クラウス達の機体に空対空ミサイル等を補給させるため別れさせた後、リリィは束に指定した地点に向かうよう指示し周囲を警戒しながら飛行を続ける。 あの時のような非武装機を狙われるわけでもなく、狙われたとしても機体性能では十分逃げ切れる自信があるほど――しかし辺りに未確認機の存在がないことは“
どこからともなく現れる単眼の人型兵器は出現時に、その場にあったモノを押しのけながら数秒から数分にかけて現れることがこの三ヶ月で判明している。 自由自在に出現するということは変わっていないが、その際に明確な現象が起きているということは二人にとって大きな発見であり対抗策を取れる唯一の情報。
突如現れる存在と何かしらの反応を起こして現れる存在――どちらが比較的簡単に対処できるかといえば当然後者である。 同じ結果の現象が起きているように思えるが、現れるまでの過程が違うほど情報も増えるため発見しやすい。
レーダの理屈は簡単だ。 機械が人の目では見ることが困難である、出現によって押しのけられた空気の動きを読み取り位置を特定する。 人や航空機、また単眼の人型兵器――この世に存在する全ての物質は移動する際、必ず空気を押しのけて動く。 その動いた空気を読み取ることで位置を特定するのだ。
澱んだ大気や塵が有れば人の目でも判断しやすいが、高速で移動する戦闘機の中でそれを判断しろというのは無理な話――だが機械なら判断することができる。 それが“
「レーダー範囲内に反応無し。 そろそろ指定したポイントのはずだけど……束、なにか見えない?」
「リリィちゃん……そのレーダーに反応が無いの知って私の目で見えないかとか、それなんて無茶かわかって言ってるんだよね?」
束が開発した――空間受動レーダーとでも言えばよいのだろうか、これは作動させるために特定環境を整えなくては正確に機能することは難しく、また余分なものまで捉えてしまうため現在も調整中なのだが、それでも十分に性能を発揮している。 先の戦闘でも問題なく“ジン”三機を補足し奇襲される前に随伴する“
戦争が変わるとまでクラウスに言わせたレーダーは、空気が存在する場所であれば敵機の場所をある程度絞ることが出来る。 つまり“ミラージュコロイド”やF-22“
物体として存在している以上、“
簡単に開発することは出来なかったが必要な部品はリリィの名を使い“
「……ん、レーダに反応。 十時の方角だ」
《――こちらドイツ軍所属の空中給油機。 司令部からの指示を受け現空域を飛行している。 接近中の機体、所属を》
「こちらドイツ連邦国防省連邦防衛軍所属、スカーレット・リリィだ。 空中給油を受けるためソチラに近づきたい」
《……オーケー、問題ない確認した。 “
レーダーに映る複数の目標よりも遠く少し前にいることから束は高度を上げる事で速度を落としながら空中給油機の上に付き、更に主翼を傾けることで高度を下げながら後ろに付く。 鳥のような自然な動作は現行機に真似できない動きであるせいか、通信の向こう側で妙に慌てた声がリリィの耳に届く。
それもそうだろう。 “
リリィですら再設計に携わっていながら自分自身の手足みたいに束が“
そんな中から見る景色に見慣れた機体が飛んでいることに気がつく。
――なんでラウラが乗ってるんだろ?
F-15E“
しかし仕事中だと呆然としていた気を引き締め計器に視線を落とす。
《凄い機体だな――それに良い腕だ……。 その距離を保ち飛行を続けてくれ、給油口は……まさか、今せり上がったアレか?》
「それだ――悪いが驚いている暇があるなら腕を動かしてくれ」
初めて空中給油を受けるためシステムが正常に稼働しているか不安であったが、どうやら給油機後方の窓から確認し誘導している者達には、問題なく“
《“
近すぎず、それでいて遠すぎず――加速しすぎれば給油機を追い越してしまい、遅すぎれば距離が離れてしまう。 そんなリリィ達が気がつかない些細な事に気が付くあたり、やはり手馴れた者達だと思った。
――最近改修されたと聞いていたが、やはりコッチのほうが作戦行動を円滑に進められるんじゃないか……。
空中給油機から給油用のパイプラインが伸び“
問題があるとすればフライングブーム方式で空中給油を行うための機体がドイツ空軍に配備されているということだろう。
このフライングブーム方式とはアメリカ合衆国で用いられている空中給油の方法で、給油するための燃料タンクに直通したパイプラインをブームと呼ばれるアームで動かすことにより戦闘機に給油し、受ける側の負担を減らす事が出来る。 この方式に当てはまるのは基本、アメリカ合衆国が開発したF-15“
ちなみにアメリカ合衆国のサポートがないと持続が困難になる――これがリリィの疑問に思ったとこなのだが、“
余談となるがフライングブーム方式とは別のプローブアンドドローグ方式という空中給油があるのだが――ドイツ空軍ではこちらの方が主流である。 大多数を占める配備機――“
先端にエアシュートのついたホースを燃料タンクと直結し飛行すると、エアシューターによって一定速度下では給油において安定した状態になる。 そこに給油側の機体が微調整しながら専用アタッチメントをエアシューター内のホースに差し込むことで給油を行う――当然、フライングブーム方式とは違って受け手側に大きく負担をかける給油方式だが、既存の機体にホースを取り付けるだけと改修も比較的簡単でコストも高くはつかない。
予算の余裕がある先進国等ではフライングブーム方式を採用する事が多いが、共同開発等で製造された機体を配備している国はフライングブーム方式の給油機を配備することが難しく、自国で使用できる給油機の方式でなくては共同開発に参加する意味はない――そのためプローブアンドドローク方式を採用することになる。 なお日本の航空自衛隊は2001年にフライングブーム方式の空中給油機を、開発国であるアメリカ合衆国を除き二番目に採用することを決定し現在四機の空中給油機を配備している。
“
「お疲れだね、
「――めっちゃ怖い……」
「そう。 ラウラが見てるから失敗しないようにね。 目の前で燃料がかかった私達を見たくはないだろうし」
ラウラが見ているという言葉に機体が微かに動く――とは言っても本当に微かな移動だ、給油には問題が無い。 むしろ気流によって機体が動いてしまったと取れる方が自然だろう。
「……なんでラウラちゃんが乗ってるの?」
「さぁ?」
その回答はリリィですら判断がつかないのだから束も理解できないのは仕方がない。 結局、何故ラウラがそこにいるか直接聞くしか真意を確かめる方法はなかった。 だが当の本人は初めて見る空中給油に目が離せないのか、先程から手を振ることをやめリリィの後方――つまり“
――まぁ、周囲の警戒は私の役目だから多少は目を瞑ろうか。
作戦行動中に私的な事をしているのを本来、上官という立場にあるリリィは咎めなくてはいけないのだが、空中給油時における編隊飛行では兵装システム士官の行う作業は多くない――はっきり言ってしまえば暇であろう。 血は繋がっていないはずだが可愛い娘だ――そういう贔屓目で見てしまっても仕方がないと、頭の片隅では甘い自分に呆れた。
空中給油をする際に使用される給油口は基本的に燃料が溢れないよう機体の燃料タンクより高い位置――そして前方に向け口を開けている。 重力と機体にかかる遠心力によって燃料は後ろへと向かっているためコクピットに近い位置に備え付けられる事が多く、またプローブアンドドローク方式を採用すると受け手が操縦し給油口に差し込まないといけないため、コクピットから見えない場所に給油口を設置することは無い。
どのような教育を受けたか知らないが、その理屈はラウラも知っているはずだ。 “
「ハルフォーフ大佐――なぜそこにラウラが乗っているか聞いてもいいか?」
《……あー、なんだ。 上からの命令だ……悪い》
どうやら軍上層部の思惑が絡まり軍用機への搭乗を強制したという。
確かに引き取るときトライワイトは『データを集めるために作られた個体』と口にしている――そのため上層部が指示したということは、確証を得る必要がない事実なのだろう。 しかし今まで戦闘機に乗せたこともないラウラが、これから行われる戦闘機動に耐えられなければ連れてきたところでイージスの機体が足手まといになりかねない。 なにせイージスがラウラを乗せることに抵抗が有り、おそらく急激な機動をしないよう現空域まで飛行してきたと思われる。
今まで子供だからという理由で軍用機に乗せることを拒んでいたが、この重要な時に限って上層部は何を考えているのか理解できないでいた。
「いや、仕方ない――ラウラ、気分は悪くないか? 悪くなったら早めに言うんだ、早急に戦闘空域から離脱させるよう指示を出す」
《はい、大丈夫です》
だが帰ってくる声は比較的明るく日頃耳にしている日常の象徴――何も負担になっていないというラウラの回答だ。 飛ぶだけなら問題ないだろうが、その声が戦闘空域に入った瞬間どうなるかが一番心配である。
「そうか……。 では時間が無いため給油中だが簡単な作戦指示を出す――“
『――感度良好、大丈夫だ』
『こちら三番機、問題なし』
『八番機も問題ない』
「了解した、これより何者かによって奪取された新型潜水空母の停船任務について説明する。 既に各機が対艦ミサイルを装備していることから大体の状況は聞いて出撃しているだろう――だが、ミサイルの使用は禁ずる。 いいな、対艦ミサイルの使用は禁止だ」
その一言に声が上がる――ということは核兵器について彼らは何も聞いていないということだろう。
スクランブル発進時は詳しい任務内容を聞ける状態ではないため、こういうことは最近少なくない。 上空にいる“
無線を傍受されている可能性もあるため気軽に話せることでもないと機器の設定を変更し、“
「――おそらく一番やばい話だ、そのため無線状況を変更した」
『仰々しいな、何があった?』
「……核弾等が積まれている可能性がある」
やはり聞いていなかったのかイージスとウェア以外の声が一斉に失われた。
「そんな奴らが北海まで逃げたとなっては全ての国を危険にさらすこととなる――当然、撃沈し止めたところで核燃料による汚染も心配される。 そのため対艦ミサイルの使用は許可があるまで禁ずる、いいな?」
『……それはいいが、対艦ミサイルの使用が出来ないということは俺たちが持ってきたこれは一体何だ。 ガンポッドやロケットでも装備したほうがよかったんじゃないのか……?』
「それは最終手段としても装備しているのだろう――最悪の場合、撃沈も許可されているからな。 今から作戦内容を説明するがよく聞け」
戦術データリンクネットワークを使用し各機のモニターに地図を表示させると、リリィはモニターに表示した地図の中心を指で二回叩くことで拡大し赤い印を書き込んでいく。
場所はデンマーク領にあるカテガット海峡――エッカーンフェルデから北海に出るため複雑な地形を抜けた後にある広い海峡だ。 シェラン島を越えた先にあるため島も多くなく、東西を約50キロメートルもの海水が大陸を分断しているため市民に被害が出る可能性は限りなく低い。
「――目標は進水式が間近に迫っていた新型艦である“シンファクシ”級潜水空母。 こいつは非常に大型であるため北海に出るまでは、確実に浅い海域を潜水せず航行しなくてはならない――潜水したら座礁するからな。 なんとか浮上しつつギリギリを通っているというだけだ……。 現在目標はデンマーク領フュン島東を航行していると情報が来ている――おかげで我々はヤツが北海へ出る前に叩く事ができるわけだ」
『ミサイルを使わずにか?』
「足を止めるのは海軍が実行する手筈となっている。 我々は早急に目標の脅威となるミサイル発射官の全てを機銃で使用不可能な状態に追い込む――それと同時に後部にある艦載機発射用カタパルトの開閉口と発着用甲板を破壊し無力化するのが目的だ」
新たに表示していた“シンファクシ”の設計図をモニターの表示から消し、再度地図を開くと北海とカテガット海峡の境目あたりで線を引いた。
「ここが阻止できる限界地点だ……。 ここを超えられると潜水され我々の目が届かない海底に逃げられる――そうなればどうなるか、わかってるな?」
核の所在が大国の手から離れ全人類に向けられた状態となる。
この作戦に関わる全ての軍人が責任重大な立場に立たされ世界を守るため命をかけ戦うこととなるわけだが、一体何者が奪取したかは未だ判明できていない。 これは敵の本拠地を叩けば指揮系統が瓦解し複雑な作戦行動を行えなくなる、というような簡単な解決はできない――なにせ敵の正体が不明なのだから本拠地どころか勢力さえ判明していないのだ。
誰が敵で誰が味方かなど明確な線引きができない戦争と言えるか怪しい戦い――いや、
これを阻止できなければ誰かを間接的に殺したことを永遠と後悔し続ける事になる可能性が高い。 嫌な日に待機していた事への恨めしそうな息遣いが聴こえてくるようだ、そうリリィは思った。
「また搭載されているであろう核弾頭はB61――航空機にも積載可能な比較的軽量なタイプだ。 そのため隊を二つに分け作戦を同時進行させる必要がある。 “
『
最低でも核弾頭の行方を把握しておければ良いのだが、それができればこのような事態に発展しない。
――
気が付けば燃料の補給が終わっていたのか束がリリィの行うはずであった作業を代わりに実行している。 操縦しながら一人で機器の管理するのは熟練したパイロットならできなくはない作業であるが、操縦するのは航空機を動かして間もない束――それも垂直尾翼が存在せず現行機より安定性が低い“
やはり自分が思っている以上に優秀だと感心しながらリリィは通信回線を通常に切り替える。
『――おかしいな、聞こえているはずなんだが? “
「すまない。 ブリーフィング内容が隊外に漏れると問題なので、こちらで回線を統一していた――問題ない、聞こえている」
今まで“
再び視線をモニターに落とし胴体下部の増槽にも給油が完了していることを確認し束に、ただ一言――問題ないと告げる。
『……聞こえているならいい。 給油作業を終了する――“
給油の終了を告げられると束は給油機から離れるよう“
これによって未確認人型兵器を撃墜し終える前の状態に燃料は戻ったというわけだ。 問題なく作戦に参加することができる。
『グッドラック――“
「サンクス」
それが給油機との最後の交信。 束は用がないと“
若くして大佐の椅子に座っただけはある鮮やかな動きに、心のどこかでラウラが酔っていないだろうかと思うも安全が保証されたと感じた。
『ところでだがスカーレット少佐、一ついいか?』
「手短に言え――時は一刻を争う」
『なら手短に。 少佐とハルと人工頭脳の呼称が非常に紛らわしいのだが……。 たまに少佐を呼んだはずが機体の方で人工頭脳の方が反応してくる――できるのなら“
言われてみれば確かにと思いリリィは考えはじめる。
自身が“
ウェアが言っている問題とは“
――確かに、ほぼ完成……こうして配備機にも使ってるというのに試作型の名称じゃ、私達と被って問題かぁ……。
正式な名称として改造した名残であるⅢと付くのもカッコがつかないだろう――今までの全ては試作なのだ、そう判断し頭の中でいくつか候補を決める。
『それなら“ゼロ”なんてどうだ? 日本外じゃ
「零式艦上戦闘機のことか? 第二次世界大戦じゃ確かに名の知れた優秀な機体の一角だが……」
『なら
『いや、そこは
「――なんでお前らは第二次世界大戦の機体名を付けようとしてるんだ」
楽しそうで馬鹿らしい会話に怒る気力も湧かない。 この間にもかなりの速度で作戦区域に向かっており、リリィは片手でデンマーク機であるF-16AM/BMに回線を開き照合――周囲を警戒と監視されながら国外の空を飛行させてもらう。
状況が変わってもイージス達の話題は変わらず――いや、核弾頭という存在を忘れようと会話を途切れさせないようにしているだけかもしれなかった。 ならば話題が止むことはない。
ラウラという名前を考えたのが三か月前だというのに、まるで孫の名前を決めたがる老人のようなしつこさに束も微かに笑っていた。
――Es besteht keine Notwendigkeit Namens……
そんな会話を愉快に思わなかったのか“
せめて感情の込められた言葉として、その文章を聞けていれば何を思っているか判断できたであろう――だが、これでは怒っているようにしか思えない。 遠慮しているようにも捕らえることができるが、それもありえないとリリィは人工頭脳の意思を読み取ろうとした。
人工知能とは言え人に限りなく似た高度な思考ルーチンは大元を辿ればリリィが自身を軸に最適なプログラムを組んだのだ――いわば“Scarlet Ⅲ”が考えていることは、リリィが戦闘において出す最適な解答の一つ。 それは何があっても生き延びるため無駄な手順を省き常に効率だけを思考し機体を管理する――その一点に収束する。
ならば目に映る文字の意味は生き残ることにおいて固有の名称は無駄と判断したということとなる。 まるで軍人になりたての頃、必死になって味方を生き残らせるため無駄を省こうと考え続けていた自分のようだと感じ静かに口を開く。
「固有識別が無駄であるという理由は理解した――だが、生きるために戦うのは私達のはずだ。 お前一人が考えることじゃない。 パイロットの生存率向上のためにも頼れる
「――ねぇ、ふと思ったんだけど。 頭の固いこの子に験担ぎのためだって言えば……受け入れてくれるないかな?」
名前に理由があるというのなら人工頭脳も無下にはできないだろう。
そもそも験担ぎとは古来から声に出した言葉には力が宿るとされる――良い言葉を口にすれば良い事が、反対に悪い言葉を口にすれば悪いことが起こるとされた言葉に宿る霊的な力
――言霊、かぁ……。
海外では反対の意味を持つであろう
「何かいい名前でもあるの?」
「――言っておくけどネーミングセンス、壊滅的だからね……。 あれから少しだけ名前について調べてみたけど、機械に付けるなんて思ってもみなかったし――
女の子に名付けるなら
若々しく美しい年代記――という意味にも捕らえることができる名前は、その人生全てを美しく生きて欲しいという願いが込められているのかもしれない。 自身が考えたラウラという名前より心が込められていると思うと、それでいいかも知れないと感じてしまう。
何がネーミングセンスが壊滅的なのだ――間違いなく自身と血の繋がりは無いにしても、そこにあるのは純粋な願いだ。 名は体を表すという言葉があるように名前とはその者の本質を表している――束がそう育ってほしいと文字に乗せた贈りものではないか。
「あ、そうだ。 第二次世界大戦辺りってなら良いのあるじゃん――奇跡の……」
しかし言葉は続かず遠くから響く轟音と振動によって空気が一変する。
一瞬だけ前方の空が光り、そして起きた現象を警戒しリリィは管制指揮官としての役割を行うため束に高度を上げるよう指示――“
次の瞬間、リリィは全ての感情を押し殺した。 軍隊の歯車としての管制指揮官、現場を指揮する一人として命令を下す。 そこに個人の感情は必要ない――人間という名の歯車は人工頭脳のように冷徹な判断を正確に、間違いが無いよう下すため感情を消し去る。
このような仕事をしているのだから人が死ぬとは当たり前だと割り切っている自分もいれば、正しい情報を伝え安全な策を講じれば良いと――そうすれば自身の知る人間が死ぬことはないと思い、この二年もの間永遠と繰り返した作業はリリィという存在を簡単に変質させた。
たった二年――されど二年。 何百回ものスクランブルによって空に舞い上がった機体を導いてきたのだ。 人格が切り替わる程ではないが日常で見せる顔は既に影を潜めている。
「全機、作戦を開始せよ――落ちるなよ」
その途端、鎖から解き放たれた猛犬のような加速を見せF-15E“
イージスを始めとする
“シンファクシ”のカタパルトは内部に設備されており、機体を打ち上げる方式で発艦させている。 着艦は後部の甲板で垂直離着陸機を下ろさせ船体内に回収をする設計となっているのだが、未だ使用されたこともない艦だ――リリィも話を聞いているのだが、それが実際に可能かどうかは知らない。 それでもカタパルトが設備されている場所は判明しているため、先に射出口を塞いでしまえば艦載機が飛び出すことは無いだろう。
その予測は間違いなかったらしく、その後のアプローチで再度機銃を掃射しても艦載機が射出されることはなかった。
三機掛りで大量の弾丸を叩き込まれてしまえば海水を取り込まないための綿密な――それでいて強固な装甲が歪み射出口は正常な開閉ができないまま、カタパルトから艦載機を打ち出すことができない。
それと同時に
「目標、進路変わらず――迎撃する気がない?」
「――司令部からのデータ通信。 これは……!」
新しく情報が出てきたのだろうかと司令部から送られてきた内容を見たリリィは息を呑む。 安心する反面、息を飲むような情報に急ぎ指示を出す。
「全機、新たな情報が入った――目標に核弾頭は搭載されてはいないが、それに準ずる兵器が搭載されている可能性が……っ!?」
『――つまり撃墜しても問題はないということだろ!』
「ダメだ、全機直ちに高度5,500フィート以上まで登れ! それか今指定した範囲外にでろ!!」
再アプローチに入ろうとし旋回している
核弾頭ではない――先も見せた光りを放った原因。
「早くしろ! 死ぬぞ!!」
“
範囲に出るかどうかのところで船体から弾道ミサイルが打ち上げられた。 それは真っ直ぐ空に伸び“
『な、んだあれは……』
『ミサイルから降り注ぐ――
『それよりも全機無事なのか!?』
「――三番機の機体を確認した。 なんとか範囲外に逃れつつ回避したようだ……」
『それよりもスカーレット――何だあれは!?』
「それを今から説明する――と言いたいが時間はないか……」
既に“シンファクシ”は、その頑丈な装甲を盾に従来よりも変則的な発射を行うことで自身への被害を最低限に収め、同時に敵航空機となる“
複数基カタパルトを搭載しているのか一瞬で六機もの無人機が空を舞う。
「これより簡潔に状況を説明する。 いま発射されたミサイルは特殊炸裂弾頭ミサイルと呼ばれるもので、一定高度まで打ち上げられた後に炸裂――内蔵していた子爆弾を起爆地点中心に下方へと広範囲にわたり散布する対制圧ミサイルだ。 基本は潜水時に発射され高度4,000フィート前後で炸裂し、5,000フィート以下の機体に損害を与えるもので――当然、使い方によっては対地対艦としても使用できる」
『――つまり俺達より先に出てた奴らは全員、あれに……』
「落とされたんだろうな、あの瞬間に……。 海上に浮いている破片のマーキングから間違いなくイェファー航空基地“
もう少し早く作戦区域についていれば異変に気がつき回避命令を出せたのかもしれない――だがもう遅い。
『他のヤツらは一体何をしているんだ――そこまで複雑な海域でもなかろうに……通信が届いていないのか? 仕方がない、射出された機体を撃墜して“シンファクシ”の足を止めるぞ!』
「その通りだ――全機、射出された敵機を撃墜せよ。 “
『あ、ああ……』
「この状況で、お前だけが狙われず自由に動ける――“シンファクシ”に対し低空で再アプローチを仕掛け対艦ミサイルで風穴をあけてやれ! 海域を汚染するような危険なものは積まれていない、何も気にせず思いっきりやるんだ!!」
『……
再アプローチという重要な任務を与えられカーニアは自身とイージス達が置かれている状況の違いを見たのか少し戸惑いながら返答する。 実際、“シンファクシ”から射出された六機は真っ直ぐに“
空に白い線を引きながら射出された敵性航空機とドックファイトに突入する五機をモニターで確認しながら、そのダンスの相手をリリィは冷静に見る。
AV-8B“
F-35“
元々“シンファクシ”に搭載する予定で極秘裡に運び込まれたF-35“
――あの“
そもそもAV-8B“
「リリィちゃん、目標から新たに三機が射出」
「――ん、あれは……っ!? “
本来ならばカーニアの操縦技術は決して低くはなく、三機程度なら多少手こずるだろうが作戦行動が不可能というほどの驚異ではない。 だがリリィはモニターに映る三機を見た瞬間再び叫ぶ。
――なぜアレが……。
無人偵察機開発計画で開発された機体によく似ているため、その性能を知っているリリィからしてみれば不明機でも驚異の対象だ。 少し見ないうちに改修されたのだろうか――ソレは無人機であるがために死を恐れることがなく、友軍機の大半を撃墜されることを前提に敵を撃墜する戦術を取ってくるのは間違いない。
なにせ人工頭脳“
『スカーレット、こいつらは一体なんだ!?』
「――間違いない、この動きは……。 気をつけろ! ソレは同列機が一定範囲内にいる場合、与えられた情報を元に囮、撹乱、撃墜の役割を分担し確実に敵機を落とすことを目的とした無人機だ。 回避することだけを考えろ!!」
『とは言うがっ! こいつら、しつこい……!!』
イージス達はAV-8B“
無人機の能力は以前束が作成したシミュレーターを使用し、対未確認人型兵器による現行機との格闘戦訓練をプログラムの動作確認を兼ねて行ったことがあったが――ほぼそれと同じレベルの判断や操縦技術が必要となる。 手足がない分、不条理な機動はしないだろうが人がいないメリットを最大限に使い動いてくるのが特徴だろう。
――“
本来管制機が戦闘行動に出ること自体ありえないのだが“
守れるだけの力があるというのに行くことができないという虚しさにモニターに映る無人機を睨みつけた。
「“
『まだ相手はAAMを持っているんだ――そんな相手に背を向ける事ができるか!』
それもそうだ――射出され空対空ミサイルを放たれないよう“
そんな事を言いながらもイージスは援護に向かうため機体の限界以上の機動でAV-8B“
これで残り三機。 だがそこにはF-35“
カーニアも善戦しているのかアフターバーナーを使用し続け無人機特有の機動性から振り切り続けているも、燃料が何時まで持つかわからないため早めの援護が求められる。
――Check objects flying at high speed within the radar range……
コクピット内に唐突に響くアラートに苛立ちながらもリリィはモニターに視線を落とす。
普通であれば機体が空中分解する程の速度で現空域に近づくレーダー上の点に驚きながらも、リリィは一体何がと表示された所属不明機を確認するため機器を操作し――その文字は即座に不明機からCFA-44に変わる。 直後、海面を一つの光が走りカーニアの機体を追っていた無人機に着弾――爆発し破片が海に落ちていく。
何度か開発過程で見た電光に理解が追いつかない。
『“
聞き間違えるはずがないクラウスの声に、今目にしている光景が自身の否定したいがための幻覚ではない――歴とした現実のものであると我に返る。
「……クラウス? その機体を、一体どこから……」
『その話は後だ。 三番機の援護を開始する』
『助かる!』
あのあと一体何があったのかリリィに知る術は無い、だからこその問いかけをクラウスは跳ね除け両翼に取り付けられ空になった増槽を落とす。 現状を覆すには必要な増援――仕方がないと困惑しながらもリリィは任務中に説明したことと同じことを伝えた。
その間にもCFA-44から放たれる光――左右のウエポンベイに搭載されたレールガンユニットから撃ち出された弾丸は無人機に回避する暇を与えず直撃し、同時に弾丸の通過時に起きる風が海水を巻き上げ低空飛行していた後続機に降りかかる。 そこをすかさず三射目と撃ち抜こうとするも、巻き上げられた海水によって無人機は低空飛行を危険とみなし上昇、無念にも光は何も捉えられない。
しかし今までの加速で得た距離は無人機を既に有効射程圏内に捉えており、主翼下に取り付けられた空対空ミサイルをスライドアップさせ無人機に向け放つ。 回避行動に移る無人機を猟犬にように空対空ミサイルは追いかけるが、その移動先を予測したかのようにCFA-44は目の前に移動してきた無人機を機銃で蜂の巣に――そしてミサイルが追いつき無人機を鉄屑へと変えた。
リリィが発案した時のプランであれば接近を感知した無人機は散開し四方から取り囲むように攻撃を開始するのだが、レールガンユニットの長射程の前には機影を捉える前に撃墜されるのは仕方がないのかも知れない。 それに加え撃ち出された弾丸が着弾するまで十秒もかからないというのも理由としてあげられるのだろう。
「無人機全ての撃墜を確認――ノア中尉無事か!?」
レールガンによる長距離狙撃という神業は無人機に気がつかれる前に撃墜できる有効的な手段なのは理解できる――だが直進していただけとは言え移動から三機目撃墜までに見せたCFA-44の機動は、明らかにパイロットにかかる負荷の限界を超えるほどのものだ。
“
ある意味、試験機のデメリットでありメリットがCFA-44の機動に現れている。
「この感覚……!」
「――わかってる。 レーダーに反応」
しかし味方の無事を噛み締めている暇はない。 二人の感じ取った鋭い気配に“
――五時方向……ほぼ真上か!!
その位置情報を束の方へ送り視界いっぱいに広がる海へ落ち続ける。
「全機に告げる。 未確認人型兵器の反応をキャッチした――これより当機は戦闘行動に入る。 “
『なんだと!?』
『ちっ、こいつらがいなければ援護に!!』
「いいな、“シンファクシ”を逃すわけにはいかない。 作戦を続行せよ!」
援護はいらないと告げ回線を切り――即座に戦闘用のシステムを起動させた。
“白騎士”にも使用した機能は正常に作動し始め身体に対する負担が減りはじめる。 普通に飛び、ロールしながら下降しているのにも関わらず負荷が減り余裕が生まれるとリリィは余計な情報を消し人型兵器だけの情報を表示。 その全てを人工知能に敵として認識させていく。
既に幾度も未確認人型兵器と敵対したため人工知能もすんなりと敵対認識し、モニターに映る
――AMF-101 Dinn……
該当機を発見したのか二秒ほど点滅したあとモニターに詳細が表示される。
「対象は――空中戦特化タイプか……。 束、私達だけで撃墜はできると思う?」
「――機銃の残弾は?」
「600発だけ」
「なら大丈夫。 二人でなら、やれるよ……!」
横目で搭載武器を確認しつつも束は操縦桿を引きピッチアップ――“ディン”の射程外からアプローチを仕掛けるため距離を離し出方を見つつも、表示される情報から散弾の文字を見て格闘戦を避けるよう束に提案。 しかし核弾頭が積まれていないとは言え“シンファクシ”を逃すと、後に世界を揺るがしかねない巨大な爆弾となるため“
二人の中から援護の文字は消える。
いくら“白騎士”にも搭載したシステムを使用しているからとは言え、単機で未確認人型兵器を撃墜しようという考えは早計だっただろうか――そう思うも“フリーダム”を手に入れたあの日から、一人ででも人型兵器を無くすために動こうとした。 なら今、リリィの中にある不安という感情は甘えだろう。
餌として誘き寄せるために束を生存させ続けなくてはいけない思考が、リリィの判断を鈍らせている。 これではダメだ――そう頭を振って歯車から外れかけた思考を戻す。
「“
「――わかった!」
多くの目が向けられ記録されている戦場で、このような行動には出たくなかったが時間がないのだ。
このような状況になるとは想定していなかったわけではないが、それでも軍隊という枠組みから逸脱した行動で起きる問題はリリィにとって束の存在が露見するという危険性がある。 いくら篠ノ之束は日本にいると言われても、本物は“
「目標の移動を確認」
完全な出現をする前に仕掛けられなかったのは悔しいが、散弾銃を出現中に振り回されるよりはマシだろう――と上空にいる“ディン”を見た。
機体の背を向けながらも射程外を飛行する“
理解ができない敵ではないのだからこそ、この距離を保ち隙を伺う。
空対空ミサイルがあれば、また打てる手も変わっていたのだろうが“
仮に増槽の燃料が半分以上残っていたとして“ディン”が“
手詰まりだった。
それでも束は徐々に機体の高度を少しだけ上げながら加速し襲いかかる。 一瞬の交錯――“ディン”は間違いなく迎撃のため19mm重突撃機銃に指をかけたが、それよりも早く“
――見える範囲での異常はなし……システムも正常。
被弾は無いとモニターに映る情報を確認し目視で主翼を確認、再度モニターに目を落とし気を引き締めた。
途端、アラート――後方から迫る反応が複数出現したことから、空対空ミサイルの飛来を察する。 かなりの速度で距離を詰められていることに束は高度を下げながら機体の速度を上げていくが、空対空ミサイルは距離を着実に縮め着弾――せずに半ロールした“
従来機であれば着弾は免れない。 しかし“
空対空ミサイルのコースから大きく外れた。 パイロットにかかる負荷を無視し機体は大きく束が操縦した方向へ動き、“白騎士”に搭載した“PIC System”が二人の負荷を大幅に軽減させる。
目標が直前に消えた空対空ミサイルはそれでも追従しようとするが既に目標を大きく越しており、誘導限界を見越した回避だった。 近接信管であれば被弾、もしくは撃墜の可能性もあっただろう。 だがミサイルは限界を超え散らばりながら燃料がなくなり海面に落ちていく。
“白騎士”を開発した成果が“
ちらりと水面下で何かが発光したように見える。 爆発ではない――何か、光の線が海を横切ったのだ。
「……なんだ?」
その光が気になってしまうほど、リリィの関心は海に向けられ――機体のロールにより空に引き戻される。 何度も何度も機体の位置をロールしながら変え、残る空対空ミサイルや22.5mm対空散弾銃の全てを躱しきり機銃の有効射程距離に“ディン”を捉えた。
ほんの少しだけ機首を調整し束はレティクルの内側に見える“ディン”の22.5mm対空散弾銃とそれを持つ腕、その後ろにある胴体と翼を破壊する気で引き金を引いたのだろう。 一瞬のうちに何十もの弾丸が放たれ、まず最初に一番脆い22.5mm対空散弾銃が火を噴き、胴体が凹み――貫かれる。 薄い翼ももがれ、腕の付け根から接触不良による火花が散っていく。
交差する直前、リリィはその様子を確認し――“ディン”の単眼もリリィという存在を確りと捉えた。
「未確認人型兵器の撃墜を確認。 まさかこうも簡単にやるとは、流石だ」
「ふふ~ん♪ もっとほめてほめて~」
脅威が取り除かれたことにより一部戦闘用のシステムを従来のものに戻すと、“
「“
『――すまない! 目標を撃墜しそこねた!!』
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✔空間受動レーダー 【技術】
FFR-41“
敵機がいかに電磁的、光学的なステルスを発揮しても押しのけられた大気そのものを誤魔化すことはできない。 それを探知することで敵機の位置を絞込み発見するシステムである。
元々“
✔空中給油機 【機体】
飛行中の航空機に対して給油を行う航空機のことで別名タンカー。
基本的に専用に開発されることはなく輸送機等を改造して作られ、輸送スペースと給油用燃料タンクによって最大離陸重量のバランスをとった構成となっている。 給油機の登場によって陸上基地への帰還をすることなく燃料を補給することを可能とし継戦能力が向上した。
最も多くの空中給油機を保有しているのはアメリカ合衆国で800機以上が生産された。
✔フライングブーム方式 【技術】
空中給油の一つで主にアメリカ合衆国が採用している方式。
アメリカ合衆国が開発した空軍機は全て給油方式が統一されており、機体に受け口が備え付けられている。 そこへ細かい調整を給油機側で行い差し込むことで、受け手側へ負担をかけることがない給油を可能としている。
自国で機体を生産できるため他国の給油方式に合わせる必要がない結果生まれた方法。
✔プローブアンドドローグ方式 【技術】
空中給油の一つで別名ホースアンドドローグ方式。
先端にエアシューターがついたドローグと呼ばれるホースによって給油機から燃料を給油していく。 比較的低コストで給油機を揃えることができるため、共同開発機等は基本的にプローブアンドドローグ方式のアタッチメントを備え付けている。
給油中にドローグが破裂すると給油されるハズの燃料が行き場所を失い、その移動によって生まれる力がホースを大きく動かすことから給油が難しい。
《クラリッサ・ハルフォーフ》
【挿絵表示】