジン”じゃない!?
ようやく束は所属不明機の姿を確認したが、その姿は束が知る“ジン”に似てはいるものの全く別の機体。 同じ単眼で背中から翼のようなユニットを装備しているが、“ジン”に比べると機体形状が洗練されており別の存在に思える。
また“ジン”とは違った白いカラーリングが特別感を思わせた。
《着弾確認》
次の瞬間、ソレは爆発に飲まれ散っていく。
《“Flabellum 8”、なかなかに面白いデーターが取れたよ。 あの所属不明機、レーダーの有効範囲が然程広くないんじゃなくて機能性が悪いんだ。 こちらに気がつくのがAAM発射直後だったという点から見てコチラと同じレベルと思っていい、予想を数段階下げておくと滞りなくアレも撃墜できると思う》
「ハルトマンにダズグランツェか!?」
間違いない――この聞き覚えのある声は“Flabellum”隊に所属するウェア・ズィ・ハルトマン空軍中尉のものとケイ・ダズグランツェ空軍少尉のものだ。
《レーダー反応なし、撃墜確認》
爆発が止み危機が去った事を確認すると束は辺りを見渡し、空対空ミサイルで援護した存在を探す。
《こちら“Flabellum 8”、スカーレット・アイ……聞こえるな。 これより“Flabellum Leader”を援護しつつビューヒェル航空基地に向かう》
《了解した“Flabellum 8”。 あとは任せる》
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✔CFA-44 【機体】
Marks Horst社が受け取った資料を元に製造したステルス艦上戦闘機。
航空機搭載型試作レールガンユニットに合わせた設計がされており安定性が重視されている。 また開発が凍結された無人機の制御を行うための管制機でもあるため搭載されている電子機器の性能は現在配備されてる機体と比べ非常に高い。
“ノスフェラト”の愛称で呼ばれる当機は、Xbox360用フライトシューティングゲーム『ACE COMBAT 6 解放への戦火』に登場する架空の軍用機である。
✔ステルス性 【技術】
レーダー等のセンサー類から探知されにくい事を主に指す。
現代では発達した電子機器群により探知能力が戦闘で重要な役割を持っており、いかに敵に気がつかれないかによって搭乗者の生存率から作戦遂行能力が数段にも上昇する。 完全に見えなくなるわけではないので対象との距離が縮まる程、レーダーに捉えられやすく視認確認が容易となり危険となっていく。
✔
“Multiple Independently-targetable Reentry Vehicle”の略称。
複数の弾頭を一つに搭載し、それぞれが別個の目標を攻撃する弾頭搭載方式の弾道ミサイル。 大気圏外からの再突入時に搭載された弾頭を一発ずつ調整し切り離す事で複数の目標を攻撃する。
基本的に搭載されるのは核弾頭であり、アメリカ空軍で運用されていたLGM-118A “
✔
カナードデルタと呼ばれる機体構成を持つマルチロール機。
1970年代に自国の戦闘機が陳腐化し始めたという認識が生まれ、NATO加盟国のうちイギリス、ドイツ、イタリア、スペインの四ヵ国が共同開発し生み出された。 翼端を除く十三ものハードポイントと大推力によって7.5tの兵装積載容量を持つため攻撃機としての能力も高い。
名称として名付けられた“タイフーン”が愛称となっているが、一部では採用されず“ユーロファイター”と呼ばれている。
✔前進翼 【技術】
後ろではなく前へと角度をつけている主翼を指す。
現在の航空機は主翼が機体の付け根から後ろに向かって伸びているのが基本的であり主流であるが、それと類似した効果を持たせつつ運動性能や失速限界点が高い効果を持たせるために試験的に作られた。 しかし近代の軍用機設計ではステルス性能を重視されるようになったため、レーダーを反射してしまう構造の前進翼が普及されることはなく実験機だけに留まっている。
代表的な機体としてX-29とSu-47が存在。
✔T-38 【機体】
“ノースロップ”社が開発した“タロン”という愛称を持つ練習機。
1950年代後半に入り実用ジェット戦闘機の高性能化が進み、新たな練習機が必要となり始め製造された。 練習機であるものの中高速域での運動性能は現代の戦闘機と比較しても遜色はないと言われており、未だアグレッサー部隊や戦闘機導入基礎課程で行われる戦技導入教育にも使用される優秀な機体とされている。
しかしながら現在では機体性能に大きな差が見受けられないということによって、高亜音速の軽攻撃機相当以上は実機による練習を長くする事が多くなっている。
《特に何も考えてないサービス》
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