世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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《戦闘機の基礎》


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019 Disclosure

「へぇ~。 物凄く油使ってそうな感じなのに意外とさっぱりしてるんだねぇ?」

 

 食べやすい大きさに切り揃えられた揚げ物を束は口に運び、その見た目とは違った食べやすさに驚きながらクラウスに目を向けた。

 一見してトンカツのように見えるソレはシュニッツェルと呼ばれており大量の油を使用して作られている。 一般的には牛肉で作られるため“子牛のカツレツ”と言われているのだが、豚肉でも鶏肉でも作ることができ、イスラエルでは七面鳥の胸肉で調理されることが多い。

 

「油も殆どが抜けててサクサクうまうま。 意外とレモンに合うかも~♪」

「うまうま……」

 

 束にとっては初めて見るシュニッツェルはソースをかけて食べるものだと思ったらしく、出ているはずもない物を探していたのも先の話――シュニッツェルはソースではなく、唐揚げと同じようにレモンをかけて食べるのが主流なのである。

 なおリリィが初めて目にしたシュニッツェルはオーストラリアの飲食店で地元民が店先の椅子に座り食べていたものだ。 後で知ったことなのだが、基本的な飲食店の大半がシュニッツェルを販売していたらしい。

 

「ああ、レモンならあるぞ? 隊長も使います?」

「え……。 もしかしてコレ、レモンかけなきゃダメなやつ?」

「いやいや――確かに普通のヤツならかけて食べるんだろうが、別にどう食べようが構わないと思うぞ。 それにクラウスは脂っこいのが苦手だから、作り方も従来とは違うせいでレモンも必要ない」

 

 どうやら調理者の好みで作られているらしい――ならば普通に作った場合、どれだけの油を口に入れるかと想像し一瞬だけ吐きそうになる。 だが束の前に広げられている料理は全て従来よりも脂が少ないらしく、施設で出される味気ない栄養食だけを食べていたラウラでも普通に食べていた。

 そもそも日本を離れてから束が口にしたものといえばハルフォーフ家で出される物だけで、一般的な基準を知らないため評価のしようがない。

 リリィが過ごしていたためか食事管理に若干ではあるものの日本的な思考が組み込まれており、以前よりも炭水化物や魚などが食卓に多く出されている。 そんな食事をハルフォーフ家住み込みのメイド二人とリリィが常に考えているため、ドイツの一般的な基準にはならないということだ。

 

「というか食べる直前に何探してたんだ?」

「そういえばスカーレットも昔、シュニッツェルを見てなにか探してたよな……」

「……ドイツと違って日本は、これさえあれば何とでもなるっていう万能調味料があってだね」

 

 日本で市販されているウスターソース等はアジア圏から外に出るだけで、その姿を消してしまう。 当然のことだが、そんな物がドイツに売っているはずもなくイージス達は首をひねることしかできない。

 ――あんな刺激物をウスターソースとは思いたくないけど……何も知らない束に出せるわけもないし……。

 そう思いながら黒い蓋の――いかにも危ないような瓶を探し視界に映らないため安堵の息を漏らす。

 

「うまうま……」

 

 C-0037――リリィによってラウラ・ボーデヴィッヒと名付けられた少女は未だ表情を変えることなく食べ続けている。

 部屋に入った当初、“Flabellum(フラベルム)”隊の視線に晒されながらも敬礼し名乗ったのは良かったが、それ以降はリリィの後ろに付いて周り何もしていない。 そのため束が食事に誘うことで、ようやく子供らしい一面を見た気がしたのだが違和感は残ってしまう。

 ――しかし“G.A.R.M.R&D”かぁ……。

 聞いたこともない名だと書類を思い出しながら、必死に記憶の中から同じ名を探しラウラのことを探り続ける。

 イージスに送られた書類には製造元の欄に“G.A.R.M.R&D”と書かれており、上の段には検体番号等が記されていたため間違いなくラウラの生まれた場所は“G.A.R.M.R&D”なのだろう。 しかしソレが一体何を意味しているのか理解できず、“遺伝子強化試験体実験”の手がかりは無いといっても良い。

 施設さえ判明してしまえば、そこから情報を吸い出し“遺伝子強化試験体実験”は止められるのだろうが、国の圧力では長年続いていた研究が終わるわけではない。 唯一完全に終わらせる方法があるとすれば破壊による物理的な消失だろう。

 ――普通に考えれば国が一枚かんでるんだろうけど……。

 そうなるとドイツという国全てを敵に回し壊さねばならない――そんなことをしてしまえば国としての機能は停止し市民に被害が及ぶはずだ。 それだけは最悪でも避けねばならない。

 

「姉さんっ!」

「え――うわっと……!?」

 

 急に背中から誰かに抱きつかれリリィは倒れそうになるも、何とか踏みとどまり原因の方へ顔を向ける。 肩ごしに見える藍色の髪――即座にクラリッサであると理解できた。

 

「クラリッサ! いつも言ってるだろう――急に飛びつくのはスカーレットにも危険だから止めろと」

「まぁまぁ……。 でも、本当に危ないから今度からは止めてよ? 死因が喉にフォークが刺さったとかなんて私は嫌だよ」

「あ……すみません」

 

 後ろからではリリィが何を手にしているか見えないため仕方がないとは思うも、流石に刃物を持っている時に同じことをされたら無事である保証がない。 子供であるとはいえ控えて欲しいと思いつつ、クラリッサの手が離れたことにより少し距離を取る。

 

「それよりも、その姉っていうのやめない?」

「なぜです? 姉さんは姉さんですよね」

「あ、いや……だから姉じゃないって」

 

 男だと口にしても信じてもらえない為、なんと言えば良いのか分からず曖昧な言葉を並べることしかできない。

 年齢的に言えばクラリッサは十二歳――リリィより年上なのだが公的書類ではリリィの方が十も歳上なのだ。 リリィの事を完全に把握しているのはハルフォーフ家だとイージスだけであるため年上と思われるのは間違いないだろう。

 もちろん“Flabellum(フラベルム)”隊の面々はリリィの性別を知っているため今も笑いを堪えており、明らかに酒の肴にするつもりだ。

 

「それよりも良い家ですね」

「……まぁ、私も大人なんだし、いつまでも居候ってわけにもね。 それにこう見えても一応高給取りだから」

 

 少佐になった日から給金が出されているのだが、父である百合奈と面識があるイージスは家の反対を押し切りリリィを無償で住まわせていた。

 そのため蓄えられていた金銭は増えることはあっても減ることはなく、そのことで罪悪感があり何度か一人暮らしや生活費を払うことを提案していたのだが、ハルフォーフ家自体の資産は有り余ってるほど――当然、七歳の子供から受け取れる訳もなく断られ、また一人暮らしも偽造した書類のこともあり言いくるめられている。

 もはや上官や戦友というよりも親代わりと言った方が良い。

 ハルフォーフ家こそ今のリリィが帰れる場所である――しかし、その思い込みこそリリィに提供している場所が存在しないという証明でもあった。

 

「ま、スカーレットにも帰れる家があったほうがいいってわけだ」

 

 “AWACS(エーワックス)”撃墜後、リリィの部屋を覗くと私物が無い部屋だということに気が付く。 まるでリリィが住む前と同じ光景に呆然としながらも頭のどこかで気がついていた――スカーレットには何の思い入れもない場所(いえ)だったと。

 思い出も何もない場所は簡単に捨て去ることができる。 イージスはソレに気が付くのが遅かったのだ。

 日本から現れた航空機にリリィが搭乗しているという報告を受けたとき改めて思い知った。

 

「それにハルもいるから俺の心配も無いさ。 なに、スカーレットは元からシッカリしてんだ、困ったらいつでも帰ってくるだろう」

「……え、この人も一緒に姉さんと住む?」

「ああ――ハルはスカーレットの副官でもあるし、何より保証人がスカーレットでな。 一緒に住んでる方が何かと便利だし、ウチで住むよりはいいだろうということで家長(オレ)が許可した」

 

 今まで聞きもしなかった言葉にクラリッサは束とイージスを見比べた。

 リリィが家を建てることは知っていたし、その間の時間を二人で過ごしていたのも知っている――だが一緒に住むという事までは聞いていない。 正直に言ってしまえば妬ましいという気持ちで今にも叫びそうになる。

 二年もの間、クラリッサは間近で見て何でも出来てしまうリリィに憧れを抱いており、そこを目指し勉学にも力を入れてきたのだ。

 軍人としてクラリッサ自身よりも小さい身体で(イージス)と同じ場所に立つ姿は、間違いなく物語に選ばれた主人公。 そんなリリィを姉と慕い触れ合えることに心の何処かで優越感を感じていた。

 しかし自分だけの特等席を束は横から掻っ攫って行ったのだ。 子供らしい嫉妬心が日頃の仮面を掻き乱し抑えられそうにもない苛立ちに苛まれる。

 

「それに色々あるんだ」

「そう、なんだ……」

「……それよりもだな、クラリッサ。 あの子は?」

 

 共に付いてきたセシルを指差しイージスは首をかしげる。

 ラウラの頬をつついたりして楽しみながら口に料理を頬張る姿は年相応なのだろう。

 

「隊長んとこの娘さんと仲良く話していたもので、ついでに招待してきました。 ご両親にも連絡してもらい許可を得ております」

「いや、そうじゃなくて……名前は?」

「……んぉ――私のことか?」

 

 会話の内容が自分ことであると気がついたのか食べ物を飲み込みながらセシルが振り返った。

 当初イージスは娘に近づく異性と思い素性を問いかけたつもりだったが、振り返った顔を見て少女であることに気がつき驚く。

 

「初めまして、クラリッサのお父さん。 私はセシル・フラドールていうんだ」

「……もしかして君、フラドール曹長の娘さんか?」

「ああ? ダッド・フラドールの事を言ってんならオヤジだな――知ってんのか?」

 

 その返答を聞きセシルが何者であるか、また自毛であろう髪の色が金なのかも理解できる。

 

「ん、まあな。 いろんな噂が俺の耳にまで届いてるぞ――ハチャメチャなやつだってな」

「げっ、マジかよ……」

 

 悪いように聞こえるが所属している部隊が第一装甲師団 第九装甲教導旅団という、いわば陸の“Flabellum(フラベルム)”隊なのだ。

 戦闘車両や航空機の能力を様々な想定で訓練し実証している旅団、その中の戦車教導大隊にセシルの父は属している。 実際に出会ったことはないのだが名前と噂は空にまで届いており、曹長の地位よりも変わり者であるという事が先に浮かぶ。

 イージスの中でダッド・フラドールという人物は、そういう人間だった。

 そんな父の話を聞かされセシルは頬を引きつらせる。

 

「フラドール……フラドール……。 あー、もしかして少し太ってて豪快に笑う人かな?」

「スカーレットは会ったことがあるのか?」

 

 今まで話に加わらなかったリリィが何かに気がついたのか口を挟む。

 

「多分あの人だろうね。 時々、ムンスターに出向くし訓練光景も見るから……」

「ふーん……。 どんな感じだ?」

「そうだね――とりあえず何かとあれば豪快に笑っててインパクトが強いんだ。 ああいう人は早々見かけないから……あ、そういえばポケットにいつも飴を入れてたね」

「ああ、間違いないなオヤジだ」

 

 セシルが肯定したことで何を想像したのか“Flabellum(フラベルム)”隊の一部が一斉に口元を押さえた。

 ――まぁ、理由を知らなくても笑いそうにはなるよね……うん。

 確かに年齢で言えば圧倒的にダッドが年上なのだが、階級で見てしまうとリリィの方が圧倒的に上となる。 そんな二人を並べると非常に滑稽で笑いがこみ上げてしまうのだろう。

 また飴の存在を知っていることから、おそらくダッドはリリィと顔を合わすたびに子供へお菓子を配る程度の感覚で飴をあげていると容易に想像できたのかもしれない。

 それとも酔っているせいで思考が緩くなっているのだろうか――と思いつつ呆れながら室内を見渡すと、普段こういう話に笑うことが少ないロイとハイアが顔を背けこらえていた。

 

「……それよりも、オヤジを知ってるようだけど――オマエは……」

 

 セシルは理解して付いてきたというわけではないらしく少し不安になるも、本人からしてみればパーティーについていけば美味しいものが食べられるという感覚でしかないらしい。 そこに一体何の集まりなのかという理由は必要ないようだ。

 行けるのなら食べに行く――そんな建前の元、クラリッサが口にする人物たちを見てみたかっただけなのは本人しか知らない。

 

「私はリリィ――スカーレット・リリィ。 まぁ、ここの家主って覚えてくれればいいよ」

「ん……? 私よりちっせぇガキが家主だっていうのか? おかしいな――クラリッサから空軍の有名指揮官の家でって聞いてたんだが……お前の親がとか?」

「……セシル――その指揮官が姉さんだ。 あと小さくても二十二歳の少佐だぞ」

 

 その言葉に驚いたのか目を見開きリリィを凝視する。

 自身の父親より階級が遥か上に位置する人間に対し馴れ馴れしかったと後悔でもしているのだろうかと、その場にいる誰もが想像するが反対にセシルは子供らしく笑う。 

 

「すげぇな! ちっせぇのにオマエ少佐なのか!! どう見てもガキにしか見えないのに――いやいや、自慢の姉だと何度も聞かされてたから、もっとこう……眉にシワ寄せた感じのババアかと思ってたんだが可愛らしいじゃないか!?」

 

 まるで有名人にでも出会ったかのように――それでいて子供らしくセシルはリリィに顔を近づけた。

 一体何を吹き込まれたのだろうかと誰もがクラリッサを見つめるが、それを口にするような年齢はとっくに過ぎていおり、少し恥ずかしそうに俯きながらセシルを止めようとする。

 ――ま、下手に束が目立つよりはいっか……。

 最近ようやく“Flabellum(フラベルム)”隊に慣れ始めてきたのだ。 そんな時に“白騎士”を開発した張本人であるという情報が漏れてしまえば、“白騎士事件”で一方的に攻撃を加えた“Flabellum(フラベルム)”隊との関係を悪化させかねない。

 ただでさえ束は行方不明として各国に捜索願が出されている状態。 ドイツに居る日本人は珍しく、アルベードでなくとも自然と目が追ってしまう。

 更には“白騎士事件”の現場が日本の領空であるため、世界中どこにいても日本人は注目を浴びてしまうのだ。

 リリィが目立つことで問題が先延ばしになるだけだが、この場では起きないということなら安いものだろう。

 

「えーっと、私になにかついてる?」

「いや、なんだ……? ちょっといいか?」

 

 急に表情を変えリリィを下から舐めるように見始めたセシルに若干不安になりながらも問いかける。 まるで視姦されてるかのような目の動かし方に距離をとった事は当然の結果のはずだ。

 ついに見るだけでは足りなくなったのかリリィの肩に触ると、その手を徐々に足に向け撫でていき――最後に軽く抱きしめた。

 

「っ――!?」

 

 その行為に誰もが目を見開く。

 

「ふーむ、なるほどな。 違和感があるわけだ」

「な、なな……一体何を?」

 

 一人で勝手に納得し束に目を向けると、更に何かを理解したのかリリィから距離を取っていく。

 何を理解したのだろうかと誰もが思ったが、セシルは束に向かい予想の斜め上を行く質問を投げかけた。

 

「あんた、少佐の奥さん?」

「……え?」

「ん、違うのか?」

 

 その場にいる誰もがセシルについてけず室内は静まり返る。

 ――本当、一体なんなの……?

 リリィでさえついていけないのだ、他の誰がついていけるというのだろう。 例外とするならば、重要な話ではないと唯一話を聞いていないラウラだけだ。

 

「えーっと……なんて言ったっけ、確か――うるさい……わずらわしいだったか?」

「……もしかして名前? それだったらハルって呼んでくれればいいよ」

「ああ、そうそう――それだそれ。 それで、アンタは少佐の何なのかって気になってる奴がうるさくてだなぁ」

「セ、セシル……」

「どうも本人は勘違いしているようだから別に聞かなくてもイイんだろうが、私としては少し気になってきてな。 ちょうどいいし聞いてみた」

 

 後ろで止めようとしているクラリッサが束の事を気にしていたのはイージスも知っていた事だが、どのような関係かを今問われる事になるとは思ってもみなかった。

 

「え、えと……私がリリィちゃんの何かって?」

 

 はっきりと口に出せるわけがない――世界で注目されている“白騎士”を一人で製造し、軍事転用を恐れたリリィが日本から攫ってきたなどと口が裂けても言えるはずがない。

 その事を知っているのはリリィを除くとイージスとクラウス、それにダニエルだけだ。 この場にいる誰もが、リリィを助けてくれた日本人としか思っていないからこそ下手に答えるわけには行かなかった。

 

「そうそう。 上官と副官だけの関係だったとしても一緒に住むなんてやりすぎだと思うんだよな……。 それに私が聞いた話だと血の繋がりはないんだろ――なのに保証人が少佐っていうのが不思議じゃねぇか?」

 

 ここに来てセシルがリリィの性別を女性ではなく男性だと認識していることに気がつく。

 性別を隠しているつもりはないのだが、初見でリリィの性別を判断するのは不可能といっても良い。 一体どこで気がついたのだろうかと不思議に思うも、今は束の正体を隠すのが先である。

 

「そりゃ、こいつら結婚するに決まってるだろ」

 

 答えが見つからず焦っていた束に救いの手を差し伸べたのは、先程まで料理を作っていたウェアだった。

 いや、ウェアだけではない――隊内の誰もが同じ事を思っていたのか、その言葉を肯定するかのように頷いている。

 

「そうなのか?」

「ん……結婚?」

 

 未だリリィを女性だと思っているクラリッサは結婚という言葉に首をかしげ二人を見た。

 

「元々ハルが気を失って倒れていたスカーレットを保護してくれたんだが、その少し後にアノ事件が起きてな。 帰る家が無くなって途方にくれてた所を礼も兼ねて……という流れだ――それなのにウチを提供してるのもおかしいだろ? この家はスカーレットがハルのために買ったといっても過言じゃないな」

「だろ? 結婚して幸せな家庭を築くための家を……あ、察してやれってヤツかコレ……」

「イージス! ウェアまで何言ってるの!?」

「何だ、やっぱ結婚すんのか」

 

 確かにイージスは間違ったことを口にしていない――ただ真実を抜いただけだ。

 ()()()()()()()()のならば隠し事が相手に伝わるはずもなく、むしろ隠し続けるよりは詮索されずに済むだろう。 だが流石に気がつかれてもおかしくはない補足はリリィ達の現状を脅かす驚異でしかない。

 どこから束の存在が漏れるかという点は常日頃からリリィが細心の注意を払っていたため、このように当事者ではない第三者が口にするという事は癪に障る。

 ――しかし、なんでこう……私と束をくっつけようとしたがるのかな?

 出会ってから三ヶ月間、同じ屋根の下で過ごして多少ではあるが束のことを理解できたとはリリィは思う。

 根は真面目で努力家、内気で自身が知らない相手なら距離を取って壁を作ってしまうような、どこにでもいそうな普通の子供。 外見も合わさりダニエルではないがリリィの好みに限りなく近い。

 “フリーダム”という不確定要素がなければ間違いなく向けられる好意を受け止めているほど――それほどまでに今のリリィは束を受け入れていた。

 

「ねぇねぇ、ラウラちゃん。 私のことママって呼んでみてくれる?」

「え、あ――ええっと……はい。 お、お……お義母様?」

 

 したり顔で振り返る束が何を言いたいのか理解できないほど頭は固くはないのだが、無性に腹ただしい顔をしてるため自身の中にある好意が一瞬で冷めた気がする。

 結局、怒るに怒れず――また束の存在を誤魔化せたため何も言えない。

 それにしても、この場にいる誰もが癖のある個性を出しているせいか、ラウラの表情に困惑が見え始めていることにリリィは安堵した。

 

「それにしても子供までいるとはね……。 いやいや、私が変なこと聞くまでもなかったか?」

「……というか、よく私の性別がわかったね? 別に隠してるわけじゃないけど、一般的に見てクラリッサみたく女性だと勘違いする方が多いほど完璧だとは思うんだけど」

「なら、せめて男物のシャツはやめておくことをおすすめするな。 そういう男装癖があるとも思えるだろうが、私みたいに違和感感じてる奴からすればわかっちまうぞ。 それでも色々特殊すぎて気がつかない奴が多いだろうが」

 

 上のボタンを少し開けているからこそセシルは気がついたのだろうか――リリィが着ているシャツはボタンが右についている。

 実を言うとワイシャツのボタンは男女とも共通の場所についているわけではない。

 十三世紀頃のヨーロッパでボタン付きの衣服が出始めた頃、それは高価なものであったため貴族や上流階級しか着ることがなく、男性は自分で着る事ができるが女性は使用人に着させてもらうため、ボタンを付けやすいように男女逆にしたとされている。

 今でもボタンの位置は変わっておらず、そこで性別を判断することができてしまう。

 

「あと写真を見るたびに何か違う感じしてたからな――身体を触ってみたら案の定って、な。 アンタも最初見たとき感じたんじゃないのか?」

「うーん……というか私は最初から知ってたし。 リリィちゃん、有名人だから私じゃなくても気が付く人はいると思うよ――“CCCNO(シースリーエヌオー)”最高責任者の一人息子って検索すれば一発」

 

 その言葉に事情を知らない者が大きく目を見開き、室内に先程とは違う静寂さが訪れた。

 

「……おい、ハル。 いま、スカーレットがなんだって言った?」

「ん? そこらへんに売ってる家電を製造してる“CCCNO(シースリーエヌオー)”最高責任者の一人息子って言ったんだけど……もしかして知らなかったりする?」

 

 日本では一家消失事件において顔写真を公開して捜査を行ったためリリィの顔を知らないものは少ない。 まして二年前の事件であるため、早々記憶から抜け落ちることもないだろう。

 だがドイツでは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の最高責任者が行方不明という記事にしかなっておらず、リリィの顔写真が出回ってるわけもない。 調べれば顔写真ぐらい見つかるのだが、情報番組や新聞で得られるモノしか知らず全てを知った気になるのが人間である。

 

「た、隊長はご存知で……」

「ああ、知ってたぞ? オレと百合奈は昔からの……ああ、“CCCNO(シースリーエヌオー)”最高責任者の名前なんだがな。 昔からの顔なじみだったから、割とスカーレットとも顔を合わせてたが」

「へぇ~、リリィちゃんのお父さんと顔見知りなんだ~」

「クラウスも会ったことあるはずだぞ」

「思い出させないでください。 俺が特殊性癖の持ち主じゃないと言い聞かせてる時に、そんな事を……」

 

 脳内で必死に幼馴染であるクリアウィッチの顔を考えないようにしたのだろう。

 百合奈の容姿はリリィを成長させたらと思えるほどで、逆に言えば百合奈も女顔で――そしてリリィの父親なのだ。

 

「……そういえば、お前が惚れた相手って確か」

「言わないでください、いやホントマジで……。 割と自分でも何やったんだかと後悔してるんですから」

「あー、つまり――リリィちゃんのお父さんを女の人と思って……」

「それ以上口にしてやるな……クラウスの傷口が広がってく。 アイツが自棄酒したらホント厄介だから止めてくれ」

 

 静かな室内に二人だけの会話が響く。

 

「一応、隠してたわけじゃないのは言っておくよ?」

 

 それでも賑やかな空間は戻ってこないのは、どうしようもない現実。 問題になっているのは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社という一点だけなのだが、それこそ、この静寂を大きくさせた一番の原因だった。

 まず“Flabellum(フラベルム)”隊は純国産第五世代ジェット戦闘機や飛行補助プログラム試作三号機“Scarlet Ⅲ”を“Marks Horst(マークスホルスト)”社と共同開発している。 Eurofighter Typhoon(ユーロファイター タイフーン)の代わりに実験機として貸し出され配備しているF-15“Eagle(イーグル)”やF-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”も元々は“Marks Horst(マークスホルスト)”社が保管していたモノ。

 しかしいくら航空機製造会社とはいえ他国の軍用機を保有していたり、それを開発国が認めていない国への配備は事実不可能なのだ。 そんな不可能を可能にしているのは“Marks Horst(マークスホルスト)”社が“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の傘下であるという事だけだった。

 それほどまでに“CCCNO(シースリーエヌオー)”社というネームバリューは強大なのだ。

 

「……スカーレットが、ここにいるのは……」

「あー、多分本社に報告は行ってるだろうし知ってるとは思うよ? おかげで“Marks Horst(マークスホルスト)”で自由にやれてるから、あの馬鹿親には感謝してるけど」

「そういえばリリィちゃんのご両親は未だ目撃情報ないんだけど、やっぱ生きてたりするんだよね?」

「殺しても死にそうにないから生きてるとは思うけど……。 というか昔『少し出かけてくる』とか言って買い物に出かけたかと思ったら、帰ってきたの二ヶ月後でアメリカに行ってたらしいからね。 あんな大捜査にしなくても、そのうちひょっこり出てくるから」

 

 世間で巨大複合企業体として知られているのは、単に“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が軍需産業だけではなく家電などの日用品を大量生産し社会に送り出しているからである。 徹底的なコスト削減を実行しておきながら合理的で消費者が求めるモノを作り出す――ドイツ国内でも“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の名前は見ないことがない。

 アメリカ合衆国でも、その人気は強く軍事兵器にも技術提供をしているという噂がある。

 

「“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は人工子宮や遺伝子操作だけで成り立ってるわけではなかったのですね」

 

 辺りを見渡しながら不思議そうにしていたラウラが話に加わった。

 今まで話の内容が理解できなかったかと思っていたが、どうやらラウラの中で“CCCNO(シースリーエヌオー)”社という存在は世間一般の認識とは異なるようだ。

 ――人工子宮や遺伝子操作!?

 しかし今、リリィは聞き逃せない単語を耳にした。

 

「ラウラちゃん? 今、人工子宮って聞こえたけど、どういうことなの?」

「私達“遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)”の基礎理論は“CCCNO(シースリーエヌオー)”のものであると聞かされています。 またCロットである私は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社製の人工子宮から生まれました」

 

 考えられなかったわけではないが、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が“遺伝子強化試験体実験”に関わっているとは信じたくなかった。

 自分の親が知らないところで命を軽んじる行為に手を染めているという事実にリリィは震える。

 そんな中、リリィの携帯が鳴り響き画面を見るとダニエルからの着信であったため震える指で――もはや思考が定まっていない状況であるせいか、出ないという判断ができず通話に出た。

 

「も、しもし……どうかしましたか、中将?」

『スカーレット! 今すぐにテレビを付けるんだ!!』

「一体何が……」

『見ればわかる!!』

 

 声が漏れていたのかロイがリモコンを手に取りテレビの電源を入れると、そこには見知った顔が大きく映し出される。

 

『……そこに博士はいるのだな!?』

「間違いなく……」

『ならば、これは……一体どういうことだ……』

 

 “白騎士”を開発した篠ノ之束博士発見――その文字と共に画面は束の顔と正体を世間に知らせていた。




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✔ウェア・ズィ・ハルトマン 【人名】
 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍、第五空軍師団“ Flabellum隊”所属のパイロット。
 元々は第二空軍師団の優秀な部隊に所属していたのだが、隊が壊滅したことにより“Flabellum(フラベルム)”隊へ編入された。
 前部隊では中隊長として部隊を率いていたため指示は的確で、スカーレット・リリィがいない時の作戦は基本的に彼が立てている。 “Flabellum(フラベルム)”隊の頭脳と言っても良い。
 コールサイン“Flabellum(フラベルム) 8”で階級は空軍中尉。



《さーびすさーびす♪》


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※あとがき
 はじめましての方は「はじめまして」、お久しぶりの方は「お久しぶりです」。
 Twitterをしている方は「先程ぶり」といえばいいんでしょうか? 
 篠ノ之束(Twitterで)こと葵束です。

 ようやく二章を描き終えましたが、あまり内容が進んでませんので読んでくださった皆様が飽きてたという雰囲気が伝わってきております。
 個人的にはバンバン書きたいのですが――それをやってしまうと無印のような前後曖昧な超理論作品になってしまうので、申し訳ありませんが後少し戦争がない時代をお楽しみください。
 また挿絵用のイラストを描くとしても、どのシーンが良いかも悩んでしまい一話一枚の予定が狂ってきております。 最近はペンタブで描くよりもシャープペンとボールペンで覚書のように描いていますが、それでも既に投稿した話の挿絵がイメージできません。
 もしよろしければ、挿絵がない話で「こんなイラストが見たい」等の感想を投げて下さりますと助かります。

 約二年で書きたいことは書けたと思いますので今は満足していますが、修正が何度もはいると思われますので御了承ください。
 「今作の篠ノ之リリィ――スカーレット・リリィは、このような人物である」という事を、この章で伝えたかったのかもしれません。 結果としてですが織斑千冬を登場させる予定どころか、篠ノ之束自体の登場も多くはありませんでした。
 ヒロインとしての束さんを見たかった、読みたかった読者様に謝罪させていただきます。 
 二章では“白騎士”も“フリーダム”も戦闘を行わなかったため、物足りないという声もありそうですが――三章から複数の国を巻き込んだ戦争が起こる予定となっており、おそらくですがヒロインという形の登場は少ないかと思われます。

 次回は9月1日の投稿予定となります――お待ちください。
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