「――以後は其方に乗艦している責任者の指示を優先すれば良いのだな? 了解した。 こちら“
ドイツから飛び立つ事七時間――着陸している暇はないと客員にあらかじめ水とブロック状の食料、非常用に簡易トイレという名の尿瓶を渡しているため予定に大きな狂いが生じる事はなく日本を目視できる距離にたどり着く。 流石に空中給油を行うため減速を行い時間を十数分使用したのは大きな痛手だったかもしれないが、燃料が無くなり飛行できなくなるという馬鹿みたいな問題が起こることなく辿り付けたのは大きい。
今回は“
燃料が多ければ多いほど当然のように機体重量は増え離陸に必要となる滑走距離は長くなるのだが、第五空軍師団の航空基地は山の斜面を削り作られたために比較的長い滑走路を有している。 だがそもそも戦闘機は航空基地からの離陸においてミサイル等の弾薬を満載し燃料を必要な量しか積載しておらず、燃料分の重量を減らすことで滑走距離を短くし空中給油で足りない燃料を補い作戦行動に参加するのが基本的な流れだ。 今回も同様に二機分以上の燃料を抱えたままF-15C“
ドイツから日本までの距離は直線距離にして9,179km――対する現在のF-15C“
使用した燃料は後に色々と差し引いた金額をドイツ連邦国防省連邦防衛軍に請求する形となっているがCFA-41“
しかし航空母艦とは一体どういう事だろうか。 日本政府の憲法解釈では“他国への航空兵力の展開が可能になる空母を保有することは、日本国憲法の専守防衛と戦力の不保持の原則に背く”ということから正規空母は保有していないはずだ。 日本が保有していた正規空母を調べると大日本帝国海軍時代まで遡ってしまう――つまり航空母艦を保有していたのは五十年以上も昔のことで現在の日本では航空母艦等の類似艦として、ヘリコプター搭載護衛艦DDH-181“ひゅうが”や“いずも”型のヘリ空母しか空母と呼べる艦種は存在しない。 並走したことのある原子力空母、ニミッツ級航空母艦の六番艦“ジョージ・ワシントン”と比べてしまうと明らかに上甲板は狭く船体が非常に小さく感じてしまうほどで、もちろんカタパルトもアレスティング・ワイヤーも存在しないため着艦も発艦も不可能である。 では“
《船籍は何処だ?》
「まて――雪風が何かを処理している……暗号通信?」
画面の向こうで雪風がチェックしフィルターにかけ別フォルダーへ移していく。 暗号化された文字を睨むように見るがリリィにその内容が理解できるはずもなく、おとなしく雪風の解読結果を待つ。 ただ一つだけ理解できたことは、この暗号通信は軍隊を通じ送られてきた訳ではなくCFA-41“
一体誰が現存する唯一完成された人工頭脳に対し情報を直接送り込む事が出来るのであろうか――機体の設計からシステムまで全てリリィと束による主導の元開発されたのがCFA-41“
しかしリリィには出来るであろうなという二人の顔が脳裏の浮かんでいた。
「やはりか――“
F-15C“
従来の航空母艦には蒸気カタパルトやスキージャンプ甲板と言った艦載機を短い距離で発艦させる設計で建造されている。 どう頑張ったところで滑走路は航空母艦の全長より長くなることはない――短い距離で送り出す技術が無くては航空母艦に戦闘機を載せることは不可能なのだ。 このため艦載機は軽くなくてはならないという決まりがあるのだが、F-15C“
しかし艦載機として採用する国はまず無いと言って良い。 様々な派生型が存在しようともF-15“
艦載機とは航空母艦に積載するための合理的な設計が揃い始めて分類の枠組みに組み込まれる。 航空母艦の狭い格納庫に収める為の小型化、もしくは主翼の展開機構。 数多く積載するために一機辺りの機体重量制限、カタパルトを使用し短距離で離陸するための軽さ――着艦時における低速性能。 海上という補給がままならない場所での整備性能。 これらはF-15C“
もしもF-15C“
《“
《余り慣れたくはないが――確か“
《――そうだな。 あのスカーレットを育てた親が代表なのだから、驚くだけ無駄かもしれないな》
気が付いているのであろう――正規空母に着艦するメリットよりも大きなデメリットに彼らは目を背けるように話し続ける。 焦ることなく、困惑することもないのはリリィが“
しかし当の本人は直前の変更に戸惑っていた。
“
――何を企んでいる……何が目的だ、あのクソ親父……。
暗号通信を読み進めるにつれリリィは本当に“
原子力空母――その名の通り艦内に原子炉を搭載し原子核反応による反応熱を熱源とする蒸気タービンを動力機関に備えた大型艦船である。 一応ではあるが“
使用されている原子炉はA3C加圧水型原子炉を二基。 この形式名から航空母艦用“
「――リリィちゃん?」
息遣いからリリィが何かおかしいと心配そうに前席から束が不安そうに問いかけるも言えるはずも無く言葉を濁すだけ。 確かに“
原子力空母を保有するということは世界に対して、それだけの力があると誇示する結果にとなる――“
そもそも“
せめて合衆国軍の監視下にあるのであれば幾分か緩和されるのであろうが、ここまでリリィが政治的配慮に則り連絡を入れたのは飛行進路上の関係で領空域を通過する各国と日本政府だけ。 合衆国軍とは同じ戦場に肩を並べるが向こうも
なにせリリィの弾き出した解答が正しいものだとしたら、“
第七艦隊という原子力空母、ニミッツ級航空母艦の九番艦“ロナルド・レーガン”を中心とした第五空母打撃群の参加が決定している時点で過剰戦力とも呼べる状況に、更に原子力空母の追加投入は有り得ないほどの
《スカーレット――聞いておくが大丈夫なんだな?》
「――ああ、大丈夫のハズだ……問題は無い」
珍しく歯切れの悪いリリィにクラウスも不思議そうに言葉を区切る。
《心ここにあらず、って感じだな――本当に大丈夫か》
「すまない、心配をかけたようだ。 私は問題ない――それよりも今は首都に特殊炸裂弾等を打ち込まれないようにすることが先決だったな」
そうだ、今考えなくてはいけないことは“シンファクシ”が特殊炸裂弾頭ミサイルを放つことで被害を出すことだ。 それ以外はリリィが余計な事を言わなければ大事に成らずに済む。 誰にも口外せず心の底にしまい込むのだ――そう言い聞かせながらリリィは雪風に暗号通信内容を隠すよう指示出した。
現在、会戦の火蓋は“シンファクシ”を発見するまで相手側が握っており、特殊炸裂弾頭ミサイルを勧告も無しに放つことだってありえるため、即座にスクランブル発進ができ交戦する状態に持ち込むなら航空母艦での待機が望ましいであろう。 迎撃はイージス艦や地対空ミサイルシステムが配備されているため特殊炸裂弾頭ミサイルにまで我々が手を回すことはできない――というよりも手を回す方が無駄なのだ。
発射された弾道ミサイルは海上自衛隊のイージス艦や航空自衛隊の警戒管制レーダーで捉えられコースを計算され本土に着弾するとなった場合、まず最初にイージス艦が弾道ミサイル防衛専用のスタンダードミサイルを放ち高い精度で迎撃が成功する。 迎撃できない場合は航空自衛隊が保有する広域防空用の地対空ミサイルシステム、パトリオットミサイルが発射されるという二段構えとなっているのが現状だ。 そのため“
「――でも本当に大丈夫? 体調のことじゃなくて……その、リリィちゃんが考えてる事の方は……」
「分かる?」
「リリィちゃんを理解したかったから――違和感は感じてたよ。 多分だけどF-15Cの事だよね――雪風ちゃんに関しては滑走路がなくても計算上では発艦する手段はあるけど、F-15Cに限ってはカタパルト使っても無理なんだよね? 私の計算が間違ってないのなら
「んー、まぁ……束がした計算も間違ってないんだろうね。 でも、それ以上に空軍機というだけで問題になる部分があるわけだ」
その言葉に束は一瞬だけ不思議そうな声を上げ何かに気がついたのか息を呑む。
“
この差は非常に大きい。 なにせ航空基地と同じ着艦速度で降りてしまえばアレスティング・ワイヤーは機体の速度を落としきれず切れるか、着艦しようとしている機体を甲板に叩きつけるか、そのままオーバーランさせ不安定になった機体を立て直す暇もなく海に落とす結果となる。 短距離での着艦を行うには限界まで着艦速度を落とす必要があるのだが失速しない限界まで落としても航空母艦の甲板では距離が足りず、アレスティング・ワイヤーを使って止まるにしても主脚は大きな衝撃を必ず受けるため再び空に舞い上がるには点検し本格的な修理を行う必要がある――しかしF-15C“
“白騎士事件”時にも“
「従来の蒸気カタパルトでは加速度の微調整が効かないため、機体に強い荷重を与える事に目を向けないといけない――この荷重で一番影響が出るのが前脚だ。 機体側でエンジンを回しているとは言え、それ以上の加速を一瞬で与えるのだからカタパルトに引っ掛けた主脚へのダメージは無視できない程に大きい。 そこに束が懸念する積載する燃料や弾薬――つまりは積載量によって撃ち出すのに必要となるエネルギーと滑走距離の増加。 カタパルトが与える加速を倍以上にしたところで前脚が耐えられずに破損し満足に打ち上がることも無いだろうね。 もしも、それらを無事にクリアして発艦できたとしてもカタパルトから打ち出され海面に向かって機体重量によって沈む分を、どのように空軍機で立て直すのか……とか」
最初から航空母艦でF-15C“
カタパルトには様々な種類が存在する。 1922年に世界初のカタパルトによる発艦を実現した航空母艦“ラングレー”では、直前に火薬を爆発させることにより加速度を生み出すという火薬式カタパルトが使用され、1942年には実戦において実用性のあるということで“エセックス”級航空母艦以降から改良型油圧式カタパルトが採用された。 未完成に終わってはいるがドイツ海軍が建造していた“グラーフ・ツェッペリン”には火薬式と空気式カタパルトの二種類を搭載予定してる。 技術が進むにつれて使用されるエネルギーが爆発物、液体、気体と変化しているのだ。
だが電子機器等が発達した現代においてそれらは原始的な手法であろう。 ならば
「束はSF映画とかに出てくるリニアカタパルトって知ってる」
ロボットアニメとかに出てくるのなら原理は理解してるつもりだけど――と返答され小説とか映画じゃないんだとリリィは呆然とした。 クラリッサで理解しているつもりであったが日本のサブカルチャーである漫画やアニメにもSF要素が盛り込まれているようだ。 しかし当然それらは完全に空想の産物というわけではない。 何かしらアイディアとなった実在する原型が存在する。
Electromagnetic Aircraft Launch System――電磁式カタパルト、もしくは電磁力航空機発射システムと呼ばれるものがある。 これは現在開発中のリニアモーター、つまり電磁力を使用することで航空機を加速させるという物で、今現在使用している蒸気カタパルトを更新する計画で開発が進められていた。
1912年にエミール・バチェレットが考案した電磁力を使用し物体を加速させるというシステムはカタパルトに転用した場合、蒸気カタパルトとは違い軽くて小さくメンテナンスが容易であり蒸気配管を必要とせず滑走路を更に短く、また航空機に与える加速度を蒸気カタパルトは微調整が効かず航空機に対して負荷を与えやすい状態だったのを電磁式カタパルトは高い制度でコントロールできる等、複数の可能性を示唆されている。 そのため現在も開発計画は進められているはずなのだが、やはり“
送られてきた
「――こちらドイツ連邦国防省連邦防衛軍所属の航空管制指揮官“
《確認した。 上から滑走路の変更があったと聞いているが燃料の方はどうだ?》
「問題ないとは言い切れないが飛行が出来ないという状況でもない――このまま指定された地点にて待機する。 状況に応じて其方の許可を得ずとも離陸することになるが問題はないだろうか?」
《統合幕僚監部からは“
「そうだ。 本機とF-15Cが五機――計六機が本作戦に参加することとなる」
《了解した。 当機のIFFを登録するため動作モード4にて現状を維持してくれ》
レーダー上に現れた点に対してリリィの行動は早かった。 その反応が航空自衛隊のE-767であると予測した直後に指定されていた周波数を使用し無線交信を行う――既にドイツの地から、この六機が飛んできたという事実は隠すようなことでもないため敵性組織に聞かれていても大きな問題にはならないであろう。 それに加え敵機と誤解されたままスクランブル発進されても困る。
今の自衛隊は一瞬でも気を抜くことができない状況に置かれているのだ。 その緊張を我々に向けられても困るし、このせいで特殊炸裂弾頭ミサイルを迎撃しそこね被害が出たなんて笑えない状況を迎え入れる予定は一切ない。 既に通達はしていたが領空域直前とは言え早急に我々は敵性航空機ではない事を伝える義務は此方にはある。
《――よしいいぞ、其方の機は全て登録した。 これより本土上空を通過することになるため二機が監視する形となるが構わないな?」
「構わない――住民に対して騒音を与えるつもりも元よりない。 現高度のまま目的地まで飛行する」
《了解した。 貴君の参加を心から歓迎しよう》
空間受動レーダー上で“
その程度で“
当然、僅か一週間足らずで“
やめよう――現状自衛隊とは敵対してはいない、むしろ友軍だ。 裏切る可能性がないわけではないが非常に低い、それなのに敵性航空機になることを前提として考えている。
本土を横切るのだからコレが当然の対応なのだ――リリィは仕方が無いと肩から力を抜いて座席に沈み込む。 だがやはり何も武装をしていない編隊に武器を突きつけられるのは余り良い気分ではない。 こんな任務、早急に終わらせて一息つきたいものだと空から日本の夜景を眺め続ける。
故郷の空が息苦しいのは自分だけではないはずだと前席でCFA-41“
《――予定地点を通過。 “
「貴殿らのエスコートに感謝する」
本土上空を過ぎ小笠原諸島上空付近までの監視が任務だったらしく、F-15J“
――Confirm the fleet including the specified aircraft carrier……
雪風が指定されていた艦が含まれた艦隊を発見したのか地図を移動させ目標となる艦を示す。 現時点では視界が悪く、遠くに見える光しか判断がつかない――だが近づくにつれ航空母艦が飛行甲板を照らす光だと理解できるようになる。
《こちら“
「……なんか聞き覚えがある声だな。 こちら“
《いつでもいいよ。 甲板は君達のために全て開けてある》
「了解した。 全機に告げる――これより九番機から順に着艦チェックを実施し空母“
CFA-41“
束も速度を落とし高度を下げながらCFA-41“
全ての稼働翼を着艦時のままにし誘導され動きを止める。 エンジンの回転が止まりエアブレーキとして大きく動きを見せていた主翼が水平に戻り――手を挙げるかのように翼を畳む。 カプセル状のコクピットブロックが折りたたまれた翼の間に移動しキャノピーを開放――まだまだ寒い冬の冷気が潮の香りと共に二人の肌を撫でていく。
「――お疲れ様」
リリィはコクピットブロックから先に出ると機体の上を歩き束の顔を原子力空母“
何を馬鹿な真似をしている――叫びそうな思いで周囲を見渡すも既に隠すには遅すぎた。
篠ノ之束という素顔は甲板上の者達に晒され混乱と困惑が生み出される。 確かにリリィは正体を顕にし“
なにせ視線の先にいる人物もまた篠ノ之束なのだ。 同じ人物が二人もいる状況を言い逃れさせないためには目撃者という存在は多いほうが良い。
リリィ達の一言で“
現に視線の先にいる二人は余裕そうに微笑んでいるのだから意味は有って無いようなものであろう。
「――私は
そう静かに答え束はシートから立ち上がり甲板に降り立つ。
“
だからこそ束は正体を隠すことなく降りたのかもしれないし、別の思惑があり交渉材料として曝け出したのかもしれない。 目的を隠したまま静かに監視している理由を問うために腹を見せて話そうという意思を見せたのかもしれない。
――仕方ない……出来る限りフォローはしてみるけど、無理だった場合は“フリーダム”を展開して即座に離脱する方向で行こう。
束の見えない思惑が幾重にも絡まり仕方なくリリィも甲板に降り立つ。
「――この場合はおかえりと言うべき? それともようこそ? 百合はどっちだと思う?」
「無線越しじゃ聞き覚えがある声だとは思ったけど、クソ親父の声ならそりゃ聞き覚えがあるわけだ……まあいい。 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍第五空軍師団所属、スカーレット・リリィ少佐――現時刻を持って……」
「ああ、そういう堅苦しいのいいから――息子が親の元へ顔を見せに帰ってきたんだしさ」
「我々は軍務で当作戦に参加するのであって、個人的な用でこの場にいる訳ではないのですが?」
「私としては結構個人的な用事で呼び出したんだけど……。
予想通り原子力空母“
なにせ正規軍ではない“
「――ん~、会うのは初めてだねぇ~♪」
「私も自分自身に出会うなんていう摩訶不思議な
隣では束が歩み寄ってきた――織斑家でリリィが目にしたままの束と対峙するという不可解な状況に発展しており、警戒し訝しむ束と楽しそうに微笑む束を甲板上にいる作業員は訳がわからないという表情で凝視。 確かにリリィでさえも目の前にいる二人の内どちらが今まで接してきた束なのか判断つかないほど、その容姿は似過ぎている。 現状では服装が互いに違うことから何とか判断が付くというだけで、同じ服装――日本で常に着ていた服装に束が着替えたら、どちらが本物であるのか判断することが難しい。
ただそれでもリリィにとっては同じ容姿をしていながらも、その表情から微かに異なる知性が滲み出ているため戸惑うことはあろうが判断がつかないことはないと感じていた。 リリィがよく知る束からは冷静で落ち着いたモノを――百合奈が連れてきた束はよく分からないが、非常に良く似た感覚と同時に別の違和感を感じ取ることができる。
――何だ、この感覚は……何かが記憶に引っかかる。
百合奈が連れてきた束とは初めて合うはずなのに得体の知れない既視感がリリィを襲う。 知らないはずなのに記憶を探ろうとして所々靄がかかった時と同じような、そんな曖昧な感覚は――まるで初めて束に出会った時と同じような衝撃。 つまりリリィの直感は目の前にいる束がどちらも
そんな馬鹿な、ありえない――同じ人間が同時に存在できるわけがないと自身の感覚を否定する。
「さてと、百合――長旅に疲れただろうけど、“
「え、ああ……そちらに任せる」
甲板上や艦橋では人目が多いことから話し合いはブリーフィングルームで行うこととなり、潮風にCFA-41“
“
――この三時間で私が有益な情報を聞き出さないといけないわけだ。
作戦会議という名目で抑えられたブリーフィングルームの使用時間は三時間。 元々“
次から次にリリィへ降りかかってきた大半の問題を解決する絶好の機会なのだが、束が表舞台に立っても良いという決意を示したせいで何時もより緊張しているのが自分でも理解できた。 人目があるというのも原因の一つなのだろう。 年端もいかない子供が艦内を一人で歩き回る姿に、また現艦内において最高責任者である百合奈に似ているからこそ道行く人々は奇異の目をリリィへ向けている。 リリィ自身そのような視線に慣れているからいいものの、やはり余り気分の良い視線ではなかった。
目的の部屋につく最後の曲がり角に妙な
「おっ、リリィちゃんが来たね~♪」
接近するリリィにいち早く気がついたのは耐Gスーツを身に纏っていない束――つまり百合奈と共にいた方の篠ノ之束が気が付く。 百合という本名ではなく束と同じようにリリィという偽名で呼ぶせいか、目の前にいる二人はリリィが現れる前に服装を交換し入れ替わっているのではないかという疑問に襲われた。
「――なんで入らないの?」
「いや、なんか……リリィちゃんのお父さんが盗聴器とかの不審物がないか、お部屋の中ひっくり返してるらしいんだけど……」
「そんなことよりも本当によく似てるねぇ~。 昔の百合奈ちゃんにそっくりだよ♪」
「それでしたら私からも言わせて頂きますが――貴方も非常に似ていますね。 まるで生き写し、双子の姉妹、クローンのようだと」
いくつか聞き逃すことができない発言が聞こえた気がしたが束と似た性格なら性質上、快楽主義者。 自身の感覚的な快楽を幸福と捉え正しいものとする存在だ。 本心は自分が心を許した相手にしか漏らさず、不快に感じた相手には嘘を織り交ぜ求めているものから遠ざける――それらを見ることで楽しいと快楽を得るような、ある種の愉快犯が篠ノ之束という人間の本質には微かにある。 それがリリィの知る束よりも色濃く感じ取れてしまうため当人からの返答を求めない。 先ほど感じた違和感は恐らく、その色濃く出た部分を本能的に感じ取ってしまったからなのであろう。
――時間は限られてる……待ってる暇はない。
気になることは全て百合奈の口から聞いたほうが早いのだ。 アレは都合の悪いことを別の結果で巧みに隠蔽するが嘘をつくことはしない――そういう性質の人間なのは幼い頃から見ていたリリィにとって当たり前の事実。 本当に盗聴器があるのだろうが、その程度で時間を無駄に消費していく理由はないと、リリィは漏れそうになった溜息を飲み込みブリーフィングルームの扉を開けた。
「ん――ああ、百合。 悪いけど少し待っててくれるかな。 ここの機材の設定が全てクラッキングされてて、ここで会話したら外にまでダダ漏れでさ」
「……できるものなのか? “
「それが私達を除いて確実にできるという人間は二人ほど目星はついていてね」
外部からの接続を切ることに成功したのか百合奈は大きく息を吐くと同時に近くの椅子に座り込む。 特に疲れているようには思えないが、“
それよりも聞き流してしまいそうであったが、そんなことが出来る人物が二人もいるということにリリィは顔に出すことなく驚く。
「でもまぁ、今回のこれは別口の相手さ……。
この問題は1990年に世界規模で修正作業が行われ、対策を行った結果として大きな問題が発生することは無かったが、何の対策も行わなかった場合は大きな問題が発生していただろうと言われるほど問題に挙げられた出来事だ。
しかしながら何事にも例外というものが存在する。
「でもアレって“
「表向きの問題なら篠ノ之博士が口にする通り、我が“
「――裏?」
あの問題の裏で“
「“
「まるで私達に恨みがあるかのようにね~。 あの飛んできたミサイルもきっとね♪」
「……“白騎士事件”の時に飛んできた弾道ミサイルは、おそらく“
ありがとう――と百合奈は束に深く頭を下げる。 我々の問題を外部の人間である束に対処させたことに後ろめたい気持ち感じているのであろう。 二人が迎撃に参加したという事実は百合奈にとって確定情報であり、リリィと“フリーダム”がイコールで結ばれているのは“
しかし“白騎士事件”は“
「――待て。 まさか“シンファクシ”が奪取された原因は……」
唐突にリリィの中で嫌な仮説が組み立てられていく。
それでは五年前にEUを中心に活動していたテログループ、グランダヴィドによって“シンファクシ”が奪取されたという情報センターの回答は間違いで――いや、むしろ“
もしもグランダヴィドへ指示を出している存在が“
「可能性はあると思うよ――なにせ前準備かどうかは知らないけど、百合が来る少し前にこの艦の原子炉が原因不明の暴走状態になりかけてたぐらいだし」
「よく海上で無事に動いていられるね、これ……」
「……その“
「それがわかったら苦労はしないさ。 唐突に何もない電子の海に現れるからこそ、私はヤツを“
その名の通り
もしかしたら“
だが“
言葉通り受け止めるのならば“
“白騎士”とて原子炉以下に該当する。 アレのオペレーティングシステムを開発したのはリリィなのだ――セキュリティーシステムのレベルを知っていているのは当然のことだろう。
生憎とCFA-41“
「まるで未確認人型兵器みたいだね……」
その言葉に百合奈達二人は怪訝そうな顔で束を見つめる。
「――半年前に我々は所属不明の未確認人型兵器に襲撃を受けた。 数度目の襲撃時に航空偵察隊が捉えた映像と証言から、この人型兵器は何もない空間から突如出現したという結果を得られ、我々ドイツ連邦国防省連邦防衛軍は一部の部隊を解体し第五空軍師団内に未確認兵器対策部隊を設立。 迎撃を行い続けた」
「なるほどね。 何もない空間から突如現れる敵性存在――話に聞く限りじゃ“
「この未確認人型兵器を私は――“
そう言いながらリリィは懐から複製した未確認人型兵器――CFA-41“
リリィは既に“
ドイツ連邦国防省連邦防衛軍と“
百合奈と束が受け取った写真をホワイトボードに貼り付け何か話し合う。 至近距離にいるにも関わらず声が聞こえない――背を向けているせいで口が動いているのかリリィには理解できない。 ただ本能的に二人が話し合っているのは理解できた。
“白騎士”を制作した篠ノ之束なら未確認人型兵器ぐらい簡単に製造することができるのでは――という意地の悪い質問に困っているのだろうか。
「――そうだね、私達は“白騎士”とは違う人型の兵器を作ろうと思えば作れるけど、百合の言う未確認人型兵器を開発した覚えはないし、するとしても……こう、もうちょっとかっこいいの作るかな?」
「技術を進歩させる目的のために開発したのではという疑惑がドイツ連邦国防省連邦防衛軍幕僚監部内で少なからずあるのだが。 現に原子力空母を作り試験的に電磁式カタパルトを設置しているぐらいだ」
「そうはいってもねぇ……。 私も束もアレに攻撃されたり監視されたりすることはあっても、作ったことはないかな――というか作れるものなの?」
意味ありげな百合奈の発言をリリィは逃さない。
「百合が言ってる未確認人型兵器って――ある種の機械生命体のことだよね?」
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✔電磁式カタパルト 【技術】
アメリカ海軍とイギリス海軍で現在開発中のカタパルト。
リニアモーターによって航空母艦から艦載機を発射するシステムで、従来の蒸気カタパルト以上の利点を生み出すとして更新が急がれている。
✔“
“
合衆国軍の元で開発された“
艦名は天使九階級における七番目――権天使を意味する。
✔芳乃春 【人名】
篠ノ之束がドイツにおいて使用している偽名。
特に意味はないが、咄嗟に口に出たハルという名前から春に咲くソメイヨシノを連想し名付けたらしい。
✔
2000年問題と呼ばれるコンピューターシステムの問題。
プログラムの問題で西暦の上位二桁を省略し固定した場合、上位二桁がカウントがされることなく再び1900年とコンピューターが認識することから複数の問題が起きてしまう。
✔“
2000年に篠ノ之百合奈が発見した電子的な存在。
ウイルスであるのか知能があるプログラムであるのか判明していないが、“
その正体は――
《エスト・フッガダーツ》
【挿絵表示】