世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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025 26,Dec,2010/Speculation

「――以後は其方に乗艦している責任者の指示を優先すれば良いのだな? 了解した。 こちら“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”、本作戦に参加する“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊全機に通達する。 たった今、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社からの通達により本作戦中に使用する滑走路に変更があった――本社第四滑走路から小笠原群島付近で警戒待機中の航空母艦となる」

 

 ドイツから飛び立つ事七時間――着陸している暇はないと客員にあらかじめ水とブロック状の食料、非常用に簡易トイレという名の尿瓶を渡しているため予定に大きな狂いが生じる事はなく日本を目視できる距離にたどり着く。 流石に空中給油を行うため減速を行い時間を十数分使用したのは大きな痛手だったかもしれないが、燃料が無くなり飛行できなくなるという馬鹿みたいな問題が起こることなく辿り付けたのは大きい。

 今回は“McDonnell Douglas(マクドネル・ダグラス)”社が自主開発したFASTパック――F-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”に固定装備として採用されているConformal fuel tanks(コンフォーマル・フューエル・タンク)をCFA-41“Mave(メイヴ)”を除く全機が装備し、更にミサイル等の兵装系を一切搭載せずハードポイントにドロップタンクを積載するという完全に戦闘を行わず飛行をするためだけの状態を採用している。 人によっては頭が悪い装備であろう――なにせF-15C自体の機内燃料量はドロップタンク三本分を超えており、左右の主翼下と胴体下部に一本づつ計三本のドロップタンクを装備した時点でF-15C“Eagle(イーグル)”は二機分の燃料を一機が保有している形となっているというのに、そこへ更に追加でConformal fuel tanks(コンフォーマル・フューエル・タンク)を取り付けた。 数値で単純に計算してみれば約5,600gal――約21,000ℓを超える燃料を一機が持つわけだ。

 燃料が多ければ多いほど当然のように機体重量は増え離陸に必要となる滑走距離は長くなるのだが、第五空軍師団の航空基地は山の斜面を削り作られたために比較的長い滑走路を有している。 だがそもそも戦闘機は航空基地からの離陸においてミサイル等の弾薬を満載し燃料を必要な量しか積載しておらず、燃料分の重量を減らすことで滑走距離を短くし空中給油で足りない燃料を補い作戦行動に参加するのが基本的な流れだ。 今回も同様に二機分以上の燃料を抱えたままF-15C“Eagle(イーグル)”が離陸するには流石に滑走距離が足りず、一機分の燃料を載せ離陸した後に空中給油機でドロップタンクやConformal fuel tanks(コンフォーマル・フューエル・タンク)の中を満たし日本へ向けて飛行し始めたわけだが、それでも半分の距離を飛行するのが限界である。

 ドイツから日本までの距離は直線距離にして9,179km――対する現在のF-15C“Eagle(イーグル)”が可能とする航続距離は5,820kmであるため一回の空中給油で問題なく日本まで辿りつくことは十分に可能だ。 そのためリリィは前日に最大の問題であった燃料を幕僚監部に承認させ“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に要請し、カザフスタン上空で防衛軍に囲まれながら給油することで問題を解決した。 

 使用した燃料は後に色々と差し引いた金額をドイツ連邦国防省連邦防衛軍に請求する形となっているがCFA-41“Mave(メイヴ)”にF-15C“Eagle(イーグル)”が五機――計十一機分の燃料を空中給油したとなれば少なくない金銭が動くのは予想に難くない。 CFA-41“Mave(メイヴ)”は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の新型エンジンに換装したことによって燃料の消費を大きく抑えているが、それでもドロップタンク三本を保持している時点でConformal fuel tanks(コンフォーマル・フューエル・タンク)を装備したF-15C“Eagle(イーグル)”に近い膨大な燃料を一機がもつ形となっているのだ。 作戦の結果に関わらず、この片道だけで使用した燃料でどれだけの飛行が可能かと始末書や小言が待ち構えている光景が目に浮かぶ。

 しかし航空母艦とは一体どういう事だろうか。 日本政府の憲法解釈では“他国への航空兵力の展開が可能になる空母を保有することは、日本国憲法の専守防衛と戦力の不保持の原則に背く”ということから正規空母は保有していないはずだ。 日本が保有していた正規空母を調べると大日本帝国海軍時代まで遡ってしまう――つまり航空母艦を保有していたのは五十年以上も昔のことで現在の日本では航空母艦等の類似艦として、ヘリコプター搭載護衛艦DDH-181“ひゅうが”や“いずも”型のヘリ空母しか空母と呼べる艦種は存在しない。 並走したことのある原子力空母、ニミッツ級航空母艦の六番艦“ジョージ・ワシントン”と比べてしまうと明らかに上甲板は狭く船体が非常に小さく感じてしまうほどで、もちろんカタパルトもアレスティング・ワイヤーも存在しないため着艦も発艦も不可能である。 では“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が指定した航空母艦とは一体何なのだろうか。

 

《船籍は何処だ?》

「まて――雪風が何かを処理している……暗号通信?」

 

 画面の向こうで雪風がチェックしフィルターにかけ別フォルダーへ移していく。 暗号化された文字を睨むように見るがリリィにその内容が理解できるはずもなく、おとなしく雪風の解読結果を待つ。 ただ一つだけ理解できたことは、この暗号通信は軍隊を通じ送られてきた訳ではなくCFA-41“Mave(メイヴ)”に――雪風に対して何者かが直通で送ってきたモノであるという事だけだった。

 一体誰が現存する唯一完成された人工頭脳に対し情報を直接送り込む事が出来るのであろうか――機体の設計からシステムまで全てリリィと束による主導の元開発されたのがCFA-41“Mave(メイヴ)”である。 その搭載されたシステムの秘匿性の高さから様々な制限(セキュリティー)をかけ外部からの接触を此方が許可しない限り遮断しているハズだ。 突破できるはずがない。

 しかしリリィには出来るであろうなという二人の顔が脳裏の浮かんでいた。

 

「やはりか――“CCCNO(シースリーエヌオー)”社保有の航空母艦だ」

 

 F-15C“Eagle(イーグル)”を発着させるための滑走路に航空母艦を使用するという考えは、少し考えれば誰もが必ずと言っても良い程に選択肢へ入れることは無い。 生粋の軍人であっても航空母艦から空軍機を飛ばすような出来もしない夢を見る愚か者はいないであろう。

 従来の航空母艦には蒸気カタパルトやスキージャンプ甲板と言った艦載機を短い距離で発艦させる設計で建造されている。 どう頑張ったところで滑走路は航空母艦の全長より長くなることはない――短い距離で送り出す技術が無くては航空母艦に戦闘機を載せることは不可能なのだ。 このため艦載機は軽くなくてはならないという決まりがあるのだが、F-15C“Eagle(イーグル)”は航空基地で運用することを前提とした空軍機であるものの、乗員や燃料を含めない空虚重量を艦載機と比較すると大きな差は無く、カタログスペック上では艦載機としても通じてしまうのかもしれない。

 しかし艦載機として採用する国はまず無いと言って良い。 様々な派生型が存在しようともF-15“Eagle(イーグル)”という機体は空軍機なのだ――艦載機として開発されていないのだから様々な問題に直面するのは当たり前だろう。

 艦載機とは航空母艦に積載するための合理的な設計が揃い始めて分類の枠組みに組み込まれる。 航空母艦の狭い格納庫に収める為の小型化、もしくは主翼の展開機構。 数多く積載するために一機辺りの機体重量制限、カタパルトを使用し短距離で離陸するための軽さ――着艦時における低速性能。 海上という補給がままならない場所での整備性能。 これらはF-15C“Eagle(イーグル)”に全て存在していないモノだ。

 もしもF-15C“Eagle(イーグル)”を十機だけ航空母艦に載せる事ができ運用できるとしても――艦載機は十機以上を航空母艦に載せる事を可能とし運用することができる。 戦争とは質ではなく数であることから軍では非常事態、もしくは海上輸送で他の基地へ空軍機を輸送する場合を除き艦載機以外の戦闘機を航空母艦に積載するという事はしない。 敵性相手に対し手数が少ないということは、それだけ制空権を確保する事が難しい――それは航空母艦への接近を許し目も当てられない甚大な被害を出すことに直結している。 戦う前から勝敗が決まっているという言葉を聞くことがあるが、まさにその言葉通り負けることが決まっている。 戦争は勝って終わらねば意味がないのだから。

 

《“CCCNO(シースリーエヌオー)”が航空母艦を持っているという話は聞いたことないが……》

《余り慣れたくはないが――確か“CCCNO(シースリーエヌオー)”社には軍需産業部門があったな……。 あの規模だ。 手の内に隠し玉があってもおかしくはないだろう》

《――そうだな。 あのスカーレットを育てた親が代表なのだから、驚くだけ無駄かもしれないな》

 

 気が付いているのであろう――正規空母に着艦するメリットよりも大きなデメリットに彼らは目を背けるように話し続ける。 焦ることなく、困惑することもないのはリリィが“CCCNO(シースリーエヌオー)”本社第四滑走路から航空母艦に着艦することを良しとしたからだ。 彼らにとってリリィの指示は上官命令であるのと同時に何かしらの理論に裏付けされた正しいものなのだ――慌てるほどの問題がそこには無い事を感覚的に理解している。

 しかし当の本人は直前の変更に戸惑っていた。

 “CCCNO(シースリーエヌオー)”本社の滑走路から“CCCNO(シースリーエヌオー)”社保有の航空母艦に変わっただけなのだから、そこに自衛隊の介入する余地は無いであろう。 これは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の――篠ノ之百合奈の意思であることはリリィにとって考えるまでもない。 だからこそ雪風に直接送られた暗号通信を止めることなく処理させたのだ――唐突に当初の予定を変更する暴挙に出た父親の思惑を知るために。

 ――何を企んでいる……何が目的だ、あのクソ親父……。

 暗号通信を読み進めるにつれリリィは本当に“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が何をしたいのか理解できなくなり頭を痛めていく。 この世の何処に自社が保有する正規空母の情報を漏洩する最高責任者がいるのであろうかと言わんばかりに、モニターには正規空母の動力源が原子力と明記されていた。

 原子力空母――その名の通り艦内に原子炉を搭載し原子核反応による反応熱を熱源とする蒸気タービンを動力機関に備えた大型艦船である。 一応ではあるが“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は日本に本社を置く巨大複合企業であり、そこには当然だが非核三原則が存在する。 他国で作られたとは言え日本の企業が原子力空母を建造するという憲法に対して真っ向から喧嘩を売る情報にリリィは目を背けた。

 使用されている原子炉はA3C加圧水型原子炉を二基。 この形式名から航空母艦用“CCCNO(シースリーエヌオー)”社製第三世代原子炉という古くから原子炉の開発には着手していた事実がリリィに突き付けられる。 そこに蒸気タービンと推進器を四基づつを加えた一般的な原子力空母の機関で構成されており、これまでに最低でも二つは設計の違う原子炉を開発している事が理解できてしまう。

 

「――リリィちゃん?」

 

 息遣いからリリィが何かおかしいと心配そうに前席から束が不安そうに問いかけるも言えるはずも無く言葉を濁すだけ。 確かに“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に軍需産業部門があることをリリィは知っており、世界最大規模の複合企業体が正規空母の建造技術を持っていないはずもなく、必要であれば様々な制約を無視してくることは当然の事だったのだろう。 その狂気を良しとする親を見てきたのだ――航空母艦の建造という事実はすんなり受け止め切れたが、まさか原子炉を持ち出してくるのは予想以上だ。

 原子力空母を保有するということは世界に対して、それだけの力があると誇示する結果にとなる――“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は企業であり武力を持った軍隊なのではない。 世界経済の一角を担う重要な存在(パーツ)なのだ。 もし“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が原子力空母を建造し保有している事実が公になれば、世界は自分達を支えている柱を傷つけかねない。

 そもそも“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が持てる軍事兵器は合衆国軍監視の下で行われる試験艦だけではなかっただろうか。 もしリリィの記憶が正しいのだとすれば原子力空母の保有をアメリカ合衆国が認めるはずがない――だが現に存在するということは百合奈が何かしでかしたか、それとも極秘開発でアメリカ合衆国すら存在を知らない違法の塊なのか。 どちらにしてもリリィにとっては厄介な状況だ。 そんな所属不明の原子力空母を第三国であろうドイツ連邦国防省連邦防衛軍に使用させるという暴挙にも等しい行為は、リリィの胃をキリキリと痛めつけ多大なる負担を与える。

 せめて合衆国軍の監視下にあるのであれば幾分か緩和されるのであろうが、ここまでリリィが政治的配慮に則り連絡を入れたのは飛行進路上の関係で領空域を通過する各国と日本政府だけ。 合衆国軍とは同じ戦場に肩を並べるが向こうも自国(ホーム)ではない。 せめて原子力空母という問題に無関係であるはずの我々が大国との問題に巻き込まれないことを祈るだけだ。

 なにせリリィの弾き出した解答が正しいものだとしたら、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に指定された原子力空母という存在が小笠原諸島郡付近に停泊しているのを合衆国軍は知らない事になる。

 第七艦隊という原子力空母、ニミッツ級航空母艦の九番艦“ロナルド・レーガン”を中心とした第五空母打撃群の参加が決定している時点で過剰戦力とも呼べる状況に、更に原子力空母の追加投入は有り得ないほどの費用(コスト)が動く。 それをアメリカ合衆国が良しとするはずもない――原子力空母の存在を知っていようが動かせるはずもない。 なら指定された地点に居座っているであろう原子力空母は何なのか――という問題はそこまで難しい回答が用意されているわけではない。 合衆国軍にとってそこには何も存在していないのだ。

 

《スカーレット――聞いておくが大丈夫なんだな?》

「――ああ、大丈夫のハズだ……問題は無い」

 

 珍しく歯切れの悪いリリィにクラウスも不思議そうに言葉を区切る。

 

《心ここにあらず、って感じだな――本当に大丈夫か》

「すまない、心配をかけたようだ。 私は問題ない――それよりも今は首都に特殊炸裂弾等を打ち込まれないようにすることが先決だったな」

 

 そうだ、今考えなくてはいけないことは“シンファクシ”が特殊炸裂弾頭ミサイルを放つことで被害を出すことだ。 それ以外はリリィが余計な事を言わなければ大事に成らずに済む。 誰にも口外せず心の底にしまい込むのだ――そう言い聞かせながらリリィは雪風に暗号通信内容を隠すよう指示出した。

 現在、会戦の火蓋は“シンファクシ”を発見するまで相手側が握っており、特殊炸裂弾頭ミサイルを勧告も無しに放つことだってありえるため、即座にスクランブル発進ができ交戦する状態に持ち込むなら航空母艦での待機が望ましいであろう。 迎撃はイージス艦や地対空ミサイルシステムが配備されているため特殊炸裂弾頭ミサイルにまで我々が手を回すことはできない――というよりも手を回す方が無駄なのだ。

 発射された弾道ミサイルは海上自衛隊のイージス艦や航空自衛隊の警戒管制レーダーで捉えられコースを計算され本土に着弾するとなった場合、まず最初にイージス艦が弾道ミサイル防衛専用のスタンダードミサイルを放ち高い精度で迎撃が成功する。 迎撃できない場合は航空自衛隊が保有する広域防空用の地対空ミサイルシステム、パトリオットミサイルが発射されるという二段構えとなっているのが現状だ。 そのため“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊が防衛に参加する事は無いといっても良い。 日本が必要としているのは開発元が持つ情報と、交戦記録を持ち多数の目を持つ警戒機としてのCFA-41“Mave(メイヴ)”なのだが、考えれば考えるほど我々が必要だったのかとリリィは首をかしげる。

 

「――でも本当に大丈夫? 体調のことじゃなくて……その、リリィちゃんが考えてる事の方は……」

「分かる?」

「リリィちゃんを理解したかったから――違和感は感じてたよ。 多分だけどF-15Cの事だよね――雪風ちゃんに関しては滑走路がなくても計算上では発艦する手段はあるけど、F-15Cに限ってはカタパルト使っても無理なんだよね? 私の計算が間違ってないのなら燃料か弾薬(ヽヽヽヽヽ)に制限をかけないといけないわけだし」

「んー、まぁ……束がした計算も間違ってないんだろうね。 でも、それ以上に空軍機というだけで問題になる部分があるわけだ」

 

 その言葉に束は一瞬だけ不思議そうな声を上げ何かに気がついたのか息を呑む。

 “ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊――元“Flabellum(フラベルム)”隊が採用しているF-15C“Eagle(イーグル)”は元々合衆国軍の空軍機であり、“Marks Horst(マークスホルスト)”社が保管していた機体(モノ)を試験機という形でドイツ連邦国防省連邦防衛軍に配備した訳だが、当然過度な改修はしていないため前脚は原型(オリジナル)のまま――航空基地での運用を目的としたシングルタイヤのままである。 対して航空母艦の艦載機として採用する機体は発艦時の急激な打ち出しにも耐えられるよう頑丈で、着艦時の甲板へ叩きつけるような停止にも問題ないようなダブルタイヤを前脚に採用しているのだ。

 この差は非常に大きい。 なにせ航空基地と同じ着艦速度で降りてしまえばアレスティング・ワイヤーは機体の速度を落としきれず切れるか、着艦しようとしている機体を甲板に叩きつけるか、そのままオーバーランさせ不安定になった機体を立て直す暇もなく海に落とす結果となる。 短距離での着艦を行うには限界まで着艦速度を落とす必要があるのだが失速しない限界まで落としても航空母艦の甲板では距離が足りず、アレスティング・ワイヤーを使って止まるにしても主脚は大きな衝撃を必ず受けるため再び空に舞い上がるには点検し本格的な修理を行う必要がある――しかしF-15C“Eagle(イーグル)”は艦載機とは違い優れた整備性は無い。 つまり一度着艦してしまうと寄港し修理が終わるまで機体を使用することが出来ないということになる。

 “白騎士事件”時にも“Flabellum(フラベルム)”隊のF-15C“Eagle(イーグル)”やF-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”が航空母艦から発艦し作戦に参加、着艦するという事があったが、その後キール軍港に帰港し“Marks Horst(マークスホルスト)”社で整備が終わるまで一度も空に上がることはなかった。 あれだけの腕を持ったパイロットが扱っても一度で機体の限界が現れるほど艦載機に必要な主脚の差は大きいのだ。

 

「従来の蒸気カタパルトでは加速度の微調整が効かないため、機体に強い荷重を与える事に目を向けないといけない――この荷重で一番影響が出るのが前脚だ。 機体側でエンジンを回しているとは言え、それ以上の加速を一瞬で与えるのだからカタパルトに引っ掛けた主脚へのダメージは無視できない程に大きい。 そこに束が懸念する積載する燃料や弾薬――つまりは積載量によって撃ち出すのに必要となるエネルギーと滑走距離の増加。 カタパルトが与える加速を倍以上にしたところで前脚が耐えられずに破損し満足に打ち上がることも無いだろうね。 もしも、それらを無事にクリアして発艦できたとしてもカタパルトから打ち出され海面に向かって機体重量によって沈む分を、どのように空軍機で立て直すのか……とか」

 

 最初から航空母艦でF-15C“Eagle(イーグル)”を運用する術がないのだ――普通なら、の話ではあるが。

 カタパルトには様々な種類が存在する。 1922年に世界初のカタパルトによる発艦を実現した航空母艦“ラングレー”では、直前に火薬を爆発させることにより加速度を生み出すという火薬式カタパルトが使用され、1942年には実戦において実用性のあるということで“エセックス”級航空母艦以降から改良型油圧式カタパルトが採用された。 未完成に終わってはいるがドイツ海軍が建造していた“グラーフ・ツェッペリン”には火薬式と空気式カタパルトの二種類を搭載予定してる。 技術が進むにつれて使用されるエネルギーが爆発物、液体、気体と変化しているのだ。

 だが電子機器等が発達した現代においてそれらは原始的な手法であろう。 ならば今日(こんにち)の技術によって生み出されるエネルギーで動くカタパルトが作られるのも予想はつく――電荷(でんか)の移動等により発生する物理現象、電気をエネルギー源としたカタパルト。 

 

「束はSF映画とかに出てくるリニアカタパルトって知ってる」

 

 ロボットアニメとかに出てくるのなら原理は理解してるつもりだけど――と返答され小説とか映画じゃないんだとリリィは呆然とした。 クラリッサで理解しているつもりであったが日本のサブカルチャーである漫画やアニメにもSF要素が盛り込まれているようだ。 しかし当然それらは完全に空想の産物というわけではない。 何かしらアイディアとなった実在する原型が存在する。

 Electromagnetic Aircraft Launch System――電磁式カタパルト、もしくは電磁力航空機発射システムと呼ばれるものがある。 これは現在開発中のリニアモーター、つまり電磁力を使用することで航空機を加速させるという物で、今現在使用している蒸気カタパルトを更新する計画で開発が進められていた。

 1912年にエミール・バチェレットが考案した電磁力を使用し物体を加速させるというシステムはカタパルトに転用した場合、蒸気カタパルトとは違い軽くて小さくメンテナンスが容易であり蒸気配管を必要とせず滑走路を更に短く、また航空機に与える加速度を蒸気カタパルトは微調整が効かず航空機に対して負荷を与えやすい状態だったのを電磁式カタパルトは高い制度でコントロールできる等、複数の可能性を示唆されている。 そのため現在も開発計画は進められているはずなのだが、やはり“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は電磁式カタパルトの開発を既に終えていたようだ。

 送られてきた情報(データ)内に電磁式カタパルトについての記述が書かれていることから指定された航空母艦にはそれらが二基設置されている。 ドイツでも航空母艦“Vorpal(ヴォーパール)”がF-15C“Eagle(イーグル)”を蒸気カタパルトで打ち上げることには成功しているものの、その代償として主脚へのダメージは非常に大きい。 どれだけ主脚への損害を軽減できるのか――とリリィは考え続けた。

 

「――こちらドイツ連邦国防省連邦防衛軍所属の航空管制指揮官“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”。 通達通り今防衛作戦に参加するため当空域を飛行中である」

《確認した。 上から滑走路の変更があったと聞いているが燃料の方はどうだ?》

「問題ないとは言い切れないが飛行が出来ないという状況でもない――このまま指定された地点にて待機する。 状況に応じて其方の許可を得ずとも離陸することになるが問題はないだろうか?」

《統合幕僚監部からは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の意向に従うようと通達されている――そちらで話がついているのであれば問題はないだろう。 確認するが先頭を飛行する見慣れぬ不明機は其方の所属か?》

「そうだ。 本機とF-15Cが五機――計六機が本作戦に参加することとなる」

《了解した。 当機のIFFを登録するため動作モード4にて現状を維持してくれ》

 

 レーダー上に現れた点に対してリリィの行動は早かった。 その反応が航空自衛隊のE-767であると予測した直後に指定されていた周波数を使用し無線交信を行う――既にドイツの地から、この六機が飛んできたという事実は隠すようなことでもないため敵性組織に聞かれていても大きな問題にはならないであろう。 それに加え敵機と誤解されたままスクランブル発進されても困る。

 今の自衛隊は一瞬でも気を抜くことができない状況に置かれているのだ。 その緊張を我々に向けられても困るし、このせいで特殊炸裂弾頭ミサイルを迎撃しそこね被害が出たなんて笑えない状況を迎え入れる予定は一切ない。 既に通達はしていたが領空域直前とは言え早急に我々は敵性航空機ではない事を伝える義務は此方にはある。

 

《――よしいいぞ、其方の機は全て登録した。 これより本土上空を通過することになるため二機が監視する形となるが構わないな?」

「構わない――住民に対して騒音を与えるつもりも元よりない。 現高度のまま目的地まで飛行する」

《了解した。 貴君の参加を心から歓迎しよう》

 

 空間受動レーダー上で“AWACS(エーワックス)”と交差した少し後にスクランブル発進したのであろうF-15J“Eagle(イーグル)”の二機編隊(エレメント)が合流し、六機から構成されていたデルタの隊形その真後ろに付く。 F-15J“Eagle(イーグル)”はハードポイントにドロップタンクだけではなく、サイドワインダーを四発装備しており何かしたら即座に撃墜できると此方に告げていた。

 その程度で“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊――いや“Flabellum(フラベルム)”隊の面々が落とされることはない。 あの隊に配属していた十人はドイツ国内から選ばれた精鋭、つまりドイツ連邦国防省連邦防衛軍が誇る空軍の最高戦力であると数えられており、ある種のアグレッサー部隊として様々な国家が保有する軍事的特性を模倣することに長けいる者達なのだ。 着任したばかりの新人であっても、その素質を見出され配属させられた――そんな彼らが後ろを捉えた程度で対応が出来ないわけがない。

 当然、僅か一週間足らずで“Flabellum(フラベルム)”隊に近い技術を身につけた束と、既に数多くの飛行経験を積み完成していた雪風が劣っている訳もなく、ただ飛ぶ事だけを比較するとしたら彼ら以上の才能を併せ持っているのだ。 そんな六機に二機程度の戦力で傷を負う可能性は非常に低い。

 やめよう――現状自衛隊とは敵対してはいない、むしろ友軍だ。 裏切る可能性がないわけではないが非常に低い、それなのに敵性航空機になることを前提として考えている。

 本土を横切るのだからコレが当然の対応なのだ――リリィは仕方が無いと肩から力を抜いて座席に沈み込む。 だがやはり何も武装をしていない編隊に武器を突きつけられるのは余り良い気分ではない。 こんな任務、早急に終わらせて一息つきたいものだと空から日本の夜景を眺め続ける。

 故郷の空が息苦しいのは自分だけではないはずだと前席でCFA-41“Mave(メイヴ)”を操る束に声を掛けようとし、誰もが口を固く閉ざし闇の中を飛び続けた。

 

《――予定地点を通過。 “Otter(オッター) 1”ミッションコンプリート、RTB》

「貴殿らのエスコートに感謝する」

 

 本土上空を過ぎ小笠原諸島上空付近までの監視が任務だったらしく、F-15J“Eagle(イーグル)”は高度を下げつつ旋回し戻っていく。 それを確認したのか数名から安堵の息が漏れ重かった空気が無くなる。 夜という見通しの悪い時間だから余計に張り詰めた空気が空気を重くさせたのかもしれない。

 ――Confirm the fleet including the specified aircraft carrier……

 雪風が指定されていた艦が含まれた艦隊を発見したのか地図を移動させ目標となる艦を示す。 現時点では視界が悪く、遠くに見える光しか判断がつかない――だが近づくにつれ航空母艦が飛行甲板を照らす光だと理解できるようになる。

 

《こちら“CCCNO(シースリーエヌオー)”社所属の空母“Principality(プリンシパリティ)”。 “ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊、此方が確認できるね?》

「……なんか聞き覚えがある声だな。 こちら“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊、今目視で確認した。 着艦許可を求む」

《いつでもいいよ。 甲板は君達のために全て開けてある》

「了解した。 全機に告げる――これより九番機から順に着艦チェックを実施し空母“Principality(プリンシパリティ)”に降りる」

 

 CFA-41“Mave(メイヴ)”が周囲を警戒している間に五機のF-15C“Eagle(イーグル)”は何も問題を起こすこと無く“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が保有する原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”に着艦した。 どの機体も主脚に問題を起こす事なく降りれたようだと、その操縦技術の高さに困惑する。 常人にはできないような事を当然のように行う人間を一部では変態と言うそうだが、まさにソレに当てはまるのであろう。

 束も速度を落とし高度を下げながらCFA-41“Mave(メイヴ)”をランディングアプローチ――下げれるものを全て適切な形で下げる。 最終確認し着艦体制か完全なものである事をリリィは束に告げるも束からの返事はない。 集中しているのか、それとも最初から自身の操縦が完璧であると理解していたのか――アレスティング・ワイヤーが下ろされていたアレスティング・フックを捉え身体が前に押し出されそうになりながらも機体は飛行甲板に足をつけた。

 全ての稼働翼を着艦時のままにし誘導され動きを止める。 エンジンの回転が止まりエアブレーキとして大きく動きを見せていた主翼が水平に戻り――手を挙げるかのように翼を畳む。 カプセル状のコクピットブロックが折りたたまれた翼の間に移動しキャノピーを開放――まだまだ寒い冬の冷気が潮の香りと共に二人の肌を撫でていく。

 

「――お疲れ様」

 

 リリィはコクピットブロックから先に出ると機体の上を歩き束の顔を原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”の乗員から隠すように隣へ移動する。 バイザーが下ろされているとは言え甲板上には様々な灯りが束の顔を照らし続けるのだ――隠さねばならないと思っての行動だったのだが、そんな思惑を知ってか知らずか束はヘルメットを取り払い素顔を晒した。

 何を馬鹿な真似をしている――叫びそうな思いで周囲を見渡すも既に隠すには遅すぎた。

 篠ノ之束という素顔は甲板上の者達に晒され混乱と困惑が生み出される。 確かにリリィは正体を顕にし“CCCNO(シースリーエヌオー)”社と接触するという案には賛成したが、ほぼ無関係といっても良い乗組員にまで素顔を見せる必要はない。 一体何が束をこのような暴挙に駆り立てたのか――その答えは視線の先でリリィ達を見つめている二人の存在なのだろう。 それならばリリィが束と同じ立場であったとしても間違いなく素顔を晒し先手を打つ。

 なにせ視線の先にいる人物もまた篠ノ之束なのだ。 同じ人物が二人もいる状況を言い逃れさせないためには目撃者という存在は多いほうが良い。

 リリィ達の一言で“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は篠ノ之束の名を騙っているだけだと遠まわしに広め、そして脅しているのだ。 事実を言わないのは、これからの交渉で情報を引き出すための武器とするためである――しかし前提として“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は本物の篠ノ之束の存在に困っているという状況が無くては、この交渉材料は意味を成さない。

 現に視線の先にいる二人は余裕そうに微笑んでいるのだから意味は有って無いようなものであろう。

 

「――私は芳乃春(ハル)でも“Scarlet(スカーレット) 1”でもない――アレの思惑を篠ノ之束として聞き出す。 フォローを頼んだよ」

 

 そう静かに答え束はシートから立ち上がり甲板に降り立つ。

 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社は束の存在を必要としていない。 ハルとして過ごしていたのも向こうには筒抜けなのであろうが、そんな状態にも関わらず“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は開発途中の部品やエンジンを快く回してくれていた――束のためだけに。 つまり排除したいという思惑よりも好意的に接したいと考えても良いだろう。

 だからこそ束は正体を隠すことなく降りたのかもしれないし、別の思惑があり交渉材料として曝け出したのかもしれない。 目的を隠したまま静かに監視している理由を問うために腹を見せて話そうという意思を見せたのかもしれない。

 ――仕方ない……出来る限りフォローはしてみるけど、無理だった場合は“フリーダム”を展開して即座に離脱する方向で行こう。

 束の見えない思惑が幾重にも絡まり仕方なくリリィも甲板に降り立つ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「――この場合はおかえりと言うべき? それともようこそ? 百合はどっちだと思う?」

「無線越しじゃ聞き覚えがある声だとは思ったけど、クソ親父の声ならそりゃ聞き覚えがあるわけだ……まあいい。 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍第五空軍師団所属、スカーレット・リリィ少佐――現時刻を持って……」

「ああ、そういう堅苦しいのいいから――息子が親の元へ顔を見せに帰ってきたんだしさ」

「我々は軍務で当作戦に参加するのであって、個人的な用でこの場にいる訳ではないのですが?」

「私としては結構個人的な用事で呼び出したんだけど……。 移動(こう)でもさせないと私達(ヽヽ)が話し合う場所なんて用意できなかったしね。 それに百合だって本当は私と顔を合わせたくないのに“シンファクシ(アレ)”を逃したことへの責任を感じてるからこそ態々(わざわざ)ココいるんじゃないの?」

 

 予想通り原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”に乗艦していたのはリリィの父――百合奈であった。 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社という日本に本社を置く企業が建造した原子力空母、そこへドイツ連邦国防省連邦防衛軍の軍人を下ろすのだ――企業の中でも最上位の権力者が乗り込んでいることは予想がつきやすい。 しかし現最高責任者が戦場に出てくるほど今回の自体は特殊なものなのだろうか。

 なにせ正規軍ではない“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に対して“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊は超法規的措置で防衛作戦に参加することを認められたとはいえ、向こうからしてみれば他国の軍人なのだ。 普通であれば情報共有をするだけでここまで直接的な関わりを持つことはない。 いくら“シンファクシ”との交戦経験があり“白騎士事件”において優秀な腕を見せつけたとはいえ、ドイツ連邦国防省連邦防衛軍が日本の領空を飛び排他的経済水域内でエンジンを止め足をつけるということは本来あってはならない行為なのだ。

 

「――ん~、会うのは初めてだねぇ~♪」

「私も自分自身に出会うなんていう摩訶不思議な怪奇現象(ヽヽヽヽ)に直面するなんて初めてだよ」

 

 隣では束が歩み寄ってきた――織斑家でリリィが目にしたままの束と対峙するという不可解な状況に発展しており、警戒し訝しむ束と楽しそうに微笑む束を甲板上にいる作業員は訳がわからないという表情で凝視。 確かにリリィでさえも目の前にいる二人の内どちらが今まで接してきた束なのか判断つかないほど、その容姿は似過ぎている。 現状では服装が互いに違うことから何とか判断が付くというだけで、同じ服装――日本で常に着ていた服装に束が着替えたら、どちらが本物であるのか判断することが難しい。

 ただそれでもリリィにとっては同じ容姿をしていながらも、その表情から微かに異なる知性が滲み出ているため戸惑うことはあろうが判断がつかないことはないと感じていた。 リリィがよく知る束からは冷静で落ち着いたモノを――百合奈が連れてきた束はよく分からないが、非常に良く似た感覚と同時に別の違和感を感じ取ることができる。

 ――何だ、この感覚は……何かが記憶に引っかかる。

 百合奈が連れてきた束とは初めて合うはずなのに得体の知れない既視感がリリィを襲う。 知らないはずなのに記憶を探ろうとして所々靄がかかった時と同じような、そんな曖昧な感覚は――まるで初めて束に出会った時と同じような衝撃。 つまりリリィの直感は目の前にいる束がどちらも本物(ヽヽ)であると告げているのだ。

 そんな馬鹿な、ありえない――同じ人間が同時に存在できるわけがないと自身の感覚を否定する。

 

「さてと、百合――長旅に疲れただろうけど、“Eagle(イーグル)”の整備を開始してもいいかな?」

「え、ああ……そちらに任せる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲板上や艦橋では人目が多いことから話し合いはブリーフィングルームで行うこととなり、潮風にCFA-41“Mave(メイヴ)”を晒し続ける意味がないため雪風の自動操縦によってエレベータから飛行甲板の下階層にある艦載機格納庫に機体を移動させる。 降りた時には本作戦でF-15C“Eagle(イーグル)”の死重量(デッドウエイト)となるFASTパック――Conformal fuel tanks(コンフォーマル・フューエル・タンク)を取り外す作業が始まっておりリリィは整備員の手際を軽く見たあと指定された区画まで歩く。

 “ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊の五名には軽く休息を取ったあとで、F-15C“Eagle(イーグル)”の調整を行うため指定時刻になり次第、格納庫に集まるよう告げた。 どうやら原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”の格納庫は機体の整備施設が充実しているらしく、主脚の簡易点検を行い問題を確認したらこの場で修理を行うらしい。 流石に艦載機同様の耐久性等を加えることは難しいが、主脚程度の修理なら問題なく行えるようだ。

 ――この三時間で私が有益な情報を聞き出さないといけないわけだ。

 作戦会議という名目で抑えられたブリーフィングルームの使用時間は三時間。 元々“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は軍隊ではないため艦載機は搭載されていても搭乗員が多くはなく、そのため使用する者がほぼいないと言っても良い。 しかしリリィは“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊を指揮する立場のため、三時間以上の時間を取ることはできなかった。 この三時間で作戦概要の確認と煮詰めを行いつつも、百合奈が連れてきた篠ノ之束――そして未確認人型兵器について聞き出さなくてはいけない。

 次から次にリリィへ降りかかってきた大半の問題を解決する絶好の機会なのだが、束が表舞台に立っても良いという決意を示したせいで何時もより緊張しているのが自分でも理解できた。 人目があるというのも原因の一つなのだろう。 年端もいかない子供が艦内を一人で歩き回る姿に、また現艦内において最高責任者である百合奈に似ているからこそ道行く人々は奇異の目をリリィへ向けている。 リリィ自身そのような視線に慣れているからいいものの、やはり余り気分の良い視線ではなかった。

 目的の部屋につく最後の曲がり角に妙な人集(ひとだかり)が出来ている事に首をかしげ超えると、目の前には通路の左右で壁に背を預け睨み合う束の姿。 なるほど――そこには“白騎士”を開発した篠ノ之束という人間が二人も存在していることに興味を持ち野次馬根性丸出しで集まっているのか。 そう納得しリリィは一息つくと二人に歩み寄る。

 

「おっ、リリィちゃんが来たね~♪」

 

 接近するリリィにいち早く気がついたのは耐Gスーツを身に纏っていない束――つまり百合奈と共にいた方の篠ノ之束が気が付く。 百合という本名ではなく束と同じようにリリィという偽名で呼ぶせいか、目の前にいる二人はリリィが現れる前に服装を交換し入れ替わっているのではないかという疑問に襲われた。

 

「――なんで入らないの?」

「いや、なんか……リリィちゃんのお父さんが盗聴器とかの不審物がないか、お部屋の中ひっくり返してるらしいんだけど……」

「そんなことよりも本当によく似てるねぇ~。 昔の百合奈ちゃんにそっくりだよ♪」

「それでしたら私からも言わせて頂きますが――貴方も非常に似ていますね。 まるで生き写し、双子の姉妹、クローンのようだと」

 

 いくつか聞き逃すことができない発言が聞こえた気がしたが束と似た性格なら性質上、快楽主義者。 自身の感覚的な快楽を幸福と捉え正しいものとする存在だ。 本心は自分が心を許した相手にしか漏らさず、不快に感じた相手には嘘を織り交ぜ求めているものから遠ざける――それらを見ることで楽しいと快楽を得るような、ある種の愉快犯が篠ノ之束という人間の本質には微かにある。 それがリリィの知る束よりも色濃く感じ取れてしまうため当人からの返答を求めない。 先ほど感じた違和感は恐らく、その色濃く出た部分を本能的に感じ取ってしまったからなのであろう。

 ――時間は限られてる……待ってる暇はない。

 気になることは全て百合奈の口から聞いたほうが早いのだ。 アレは都合の悪いことを別の結果で巧みに隠蔽するが嘘をつくことはしない――そういう性質の人間なのは幼い頃から見ていたリリィにとって当たり前の事実。 本当に盗聴器があるのだろうが、その程度で時間を無駄に消費していく理由はないと、リリィは漏れそうになった溜息を飲み込みブリーフィングルームの扉を開けた。

 

「ん――ああ、百合。 悪いけど少し待っててくれるかな。 ここの機材の設定が全てクラッキングされてて、ここで会話したら外にまでダダ漏れでさ」

「……できるものなのか? “CCCNO(シースリーエヌオー)”社が開発したのなら当然のように外部からの不正アクセス対策はとってあるものだと思っていたが」

「それが私達を除いて確実にできるという人間は二人ほど目星はついていてね」

 

 外部からの接続を切ることに成功したのか百合奈は大きく息を吐くと同時に近くの椅子に座り込む。 特に疲れているようには思えないが、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社のセキュリティーシステムを突破してきた存在を相手にするのは大変だったのであろう。

 それよりも聞き流してしまいそうであったが、そんなことが出来る人物が二人もいるということにリリィは顔に出すことなく驚く。 

 

「でもまぁ、今回のこれは別口の相手さ……。 Millennium Bug(ミレニアム・バグ)って、百合達は聞いたことあるかな?」

 

 Millennium Bug(ミレニアム・バグ)――2000年問題と呼ばれる出来事は、西暦2000年以前に製造されたコンピュータシステムは古いプログラミング言語で構成されており日付等を表記するデータに不備が存在していた。 そのため1990年以前にシステムを制作する者達は上位二桁の数値となる19を固定しプログラムを省略することが主流となっており、そのプログラムを修正しなかった場合、システムは西暦2000年にカウンターが一周周り三桁目を記録せず0に戻ることとなる――つまりシステム上では現在の西暦は1900年であるとコンピュータが認識してしまうのだ。 当時のプログラマーにとって2000年までには、この問題は解決しているであろうという楽観的な思惑でプログラムの省略が基本となったまま広まり――ライフラインが停止したり軍事システムの誤作動が起こるという問題が挙げられた。

 この問題は1990年に世界規模で修正作業が行われ、対策を行った結果として大きな問題が発生することは無かったが、何の対策も行わなかった場合は大きな問題が発生していただろうと言われるほど問題に挙げられた出来事だ。

 しかしながら何事にも例外というものが存在する。 Millennium Bug(ミレニアム・バグ)による問題が浮き彫りになる前から独自のプログラムを用いていた複合企業“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は、この問題に当てはまる製品を製造していなかった。 これによって自社の製品は他のシステムとは大きく違う点を世間に知らしめ、安全面と確実性を選んだ者達を味方につけた“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は軍需産業の要となり、また問題を起こした企業を取り込むことで複合企業を更に巨大なモノへと変え世界経済を揺るがすほど巨大な組織へと変貌していく事となる。

 

「でもアレって“CCCNO(シースリーエヌオー)”社以外のシステムに問題が出るっていう話しじゃなかったっけ?」

「表向きの問題なら篠ノ之博士が口にする通り、我が“CCCNO(シースリーエヌオー)”社がこの問題に関わることは無いさ。 ただしMillennium Bug(ミレニアム・バグ)という出来事を隠れ蓑にして裏で別の問題があったんだよ」

「――裏?」

 

 あの問題の裏で“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に一体何が起きていたというのであろう。 実際に起きていたとしてもMillennium Bug(ミレニアム・バグ)に関連する記事は存在していないことから、その問題についてリリィは何も知らない。 記事になっていないということは、それほど大きな問題にはならなかったのだろうか。

 

「“Ghost(ゴースト)”――仮称であるけど私達はそう呼んでいる。 正体不明の電子存在――それがウイルスなのか人為的に作られたプログラムなのか一切不明だけど、それは過去に本社メインサーバーへ電子攻撃を仕掛け今もなお存在している」

「まるで私達に恨みがあるかのようにね~。 あの飛んできたミサイルもきっとね♪」

「……“白騎士事件”の時に飛んできた弾道ミサイルは、おそらく“Ghost(ゴースト)”が“CCCNO(シースリーエヌオー)”本社を狙い仕掛けてきたのだろう。 百合と篠ノ之博士には迎撃に参加してもらって感謝しているよ」

 

 ありがとう――と百合奈は束に深く頭を下げる。 我々の問題を外部の人間である束に対処させたことに後ろめたい気持ち感じているのであろう。 二人が迎撃に参加したという事実は百合奈にとって確定情報であり、リリィと“フリーダム”がイコールで結ばれているのは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に筒抜けである裏付けが取れた。

 しかし“白騎士事件”は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社を狙い行われたことなのではないかという言葉には、今まで何故という疑問しか起きてこなかったばかりに納得してしまう。

 

「――待て。 まさか“シンファクシ”が奪取された原因は……」

 

 唐突にリリィの中で嫌な仮説が組み立てられていく。

 それでは五年前にEUを中心に活動していたテログループ、グランダヴィドによって“シンファクシ”が奪取されたという情報センターの回答は間違いで――いや、むしろ“Ghost(ゴースト)”という存在がグランダヴィドを動かし民間人への被害を生み出したという支持母体のようなものなのではないかという思考は正しいようにも思える。

 もしもグランダヴィドへ指示を出している存在が“Ghost(ゴースト)”だとして、その目的は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社への攻撃。 そうであるならば一体何故EUを中心に連続爆弾テロを起こす必要があったのだ――あそこは“CCCNO(シースリーエヌオー)”社と綿密な関係を結んでいる企業は他国に比べて多くはない。 また五年前といえばドイツ連邦国防省連邦防衛軍にリリィは所属しておらず、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に一番関係するであろう自身の存在は“Ghost(ゴースト)”が引き起こしたであろうテロに関係はないはずだ。

 

「可能性はあると思うよ――なにせ前準備かどうかは知らないけど、百合が来る少し前にこの艦の原子炉が原因不明の暴走状態になりかけてたぐらいだし」

「よく海上で無事に動いていられるね、これ……」

「……その“Ghost(ゴースト)”ってヤツが電子的な何かというんだったら、その発生元を特定して被害を減らすことが可能じゃないの?」

「それがわかったら苦労はしないさ。 唐突に何もない電子の海に現れるからこそ、私はヤツを“Ghost(ゴースト)”と名付けたんだ。 正体は十年経った今でも不明のままだよ」

 

 その名の通り幽霊(ゴースト)のように神出鬼没で正体も不明――唯一判明していることとすれば何かしらの過程により“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に攻撃するという理由があるということだけだろう。 その目的は恐らくではあるが、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に強大な打撃を与えることで世界経済を混乱させることにあると見て良い。

 もしかしたら“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に攻撃すること自体が目的なのかもしれない。 なんにせよ今の社会は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社によって支えられていると言っても過言ではないのだ。 “Ghost(ゴースト)”の目的が完遂されたら社会を支える大きな柱が機能を停止し最悪瓦解する。 それだけは何としても阻止する必要があった。

 だが“Ghost(ゴースト)”とは一体どういうものなのだろうか。 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社のセキュリティーシステムは大国の軍団並であると言われており、おそらくソレを完全な形で突破できるのは自身が知る中では束と百合奈――そして、もう一人の篠ノ之束だけであろう。

 言葉通り受け止めるのならば“Ghost(ゴースト)”という電子ウイルスは原子力空母の原子炉に介入する力がある。 逆に言ってしまえば原子炉以下の危険物や電子機器は全て“Ghost(ゴースト)”によって掌握されている可能性が非常に高いと言うことだ。

 “白騎士”とて原子炉以下に該当する。 アレのオペレーティングシステムを開発したのはリリィなのだ――セキュリティーシステムのレベルを知っていているのは当然のことだろう。

 生憎とCFA-41“Mave(メイヴ)”は外部からの不明な介入が完全に行われないよう雪風に高度なセキュリティーシステムを構築させているため、致命的なシステムの改竄が行われるであろうと判断したら即座に秒単位で変更される多重の電子妨害及び攻撃が行われる。 “白騎士”と同型の核となるCoreー02を軍事面に特化させたため可能とした方法であるが、それでも不安は残った。

 

「まるで未確認人型兵器みたいだね……」

 

 その言葉に百合奈達二人は怪訝そうな顔で束を見つめる。

 

「――半年前に我々は所属不明の未確認人型兵器に襲撃を受けた。 数度目の襲撃時に航空偵察隊が捉えた映像と証言から、この人型兵器は何もない空間から突如出現したという結果を得られ、我々ドイツ連邦国防省連邦防衛軍は一部の部隊を解体し第五空軍師団内に未確認兵器対策部隊を設立。 迎撃を行い続けた」

「なるほどね。 何もない空間から突如現れる敵性存在――話に聞く限りじゃ“Ghost(ゴースト)”に似た性質を持ってるようだ」

「この未確認人型兵器を私は――“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が製造したのではないかと予想している。 証拠はないが現状、あのようなモノを製造できる企業が限られており――“白騎士”を開発したという篠ノ之束博士がそちらに()いるのでね。 まったくもってありえないという結論でもないだろう」

 

 そう言いながらリリィは懐から複製した未確認人型兵器――CFA-41“Mave(メイヴ)”が捉えた“ディン”の写真を取り出し、ある程度の情報が纏められたメモリーと共に差し出す。

 リリィは既に“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が未確認人型兵器の事について情報を掴んでいると結論づけている。 そもそも“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊の前身である“Flabellum(フラベルム)”隊は“Marks Horst(マークスホルスト)”社と合同で開発をしており――その“Marks Horst(マークスホルスト)”社は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の傘下企業である。 そこで対未確認人型兵器として再設計をし開発されたCFA-41“Mave(メイヴ)”が、どのような設計思想のもとに開発され――どのような理由で未確認兵器対策部隊に配備されたか報告が行かないわけがない。

 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍と“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は繋がっているのだ。 未確認人型兵器について一切知らないということはないだろう。

 百合奈と束が受け取った写真をホワイトボードに貼り付け何か話し合う。 至近距離にいるにも関わらず声が聞こえない――背を向けているせいで口が動いているのかリリィには理解できない。 ただ本能的に二人が話し合っているのは理解できた。

 “白騎士”を制作した篠ノ之束なら未確認人型兵器ぐらい簡単に製造することができるのでは――という意地の悪い質問に困っているのだろうか。

 

「――そうだね、私達は“白騎士”とは違う人型の兵器を作ろうと思えば作れるけど、百合の言う未確認人型兵器を開発した覚えはないし、するとしても……こう、もうちょっとかっこいいの作るかな?」

「技術を進歩させる目的のために開発したのではという疑惑がドイツ連邦国防省連邦防衛軍幕僚監部内で少なからずあるのだが。 現に原子力空母を作り試験的に電磁式カタパルトを設置しているぐらいだ」

「そうはいってもねぇ……。 私も束もアレに攻撃されたり監視されたりすることはあっても、作ったことはないかな――というか作れるものなの?」

 

 意味ありげな百合奈の発言をリリィは逃さない。

 

「百合が言ってる未確認人型兵器って――ある種の機械生命体のことだよね?」




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✔電磁式カタパルト 【技術】
 アメリカ海軍とイギリス海軍で現在開発中のカタパルト。
 リニアモーターによって航空母艦から艦載機を発射するシステムで、従来の蒸気カタパルト以上の利点を生み出すとして更新が急がれている。

✔“Principality(プリンシパリティ)” 【艦船】
 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社が保有する原子力空母。
 合衆国軍の元で開発された“CCCNO(シースリーエヌオー)”社製の艦船とは違い、特殊な艦船に搭載するシステムを試験するために開発された試験艦の一つ。 従来の航空母艦よりも少々大きく建造されており、また試験的とは言え電磁式カタパルトによってスペースを確保された分、大規模な電子対抗手段を搭載している。
 艦名は天使九階級における七番目――権天使を意味する。

✔芳乃春 【人名】
 篠ノ之束がドイツにおいて使用している偽名。
 特に意味はないが、咄嗟に口に出たハルという名前から春に咲くソメイヨシノを連想し名付けたらしい。 

Millennium Bug(ミレニアム・バグ) 【事件】
 2000年問題と呼ばれるコンピューターシステムの問題。
 プログラムの問題で西暦の上位二桁を省略し固定した場合、上位二桁がカウントがされることなく再び1900年とコンピューターが認識することから複数の問題が起きてしまう。 

✔“Ghost(ゴースト)” 【不明】
 2000年に篠ノ之百合奈が発見した電子的な存在。
 ウイルスであるのか知能があるプログラムであるのか判明していないが、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に対して何かしらの攻撃理由を持っていることが確認されている。
 その正体は――



《エスト・フッガダーツ》


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