世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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023 25,Dec,2010/Anxiety

「そういえば、ハルは何でスカーレットに付いていこうと思ったんだ?」

「――え?」

 

 ケイア・ラズフィート――“Flabellum(フラベルム)”隊時代に束の飛行訓練で仮想敵として敵勢航空機役を数多く務めた女性は唐突に束へ問いかけた。

 既に十二月の格納庫は電子機器を狂わせないよう最低限のスペースに石油ストーブが配置されているのだが、電気ストーブや空調を配備すると少量でも馬鹿にならない程の電力を持っていかれるためか基本的には禁止されており、そのため格納庫内は厚着をしていない人間にとっては物凄く寒い環境にある。 作業着で動く整備員は「寒い寒い」と何度も口にするも、純粋なパイロットであるためかジャケットの上にコートを着ているケイアのような者達と比べたら明らかに薄着だから仕方がない――それでも手を止めることはなく、その場にいる誰もが“Mave(メイヴ)”のメンテナンスを着実に進めていく。

 格納庫の作りは確りしているものの戦闘機を迅速に、そして安全に外へ出すためには多少の隙間風が内部に入ってくるような構造になってしまうのは仕方がないことなのだろう。 束もカイロを衣服のいたるところに忍ばせて寒さに耐えているが、そんな現場に見るからに暖かそうな服装をした人間を見たら多少ではあるが腹が立つし、着ている衣服を剥ぎとり寒空の下に放り出したくなる。 当然、やる気は起きないし時間がもったいない。

 ――私がリリィちゃんに付いてきた理由、か……。

 その質問に対して回答しても良いのだが今は答える気力がない――タイミングが悪い時に質問してきた事にケイアに対して更に苛立ちが募るが、二十五歳というのはまだまだ学生から脱した程度の年齢。 成人を迎えたら大人に成るのではなく、大人に成れとはこの事だろうか――機会を見て話しかければ良いものを、何故“Mave(メイヴ)”の人工知能ユニットを機体から取り外している時に話しかけたのだろうか。

 そんなことを思いつつも取り外した人工知能ユニットを持って“Mave(メイヴ)”から降り作業場に置くとポケットに手を突っ込み冷え切った手をカイロで温める。 感覚が無くなりかけていた指先から徐々に何かが戻っていく。 感覚、暖かさ、余裕――そこまで戻ってくると会話する気力さえ戻ってくる。

 その姿に差し入れと称しポケットから暖かそうな缶コーヒーを差し出され、それを受け取るとカイロとは比べ物にならない暖かさに苛立ちが静まっていく。 大人っぽい事をしたいのか、それとも形から入るタイプなのか――それとも束自身がまだ子供なのか判明しないが多少の休憩を挟んでも良いだろうと自分を甘やかし椅子に座った。

 人工知能ユニット――“雪風”と名付けられた“白騎士”にも使用された同型のコアを内包したそれを点検するのは温まってからでいいだろう。

 なにせ“白騎士”を製造し最終調整を行ったのが気温が高くなり始めた夏の初め――薄着をしたり冷房を付け作業をすれば何も問題はない状況だったのだが現在は寒さに耐えながらの作業。 コアの取り扱いは細心の注意を払い行わなくては何が起きるか束にもわからない。 コンディションを整えてからでも文句は言われないはずだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「脈絡もなく一体なんだい? そんなに不思議なことなのかな、私がリリィちゃんについてきたって言うの」

 

 現実的に考えれば束の存在はドイツ国内ではグレーゾーンの直前――で済むはずもなく、法律を飛び越し複数の違法行為で成り立った土台の上に足をつけている状態。 咎められれば言い訳ができないほどの違法行為に足元は染まっている。

 一般的な感性があればリリィに付いていくということはドイツ連邦国防省連邦防衛軍という国家に近づくということを指している事に気が付く――つまり非常に目をつけられやすい位置に近づいてしまうということを示しており、咎められる確率は倍に跳ね上がるのは想像に固くない。 それでも束はリリィと共にドイツの地に足を踏み入れ偽装国籍と技術大尉としての地位を手に入れた。

 もちろんソレが一般人ならばドイツという国家は束という存在を法律の元に裁くのだが、“白騎士事件”の中心人物――詳しい技術や情報を持っているという結果が彼女の土台の下にある。 ただの民間人とは違う特別な存在であるために手を出すことができず、様々な違法行為となる状況を国家が黙認しているのだ。

 もちろんそのことをケイアは“Flabellum(フラベルム)”隊に在籍していたため事情を知っている。 どのように解釈されているかは知らないが、目の前にいるのが今現在世間を騒がせている篠ノ之束本人であることを理解しての質問なのは確実だろう。 ならばリリィが口にする建前や言い訳ではない――篠ノ之束個人としての答えを欲して問いかけた疑問である。

 一体、どのような回答を求めているのか判断がつかず束は質問の真意を問いかけた。

 

「そうだ――時の人として全世界で取り上げられている人間が、どうしてスカーレットのような……ただの子供のようにしか見えない人間に安易に付いていく決断をしたのか不思議で仕方がない。 別に住んでいたところが壊されたといっても、あの功績だ――住む場所なんか幾らでも作れるだろうし提供すらされるだろう。 だが“白騎士”を作り上げ今もなお“Mave(メイヴ)”という特別機(スペシャル)を手がけている篠ノ之束という天才は私の目の前にいる。 不思議じゃないか……どうして羨望(せんぼう)の眼差しから逃げ不自由な生活を選ぶ?」

 

 つまりケイアはこう言いたいのだろう――“白騎士”を作った功績で得た莫大な何かを捨ててまで一体何故リリィについてきたのかと。 日本に居続ければ今頃は賞賛され莫大な利益を手にしたのではないか、そう思って口にしているのだ。

 

「まるで私が目先の利益や特別視されたいっていう願望持ちの様に聞こえるね」

「気に障ったのなら謝ろう――だが違うのか? 違うのなら答えて欲しい――私には理解できないんだ、その思惑が……その考えが。 家族を捨て栄誉を捨てスカーレットについていくという事が私にはデメリットにしか思えない」

 

 確かに人間という存在は大半が目先の利益、確実に自分自身へ利益が戻ってくるものであれば取り入れる種族。 当然のことだが束も人間であるためそれに当てはまる――それでもその目先の利益を捨ててまでというのが理解できないらしい。

 別に全ての人間が自身の利益になることしかしないというわけではない。 というよりも利益と不利益、この二つは相反するような言葉ではあるが世界は常に同時に突きつけている。

 何かを得るために何かを失い、何かを行うために時間を失う――所謂(いわゆる)等しい価値を有する物を相互に交換するという等価交換という行為である。

 自身の利益(メリット)を得るために不利益(デメリット)になるモノを同時に選ばなくてはならないと言えばわかりやすいだろう。 そう利益と不利益は相反しているように見えて常に隣り合わせに並んでおり、そこに一方的な利益などは存在しないのだ。

 ケイアには利益は見えているようだが不利益の方が曖昧に見えているのだろう。 だからこその質問だと束は確信する。

 

「もっとシンプルな答えだよ。 ただリリィちゃんとに一緒にいたい――それだけさ」

 

 “白騎士事件”後の自由という時間を奪われ栄誉と血塗られた手を与えられるぐらいならば束は間違いなくリリィとの自由な時間を選ぶ。 ただ篠ノ之家――特に箒や千冬を人質に取られた時点で、その安全と引換えに前者を受け入れる覚悟を決めざる負えなかったが、それすらも“フリーダム”というリリィの存在が新たな利益と不利益を束に与えた。

 それに束は家族を捨てた覚えはないのだ。

 家族や親友を守るために自らその者達との時間を捨てた――だが、そこに全ては含まれてはいない。 共にいるという時間を無くすという不利益を選び他者の安全を相手に強要しただけで、そこに今まで築き上げた縁や思い出、記憶、感情までを含めてはいないのだから。 縁があればまた出会える――今生の別れなのではないのであれば幾らでもやり直せる。

 本当ならば自身の恋心と望む平穏を同時に叶えるために日本で――それも箒や千冬達を含めた関係を保ちつつ争いとは無関係な日常を過ごしたかったのだが、それは“白騎士”というリリィに出会うための鍵によって選べない。 ここでも淡い恋心と今までの日常、このどちらかを利益不利益の天秤にかけ――結果、束は恋心を取り“白騎士事件”によって今までの日常を捨てざるを負えなかった。

 

「――つまるところ、純粋にスカーレットが好きという理由か。 確かに世界には生まれた地を捨て恋し、そして添い遂げ生きていくのをテレビで見たことがあるが……なるほど、そういう答えなのか」

 

 そうやって全ての思いをリリィに向けなければ会うことすらできなかっただろうし、ドイツにまで付いてこなければ二度と会えなくなっていただろう。 居場所まで判明できたとしてもリリィの興味を引くことはできなかったかもしれない――ならば非日常に足を踏み入れてしまったことに後悔するが悔いはない。

 今もリリィに向ける思いだけは不利益を被ってでも曲げる気はなかった。

 

「スカーレットも愛されてるな……なんだかいろいろ羨ましいよ」

 

 十分に温まった手は缶コーヒーを静かに開け口に運ぶ。

 もしも全てが終わって束が望む日常が戻ってきたとして、果たして隣にはリリィがいてくれるだろうか、そんな平和な世界で笑って過ごせるだろうか――そんなことを考えながら冷えた身体に暖かい燃料(コーヒー)を流し込む。 作業着の中に数枚ほど着てはいるが、それでも隙間から入り込んできた風は作りが荒い作業着を貫き束の肌を撫でる。

 まるで束が求める日常には寒い未来――リリィが隣に居ることはないであろうと言われているようで、なんだか悲しくなった。

 ――リリィちゃんって、私のことどう思ってるんだろう……。

 今更ながら自身がリリィに向けている好意は本物であるが、反対にリリィは束自身をどう思っているのだろうかと気になり始める。

 既に長い年月を共に過ごしてきた気がしていたが始めて出会ったのは半年前――いくら束がリリィを当初から知っていたとは言え、リリィからしてみれば束という存在は初めてであった誰かなのだ。 そんなリリィが自分を見て何を思っているのだろうか。 “白騎士”の開発者だろうか、それとも爆弾のような危険人物だろうか――そう頭を悩ませ続けると徐々に嫌な感覚しか生まれてこない。

 そういえば今までリリィは束からの好意に隠された真意を汲み取り、そこに危険な思考が混じってないか分別し受け流しているだけだったが、束に対して好意を見せたことが一度たりともなかったと思い出す。 ただ束の心配をし見守っているだけ――そこに期待しているような感情は込められてはいないのだ。

 今まで一度も考えたことがなかったが自分はリリィに嫌われているのだろうか――いや、それはないと即座に否定する。 嫌われていたのならば“白騎士”と共にあの夜、あの場所で――千冬の前で束の命は潰えていただろうし共にドイツで住むことはなかっただろう。

 ならば好かれているのか――その疑惑も即座に否定。 リリィにとって人間関係というものは荒波が立たず円滑に進めば良いもので、そこに束への愛はない。 おそらくではあるがリリィにとって人間関係とは円滑に運べば良いものであり、そこに信頼や友情は無く――あるのは平穏を求め全ての関係を打算的に組み上げ動かすだけの数字だ。

 人道的に反した行為を嫌うからこそ、きっとリリィは平穏を求めて心を無にし自身との関係性を数字に置き換え計算し未来を構築し続け動いている。 だからこそ束やラウラとの関係も上司と部下、人質という書類上の文字としかリリィは認識できていない――そう思ってしまった。

 もっと簡単に言ってしまえば目に留まる程度の存在という感じだろう。

 今はそれでいい――きっとリリィは今のままでは束という個人を恋愛対象として見てくれない。 それでもいい。 今は数字の存在でもリリィはいずれ自分が他人をどのように見ているか気が付き、そのとき他人という存在を数字ではなく人間として認識するだろう。

 そのとき束は笑っていられるだろうか。 今もなお見知らずの大地で笑っていられるのはリリィがいてくれるからなのだが、そのリリィが良い方向ではあるが変わってしまう――そのとき自分は笑っていられるだろうか、否定されないだろうかと不安になる。

 どのような感情を束に対し抱くかリリィではないから理解はできないが、その未知なる部分が怖かった。

 リリィという人間の内面をありもしないであろう妄想で型作り、一人不安になる――まるで頭が良いだけの馬鹿だ。 ありえないことだったと頭を振り不思議そうに見続けるケイアに意識を戻す。

 

「……やっぱ天才って言うヤツは不思議だな」

「――私は自分を天才だなんて思ったことはないよ。 巫山戯て口にしたことはあったかもしれないけど、私はただ人より出来ることが多くて頭の回転が速いだけの人間なのさ……」

 

 そう口にすると缶コーヒーの中身を飲み干し人工知能ユニットに目を向ける。

 幾つかの偶然が重なって天才だ等と言われているようだが束にとってみれば、ただ頭が良いだけの何も変わらない子供のつもりだ。

 そうだ“白騎士”も一人で考えついたわけではない――幼い頃に()()()()()()()()が脳裏にこびりつき、その通りにコアを作っただけで“白騎士”や“Mave(メイヴ)”を作れるにまで至っただけの話。 確かに元々の運動神経すら千冬より優れてはいたが、このような突拍子もない物を作れるほどの頭はしていなかった。

 今も昔と変わらず出来て当然のことをしてきただけ――ただ、その出来て当然という事が多くの人にとってみれば出来ないことなのだが、その比較対象となる同年齢の子供が近くにいなかったせいもあってか自身が異常であることに長い間気が付けないでいたのだ。 自分が出来るなら誰もができるはずだと、周りにいる子供達は何故意味のない馬鹿を演じているのだろうと不思議に思いながら手にした誰か(ゆめ)の功績は、それだけで篠ノ之束という存在を天才という位にまで押し上げる原因となる。

 その頃からだ、家族との関係がギクシャクとしたモノとなって家に居づらくなってしまったのは。 最初の頃は不思議に思われただけだったが、それがやがて気味悪がられ中学に上がると同時に織斑家に逃げたのだ。

 自身が異常者であることを認めたくなかった、普通であることの証明が欲しかった束は自分に似た異常者(だれか)を探し出しリリィを見つけ調べていくうちに惹かれていった。

 調べれば調べるほど会いたくなり、その足となる“白騎士”を作り上げ――普通だと思われたい人達から更に異常者を見るような目を向けられる。 最終的に“白騎士事件”の功績が束のささやかな願いを消し去り天才(いじょう)だ等と言わしめている原因なのだが、当然そこに束の心境を知る者は一人もいないであろう。

 

「大尉! “CCCNO(シースリーエヌオー)”社のトレーラーが来ていますよ。 頼んでいた新型のエンジンだそうです」

「えー、もう来ちゃったの? せっかく休憩しようかな~って思ってたのに……」

「――なぁ、まさか今“Mave(メイヴ)”を整備(バラ)してるのって……」

「少尉が思ってる通りですよ。 今回の作業で“Mave(メイヴ)”には“CCCNO(シースリーエヌオー)”社製の新型エンジンを搭載する予定になっています。 それと書類を受け取っているので、こちらに確認のサインを書いてください――それと大尉に面会をしたいと言ってきてますが……」

 

 怪訝そうな顔で書類を受け取ると束は引き出しの中から“Marks Horst(マークスホルスト)”社の社判を取り出し書類に押し付け、その後“Scarlet Lily(スカーレット・リリィ)”とサインを書いていく。

 ――面会って、まさかバレた……。

 束と“CCCNO(シースリーエヌオー)”社との間には接点はなく、あるとしても最高責任者の一人息子であるリリィと共に過ごしている程度だ。 他に何か理由はないかと考えるも任官してから希に電話に応答したり発注をかけたりする程度、特に面会をしたいと言われる程の不祥事を起こした事もない。

 ならば面会理由が業務上ではなく個人にあったのなら――本物の篠ノ之束という存在を“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は知っているというのなら、この面会は驚くほど簡単に理由をつけることができる。

 逃げたいと思うも逃げることができない。 ドイツに居るということを知られているのなら、いくら面会を拒否したところで再び束の前の姿を現すだろう。 姿をくらましても同じだ――自分が不審者(ほんもの)であると証明しているようなものではないか。

 対策もできていない今、下手を打つことはできない。 孤立することは既にリリィと話し合って下地ができるまではしない事にしている――してしまえば最終的に消耗させられ最悪の事態に繋がるのは目に見えていた。

 つまり今この場で束の存在を、ただのハルであると相手に証明しなくてはいけない。

 ――どうする……何もかもが私と同じ時点で向こうは篠ノ之束を見慣れてるはず……他人の空似とは通しづらい。

 現在、日本にいる篠ノ之束は目立った行動をしていない。 それは本物の篠ノ之束がどの様な行動に出るか予想ができないからだとリリィは言っていた――つまりその行動が予測できる、もしくは本物が対応出来ない状態にならなければ偽物は本格的な行動に移らないということだ。

 もし本物の束がドイツに居ると知られれば、偽物を支援する者達は積極的に自身に都合の良い方を残すため本物を暗殺しに何者かを差し向けるであろう。 成功すれば盤面狂わせる――最悪、その積み上げてきた全てを崩壊させることができるJOKER(ジョーカー)を封殺し、本物と何一つ変わりのない都合の良い篠ノ之束が残るのだから十分に可能性はある。

 そうなればコントロールできていたはずの引き金が動きを見せ、全ての人間を巻き込んだ大規模な騒乱が――戦争が起きてしまう。 そうなってしまったら束が守りたいと思う人達の安全は保証されない。

 下地ができてない状態で逃げても過程が違うだけで最終的に結果は同じだ。

 その支援する何者かが“CCCNO(シースリーエヌオー)”社ではないのかというのは安直な考えだろうが偽物を保護した企業でもあり、また遺伝子強化試験体実験に関わっているのだ――目的のためならなんでもするのであろう。 だがそうであるならば本物と遜色ない偽物がいる時点で、その技術は取り込むことに成功はしている――もしそうであるのなら考えれば考えるほど何がしたいのか理解できない。

 篠ノ之束を保護したという功績が欲しいのか――篠ノ之束と強い関連を持っているという強みが欲しいのか――篠ノ之束が所属しているという実績が欲しいのか。 いや、そんなことをしなくても“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は全ての国に強大な影響力を持っているため必要はない。 必要がないのなら本物を排除するという必要もなくなる。

 ならば偽物を支援するのは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社では無いのか――それもありえない。 現状、偽物とコンタクトを取ることができるのは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社――それも最高責任者の篠ノ之百合奈と幹部の数名だけ。 日本政府すら厳重なチェックを受け、ようやく面会することを許される程だ。

 あの複合企業が一体何を考えているのかが理解できない――それが一番恐ろしい。

 

「――忙しいって言ってくれないかな?」

 

 だから束は現状維持を選んだ。

 短いとは言えリリィと状況を整理するための時間を欲した。

 まさか正面から堂々と面会を希望するとは予想していなかったのだ。 何かしらの方法で見つかり監視される可能性は予想していたが、こうも本物がいるか確認しに来ましたよと宣言されては対応に困る。

 もしも本物と知らずに面会したとしても、そこにいるのは間違いなく篠ノ之束なのだ。 

 

「随分警戒されているようで――いや結構。 その気持ちは十分に理解できる」

 

 唐突に聞き覚えのない声が格納庫内に響き誰もが驚きに目を見張る。 ケイアに至っては机の下に隠されていたハンドガンをセフティ解除しながら構えるほど――その人物は気配もなくそこに立っていた。

 スーツ姿ではあったが顔をサングラスとツバ付きの帽子で隠し、表情から何を考えてるか理解させる気のない不審者は胸から下げる許可証が“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の――束に面会したいと言ってきた人物であると告げている。

 一目見ただけで全身に不快感がまとわりつく。 形容しがたい何かが目の前にいる人物から放たれているようで――いや、まるでリリィと初めて出会ったとき微かに感じた違和感を濃縮したかのような――そう背筋を走る甘い痺れに加え妙に刺々しいく冷たい氷を服の中に入れられた状況に近い寒気を感じる。 気味が悪いのにそれがどこか懐かしく心地が良い意味のわからない感覚に束は警戒した。

 それを感じなくても格納庫内にいる誰もが普通ではないことに気がついている。

 

「……許可もなく入ってきて盗み聞きとは良い度胸じゃん」

「忙しいという発言しか聞いていない。 特に困るような話を聞いたわけじゃないから安心して欲しいものだ」

「――私にその言葉を信じろと? それに私はそんなことを言ってるんじゃない、許可もなく入ってきた事について言ってるの。 ケイア少尉、銃を下ろして」

「嫌われたものだな、まぁ……当然か」

 

 口論しながら目の前に立つ人物を観察していく。

 敷地内に入った時点で不審物は持っていないはずだ――許可証を首から下げている事から危険物がないかチェックされ終えた後なのだが、この広大な敷地内に投げ込むことはできるしラジコンヘリのような物で空中輸送ができないわけもない。 それを回収されてしまえば点検されたとは言え幾らでも敷地内に不審物を持ち込むことができてしまう。

 問題は受け取るために監視カメラを抜け人目に付くこともなく迅速に行うことができるかどうかだ。

 見たところスーツに銃器や不審なものを隠している膨らみはない。 前を開けることなくスーツを着用していることもあり胸の膨らみから下は、その身体にフィットしている――下半身もズボンではあるが細身の足を魅せるような仕立てで銃器を隠していたら即座に分かるほど余裕のない確りとした作りになっている。

 だからこそケイアに銃を下ろさせたのだが、それでも即座に対応できるよう手放すことをしなかった。

 

「気になって仕方が無かったということにしておいてくれ。 なに、私は怪しいことは何もしてない――と言ったところで貴方のような頭の良い人間はそう簡単に他人を信じることは無い――だろう? ところで大尉というのは貴方でいいのかな。 名前を聞かせてもらっても?」

「……ハル」

「ではハル技術大尉。 受け取り証明の書類を頂いても?」

 

 机に置いてあった書類を手渡すとバインダーに挟み踵を返し格納庫から出ていこうとする。 まるで確認は終えたというように去っていく――だめだ、それでは束がドイツに居ることが“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に報告されてしまう。

 ハルという人間が本物の篠ノ之束であることは感が良い者ならば即座に分かる。 あの世界規模で報道された中継と全く同じ人間が二人もいるわけがない――世界に同じ顔をした人間は三人は存在していると言っても、真相がどうであれ目の前にいる存在が篠ノ之束ではないかと思い誰かに口にしてしまうのは人間であれば仕方がないことなのだ。

 

「――届け物ついでに“Mave(メイヴ)”を見に来た、という訳ではないのか?」

 

 出入り口の壁に寄りかかるようにいつの間にか入ってきていたリリィが道を塞ぎ、まるで知人を相手するかのような軽さで話しかける。 二人は顔見知りなのだろうかと思い心配しながら見ていたが“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の女性は歩みを止める気配はない。

 やがてすれ違うとき小声で話していたが、その会話内容が束の耳に入ることはなかったがリリィの表情が険しくなるのを見て大体を理解できた。 束に目を向けることはないということは、おそらく篠ノ之束のことについてではなく、もっと別の何か――それこそ核弾頭に関わるような危険な情報を耳にしたのだと予測できてしまう。

 嫌な予感がした――そしてその感覚は外れることが無い厄介事へと発展していくのが目に見えている。 政治的問題か戦争による対立か判断はつかないが間違いなく束はリリィと共に、その避けられない渦に巻き込まれてしまう。 誰かに助けを求めることはできない――あの人間が言うとおり、誰が敵か味方かも判断できない今は他人を信じることはできないのだ。

 結局、束は何も出来ぬまま“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の人間を見送ることしかできなかった。

 

「……リリィちゃん、あの人誰? リリィちゃんの……お父様っぽい感じだったけど」

「――私もクソ親父の関係で数回しか顔を合わせたことしかないけど、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社アメリカ支部長だと聞いてる。 本名は知らないけど、確かエストって呼んで欲しいとか言われた記憶があるよ――というか束は私のクソ親父を写真でしか見た事ないでしょ」

 

 予想以上の重役が現れたものだと内心焦る。

 巨大複合休業である“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は大きく分かれて六つの支部に分けられており、アメリカ支部とは広大な土地を効率よく活用した生産ラインで日本を除いた中で一番巨大な支部とされている場所だ。 その多くは軍需産業に割かれているらしいが、その実態は束でさえ掴むことのできない強固な防壁が築かれているほど――業務内容の多くが正体不明の部分を集めたような場所なのだ。

 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社は各支部に一人だけ役員を置き、その支部が行う業務を最高責任者である百合奈の指示を理由さえあれば無視、放棄することが可能で――尚且つ独自判断による行動を許される等、企業内で大きな権力を持つことを許されている。 それが束の前に現れたエストと呼ばれる女性の正体らしい。

 つまり“CCCNO(シースリーエヌオー)”社で篠ノ之束に関する情報を得やすい立場に居る存在なのだ。 間違いなく本物である束をその目で確認しに来たのだと自身の情報収集能力の低さを恨む。

 

「ごめんリリィちゃん、私……」

「過ぎたことは仕方がないけど一体何が目的か……。 確認か様子見――それとも本当に私へ伝言を伝えに来ただけ?」

「――そういえば際になにか話されてたね。 なんだったの?」

 

 しかしリリィは肩をすくめて発言を避ける。

 何を話したのだろうかと嫌な予感がさらに膨れる気がして表情が自然と歪む。

 

「ケイア少尉――今日のブリーフィングを一時間早めるよう口頭伝達を頼みたい。 詮索は無用だ。 それと外にあるエンジンはあのままにするのかい?」

 

 何か尋ねたさそうなケイアは上官命令であるため口を固くとじ敬礼すると格納庫から出ていき、リリィの言葉で“CCCNO(シースリーエヌオー)”社から運ばれてきた新型エンジンの事を思い出したのか作業員数名が走り去る。

 命じたリリィは机に置かれていたエンジンの受け取り証を手に取ると小さくため息をつき再び机の上に放り投げた。

 そういえばと詳しく書類に書かれた記載事項を読んでいないため軽く目を向けると、どうやらアメリカ合衆国本土から空輸してきたようだ。 どのような理由で支部長であるエストが他国で運送業の真似事をしているのか理解できなかったが、アメリカ支部から運ばれてきたのなら仕方がないのだろう。

 

「――日本で“白騎士”の解析実験施設案が政府に出され承諾された。 既に土地は抑えられており工事が着手されているらしい――そこに招待されたよ」

 

 まるで“白騎士”に対して知識を持っている人間であるから招待された気分だ――そう何とも言えない表情でリリィは口にした。

 今まで何かに招待されることはなかったのだろうかと聞きたかったが、この様子では無かったのだろうと予測する。 だが今回の出来事で今まで、そのようなことに声をかけられたことのないリリィが招待されたとなると“CCCNO(シースリーエヌオー)”社にはリリィと束が繋がっていることは筒抜けであると考えたほうがいい。

 ――本当に耳が大きなことで……。

 巨大な企業だとは理解はしていたが情報を早く正確に掴む能力の高さは束も想定しておらず思わず溜息が出てしまう。 これでは既に常にお前を見ているぞ、何時でも殺すことができるぞと言われているようではないか。 逃げたところで見つかるのも時間の問題――拠点を作り生活すると考えるなら遅くても三ヶ月で発見される可能性が非常に高い。

 

「ねぇ、もうさ――こっちから相手の真意を確かめに行ってみない?」

「――いや、訳がわかんなくて混乱するのはわかるけど何かがおかしいから冷静になろうか……。 まず既に居場所が判明していたというならば何故今まで仕掛けてこなかった? 束を取り込もうとするのなら箒達を人質に取れば束を動かすことは容易だったはず――だがソレをしなかったという事は技術を欲しているわけじゃないということになる」

「だから殺すって宣言なんじゃ……」

「一般的な要人を暗殺するというのなら別にそれも構わないと思う。 けど今回の目標は“白騎士”を開発した束だ――まして“フリーダム”に攫われたというのにドイツで平和に暮らしているという問題に気が付いていないということはありえない」

 

 そこまで言われて束も何かがおかしいことに気がつく。

 

「ありえないんだよ――“白騎士”という未知なる存在を作り上げた束の手の内は解析されているかもしれなくても手札は未だ伏せられてるのに、あえて宣言し暗殺する難易度を跳ね上げさせる理由が」

 

 言われてみれば確かにリリィの言うとおりだった。

 何故“フリーダム”によって攫われたはずの束に対して暗殺を宣言する必要があるのだ――普通に考えれば何事もなく暮らしてる束の近くに“フリーダム”が存在している可能性が高いと考えるのが普通だろう。 まして現在の科学技術では破ることが難しい防御機構を持った“白騎士”を作り上げた相手であるからこそ、その防御機構を小型化して持っていてもおかしくはないという考えも持つべきなのだ。

 現に防御機構だけを持たせたCoreー02をウサミミに搭載した実績があり、それは現在“Mave(メイヴ)”に搭載される人工頭脳の核として機能している。 実物は既にないが新規に製造し量産することは資材さえあれば可能だった。

 それらの可能性に気がつかない“CCCNO(シースリーエヌオー)”社では無い――ならば何故宣言するかのように姿を現す。 それではまるで暗殺に失敗することが定められているようではないか。

 ――いや、暗殺する気が最初からなかった……?

 暗殺する気がない――その可能性が頭に思い浮かんだ瞬間、二人は同時に顔を見合わせる。

 

「――もし最初から殺す気がなかったとして技術目的じゃないとしたら……」

「――もし“CCCNO(シースリーエヌオー)”が私じゃなく、全く別の何かを見ているというのなら……」

 

 束では無く別の価値が有る観察対象、それはもう一つしか考えられない――“フリーダム”だ。 “フリーダム”の実戦における運用データの収集――おそらく、いやそうとしか考えられない。

 公に実践運用を行うことができない“フリーダム”を始めとする人型機動兵器を作り出し、敵性機として第三国に差し向けデータを取り続けていたのだろう。 それが束を付け狙う敵の正体だと言われたら疑うことなく信じてしまうほどに、現段階では一番真実味を帯びた可能性だった。

 

「だけどリリィちゃん――もし人型兵器を“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が製造したとして、あの消滅の仕方は普通じゃないよ。 質量を全てゼロにし消滅させるだなんて、私達が理解できない時点で人ができることなの……? それにリリィちゃんと出会う前、私が襲われる原因に説明がつかないよ」

 

 だが理解ができない不可解な結果が二人に残される。

 篠ノ之神社上空での戦闘によって“ジン”三機が“フリーダム”によって撃墜されたのだが、その際に消失した装甲等の物質が灰のように消失していた。 機体の各部に数多くの爆薬を仕込んだとしても破片は残る事もなく消すことは不可能だといっても良い。

 未確認人型兵器を人が作り上げたというのならば“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は束よりも圧倒的な技術を手にしている事になる。 そんな相手が本気になったらと考えたくもない想像ばかりが脳裏を過ぎていく。

 どう足掻いても二人の行動は制限されてしまう。

 もしかしたら“ジン”程度の機体等しか揃えられてない今なら“CCCNO(シースリーエヌオー)”社を強襲し壊滅させてしまえるのではないか――そうすれば、こんな頭を悩ます状況にならないのではと突拍子もない事を思いつく。 だが人型兵器を製造しているのが“CCCNO(シースリーエヌオー)”社であると決まったわけではない。

 

「……やっぱり、こっちから乗り込んでみる?」

「確かにクソ親父なら人型兵器を作ってないにせよ、そういう情報はもってそうだ……。 あんまり会いたくないけど仕方がないか」

 

 実の親だというのに会いたくないという気持ちは少なからず理解できるため慰めの言葉をかけることはせず、まことに人生とはままならないものだと思うだけ。 リリィから臭う自身と似た雰囲気は親との軋轢が原因なのではと今更になって気がつくが、それが束にとって関係のないことだと考えることをやめた。

 親の手を焼かさずに二人は育ち出会ったのだ――その関係が良好なものであったとしても束が求めた篠ノ之百合(リリィ)という存在なのには変わらない。 変わらないのなら束にとって不仲であろうが可能性の話であろうが、自分達の関係を揺るがしかねなければ些細なことである。 近くにリリィはいる――今はそれだけでいいのだ。

 ――リリィちゃんにとっても私のことなんて些細なことだろうしね。

 他人の事情に興味はあっても深く関与しないのが一般的な日本人であろう。 例に漏れず束も一般的な日本人ということの証明である――そう今まで自分に言い聞かせてきたはずの言葉は、間接的にリリィは束に興味を持っていないのではと先ほど考えていた思考を後押しし、また不安になる。

 考えないように頭から振り払ったはずの不安は何時までも束の思考から完全に消え去ることはなかった。

 

「それよりも人工知能ユニットが出てるってことは点検してたんじゃないの?」

 

 エストの登場によって“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に対し疑念を抱くも、既に起きた結果を消すことはできない――どうしようもないからこそ、リリィは考えることで停滞することを辞め自身が行えることをしようと動き始める。

 丁度新型エンジンを別の格納庫に入れ終えたのか整備兵が格納庫内に戻り始め、反対にリリィが格納庫から出ていく。 おそらく搬入された新型エンジンを見に行ったのだろう――自分が乗る機体に使われる物だ、リリィなら何が使われるか自身の目で確かめるであろうと束は想像できた。

 

「――大尉、先程までそこにいた少佐はどこに行きましたか?」

「多分エンジンを見に行ったんだと思うけど、どうしたのー?」

「いえ、ECMなんですけど――少佐が手をつけてないのかプログラムに妙な空きがあって、どうしたらいいのかと……。 9,227,644行目のところになるんですが――」

「――あ~、今確認したけどソコは人工知能“雪風”(こっち)と繋げてから調整するもんで手をつけなくていいよ。 システム以外で繋げられるとこは繋げておいといて。 必要に応じてこっちでやっとくから」

 

 すみません――と小さく謝る声が格納庫内に響くが専門職の人員を“Mave(メイヴ)”に割くことができない以上、限られた少人数で作業を行う時点で目に見えていた事だ。 仕方がないと軽く返事を返し自分も人工知能ユニットに手をつけることにする。

 元々特殊な機体構造をしているせいもあり、今まで培われた経験は複雑な機構のせいで個人の判断では簡単に手をつけられない状態となっているし、システム面は完全にリリィと束によるオリジナル。 プログラム班が一切“Mave(メイヴ)”の整備に出てこないのも、そもそも二人だけしか手を付ける事ができないプログラムだからこそ居ても居なくても変わらない――なら別の場所に回したほうが良いのではという上の考えがあったからだ。

 現にElectronic Counter Measures――電子対抗手段を接続しようとした整備兵が困惑した声で指示を仰いだほどである。 多少知識があるせいか他の機体とは全く異なるシステム構成のせいで安易に手を出せない。

 ――さてまぁ、システムは後でいいとして……帰ってくるまでにコアの簡易点検済ませちゃわないと。

 機体の方は整備班に任せるとして人工知能ユニットに組み込んだ“白騎士”と同型のコアを点検し始めていく。 束自身もコアの特殊性を解明できたわけではない――だからこそ日々の些細な変化すら見逃すわけにも行かず、このように機体から取り外しがしやすく点検の手間のかからない人工知能ユニットを作ったわけだ。 

 人工知能ユニットの点検項目は十項目作られておりシステム関係と外的変化のカテゴリーに大きく分けることができる。 “白騎士”搭載時にも見せたシステム優先順位の変更に、プロトモデル時に行われたコア同期実験の結果からシステム面に対してコアが何らかの書き換えを行っている事と、衝撃によるコアへの損傷と貴金属類を量子変換する特性を持っている事からその二項目に収束したわけだが――その最終である十項目目に入った瞬間、今まで自由に動いていた手が止まった。

 項目の九と十は外的変化に分類され手の止まった最後の項目はコアの質量を計測するものだ。 “白騎士”搭載時はこのような変化があるとは知らず点検することはなかったが、もしかしたらその時から変化していた場所なのかもしれない――そう思うと初めて目にした変化に束は恐怖する。

 こんな不確定要素に気が付くことなく千冬に協力してもらっていたのかと今まで何もなかったことに安堵すると同時に、起こり得なかった可能性に背筋が凍った。

 ――Überprüfen Sie die Massenzunahme von 0.021kg.(0.021キログラムの質量増加を確認)

 日本から離れて六ヶ月を過ぎた頃、初めてコアに明確な変化が現れた。 だが一体何故、今になって質量が増えたのだ。 コアの使用状態だろうか――いや違う。 それならば“Passenger Protection(パッセンジャー プロテクション) System”によって既にコアは稼動状態にあった。 束が持っていた時点で質量が増加していなくてはおかしいのだ。

 ならばコアにとって何が原因となり変化が生じたというのか。

 ――まさか……?

 証拠はないが可能性は十分にあり得ると束は“Mave(メイヴ)”を見つめる。

 そうだ“白騎士”のシステム変化も稼働中に観測された結果でしかなく、そのときコアはどこにあっただろう。 考えるまでもない――“白騎士”に接続されシステムを動かすため機能していたのだ。

 機体と接続し稼働中にコアは変化したと推測することができる。 そう仮定するならば今回の変化は間違いなく“Mave(メイヴ)”という器があったからこそ起きた現象なのだろう。 つまり器となる機体と接続したことでコアが自ら、それに適したカタチへと変化しようとしているのだと束は予測した。

 しかし一体何が増加したというのだろう。 0.021キログラムと数字の上では増えてはいるのだが全体で見たら些細な数字――それこそ計測による誤差の可能性だってある。

 

「――ハル(ヽヽ)、行くよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではブリーフィングを開始する。 今回は簡単に言えば奪取された“シンファクシ”級の撃沈任務についてとなるが、今回の資料はそのためもあり外部への持ち出しは禁じ終了後回収すぞ。 ではスクリーンを見て欲しい――先日“Mave(メイヴ)”から撮影した“シンファクシ”級だが――内部に設備されたカタパルトは発射口の隔壁によって無傷といっても良いが発着用甲板はそれなりのダメージを受けている。 この画像から見て、そう長い距離を航行することも深く潜れることもないと司令部は判断し、ドイツから5,000キロメートルのどこかに実行グループの拠点があると推測している。 またこのダメージから見て、その拠点で既に修理、補給を受けている可能性が非常に高い――」

 

 今になっても頭から0.021キログラムの意味が理解できずリリィの声も頭の中を通り向けていくだけ――答えが見つからず資料の内容も束は理解する余裕がなかった。

 “Mave(メイヴ)”に搭載することでコアは何を変える事が出来るのだろうか、変える必要が何かあったのだろうかと暗闇の中で答えという形を手探りに探すも未だ見つからない。 まるで何故人は瑣末なことにでさえ感動を覚えるのだろうかと感情的な質問を問いかけられている気分だ。

 回答はあるのに過程が見つからないという問題は束の頭を久々に悩ませ続ける。

 

「実行犯についてだが、こちらもおおよその検討がついた。 国内の情報に精通し行動を起こした事から、おそらく五年前に国境付近で起きたテロ事件のグループであるグランダヴィドではないかと情報センターから回答を受けている。 さて当時の事件時に在籍しておらず作戦内容を知らない者は手を挙げてくれ――ふむ、なるほどな。 少尉達は着任したばかりだから知らなくても当然だろう――まぁ、私も当時は日本にいた気がするが……。 大佐、確かグランダヴィド作戦に航空支援として待機していましたよね?」

「――ん、まあな。 結局はスプリング大佐が指揮からなんやらやってた気がするが……」

「じゃぁ、私より詳しいですし説明お願いしましょうか」

 

 しまったというイージスの顔も束は見ていなかった。 ただ視線を書類に落としたまま0.021キログラムの意味を探し続けているだけ――その険しい表情を誰にも気がつかれることなく時間が流れていく。 ブリーフィングルームにいる全員の顔を正面から見ることができるリリィを除いて――。

 

「ったく、スカーレットがやればいいだろう。 そうだな……EUを中心に連続爆破テロがあったのは覚えているか? その実行グループが国境付近の国立公園に逃げ込んだという情報を得て国防省は一時的に周辺への立ち入りを禁止し大規模な掃討作戦を開始した。 元々一連の事件は大規模テログループ、グランダヴィドが行ったものとして捜査を開始していたため軍の動きは早く――構成員三十七名を射殺、四名を拘束し事件は終わった。 だがそれでも……国内だけでも死者は241人、重軽傷者を含めると約12,000人と市民を恐怖させる結末となり、今じゃ歴史の教科書にも載っている。 未だにグランダヴィドの名を聞くだけでも恐怖したり混乱する奴も多いせいか、報道規制も入っていて最近じゃ全く聞くこともなくなったな」

「――EUの法では加盟国の国民は他の加盟国への移動に制限がなく居住することも働くことも認められている。 つまり国境というものがEU国籍の人間には存在しない――同様に一度EU内に入ったテロリストも怪しまれなければ自由に動けるわけだ。 偽造パスポートなんか使われれば証拠等がない限り私達は奴らの多国間の移動を止めることなんかできない」

「……一体何が目的だったんですか? 無差別殺人ということはないですよね」

「目的は未だに不明だ。 宗教間での対立にしちゃ妙な部分が多いという情報局の見解もある。 そのおかげで奴らがどこから来たのかさえわからなかったんだが――」

 

 これでようやく市民を安心させてやることができる――という言葉は憎しみと悲しみが入り混じった低い声で室内に染み込んでいく。 ふと何かを感じ振り返ると“Flabellum(フラベルム)”隊では十番機のパイロットだったフランケ・ドイラー少尉が見たこともないくらい酷く暗い顔を見せていた。

 少し不思議に思いながら視界を戻すとクラウスが何も言わずに束を見つめ首を横に振っており、おそらく爆破テロで知っている誰かが亡くなったのだと理解してしまい何だか悲しくなる。 自分がもしそうなったら――箒や千冬がテロに巻き込まれて死んだとしたら、きっと自分も同じ顔をするのだろう。

 わからない。 そうさせないためにも自身を狙う者達の行動に巻き込まないよう、なるべく平穏に箒達には過ごして欲しいからこそドイツにいるというのに“白騎士”は解析され続けている――篠ノ之束(わたし)は一体何をしているのだろうか、立っている場所を見失いそうなほどにソレが分からない。

 

「――では本題だ。 本日日本政府に対し何者かが“白騎士”と篠ノ之束博士の身柄を無条件で明け渡すよう要求してきた。 この要求が飲まれない場合、七十二時間以内に我が軍から奪取された特殊炸裂弾頭を首都に向けて発射すると言っており我々はそれを阻止するため防衛作戦に超法規的措置で参加することが認められた。 “シンファクシ”が潜んでいると思われる海域は太平洋――既に太平洋第七艦隊を始めとしたアメリカ海軍及び空軍がミッドウェイ島に集結しており作戦準備を始めている」

 

 自身の名を呼ばれ我に返り、第七艦隊と聞いた束を除いた全員が息を呑む。

 原子力空母であるニミッツ級航空母艦の九番艦“ロナルド・レーガン”を中心としたアメリカ海軍中最大規模の戦力を誇る艦隊が同じ作戦に参加するのだ。 さらにミッドウェイ島にアメリカ空軍すらも集結しているということは、今回の作戦は史上類を見ない大規模な作戦になると予測される。

 そもそもミッドウェイ島の軍事基地は1996年に閉鎖されており現在は一般の立ち入りが禁止されている無人と化した島なのだ。 極希に緊急着陸のため島の滑走路を使用したり海上自衛隊の艦船が立ち寄ることがあるが、それでも軍事作戦のために使用されることは無かった。

 それだけ“シンファクシ”級潜水空母は驚異だというのだろうか――いや、それだけで戦争を引き起こせるであろう戦力を投入するはずがない。 おそらく政治絡みで戦力の投入が決定されたのだろう。 アメリカ合衆国は“白騎士”に関する情報を得るため日本に利があることをやってるだけだ。

 

「今回は日本政府と“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の決定により明朝0600時を持って“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊から選出した五人を含む計七名は私と共に日本へ向け飛ぶこととなる。 着陸可能な滑走路は“CCCNO(シースリーエヌオー)”本社第四滑走路となるが面倒事は避けられるはずだろう……。 では、これから名前を呼ばれたものは作戦に参加することとなる――サーニクス・オルソン上級大尉、クラウス・ノア中尉、カーニア・エヴァシュテル中尉、ロイ・グランツ中尉、ケイ・ダズグランツェ少尉……後はハルだ」

「全員“Flabellum(フラベルム)”隊からかよ。 にしては大佐とウェアが除け者にされてやがるぞ」

「――妥当だろうな。 人型兵器に対して設立した部隊の主力を半分以上も国外に出すわけには行かない。 それに海を渡れば“Mave(メイヴ)”を除いた五機だけがドイツ空軍の戦力でしかないなら俺も同じ人員を選出するだろうし、“白騎士事件”で防衛戦力として十分に動けることを証明したのだから問題はないだろう」

 

 本当に問題はないのだろうか。

 もしも“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が滑走路の使用を許可した理由が、本物の篠ノ之束を確保するためだとしたら――これは間違いなく罠ということになる。 確かに“シンファクシ”が奪取され特殊炸裂弾頭ミサイルが発射されれば都市は壊滅し、瞬く間に日本という国家が機能を停止しかねない。

 そのような要求が本当にあったのだろうかと不安になる。

 

「では今呼ばれた六名は翌0430時に再度ブリーフィングを行う。 それまでに今やってる仕事は片付けるか誰かに引き継ぎをさせておけ――では解散」




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✔エスト・フッガダーツ 【人名】
 複合企業“CCCNO(シースリーエヌオー)”社において北米支部を任されている役員の一人。
 軍需産業部門の総責任者で役員内唯一の過激派――過激な思想は無いものの自身が安全に対処できない状態に陥ったとき、大多数の人命すら切り捨てる決定をするほどの非道な性格の持ち主。 実際それによって民間人を含む1,000人規模を見殺しにしている。
 企業内では篠ノ之百合奈に次ぐ決定権を持っており、“白騎士”を解析し実験する人工島の設計を担当した。

✔グランダヴィド 【組織】
 EUを中心にテロ活動を行っていた“Phantom Aufgabe(ファントムタスク)”社実行部隊の下部組織。
 構成員は作戦ごとに振り分けられ明確な組織というわけではなく、一種の傭兵集団の集まり――いわば“Phantom Aufgabe(ファントムタスク)”社の都合で切り捨てやすい人員を配備した捨て駒。



《ローズ・サミナード》


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