世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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022 15,Dec,2010/Mave

 クラウス達の機体に空対空ミサイル等を補給させるため別れさせた後、リリィは束に指定した地点に向かうよう指示し周囲を警戒しながら飛行を続ける。 あの時のような非武装機を狙われるわけでもなく、狙われたとしても機体性能では十分逃げ切れる自信があるほど――しかし辺りに未確認機の存在がないことは“Mave(メイヴ)”に備え付けられているレーダーのおかげで理解していた。

 どこからともなく現れる単眼の人型兵器は出現時に、その場にあったモノを押しのけながら数秒から数分にかけて現れることがこの三ヶ月で判明している。 自由自在に出現するということは変わっていないが、その際に明確な現象が起きているということは二人にとって大きな発見であり対抗策を取れる唯一の情報。

 突如現れる存在と何かしらの反応を起こして現れる存在――どちらが比較的簡単に対処できるかといえば当然後者である。 同じ結果の現象が起きているように思えるが、現れるまでの過程が違うほど情報も増えるため発見しやすい。

 レーダの理屈は簡単だ。 機械が人の目では見ることが困難である、出現によって押しのけられた空気の動きを読み取り位置を特定する。 人や航空機、また単眼の人型兵器――この世に存在する全ての物質は移動する際、必ず空気を押しのけて動く。 その動いた空気を読み取ることで位置を特定するのだ。

 澱んだ大気や塵が有れば人の目でも判断しやすいが、高速で移動する戦闘機の中でそれを判断しろというのは無理な話――だが機械なら判断することができる。 それが“Scarlet Ⅲ(スカーレット・スリー)”のような“白騎士”と同型のコアを搭載したことで、あらゆる事象を即座に並列処理できるほど優秀な人工頭脳であれば尚更簡単だろう。

 

「レーダー範囲内に反応無し。 そろそろ指定したポイントのはずだけど……束、なにか見えない?」

「リリィちゃん……そのレーダーに反応が無いの知って私の目で見えないかとか、それなんて無茶かわかって言ってるんだよね?」

 

 束が開発した――空間受動レーダーとでも言えばよいのだろうか、これは作動させるために特定環境を整えなくては正確に機能することは難しく、また余分なものまで捉えてしまうため現在も調整中なのだが、それでも十分に性能を発揮している。 先の戦闘でも問題なく“ジン”三機を補足し奇襲される前に随伴する“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊全機、余裕を持って機首を下げ――“Mave(メイヴ)”から送られた位置情報に向け各機の空対空ミサイルを発射し撃墜した。

 戦争が変わるとまでクラウスに言わせたレーダーは、空気が存在する場所であれば敵機の場所をある程度絞ることが出来る。 つまり“ミラージュコロイド”やF-22“Raptor(ラプター)”のステルス性を丸裸にすることができてしまう画期的な発明――現在の航空戦闘における隠密性に長けた敵の行動を無意味なものにし逆に奇襲することだって出来てしまう代物なのだ。

 物体として存在している以上、“Mave(メイヴ)”の目から隠れることはできないといっても良い。

 簡単に開発することは出来なかったが必要な部品はリリィの名を使い“CCCNO(シースリーエヌオー)”社から取り寄せることができたため、コスト以外の問題は早々起きなかった。

 

「……ん、レーダに反応。 十時の方角だ」

《――こちらドイツ軍所属の空中給油機。 司令部からの指示を受け現空域を飛行している。 接近中の機体、所属を》

「こちらドイツ連邦国防省連邦防衛軍所属、スカーレット・リリィだ。 空中給油を受けるためソチラに近づきたい」

《……オーケー、問題ない確認した。 “Scarlet(スカーレット) 1”、機器のチェックを実施ししつつ給油機後方に回り体制を取れ》

 

 レーダーに映る複数の目標よりも遠く少し前にいることから束は高度を上げる事で速度を落としながら空中給油機の上に付き、更に主翼を傾けることで高度を下げながら後ろに付く。 鳥のような自然な動作は現行機に真似できない動きであるせいか、通信の向こう側で妙に慌てた声がリリィの耳に届く。

 それもそうだろう。 “Mave(メイヴ)”は二回も改修のために手をつけられたが採用される事がなく“Marks Horst(マークスホルスト)”社で最近まで眠っていた、最新鋭機であり表に多く出ることはなかった貴重な機体。 それを更に“白騎士”と同じシステムを使うことで、その空中戦闘機動はまるで戦闘機以外の存在に見えてしまうほどの再設計が行われたのだ――滅多に見ることが出来ない飛行に驚く者がいないはずはない。

 リリィですら再設計に携わっていながら自分自身の手足みたいに束が“Mave(メイヴ)”で空を舞う姿を見たときは、本当に垂直尾翼がない安定性を削れるだけ削った機体なのか不思議で仕方が無かったほどだ。

 そんな中から見る景色に見慣れた機体が飛んでいることに気がつく。

 ――なんでラウラが乗ってるんだろ?

 F-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”から人工頭脳“Scarlet Ⅲ(スカーレット・スリ)”が下ろされたことにより兵装システム士官が座る席が空いたのは理解していたが、何故変わるようにラウラがそこへ座っているのかが理解できない。 束は初めての空中給油のため気が付いていないのか、リリィの視線に気がついたラウラは“Mave(メイヴ)”に向かって手を小さく振り続けている。

 しかし仕事中だと呆然としていた気を引き締め計器に視線を落とす。

 

《凄い機体だな――それに良い腕だ……。 その距離を保ち飛行を続けてくれ、給油口は……まさか、今せり上がったアレか?》

「それだ――悪いが驚いている暇があるなら腕を動かしてくれ」

 

 初めて空中給油を受けるためシステムが正常に稼働しているか不安であったが、どうやら給油機後方の窓から確認し誘導している者達には、問題なく“Mave(メイヴ)”の給油口が見えているらしい。 本来ならこのように給油口を――機体からせり上げる(ヽヽヽヽヽ)構造は機体重量の増加に複雑な設計となり生産コストがかさむ。 滅多に見ることができない光景を目にし、給油機から“Mave(メイヴ)”を見ている者達の変わった表情に二人の設計が間違っていないと安堵すると共に、驚かすことができたと笑ってしまいそうになる。

 

《“Scarlet(スカーレット) 1”、少し減速している。 徐々に機体が離れてるぞ?》

 

 近すぎず、それでいて遠すぎず――加速しすぎれば給油機を追い越してしまい、遅すぎれば距離が離れてしまう。 そんなリリィ達が気がつかない些細な事に気が付くあたり、やはり手馴れた者達だと思った。

 ――最近改修されたと聞いていたが、やはりコッチのほうが作戦行動を円滑に進められるんじゃないか……。

 空中給油機から給油用のパイプラインが伸び“Mave(メイヴ)”の給油口に先端が押し込まれ、大きく動かない限り外れることがない状態へ体制を持っていくと素早く給油を開始する。 安定して送り込まれる燃料はディスプレイ部に表示されたメーターを見る限り何も問題はない。

 問題があるとすればフライングブーム方式で空中給油を行うための機体がドイツ空軍に配備されているということだろう。

 このフライングブーム方式とはアメリカ合衆国で用いられている空中給油の方法で、給油するための燃料タンクに直通したパイプラインをブームと呼ばれるアームで動かすことにより戦闘機に給油し、受ける側の負担を減らす事が出来る。 この方式に当てはまるのは基本、アメリカ合衆国が開発したF-15“Eagle(イーグル)”やF-16“Fighting Falcon(ファイティングファルコン)”のような、どれも受け手側に給油口が設けられた機体だ。

 ちなみにアメリカ合衆国のサポートがないと持続が困難になる――これがリリィの疑問に思ったとこなのだが、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社のような技術開発で世界最先端を走る企業も存在するほどなので深く考えないようにしておく。

 余談となるがフライングブーム方式とは別のプローブアンドドローグ方式という空中給油があるのだが――ドイツ空軍ではこちらの方が主流である。 大多数を占める配備機――“Eurofighter(ユーロファイター) typhoon(タイフーン)”や“Tornado(トーネード)”は装甲にプローブアンドドローグ方式の専用アタッチメントを隠し持っており、そちらの給油方式の方がコストが掛かりにくいという理由でも採用していた。

 先端にエアシュートのついたホースを燃料タンクと直結し飛行すると、エアシューターによって一定速度下では給油において安定した状態になる。 そこに給油側の機体が微調整しながら専用アタッチメントをエアシューター内のホースに差し込むことで給油を行う――当然、フライングブーム方式とは違って受け手側に大きく負担をかける給油方式だが、既存の機体にホースを取り付けるだけと改修も比較的簡単でコストも高くはつかない。

 予算の余裕がある先進国等ではフライングブーム方式を採用する事が多いが、共同開発等で製造された機体を配備している国はフライングブーム方式の給油機を配備することが難しく、自国で使用できる給油機の方式でなくては共同開発に参加する意味はない――そのためプローブアンドドローク方式を採用することになる。 なお日本の航空自衛隊は2001年にフライングブーム方式の空中給油機を、開発国であるアメリカ合衆国を除き二番目に採用することを決定し現在四機の空中給油機を配備している。

 “Mave(メイヴ)”はコクピット後方――機体中央に給油口を持つため給油はフライングブーム方式だ。 “Flabellum(フラベルム)”隊で使用していたF-15“Eagle(イーグル)”やF-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”も同様にフライングブーム方式を採用した機体であるため、上層部で配備を決定したのだろう。

 

「お疲れだね、ハル(ヽヽ)――給油中で悪いけど初めてした経験はどうだい?」

「――めっちゃ怖い……」

「そう。 ラウラが見てるから失敗しないようにね。 目の前で燃料がかかった私達を見たくはないだろうし」

 

 ラウラが見ているという言葉に機体が微かに動く――とは言っても本当に微かな移動だ、給油には問題が無い。 むしろ気流によって機体が動いてしまったと取れる方が自然だろう。

 

「……なんでラウラちゃんが乗ってるの?」

「さぁ?」

 

 その回答はリリィですら判断がつかないのだから束も理解できないのは仕方がない。 結局、何故ラウラがそこにいるか直接聞くしか真意を確かめる方法はなかった。 だが当の本人は初めて見る空中給油に目が離せないのか、先程から手を振ることをやめリリィの後方――つまり“Mave(メイヴ)”の給油口を見続けている。

 ――まぁ、周囲の警戒は私の役目だから多少は目を瞑ろうか。

 作戦行動中に私的な事をしているのを本来、上官という立場にあるリリィは咎めなくてはいけないのだが、空中給油時における編隊飛行では兵装システム士官の行う作業は多くない――はっきり言ってしまえば暇であろう。 血は繋がっていないはずだが可愛い娘だ――そういう贔屓目で見てしまっても仕方がないと、頭の片隅では甘い自分に呆れた。

 空中給油をする際に使用される給油口は基本的に燃料が溢れないよう機体の燃料タンクより高い位置――そして前方に向け口を開けている。 重力と機体にかかる遠心力によって燃料は後ろへと向かっているためコクピットに近い位置に備え付けられる事が多く、またプローブアンドドローク方式を採用すると受け手が操縦し給油口に差し込まないといけないため、コクピットから見えない場所に給油口を設置することは無い。

 どのような教育を受けたか知らないが、その理屈はラウラも知っているはずだ。 “Mave(メイヴ)”が珍しいからだろうか――それとも二人が作った機体に設計ミスがないか心配しているのだろうか、やはり聞かない限り何を思っているか判断はつかない。

 

「ハルフォーフ大佐――なぜそこにラウラが乗っているか聞いてもいいか?」

《……あー、なんだ。 上からの命令だ……悪い》

 

 どうやら軍上層部の思惑が絡まり軍用機への搭乗を強制したという。

 確かに引き取るときトライワイトは『データを集めるために作られた個体』と口にしている――そのため上層部が指示したということは、確証を得る必要がない事実なのだろう。 しかし今まで戦闘機に乗せたこともないラウラが、これから行われる戦闘機動に耐えられなければ連れてきたところでイージスの機体が足手まといになりかねない。 なにせイージスがラウラを乗せることに抵抗が有り、おそらく急激な機動をしないよう現空域まで飛行してきたと思われる。

 今まで子供だからという理由で軍用機に乗せることを拒んでいたが、この重要な時に限って上層部は何を考えているのか理解できないでいた。

 

「いや、仕方ない――ラウラ、気分は悪くないか? 悪くなったら早めに言うんだ、早急に戦闘空域から離脱させるよう指示を出す」

《はい、大丈夫です》

 

 だが帰ってくる声は比較的明るく日頃耳にしている日常の象徴――何も負担になっていないというラウラの回答だ。 飛ぶだけなら問題ないだろうが、その声が戦闘空域に入った瞬間どうなるかが一番心配である。

 

「そうか……。 では時間が無いため給油中だが簡単な作戦指示を出す――“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊全機、私の声は聞こえているな?」

『――感度良好、大丈夫だ』

『こちら三番機、問題なし』

『八番機も問題ない』

「了解した、これより何者かによって奪取された新型潜水空母の停船任務について説明する。 既に各機が対艦ミサイルを装備していることから大体の状況は聞いて出撃しているだろう――だが、ミサイルの使用は禁ずる。 いいな、対艦ミサイルの使用は禁止だ」

 

 その一言に声が上がる――ということは核兵器について彼らは何も聞いていないということだろう。

 スクランブル発進時は詳しい任務内容を聞ける状態ではないため、こういうことは最近少なくない。 上空にいる“AWACS(エーワックス)”が敵性航空機の位置情報を伝達し迎撃する、それだけのはずが“ジン”のような未確認人型兵器が確認されるようになり上空でブリーフィングを行うことが“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊では普通になっていた。

 無線を傍受されている可能性もあるため気軽に話せることでもないと機器の設定を変更し、“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊の機体だけに搭載した機器経由で再度無線状況を確認する。 感度良好――戸惑いながらも先程まで耳にしていた声がリリィに届く。

 

「――おそらく一番やばい話だ、そのため無線状況を変更した」

『仰々しいな、何があった?』

「……核弾等が積まれている可能性がある」

 

 やはり聞いていなかったのかイージスとウェア以外の声が一斉に失われた。

 

「そんな奴らが北海まで逃げたとなっては全ての国を危険にさらすこととなる――当然、撃沈し止めたところで核燃料による汚染も心配される。 そのため対艦ミサイルの使用は許可があるまで禁ずる、いいな?」

『……それはいいが、対艦ミサイルの使用が出来ないということは俺たちが持ってきたこれは一体何だ。 ガンポッドやロケットでも装備したほうがよかったんじゃないのか……?』

「それは最終手段としても装備しているのだろう――最悪の場合、撃沈も許可されているからな。 今から作戦内容を説明するがよく聞け」

 

 戦術データリンクネットワークを使用し各機のモニターに地図を表示させると、リリィはモニターに表示した地図の中心を指で二回叩くことで拡大し赤い印を書き込んでいく。

 場所はデンマーク領にあるカテガット海峡――エッカーンフェルデから北海に出るため複雑な地形を抜けた後にある広い海峡だ。 シェラン島を越えた先にあるため島も多くなく、東西を約50キロメートルもの海水が大陸を分断しているため市民に被害が出る可能性は限りなく低い。

 

「――目標は進水式が間近に迫っていた新型艦である“シンファクシ”級潜水空母。 こいつは非常に大型であるため北海に出るまでは、確実に浅い海域を潜水せず航行しなくてはならない――潜水したら座礁するからな。 なんとか浮上しつつギリギリを通っているというだけだ……。 現在目標はデンマーク領フュン島東を航行していると情報が来ている――おかげで我々はヤツが北海へ出る前に叩く事ができるわけだ」

『ミサイルを使わずにか?』

「足を止めるのは海軍が実行する手筈となっている。 我々は早急に目標の脅威となるミサイル発射官の全てを機銃で使用不可能な状態に追い込む――それと同時に後部にある艦載機発射用カタパルトの開閉口と発着用甲板を破壊し無力化するのが目的だ」

 

 新たに表示していた“シンファクシ”の設計図をモニターの表示から消し、再度地図を開くと北海とカテガット海峡の境目あたりで線を引いた。

 

「ここが阻止できる限界地点だ……。 ここを超えられると潜水され我々の目が届かない海底に逃げられる――そうなればどうなるか、わかってるな?」

 

 核の所在が大国の手から離れ全人類に向けられた状態となる。

 この作戦に関わる全ての軍人が責任重大な立場に立たされ世界を守るため命をかけ戦うこととなるわけだが、一体何者が奪取したかは未だ判明できていない。 これは敵の本拠地を叩けば指揮系統が瓦解し複雑な作戦行動を行えなくなる、というような簡単な解決はできない――なにせ敵の正体が不明なのだから本拠地どころか勢力さえ判明していないのだ。

 誰が敵で誰が味方かなど明確な線引きができない戦争と言えるか怪しい戦い――いや、Terrorism(テロリズム)の序章であろう。

 これを阻止できなければ誰かを間接的に殺したことを永遠と後悔し続ける事になる可能性が高い。 嫌な日に待機していた事への恨めしそうな息遣いが聴こえてくるようだ、そうリリィは思った。

 

「また搭載されているであろう核弾頭はB61――航空機にも積載可能な比較的軽量なタイプだ。 そのため隊を二つに分け作戦を同時進行させる必要がある。 “ Schwarzer(シュヴァルツェア) 1”を分隊長としたAlpha(アルファ)隊は艦載機用カタパルト開閉口、VTOL機の発着用甲板の破壊を担当してもらう。 “ Schwarzer(シュヴァルツェア) 8”を分隊長としたBravo(ブラボー)隊は全てのミサイル発射官の破壊を担当してもらう――いいな? なお分隊に与えられた作戦が終了した場合、直ちに作戦を継続している分隊の援護を開始すること。 最終ラインを超えた場合――そのときは、どのような状況であっても構わず目標を撃沈しろ。 これにて作戦指示を終了とする」

了解(ウィルコ)

 

 最低でも核弾頭の行方を把握しておければ良いのだが、それができればこのような事態に発展しない。

 ――End of refueling, No check valve error.(給油の終了、チェックバルブ異常無し)

 気が付けば燃料の補給が終わっていたのか束がリリィの行うはずであった作業を代わりに実行している。 操縦しながら一人で機器の管理するのは熟練したパイロットならできなくはない作業であるが、操縦するのは航空機を動かして間もない束――それも垂直尾翼が存在せず現行機より安定性が低い“Mave(メイヴ)”だ。 流石に負担が大きすぎると思いリリィは声を掛けようとするも、それよりも先に全ての作業が終了した。

 やはり自分が思っている以上に優秀だと感心しながらリリィは通信回線を通常に切り替える。

 

『――おかしいな、聞こえているはずなんだが? “Scarlet(スカーレット) 1”、聞こえているなら返事をしろ!』

「すまない。 ブリーフィング内容が隊外に漏れると問題なので、こちらで回線を統一していた――問題ない、聞こえている」

 

 今まで“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊用にと回線を絞っていたせいもあり、給油機からの通信を完全に無効にしていた。 急ぎ束が行ったであろうが“Mave(メイヴ)”の給油状況を再確認し逆止弁(チェックバルブ)が機能していることを確認すると、燃料が逆流することがないと安堵し給油機との接続を解除できる状態に持っていく。

 再び視線をモニターに落とし胴体下部の増槽にも給油が完了していることを確認し束に、ただ一言――問題ないと告げる。

 

『……聞こえているならいい。 給油作業を終了する――“Scarlet(スカーレット) 1”ディスコネクト』

 

 給油の終了を告げられると束は給油機から離れるよう“Mave(メイヴ)”を減速させ、せり上がった部分の繋がりが消えたことでシステムは給油口を機体内部に収納した。

 これによって未確認人型兵器を撃墜し終える前の状態に燃料は戻ったというわけだ。 問題なく作戦に参加することができる。

 

『グッドラック――“Scarlet(スカーレット)”』

「サンクス」

 

 それが給油機との最後の交信。 束は用がないと“Mave(メイヴ)”の主翼を傾かせロール、滑るように高度を下げ編隊飛行を続けるウェア達“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊の後方についた。 続いてイージスとラウラが乗るF-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”が編隊飛行の先頭に降りる――こちらは主翼を器用に動かすことができないため少し加速しながら一回転、ゆっくりとしたロールで高度を落とす。

 若くして大佐の椅子に座っただけはある鮮やかな動きに、心のどこかでラウラが酔っていないだろうかと思うも安全が保証されたと感じた。

 

『ところでだがスカーレット少佐、一ついいか?』

「手短に言え――時は一刻を争う」

『なら手短に。 少佐とハルと人工頭脳の呼称が非常に紛らわしいのだが……。 たまに少佐を呼んだはずが機体の方で人工頭脳の方が反応してくる――できるのなら“Scarlet(スカーレット) Ⅲ”の呼称を変更してくれるとありがたい』

 

 言われてみれば確かにと思いリリィは考えはじめる。

 自身が“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”と言われるのは名前もそうなのだが、その赤い目で全てを見透かしたかのような言動をするから付けられたという理由がある。 そのリリィを飛行面で補佐する役目として束に“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”の一番機という意味で“Scarlet(スカーレット) 1”とコールサインが付けられたわけだが、この二つまでなら何も問題はなかっただろう。

 ウェアが言っている問題とは“Mave(メイヴ)”の人工頭脳“Scarlet Ⅲ(スカーレット・スリー)”とデータ通信システム接続した結果、発音によっては人工頭脳が呼ばれたと誤判し、“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊機で作戦行動を阻害する可能性が多少あるだろう程度の、めんどくさい状況を解消して欲しいということだ。 呼んでもいないのに『作戦行動中です』や『要件はなんでしょうか』等と言われでもすれば多少なりとも苛立つのは誰でも同じことのはず――データ通信システムの存在で情報の共有が格段と取りやすくなったのは利点だが、誤作動と言いにくい誤作動は改善してもらいたいという切なる願いだった。

 ――確かに、ほぼ完成……こうして配備機にも使ってるというのに試作型の名称じゃ、私達と被って問題かぁ……。

 正式な名称として改造した名残であるⅢと付くのもカッコがつかないだろう――今までの全ては試作なのだ、そう判断し頭の中でいくつか候補を決める。

 

『それなら“ゼロ”なんてどうだ? 日本外じゃZEKE(ジーク)ZERO Fighter(ゼロ ファイター)なんて付けられたアレだ』

「零式艦上戦闘機のことか? 第二次世界大戦じゃ確かに名の知れた優秀な機体の一角だが……」

『ならMesserschmitt (メッサーシュミット)っていうのは?』

『いや、そこはHeinkel(ハインケル)だろ……』

「――なんでお前らは第二次世界大戦の機体名を付けようとしてるんだ」

 

 楽しそうで馬鹿らしい会話に怒る気力も湧かない。 この間にもかなりの速度で作戦区域に向かっており、リリィは片手でデンマーク機であるF-16AM/BMに回線を開き照合――周囲を警戒と監視されながら国外の空を飛行させてもらう。

 状況が変わってもイージス達の話題は変わらず――いや、核弾頭という存在を忘れようと会話を途切れさせないようにしているだけかもしれなかった。 ならば話題が止むことはない。

 ラウラという名前を考えたのが三か月前だというのに、まるで孫の名前を決めたがる老人のようなしつこさに束も微かに笑っていた。

 ――Es besteht keine Notwendigkeit Namens……

 そんな会話を愉快に思わなかったのか“Mave(メイヴ)”に搭載した人工頭脳はモニターを通じて全てのパイロットに意思を現わにする。 名前の必要は無い――そう簡潔な文章で、自分で遊ぶなと言い放ったのだ。

 せめて感情の込められた言葉として、その文章を聞けていれば何を思っているか判断できたであろう――だが、これでは怒っているようにしか思えない。 遠慮しているようにも捕らえることができるが、それもありえないとリリィは人工頭脳の意思を読み取ろうとした。

 人工知能とは言え人に限りなく似た高度な思考ルーチンは大元を辿ればリリィが自身を軸に最適なプログラムを組んだのだ――いわば“Scarlet Ⅲ”が考えていることは、リリィが戦闘において出す最適な解答の一つ。 それは何があっても生き延びるため無駄な手順を省き常に効率だけを思考し機体を管理する――その一点に収束する。

 ならば目に映る文字の意味は生き残ることにおいて固有の名称は無駄と判断したということとなる。 まるで軍人になりたての頃、必死になって味方を生き残らせるため無駄を省こうと考え続けていた自分のようだと感じ静かに口を開く。

 

「固有識別が無駄であるという理由は理解した――だが、生きるために戦うのは私達のはずだ。 お前一人が考えることじゃない。 パイロットの生存率向上のためにも頼れる仲間(パートナー)として気楽に……柔軟に受け入れたらいい」

「――ねぇ、ふと思ったんだけど。 頭の固いこの子に験担ぎのためだって言えば……受け入れてくれるないかな?」

 

 名前に理由があるというのなら人工頭脳も無下にはできないだろう。

 そもそも験担ぎとは古来から声に出した言葉には力が宿るとされる――良い言葉を口にすれば良い事が、反対に悪い言葉を口にすれば悪いことが起こるとされた言葉に宿る霊的な力言霊(ことだま)によって縁起を気にする事を指す。 最近では受験生に「すべる」や「落ちる」等の言葉を口にすると、それに力が宿り失敗するというのをよく聞くが――結局のところ原因があるから結果が生まれるだけで言葉で左右されるのは心の有り様だけ。 必ずしもその通りになるというわけではない――ただの、こうなればいいという願いを言葉に込めているのだ。

 ――言霊、かぁ……。

 海外では反対の意味を持つであろうJinx(ジンクス)を耳にする事が多いが――流石、篠ノ之神社を経営していた家の娘だけはあると、久方ぶりに聞いた言葉に感慨深い気持ちとなる。

 

「何かいい名前でもあるの?」

「――言っておくけどネーミングセンス、壊滅的だからね……。 あれから少しだけ名前について調べてみたけど、機械に付けるなんて思ってもみなかったし――Chronicle(クロニクル)ぐらいしか思いつかないよ……」

 

 女の子に名付けるならChloe(クロエ)Chronicle(クロニクル)ってどうかな、なんてね――と小さく付け加えた声をリリィは聞き逃さない。 本人は聞こえていないつもりだったのだろうが、ラウラのように製品番号みたいな名前しか持たない子供達を見て束が何を思ったのかわからないわけではなかった。

 若々しく美しい年代記――という意味にも捕らえることができる名前は、その人生全てを美しく生きて欲しいという願いが込められているのかもしれない。 自身が考えたラウラという名前より心が込められていると思うと、それでいいかも知れないと感じてしまう。

 何がネーミングセンスが壊滅的なのだ――間違いなく自身と血の繋がりは無いにしても、そこにあるのは純粋な願いだ。 名は体を表すという言葉があるように名前とはその者の本質を表している――束がそう育ってほしいと文字に乗せた贈りものではないか。

 

「あ、そうだ。 第二次世界大戦辺りってなら良いのあるじゃん――奇跡の……」

 

 しかし言葉は続かず遠くから響く轟音と振動によって空気が一変する。

 一瞬だけ前方の空が光り、そして起きた現象を警戒しリリィは管制指揮官としての役割を行うため束に高度を上げるよう指示――“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊は反対に高度を落とす。 既に海峡に差し掛かろうとしていたのだ、デンマーク機の事を考えてる暇がない。

 次の瞬間、リリィは全ての感情を押し殺した。 軍隊の歯車としての管制指揮官、現場を指揮する一人として命令を下す。 そこに個人の感情は必要ない――人間という名の歯車は人工頭脳のように冷徹な判断を正確に、間違いが無いよう下すため感情を消し去る。

 このような仕事をしているのだから人が死ぬとは当たり前だと割り切っている自分もいれば、正しい情報を伝え安全な策を講じれば良いと――そうすれば自身の知る人間が死ぬことはないと思い、この二年もの間永遠と繰り返した作業はリリィという存在を簡単に変質させた。

 たった二年――されど二年。 何百回ものスクランブルによって空に舞い上がった機体を導いてきたのだ。 人格が切り替わる程ではないが日常で見せる顔は既に影を潜めている。

 

「全機、作戦を開始せよ――落ちるなよ」

 

 その途端、鎖から解き放たれた猛犬のような加速を見せF-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”と“Eurofighter(ユーロファイター) typhoon(タイフーン)”は“シンファクシ”に向かう。 既に海面には複数の機体が燃えながら沈み――現空域にいるのは“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊の機体だけ。 おそらく任務開始を告げる原因となった光によって、先に空域内を飛行していた機体は全て撃墜されたのだろうと予測し情報を集めていく。

 イージスを始めとするAlpha(アルファ)隊は現状の高度を保ちつつも目標感に接近し、軽く旋回――迎撃がないことに違和感を感じているのか不用意に接近することなく、自身の目で状況を確認しながら低空を飛行し接近するBravo(ブラボー)隊とのタイミングを見計らい攻撃を仕掛けるため機体の背を海面に向け――機首を目標へ向けるとカタパルト部に向け機銃を掃射しながら落ちる。 通常なら対艦ミサイルを発射する距離だが、それはリリィによって禁じられており攻撃方法となるのは各機体に搭載された機銃と二発の空対空ミサイルのみ。 当然、空対空ミサイルによる損害も対艦ミサイルよりは少ないだろうが、どのような被害を招くかわからないため撃てやしない。

 “シンファクシ”のカタパルトは内部に設備されており、機体を打ち上げる方式で発艦させている。 着艦は後部の甲板で垂直離着陸機を下ろさせ船体内に回収をする設計となっているのだが、未だ使用されたこともない艦だ――リリィも話を聞いているのだが、それが実際に可能かどうかは知らない。 それでもカタパルトが設備されている場所は判明しているため、先に射出口を塞いでしまえば艦載機が飛び出すことは無いだろう。

 その予測は間違いなかったらしく、その後のアプローチで再度機銃を掃射しても艦載機が射出されることはなかった。

 三機掛りで大量の弾丸を叩き込まれてしまえば海水を取り込まないための綿密な――それでいて強固な装甲が歪み射出口は正常な開閉ができないまま、カタパルトから艦載機を打ち出すことができない。

 それと同時にBravo(ブラボー)隊の“Eurofighter(ユーロファイター) typhoon(タイフーン)”が潜水艦発射弾道ミサイルの開閉部を機銃で攻撃するが、こちらは装甲が厚く開閉も簡単な構造であるため効果があったようには思えない。 なんにせよ攻撃に移る隙を与えなければ良い――攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。

 

「目標、進路変わらず――迎撃する気がない?」

「――司令部からのデータ通信。 これは……!」

 

 新しく情報が出てきたのだろうかと司令部から送られてきた内容を見たリリィは息を呑む。 安心する反面、息を飲むような情報に急ぎ指示を出す。

 

「全機、新たな情報が入った――目標に核弾頭は搭載されてはいないが、それに準ずる兵器が搭載されている可能性が……っ!?」

『――つまり撃墜しても問題はないということだろ!』

「ダメだ、全機直ちに高度5,500フィート以上まで登れ! それか今指定した範囲外にでろ!!」

 

 再アプローチに入ろうとし旋回しているBravo(ブラボー)隊――カーニアの声が艦隊ミサイルの使用をリリィに促す。 もちろん異論は無いのだが、“Mave(メイヴ)”下部に搭載されたカメラは正確に“シンファクシ”の動きを捉えており、そこから覗く弾道ミサイルの形を司令部から送られた情報と照らし合わせる。

 核弾頭ではない――先も見せた光りを放った原因。

 

「早くしろ! 死ぬぞ!!」

 

 “ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊全員、リリィの焦る声に何かがあると理解しているため五機全てが“シンファクシ”へのアプローチをやめ上昇を開始――アフターバーナーによる高推力で空に駆け上がった。 またアプローチに入りかけていた三番機のカーニアだけ機首が完全に“シンファクシ”へと向けられているため、上昇するには多少時間がかかると判断し範囲外に出るため加速を開始。

 範囲に出るかどうかのところで船体から弾道ミサイルが打ち上げられた。 それは真っ直ぐ空に伸び“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊が飛行する高度の手前で爆発――強烈な光を放ち、海面に向かって光の雨を降らす。

 

『な、んだあれは……』

『ミサイルから降り注ぐ――自己鍛造弾(じこたんぞうだん)か!?』

『それよりも全機無事なのか!?』

「――三番機の機体を確認した。 なんとか範囲外に逃れつつ回避したようだ……」

『それよりもスカーレット――何だあれは!?』

「それを今から説明する――と言いたいが時間はないか……」

 

 既に“シンファクシ”は、その頑丈な装甲を盾に従来よりも変則的な発射を行うことで自身への被害を最低限に収め、同時に敵航空機となる“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊を遠ざけ――内部から爆発させたカタパルト開閉口から機体を射出し始めていた。

 複数基カタパルトを搭載しているのか一瞬で六機もの無人機が空を舞う。

 

「これより簡潔に状況を説明する。 いま発射されたミサイルは特殊炸裂弾頭ミサイルと呼ばれるもので、一定高度まで打ち上げられた後に炸裂――内蔵していた子爆弾を起爆地点中心に下方へと広範囲にわたり散布する対制圧ミサイルだ。 基本は潜水時に発射され高度4,000フィート前後で炸裂し、5,000フィート以下の機体に損害を与えるもので――当然、使い方によっては対地対艦としても使用できる」

『――つまり俺達より先に出てた奴らは全員、あれに……』

「落とされたんだろうな、あの瞬間に……。 海上に浮いている破片のマーキングから間違いなくイェファー航空基地“Tornado(トーネード) IDS”だ……」

 

 もう少し早く作戦区域についていれば異変に気がつき回避命令を出せたのかもしれない――だがもう遅い。

 

『他のヤツらは一体何をしているんだ――そこまで複雑な海域でもなかろうに……通信が届いていないのか? 仕方がない、射出された機体を撃墜して“シンファクシ”の足を止めるぞ!』

「その通りだ――全機、射出された敵機を撃墜せよ。 “ Schwarzer(シュヴァルツェア) 3”聞こえているな」

『あ、ああ……』

「この状況で、お前だけが狙われず自由に動ける――“シンファクシ”に対し低空で再アプローチを仕掛け対艦ミサイルで風穴をあけてやれ! 海域を汚染するような危険なものは積まれていない、何も気にせず思いっきりやるんだ!!」

『……了解(ウィルコ)!!』

 

 再アプローチという重要な任務を与えられカーニアは自身とイージス達が置かれている状況の違いを見たのか少し戸惑いながら返答する。 実際、“シンファクシ”から射出された六機は真っ直ぐに“Mave(メイヴ)”を含めた六機に向かっており、カーニアが乗る“Eurofighter(ユーロファイター) typhoon(タイフーン)”への妨害はない――間違いなく気がつかれる前に対艦ミサイルの射程圏内に入ることができるだろう。

 空に白い線を引きながら射出された敵性航空機とドックファイトに突入する五機をモニターで確認しながら、そのダンスの相手をリリィは冷静に見る。

 AV-8B“Harrier(ハリアー) Ⅱ”が四機にF-35“Lightning(ライトニング) Ⅱ”――主翼や垂直尾翼から見ておそらく未だ飛行試験を開始していないC型が二機だろう。 それら有人機が特殊炸裂弾頭ミサイルで自由になった空に妨害されることなく舞い上がり、“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊に襲いかかった。

 F-35“Lightning(ライトニング) Ⅱ”は“白騎士事件”でリリィが“フリーダム”として撃墜した機体で未だ完成し納入されたという話はない。 第502戦術飛行隊に所属する二番機パイロット、ユージェーニー・ダルダロス大尉が搭乗していたという報告を受けてはいるが、その機体の出処は以前不明。

 元々“シンファクシ”に搭載する予定で極秘裡に運び込まれたF-35“Lightning(ライトニング) Ⅱ”を使用したというのなら説明つかない状況は解消される。 なにせ彼女の隊を率いるのは常に仮面で目元を隠し上層部の信頼を得ているトライワイトだ。 極秘裡に運び込まれた機体を使用する許可ぐらい適当な理由で簡単に取れるだろう。

 ――あの“Harrier(ハリアー)”パイロット、やるな……。

 そもそもAV-8B“Harrier(ハリアー) Ⅱ”とは攻撃機であり、いくら空戦での機動性を向上されるために改修されたとは言え、多用途戦闘機(マルチロールファイター)である“Eurofighter(ユーロファイター) typhoon(タイフーン)”に後ろを取られながらも被弾することがないのは腕の良い証拠だ。 機銃による攻撃を囮らしき機体が回避すると、その攻撃時に生まれる隙をついて別の機体が“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”機を狙って攻撃を仕掛ける――良い連携だとリリィは素直に感心した。

 

「リリィちゃん、目標から新たに三機が射出」

「――ん、あれは……っ!? “ Schwarzer(シュヴァルツェア) 3”、アプローチを中止! 中止!!」

 

 本来ならばカーニアの操縦技術は決して低くはなく、三機程度なら多少手こずるだろうが作戦行動が不可能というほどの驚異ではない。 だがリリィはモニターに映る三機を見た瞬間再び叫ぶ。

 ――なぜアレが……。

 無人偵察機開発計画で開発された機体によく似ているため、その性能を知っているリリィからしてみれば不明機でも驚異の対象だ。 少し見ないうちに改修されたのだろうか――ソレは無人機であるがために死を恐れることがなく、友軍機の大半を撃墜されることを前提に敵を撃墜する戦術を取ってくるのは間違いない。

 なにせ人工頭脳“Scarlet Ⅲ(スカーレット・スリー)”を開発する前に生み出したプランを採用した場合において、合理的な機体形状をリリィが簡単に書き上げ――その設計を極限まで煮詰めたのが、いま二人を乗せて飛んでいる“Mave(メイヴ)”なのだ。 不明機であってもソレに限りなく近い構造をしている時点で、行動パターンを知らないわけがないのだ。

 

『スカーレット、こいつらは一体なんだ!?』

「――間違いない、この動きは……。 気をつけろ! ソレは同列機が一定範囲内にいる場合、与えられた情報を元に囮、撹乱、撃墜の役割を分担し確実に敵機を落とすことを目的とした無人機だ。 回避することだけを考えろ!!」

『とは言うがっ! こいつら、しつこい……!!』

 

 イージス達はAV-8B“Harrier(ハリアー) Ⅱ”を二機撃墜したとは言え、それでも戦力差に大きな差は無く援護に向かうことは難しい。

 無人機の能力は以前束が作成したシミュレーターを使用し、対未確認人型兵器による現行機との格闘戦訓練をプログラムの動作確認を兼ねて行ったことがあったが――ほぼそれと同じレベルの判断や操縦技術が必要となる。 手足がない分、不条理な機動はしないだろうが人がいないメリットを最大限に使い動いてくるのが特徴だろう。

 ――“Mave(メイヴ)”を動かすか、いや……できない……。

 本来管制機が戦闘行動に出ること自体ありえないのだが“Mave(メイヴ)”は管制機でもある戦闘機――問題は無く戦闘行動に参加するだけの性能は持たせている。 だが味方の大半を無視し持ち場を離れるというのは、その味方を見捨てるということにもなる――なんとも曖昧な立ち位置に存在する機体だと動くに動けない状況に苛立ちが隠せない。

 守れるだけの力があるというのに行くことができないという虚しさにモニターに映る無人機を睨みつけた。

 

「“ Schwarzer(シュヴァルツェア) 1”、援護しに行くことは可能か!?」

『まだ相手はAAMを持っているんだ――そんな相手に背を向ける事ができるか!』

 

 それもそうだ――射出され空対空ミサイルを放たれないよう“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊全機、パワーダイブによって敵機よりも先に機銃による牽制を行うことに成功しており放たせなかったものの、その驚異は未だ翼にある。 そんな相手に背を向けるということは後ろから撃たれる可能性が多いにあるということ――つまり死ににいけと命じているようなものだ。

 そんな事を言いながらもイージスは援護に向かうため機体の限界以上の機動でAV-8B“Harrier(ハリアー) Ⅱ”の後ろを取ると機銃を数発放ち空から引きずり落とす。 煙を吐きながらも爆発することなく海上に落ちるとは運がいい――そう思うも余計な思考だと切り替える。

 これで残り三機。 だがそこにはF-35“Lightning(ライトニング) Ⅱ”が残っている――AV-8B“Harrier(ハリアー) Ⅱ”のパイロット以上に手練で、ウエポンラック以外にも胴体内にミサイルを隠し持っていたらと思うと不用意にカーニアの援護に向かいことはできない。

 カーニアも善戦しているのかアフターバーナーを使用し続け無人機特有の機動性から振り切り続けているも、燃料が何時まで持つかわからないため早めの援護が求められる。

 ――Check objects flying at high speed within the radar range……

 コクピット内に唐突に響くアラートに苛立ちながらもリリィはモニターに視線を落とす。

 普通であれば機体が空中分解する程の速度で現空域に近づくレーダー上の点に驚きながらも、リリィは一体何がと表示された所属不明機を確認するため機器を操作し――その文字は即座に不明機からCFA-44に変わる。 直後、海面を一つの光が走りカーニアの機体を追っていた無人機に着弾――爆発し破片が海に落ちていく。

 何度か開発過程で見た電光に理解が追いつかない。

 

『“ Schwarzer(シュヴァルツェア) 2”、作戦行動に参加する――“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”……指示を』

 

 聞き間違えるはずがないクラウスの声に、今目にしている光景が自身の否定したいがための幻覚ではない――歴とした現実のものであると我に返る。

 

「……クラウス? その機体を、一体どこから……」

『その話は後だ。 三番機の援護を開始する』

『助かる!』

 

 あのあと一体何があったのかリリィに知る術は無い、だからこその問いかけをクラウスは跳ね除け両翼に取り付けられ空になった増槽を落とす。 現状を覆すには必要な増援――仕方がないと困惑しながらもリリィは任務中に説明したことと同じことを伝えた。

 その間にもCFA-44から放たれる光――左右のウエポンベイに搭載されたレールガンユニットから撃ち出された弾丸は無人機に回避する暇を与えず直撃し、同時に弾丸の通過時に起きる風が海水を巻き上げ低空飛行していた後続機に降りかかる。 そこをすかさず三射目と撃ち抜こうとするも、巻き上げられた海水によって無人機は低空飛行を危険とみなし上昇、無念にも光は何も捉えられない。

 しかし今までの加速で得た距離は無人機を既に有効射程圏内に捉えており、主翼下に取り付けられた空対空ミサイルをスライドアップさせ無人機に向け放つ。 回避行動に移る無人機を猟犬にように空対空ミサイルは追いかけるが、その移動先を予測したかのようにCFA-44は目の前に移動してきた無人機を機銃で蜂の巣に――そしてミサイルが追いつき無人機を鉄屑へと変えた。

 リリィが発案した時のプランであれば接近を感知した無人機は散開し四方から取り囲むように攻撃を開始するのだが、レールガンユニットの長射程の前には機影を捉える前に撃墜されるのは仕方がないのかも知れない。 それに加え撃ち出された弾丸が着弾するまで十秒もかからないというのも理由としてあげられるのだろう。

 

「無人機全ての撃墜を確認――ノア中尉無事か!?」

 

 レールガンによる長距離狙撃という神業は無人機に気がつかれる前に撃墜できる有効的な手段なのは理解できる――だが直進していただけとは言え移動から三機目撃墜までに見せたCFA-44の機動は、明らかにパイロットにかかる負荷の限界を超えるほどのものだ。

 “Mave(メイヴ)”ですら無人機を改修した設計のため安全面においては他の軍用機以上に慎重な調整を行い整えられているが、CFA-44に至っては試験機――ロールアウトされたわけではない。 まだテスト段階の調整中――そこにパイロットの安全は確保されておらず、骨折や身体を強打していてもおかしくはなかった。

 ある意味、試験機のデメリットでありメリットがCFA-44の機動に現れている。

 

「この感覚……!」

「――わかってる。 レーダーに反応」

 

 しかし味方の無事を噛み締めている暇はない。 二人の感じ取った鋭い気配に“Mave(メイヴ)”は回避行動を取り、その場から落ちていく。 管制機という役割を捨ててでも高度を下げる必要があった。

 ――五時方向……ほぼ真上か!!

 その位置情報を束の方へ送り視界いっぱいに広がる海へ落ち続ける。

 

「全機に告げる。 未確認人型兵器の反応をキャッチした――これより当機は戦闘行動に入る。 “ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊は作戦を続行せよ」

『なんだと!?』

『ちっ、こいつらがいなければ援護に!!』

「いいな、“シンファクシ”を逃すわけにはいかない。 作戦を続行せよ!」

 

 援護はいらないと告げ回線を切り――即座に戦闘用のシステムを起動させた。

 “白騎士”にも使用した機能は正常に作動し始め身体に対する負担が減りはじめる。 普通に飛び、ロールしながら下降しているのにも関わらず負荷が減り余裕が生まれるとリリィは余計な情報を消し人型兵器だけの情報を表示。 その全てを人工知能に敵として認識させていく。

 既に幾度も未確認人型兵器と敵対したため人工知能もすんなりと敵対認識し、モニターに映る不明機(アンノウン)の文字が(エネミー)に変わると、“フリーダム”からコピーしたデータベースの中に該当する機体がないか照らし合わせ始めていく。

 ――AMF-101 Dinn……

 該当機を発見したのか二秒ほど点滅したあとモニターに詳細が表示される。

 

「対象は――空中戦特化タイプか……。 束、私達だけで撃墜はできると思う?」

「――機銃の残弾は?」

「600発だけ」

「なら大丈夫。 二人でなら、やれるよ……!」

 

 横目で搭載武器を確認しつつも束は操縦桿を引きピッチアップ――“ディン”の射程外からアプローチを仕掛けるため距離を離し出方を見つつも、表示される情報から散弾の文字を見て格闘戦を避けるよう束に提案。 しかし核弾頭が積まれていないとは言え“シンファクシ”を逃すと、後に世界を揺るがしかねない巨大な爆弾となるため“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊を援護に戻すわけにも行かない。 爆弾の処理はできるだけ早めに行わなくては、いつどこで爆発するかわかったものではない――そのためには今ここで“シンファクシ”を止めるか沈めなくてはいけないのだ。

 二人の中から援護の文字は消える。

 いくら“白騎士”にも搭載したシステムを使用しているからとは言え、単機で未確認人型兵器を撃墜しようという考えは早計だっただろうか――そう思うも“フリーダム”を手に入れたあの日から、一人ででも人型兵器を無くすために動こうとした。 なら今、リリィの中にある不安という感情は甘えだろう。

 餌として誘き寄せるために束を生存させ続けなくてはいけない思考が、リリィの判断を鈍らせている。 これではダメだ――そう頭を振って歯車から外れかけた思考を戻す。

 

「“ディン(ヤツ)”の機動性を削ぐ。 空対空ミサイルによる反撃と接近時の散弾に気をつけろ」

「――わかった!」

 

 多くの目が向けられ記録されている戦場で、このような行動には出たくなかったが時間がないのだ。

 このような状況になるとは想定していなかったわけではないが、それでも軍隊という枠組みから逸脱した行動で起きる問題はリリィにとって束の存在が露見するという危険性がある。 いくら篠ノ之束は日本にいると言われても、本物は“Mave(メイヴ)”を操る彼女なのだ――できる限り戦闘が記録される状況は避けたい。

 

「目標の移動を確認」

 

 完全な出現をする前に仕掛けられなかったのは悔しいが、散弾銃を出現中に振り回されるよりはマシだろう――と上空にいる“ディン”を見た。

 機体の背を向けながらも射程外を飛行する“Mave(メイヴ)”に対し、“ディン”は両手に持つ武器を構え迎撃する意志を見せる。 距離が距離だ――撃ったところで届く前に弾速は落ち海に落ちるという結果が目に見えているため、警戒するだけで飛行を乱すことはない。

 理解ができない敵ではないのだからこそ、この距離を保ち隙を伺う。

 空対空ミサイルがあれば、また打てる手も変わっていたのだろうが“Mave(メイヴ)”には機銃のみ。 胴体下部のハードポイントには、この空域に到達するまでに使用し多少残った燃料を収めている増槽だけで武器になりそうな装備は機銃以外何もない。

 仮に増槽の燃料が半分以上残っていたとして“ディン”が“Mave(メイヴ)”を追うような事にでもなれば、燃料を含んだ増槽を切り離し何らかの衝撃を与えることで爆発を与える事が出来るのだろうが、そんな子供騙しで撃墜できるのなら編隊を組み対応させる必要もない。

 手詰まりだった。

 それでも束は徐々に機体の高度を少しだけ上げながら加速し襲いかかる。 一瞬の交錯――“ディン”は間違いなく迎撃のため19mm重突撃機銃に指をかけたが、それよりも早く“Mave(メイヴ)”の機銃が火を噴き通り過ぎた後に爆発。 

 ――見える範囲での異常はなし……システムも正常。

 被弾は無いとモニターに映る情報を確認し目視で主翼を確認、再度モニターに目を落とし気を引き締めた。

 途端、アラート――後方から迫る反応が複数出現したことから、空対空ミサイルの飛来を察する。 かなりの速度で距離を詰められていることに束は高度を下げながら機体の速度を上げていくが、空対空ミサイルは距離を着実に縮め着弾――せずに半ロールした“Mave(メイヴ)”の下方を通過。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 従来機であれば着弾は免れない。 しかし“Mave(メイヴ)”に限っては本来上下に動くはずのない主翼が動く――非戦闘時は可動範囲をシステムによって限定している主翼を、そのシステムを解除した結果、僅かな操縦桿の傾きでさえ全ての翼が大きく動き機体の安定性を放棄する代わりに驚異的な機動力を発揮する。 本来の飛行では翼が動いていることさえ分からない些細な変化で現行機と同じ機動性を持つのが、まるで知能を持った無人機のように動くのだ。

 空対空ミサイルのコースから大きく外れた。 パイロットにかかる負荷を無視し機体は大きく束が操縦した方向へ動き、“白騎士”に搭載した“PIC System”が二人の負荷を大幅に軽減させる。

 目標が直前に消えた空対空ミサイルはそれでも追従しようとするが既に目標を大きく越しており、誘導限界を見越した回避だった。 近接信管であれば被弾、もしくは撃墜の可能性もあっただろう。 だがミサイルは限界を超え散らばりながら燃料がなくなり海面に落ちていく。

 “白騎士”を開発した成果が“Mave(メイヴ)”には反映されているため、束にとっては当然の結果であり驚くこともなく機首を再び“ディン”へ向ける。 残る装備は僅かな空対空ミサイルに22.5mm対空散弾銃のみ――十分驚異ではあるが時間をかければ問題なく対処は可能な状況だった。

 ちらりと水面下で何かが発光したように見える。 爆発ではない――何か、光の線が海を横切ったのだ。

 

「……なんだ?」

 

 その光が気になってしまうほど、リリィの関心は海に向けられ――機体のロールにより空に引き戻される。 何度も何度も機体の位置をロールしながら変え、残る空対空ミサイルや22.5mm対空散弾銃の全てを躱しきり機銃の有効射程距離に“ディン”を捉えた。

 ほんの少しだけ機首を調整し束はレティクルの内側に見える“ディン”の22.5mm対空散弾銃とそれを持つ腕、その後ろにある胴体と翼を破壊する気で引き金を引いたのだろう。 一瞬のうちに何十もの弾丸が放たれ、まず最初に一番脆い22.5mm対空散弾銃が火を噴き、胴体が凹み――貫かれる。 薄い翼ももがれ、腕の付け根から接触不良による火花が散っていく。

 交差する直前、リリィはその様子を確認し――“ディン”の単眼もリリィという存在を確りと捉えた。

 

「未確認人型兵器の撃墜を確認。 まさかこうも簡単にやるとは、流石だ」 

「ふふ~ん♪ もっとほめてほめて~」

 

 脅威が取り除かれたことにより一部戦闘用のシステムを従来のものに戻すと、“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊との通信が回復する。

 

「“ Schwarzer(シュヴァルツェア) 1”、こちらは未確認人型兵器の撃墜を完了した。 状況を報告せよ」

『――すまない! 目標を撃墜しそこねた!!』

 




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✔空間受動レーダー 【技術】
 FFR-41“Mave(メイヴ)”に搭載されている最新のレーダーシステム。
 敵機がいかに電磁的、光学的なステルスを発揮しても押しのけられた大気そのものを誤魔化すことはできない。 それを探知することで敵機の位置を絞込み発見するシステムである。
 元々“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が次世代のレーダーシステムとして開発していた中から一部を取り寄せ、篠ノ之束の手によって製造された。

✔空中給油機 【機体】
 飛行中の航空機に対して給油を行う航空機のことで別名タンカー。
 基本的に専用に開発されることはなく輸送機等を改造して作られ、輸送スペースと給油用燃料タンクによって最大離陸重量のバランスをとった構成となっている。 給油機の登場によって陸上基地への帰還をすることなく燃料を補給することを可能とし継戦能力が向上した。
 最も多くの空中給油機を保有しているのはアメリカ合衆国で800機以上が生産された。

✔フライングブーム方式 【技術】
 空中給油の一つで主にアメリカ合衆国が採用している方式。
 アメリカ合衆国が開発した空軍機は全て給油方式が統一されており、機体に受け口が備え付けられている。 そこへ細かい調整を給油機側で行い差し込むことで、受け手側へ負担をかけることがない給油を可能としている。
 自国で機体を生産できるため他国の給油方式に合わせる必要がない結果生まれた方法。

✔プローブアンドドローグ方式 【技術】
 空中給油の一つで別名ホースアンドドローグ方式。
 先端にエアシューターがついたドローグと呼ばれるホースによって給油機から燃料を給油していく。 比較的低コストで給油機を揃えることができるため、共同開発機等は基本的にプローブアンドドローグ方式のアタッチメントを備え付けている。
 給油中にドローグが破裂すると給油されるハズの燃料が行き場所を失い、その移動によって生まれる力がホースを大きく動かすことから給油が難しい。


《クラリッサ・ハルフォーフ》

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