世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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▼2016年11月14日:修正しました


002 20,Jun,2010/Lily

「――っ、しまった!?」

 

 その爆発を眺め我に帰った彼は既に海面のどこにも巨体な存在が見当たらず、おそらく海中へと姿を消したであろう“ジン”を思い返し焦る。 

 本当に無意識だったのだ――ただ戦争に投入される強力な兵器だと思った瞬間、反射的に腰に固定(マウント)されていたルプスビームライフルを構え自然と引き金を引いていた。 この世に無駄な血を流させる強力な兵器は、やがて核兵器のように罪もない人々にも向けられる――それが彼自身の意志とは違う何か分離した存在が、あたかも当然のように腕を動かし目の前に迫る敵を壊したのだ。

 まるで標的を見つけ自動で照準から迎撃までを行う自動迎撃装置のように感じられた。

 何を思っても撃墜してしまったものは仕方がない。 同じものは壊れてしまえば二度と同じ形になる事はないのだから――そう思いつつも可能であるなら撃墜ではなく“ジン”を捕獲し僅かでも情報を手に入れられないかと悔やむ。

 “フリーダム”同様に――Zero - Gravity Maneuver Fighter――と付いた形式を持つ機体は、紛れもなく彼にとっての手がかりであった。

 ――Check the whole system normal operation……

 視界の端に表示されていたメッセージに気がつき彼は意識を文字に向けると、それは自動で大きくなり見やすい状態で止まる。 おそらく機体前方に表示が出されているわけではないだろう――これは彼の脳に直接送られた信号を目が、あたかも自身が今見ている光景だと誤認させているに違いない。

 どうやら全てのシステムが正常に稼働し始めエネルギーが全体に回り始めたらしい。 タイミングが悪いどころか最悪な気分である。

 ――やめよう……。

 もしもエネルギーが回り始めていなかったら今頃“ジン”を取り押さえることができたのかもしれなかったのだろうと考え、再び有り得もしない結果を悔やむ自分を振り落とす。 どれだけ悔やんでも結果が変わることはない――現実は“ジン”を撃墜した、それだけなのだ。 

 ――少しでも手がかりがあればいいんだけど……飛べる、んだよね?

 過ぎたことは仕方がない――何度もこうであればと悔やむほど非常に惜しい事をしたが全てが失われたわけではない。 できる限り“ジン”に使用されたモノを回収し調べ上げれば、開発に使用されたであろう技術や場所が分かるかも知れない――そう彼は思考を切り替えた。

 それには海中へと沈んだ残骸を回収しなくてはいけないのだが、泳ぐにしても残骸は金属類であるため子供の力では持ち上げられないほどの重量がある。 船を借りるにしても彼一人では使わせてもらえそうにはなく、“ジン”という存在が人の目に映るのは好ましくない。

 手詰まりだった――少し前ならば、の話だが。

 今の彼は“フリーダム”という機体を使用している。 現代の科学技術では到底製造する事ができないであろうソレは彼の把握できる範囲に青い翼の存在を見せつけていた。

 どのような原理なのだろうか正確には把握できていないが、彼が視認できる範囲は人間の目同様に前方と――真後ろなのだ。 計器類が直接脳に送られていることから、真後ろの風景も直接送られているのだろう――その風景の中に“フリーダム”の背から伸びるメインスラスターとそれに繋がる翼が存在している。

 鳥が飛ぶために必要としている翼が存在しているのだ、人型であろうが飛べるという可能性は十分にあった。

 

「うわぁ……」

 

 膨大な情報の中から飛ぶことに関するモノだけを表示し、その情報量の多さから彼は目を背けたくなる。 当然、その情報は彼の脳に直接送り込まれているため、いくら目を背けたところで視界から消えることはない。

 一体“フリーダム”はなんなのだ、と解析したくなる思いを抑え目を通し始める。

 正直に言うと頭が痛い――今も目の奥が鈍い痛みを感じさせ、この文字の羅列から逃れたいと思っている。 だが逃れてしまえば見も知らぬ誰かの命を見殺しにしたと同義だ――それは巡り巡って彼自身に帰り、止めるものを失った世界は戦火に飲まれ滅びるであろう。

 誰もが最悪の戦争として想像する核戦争が鮮麗(せんれい)され人の形をした核兵器が世界を蹂躙する。 できるなら自身の知らない世界でやれと思いたくなるが、現に“フリーダム”は彼が使用している――その可能性はありえてしまうわけだ。

 ――あった、これか……。

 High Maneuver Aerial Tactical Mode――大気圏内高機動空戦型式とでも言えば良いのか、その情報は簡単に見つけることができた。

 飛行可能とされる原理よりも先に空戦飛行による翼の使用法が表示されたことには呆然としてしまう。 まさかの前提条件が大気圏内での飛行であるのだ、翼が付いているのだから大気圏で飛べるというのは調べなくても当然という事なのだろうか――それとも同型機は全て飛べるのだろうか。

 別の意味で頭が痛くなってくる。

 まず片側二枚の四枚で構成されているように見える翼は、計十枚からなる放熱板のラジエータとしての機能を有する――Active Aeroelastic Wing――能動制空力弾性翼と呼ばれる複合可変翼が重なったものであり、主に姿勢制御のため使用される“フリーダム”最大の特徴とも言える。

 大気圏内では空力制御を行い翼を稼働させることによって高い機動性を実現しており、またバラエーナプラズマ収束ビーム砲専用の放熱板という役割を持っていることから、その大きさは“フリーダム”の本体に匹敵するであろうほど。 撃たずとも理解できるほど強大な火力を制御する重要な役割を持つ部分なのだ。

 他にも長大な砲身を常時展開したまま戦闘行動に動くわけにも行かず、機動性確保のためバラエーナプラズマ収束ビーム砲を挟み込む形で保持するバインダーの役割を持っており、同時に激しい環境変化によって砲身への損傷を防ぐため温度の安定機能も持ち合わせている。

 もはや存在自体が飛行目的のために搭載しているのではなく兵器の補助的役割でしかない。 これら機能を決めたあとに空力制御をするため考えられ、合うような製造をされた翼としか彼は思えなくなっていた。

 ――とりあえず細かいことを気にし始めたら時間がもったいない……やってみよう。

 本当に飛べるのか――実は書かれていることとは裏腹に最初から飛行できる性能は備え付けられてないのではないのだろうかと不安になりながら、書かれている通りに畳んでいた翼を広げる。

 初めて行う制御は彼が飛ぼうとする意思を直接読み取り反応するようにできているようだ。 思考で制御するシステムに感心しながら少しして、それができる人間ってなんなのかと表示されている文面を顔を(しか)めながら再度見続けた。

 ここで問題となるのは飛行するという意思という点だろう。 そもそも人間には飛行するための器官が存在しないため飛ぶという行為に思考が適していないのである。 

 泳ぐという行為も最初の頃は魚のように自由に動けることもなく、ただ沈み流されたり水中を歩くだなのだが、いくらか訓練をすれば人は水の中を泳ぐことができる――自身の息が続く限りではあるが。 人は泳ぐことができたとしても水中の溶けた酸素を取り込み空気を得ることはできない――器官がないのだから仕方がないといえば仕方がない。

 それと同じことが飛ぶという行為にも言えた。

 人は飛ぶことができない――そのため全ての人間が最初から空を飛ぶという不確定な情報を脳が処理するようできてはいないのだ。

 飛び降りる等の重力に従った方法もあるが、あれはあくまで高所から低所に向かって落下することを指すため飛翔とは別の意味となる。 想像力が豊かで飛ぶことに関してイメージが出来ており、その気になれば飛べる――という存在もいるだろうが、どう足掻いたところで人間には飛ぶための器官が存在していない。

 結果、人は飛ぶという不確定な情報を脳が処理しなくなった訳だ。 どうあっても人は空を飛ぶことに適した存在ではないのだから進化の過程では正しいだろう。

 イメージが出来ないわけではないのだが、飛ぶようなイメージをしろと言われて正しい飛翔を出来るかといえばノーである。 誰も実践したことがないのだから当たり前だ。

 しかし“フリーダム”は彼にそうやって制御しろと突きつけてくる。 イメージしろ、細かい制御は補う、ただ飛ぶことだけを考えろ――そう文面から彼に指示し続けていた。

 聞いたこともなければ使ったこともない制御方法に便利だと思う一方、危険性はないかと安全面を気にし始めてしまう。

 しかしそんな不安を消し去るかのように“フリーダム”は浮き始め、気が付けば人の身長を僅かに超えるほど飛んでいた。

 

「お、おぉ……?」

 

 常にコンピュータが広い可動範囲を持つ翼を適正状態に保たせているため、彼が感じる身体が安定を失うことはなく浮き続けている。

 こう動けばバランスを崩してしまう、こう飛べば無駄な空気抵抗を減らすことが出来る等――まるで慣れ親しんだ空に帰る気持ちで“フリーダム”を操っている事に気がつかず、飛ぶという結果を楽しむ。 思えば迎撃のために無造作に起動したピクウス76mm近接防御機関砲も彼は知っていたかのように扱い、一度も展開しなかったクスィフィアスレール砲でさえ後退しながら適正距離で展開していたのだ。

 今でさえメインスラスターを飛ぶという思考と纏めて起動している。 本当は彼自身――“フリーダム”なのではないかと疑ってしまう程に無様な姿を見せることなく綺麗に飛んでいた。

 

「たしかここら辺に……」

 

 特に複雑な事でもないと思いながら“ジン”の撃墜位置まで飛ぶと海面を覗き込むように姿勢を落とす。 高度まで落としたらスラスターの噴射で海面を波立たせてしまい、没した残骸を見つけることができないであろうとギリギリの距離で探し始める。

 ――無い……。

 しかし彼の目には残骸はおろか破片や部品すら残留していない。

 流された可能性を考え辺りを見渡すが周囲に不審な物体は何一つ存在しない――それこそ“ジン”という機体は幻ではないのかと言われて信じてしまうほどに、その存在した証拠は何一つ残ってはいなかったのだ。 後部カメラの映像にも迎撃したキャニス短距離誘導弾発射筒の破片が見当たらない。

 “フリーダム”同様に高さ四メートルを超える機体の残骸が何一つ無いことは不自然を通り越して恐怖であろう。 重たい物質が海中に沈み見つかりにくいと言うなら誰もが納得するが、破片の一つすら浮かんでこず浅い海の中で消えたというのは物理法則を無視した現象だ。

 ルプスビームライフルによって貫かれ失速し海面に落ちて爆発したのなら、どこかに破片が落ちていなくてはならない――だが、その存在は一切ない。 彼の目に映るのは生まれる前から変わらない姿の青い海だけ。

 それはつまり彼が欲した手がかりが消失し、手元に残り使用し続けている“フリーダム”だけが製造元への情報という現実だった。

 ――ん?

 キャニス短距離誘導弾発射筒の破片を探すために確認していた後部カメラの映像に映る騎士を見て、彼は後悔と混乱し続けた思考を切り捨て振り返る。 まだ手がかりになりそうな情報は残っていると近づき――白い騎士が後ずさることで距離が少しだけ離れてく。

 あれだけの火力を見せつけられれば近づきたくも、近づかれたくもないだろう。

 見たこともない機体を一撃で撃破し、素人の目から見ても強力な光条を放つ武器は十分脅威である。 いくら不可視の防御機構を持っていようが、騎士にとって相手にしたくない存在には違いない。

 有利に戦っていたはず白い騎士はルプスビームライフルの一撃を見て先の戦闘が、万全の状態では無いのだと理解できたのか――その姿が多少揺らぐ。 逃げたい衝動に駆られいるのだろうが背中を見せるわけにも行かないため、その場を動けずに“フリーダム”の接近を許してしまう。

 僅か五メートル程の距離を置いて着地するとルプスビームライフルの銃口が白い騎士に向けられる。

 この距離では近接格闘機である白い騎士が有利であるが、“フリーダム”には物理攻撃を無効化する相転移装甲が展開されており、いくら騎士の目と運動神経が良くても相性が悪い。 また接近時の飛行を見る限り空での戦闘機動は“フリーダム”に分があるのだ――逃がすこともなく押し切ることが可能だった。

 

「幾つか質問がある――正直に答えてもらうぞ」

 

 銃口を向けたまま彼は仕事時のように冷淡な口調で語りかける。 非協力的な行動を取れば撃つ――その意思表示は“ジン”の撃墜によって騎士に対し強力な行動制限をかけた。

 あの火力で撃ち貫かれたらどうなるかは想像に難くない。

 彼の若すぎる声に今更ではあるが疑問を持ったのか、少し遅れて素直に従う他ないと判断した白い騎士は剣先を逸らす。 警報音は聞こえないが機体外部に警告を促すモニターが展開されていることからロックオンされていることには気が付いているのだろう。

 

「――その機体を製造したのは、お前か?」

 

 無言であったが協力的であった事に安堵しつつ気になっていた事を問いかけた。 だが回答は帰ってこない――当然、千冬は束の身を案じるのならば素直に答えるわけにはいかないのだが、そのことを彼が理解できるはずもない。

 ――Sense the energy of unknown risk……

 新たに白い騎士のモニターが機体前方に表示され、ルプスビームライフルから放たれた光条を危険であると更に警告を出す。 不可視の防御機構を貫き頭部装甲のセンサー部を溶かした光は白い騎士後方の岸壁まで直進し――その表面というには大きすぎる範囲を崩壊させた。

 

「もう一度聞く――その機体を製造したのは……」

「私だよ」

 

 唐突に第三者の――少し前に絡んできた束の声に顔を横に向け姿を探す。

 

「その“白騎士”を作ったのは私~。 ね、だからソレを下ろしてくれないかな?」

 

 そこには怖けず“フリーダム”の前へ姿を現した束が笑顔のまま、その距離を狭めようと二機に近づいていた。

 相変わらず何を考えているか理解できない顔に彼は苛立つ。

 初めて言葉を交わした時に感じた疲労の原因は、これだ――相手に自身の感情や思惑を見せない徹底した、ある種のポーカーフェイス。 未だ何を考えているか理解できない笑顔は彼の予想を超える白い騎士の――“白騎士”の襲撃という結果を生み出したのだ。

 あの会話の後から束は彼の動きを見続けていたのだろう。 でなければ、このようにタイミングよく現れることもなく再び出会うことも無かったのかもしれない。

 戦場から遠く離れた平和な地に戻ってきたせいか気を抜きすぎたと後悔する。 

 ――なっ!?

 気が付けば音もなく迫っていた“白騎士”が大剣を振り上げ“フリーダム”を切り裂こうと動いており、反射的にラミネートアンチビームシールドを掲げ凌ぐと大剣を跳ね上げ、ルプスビームライフルを落とし空いた右手でラケルタビームサーベルを逆手で振り抜く。 エネルギーが回っておらず起動しないということはなかった――正しく機能しているラケルタビームサーベルは、その熱量で“白騎士”の大剣を溶かし根元付近を切り飛ばす。

 束に気を取られすぎたと焦りながらも大剣を破壊され呆然とする“白騎士”を自然な動作で、その隙だらけになった腹部を蹴り大きく後退させた。

 

「ちーちゃん!?」

 

 その行動は束にとっても驚愕するものだったのか大きな声を上げ、スラスターによって後退する勢いを殺す“白騎士”に叫んだ。 だが気にもせず幽霊のように束の前に移動した“白騎士”は“フリーダム”と対峙する。

 その姿は正しく正義の騎士に見えるだろう。

 

「なぜ出てきた! コイツは危険だ、早く逃げろ!!」

「――いや、危険なのはちーちゃんの思考回路だと思うよ……」

 

 おそらく“白騎士”は束の身を案じているのだろうが、当の本人はその自覚がないようだ。 現状、お互い敵同士なのである――武装し戦っていた戦場の真ん中に非武装の人間が登場するということは平和に浸かりきった人種であっても当然の危険という判断が下せるのだが、現に束は現れた。

 まるで“フリーダム”を危険ではないかのように気軽に――いや、おそらく彼という人間を危険ではないと判断して現れたのだろう。 その目は機体ではなく別の何かを見ているように思える。

 あの時から彼という人間性を測っていたというのなら、束は彼と話が通じると判断したということなのだろう。 まだ出会って数時間も立っていないというのに、彼の性格を断言したかのように姿を現すことを決めたというのはいささか早計ではないだろうかと色々不安でしかない。

 

「……あー、なんだ。 オマエが作った、ということでいいんだよな?」

 

 怪訝そうな声で再確認され束は“白騎士”の影から再び“フリーダム”の前に現れる。 悪びれもせず堂々とした姿は、その笑顔と合わさり彼に何を考えているのか理解させない――いや束という人間は彼に理解できるような枠に最初から収まっていないのだ。 

 見たところ二十代に入ろうかというような学生っぽさがのこる容姿をしているが、その言葉を信じるなら“白騎士”を製造した一人ということになる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「私のこと、ちゃぁ~んと名前で呼んでくれたら聞いてもないことでも喋ってあげるよ~♪」

「――自分が置かれた立場が理解できてないようだ。 この銃口で、その“白騎士”とやらの搭乗者を殺してもいいんだぞ」

「でも、できないでしょ?」

「……できるさ」

「――できないよ。 だって貴方は情報を得たいのに失った、何としてでも人型兵器の情報を必要としてる、なのにせっかくのチャンスを自らの手で失ったばかり。 そんな貴方が態々(わざわざ)得られる情報の可能性を、みすみす手放すような愚かなことはしない」

 

 その言葉は彼の存在するかも分からない身体を震えさせるほどの十分な威力で放たれ、構え直したルプスビームライフルを震えさせ照準を狂わせた。

 確かに束が口にしたとおり彼は“白騎士”の搭乗者を貴重な部品としか見ておらず、それが失われるのは“ジン”を失うと同じレベルの損失だ。 当然、その情報が違ったものだとしても僅かでも可能性がある時点で十分な手がかりだと言える。

 直接的な情報を持っている可能性が高い“ジン”を失った現状、最後の情報は貪欲に集める必要があり、そのためには何一つ欠けることなく抑えなければならない。 人という存在は脆く壊れやすく、そして複製が効かない貴重な情報処理、及び記録媒体だ――彼にとって機体を動かすパイロットという存在は、そういう意味を持ってもいた。

 尋問という言葉があるが、人という存在も情報を得るためには有効な対象なのである。 “ジン”を探した行動で束は彼が『人型兵器に関する情報を求めている』という事を確信したのだろう――その結果、彼は目の前にいる二人を殺すことができないと断言されてしまう。

 間違ってはいない、束の言う通りだと彼は“フリーダム”のまま睨みつけた。

 

「――いいだろう、束。 その要求をコチラは飲もう」

「おっけおっけ~♪ なら一番最初にキミが求めているであろう解答を――要求を飲んでくれた代わりに返すよ。 私とアレは全くの無関係である、ってね」

 

 それは間違いなく彼が望んでいた答えの一つだ。

 

「まぁ、人型のロボットは最近じゃ珍しくもなくなってきてるけど、“白騎士”のようなタイプ――それこそ高速で動き俊敏な対応を実現した人型機っていうのは、世界中どこを探しても……ここにいる機体だけだからね。 関連があるように思えたんだろうけど、束さんはさっぱりわかんないよ」

「――嘘をついて……」

「いるように見えるかな? 本当はキミだって頭では理解してるんじゃない――あの機体、“白騎士”とは全く違った本物の騎士のような露出がない完璧な装甲は人が扱うには不向きすぎるって」

 

 何も言えない程に束の言葉が正しいものであると受け入れるしかない。

 まず彼が注目したのは露出の差だ。 これは防御面以外では重要そうに思えないが、その機体の技術レベルを表していると言っても過言ではない部分である。

 “白騎士”という機体は関節部や身体の反らせ方で装甲が干渉し合う部分を露出、また完全な固定をしていない装甲のため、使用する人間の動きに合わせ可動範囲が決まるのだが、対する“ジン”は19ミリ重突撃機銃を手に取り突撃する際――その関節を二回曲げることで、その可動範囲を実現していた。 いや、二回曲げるというのは言葉として正しくないだろう――身体全体を覆う装甲の可動時における干渉を、可動する部位を増やすことで解決しているのだ。

 柔軟な身体を持つ人が扱うには間違いなく不向きな設計だろう。

 次に違和感を感じたのが“フリーダム”が表示した識別であった。

 “ジン”に対しては正確な識別番号及び機体名称を出したのだが、“白騎士”に関しては識別が出来なかったのである。 登録されていないのなら仕方がないのだが、彼にとって“フリーダム”より性能が劣っているように思える機体が後に開発されたとは思えにくく、類似点が一切見受けられないという不可解な点は簡単に捨てられるものではない。

 明らかに人という形をしていながら人が扱う“白騎士”とは違った“ジン”という存在は、束が開発に関与していない可能性を十分に示している。

 蛇足かもしれないが“白騎士”の理解できない移動法についても、同系列の機体ではないという事を後押しというのもあった。

 なんにせよ同じ人型ではあるが、それ以外は全く関係性を見つけられなかったのだから現状は無関係であるという可能性が大きい。

 

「ところでさ……その機体はキミが作ったのかな~? さっきの見たよ~♪ 斬撃時に装甲の材質を一時的に変化させ組み直し無効化、高エネルギーによって撃ち出されたプラズマで大気が超高温のイオンに変えられるのと同時に……観測しちゃいけなさそうな反応も」

 

 シールドバリアを貫くエネルギーということは十分に可能性あるね、危ない危ない――という声は思考の海に沈んでいた彼の耳には届かなかった。

 なんの反応も見せない“フリーダム”を今なら無力化できるのではと、いつでも行動に移れるよう束の後ろで待機していた“白騎士”が動こうとするが、それを束は――無駄だよ、という一言で止め近くで観察しようと歩み寄る。 当然、その行動はいつ動き出してもおかしくはない猛獣に、何の対策も持たず近寄る命知らずな行為であるため“白騎士”は止めようとするが、束の歩みは止まらない。

 

「おー、戦闘状況はモニターしてたけどアレと同じで“PIC System”を搭載してなさそうだね。 機体各部に――わっ……こんなとこにもスラスターが付いてる……」

 

 新しいおもちゃを見つけた子供のように嬉しそうな声を上げ、束は“フリーダム”の周りを歩きながら観察し始める。

 

「翼の中にも砲身が収まってる、おっきい武器。 翼の装甲は……放熱板? あれ、胸の部分やシールド部にも熱を逃がすためにあったよね――それより大きい放熱板って、この機体どれだけのエネルギーで稼働するの……?」

「お、おぃ――束……」

「――ん、おおっ! ちーちゃんちーちゃん! 見てよこれ、最初なんだろって思ってたけど砲身内部の構造から見てレールガンだよ!! 三つに折られ分割してるレールガンだよ!!」

 

 やけにテンションが高い束についていけなくなったのか“白騎士”は何かを諦めたかのようにうな垂れ姿勢を崩し始めた。

 ――しかし、外装を見ただけで“フリーダム”の大まかな情報を読み取るって……。

 やはり束は演技をしており“フリーダム”を開発した人間の一人ではないかという疑惑が、うるさい声で引き戻された彼の脳裏に浮かび上がる。 でなければ馬鹿と天才は紙一重――という言葉を体現したような存在でしかないだろう。

 演技をしているというのなら、彼を惑わす時点で役者としての才能が十分にあると褒めたいところだ。

 

「――それで、もういいか?」

「ん? そうだねぇ……、まだちょっと計算したりないところがあるけど、こればかりは暗算するものじゃないレベルだし家に帰っての宿題とするよ♪」

 

 とりあえず彼にとって束という存在は話し合いで、ある程度解決するであろう人物だと仮定し更なる情報を引き出すことに決める。 これ以上“ジン”に関する情報は持ってないということにし、今度は同様に戦火を引き起こすであろう“白騎士”について聞き出そうとする。

 だがその前に場所が場所だ――人目につく可能性が十分にあった。

 

「それじゃ、場所を変えよっか?」

「――それは私を罠に(おとしい)れようという宣言か? まぁ、私も同じことを口にしようとしていたがな」

「わぁ、同じだ~♪ いっしょいっしょ~」

 

 場所を変えたい――その提案は偶然にも束の口から提案された。

 相変わらずルプスビームライフルの銃口は“白騎士”がいた場所に向けられていたが、彼が考えている隙に射線から移動していたため、そのことに今頃気がつき間抜けな光景を見せ続けたと――武装を壊し“白騎士”を無力化したこともあって安心しながら腰に固定(マウント)しなおす。

 

「まぁ、いい――束が“ジン”とは無関係であるということは良く理解できた……」

「――逆に聞くけど、なんでキミがその“ジン”っていう名前を知ってるのか聞いてもいいかな? おかしくない――私達より、むしろキミの方が情報持ってそうな気がするんだけど?」

「……発言は控えさせてもらおう」

「ふーん――ま、別にいいんだけどね」

 

 彼が“ジン”と共謀していると言われれば、それこそ言い逃れることができそうにない状況が出来上がる一言に束は興味を持つも――話したくないのなら聞かないというつもりか、すぐに話題から外した。

 迂闊な返答によって、また(ヽヽ)襲われでもしたら堪らない。

 ――ん……?

 そんな状況の中、流れに身を任せるかのように移動の提案に頷こうとし記録した記憶を思い出す。 一体何故“白騎士”と束は目の前にいるのか。 “ジン”に襲撃されたからではないのは確実だろう――“ジン”の撃墜に関しては“フリーダム”の一撃によって消えたのだから、と思い返し再びルプスビームライフルを構える。

 その行動に“白騎士”は身構えるも即座に行動に移ることができない。

 

「――すっかり忘れるところだったよ……ある意味重要な質問を」

「おやおや、意外と物忘れが激しいのかなぁ~? キミ、本当は記憶力に自信あるんじゃないの~?」

 

 確かに記憶力に関しては一度目にしたものを生涯忘れる事がないという直感像素質を持っていると言われていたが、何故そのことを束が知っているのか――よりも重要なことがあった。

 ルプスビームライフルの銃口を突きつけられていても束は顔色一つ変えずに立ち続ける。

 

「なぜ私を狙った……!」

 

 二人が再び出会うきっかけとなった“白騎士”による襲撃。 まだ完全な把握もしていない“フリーダム”で、徐々に殺意を剥き出していく“白騎士”を相手にしたことは“ジン”が横槍を入れた結果、記憶から薄れ始め記録になりつつあったのだが、そんな濃い記憶を掻き分け彼は思い出す。

 なぜ自分は命を狙わなくてはならなかったのか――それについて納得ができる回答を得られない限り、彼は今ここで束と“白騎士”の四肢を斬ってでも情報を吐かせるために、ありとあらゆる手を行うのだろう。

 “フリーダム”で隠れているとは言え、おそらく自身の顔は酷いものになっているのだろうと思いつつも、その銃口をゆっくり束の頭に押し付けた。

 

「あんまりちーちゃんに、この話を聞かせたくないから二人きりの時に……じゃ、だめ?」

「私はそこまでお人好しじゃない」

「――ん、そうだろうね。 じゃぁ、ちーちゃん……見える範囲でいいから7、800メートル程離れてもらってもいい? ……別にいいでしょ、武装は貴方が破壊して今もなお銃口は私に向けられてるんだから」

 

 その提案に彼は了承するも“白騎士”が素直に聞く訳もなく、最終的に束の命を優先し言われた通り距離を取る。 確認できる限り武装を手に持っているという事は確認できない。

 束と“フリーダム”だけが海岸で向かい合い一方的に武器を向けられるという奇妙な光景が出来上がり、周りには誰もいないため盗聴や盗み聞きされる恐れはなくなった。

 

「――まずはちーちゃん……、“白騎士”のパイロットが私の説明を聞き終える前に貴方を攻撃したことを心から詫びるよ。 ごめんなさい」

「どういうことだ。 あの襲撃は束の判断とは違い搭乗者の独断とでも言うつもりか?」

「ううん、それも違うよ。 私は確かに――つついてきて、とはいったけど、その目的をちーちゃんは聞いてないから……」

「全てを話せ」

 

 少し長くなると先に断り束は話し始める。 それは“白騎士”を製造する準備段階に入る前の話で、その時に“フリーダム”と似た――今では、より酷似した“単眼の“ジン”と同系統であろう機体と遭遇し運良く逃げ切ることに成功したというものだ。

 “白騎士”に採用している素材は一般的な貴金属ではあるものの、そのメインとなる機体の(コア)周囲に関しては一種の特殊な鉱石でしか作れないという事を加工過程で知り、それを探しに自由な時間が有り余っているため一人旅と称し海を渡って当たりを付けた島々を巡っていたらしい。  そして偶然訪れた島で――束はソレと遭遇し攻撃を受けたということだ。

 執拗に攻撃を受けるも足場の悪い渓谷地帯を利用し回収した鉱石と共に撒いたのだという。 その後“白騎士”には当初の目的とは別に搭乗者の生存を第一に、また自衛可能な手段を求め開発をしていたということなのだが難航しているとのこと。

 

「――なんとんともまぁ……出来た作り話、と笑い飛ばせない状況だから反応に困る」

 

 どこにいても似たような話を聞くな、と“白騎士”開発に関するエピソードを聞く。 ついこの間まで住んでいたドイツの地でも似たように難航していた開発物があった――なんて懐かしさに無い目を細めた。

 つまり束も“ジン”に関する情報を欲しているのだ。

 鹵獲し解析し分解して構造を掴み、自衛手段として対策に当てたいということだろう。 納得はしきれないが道理にかなっている――随分利己的だと感じられるが理解ができない説明ではない、そう思い静かにルプスビームライフルの銃口を束から逸らし下ろす。

 

「そんなものだよ、人生なんて……。 そうだ、これから先何か予定とかある?」

「――別に何もないが、なんだ? “フリーダム”を解析させるつもりはないぞ……」

「えー、別にいいじゃん減るもんじゃないし~!」

 

 知らないから簡単に口にできるのだろうが、詳しく話せば余計に束は欲する可能性もあるため何も言わず断わる。

 

「――じゃぁさ! デートしようよ♥」

 

 唐突に今までの空気を一切無視した単語を聞かされ脱力した。

 確かに彼は少しばかり急いではいるが暇がないわけではない――そのくらいの余裕はあるわけだ。 しかし彼にとってメリットとなり得る物が束には何もないため、デートに付き合う気が一切起きない。

 デートの誘いに乗って気が付けば“フリーダム”を強奪される、という可能性もあり迂闊に頷くことはできなかった。

 ――いや、メリットならある……!?

 呆れて出てきた溜息を、ふと今までの会話で生まれた可能性で飲み込む。

 

「……別に、いいけど」

 

 事務的な口調から一瞬だけ素に戻るほど、彼の思考は目的へ近づくためのメリットが支配していく。

 先ほど束は“白騎士”を製造する以前、単眼の人型兵器に襲われたと口にしており、そのような事件は地球上に置いて過去に一度も記録された事はない。 宇宙人等のUnidentified Mysterious Animal――未確認動物のような、あたかも作られたような事件ならいくつか存在していたが、その事件に巻き込まれ生き延びた者は多くはないのだ。

 ならば今回の“ジン”は束を殺すため現れたのではないのだろうか――ならば今ここに生きている束を殺すため再び現れるのではないのだろうか。 いささか飛躍しすぎな考えかもしれないが、相手が人間であるなら口封じのため再び現れるという可能性は十分にある。

 “フリーダム”という国家機密級の兵器を保有し、それと同系列の機体を目撃した人間がいるという現状、彼ならば口封じ及び機体を回収、抹消するため手を伸ばす。 伸ばさざるおえないのだ。

 ――これは(エサ)だ……。

 自分の中に黒い何かがいる気がし少しだけ薄気味悪くなるが、それでも目的の為には必要な事だった。

 

「え……いいの?」

「――まぁ、当分この街に滞在する予定だったし……案内も兼ねてデートしてくれるなら、だけど……」

 

 嘘だ――本当は予定が入らなければゆっくりと自宅がある静岡まで帰る予定のはず。 ただ“フリーダム”という見過ごせない系統の兵器を排除する目的が優先順位を書き換えただけで、そのためには束の近くを見張っているのが一番良いというだけだ。

 情報を得るために束を餌にし誘き寄せ鹵獲する。 無関係と口にしていたが、その実情――全く関係がないというわけでもない。

 

「じゃぁじゃぁ、今すぐ行こうよ!」

「その前に――“白騎士”の武装解除を願おうか。 また斬られるのはゴメンだ」

 

 束が何を考えているかを彼が理解することはないが、その口から出される提案は本人も気がつきもしないであろう別のメリットを含み、それを把握してしまえば十分魅力的なもので断わる理由がなくなる。 むしろ何事も無かったように今回の出来事を解決したら、それこそ付近の森林地帯に身を潜ませ監視することも視野に入れていた。

 結果として彼は何事もなく束に出くわしても問題が無い程度に好都合な状況を手に入れたわけだ――近くで“ジン”や同系統の機体が現れても即座に動ける彼にとって都合のいい状況が、人という存在を餌とした最低であろう思惑と共に達成されてしまう。

 “白騎士”を作り上げた理由が自衛目的と言うため開発に対して多少目を瞑ろうとは思うが、それ以上の――例えば国家の存亡が脅かされる事態に発展しそうになれば、それは間違いなく彼の判断が起こした失態だ。 迷うことなく束の四肢を切断し生きているという最低状態で餌として管理する事を密かに決める。

 そんな状態に発展してほしくはないし彼自身そのような事を実行したくはない。 おそらく束自身もその気は無く実行はしないだろうが、この世に絶対的な予測は存在せず――僅かでも可能性があるという状況は十分にあり得るという可能性を示していた。

 たかが僅か数パーセントの可能性に何を言っていると思うだろうが、その僅かな数値は人の思惑によって膨れ上がる。 まるで掛け算のような増え方をする数値は、外部から受ける悪意や情報によっては最悪最大値まで――そう、有り得ないという状態から有ると断言できてしまう状態にまで変化するのだ。

 当然、数パーセント未満――全く無いゼロである事のほうがおかしいのだから、彼としては束がそのようなことを考えていても驚きはしない。 

 ――ん、不明機の反応が消失。

 レーダーに映る未確認機の反応が消えたため離れた場所に待機しているであろう“白騎士”を確認すると、そこに騎士はおらず一人の女性が睨むように“フリーダム”を見ていた。

 束が武装解除を命じ応じたのだろう――間違いなく彼女は反発したに違いない。

 

「よ~っし、これでいいよね、ね♪」

 

 彼にとって“フリーダム”は核で動く忌むべき機体ではあるが、同時に人型兵器に対する防衛手段でもあった。

 偶然手に入れたとはいえ展開していなければ彼はただの人の身――斬られれば死ぬ弱い生き物なのだ。 もともと持っているH&K MARK 23――日本では“SOCOM(ソーコム)”と呼ばれる自動式拳銃は不可視の防御機構を持つ“白騎士”にとって驚異ではない。

 先の戦闘でピクウス19mm近接防御機関砲から放たれた全弾を完全に防いでいるのだ、先に解除してしまえば未だ彼の隙を伺う彼女は迷わず彼を排除しにかかるだろう。 そこに躊躇いはなく、束の命を守るためと迷わず殺意を向け襲いかかる――彼女の行動と言葉から先に“フリーダム”を解除した場合の行動パターンを複数予測し、その大半が基本的に敵対行為に移るという最悪な状況に彼は安全策として武装のない無力化したはずの“白騎士”を更に無力化した。

 これで周囲には驚異となる反応は殆ど消えたわけだ。

 

「――確認した。 すまないが、こちらに時間をくれないだろうか。 解除するのに少々かかるらしい」

「いいよいいよ~、何時間でも待ってあげる~。 あ、そうだ――当分滞在するって言ってたけど住む場所決まってたりするの~?」

「いや、まだだな……」

 

 “フリーダム”に興味を持ち付近に滞在していると知れば、間違いなく束は再び接触しようとするはず――その思惑は当たり、更に不自然なく接近することができる立場を得る。

 

「どうせなら束さんと一緒に過ごしてみない?」

 

 だが何を思ってか束は予測を裏切る提案を口にし彼を呆然とさせた。

 可能性が低いということで頭の片隅に追いやった――手が届く身近な場所に“フリーダム”を置き情報を得ようとする、という予測が今になって急激な浮上を見せ彼を脅かそうとし始める。

 

「あ、違うよ……? 確かに“フリーダム”……だっけ、それのような技術とか情報とか少し欲しい気もするけど違くて……えとね、ほら色々話してみたいし――それに……」 

 

 いや、先程に比べたらお粗末極まりない喋り方は間違いなく演技ではない――素の発言なのだろう。 一体何を考えているのか本当にわからないため彼は束について考えることをやめ、次の言葉が出るまで何も喋らず待つ。

 そういえば彼が貨物船から海に飛び込んでシャワーを浴びるまでの一部始終を見ていた可能性がある事に気がつき、おそらく不法入国における何かを心配しているのだろうかと思い始めた。

 

「う~ん、なんて言うんだろ――ほら、キミの顔って意外と知られてるし、見つかったりして変に大事になると困っちゃわない?」

「……あー、そういう」

「うん! だから、ね……一緒に住もうよ、リリィちゃん♥」

 

 あの事件で彼はある意味有名人だ。 束の言う通り大事になれば今後の行動に制限がかかるうえ、即座に動くことができなくなってしまう――と納得しつつも聴き慣れた単語に彼は耳を疑う。

 ――今、リリィって……。

 聞き間違いでなければ今束は彼に対し――リリィ、と口にした。 日本では名前に付けそうにない異国の言葉で彼を呼んだのだ。

 日本では誰も付けそうにない異国の言葉で彼を呼ぶ――当然、彼は生粋の日本人であるためリリィという名ではないのだが、リリィという単語は彼にとって名前にも等しい役割を持っている。 ある意味、名前と言っても過言ではない単語なのだ。

 だが何故、束は彼をリリィと呼んだのだろう。

 

「あ、ダメだったかな……本名のほうが良い?」

「――いや……まさか、日本に帰ってからリリィって呼ばれるとは思わなかったから驚いてるだけ……」

 

 スカーレット・リリィ――彼がドイツで自由に動くため作られた偽名。 リリィという名は彼の本名から連想し名付け、たった二年であるが七歳の子供として考えると長年使った名前であった。

 

「ふふふ、驚いてくれたかな~? 日本じゃ、おそらくキミの事をよく知ってると自負してるんだけど」

「――つまり私のことはドイツ(向こう)での事も含め知っていると?」

「何処にいても有名人だったみたいだしねぇ~。 “Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”だなんて格好良いコードネームで呼ばれちゃってもう♥」

 

 そう言われるも極力情報が出回らないよう徹底したはずなのだが、一体どのようにすれば日本に居つつ彼――スカーレット・リリィの情報を手に入れられるのだろうか。 まるでストーカー被害に遭っている気がしてきて、その笑顔が妙に怖く“フリーダム”の解除を中断し今すぐ逃げ出したくなる。

 判断を早まっただろうかと後悔するも、束を餌に“ジン”を誘き出すメリットの方が後悔より勝るため観念する。

 

「――ねぇ、悪いとは思うんだけど“白騎士”を完成させるのに力貸してくれないかな。 “フリーダム”を除いた純粋なキミの知識で、設計の間違ってるところを指摘して欲しいんだけど……」

「……一緒に住もうと提案し始めた一番の理由はソレか」

「あは――これは出来ればっていう私の願望だよ。 別に無理して手伝って欲しいわけじゃないし……あ、ちーちゃんに軽く説明してくるから終わったら呼んでね~?」

 

 未完成である“白騎士”を完全な形に仕上げるため、ドイツで何をしていたのか知っている束は彼にそう願う。 無論、彼自身も“白騎士”に触れられ細工を行うことができる願ってもいない言葉――開発状況やシステムを知っておけば、何を目的として開発されたかなんて簡単に判明するのだ。

 それに開発の手綱さえ握ってしまえば、“白騎士”を開発する最終目的地点を制御することだって出来てしまう。 兵器開発を気がつかれないよう別のものにすることだってできる。

 それに気づいているのかいないのか――背を向けて嬉しそうに足を弾ませ束は“白騎士”のパイロットに向かって歩いて行く。

 何を言われようが頼まれようが彼の思惑が大きく変わることはない。 そのためには技術情報を払ってでも、彼女達にリリィの本心を知られてはいけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “白騎士”に向かって歩き続けるがその足はいつもより軽く、今ならフルマラソンを何回しても問題ないであろうというほどに、束の気持ちは高ぶっている。 それを理解できるのは誰もいない――当然だ、その感情は個人の物であり複数の存在と共有できるほど軽い気持ちではない。

 数年前に知り焦がれた彼に出会えたという感情の昂ぶりは、ただ有名人に出会いたいという単純なものではなく、ある種の恋に限りなく似た感情なのだろうと束は思う。 出会いたくても出会いない環境――まるで遠距離恋愛をしているかのように長く苦しい、そしてつまらない日常を耐え偶然にも出会った存在。 初めて興味を持った彼を知りたいと情報を集め数ヶ月――その情報は行方不明という結末で途切れたのだが束は集め続け今日に至る。

 間違いなく彼が、その対象であるのは自身をスカーレット・リリィであると認めた時点で確定していた――今更他人の空似という残念な結果に終わるわけがない。

 一家消失事件というものが二年以上昔に日本であった。 強盗や殺人等の事件性が一切なく、一夜にして大企業の最高責任者を含めた家族が行方不明になるという事件は未だ大半の人々が覚えているであろう大きな事件だ――事件発生から半年以上、何度も繰り返すようにニュースになっていたほどの出来事であるため、目を瞑れば今でも煩わしい声を思い出すことができるほど。 食品を買いに出かければテレビを付けた店の奥から聞こえる堅苦しいニュースキャスターの声――ラジオ放送を流している店舗に入れば情報を求める感情の伴わない、ただ聴きやすいだけの声がリピートされ記憶に残りやすかっただろう。

 その殆どに顔写真を掲載し長い銀髪という日本人らしくない特徴を聞かされ続けていたのだから、もはや今の彼――リリィを見れば誰もが目を付け声をかける可能性が大きい。

 日本では銀の髪色は滅多に見ることができない、また有力な情報には金銭が絡むこともあり銀の髪を見れば誰もが一家消失事件の当事者であると数多くの電話が殺到したという話を束は聞いたことがある。 その企業の最高責任者が変わったという話も聞いたこともなく業務再開されたことから解決したのではと噂にもなっていたが、その真相が明かされたことはなく未だ全てが謎のまま。

 そんな厄介な状態に当てはまるリリィを一人にしておくというのは束にとって、再び出会いにくくなる結果を生み出す。 だから世間の目から隠し――また何度でも出会えるようにと提案したのだが、リリィ自身どうやら何か別の目的があるらしく結果的には誘いに乗ってくれたものの少々不安が残る。

 ――こういうのが恋のはじまりっていうのかな……ま、それでも多分フラれちゃうんだろうけど……。

 今まで恋をしたことがないからこそ胸の中に渦巻いている感情が何なのか正確に理解できていない束は、おそらく恋なのではと仮定し――生涯一人である自身が恋だなんてと半分諦め苦笑した。

 リリィと同じよう束もまた大人より出来のいい頭脳で未来の自身が大体こうであると予測が出来てしまうため、乙女らしい夢や希望なんかを望むことはせず現実は非情なのだと理解し――この先起こるであろう混乱の中心にいる自分の光景(ビジョン)に恋人がいないという明々白々な事実を一人の人間として受け止める他なかった。 どれだけ頑張ってもありのままの自分自身を受け止めることができる異性など近くにおらず妥協することができても、それはやがて亀裂を生み無駄な時間となる。

 偽りの自分を受け止められても窮屈でつまらないだけ――ならば最初から一人の方が好ましい。 (リリィ)という唯一の可能性に出会うことがなければ間違いなく、その予測通りに束は一人だっただろう。

 

「無事か!?」

 

 話し合いで解決し終わったと合図した途端、“白騎士”を解除した千冬は驚異的な運動神経で走り近づいてくる。 心配しすぎではないかと笑いそうになるほど必死な表情に、束は安心させるかのように微笑みかけ落ち着かせるも、未だ“フリーダム”を不審がる目は変わらない――隙があれば殺そうという動物の目に似ており、自身とは別の意味で将来が心配になってしまった。

 ――本当に……私以外の友達ができれば、その性格も少しは治るのかな……。

 同い年ではあるが二人の生活環境が特殊すぎるため母親みたいな目線で見てしまうが――お互い様か、と妙な思考を停止させる。 ある意味、束と千冬は合わせ鏡のような存在だろう――そう思っているのは自分だけかもしれないが一般的に見て普通ではいられなく、異質な存在同士という意味では間違いなく二人は鏡に映った自分自身を前にしているのだ。

 親愛し守りたいと思い危機に対して手を伸ばそうとする――お互い同じ思いで見つめ合ってるということは、それは束が思っていることと千冬が思っていることは同じであるということ。 束が千冬を子供のように可愛らしいと思うということは同時に、千冬から見ても束が子供のように可愛らしいと言ってる事になる。

 交友関係を広げてみたら――と束はよく言うが、『多少違う自分を鏡に映し別人として狭いコミニケーションを築いても結局は同じ(なかみ)であるから成長しない。 だから交友関係を広げ変わっていこう』という意味を持っているのだが、それに千冬は気が付いているのか定かではない。

 おそらく二人が同じ場所にいたら千冬は永遠に束の側にいるだろう。 親に捨てられるという経験を一度してしまったからこそ誰よりも拒絶を恐れる、別れを禁忌とする――だからこそ変わるのではなく停滞を選び、そこに混ざろうとする異物を排除し続けていく。 それでは永遠に鏡に映る自分を見ているのと同じだ。

 束が学校で度々停学間際の問題を起こし、自主休講を選んだのは別人になるための強引かもしれない一歩を千冬に歩んで欲しい――そんな思いが少しだけ込められていた。

 お互い子供、まだまだ成長できる年齢である。 いくら精神が同年代とは違い幾分か高くても経験を積んでいない子供のままでは、一向に子供のまま――そんな思いに応えるかのように今回の出来事が起きたのだ。

 

「無事も無事♪ ついでにデートの約束もしてきたよ~♥」

「……はぁ?」

 

 敵対する存在とデートをするという精神が理解できない、という顔をしている千冬が誰にも理解できないだろうが愛おしい。 不安と困惑が混ざる表情が次第に孤独になっていくという想像をしたのか絶望に変わる――離れたくない、その想いが純粋であるからこそ母親のような目で見てしまうわけだが、愛されているというのだから無下にできない――変われない。 まるで鎖に縛られたかのように束は母親として千冬を守り続けてしまう。

 だが今回ばかりは束から一歩踏み出そうと思った。

 

「ふぅ……心配性だなぁ、ちーちゃんは――そんな一生で会えなくなるとかじゃないんだし、この辺をブラ~って散歩してお喋りするだけだよ?」

「だがな束! あんな得体の知れないようなヤツと……」

「――じゃぁ、ちーちゃんも知ってる人だったらいいの?」

 

 そういう意味では無いということは束が一番理解している。

 心地の良い関係が壊される不安は誰もが恐れる事であろう――もし千冬が束と同じように誰かと関係を持とうというのなら、祝福するも心では嫉妬で狂いそうになるだろう。 これでは本当に娘を送り出す母親のようではないか、と“白騎士”にも搭載した空間投影のモニターで記事の切り抜きを表示した。

 

「……ん、これは昔あった神隠しの記事か?」

「――そういえば神隠しだなんて騒がれてたね。 全く違うの知ってたからどうでもよかったけど……」

 

 記事には母親らしき人物が子供を抱いている写真――家族旅行で撮影されたであろう写真等が載せられており、事件の概要と情報を求める記事が書かれている。 本当に幸せそうな笑顔を浮かべる家族を象徴したような写真は、微かに二人の胸に痛みを残す。

 何故、自分はこうならなかったのかと変えることができない現実を受け止めた結果生じる痛み。 それを耐えながら束は千冬に説明するため口を開く。

 

「まず神隠しとか言うけどさ、多分ちーちゃんが言ってるのって――人が唐突に行方不明になる現象を結果だけで神隠し、だなんて言ってるんでしょ?」

 

 説明のつかない原因不明の行方不明という結果――それによって死体として発見されても、生存時の足取りが掴めなければ現代の人々は神隠しと口にする。 二年たったリリィの現状ならば神隠しと言われても仕方がないだろう。 なにせ足取りが掴めないまま今に至るのだ――日本警察の捜査だけではない、他国の捜査も行われても情報はゼロに等しい。

 むしろそのような状況で、よく人の目を盗み逃げ続けられたものだとリリィという存在を知れば誰もが思うだろう。

 

「たしか縄文時代より昔の話なんだけど、神や霊魂の存在が信じられた時代からある考え方で――神様の導きによって人が神域(しんいき)へと消えたと考えられた現象を神隠しというんだけど、注連縄(しめなわ)って知ってるよね?」

「――ああ、何度か篠ノ之神社で見たことがあるな」

「あれってね簡単に言うと元々、神様が住まう人にとっては猛毒な世界と現世を区切るための役割を持ってるんだけど、そんな壁を越えて神様に選ばれ導かれた者だけに起きうる現象ってのを神隠しって言うんだよ。 特別な現象――そこに人の生死は関係ないのさ」

 

 親に嫌われようが篠ノ之神社で生まれ教育を一通り受けたのだからこそ語ることができる――その情報には裏付けを取る必要がないほどの正しさを千冬は感じた。

 

「まぁ、一番手っ取り早いのは――その神隠しもどきに出会った、この子と直接話してみることだね」

「……どうやってだ? 死んだ人間と話せでも言うつもりか?」

「――いるじゃん。 “フリーダム(あそこ)”に――ほら、ちーちゃんも知ってる事件の中心人物の一人だよ」

 

 そう言いながら後方に存在する“フリーダム”を指差し束は微笑む。

 丁度、解除を終えたのか装甲が徐々に粒子となり消えいく中、さきほど見た子供の姿が露わになり、やはりリリィが自身の追い求めた彼なのだとない認識し――同時に“白騎士”を開発する必要性の大半が失われたことに気がつく。

 千冬は今まで相手にしていたのが子供であることに驚き――そういえば“フリーダム”の姿でしか二人は顔を合わせてないのだったと束は思い出す。 それでも彼という存在は束の考えている全てを吹き飛ばすほどの力を持っており、そんな些細な問題と親友を――まるで過去の自分と決別するかのように置き去りにし再び歩み寄る。

 誕生日には少々早いが今まで貰ったプレゼントよりも嬉しい出来事に満面の笑みを浮かべ彼の名前を再び口に出す。

 

「じゃ、改めて宜しくね――リリィちゃん♪」




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✔ルプスビームライフル 【兵装】
 高エネルギーによって励起された荷電粒子やプラズマ等を臨界まで圧縮し射出する指向性エネルギー投射兵器。
 稼働には膨大な電力を必要とし使用する毎に機体稼働時間が相対的に減少するが、核エネルギーにより無尽蔵なエネルギー供給を可能としており、また高出力を誇る。
 未使用時は腰部背面のラッチにマウントすることが可能。

✔ウイングバインダー 【技術】
 ZGMF-X10Aの背部メインスラスター両脇に備えられた左右五枚の計十枚からなる“能動空力弾性翼”を指す。
 コンピュータ制御によって形状を変化させ大気圏内では空力抵抗の制御等を行う他、機体動力である核エンジンの有り余るエネルギーを排出する放熱板の役割も兼ね備えている。

✔シールドバリア 【技術】
 “Passenger Protection(パッセンジャー プロテクション) System”によって展開される多重防壁の一つ。
 外部から与えられる攻撃を防ぐ、もしくは軽減する事を目的とした機体周囲に展開されている不可視のエネルギーシールドで、常に一定のエネルギーを消費して展開されている。 攻撃を受ける毎に常時展開と防衛展開のエネルギーが消耗され、また消費エネルギー以上の攻撃が加わるとシールドが破られる。
 また展開するためのシステム設定は搭乗者が調整を加える事が可能。

✔PIC System 【技術】
 “Passive Inertial Canceler(パッシブ イナーシャル キャンセラー) System”の略称。
 物体の慣性を限りなく無くす事を可能とさせ、機体各部に装備された推進翼等で姿勢制御を初めとした加速や停止等の三次元的な機動を行う事を可能としている。
 システムはインストールした時点でNovice(ノービス)制御となっているが、それ以上の動きに対応するため切替える事で細かな動きを行えるExpert(エキスパート)制御が後々作られた。

✔“H&K MARK 23” 【兵装】
 ドイツの銃器メーカーが開発した自動式拳銃で日本ではSOCOM(ソーコム)と呼ばれることが多い。
 45口径弾を12発装弾する事が可能で悪条件下でも性能に支障を来さない耐久性を備えており、状況に応じてサプレッサーや銃口下部に取り付ける“Laser Aiming Module(レーザー エイミング モジュール)”を着脱することができる。



《篠ノ之百合奈》

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