世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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026 27,Dec,2010/Own

 リリィは百合奈が口にした言葉を“Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊に宛てがわれた部屋の中で一人考え続けていた。

 未確認人型兵器は一種の機械生命体である――そう口にした百合奈には迷いが無く、隣にいた別の篠ノ之束も動揺を見せなかったことから冗談というわけでも無い。 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社は確信を持って未確認人型兵器を生命体であると断言したのだろうと判断することができる。 そうなると“CCCNO(シースリーエヌオー)”社は我々以上に未確認人型兵器を理解しているということになるだろう。 数多く交戦経験がある我々ドイツ連邦国防省連邦防衛軍特殊戦術飛行隊以上に。

 しかしリリィへの返答は曖昧で、ただ機械生命体であると断言しただけだ。 それ以上の情報は漏らさなかったというわけではなく、()()()()()()()のではないであろうか。 もしそうであるのならば“CCCNO(シースリーエヌオー)”社も我々と同じように未確認人型兵器に関して情報を多く持っていないという結論になる。

 また未確認人型兵器とは別に百合奈が連れてきた篠ノ之束が既に“CCCNO(シースリーエヌオー)”社――それも役員級の待遇を受け迎え入れられているという可能性が先の会話で確信となった。 世間一般的な知識として篠ノ之束を見ると、彼女は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に保護されている籠の中の姫君というものだ。 “白騎士”を開発した彼女を姫君というのは無理があるのかもしれないし、またその彼女が本物である確証もないが、世間は彼女を偽物であると思っていない。 つまり篠ノ之束は表舞台に現れることもできない拘束された身であると思われている。

 だが彼女は現に我々の前に現れ自由に歩き回り、そして未確認人型兵器を知っているのだ――それも“CCCNO(シースリーエヌオー)”社と同じ情報を最低限。 何故、彼女は未確認人型兵器についてそれほどまでに理解しているのか、という疑問に一番あり得る回答が『百合奈と共に同じ情報を見た』というモノであろう。 どのようにして見たのかはリリィには分からない、だがそうでなければ彼女が情報を知る機会は無かったはずだ。 では彼女は常に何処に居たというのだろうか――歩けば篠ノ之束として注目される現状で彼女の行動は監視されているといっても良い状況であるのにも関わらず、彼女が人目がある場所に現れた報告はリリィの耳に入ってきていない。

 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社も巨大な企業であるため機密情報を得ようとする他国のスパイ等が存在し少なくもない情報が必ず漏れる。 何が漏れたかという内容はリリィにとって重要では無い。 その情報に篠ノ之束の名が出てこないということがリリィにとって重要なのだ。 雪風に指示してハッキングで集めさせた“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に関わる情報の中に篠ノ之束に関する情報がない、それはつまり“CCCNO(シースリーエヌオー)”社内で篠ノ之束を発見できなかったということになる。 そんなことはありえない――彼女は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に保護されているのが表向きの情報であろう、とリリィは報告書を元に図面に書き記し彼女がいるであろう場所にアタリをつけた。 誰もが入ることができる一般区画と勤務するために設けられた区画以外に存在する高位役職を持つものしか入ることが許されない区画。

 この時点では彼女から漏れる情報を危惧して百合奈が部屋を与えたのではないのであろうかと考えたが、百合奈と話してリリィは気がついた。 彼女が居た部屋は百合奈が執務する最高責任者の執務室だと。 そうであるならば彼女が情報を得ることも、誰にも見つかることが無かったということにも説明がつく。

 いや、少し考えれば思いついて当然なのだろう。 彼女は百合奈が連れてきた――恐らく遺伝子強化試験体実験による、限りなく本物に近い複製個体(クローン)の可能性が非常に高いのだ。 ならば目の届く位置に置いておくのに執務室に招き入れないという可能性はゼロでは無い。

 しかし同じ部屋に六ヶ月も共に過ごしていたとはいえ、よく百合奈は彼女の性格に耐え切れたと思う。 リリィの感覚が正しければ彼女は束に似過ぎているのだ――複製個体(クローン)であるのならば当然なのだろうが、リリィと束と同じ状況が執務室でも起きていると言っても過言ではない。 今は“白騎士事件”等の関係で行動に制限が掛かっている束であるが、事件以前に織斑家で見せた彼女の行動は間違いなく執務室でも起きているはずなのだ。 よく、あの熱烈なアプローチに耐え切れるなとリリィは百合奈に感心しようとし――実は既に関係を持っているのではないかと思いつく。 確かに篠ノ之束という存在はリリィにとって魅力的な女性だ、冷静でいられる方がおかしいのだろう。

 ――いや、何を考えてるんだ……私は。

 頭を振ることで思考から余計な情報を落としていく。 一息つき置いてあったコーヒーを少しだけ流し込む。 冬の冷気で冷えた艦内の静けさに余計なノイズが思考に紛れ込んできた事にリリィは溜息混じりに自己分析しようとし――また考えが脱線すると思い直し再びコーヒーに口をつけた。

 しかしリリィでは思いつかない方向からの見解は流石だと思う。

 この世における現象は全て一定の法則によって証明できる。 それで証明できないのであれば自分達が理解し安全だと管理(コントロール)していると思い続けた法則の中に、全く別の理解できない新たな法則が生まれた――いや、今まで発見されることのなかった法則が存在しているということになる。 それは一体何が引き金(トリガー)として作用するのか判断がつかない危険な法則かもしれず、安全だと当たり前のように日常生活に馴染んだ法則と化学反応を起こし何が安全なのか判断のつかない平和とは程遠い世界に変わっていくのだ。

 その状況を阻止するために科学者は日夜、研究を続け未知の解明へと精を出しているわけで――その解明がされぬまま誰もが理解できない未知が世界中に広まれば当然、世界中にパニックが巻き起こるだろう。 “白騎士”の存在が表に現れ一時期、世界経済が停滞したのが良い例だ。 人間は自身の知らない未知という存在があるという事を理解すると同時に恐怖心を覚え、その恐怖心は記憶に深く残り思い出すたびに記憶が行動に制限をかける。 つまり一度知った恐怖心は記憶に刻まれることで類似した状況に置かれた場合、行動に制限をかけ自身を保護するという一種のプロテクトを作り上げるのだ。 記憶が警鐘を鳴らしているというわけだが、その状態で普段通りの生活を送れる者は存在しない。 人は理解できないものを恐れ、その感情を隣人にできないのだから当然といえば当然の結果である。

 リリィとしては、そのような状況を何の罪もない人々へ押し付けるつもりは無い。 軍人としては畑違いとでも言うべきなのであろうか――未知を探求する者でも無いのに未確認人型兵器を生命体として理解しなくてはならない自分がいる。 当然、そうしなくては自身が――束すらも未知の現象によって押し潰されていくのは目に見えていた。 理解するということは生き残るための手段なのだ。 それが自身以外の生命体を殺してでも生き残るために培われてきた人間の業なのだから。

 

「機械生命体、ねぇ……」

 

 映画でも題材になることは少なくはないであろう。 人間と機械のコミュニケーションを描いた作品――人間よりも、ある意味で高次元に達しているであろう無機物に宿る意思は人間よりも純粋で生物ではないのに美しい。 なのに人間にとって理解できないものを現実では生命とは認めないように、リリィもまた理解できない未確認人型兵器を生命体として認めるわけにはいかなかった。

 認めるには状況が悪かったのだ。

 既に二人は未確認人型兵器に襲われており、それを迎撃という名目で殺害(処理)してしまっていた。 どのような理由があるとしても襲われる理由が判明しない状態――つまり相手を理解できていない状態で危害を加えられれば、誰しも良い感情を持てるはずもない。 いくら正当防衛とはいえ人間の常識や価値観が相手にも存在しているというはずもなく、また常識や価値観というものは人間が自らの都合で産み出したモノであり機械生命体にその価値観があるかどうかは不明である。

 別に未確認人型兵器に命や心があると言われてもリリィからしてみたら瑣末な問題だ。 自然のもの全てには神が宿っている――所謂、八百万の神という概念が日本では古くから存在していたのだ、今更機械にも神様という存在がいるとしても不思議ではない。 むしろ神様という存在よりも宇宙人(エイリアン)の一種と思ったほうが話は簡単なのだろう。 機械型の宇宙人(エイリアン)を動物のように人間とは別種の認められた生命体であると仮定してしまうから、未確認人型兵器を人間の尺度で見てしまい命を殺めたという殺生を問題に上げてしまうのだ。 東洋的な視点ではなく西洋的――キリスト教のような人間だけを対象にした考えを持つ方がリリィにとっては気が楽だった。

 神様という存在を殺したという響きよりも侵略を目論む外敵を殺したという響きが聞こえが良かっただけだ。 いくら未確認人型兵器に襲われるからといい毎回のように処理していくのは、個体数も知らない存在を相手と対立するという構図が作り上げられるのは間違いない。 片や人間でありながら“白騎士”を作り上げる等の功績を残した篠ノ之束という天才、対する未確認人型兵器は規模が今だ不明である存在。 世界を戦場にし幾多の人間を巻き込んだ未知との戦争は、まさしく人間対宇宙人(エイリアン)だ。 いくら“白騎士”が産み出されたからと言っても物理現象に乗っ取った性質を持つ“白騎士”に、全くの未知である未確認人型兵器を相手にすることは不可能と言ってもよい。 まして未確認人型兵器は我々人類とは違い物資を必要としているのかさえも怪しいのだ――この時点で有限と無限の我慢比べとなるわけだが、この事実に対してどちらが勝つかという愚かしい質問をする人間はいない。 未確認人型兵器は一体何なのであろうか。 永遠と答えの存在しないであろうその疑問だけが脳内を巡り続ける。

 人が生きる上で自身の都合のために他の生命を殺すことは珍しいことではなく、牛や豚等の食用品として育てられ殺されていく家畜も当たり前のように命ある生命だ。 それと同じようにリリィの都合で消えていく未確認人型兵器――あれも命ある存在なのであろうか。 叶うのであれば、その意思を確かめてみたい。 確かめなくては予測できる未来は暗い未来しか描けなかった。

 ――そういえば束は未確認人型兵器(アレ)が生命体だって言われて、どう思ってるんだろ……。

 何も一人で悩み続ける必要はない。 自分自身だけではなく束も同じように未確認人型兵器に対して対策を取り続け、ドイツの地に足を踏み入れてからはリリィと共に対策を講じてきたではないか。 束の意見を聞くことで今後の方針について目処を付けても問題ではないであろう。 むしろリリィは被害者というよりも加害者に近い立ち位置にいるであろう――こうなると被疑者であるのは束だけである。 その本人の意思を無視して方針を決めて言い訳はない。

 

「……遅い。 一体何やってるんだろ?」

 

 作戦期間中“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊には二人一組として士官室が宛てがわれており、束もリリィが今いる部屋で休息を取ることになっている。 一体何処にいるのであろうか。 狭い艦内――そう遠くに行けるはずもなく束自身の顔が知られてる現在、そう目立った行動を取ることはないであろう。 であれば恐らくCFA-41“Mave(メイヴ)”でスクランブル待機でもしている可能性が高い。 とは言っても肝心の空中管制指揮官であるリリィがここにいるのだから幾分早く待機できたとしても発艦することはできないのが現実だ。

 ふと未確認人型兵器が機械生命体であるのだというのならば、それと類似した――いや、その全てであろう膨大な情報(データベース)を保持した“フリーダム”という機体を持つ自身は一体何なのだろうかと不安を覚えた。 自分は人間のはずだ。 それ以上でもそれ以外でもない。 篠ノ之百合奈という父親を持つ、まだ八歳の子供であるはずなのだ――しかし不安というものは明確な解答が見つからなければ膨れ上がるものである。 この年齢で空軍の管制指揮官を任されるほどの、そして遺伝子強化試験体の存在がリリィが普通の人間ではないのではという不安を植えつけていく。

 自分は人間なのであろうか、それとも未確認人型兵器と同じように一種の機械生命体なのであろうか。 もしくはラウラと同じように人工的に生み出された遺伝子強化試験体の一人なのであろうか――はたまた先程リリィ自身が未確認人型兵器を宇宙人(エイリアン)であれば気分が楽であると思ったように自身もまた地球外生命体なのであろうかと今まで考えたこともない不安が増えていく。

 この不安を解決する方法をリリィは知らない。

 百合奈に問い掛けても嘘はつかないが、リリィの思った通りの解答であればはぐらかされるのは目に見えている。 つまり明確な解答ではないものの、自身が人間であるかどうかについては解答がでてしまうと言っても良い。 それを聞くのが怖かった。

 生命とは抽象概念であるが多くは生き物が生きた状態を呼ぶことが多く、有機物を除いた全ての物質である無機物の金属は含まれることはない。 いくら機械の身体を持った生命体とは言え、それを現状で生き物と言っても良いものなのだろうか。 むしろ未確認人型兵器が生物ではないと明確な結論がでたとしたらリリィは生物であると言っても良いのであろうか。

 自分は生きているのではなく、ただ動いているだけなのではないのであろうか――実は人の形をした機体なのではないであろうか。 未確認人型兵器のことは自身の生命に関わることであるため知る必要はあったが、自身の存在を脅かされる状況に発展するとは思いもしなかった。 自分は生きていても良いのであろうかと暗く沈んだ思考が、そう問いかけてくる。

 

「あ、いたいた〜」

 

 突如、ノックもなしに束が入ってくる。 普段の束ならば異性であるリリィだからこそ扉を開ける時にも慎重であるはずなのに、今日の束は些かその規則(ルール)が曖昧なようにも思えた。 だがそれもそうであろう――よくよく見れば百合奈が連れてきた篠ノ之束ではないか。 束に内面も似て入るが全くの別人である。 違いがあって当然だ。

 

「一体どうしたんですか、篠ノ之博士……」 

「ぶー、まだそんな他人行儀に束さんを呼ぶのかなー。 リリィちゃんは束さんのことをママって呼んでくれても良いんだよ〜?」

「結構です――で、何か私に用事があったのではないでしょうか? 態々ここまで足を運んでいただくほど篠ノ之博士は暇ではないでしょう」

 

 航空母艦とはいえ狭い艦内、人一人が動ける場所は限られているが篠ノ之束として世界中から注目されている彼女が暇な訳がない。 必ずしも何かしらの理由があり彼女はリリィの前に現れた――そう考えるのが自然である。

 この時点で嫌な予感をリリィは感じ取っていた。 最低な父親ではあるものの百合奈の能力はリリィが知る中で誰よりも高く、その百合奈に付き従う篠ノ之束もまた非常に優秀な人間であろう――大抵のことであれば何でも二人で片付けられるが、リリィが必要になる状況という時点で次に語られる内容が大方予測がついてしまう。

 

(ハル)が何かしましたか?」

 

 本物の篠ノ之束に関する以外無いであろう。 いや、もう一つCFA-41“Mave(メイヴ)”についての強化兵装案を提示されているが、そちらは急ぎではない。 消去法で束のことであると見当を付ける。 “ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊に関する指揮権はリリィにあるものの、発着艦に関する最終的な決定権は百合奈が握っている――原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”は“CCCNO(シースリーエヌオー)”社のモノなのだから当然だが、しかし未だ待機中で作戦内容については未確認人型兵器の詳細後に軽く確認した。 ならば作戦内容外でリリィに尋ねなくてはならない状況など束に関することしかない。

 リリィの言葉を聞いて目の前にいる篠ノ之束は少しだけ驚き、何かに納得したのか何度も頷く。 人を食ったような笑みを浮かべているが、その実――本物の篠ノ之束同様に一定の動きがその表情にはある。 本当に先日自身が感じた感覚は正しかったのかと疑わしくなった。 やはり彼女はクローンとして生み出された存在ではないのであろうか、そうであれば自身の感覚が彼女を篠ノ之束であると認識しても説明がつかないことはない。

 

「そうそう、急いできてもらえる? なんだか面倒くさい状況になっちゃってね」

「一体何があったんですか……。 詳しい状況の説明を求めます」

「――倒れたんだよ。 リリィちゃん達が乗ってきた“Mave(メイヴ)”の中で、突然」

 

 冷静であったはずの思考が乱れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い海に束は一人立ち尽くしていた。 

 辺りを見渡しても海水や人の気配、人工物すら存在していない空間は誰が見ても海とは思えないであろう。 そこにあるのは白い粒――それは束が手に取ると砂より細かい粒子の存在なのか水のように手からこぼれ落ちていく。 それらが砂浜と海面のように揺らめいているのだ。 透き通った水やきれいな砂浜があるわけでも無く、ましてやウユニ塩原のような塩の塊というわけでもない――ただ同じ白い砂のようなモノだけが浜辺と海水を表現しているのだ。

 陸と海が同じ物質で構成されているように見えるのに、その法則は別のもので成り立っている。 まるで現実の空間から色という色を抜いたような電子的な光景が束の前に広がっているわけだが、そのような場所を探したところで世界中の何処にも存在するはずが無い。

 ではここは一体どこなのであろうかと束は不思議そうに白い砂から手を離し立ち上がる。

 ――天体は……あんな色のない空じゃ、わかるわけないね。

 空を見上げ自分自身が何処にいるのか理解しようとするも、その空にも色は無く全てが白で埋め尽くされていた。 これでは位置情報どころか距離の感覚すら掴めない。 状況からでは現在位置が掴めないと判断すると束は自身が何をしていたのか思い返す。

 記憶の最後にあるのは原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”の格納庫で並列処理に特化したCFA-41“Mave(メイヴ)”のシステムを使うことで未確認人型兵器の正体に迫ろうとして情報が足りず、雪風に一方的であるが語りかけていたのを思い出した。 CFA-41“Mave(メイヴ)”の機上にいたということは確実なのだ――だが、そこから先の記憶が思い出せない。 どのようにすれば艦内からこのような場所にたどり着けるのだろうか不思議でしかない。

 一般的に“Mave(メイヴ)”とはケルト神話に登場するコナハトの女王を指す。 何故、そのような名を雪風の器である機体に名付けたのか理解できないが、まるで女王の名を関するCFA-41“Mave(メイヴ)”が束を神話のような幻想的な空間へ導いたようにも感じ取れ――非科学的な思想だと思わず笑いがこみ上げた。

 まず間違いなく自身がいるこの白い空間は地球では無い。 辺り一面が吹雪いている状況であるならば視界が白く染まることはあるであろう――しかし残念なことに視界状況は良好であり吹雪いているという状況でも無ければ雨や突風が束の身を襲うこともない。 日差しを感じることも無く気温による不快感も無い。 数分間、その身で確認した限りでは風が吹くこともなく気候すら存在しないのではないかと思えてきてしまう。

 ここは一体何処なのだろうか、何故原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”にいたはずの自分が、何故この空間にいるのであろうか。 まるで夢の中にいるようだ。 重力というものが存在しないような感覚を束は何度も味わったと身体が覚えている――ならばこれは夢なのだろう。 だが、その結論も束の何かが違うと訴えかけてきていた。  夢のようで夢ではない空間。

 必死に思い出そうとするも深く潜った記憶は、そう簡単に束の手に収まってくれそうにはなかった。

 これは中々に厄介な状況だね――と束は小さく毒づく。 自分自身が一体何者なのかは理解できている点で言えば別に記憶喪失という訳ではなく、記憶というページが虫食い状態で正確に読み取ることが出来ないという状況が適切であろう。 完全に思い出せないという訳ではないため虫食い状態というよりは多少はマシな方だとは思うが、それでも思い出せないというのなら然程変わりはしない。 リリィであれば、このように忘れる事はないのであろうと直感像素質者であることを羨み、このような状況に陥ることはなかったのであろうと自身の不甲斐なさに溜息を付きたくなる。 隣の芝生は青く見えるとはよく聞くが、実際に体感したのはこれが初めてかもしれない。

 思い出せないのは仕方がないと割り切り、記憶の最後――CFA-41“Mave(メイヴ)”の機上にいたと仮定し、この場所が一体何処なのかと考え始める。 現在位置が航空母艦の中、海上でないことは確かであるが地球上の何処を探せば、このような色が抜け落ちた世界を見ることが出来るのか。 まるで色を塗りつけられる前の真っ白なキャンパスにすら思える光景は、束の感覚を徐々に惑わせていく。

 地球上には存在しない光景。 そう考えふと、この場所は地球に存在しない――つまり地球以外の惑星ではないであろうかと一つの仮説を立てるが、もし別の惑星だとすると自分はどのようにして惑星間を移動したのかという問題が立ちはだかる。 CFA-41“Mave(メイヴ)”には高高度での活動を阻害しないよう従来の酸素共有装置と“PIC System”を応用した酸素共有装置の二種類が備えられている。 後者は空中管制指揮を円滑に行うためリリィの発案の元開発されたシステムであり戦闘時にしか作動することができない短時間的なモノであるが、これを使用すれば大気圏外での活動も可能とでも言うつもりであろうか。 いや、それは無理だ。 それを開発したのは束でありシステムの限界も理解しているし、また大気圏外に出るということは地球の衛生軌道に乗るということであり、その速度はマッハを超える――静止している宇宙空間と自転し続ける惑星の大気、その摩擦熱によって耐熱処理を行っていない機体は燃え尽きるであろう。

 この状態から抜け出すための情報を束は持っていない。 何か手がかりはないであろうかと辺りを見渡すと遠くの空間が歪み、その異常な数値を読み取ったのかウサミミに内蔵したシステムが自動的に望遠システムを起動させる。

 そういえば自分は半年前から篠ノ之束としての特徴を消すためにウサミミ等の装飾品を付けなくなったはずではなかったかと思い出し自身の姿を確認した。 水色を生地に白いエプロンと黒いリボンで腰を装飾した見慣れたアリス服――そして解いていたはずの首横で編んだ三つ編みにウサミミ。 “白騎士事件”以前に好んで着ていた服を身に纏っていた。

 

「まぁ、便利だし良いけど……」

 

 使い慣れたアリス服には様々な技術(ギミック)を組み込んでいるため、何も持たず投げ出された訳ではないことに安堵の息をつく。 しかし光学望遠された映像を見て束の背には冷や汗が流れた。 リリィという“フリーダム”が近くに存在していたからこそ薄れていた危機感が、空間投影された映像に映る幾多もの未確認人型兵器の登場により露わになる。 何もない空間であるのならば何も存在しないという考えは通用しないのであろう――見たこともない形状(タイプ)の未確認人型兵器が複数機混ざる、その光景は望遠システムが正確な機体数を読み取ることができないほどに存在し、今もなお増え続けていく。

 目算で数百機は超えているであろう。

 これはまずい――リリィが近くにいない今、自身を守れるのは己以外誰もいない。 そんな束自身の装備も戦闘用にと用意したものはなく、また地形を利用して撒くことも出来ないほど、この空間は束にとって敵であった。 陰になる場所もなければ、この服装を隠す色もない。 一瞬でも幻想的であると思ってしまったが追い詰められた状況では、この理解できない場所は檻のようにしか感じ取ることしかできない。

 ウサミミに搭載していた防衛システム“Passenger Protection(パッセンジャー プロテクション) System”は“白騎士”にも採用した同型のコアがなくては動かない――そして、その肝心なコアは現在CFA-41“メイヴ”の核として雪風の名が与えられている。 つまり今の束は兵器に対し丸裸も同然なのだ。 そんな状態で未確認人型兵器の接近を許せるはずもない――逃げようにも人間の足にはエンジンが付いてるというわけでもなく、障害物もない場所で逃げるには分が悪かった。

 “白騎士”を作ったとはいえ、それ以外は人間の範疇に収まっている束に、この状態を対処する力は無いのだ。

 

「――束、無事?」

 

 唐突に聞き覚えのある声が後ろから聞こえ身構えつつも束は振り返る。 先程まで無かったはずのガラスが割れているかのような亀裂が空間に生じ、その中心で“フリーダム”が束を見つめていた。 どのようにしてリリィが束の元に駆けつけたかは理解できないが、詰んでいた現状に希望が舞い降りたことだけは確かだろう。

 だが空間というものは壊せるものなのであろうかと“フリーダム”後方に作られた亀裂を見て束は思う。 やはり地球の法則が適応されていない場所なのは間違いが無いようだが――そこまで頭で考え、そして頭を振ることで思考から弾き出す。 それは今考えるべきことではない。

 “フリーダム”は即座に翼の中に収められていたバラエーナプラズマ収束ビーム砲と、両腰のクスフィアスレール砲の砲身を展開させ、ゆっくりと近づく未確認人型兵器を捉え、右手に持つルプスビームライフルを合わせた五門の砲身から光を放ち、それは何ら抵抗を受けることなく真っ直ぐに未確認人型兵器へと吸い込まれていく。 プラズマが電光が白い空を走り焼いていき、未確認人型兵器という生命体をリリィは無慈悲にも殺していったのだ。

 リリィの中では未確認人型兵器が生命体だとしても関係ないのであろう。 敵が人でも機械でも変わらない――誰が敵であろうとも自身の存在を脅かすものは排除するだけ。 そう思うも少しばかり妙な感覚が束を襲った。

 撃ち出される砲撃に無駄弾がないのは変わらないのだが、その射撃速度が記憶にある光景よりも幾分か早いように感じ取れるのだ。 そういっても束が見たことがある“フリーダム”のマルチロックオンシステムによる乱撃は“白騎士事件”時の一回しか無いのだが、その光景は目に焼き付いて忘れることは無い。 必要最低限でありながらも美しい狙撃のような正確性がある射撃――しかし目の前に居る“フリーダム”からはそれらが感じ取れない。 ただの力任せな射撃のようだと束は思えたのだ。

 同じ“フリーダム”からの射撃のはずなのに何かが違って見えた。 一体何が違うというのであろうか――その不明慮な部分を束は理解できない。 精密な射撃は常に未確認人型兵器の中央――胴体(ヽヽ)に直撃しているというのに。

 本当に目の前にいる“フリーダム”はリリィなのであろうかという疑問さえ頭に浮かぶほど、その姿は束にとって微かな違和感を放っていた。 まるで自分が知っているリリィとは違った、情報を得たいと思わない意志が射撃から感じ取れたのだ。 今までは四肢を欠損させ鹵獲した後に情報を得ようとする姿勢(スタンス)でいたのにも関わらず、今は未確認人型兵器を破壊し続けている。 しかし“フリーダム”を所持しているのはリリィただ一人だけのはずだ――声からも別人である可能性は限りなく低い。

 一体何がリリィの心境を変化させたのであろうかと束は理解が出来ない思惑に不安になった。 ここが何処なのか、なんで自分は一人なのか等――様々な疑問が浮かび上がり口に出したかったが、目の前にいる“フリーダム”は本当に自身が知る篠ノ之百合と言う名を持つリリィであるのか疑問に思えたのだ。 別にリリィを信用していないわけではない。 それでも本人らしかぬ急激な方針変換を相談もすることなく攻撃態勢に移るほど、現状は迫られてもいなければ窮地に追い込まれたわけでもない。

 リリィらしかぬ行動が束の目には、目の前にいるのが自身が知っている――本物のリリィであるのかという疑問を植え付けていた。 おそらくリリィも、もう一人の篠ノ之束を見て同じことを思っていたのであろう。 全く持って見分けのつかない存在が目の前に現れた時、それをリリィは理解しようとしたはずだ。

 

「それにしても厄介な状況になってるね。 一体誰が束をこんな空間に引きずり混んだのか……なんて心当たりあるからアレだけど、いつの間にか退路が塞がれちゃったし空間への干渉(ヽヽ)もできなくなってるし。 逃がす気はないだろうしね……」

 

 その言葉を肯定するかのように遠方が歪み始め、“ジン”を始めとした未確認人型兵器が更に現れる。 先ほどの機数とは明らかに違う白い背景を塗りつぶしていく黒。 まるで汚染源から広まっていく毒のような光景を見ていると束は無意識に望遠システムを起動させて絶句した。

 未確認人型兵器はただ出現しているのでは無い。 足元に広がる白い粒子と同じ空を象っている物質で粘土を捏ねるかのように形を作り、この世界は未確認人型兵器を産み落としている。 この世界から切り離されたそれらは落下しながら色付き、初めて未確認人型兵器という存在として起動していた。 もしも自身の目が見た光景が直接、そのままの意味を持つというのならば、彼ら未確認人型兵器を生み出しているのは束がいるこの世界そのものだと言う事実。 この空間内に束が居続けている限りは襲撃は終わることが無いという事だ。

 早急に逃げ出したい気分になる――逃げ出せる場所があるならの話になるが。

 そういえば先程、リリィは空間への干渉が出来るような事を口にしてはいなかったか――と思い出し束は気が付く。 世界ではなく空間、そして干渉。 つまりリリィの言葉が全て正しいものだと仮定するのならば、ここは惑星ではなく何かしらの限定的な範囲で存在している場所ということになる。 自身を殺すためだけに作られた空間。 さしずめライオンの住処に放り込まれた餌という名のウサギというところだろうか。

 そんな自虐的な思考を束は口に出しそうになり抑える。

 

「いま()はどんな状態なのかな?」

「――“ Schwarzer(シュヴァルツェア)”隊と一部関係者を除いて束が意識不明であることは伏せられているよ。 ただ雪風(ヽヽ)に何らかの不明なアクセスがあったというError(エラー)がパネルに表示されてたから、機体と束の間に何かしらの原因があると思う」

 

 これだ、この違和感だ。 リリィでありながらもリリィではないように聞こえる違和感――今度は間違いなくそれを理解することができた。 雪風に対して不明な介入を行いError(エラー)警告が出る訳が無い。 Error(エラー)警告が出るのは機体に対して外部からの不明なアクセスが行われた時、雪風という人工知能が出すものであり、雪風自体に不明な介入が行われた時点でシステムは陰刻な状態に陥っておりError(エラー)警告を出すことはない。 ハードウェアであるCFA-41“Mave(メイヴ)”の状態を管理するのがソフトウェアの一つである完成された人工頭脳の雪風だ。 Error(エラー)警告がパネルに表示されたということは雪風自体には深刻な影響は出ていないはずなのに、リリィは雪風に何かしらの影響を受けたと口にしたのだ――人工頭脳を開発した本人がそのことを理解していないはずは無い。

 間違いないだろう。 おそらく目の前にいる“フリーダム”の形をした存在は自身が知る“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”というTAC(タック)ネームを持つ篠ノ之百合では無い。 だが贅沢も言ってはいられない状況だ。 現状の驚異は目の前に広がる黒い染み――大量の未確認人型兵器である。 この状況を脱するためには信用できなくても利用しないという手は無いだろう。

 ルプスビームライフルを構え“フリーダム”は再び射撃体制へと移り未確認人型兵器を撃墜していく。 しかし手数は圧倒的に足りていない。 足元に吐き出した熱が機体に返り、バラエーナプラズマ収束ビーム砲の放熱部を過剰なほどに温め続けた。 流石に冷却時間が延び射撃速度が落ちたと感じたのかリリィは能動性空力弾性翼の放熱部を完全に開きHighM.A.T.(ハイマット)モードへ形態を移しながら冷却速度を改善し撃ち続けていく。

 守るべき束のそばから離れられない“フリーダム”は、その能力を十全に発揮できる空へ飛び上がれない。 飛行することによって回避行動と共に放熱部の冷却時間を短縮し更に攻撃を行う――尽きることのないエネルギーを効率よく回し続けるためには空という舞台が“フリーダム”にとって最善なのだ。

 バラエーナプラズマ収束ビーム砲の砲撃が止み黒い染みに幾つもの白い穴が空いているが、そこが黒く染まるのも時間の問題であろう。 いくら核動力によって尽きることのない無限のエネルギーを保有する“フリーダム”とて、その機体に対して起きる現象を抑えることはできない。 バラエーナプラズマ収束ビーム砲はオーバーヒート直前なのだ。

 

「悪いけどお喋りはここまで。 流石にこれ以上、束に近づけさせることはできない!」

 

 結局、束もまだ死にたくはない。 だからこそ生き残るためには“フリーダム”という戦力が性能を発揮できない状態に留まってはいけないのだ。 例え自身を守るものが何一つ手元に無くても、それで生き残ることができるのであれば束にとって最良の選択である。 今までリリィが管制指揮官として選んできたように、束もまた生き残るための選択をしなくてはいけない。

 “フリーダム”は地を蹴り空へ舞い上がる。 その瞬間にも砲身の冷却時間を短くしようと放熱部を開放したまま周囲に熱気を散らし射撃体勢へと移り――冷却を終えた銃口から白い空に線を引いた。 圧倒的な火力が再び放たれ密集していた未確認人型兵器を貫き、後方にいた機体へと直撃――減衰することなく複数の機体を光の矢は貫いていく。 天使が放つ矢といえば思い浮かぶのは恋のキューピットが射る先端がハートの形をした矢であろう。 しかし目の前にいる天使が放つのは励起(れいき)された荷電粒子やプラズマ――美しい光を放っていても、その結果は真逆の破壊だ。

 それが堪らないほど美しく愛おしかった。 破壊という結果ではない――破壊という過程に存在する束を守るための選択が愛おしいのだ。 それが束が恋したリリィでなくても、その声と思いは間違いなくリリィであり、“フリーダム”の向こうに自身の知るリリィの姿を見ているのは理解していた。

 ――呆けてる場合じゃない、攻撃が来ないうちに状況を整理しないと!

 気を引き締め思考を整理しようとするが、既に束の中では自身が何処にいるのかという疑問については大方の見当が付いていた。 この空間(ヽヽ)内で歩いた時、重力という感覚が薄い事に気がつき束は当初、別の惑星ではないのだろうかという結論を押したのだが、その感覚が間違っていたのだ。 重力が存在しないのではなく、重力に影響される物体となる物が反映されて無い――簡潔に言ってしまえば、この空間に篠ノ之束という人間の身体が存在していない。 この場にあるのは自意識だけ。 意識だけの存在だからこそ身体にかかる制約もなければ記憶が使い慣れた服装を当然のように選び身に纏わせている事にも頷ける。

 束の身体が無く自意識のみが存在しているこの空間が、自身の内面を写し出している夢のような場所であるのだとすれば、あのリリィは束の無意識が作り出した存在ということになる。 つまり束の理想とするリリィという存在が目の前にいる“フリーダム”なのだが、思考が――本能がその存在に惹かれない。 魅力が無いのとはまた違う。 束が恋したリリィとは違い落ち着いているのだが、妙に何かを必死になって隠している不思議さが新鮮に思えるも好ましくない。 自身との距離が遠いのだ――物理的な意味ではなく心同士の距離がだ。

 そんな考えをしていたからか“フリーダム”の後方――束に近い位置で空間が揺らめいたのに気が付くのが遅れた。 そのことにいち早く気がつき“フリーダム”もルプスビームライフルを構えるが未確認人型兵器を挟んだ向こう側に居るのは守るべき束であることに気がつくと即座にルプスビームライフルを後腰に固定(マウント)し左腰からラケルタビームサーベルを引き抜き戻る。 それほど遠くはないが近くもないという距離を“フリーダム”は駆け抜け追い越すと同時に二機の胴体を断ち斬り、急制動をかけながら上半身と下半身の位置を反転させ逆さ撃ちのようにバラエーナプラズマ収束ビーム砲で別の二機を貫く。

 そこからは同じような光景が再び続いた。 “フリーダム”の圧倒的な火力が迫り来る未確認人型兵器へ向かい、それに対して未確認人型兵器は数を増やすことで対抗しようとしている。 先程と何も変わらない――そのように見えて“フリーダム”が一時的に束の元へ駆けつけた為に押され気味だ。

 何とかして状況を脱する手段を見つけなくてはならない。

 この空間は束を中心に地面となる部分を除いた四方を一定の距離で半円状に存在しているのは望遠システムによって距離を測定したため確定しており、先の“フリーダム”が放った砲撃によりこの空間における重力や空気抵抗等の数値が設定されていないのではないかという疑惑も生まれていた。 そして身体を残し意識だけが存在し、束の記憶にある最後の場所CFA-41“Mave(メイヴ)”の機上という時点で、この空間がCoreー02――雪風の核が作り上げた仮想空間であることは確実であろう。 しかし仮想空間を利用していたのはCFA-41“Mave(メイヴ)”に雪風を搭載する前の話、現在はプログラムを移し替えCoreー02は初期化され雪風の中核として稼働しているはずだ。 仮想空間が起動することはありえなかった。

 考えても理解ができないどころか明確な回答が用意されているか怪しい疑問を考えている暇はないと、これも後回しにし束は空間投影モニターを操作することでCFA-41“Mave(メイヴ)”の管理システムである雪風に直接のアクセスを試みる。 本来であれば外部からの操作によってアクセスをするのだが、既に意識だけは仮想世界の中――いわば雪風の中に入り込んでいるも同然なのだ。 だからこそ直接的に雪風を起こしシステムコンソールを起動させる。

 思ったとおり起動することができるということは仮想空間内部である事が確実ということとなった。 途端に周囲の電源が落ちたかのように周囲一帯がブラックアウトする。 戦闘していたはずの“フリーダム”や未確認人型兵器すら存在していない無の世界――今度は白ではなく黒の世界に束は取り残され、数秒おいて視界が白い世界を映し出す。

 確かに何も設定情報がなければ、このような色も形もない白い空間になるのは当たり前なのだろう。 全てのデーターを初期化(フォーマット)し、その空になった部分を使い未確認人型兵器の情報をコピーしたのだから、この空間において唯一情報のある未確認人型兵器だけが生み出され色が付き活動するのは当然だった。 しかしそうなると仮想空間のシステムが正常に稼働していることになる――このような設定をした覚えがない時点で、誰がこのような設定をプログラムしたのだろうか。

 Core-02を介してCFA-41“Mave(メイヴ)”のシステムを管理している雪風に束は接触(コンタクト)するため指を走らせる。 もしも外部からの異常な介入があった場合、雪風は全てのシステムを保護するため製作者を含めた全てからアクセス行動を拒むように作られているため、システムの緊急事態と認識させ接触(コンタクト)をするのが間違いない。 もしも拒まれても内部からの緊急アクセスだ、雪風は突然自身が管理していたはずの場所から不明なError(エラー)が吐き出されたということに訝しいと思いつつも確認するはずだ。

 ――Confirm application of emergency code.

 即座に束を認識したのか新たなウインドウが眼前に表示されメッセージログが流れた。 どうやら雪風は拒むことはないようだ――その事実に安心しつつも、いったい誰が仮想空間のシステムを起動させたか問いかける。 All authentication systems are authenticated with "Scarlet 1" code.――“Scarlet(スカーレット) 1”によって全てのシステムが構築されれ認証したという一文が返答として表示された。 馬鹿な、ありえない――そんな思いでテキストログに表示された文字を束は食い入るように見つめ自身の記憶を探るも、そのような記憶は一切ない。

 ――All authentication systems are authenticated with "Scarlet 1" code.

 一体何が起きているというのだ。

 

「“Scarlet(スカーレット) 1”から“Mave(メイヴ)”、雪風へ――現システムを停止し私の開放を求める」

 

 それで終わるはずなのだが雪風からの返答は無く代わりに、Wait five seconds.(五秒待て)――それだけだった。 状況を打開する方法を求めたのが間違いだったのだろうかと不安になりながら束は返答通り五秒まつ。

 ――Successful intervention in the system.

 そのテキストログに表示された瞬間、そのウインドウの向こう側に光が収束する。 一体何が起きるというのだろうか。 徐々に光が形を作っていることから出口というわけではないだろう――人の足にも見える形を作り光は徐々に移動し他の部位を作り上げていく。 これが雪風の答えなのだろうかと束は狼狽えた。 光は人の形を作るとメッキが剥がれるかのように発光部分が落ちていき、中から一人の少女が顔を見せる。 どことなく見覚えのある顔立ちに長い銀の髪を持つ少女――雪風だと束は本能的に理解した。 仮想空間内は雪風にとって同じ身体の中に存在している部分であるのと同時に自由が利く庭のようなものなのだろうか。 だからこそ自身を表す数値を仮想空間内に作り上げることで擬似的に人の身体を容易に作り出すことが出来るのだろう。

 小さくもリリィに似た可愛らしさを持つ少女は微かにラウラに似た面影を持っており、束は同性ながらも見惚れていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「――状況を確認。 外部からの不明なアクセスによる内部介入者を三名(ヽヽ)補足――内一名を対象として確認。 しかしError(エラー)による内部データー改竄を行ったログを発見できず――処理。 ハル大尉、迎えに来た」

「……えーっと、雪風ちゃん……でいいのかな?」

「その返答に対しての回答は存在しない。 我は人工知能ユニット、識別名称である雪風が作り出した側面でありそのものではない。 我は雪風でもあり我でもある」

 

 つまり雪風には違いないが同時にシステム内部に作られた別の雪風と考えるべきなのだろうか。 妙な言い回しに少しだけ混乱しそうになるも束は今重要なことではないと頭の片隅に置いておくが、外部アクセスによって自身を含め三人も仮想空間内に存在しているとはどういうことだ。 リリィの他に一体誰がいるというのだろうか。 いるのであろう――束を仮想空間に追い込み雪風に悟られないよう内部から鍵をかけて未確認人型兵器のデーターを使うことで正体を明かすことなく自身の行動を封じようとしたものが。 この状況を作り出した現況が、この同じ空間内に。

 

「内部システムの復旧を完了。 Error(エラー)により発生したデーターを消去。 仮想空間のデータを順次破棄――同時に指定された正常値を再構築。 確認これにより現システムの正常稼働ラインに到達、安定を確認。 データの欠落、見受けられず。 転送準備開始」

「ちょ、ちょっと待って雪風ちゃん! ここには私とリリィちゃんの他に誰がいたの!?」

「“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”はいない。 仮想空間(ここ)にいるのは大尉の他に不正なアクセスによって入り込んだ二名だけ」

 

 問題が解決したことにより解放されることに安堵し、思い出したかのように雪風の言葉の意味を問いかけた。 束の推測が間違いでなければ後一人、自身の知らない誰かが紛れ込んでいるのだ――未確認人型兵器に繋がる手がかりになる可能性は十分にあるだが、雪風の返答に束は自身を助けに現れた“フリーダム”はリリィではないことを思い出す。 ならば束の他に後二人誰が仮想空間内にいたのであろうか。 あのリリィは自身が知る篠ノ之百合ではないとして一体何故、こんなところにまで助けに現れたのだろう。

 今もなお遠方では幾重もの光条が空間を貫き爆炎が発生する。 まるで網のように伸びた光が未確認人型兵器という獲物を捕らえ破壊していく――あれは“フリーダム”が戦闘したことによって発する光だ。 その速度は束を守って戦闘していた時よりも早く、その空を覆っていた黒いシミは明らかに少なくなり白い空が所々見え始めている。 しかしその光を放つ“フリーダム”は束の知るリリィでは無い別の誰か。

 “フリーダム”を所持するリリィではないリリィ、そんな人物に束は心当たりが――あった。 可能性は限りなく低いが束は目の前に現れた“フリーダム”がリリィであるという瞬間を見ていない。 そうリリィの姿を束は、この仮想空間内で見ていないのだ――見ていたのはリリィの声を発する“フリーダム”だけ。 ならば一体誰が自身の前に現れたのかなんて簡単な答えだ。 雪風の言葉を信じるならリリィは仮想空間内に存在はしておらず、リリィに似た人物――“CCCNO(シースリーエヌオー)”最高責任者である篠ノ之百合奈、もしくは北米市部長であるエスト・フッガダーツの方であろうか。 この二人しか束が知る中で全てがリリィに一番近い存在はいない。

 だが助けに来る理由が見つからなければ、何故“フリーダム”を纏っているのかさえ理由も分からない。 後者は自身の姿を隠すため雪風と同様にデーターを改竄し仮想空間内で“フリーダム”の形をとっていただけなのだろう――いや、それならば身体自体のデーターを弄ることでリリィと同じ姿になれたのではないか。 ならば“フリーダム”は一機だけではないのだろうか。 不明だ。 前者は未確認人型兵器の情報を入手するためであろう――いや、そもそもCFA-41“Mave(メイヴ)”のシステム内部に未確認人型兵器の全データーが入ってることは開発者以外誰も知らないのだ。 何処からか情報が漏れたのだろうか――ならば何故、このような回りくどく開発者に見せつけるような形で入手しようとしたのか理解ができない。 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社ならば、もう少し賢いやり方で気がつかれないように介入することも出来たはずだ。

 

「識別コードは不明。 不正な手段でアクセスが行われたのは間違いはない。 現在逆探知中――Error(エラー)。 追跡不能。 これ以上の処理は大尉の転送処理にも問題をきたす。 残る問題を強制削除」

「……なら今回のError(エラー)は後で報告をお願いするね」

「了解した。 不明に設定されていた(ロック)を削除終了、転送処理開始――You have control.」

 

  I have.――雪風の問いかけに束は声に出そうとして、口に出すのをやめた。 既に転送処理が始められており口にした所で聞こえなかっただろうし、雪風自身が『貴方が操縦してくれ』と言葉を投げか瞬間、その操縦権限は束に全てが移譲されたのだ。 仮想空間に囚われていた束という存在が本来あるべき身体に戻りコントロールを取り戻す。 自身の身体は貴方自身が動かしてくれ――間違いなく雪風の言う通りだ。

 そういえば雪風ではない雪風という少女に名前を付けてあげるの、忘れてたなぁ――そんな考えを霞んでいく景色を見ながら束は思っていた。 今度出会えるのならば彼女に雪風と名付けられる前、CFA-41“Mave(メイヴ)”にただの人工頭脳として搭載されていた時に口にした名前をつけてあげよう。




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✔雪風 【特殊】
 イージス・ハルフォーフが愛機、F-15E“Strike Eagle(ストライクイーグル)”に搭載されていた飛行補助プログラム試作三号機“Scarlet Ⅲ”を“白騎士”にも搭載したcoreー02を基軸に改修し発展させたことによって完成した人工頭脳。 それにより名称を雪風に変更。
 高度な並列処理を行えるほどに発展したことで操縦者を必要としない理想的な無人機としての能力を持ち得ながらも、“白騎士”と同等のシステムを採用することによって自我が生まれた。 基本的には管制指揮用に調整されてはいるが、それを行いなお余裕が有る処理能力で戦場を常に見続けている。
 coreに影響された結果か、その能力は未知数となった。



《クロエ・クロニクル》

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