“シンファクシ”級潜水空母が浮上してから既に短い針が反対側を指し示すほど時間は過ぎていた。 海が空を映し出し見渡す限り青空だった光景も、既に一面血の海にも似た夕焼け空が埋め尽くしている。 遠くに陸地が見えるも見渡す限り何もなく、リリィが足を付けている原子力空母“Principality”を除くと辺りには“CCCNO”社が保有する艦だけだ。
小笠原諸島に停泊していた“CCCNO”社の艦艇は原子力空母“Principality”を旗艦に、“Zadkiel”級ミサイル巡洋艦一隻、“Haniel”級ミサイル駆逐艦三隻、“Raguel”級潜水艦一隻、“Zaphiel”級補給艦一隻、“Sraosha”級通信傍受艦一隻からなる空母打撃群で構成されている。 その内、AEGIS Weapon System――所謂、イージス艦と呼ばれる所以のイージスシステムを搭載しているのは四隻と、海上自衛隊とは別に特殊炸裂弾頭ミサイルへの迎撃計画で構成された空母打撃群に非常に似た構成であるとリリィ感じていた。 小規模ながらも国家が持つに匹敵する戦力が“CCCNO”社によって運用されており、間違いなく日本の足りていない部分を補う程の戦力である。
これらは試験運用として建造された艦が大半であり、イージスシステムを搭載している“Haniel”級ミサイル駆逐艦に関しては試験航海を終え現在、四番艦が建造されている途中だと百合奈から聞いている。 今回の騒動が終了次第、“白騎士”を解析実験するための施設周辺に配備されるとのことだ。 既に“白騎士事件”から六ヶ月もの月日が過ぎようとしており、各国は大きく削られた軍事力が粗方回復――“CCCNO”社内部にも“白騎士”を目当てに産業スパイが潜り込んでいることから、今回の“シンファクシ”級潜水空母を使用した身柄の引き渡し以上の衝突が予測されていた。 衝突と言えば聞こえはいいが“CCCNO”社の用意した戦力は、明らかに他国が保有する軍事力を警戒している。 これは歴とした戦争への準備なのだ。
確かに“白騎士”の有用性を考えれば多大なる被害を受けてでも、その技術は手に入れたくもあるだろう。 その用法は幾つか考えられるも一番可能性があるのは量子化による武器弾薬の運用だ。 武器弾薬の積載量を超える搭載を“白騎士”に採用されたシステムを使い解決する――まるでゲームのように使用し終えた空きスペースに、量子化し保有していた武器弾薬を展開し再び使用する。 また空港等の荷物検査に量子化した危険物を誰にも悟られることなく持ち込み通り抜けることだって可能になるのだ。 戦火を拡大したい商人にとって、これほど理想的な兵器は他に無いだろう。
この場に持ち込まれた“CCCNO”社の艦船は原子力空母“Principality”を除き、その全てが“白騎士”の為に用意され日本に送られる兵器なのだ。 日本政府としては防衛に限った兵器しか導入していないため、どの国家を相手に取るかにもよるが本格的な本土進行を迎え撃つには練度が高くても軍事力が少々不足している。 しかし幾ら兵器を保有していたところで扱える人数には限りがある――そういうような国家があるからこそ“CCCNO”社は、各国の軍需産業に介入し自ら設計したシステムを試験運用させ人の手が少なくても運用できる高性能な防衛に適した兵器システムを作り上げていた。 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍では“Rutishia”級潜水艦がソレにあたり――傘下企業である“Marks Horst”社と共同開発した飛行補助プログラム試作三号機“Scarlet Ⅲ”こと雪風も、恐らくソレにあたるのだろう。
そうやって各国で組み込まれ運用された情報を元に合理的なプログラムを組み上げ、生み出されたのが“CCCNO”社製のイージス艦だと百合奈は口にしている。 人が足りない部分を機械が補う半自動化――“Zadkiel”級ミサイル巡洋艦や“Haniel”級ミサイル駆逐艦は艦種が違えど、紛れもなく“Rutishia”級潜水艦と同じ系統のシステムを共有した姉妹艦と言えるのだ。
「――ハルの言った通り、見た感じ何かを待ってるようにも見える。 俺達に沈められるかもしれないというのに、不気味なほど動きがない」
戻ってきた機体から降りクラウスは、そう報告しながらリリィに近づき――対するリリィは先程から帰ってくる“ Schwarzer”隊の面々が口にする報告に訝しみながらクラウスに糧食と水を差し出す。 それを受け取ると整備兵の邪魔にならないよう目を機体から少し離れた場所に向けリリィを誘導し、そこに腰を下ろすとクラウスはペットボトルの中身に軽く口をつけた。 潮風が冬の寒さを知らせるように二人の間を通り抜けるも、厚着をしているリリィはまだしも極度の緊張状態に陥ったクラウスには然程気にすることでもなく――まして長時間にも渡る警戒飛行を終え火照った身体を冷やす冷気が心地よいのか、耐Gスーツを少しだけ開け涼んでいた。
“シンファクシ”級潜水空母らしき艦影が浮上し“ Schwarzer”隊は特殊炸裂弾頭ミサイルの発射を阻止、また戦略的に幅広く運用可能な“シンファクシ”級潜水空母を撃沈するために発艦。 結果的に言えば確かに“シンファクシ”級潜水空母は報告の受けた海域に浮上していた。 特殊炸裂弾頭ミサイルを放つこともなく、ただ浮上し続けており、当然この好機を見逃すまいとサーニクスやクラウスは空対艦ミサイル――“CCCNO”社が用意した航空自衛隊に配備されている93式空対艦誘導弾を放とうとしたのだが、それを雪風が外部から干渉することで発射を阻止してしまう。 このことで医務室にいたリリィが原子力空母“Principality”の艦橋から急遽、“Tellus System”を使用した暗号通信を用いて雪風と接触を試みるも全コントロールシステムを移譲された雪風は完全自立制御により動いていたため外部からの指令は受け付けなかった。
作戦行動中における外部からの指令は雪風にとって邪魔な雑音でしかない。 機体のControlから緊急用プログラムEを使用した戦術情報データリンク――乗り手のいないCFA-41“Mave”において、それらの権限を与えられた時点で人工頭脳が弾き出した作戦行動はErrorの存在しないモノである。 ならば自身以外から出された全く違う指示はErrorの塊でしかなく、それゆえに外部からの指令は理論的な物でなければ受け付けないのだ。 これを解決したのは共に艦橋へ上がった束だった。 何をしたのか詳しいことについては報告されなかったため、リリィ自身よく理解していない――だが、束が暗号通信に何かを打ち込むことで雪風から情報を引き出すことに成功する。
――There is no enemy reaction to the subject……
《対象に敵性反応無し》
一体何の冗談だと、先程まで自分に対してエラーの無い返答してみせた時の状態は何処に行ったのだとリリィの脳内は雪風の一言によって混乱に落とされた。 だが、もしも雪風がErrorを犯していないのだとするのなら――そこまで考え状況を確認し火器管制システム以外は正常に作動していることから、“シンファクシ”級潜水空母の監視と警戒任務に切り替える。 本当に敵性反応が無いのだとすれば全ての驚異は取り除かれたようなものだ。
「手出しができないと確信しているというのならば、アレは一体何を待っているというんだ? 日本政府が身柄の引き渡しに応じたという話は、こちらの耳には入ってきていない――ならば彼らが取る行動は特殊炸裂弾頭ミサイルを日本の首都である東京に打ち込むことだけだ」
「だが、そんな素振りも見せない。 不気味なほどに海が静かなんだ」
「やはり皆感じたのか。 大尉もエヴァシュテルも同じ事を言っていたぞ――不気味だとな」
その正体は紛れもなく雪風との認識に差が起きてしまったことによるものである。 奪取された“シンファクシ”級潜水空母が次に表舞台へ現れたのは篠ノ之束の身柄と“白騎士”を要求した一昨日のこと。 その間、何があったのか我々が知ることはできない――それでも奪取した人物が身柄の引き渡しを要求してきた人物と同一人物である可能性は非常に高いのだ。 安直過ぎるかもしれないが現状そう考えるのが普通であろう。
“シンファクシ”級潜水空母を奪取した何者かは篠ノ之束と“白騎士”を欲しており、それらが受け入れられない場合は特殊炸裂弾頭ミサイルを首都に放つ。 だが当の篠ノ之束はどちらも“CCCNO”社保有の原子力空母“Principality”におり、日本政府が引き渡しに応じることは難しい。 差し出せるモノは“白騎士”だけしか存在しておらず要求を飲もうにも篠ノ之束という存在が無い。 つまり要求は飲まれなかったと解釈しても間違いはないはずだ――であるならば宣告通りに特殊炸裂弾頭ミサイルは放たれる訳だが、“シンファクシ”級潜水空母は無防備にも浮上しており雪風は敵性反応は無いと各機体の火器管制システムの使用を封じた。
この要求が通ることがないと知っている我々の先入観と雪風の出した結論が噛み合わず、理解しようと合うはずもない情報の欠片を嵌め合わせようとし、出ない結論が目の前に存在している“シンファクシ”級潜水空母を気味悪くしているのだ。
「ダズグランツェはなんて言ってたんだ? この中でなら一番哨戒任務をこなして来たんだ、そういう目利きが出来たんじゃないのか」
確かに七番機パイロットのケイ・ダズグランツエは“Flabellum”隊に配属される前、数年程だが第四空軍師団の航空偵察隊で“International Security Assistance Force”――国際治安支援部隊の任務に“Tornado ECR”で参加していた経歴を持っている。 この場にいる誰よりも哨戒、偵察等の任務を熟してきた経歴があるのならば、この不可解な現状を別の観点から理解することができるのではないか。 そう思い問いかけてきたクラウスの言葉にリリィは既に聞いた問を、そのまま口にすることにした。
「他と同じだ、理解ができないと――ただ人の意識が直接“シンファクシ”級潜水空母を動かしているようには思えない、そう言ってたな。 “シンファクシ”級潜水空母の奪取にはグランダヴィドが関与している可能性があるとは言え事実、日本政府に身柄の引き渡しを要求してきたんだ。 何者かがこのような状況を動かしていることは間違いなく、特殊炸裂弾頭ミサイルが積み込まれている可能性が非常に高い。 ここまで精度の高い情報が集まっているというのに人の意思が“シンファクシ”級潜水空母を直接動かしていない、とは何の言葉遊びだと思う?」
ある種、雪風の発した回答に合致しないわけでもない言葉にリリィは違和感しか感じることができない。 束も似たようなことを口にしていたが三人とも、“シンファクシ”級潜水空母には人が乗っていない――と共通した何かを感じリリィに話していた。
「――俺に聞かれてもなぁ。 アレには確か自動化での航行システムがあるって言ってなかったか――それを使えば誰も載せることなく、この状態を作り上げる事は出来たんじゃ……」
「いや、それはありえない。 “シンファクシ”級潜水空母に搭載された自動化のシステムは船体を損傷させないよう常にアクティブ・ソナーを使用し浮上し続ける必要があり、航路を指定するための船員が最低でも一人は必要になるんだ。 潜行するためには海底の情報を全てシステムが処理する必要があるのだが、それができるのは雪風以外には不可能だ――そして雪風のシステムには“白騎士”にも搭載されたコアが必要となる。 それでも育成するために人間がシステムに柔軟な思考を、マニュアル外の非常時における対応を教え込む必要がある」
「どこかに必ず人間が必要となるよう設計されてるから、完全に無人ということはないか……。 なら一体、何が目的で浮上し続けているんだ……」
「それが分かれば苦労はないさ。 雪風の記録によるとカテガット海峡で受けた船体へのダメージは僅かながら修復されていることから、何者かの手が加えられたことは間違いはないわけだが、そうなるとココで逃がすことはできないな」
まるで全く別の目的の為に“シンファクシ”級潜水空母が動いているとしか考えられない。 囮という可能性も何度か考えたが、戦略的兵器を捨て駒のように扱ってまで成し遂げる何かがあるというのだろうか。
《上部甲板へ伝達、CFA-41が着艦アプローチに入った。 現在高度800ft――アレスティング・フックダウン、スピードブレーキ、フラップダウン。 各員、甲板上から退避――作業員は所定の位置へ》
上空では束を乗せたCFA-41“Mave”が原子力空母“Principality”に着艦するため艦の前方で大きく弧を描きシークエンスを進めていた。 相変わらず綺麗なまでに揺れ動くことなく真っ直ぐ飛ぶ姿に本来受けるであろう感覚とは真逆の、何故か今にも壊れてしまいそうな脆さを感じてしまう。 それもその筈。 艦橋へ上がる際に泣き顔を洗い流し気持ちを切り替えたのか、その表情は普段通りに見えなくもないが然程改善はしておらず調子は悪いまま。 本来ならば出撃させることを禁止させ医務室に縛り付けたかったのだが、その原因が既に判明しており、束自身がCFA-41を操縦している方が余計なことを考えずに済むという、謂わば気分転換だと言われリリィは渋々承認していた。
流石に自己喪失状態に陥りかけてる人間の精神分析を行った事どころかcounselingについての知識も経験も無い。 そんな自分に何ができるのだろうかと、ただ束を否定してしまえば何かを失いそうな気がしてしまい、飛ぶことを良しとしてしまった事が今も本当に正しいのか分からない。 部隊を指揮する者の立場としては間違いなく止めるべきだったのだ。
――胡蝶の夢、か……。
1979年に刊行された長編歴史小説で、夢と現実との境が判然としない例えとして使われることが多い。 まるで今の束を的確に表した意味にリリィは一度目を通し、作品の内容から少しでも束が何を望んでいるのか掴めないかと思い始め――できるはずもないか、と思考から弾く。 それでも外傷であるのならば医療施設に任せるのだが、心理面に関しては“白騎士”等の存在から誰かに任せることはできず慎重にならざるを得ない。
安易に個人という存在がそれ以外の何かに成れるはずはないと口にしたが、言われて納得するようなものでも無く、これは自身と他者の違いを理屈だけではなく感情を含めて別人であると束自身が理解しなくてはいけない事なのだ。 計算式の書かれていない回答を差し出しても、ある意味理解ができず苦痛を味あわせてるだけに近い。 篠ノ之束という存在にとらわれず、また百合奈が連れてきた束を自身ではなく他人であると理屈では無く感情で理解するものだ。 それを行わなかった自分が言えることではないか――そう内心で自虐めいたことを考えながら降下する機影を見続ける。
「距離が近づくのはいいんだが、こう何度も出撃を繰り返すともなると流石に体力がいるな……。 ハルも本調子じゃないだろう?」
「むしろ最悪に近いというべきだ――本来なら出撃させられる状況じゃない。 それでも空を飛んでいた方が楽な時もある、ということだろうな」
その言葉にクラウスは眉を潜め目を逸らす。
「――こう言うのは不謹慎かもしれないが“シンファクシ”級潜水空母に我々が頭を悩ませているからこそ、束は直前で踏みとどまれているのかもしれない。 まぁ、当の“シンファクシ”級潜水空母が問題の可能性もあるが」
「何かあったのか?」
「いや、分からない。 少尉のように何かを感じたのかもしれないし、何かを見たのかもしれない。 それが何かは教えてくれなかったがな――恐らく何かに気がついたという感じだろう」
それでも束が“シンファクシ”級潜水空母に関連した何かを知っているのは確実であり、それは警戒飛行に入る前――雪風が理解のできない返答をしたあの時からだ。 まるで何度も経験してきたかのような落ち着きをリリィに見せた束は、おそらく何かを知っているのだろう。
「なんにせよ半分まで距離を詰めたんだ、あと少しの辛抱と思って我慢してくれ。 ハルには次の出撃まで時間を開けさせるつもりだが、その出撃で終わらせる予定だ。 負担を掛ける」
「お前さんが言えたことか?」
「言えるさ――なにせ私は命令するだけの存在だからね。 パイロットとは違い常に神経を使ってるわけでのないし、体力のいる仕事をしているわけでもない。 精々、誰も死なないように頭を使ってるだけさ」
「十分負担な気もするがな……」
何かが叩きつけられるような衝撃が甲板上に走る。 いつの間にか目で追っていたハズのCFA-41“Mave”がアレスティング・ワイヤーを捉え甲板上に降り立っていた事に気がつく。 機体に目立った損傷は見受けられず何事も無いことに自然とリリィは安堵の息を漏らした。
翼を畳むことなく甲板上を移動しコクピットブロックを機体上層に動かすと、エンジンの音が止み整備兵――いや“CCCNO”社は軍隊ではないから整備員だが、何人かがCFA-41“Mave”取り囲む。 クラウスが搭乗していたF-15C“Eagle”と同じように何時でも動けるよう点検と、少し離れた位置で待機している給油車が消費した分の燃料の補給を行うのだ。 弾薬は使用されなかったものの飛行で緩みが生まれている可能性もあるため、整備員は先に空対艦及び空対空ミサイルとハードポイント周辺を点検し、それらを外すこと無く足回りへと場所を移し始める。
――幅広い戦略性を有する艦を上が回収可能であるならという気も分からなくはないんだがな……。
それを命令される身としては厄介事を押し付けられ消耗するのは勘弁願いたい。 そう思うのはリリィだけではない――この場にいる誰もが同じ事を思っているはずだ。 危険性は無いと雪風が示しても安全が保証されているわけではないということは、紛れもなく“シンファクシ”級潜水空母が浮上している近海は戦場である。 死地ではないと言い切れないのだ。
クラウスから離れ機体に掛けられたタラップを上りCFA-41“Mave”の機上に立つと、リリィは座席に座ったまま動こうともしない束に近寄る。
「どうだった? “シンファクシ”級潜水空母の動きは――何か気がついたことはある?」
「……ううん、他の人が言うように相変わらず不気味なだけだよ。 ただ距離が近くなってく毎に嫌な感じが強くなる――何かに見られてるような、首筋を突き刺す嫌な感覚が。 それ以外はわからない」
何かに見られていると言う言葉に思い出したのは、篠ノ之神社と“Marks Horst”社で未確認人型兵器に束が襲撃を受けた事だった。 必ず直前に似たような感覚が襲い、それが強く感じ取れるほど未確認人型兵器は現れる確率が高くなる――そう束は口にしており、今回もまた感じたということは潜んでいる可能性が高いということだ。
――どこかに潜んでいる、と考えるのが普通なんだろうけど比較できるほど計測したわけでもないから、どうしたものか……。
もしも未確認人型兵器が存在しているとして作戦行動中にあらわれた場合、我々は窮地に立たされた事になる。 第三勢力として認識するのが妥当だろうが、我々からしてみれば“シンファクシ”級潜水空母の艦載機と同じ扱いでしかない。 今までの目標は攻撃してくることは無かったのだが、未確認人型兵器との戦闘中に仕掛けてくる可能性も十分にあり――ましてや雪風によって火器管制システムが封じられていることから“ Schwarzer”隊は攻撃手段を持ち合わせていないことになる。 考えたくもないが、もし考えた通りの最悪が揃ってしまえば我々は的でしかない。
束の表情は出撃前よりも悪くなっている。 自身の状況を考えもせず無理矢理発艦したのだから、その消耗は予測できていたこと。 このまま機体から下ろし休ませるべきなのだが、束が感じた感覚が正しく正確なものであるとすれば――
《“ Schwarzer”隊より緊急入電。 “シンファクシ”級潜水空母上空にて未確認人型兵器と交戦――スクランブル要請。 繰り返す――シンファクシ”級潜水空母上空にて未確認人型兵器と交戦》
間違いなく未確認人型兵器は現れる。
「ハル、雪風に火器管制システムへの干渉を止めるように命令しろ!」
「大丈夫、もう雪風ちゃんは誰も止めやしないよ。 うん、解ってる――ただ私がソレを認めたくないだけ」
「認めたくない? 何を言っている……いや、悪いけど話は後だ。 機体に異常が見受けられないようなら直ちに補給作業を――クラウス、出られるな!」
「大丈夫だ、問題ない!」
甲板上で点検していたこともありクラウスのF-15C“Eagle”は即座にカタパルトに前足が掛けられ、何時でも打ち出せる状況に置かれた。 ただし足回りの点検を行っただけで何ら手を加えたわけではないため、いつ破損しても可笑しくはない状況――それでも飛ばなくてはならない。 クラウスは雪風によって封じられていた火器管制システムの動作も確認し、作業員と何度も確認を取り合い機体が正常に稼働しているか簡易的に点検をし終える。
「着艦して早々に悪いが補給が終了次第、指揮管制機として飛ぶことになる――疲れてるところ悪いけどね」
「――むしろアレの狙い通りなのかもしれないよ」
「さっきから何を……一体何を知っていると言うんだ、ハッキリ言え」
先程から束が何を言いたいのか理解ができない。 その口ぶりからは、この自体すら予測――いや知っていたかのようではないか。 確かに情報を整理し高い確率から状況を予想できなくはないが、情報が足りない――足りなさ過ぎてリリィですら予測ができないのが現状だ。 なら束はどうやって、この状況を予測したのだろうか。 この状況を予測できた存在がいるのなら何故、何も対策をとらないのだ。
ふと脳裏に束が今のような状態に陥った原因である、百合奈の連れてきた篠ノ之束が過ぎる。 あの束が束に何か余計なことを吹き込み、この状況すら伝えたのだろうか――そう思うと十分にありえる可能性にリリィは苛立ちを隠せそうにない。 苦虫を噛み潰したような顔で束から顔を逸らすが状況が状況だ。 機体の簡易点検と並行してシステムの確認をしなくてはならない。
【挿絵表示】
「“シンファクシ”級潜水空母――アレの狙いは、リリィちゃんなんだよ……」
しかしリリィの思考を他所に束は小さく、そう呟いた。 それを聞いたときリリィは自分の耳を疑った――当然だ。 “シンファクシ”級潜水空母を奪取したと思われる者達は日本政府に対して篠ノ之束と“白騎士”を要求したのだ。 なのに何がどうすれば世間的に見て接点がない自分が狙われるのだろうか。 理解ができない。
「何か根拠はあるのか?」
「――この出撃で私達が戦闘空域に到着した三分後に四機目の未確認人型兵器は排除され、その後に“ Schwarzer”隊と“CCCNO”社共同での“シンファクシ”級潜水空母奪還作戦が幕僚監部によって承認される」
リリィの疑問に束は淡々と予測されるであろう自体を口にしていく。 予言だろうかと思うも束が、そのような曖昧な事を口にすることは希だ。 特に現状況下で口にするとは到底思えない――そうなると、これが束の予測なのだろう。
「そして“シンファクシ”級潜水空母内部へはリリィちゃんと“CCCNO”社の部隊だけが突入し――七分後、リリィちゃんを閉じ込めた“シンファクシ”級潜水空母は潜行を開始。 その後、特殊炸裂弾頭ミサイルで空域を制圧した後に首都ではなく“CCCNO”本社へ特殊炸裂弾頭ミサイルを発射。 本土防衛に改修配備されたB型――“白騎士”が迎撃する」
「面白い話だが根拠がない。 私がターゲットにされる理由も皆目見当もつかない時点で、その話には信憑性が無いんだが」
「――仕方ないじゃん、そういう夢を見たんだから」
まず最初に思ったのは馬鹿馬鹿しいという感情だった。 ifという事を想定するのは間違いではない――可能性がゼロではなければ、それは十分にありえる可能性なのだ。 しかし戦争ではifという可能性を考える事は言いすぎかもしれないが愚かしいといっても良い。 戦争は相手の情報を事細かく把握し、いくつもの対策を想定し動く――つまり全ては予定として組み込まれていることなのだが、いま束が口にしたことは何ら情報も存在しない絵空事のようなものだ。 突然、戦車が空を飛び攻撃してくるような荒唐無稽な話である。 未確認人型兵器が存在し撃墜するという所までは此方の戦力と比べれば殲滅できる時間は割り出せるであろうが、“シンファクシ”級潜水空母の目標が篠ノ之束という存在でも“白騎士”でもなく自分であるという根拠は何一つ存在しない。 つまり考えるだけ無駄な可能性なのだ。 それが夢だというのならば尚更のこと。
しかし未確認人型兵器が出現したことにより情報の確実性は極めて曖昧なものになったと言っても良い。 軍事兵器とは違うが限りなく近い機械が反応を出さず出現するのだ――高度な迷彩技術と言えば通用するのだが、それらを常に作戦内容に含めなくてはならなくなったため束が口にした可能性も無いとは言い切れないのだ。 似たような事例が実際に起きてしまった時点でゼロに近かった可能性は無から離れていっているのだから。
「未来視、とでも言うべきか――その情報の制度はどのくらいだ?」
「今のところ“シンファクシ”級潜水空母の浮上と未確認人型兵器の出現は時間の狂いもなく起きてるよ。 私が補給のために着艦した直後に、っていうのでさえね」
そうなるとタダの夢だと笑い話にすることも難しい――それでも空中管制指揮官としての思考が非科学的な発言を否定し思考から弾こうとする。 一考する価値もないと冷静に余分な情報を削ぎ落とし歯車を回そうとリリィを急かす。 それでも思考の中に束の発言を加え考え続けることにより、歯車は異物を噛ませてしまったかのように動きを止めリリィに何とも言えない不快感を与え続けた。
――夢を見たということは医務室から起き上がってからか……そうなると雪風に送った暗号通信も恐らく関係しているな。
束が医務室から出て半日も経ってはいない。 つまり夢で見た光景が短時間の間に立て続けに起きているということとなる――かなり高い精度で未来を見たということとなるわけだ。
「――いいだろう、その全てを私に話せ。 それを踏まえ本作戦と“シンファクシ”級潜水空母の対処を決める。 束の見た光景が正しいものか証明しに行こうじゃないか」
補給が終了したCFA-41“Mave”は発艦すると同時に、その高度を徐々に引き上げ現在10,000ftで戦闘空域に向け飛行している。 ただし束の口にした情報を前提とし最適化した行動を取っているため、真っ直ぐ向かっているわけでもなく少し寄り道のように空を飛んでいた。 普段なら無駄な行動であると思う所なのだが情報が確かなら正面に未確認人型兵器が現れるらしい。
――Detect spatial reaction. Orientation 0-1-0, two enemy aircraft……
《空間反応を検知。 方位0-1-0、敵機二機》
まさかと思い空間受動レーダーに目を落とすが確かに雪風が言う通り、ほぼ正面に不明機の反応を捉えていた。 先程まで、その空間には何も存在しなかったことから間違いなく未確認人型兵器である。 そのことにリリィは信じきれていなかった束の言葉をある程度信憑性があると認め同時に、その夢を何故見ることが出来たのか微かに疑う。 未来視という非科学的なモノであると受け止め同時に現実に起こり得るはずもない、そう頭の何処かで否定し束が正常であると認識していた。 それが否定できる証拠を一つずつ潰していく――これは現実だと束は未来を口にしたのだと告げていた。
だが本当に夢で見た光景を口にしたのだろうか。 人には霊的な何かを知覚する器官を持ち合わせておらず、霊視や自身が知らない情報を目や言葉を使わず知ることはできない――同じように未来視という起きても無い現実を目にすることは普通の人にはできるはずもないのだ。 科学技術を進歩させてきた現代において現実的に起こりえないことを非科学と分類し、目で見たり触れて感じることのできない超常的な神秘をオカルトと言うようになったのだが、それを信じる者は少ない。 当然だ――今の時代において、そのような非現実を目にすることが出来る人間がいないのだ。
人間とは進化し退化する生き物であり、その過程で必要の無い霊視等の器官が失われたという人間もいるだろうが、幽霊の正体見たり枯れ尾花という諺通り実際のところ霊魂的な何かを見たとしても、その正体は枯れ木だったり遠くの明かりやタバコの火だったりする。 エクトプラズムという造語があり、これは霊の姿を物質化、視覚化させたりする際に関与するとされる半物質、または、ある種のエネルギー状態のものと定義されているが、その多くは何かしらの偽り。 そのような偽物により霊的な何かは全て何かしらの手品の一種ではないかと相対的に有り得ないものだとして認識されるようになったわけだ。
未確認人型兵器とて突然、幽霊のように現れたり消えたりしているが実際は“フリーダム”と同じように近代兵器を持つ科学技術の塊でしかない。 証明できてしまう時点で、それは霊的なものでも何でもない。 それ故に非現実的なモノは全て何かしらのトリックがあると誰もが考えてしまう。
つまるところ、束が口にした未来は手品の一種であるとリリィは認識しており、そして頭の片隅では未確認人型兵器を操り“シンファクシ”級潜水空母を奪取した黒幕なのではないかと考えているわけだ。 思考の大半は有り得ないと否定しているが、“白騎士”を開発したのは紛れもなく彼女である――完全な監視をつけていない時点で外と繋がる手段はいくらでもある。 それこそCFA-41“Mave”の開発に紛れ運送者に擬態した誰かと会うことも、雪風の開発中にネットワークを通じ指示を送ることだって出来てしまう。 それこそ今では“白騎士事件”と言われる半年前に起きた軍事施設へのクラッキングも、束自身の手によるものだと証明できないわけでもない。 可能性はある、だが証明できない――そのような事例が複数存在しておりリリィにとって未来視というよりも、そちらの方が説得力があった。
「これが四機中の二機だな?」
そんなことを考えながら束に語りかけ、やはり束が主犯という可能性は限りなく低いと認識しなおす。 まるでSF映画のように自分自身と出会い、今まで築き上げていた現実が突如、誰かに与えられた偽物であると言われ全てを――自身の存在すら複製個体なのではないかと信じられなくなっているわけだ。 自ら確認したものを事実であると、他者から与えられた情報を鵜呑みにせず必ず疑ってかかる性質だからこそ自身で確認した事実が全て偽りだと言われ、今という時間を現実ではない架空のモノではないかと思っているのだろう。 これは長い夢なのだと今を現実と捉えられないわけだ。 そのようにリリィを欺くために演技をしているというのなら驚きだが、残念なことに束は感情を隠す事が不得手で表情や言動に本心が現れやすい。 嘘が下手な人間がいるが、まさにソレだ。
感情で動くことは空中管制指揮官としてはあるまじき判断だが、証拠もないのでは束を犯人だと決め付けるのは早計である。 楽観的に考えれば、逆に証拠がなければ可能性は低いということにもなるわけだ。 リリィとしても未確認人型兵器を誘い込まずに束を捨てるつもりもない――場合によっては証拠ごと匿うことすら選択の内。 そこまで思考が巡り、結局のところ主犯で有っても無くても確証を得られるまで匿うのは変わらないと気持ちを今に切り替える。
「――“Scarlet 1”から雪風へ。 “Scarlet Eye”をシートに締め付け身体への無駄な衝撃を与えないよう留意。 それから高速巡航モードへのシフト準備」
そう言い終わるやいなや、リリィの身体は安全ベルトによって座席に強く縛りつけられる。 何をする気なのかは聞かない――そもそも未確認人型兵器の出現位置を聞いていた時点でCFA-41“Mave”の背を取るように現れる三機目を既に知っていたのだから聞くまでもない。 まだ画面には正面に映る二つの光点しか存在しない――だが問題はソコではない。 最初から存在しているのならば空間受動レーダーに映らなくとも十分対処は可能なのだが、その三機目は空間受動レーダーに映る二機を排除してから方位1-9-0、人間の死角となるほぼ真後ろに200程度の距離を開け現れるという。 それも今までとは違い反応が検知されてから動き出すまでの時間が恐ろしく早い形状――つまり我々は突然現れた敵機に背後を取られ三機目の未確認人型兵器を相手にしなくてはならないのだ。
後ろへの攻撃手段を持ち合わせていない戦闘機が背後を取られるということは死に直結する。 近年では第五世代ジェット戦闘機と発達したレーダー装置による長距離からの空対空ミサイルで多くの戦闘は片付いてしまい格闘戦と呼ばれる空中戦闘は演習以外では起こる事はない。 しかし領土の問題で、この起こりえない格闘戦も想定しなくてはならない国もあるのは事実だ。
戦闘機における格闘戦と言うのは、いかにして敵機の背後という安全地帯かつ一方的に攻撃を仕掛けることが可能な空間を支配できるかが鍵となる。 そのためには旋回性や機動性が高い機体が有利なのだが、今回の相手は未確認人型兵器という制空戦闘機以上の機動性を誇る機体だ。 それがCFA-41“Mave”の背後に現れるというのだから、当初リリィは三機を“ Schwarzer”隊に始末させようかと考えていた。 だが束が見た夢では単機で三機を処理したという。 方法は聞いていないが高速巡航モードの用意をさせたということは振り切ってから撃墜したのだろうと予想し、視線を画面に落とし逐次情報を収集し続けていく。
火器管制システムが空間受動レーダーに映る光点を対象とし目標捜索装置を固定する。 CFA-41“Mave”は現在、四本の空対空ミサイルを保持しており、その全てがAIM-120 AMRAAMと呼ばれるアメリカ合衆国マサチューセッツ州ウォルサムに本社を置くRaytheon社が生産した物だ。 中距離空対空ミサイルとしては破格な100kmを超える射程を誇るC型はF-22“Raptor”やF-35“Lightning Ⅱ”等の第五世代ジェット戦闘機に採用する予定で開発されたモノで、その特徴にAIM-120 AMRAAM自体がレーダー放射による自立誘導を可能にしている。 Active Rader Homingと呼ばれる発射母体に依存しない誘導方式を採用しており、小型かつ高性能な機器を内蔵した高価な空対空ミサイルを束は惜しみなく未確認人型兵器に対し使用していく。
CFA-41“Mave”から放たれたAIM-120 AMRAAMは雪風の誘導に従い未確認人型兵器に迫り、内蔵されたレーダーが目標を捉えた瞬間、自立誘導を開始する。 マッハ4で飛翔するAIM-120 AMRAAMは発射から数秒後には雪風の手から離れ未確認人型兵器を空間受動レーダーから消す。 距離があるため確認はできないが爆発による大気の変化を雪風は捉えており、未確認人型兵器の姿を見ることもなく破壊――その直後、CFA-41“Mave”は縦方向に回転し今まで空が見えていた視界が一面海に変わっていた。 何をしたのかリリィには理解ができなかった。 慣性制御システム“Passive Inertial Cancelerが機能していたせいか、それともリリィ自身が体感できる範疇を超えたのかは分からないが、座席に安全ベルトで固定された身体には本来かかるであろう負荷が感じられない。 そんな状態でも空対空ミサイルが新たに放たれた音だけは何とか理解することができた。
――Confirm shooting down of the third enemy……
《敵三機目の撃墜を確認》
機体に異常が無いかと目視で胴体部から主翼を確認し、先程まで前進翼だったハズの主翼が裏返り後退翼になっていることに気がつく。 いつの間に動かしたのだろうか。 飛行中に主翼を動かすということは失速することにも繋がる――特に主翼を180度回転させるという行為は失速どころか墜落の危険性も十分にあるというのに、CFA-41“Mave”は不可解な機動を除くと正常な状況で飛行しているのだ。 そしてようやく画面に表示された雪風が表示した文字を見て状況を理解する。
束はCFA-41“Mave”をクルビットと同じ要領で180度ターンを行い空間受動レーダーに捉えた三機目を雪風が即座に捉えAIM-120 AMRAAMを叩き込んだのだ。 その際、主翼を動かすことなくベクタードノズルを使い推力の向きを偏向させつつ、少しの操縦で強引に機体を反転させたことで胴体部分と主翼が別々の動きをし主翼が後退翼になったということなのだろう。 実際に束はやってのけたが、このような操縦は本来不可能だ――慣性制御システム“Passive Inertial Cancelerが作用してなければ間違いなく身体中の血液が脳に供給できなくなり視野を失い、それどころか機体にかかるGで身体が挽肉になっても可笑しくはなく、また改修の際に束が“白騎士”の技術を流用し機体自体の耐久性を上げていなかったら、今ごろCFA-41“Mave”は空中分解し二人共、海に向かって落ちていたのかもしれない。 そう思うと何とも危険な機動だと冷や汗が流れていく。
「未確認人型兵器を三機撃墜――このまま作戦海域まで飛行……」
僅か二分足らずの出来事であったがリリィの想像を上回る操縦を行い未確認人型兵器は三機とも消えた。 ならば最後に残る四機目は一分弱で消えるのだろう――束が口にした通り、我々が戦闘空域に突入した三分後に。 翼が翻り前進翼の利点であった運動性と機動性を捨て、CFA-41“Mave”は高速巡航モードと呼ばれる状態で“シンファクシ”級潜水空母上空に陣取る四機目を排除しに向かう。 既に“ Schwarzer”隊が対処しているだろうが撃破報告は届いてはいない。 まだ未確認人型兵器は残っているだろう。
「“Scarlet 1”から雪風へ――これより送られてくる暗号通信をコチラ側にも表示」
暗号通信が送られてくる――その言葉にリリィは眉を潜めた。 束には夢で見た光景を全て話させ、それを聞いたからこそリリィはCFA-41“Mave”だけで未確認人型兵器を三機撃墜することを許可したのだ。 だが束が口にした暗号通信は何一つ聴いていない。
「どういうことだ……」
「――この小規模な人員で“シンファクシ”級潜水空母の奪還を行うということは内部に敵性勢力が少ない、もしくはいないということが事前に判明していないと決行できない。 なら私が見た夢でリリィちゃんはどうやってそのことを知ったのか。 そして何故、私に嘘をついてまで行ったのか――その答えが知りたい」
言い終わる前に機内へ独特な機械音が鳴り響き、雪風が暗号通信を受け取ったと報告を上げる。 それを束が解析し開示することを許可――リリィの手が出る前に物事が進んでいく。 一体何が書かれているのだろうかと困惑するのと同時に、束の夢で自身が見たという内容に恐怖を覚える。
束に言わなかったということは恐らく“ Schwarzer”隊にも話すことはなかったはずだ。 それは巻き込みたくないという感情が起こした行為であり、紛れもなく危険地帯。 幕僚監部からの通達であるのならば束達が知らないはずがない――それを伝える役目のリリィが、その場で握りつぶした暗号通信の内容は束達が知ってはいけない事なのだ。 そのことに気が付くのが一瞬遅れ暗号通信は全て解析され表示される。
――A star falls……
《星が落ちる》
前文は何故かしら文字が化けており読むことができないが最後の一文だけは正確に読み取ることができた。
「これが原因だった、とは思わないけどね――雪風、この暗号通信は“Ghost”と関連があるのか判断して答えよ。 また発信地点の割り出しも開始」
そんな質問に雪風は悩む事もなく十分にありえると肯定し発信されたであろう場所を地図上に指し示す。 “ Schwarzer”隊が少し離れた場所で“Unknown”――つまり未確認人型兵器と交戦している区域に存在している“シンファクシ”級潜水空母、そこに光点がつけられている。 星が落ちると告げたのは“Ghost”である可能性が高く、その“Ghost”は“シンファクシ”級潜水空母から暗号通信を発信。 そしてケイが“シンファクシ”級潜水空母に人の意思を感じられないと口にした事と繋がっていく。
これら全てが正しいと仮定するならば“シンファクシ”級潜水空母は無人であるが“Ghost”と呼ばれる電子的な何かが存在しているということになるのだろう。 そして“Ghost”は未確認人型兵器を生み出した存在が作り上げたモノである可能性が高く、その手掛かりとして暗号通信を握り潰し情報を得るために内部に入ったのだろうが、逆に囚われてしまうという感じだろうか。 確かに未確認人型兵器への手がかりという豪華な餌が罠に仕掛けられていれば、狙われる束を連れて行くのは危険だからこそ置いて一人で乗り込むだろうし、クラウス達の言うように待っているという感覚も間違ってはいない。 まるで巨大なゴキブリホイホイではないだろうか。
「これがリリィちゃんを誘い出した暗号通信なんだね。 安心していいよ、行かせる訳がないから……絶対に行かせないし離さないから」
「だが未確認人型兵器の有力な手がかりだ。 それに最後の星が落ちるという文面も気になる」
「……2002NT7の再来とか?」
地球に接近する軌道を持つ天体のうち小惑星のみを指す地球近傍小惑星の一つで、2002年7月9日にアメリカ合衆国ニューメキシコ州にあるアメリカ陸軍が管理しているWhite Sands Missile Rangeに設置されたリモートテレスコープによって発見された。 アポロ型小惑星に位置し発見当初、2019年2月1日に地球と衝突する可能性が指摘されたが、観測が積み重なるに連れ機動予測の精度が上がり、その衝突確率は減少していったが一時期話題となった天体だ。
確かに直径1Kmを超える質量が地球に直撃する確率は極めて低いものの、その破壊力は甚大で、直径200mの隕石が大西洋の真ん中に落ちただけでも、沿岸部で高さ200mの津波を発生させオランダを始め、デンマークやマンハッタンを飲み込み何億もの人名が死に至ると言われている。 もしも大気摩擦によって燃え尽きず砕けない場合、周囲は壊滅的な被害を受け、その威力は原子爆弾を簡単に超える程だ。 近年では1908年6月30日にロシア帝国――現ロシア連邦クラスノヤルスク地方の上空で起きたツングースカ大爆発と呼ばれる災害が例に挙げやすい。 落下中の隕石が大気中で爆発したために強烈な空振が発生し半径30kmから50kmにかけて渡り森林が炎上、また1,000km離れた建物の窓ガラスも割れ爆発によって生じたキノコ雲は数百km離れた場所からでも観測できたと言われている。 今もなお調査は行われているが隕石が3m程度の比較的小型な形状であることが証明されてはいる――しかし隕石を構成していたとされる鉱物は未だ検出されていない。
「笑えない冗談だな。 もしも暗号通信通り星が落ちてきたら、それこそ人類は絶滅だ」
「だけど完全に有り得ないとは言い切れないし前例がないわけじゃないでしょ。 だからリリィちゃんは真相を確かめに動く……“Ghost”っていうのは頭が良いね。 リリィちゃんの性格から行動パターンまで、よく理解してるじゃん」
ただの夢であれば“Ghost”ではなく束が理解している事だからこそ詳しいのではないのかと言えるのだが、生憎と束が口にしてきた未来は聞く限り外れてはいないのだ。 ならば“Ghost”がリリィの事を知っていても不思議ではないのだろう。
「“Ghost”とやらの真意を確かめてみたいところだが……行かせる気はないのだろう? ならば方法を変えよう――最後となる未確認人型兵器を排除した後、“シンファクシ”級潜水空母へ暗号通信を用いて見る。 上手くいけば“白騎士事件”を始め未確認人型兵器や、今回の事にもカタがつくだろう」
そう上手く行けば良いんだけど――と小さく呟くのと同時に空間受動レーダーが四機目を捉える。 だがCFA-41“Mave”のハードポイントは高速巡航モードによって主翼が反転しており、AIM-120 AMRAAMは後ろを向いているため撃てたところで誘導中に固体燃料が尽きてしまうだろう。 機首を上げさせ空間受動レーダーが捉えた未確認人型兵器を赤外線カメラに収め、情報から一番近い形状の機体を取り出す。
――聞いた通り最後に残った敵機は“ディン”か。
再びカテガット海峡で撃ち落とした機体が現れ、その兵装に対し“ Schwarzer”隊は連携しつつも有効打を与えられない。 空対空ミサイル等も対空散弾銃によって撃ち落とされ実弾による弾幕も人型であることから高い命中性を誇る――事前情報があったとしてもリリィや束のように未確認人型兵器に対しての経験がなければ手こずるのは仕方のないことだろう。 今まではリリィの指揮によって出現中に排除していたのだ。 純粋な空中戦闘になれば腕が良くても被弾の確率が無いとは言い切れない。
まだ此方に気がついていないのだろう――CFA-41“Mave”は無駄な機動を取り入れることなく真っ直ぐ“ディン”に向かい飛ぶ。 射程外ではあるが乱戦状態ではないことから束は牽制に機銃を斉射し注意を引きつけ、それに気がついた“ディン”が重突撃機銃で弾幕を張るも迎撃が来ることを知っている束は速度を落とすことなく半ロールで高度を落としつつも“ディン”の下を通り抜ける。 その場に立ち止まるという隙を今度は見せない――それでも数の暴力というのは無情だ。 別方向から飛来する空対空ミサイルが高速で胴体中央に突き刺さり爆発を起こし“ディン”を消し去る。
「流石に電子的な存在と言われるだけはあるな――レスポンスが恐ろしく早い」
そんな空中戦闘機動を行ってる中でリリィはアルベードから手渡された情報を頼りに“シンファクシ”級潜水空母へ暗号通信を送り――その返答の速さに僅かに恐怖を覚えた。 雪風のように早い反応は非人間的であり、まさにプログラムの存在だろう。
《キテクレタ キテクレタ》
「……来て、くれた? なんだ、コイツは何を言っている」
理解の外にいる“Ghost”は、まるでリリィが現れたことに歓喜を示すかのように同じ言葉を繰り返す。 途端にCFA-41“Mave”の挙動が不安定になり束に問いかけるも、操縦系統のトラブルではないのか雪風にシステムチェックを指示――だが反応はない。 他のシステムは正常に作動していることから雪風という人工知能が停止したわけではなく何らかの理由によって処理限界、もしくは我々に対応している暇がなくなったと考えるのが道理だ。 相手は雪風に対し一度、電子戦闘を仕掛けてきた“Ghost”――今まさに人間が知覚できない場所で人工頭脳と電子的な何かが戦闘を行っているのだろう。
リリィは即座に戦術データリンクのシステムを停止させ“ Schwarzer”隊機に、この余計な電子攻撃を広げないよう処理しECCMを作動させる。 少しは改善したが、それでも機体は安定しておらずエンジンの出力が徐々に下がっていく。 燃料を示す数値はCFA-41“Mave”が飛べないという状況まで来てはいないことから、この電子攻撃は直接雪風を狙ったものだと気が付くと、即座にダミーデータに“Ghost”の目を動かそうとするためコンソールを弾く。 僅かでも雪風が自身を防護するためのプロテクトを構築するための時間があればいい、そんな思いで隠していたかのように現れたダミーデータへ処理が集中する。 かかったと言わんばかりに雪風が僅かな余裕を最大限に利用し操縦権を束から奪いCFA-41“Mave”の高度を上げた。 高速巡航モードによって後退翼でなければ即座に安定性を失い失速していただろうと思うと、束に震えるような声に気がつく。
「知らない……私は、この光景を知らない……見てない……」
まるで幽霊でも見たかのように呟き続ける言葉に、夢では“Ghost”に対し通信を仕掛けなかったことによる違いだとリリィは考えた。 この時点で束が知り得た未来とは別の未来を歩み始めている――ここからは一切情報のない未知の世界だ。
――Secure appropriate distance……
《適正距離を確保》
ようやく機体の挙動が安定する高度49,212ftあたりで再び暗号通信を打ち込み始める。 雪風は先の電子攻撃により操縦系統の一部を奪われかけたと報告しているため、束に変わりECCMで“シンファクシ”級潜水空母との測りつつ警戒し続けたが、同時に“シンファクシ”級潜水空母も操縦権を奪えなかったせいか再び攻撃の届かない海の底へ潜っていった。 最後に歓喜を表す暗号通信を送って。
それと時を同じくして一発の核弾頭が地表を焼き尽くした。