世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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Re:Birth 04/Thunder of God
031 4,Jan,2011/Collapse


 2011年1月4日――日本人の生活は基本的に何も変化を見せることはないが、戦争と隣り合わせという平和に浸かりきった現代の日本人において、この現状は遠くの異国で起きた出来事程度にしか感じられず僅かながら戸惑いと不安を日々募らせ、そんな現実に慣れつつあった。 日本に住む国民に対し何が起きたのかという情報は確かにマスメディアを通して伝えられてはいるのだが、それでも状況を正確に把握している国民は多くはないであろう。 日本海から離れた陸地へ向かう事に自国が戦火に巻き込まれているという感覚どころか戦争をしているという認識が生じず、普段と変わらない日常が続いているからこそ危機感の無い人々により偽りの平和が維持されていく。 ある意味で海という何者にも平等かつControl(コントロール)できない自然の不可侵領域を挟んだ両国の戦場は当然のように航空戦を主体としたものとなるのは必然で、開戦の狼煙となった核爆発以降、本土に被害が出ていないということが現環境を生み出した原因の一端を担ってはいるのだ。 結果的ではあるが日本海から離れて行く事に連れ、自国が戦場であるという認識は薄くなり日常生活に支障が出ていないと人々が普段通りの行動を選択してしまう。

 国内で観測された核爆発という事実すら虚構であると言わんばかりに時計の針は動きを止めることなく次の物語(シナリオ)へと進む。 誰が叫ぼうが現実が変わることはなく、戦争を批難し平和を訴えたところで危険が去ることはない――今も自国の空を鋼鉄の翼を翻し戦う者が人知れず存在しており、そこにリリィと束の姿もあった。 両名とも日本人であるが現在の所属はドイツ連邦国防省連邦防衛軍――つまり現状では日本にとって二人は他国の部外者でしかなく、作戦に参加させる以前に様々な理由等を付け行動へ制限をかける必要がある存在でしかないのだが、ドイツ連邦国防省連邦防衛軍と“CCCNO(シースリーエヌオー)”社の利害が大方一致してしまい、また航空自衛隊の“AWACS(エーワックス)”配備数と指揮官へ掛かる負担を削減する方向で防衛大臣との話がついたことで引き続き日本の制空権内で任務に就く指令が下る。 やはりというか“CCCNO(シースリーエヌオー)”最高責任者である篠ノ之百合奈の発言が大きく影響してしまい、日本の領海内に原子力空母を旗艦とした艦隊が二組も存在している異常な状況を作り出してしまう。 現状では爆心地である普天間(ふてんま)飛行場及び放射能による影響が明確ではない嘉手納(かでな)飛行場を初めとする沖縄に存在する在日米軍基地の機能は大方停止しており、第18航空団等は福岡県遠賀郡(おんがぐん)芦屋町(あしやまち)にある航空自衛隊芦屋(あしや)基地に一時的な異動を行うなど稼動可能な部隊を分散させ任務を継続する処置がとられていた。 また太平洋第七艦隊及びミッドウェイ島に集結し作戦準備を進めていた多数の合衆国空軍機も集められ睨み合いを今も続けている。

 睨み合いといえば聞こえは良いのだが実際は敵性国家を敗戦寸前にまで追い込んではいるのだ。 敵性機等が朝鮮民主主義人民共和国から出ているため対象国家を判別するのは難しいことでは無く、対象が配備している兵器がどれだけの数を残しているかすら見当がつく。 現在も稼動し一定の驚異があると認識することができる機体が対象国家には残り僅かで、日本側にある優位性が覆ることは無い。 まるで飛車や角等の主要な駒が存在せず歩兵の合間を抜け王手を決めることが可能な状態とでも言えば良いのか――だが、その合間に大韓民国という見えない壁が存在しており攻め(あぐ)ねているのも事実だ。 合間に挟み込まれた形で大韓民国が存在しているだけのように思えるが、情報が足りない現状では合衆国軍が下手に行動を起こせない状況へ陥るには十分な材料だった。

 朝鮮半島には軍事境界線という大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との実効支配地域分割する地帯が存在しており、これは国境線ではないが1953年7月27日の朝鮮戦争休戦協定により発効され非武装中立地帯として両国の主張する領土の関係上で存在している。 この軍事境界線を境に両国は分割されているのだが、そこを通り朝鮮民主主義人民共和国は日本への進行ルートとして大韓民国を通過――つまりは大韓民国に対する侵略行為とも見て取れる行動を選択したのだ。 これは当然、朝鮮戦争休戦協定を反故にする行動でしかなく、ただ黙って状況を見ているという状態でも無い。 対立しているからこそ国同士が啀み合い朝鮮戦争というページを歴史に残したというのに、防衛も迎撃も行わず自国を蹂躙させる危機的状況へ陥らせる政府がどこに居よう――だが行われなかった。 もしかすれば行われたのだが長くは続かなかったのかもしれない。 そこが問題なのだ。 本来であれば他国の侵攻に対し防衛や反撃行動に出るのが普通の軍隊であるのだが、今回に限り抵抗らしい抵抗が確認されなかった。 自国の空や大地に許可なく侵入しているというのにだ。

 では許可があるのであれば――その行為が大韓民国が認めているのであれば、それは侵略になり得るのだろうか。 いや、それはもはや侵略行動ではない。 もしかしたら今回に限り両国は敵対関係ではなく同盟関係として成り立っているのではないか、そのような推測が情報の少ない中で生まれてしまうのも仕方がなく大韓民国が合衆国軍にとって軍事同盟国であるのか敵性国家であるのか明確ではない現状が生まれてしまい、あの空がSKIES UNKNOWN(スカイズ アンノウン)――地雷原であるかどうかも不明な中域として扱われることとなった。 軍事境界線に近い在韓米軍基地である龍山(りゅうさん)基地への連絡も取れていない現状、圧倒的なまでに情報が不足しているのだ――空中管制指揮機であるのと同時に高度な情報処理を行える偵察機という側面すら持つCFA-41“Mave(メイヴ)”が必要とされたのは当然の結果といえる。 作戦行動中に行われた戦闘行動を記録し状況によっては高高度からの敵地と仮定される大韓民国の偵察、また在韓米軍基地の調査を可能とするのは現状、雪風という人工知能を搭載したCFA-41“Mave(メイヴ)”だけであるのだ。 正直に言ってしまえば軍用無人偵察機という存在は安価ではないものの存在しないわけではないため、この作戦に他国の手を借りる必要は無いのだが、日本政府としては戦争を早期終結させるために一回の作戦行動で複数の任務を遂行することが可能なCFA-41“Mave(メイヴ)”という機体が適役で、都合良く日本の領海内に存在していた。 そのおかげか今もリリィと束は原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”暮らし――せめて地に足を付け眠りたいものだが篠ノ之束という人物が二人も存在しているという状況を広めるわけにもいかず、数日かけて佐世保地方隊の管轄海域という前線で夜も眠れぬ日を過ごしている。

 

 

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「敵機撃墜、残機3――“Mobius(メビウス)”隊、位置情報を送る」

 

 空間受動レーダーの存在で第五世代ジェット戦闘機を配備していない両国の空戦機は眼前にいるものと変わらなく、いくら大韓民国から機体を徴収したところで優勢なのは変わることはなかった。 本来であれば数の差は驚異的に映るのだろうが、ここまで技術的な格差があると裏をかかれていないかという別の心配が出てくるほどにリリィから見た敵機は驚異的には見えないのだ。

 朝鮮民主主義人民共和国では朝鮮人民軍という軍隊が存在しており他国同様、陸海空に加え戦略軍が存在し、190万人と世界有数の総人員数を有しているのだが、そのどれもが旧式の装備しか配備されておらず量は多くても質は無いと言っても良い。 数字の上では800機以上配備している戦闘機も旧式に加え老朽化や整備不良等の問題で投入できる機数は100機前後と言われている。 また陸軍に至っては半世紀以上も昔の装備が主流――なかには第二次世界大戦で運用された兵器(モノ)すら配備されているという情報もあるほどだ。 艦船も数字の上では合衆国軍を上回っているようにも思えるのだが残念なことに大型艦よりも小型艇や潜水艦が主流となっており、ミサイルや砲撃等の直接攻撃ではなく小型艇による上陸作戦を主観に置いた目的があると考えられた。

 この中でも唯一特徴的なのは戦略軍と命名されている弾道ミサイルの運用を目的とした兵科であろう。 基本的に旧式の装備ばかりを配備している朝鮮人民軍ではあるが核実験と共に大陸間弾道ミサイルの性能は日々向上しているのは周知の事実であり、近年では2009年4月5日に行われたテポドン二号の改良型と思われる人工衛星打ち上げ用ロケットで衛生を周回軌道上に乗せる発射実験が行われた。 しかしながら周回軌道上に該当する衛生は存在しないと各国が対象の衛星を確認することができず、この実験は衛星軌道到達速度には達せず失敗に終わったのではないかとされている。 また朝鮮民主主義人民共和国は国家予算の約15%が国防費として計上されているらしく、一説によると500億円を超えないであろうとの見方がされており兵器的なレベルとして認識できる戦闘機を配備しようにも、この推測が正しいものであるとすると最新鋭機でなくとも三機程度の購入が限度であろう。 現在配備されている機体の大多数が1950年代に旧ソビエト連邦で開発されたMiG-19“Farmer(ファーマー)”の中国製ライセンス生産機であるJ-6“Farmer(ファーマー)”であり、その中でも最新鋭機とされている機体がMiG-29“Fulcrum(ファルクラム)”である。 F-15“Eagle(イーグル)”やFA-18“Hornet(ホーネット)”に性能は近いとされていても予算が無いため最新鋭の第五世代ジェット戦闘機には到底対抗できる戦力を保持できていないのだ。

 結論として述べると現在の朝鮮民主主義人民共和国の戦力は戦略軍を除き総じて現代の戦争に投入できる存在(モノ)ではないという事だ。

 ――Confirm shooting down of enemy aircraft, all aircraft……

 《敵性航空機、全機の撃墜を確認》

 CFA-41“Mave(メイヴ)”の空間受動レーダーが正確に爆発による大気の変化を捉え画面上に表示されている敵性航空機のマーカー上にバツ印をつけていく。 開戦の狼煙として核爆発を起こしたのは現在日本に牙を向いた朝鮮民主主義人民共和国と見て間違いは無いのであろう――核兵器を他国に対し使用したという事実はリリィでなくとも腹ただしさを感じ敵対国家として冷酷に対処してしまいたくなるのだろうが、こうも一方的な殲滅という名の迎撃を行っていると流石に相手側が哀れに思えてきてしまう。 実際、倍近い航空戦力が投入されたのは空間受動レーダーによって確認されていたというのに、対する日本の防衛に上がった十機にも満たないF-22“Raptor(ラプター)”が放ったAIM-120 AMRAAM(アムラーム)によって、その大半が撃墜されたのだ。 第五世代ジェット戦闘機の真価を後詰めとして後方で控えていた航空自衛隊の面々は何とも言えない気持ちで見ていただろう――持ってきた搭載火器どころか来た理由すら無くなってしまったのだから。

 International Security Assistance Force――国際治安支援部隊という組織がある。 主にアフガニスタンの治安維持活動を行い当政府を支援する目的で設立された有志国の集まりからなる多国籍軍なのだが、任期が二ヶ月前の2010年10月13日で終わり、“白騎士”を引き金として発生するであろう多国間とのトラブルに備え日本に招集され“シンファクシ”級潜水空母破壊任務についていたのだが、開戦によって現在の防衛任務についていた。 中でも“Mobius(メビウス)”中隊と呼ばれる第118戦術航空隊の一番機は単機で多大な戦火を上げるほどの最高戦力とされ不吉な異名を持つほどの操縦技術を持っている。 リボン付きの戦闘機は死神である――そんな話しがリリィの耳にも届くほど恐らく現存するパイロットで一番名声があるのは間違いない。 確かに敵機も第五世代ジェット戦闘機でなければ補足した後、一方的に攻撃を加える事ができるのだから死神のように一瞬で命を刈り取ることは容易いだろう。 向こうからはF-22“Raptor(ラプター)”が探知しずらく、こちらからは同じ距離で敵機を捉えることが出来てしまう上にAIM-120 AMRAAM(アムラーム)という長射程の空対空ミサイルによるアウトレンジ戦法を取ることができる。 “死神”と呼ばれるだけの理由は確かに存在しているのであろう。

 

「――これより高高度からの偵察任務を開始する。 現空域を後方の隊に任せ“Mobius(メビウス)”隊は帰投せよ」

『Roger. Mission complete. RTB.』

 

 垂直尾翼に部隊のパーソナルマークであるメビウスの輪を描いたF-22“Raptor(ラプター)”が一機、戦線を離脱するため翼を翻すと、それに倣うように他のF-22“Raptor(ラプター)”もあとに続いて帰投していく。 空間受動レーダーに映る反応が交差し徐々に戦闘区域外へと出ていくのを眺めながら、リリィは上昇するCFA-41“Mave(メイヴ)”の中で各種偵察装備を起動させ動作を確認する。 問題はない。 画面に映る映像を何度か切り替えつつもCFA-41“Mave(メイヴ)”にのみ与えられた任務に移った。 現在高度78,740ft――朝鮮民主主義人民共和国が保有する空軍最高戦力とされるであろうMiG-29“Fulcrum(ファルクラム)”は高度70,000ftまで上昇することが可能とのことだが実用上昇限度は58,234ftである事から迎撃の心配は無いと考えても良いだろう。 射程30km前後の高・中高度防空ミサイルが備えられているのだとすれば話は別で、在韓米軍基地に配備されていた兵器を使用されている可能性を考えると侵入に気がつかれない状態以外は死を招く行動でしかない。 レーダー波によって捉えられることはない以上、ようは視認さえされなければいいのだろうが可能性が無いわけではないのだ。

 

「通信システムをシャットダウンする。 本作戦のフライトプランに変更はない――最優先目標は主要在韓米軍基地となる五ヶ所に駐留していた合衆国軍兵士の安否だ。 状況が状況なだけに我々のミスで誰かの命が失われる可能性があり、また発見され次第、防空ミサイルが放たれると予測される。 その点に留意し飛行せよ」

「――了解(ウィルコ)

 

 リリィの中で一番恐れる状況としては万全なレーダー網を用いた防空システムによる敵性国家の迎撃行動だ。 いくらCFA-41“Mave(メイヴ)”が“白騎士”の技術を応用した現行機であろうとも、その存在は空を飛ぶ鉄の塊というのは変わることのない事実だからこそ対空ミサイルという兵器が天敵であるのは当然と言える。 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社から提供された情報によれば朝鮮民主主義人民共和国の脅威に備えて探知範囲1,000kmとされる車載式早期警戒レーダーを在韓米軍基地に配備する目処を立てているらしく、もし実際に配備されているのであれば偵察任務の危険度は大きく増すのだが、配備する計画が進められているというだけで実物が存在しているという訳ではない。 日本も防衛省技術研究本部が同型のレーダーを開発し今年度中には配備する予定としている。 現状では最新鋭レーダー装置――Xバンドレーダーを搭載した兵器は数が限られていることから、明確にCFA-41“Mave(メイヴ)”の偵察行動を両国が捉えることはないであろうとリリィは考えていた。

 本作戦行動については“CCCNO(シースリーエヌオー)”社だけではなく“Phantom Aufgabe(ファントムタスク)”社の支援すら受け、またロシア連邦や中華人民共和国の支援は無いが作戦行動に関与はしないという姿勢を見せており朝鮮半島は半ば孤立した状態とも言える。 敵性国家から見れば既に負け戦でしかないのだ。 その分、何をしでかすかわからない状態とも言えるため各国は常に目を光らせ監視し、その情報は巡り巡ってリリィの耳に届くため更に精度の高い情報が集まり安全かつ成功率が高い作戦を立案することが出来るのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての発端は“白騎士”という存在なのは誰の目から見ても間違いはないだろうと原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”の室内で、今回の偵察任務によって得られた情報を纏めながらコンピューターと睨み合う形で考えていた。 本作戦において得られた情報は奇妙なモノで、赤外線カメラや空間受動レーダー等の全てを使用し偵察した結果――対象区画に人影どころか生物が存在していないという結果を得ることはできたのだが、軍事基地に人がいないという状況をリリィは正しい情報として書くべきか悩む。 そして思考は何故、このような結果を得たのかという事を紐解いていく内に“白騎士”へと辿り着いたわけだ。 リリィの疑惑を否定したのは雪風だが、その機体(カラダ)は“白騎士”に近いモノ。 だからこそ理解できていなかった何かが影響しError(エラー)を回避しているのではないかと疑ってしまう――束がB型の欠点として上げた(コア)を通してプログラムが強制的に稼働出来てしまうという事例と同じように。 つまり雪風は偵察装備を正確に管理していると思ってはいるが実際は“白騎士”の(コア)によって強制的に繋げられているだけであり、不完全な接続で管理していると言いたいのだ。 管理できていれば状態に違いがないということは一切ない――この差は非常に大きくリリィに伝えられる情報の精度に関わってくる。

 あいにく簡易的な点検をしたところ接続に問題はなく試験動作も全項目を確認し基準値を上回っているため、雪風が偵察装備に接続できていないということは無い。 雪風は正しい情報を常に提示し続けている。 しかし、そうなると今回の偵察任務で在韓米軍基地に生物の反応が感知できなかったという結論は正しいものとなるわけだが、ならば在韓米軍基地(ソコ)で生活していた人々は一体どこに消えてしまったのだろうか――という怪談にも似た疑問が残ってしまう。 朝鮮人民軍が捕虜として連れ去ったにしては五ヶ所で活動していた大多数の合衆国軍兵士を押し込める檻が存在しない点で、全員を連れて行くという非効率的な行動に意味は存在しない。 良くて全体の二割から四割程度。 それでも半数は捕虜にならず下手に動けないため基地内に留まっているハズだ――それらの情報が外部に漏らされないための監視がついた状態で。

 怪現象ではないとするならば考えられる理屈は二つだ。

 一つ目に捕虜として合衆国軍兵士を押さえアメリカ合衆国という大国が動けない状態を作り上げる事だろう。 軍人とは言え紛れもない人間という存在だからこそ弱点になり得るのは1968年に起きたプエブロ号事件で証明されている。 簡単に言ってしまえば朝鮮人民軍の奇襲による合衆国海軍艦の拿捕といえば良いだろう。 私見とはなるが朝鮮民主主義人民共和国という国家は自らの領土や領海内で起きた事件であると公言しているも、実際は二つの戦争を行うだけの余力がない合衆国軍の状況を理解した上でソ朝友好協力相互援助条約に基づくソビエト連邦軍の参戦を匂わせ、領海外にいた情報収集艦プエブロを強襲し合衆国軍の弱みを握ったとリリィは思っている。 この結果、スパイ活動を認める謝罪文書に調印することになったのだが、これと同じことが今回も考えられた。 しかし今回は数が数だ。 万を超える合衆国軍兵士の収監施設や食料は朝鮮民主主義人民共和国に存在しないといっても良い。 そんな余裕があるのならば国民が貧しい生活を送ることは無いであろう。

 二つ目は在韓米軍基地に配備してある兵器を封じることで救出や反攻を目的とした作戦行動を取らせないようにするという事だ。 朝鮮人民軍にとって見れば合衆国軍の兵器は、どれも配備されている兵器の何世代先に位置し――それこそ空を飛ぶという行為が夢物語で片付けられていた時代の人間が初めて気球を目にした時と同じような(モノ)でしかない。 当然、その夢を手にすることができる存在は、どの時代も裕福な家庭(グループ)でしかないのだが。 そんな驚異に対抗できるかといえば出来ないから、自身に向けられることが無いよう封じ込めるという思考は十分に考えられることである。 また確保し配備することも考えられたのだが、現状では戦場という舞台が空でしか行われていないため使用できる兵器は限られるであろうと取り除く。

 しかし報告書に事実以外を書き込むというのは受け手に大きな印象を与えることへ繋がる。 この二点の推察は別紙にして報告を出すのが一番望ましい。 そう頭では考えているのだが何か不可解なモノを感じ、当分だが文字に書き起こすことができそうにもなかった。 何よりも自身の後ろで相変わらず暗い雰囲気を纏った束が顔もみせずベッドに倒れ込んでいて、そちらの方に意識が持って行かれてしまうのだ。

 

「――しっかり寝ないと後が持たないよ、束。 そう長くはないだろうけど何時までこの戦争が続くかわからないんだし、休める時には休んでおかないと」

 

 壁に顔を向けたまま一向に動きを見せ無い束だが寝ていないということだけは理解できる。 時折感じるのだ――微かな感情の揺れを。 この体格によってドイツ連邦国防省連邦防衛軍内部では注視される存在であったからこそ感じ取れていた他者の視線が、“フリーダム”を手にした影響なのか鋭く増してしまい、閉鎖空間であれば今のように感情の揺れを理解できるようになってしまった。 何かが迫り来る時に身体を貫く奇妙な感覚とは違い、身体の中――本能というべきだろうか、それらがリリィに他人の感情を告げているのだ。 漫画のように他人から出る霊気(オーラ)が感知できるわけではない。 ただ漠然と意思を感じ取れてしまうだけだ。 寝ているかどうかに関しては今のリリィにとって判別がつきやすい。

 現代の人間に同じことができるはずもなく、まるで化物のようだと自嘲気味に肩を下ろした。 人間である――これだけはリリィにとって自身を確固たる存在として認識できる譲ることのできない唯一のラインなのだが、それが日を経つにつれ超えそうになる。 だが人間とは不思議なもので自分以外の誰かが似たような状況に陥っていると、自身を客観的に捉えることができるようになり平常心を保つことが出来るようだ。 今の束を目に見ているからこそ自分が人間からかけ離れてきているという疑問から逃れられてる――当の本人には悪いのだが、そう感じた。

 

「身体が万全な状態でも精神は非常に脆く影響を表に出しやすいんだから、“AWACS(エーワックス)”が飛べる状況にあるうちに寝ておくべきだよ。 それとも医務室に行って追加の睡眠薬でも貰ってこようか?」

 

 それでも束からの反応は無く本当は寝ているのではないかと自身の感覚に疑いを抱き、仕方なしにCFA-41“Mave(メイヴ)”から取り出してきた端末を手放し束に近づく。 静かに伏せていた瞼を少しだけ開き横目で束はリリィの姿を捉え、視線を壁に向けると再び瞼を下ろす。 流石に慣れてきたものの違和感が無いわけではないのだ。 箒や千冬、そしてラウラと過ごしてる時に見せる束の顔に慣れてしまったせいなのか暗く硬い表情は見てて気持ちが良いものでは無い。 

 その原因が“Project Lily”という謎の計画なのは間違いなく、それを書いた人物が“CCCNO(シースリーエヌオー)”社側の篠ノ之束であることは本人が認めている。 内容については極秘事項であると口には出さなかったが、ならば何故それを束に教えたのか理解できず百合奈に問いかけるも呆然として聞き返されてしまう。 リリィとしては外部に漏らす情報なのだから、それなりの人数は“Project Lily”について理解していると思っていたのだが、どうやら知っているのは最高役員だけのようで他の“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に属している者は知らないらしい。 本当に何故そのような情報を束に伝えたのだろうか、それを伝えることで何かしら手にできたのだろうか――あの篠ノ之束が考えていることが理解できずにいる。

 

「――ねぇ、リリィちゃん。 戦争が起きたのって現実なのかな?」

 

 一体何を言い出したのだろうかと眉を顰めリリィは後ろで横になる束に顔を向けた。 その雰囲気は相変わらず暗いままで、今にも投身自殺をしそうな人間に見られるであろう全てに疲れ切り何もかも捨て去りたいという淀みというのだろうか、そのような空気がソコにはある。 まるで目の前にいる束が篠ノ之束では無いような別人を見ている気がしてリリィは自分の目を信じられず束の肩へ手を伸ばし――直前で止めた。 目の前にいるのは半年という短い間だが、その姿を見続けてきた篠ノ之束だ――紛れもない“白騎士”を開発し自ら攫った篠ノ之束なのだ。 触る必要もないくらい彼女の声、身体、匂い、行動原理を目に焼き付けてきたというのに自分は目の前にいる人物を篠ノ之束として認識できずにいる。 そんなことはありえない。 今まで目に焼き付いてきた光景は直感像素質者として脳に一切のズレも無く記録されているのだ。 彼女が自身の知る篠ノ之束以外であるはずがない。

 

「発言の意図が掴めないんだけど……束は現状を夢だとでも言いたいの?」

「だって核兵器が使われ戦争が始まるだなんて、ホント出来の悪いフィクション作品でしか見たことがないよ……。 それに私が、もう一人いるだけでも十分に非現実だと捉えてもおかしくはないじゃん」

 

 何が言いたいのか理解はできなかったが束が現実を直視できず、それを理解してもらいたいがために口にしているのだということには気づくできることができる。 だがリリィは束が望む言葉を投げることができない。 出来の悪い夢といえば確かに今現在、日本を中心として起こっている出来事は本来であれば数十年も先に起こりうるであろう可能性ばかり――だというのに、それら全てが一斉に花開いているのだ。 束でなくても同じ事を思う者は間違いなく居る。 現にリリィとて話だけであれば荒唐無稽だと笑っていただろうが現実なのだ。 現実だからこそ束の言葉が否定できない。 現実逃避するのは人間であるのだからこそ仕方がない行為と思えなくもないが、残念なことにソレは力がなく現実に抗えないからこそ取る行為で我々には力がある。 抗い覆すことができる力が他の誰よりもあるのだ。 そう、誰よりも抗うことができる力がある。 CFA-41“Mave(メイヴ)”や雪風を上回る圧倒的な“フリーダム”、そして“白騎士”を開発することが出来る技術力をリリィと束はも有しているのだ。 雪風が劣っているというわけではないのだが未知数であるからこそ明確にできない――だが“フリーダム”や“白騎士”は明確なまでに数値化できてしまう。 “白騎士事件”の時のように防衛戦力として投入できるのであれば現実を否定する要因はなくなるのだろうか――いや、それは一つの面であって束が抱える全体の解決には至らないはずだ。

 束は戦争ではなく自身を取り巻く現実を否定して欲しいのだ。 自分が生まれてから今まで存在しているという現実を誰かに肯定して欲しいために口にしている、そうでなくては“CCCNO(シースリーエヌオー)”社側にいるもう一人の篠ノ之束に触れることはないであろう。 人間とは弱い生き物だが、それを常に意識して生きているものは少ない。 意識の外に事実が置かれているのだ。 そのために肯定されること否定されることに脆く、成人を迎えていない者にとってソレは非常に大きな影響を精神に叩きつける。 成人しても同じように影響を受け防ぐ方法を知らない者もいるが、今の経済大国に住まう人間にとって当然なことと言えよう。 日本で言えば中学校まで義務として同じ教育を与え高等学校を過ぎるまで平均的に同じ知識を植え付けた後に、分岐し多方に分裂するのだが成人するまでは同じ教育をされたモノといっても良い。 当然ながら思考も似たようなもので道徳という観念も束が入り込ないほど異物を受け付けず、重点を抑えていても異物として排除する程、個人という思考の自由がない現代社会に適応したモノへと統制される。 禁忌という観念で縛り上げ統一できないものを善悪で排除し悪という認識を植え付けていく――もはや今の人間は社会を動かす歯車として大量生産されている事すら認識できていない。 認識できるものは排他され自身の思考を口にする権利も意味を無くし死ぬまで答えを探し続け永遠と苦しむのだ――自分は何者なのだと。

 その答えをリリィは知らない。 その難問を解いていくうちに自分は自分以外にはなれないと目の前に出されたモノだけを処理していく歯車として、その謎を意識の外へ投げ捨てたのだから。 

 

「夢なら私としても頭を悩ますことがない点で救われるね、至って平和な世界に近いだけでも。 でも私は戦場で目にしたものを解析する役割にいる。 夢だとしても目で見たものを事実として認識しなくちゃいけない立場にいる。 だから束の言葉を肯定することはできない」

「……現実なら、こんな現実は見たくなかったよ」

 

 同感だ、と口に出かけた言葉を飲み込みベッドの空いた隙間にリリィは腰を下ろす。 やや軋む音が室内に響くが束は動きを一切見せないまま、その背を此方へ向け続けた。

 その言葉を肯定するということは原因となった“白騎士”を否定するということに繋がりかねず、それは篠ノ之束が作り上げたモノを否定することにも繋がってしまう。 存在理由を失いかけている束に起きてしまった惨状の責任を押し付け、個人の思考すら否定するという行為は更に精神を追い詰める結果にしかならない。 してはならないのだ。 束が悪いわけではない――ただ欲望を抑えきれず目的を履き違えた者達が引き金を引いてしまい、それに巻き込まれただけの被害者なのだから。 “白騎士”さえ作らなければと言われるのだろうが、それこそ今まで束に目を向けず排他してきた者達が言っていい言葉ではない。 他人の自由を尊重せずに教育という名で統一してきた者達が言える権利は存在しないはずなのだ。

 同じ感覚を持ち義務教育すら放棄したリリィだからこそ教育現場を客観的に解析できるのだが、束はソコに属し数年もの間を耐えてきた。 統一化されていく周囲を眺めながら自分は何者であるべきなのかと、その頭で追い求めてきたわけである。 自身を取り巻く環境が歪であれ最低限の認識を保ち他人と関わろうとしてきた――だが自身が複製個体(クローン)ではないかという懸念が自身の存在意義を揺さぶり、なんとか保てていた認識を崩壊させ篠ノ之束という個をその中へ混入させてしまったのだ。 今はまだ他人を辛うじて認識できるのだろうが、時間が経つにつれ思考統制された人間を大量生産された生物でしかないと認識し、それ以外の存在でしか人間として扱わなくなる可能性もある。 なんとしても早急に篠ノ之束という区別ではなく自分自身を見つけてもらわなくては――“白騎士”に採用された技術が世界中に解き放たれ混乱を加速しかねかねない。

 

「どうすれば一番良かったのかな……。 どうしてたら、こんなに悩まなくて済んだのかな……」

 

 リリィも自身が持つ強大な力に悩んでるからこそ、それが思っても口に出さず存在を秘匿し、その欠片すら外に漏らさない――他者を刺激しないという、いたって単純(シンプル)解答(モノ)であるということを理解していた。 過程は違えども結果が変わらなければ、それこそスカーレット・リリィという存在自体が核兵器だとも言える。 “フリーダム”を展開してしまえば動力源に核分裂炉を搭載している時点で放熱部、ブースターやスラスター、能動空力弾性翼から様々な形で放射能物質が僅かながら漏れるのだから、それが当然の認識でもあろう。

 

「実は私達が体感していることは全て仮想現実で、水槽に浮かんだ脳が見ているバーチャルリアリティなんじゃないかって少し期待してるんだよね」

「水槽脳仮説ね……また返答の難しい事を考えて」

 

 1982年に哲学者ヒラリー・パトナムによって定式化された仮説だ。 人の脳が死なないような特殊な成分の培養液の中で、脳波を操作することの出来る非常に高性能なコンピューターと脳を電極でつないだとき、意識は脳の活動により生じるものであることから脳だけの存在であっても通常の人間と同じ意識が生じるのではないかと考えられたものである。 公園を散歩したり愛しい人と過ごしたりという光景を網膜を通さず脳が単体で認識する可能性(ヽヽヽ)の話だ。 それを脳が偽りだと証明することができないのであれば、我々も同じように自身が人という形があるのか脳だけの存在であるのかも証明できない。 故に「あなたが体験しているこの世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ているバーチャルリアリティなのではないか」という仮説が生まれた。

 体勢を変え束がリリィの顔を覗き込むように見つめる。 この光景をリリィは現実の物だと思っているが、束にとっては脳が外部から与えられた情報(こうけい)ではないかと懐疑的になっているのだろう。 これを証明することは不可能と言っても良い。 なにせ人の脳波を操作するという点で言えば束は既に水槽脳仮説と近いものを作り何度も使用しているからだ。 そのため人間の身体を培養液の詰まった水槽だと仮定した場合、水槽脳仮説が成立し脳は外部から与えられた情報を現実の光景であると認識している事となる。 これを否定するには水槽脳仮説を解明し成立しない状態を作り上げる必要があるのだが、それ自体が水槽の中にある脳が行っていることだとしたら――これは悪魔の証明でしかない。 我々の身体が存在して、この光景を見ているという確証は水槽脳仮説の前には無いといっても良い。 まだ視覚情報を疑ってくれていたほうが返答のしやすさはある。

 

「私という存在が0と1で構成された上で、誰かの思考実験に利用されてるんだって考えるだけで吐き気がする。 リリィちゃんが目の前にいてくれる、そんな幸せすら誰かの都合によって与えられた虚構だとしたら……」

「考えすぎだよ。 私達は確かに存在してるし話し合っている。 第一、そこまで考え出したら私という存在すら束にとっては情報でしかなく、始めから存在していないことにもなるから」

 

 これ以上、束を考え込ませてはいけないとは思うものの解決策は何一つ存在しない。 今の束にとって目に映る光景は全て外部から与えられた偽りの情報であるという先入観がある。 これを解決し束自身に納得させない限り、いつまでも水槽脳仮説に縛られたままだ。

 ふと先ほど伸ばし触れることを止めた手を再び束の頬に向け、その柔らかな肌に小さく触れた。 この感覚も水槽脳仮説の前では虚構にしかならないが、それでも全く別の外部情報として捉えることも出来るであろう――存在するかも怪しい外部情報ではなく明確な外部情報として。 人間は確実性のある方に思考や視線が動きやすい。 ならば誰かが与えた感覚を伴う外部情報は束の思考を和らげるには十分効果があるのではないのだろうか。 心理学的にも人肌の温もりや接触を伴うスキンシップはストレスを軽減する効果があると証明されている。 一時的とは言え、この程度で解決するのならばと悲観しつつも今の束を見ていられず触れた。

 

「――人が認識する全ては電気信号によって脳へ送られるのは知ってるでしょ。 この景色も電磁場の波によって発生した振動現象を色として捉えてるに過ぎないし、このリリィちゃんの暖かさも信号として脳に伝達してるだけ」

「でも人の感情が電気的な信号で構築されているかどうかは完全に解明されたわけじゃないし、水槽脳仮説を実証できない時点で結論が出ない無駄な行為だよ。 そもそも水槽脳仮説で頭を悩ます人間なんて世界中探してもいるかどうか……。 もう少し本能を義務や理性で抑える事をやめたらどう?」

 

 刹那的生き方をリリィが肯定する事はないが生涯を見越した思考を常に行なえとも言う気も無い。 人間、どのような状態であれ死ぬ時は死ぬのだ。 いくら思考を未来へ向けても自身の歩む全てを予測することも理解することも人間はできず、一瞬の思い出を大事にしたり刹那的な生き方をするのだろう――でなければ三大欲求と呼ばれるものは存在しなくても支障は無い事になる。 好きなように生きて好きなように死ぬ。 周りとしては迷惑でしかないが人間の行動原理を突き詰めていけば最終的にそこへ辿り着く。 人間は機械では無いのだからこそ非合理的な判断を行い不条理に身を落としてでも好きなことをする――であるならば人の意識は機械的なものではないという事にはならないだろうか。 それすらもプログラムに組み込まれている等と言い出したらキリがないが。 

 ふと離した手を束が確かめるように触れ、そして掴む。 一体何なのだろうかと不思議そうにリリィはその指を見つめ、やがて強い力によって束へ引き寄せられベッドに――正しくは束の上に倒れ込んだ。 一瞬だけリリィは頭の中が真っ白になり、そして自身が置かれた状況を理解すると急いで離れようとするが、それよりも早く束はリリィを空いていたもう片方の手で抱きしめた。 腕を掴んでいた手も後頭部に回され顔を上げ束の表情を確認しようにも動くことすらできない。 一体何故束はこのような行動を起こしたのかリリィには理解できなかったが、先程までの束では抱きしめるという行為すら何者かによって外部から与えられた情報でしかないと否定的な思考をしていたハズだ。 だがこの行為はそれらを一時的とはいえ水槽脳仮説を否定するものと考えられ、つまり何かしらの結論を束は得たと受け取れなくもない。

 

「――最初からこうしてれば良かった。 そうだよ、最初からこうしてればよかったんだ……」

 

 しかしそれにしては様子がおかしいようにも思えた。 その表情を見ることはかなわないが声には納得した、結論が出たというような透明性――言語の明確性が感じ取れない。 まるで明確な答えには至ってはいないものの自己完結で一定の満足を得てしまった者のような、本来外界へと向けられている視線や思考が全て内側という一点に集約されているようにも思えてしまいリリィは拘束から抜けようと力を込める。 その度に艶かしい(ナニカ)が聞こえるが、どうしてそうなったのかは冷静であろうが今のリリィには理解ができず、やっとの事で抜け出し少しだけベッド――束から離れつつも振り返り確認を行う。 特に何かが変わったという印象は受けないが、ただ先程までと比べ陰鬱(いんうつ)な表情が完全とは言えないが無くなり何かしらを見ているようにも思えた。 振り返ったリリィの顔を見てはいるのだが正しく自分自身を見られていないような――まるで百合奈が過去にリリィへ向けた視線に酷似しているようにも思え背筋が少しばかり凍りつくような感覚に襲われる。

 

「た、束……? 大丈夫、頭とか打ったりしてない?」

「ふふふ、大丈夫だよ♥ それよりも、リリィちゃんの方が頭とか打ってるんじゃないかな~? ほらさっき束さんが引張ちゃったからね――ほら確かめてあげるから、こっち来て♥ 大丈夫だよ何にも怖いことはないから、ね?」

「い、いや、私よりも束の方が頭打ったんじゃないの……? 何かおかしいよ」

 

 自身に伸びる手がなにか恐ろしく感じ、迫られる事に一歩ずつ足を後ろへと動かし束との距離を測り理解しようとするが、やはりというか理解ができない。 束の視線が自身を見ていないということは理解できる、その結果として精神的余裕が生まれたのだろうという予測もつく――だが一体どのような理由で束が自身を正しく捉えなくなったのかという理由だけは理解できないでいた。 一体どのような思考を経て、このような行動に出ているのか。 人が変わったかのような――まるで洗脳でも受けたかのような性格の急変にリリィは対応できず必死に状況の打開策を探す。

 洗脳といえば戦時下の捕虜に教育という名の脅迫を精神的に植えつけControl(コントロール)する例が過去に多数挙げられている。 朝鮮戦争においては捕虜となったアメリカ兵士が中国共産党による洗脳を受け共産主義を信奉するようになった報告も残っており、一概に空想科学的な存在しないモノではない。 これらは人間の脳を対象とするものではなく、精神や身体へ多大な負荷を与えることにより無意識のうちに構成されている部分へ苦痛から解放される術を刻み込み人間の思考を誘導し制限する方法だ。 人質となった人物が警察に追われる逃亡犯の感情に左右されサイレン音を聴くだけで、それらを悪と認識するようにもなった事例すら存在する。 生物の基本的な生存本能を利用することで行動の選択幅を狭め都合の良いように誘導するのが現代の洗脳方法であろう。 SF小説的な機械によって外部からの情報を脳に植え付けるというのは、ある意味で現代の洗脳過程を短縮化したものと言える。 深層心理学による長い月日を重ね刻み込む過程を機械によって短縮化するのだから。

 では今の束が置かれた状況はどうだ。 戦時下かつ前線の原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”という閉鎖空間内で数日も過ごし、警報(アラート)が鳴ればCFA-41“Mave(メイヴ)”を睡眠から叩き起されても飛ばさなくてはならず心身ともに疲弊している。 そして“CCCNO(シースリーエヌオー)”社側にいる篠ノ之束によって思考を誘導された。 ある意味で束が洗脳状態にあると見て取れなくもないのが現状であろう。 これ以上の問答は意味がないとリリィは切り上げようとするも束の動きが止まることはなく着実に近づき、その腕を掴み壁に押し付けられる。 頭の様子でも見ているのだろうか――壁と束の持つ豊満な胸に顔を挟まれ周囲の状況が理解できない。 年齢的には六つしか違わないのに圧倒的なまでの身長差がリリィの頭部を四肢ではない胸部(モノ)で塞がれた。

 

「そうだよ……私だけのリリィちゃんなんだから水槽脳仮説(そんなもの)、いらない……。 意味がないし必要ないんだもん――リリィちゃんは私しかいないんだから……♥」

 

 まさかと思い、だが否定し続けた結論がさらけ出されてしまった事にリリィはようやく気づく。 束は踏みとどまっていたのではなく、既に壊れていたということに。 既に口にしていることが支離滅裂で理解ができなくなってきた事に、もっと早く気が付くことができたのならば回避できたのかもしれない――もっと注意深く束の状態に目をやり、意地でも悩みを聞き出し休ませてやれば良かったのだろう。 何故あのとき束が自身の悪感情から生まれた思考から逃れたいがために“シンファクシ”級潜水空母の警戒飛行を行う事を認めてしまったのだろうか。

 認めたくはなかった――あの“白騎士事件”以前の束を警戒すべき存在と理解しつつ惹かれていたがために、その全てを篠ノ之束という人間の個性であると許容してしまった。 それが、それまでの束を壊し今の束を作り上げてしまったという現実を――他人という汚してはならない部分を摩耗させキズモノにしたのは自分自身だとリリィは認めたくなかった。 篠ノ之束を壊したのはスカーレット・リリィ(ジブン)だということを。

 

「私だけがリリィちゃんを理解してあげられる、私だけがリリィちゃんを抱きしめてあげられる、私だけがリリィちゃんを癒してあげられる、私だけがリリィちゃんをの特別になれる――ふふ、暴れるリリィちゃんも可愛い……♥」

 

 狂っているというのに吐き出される言葉をリリィは否定する事ができない。 同じ目線で物事を見ることができるからこそ束はリリィの心境を理解することができ、本心から触れ合うことが唯一できる。 だからこそ否定はできない――むしろ間違っていないのだ。 リリィも束も互いを他とは違い特別な存在であると認識しているのだから。

 自分の声は届かないのかと怪しい声を漏らしながら抱きしめ続ける束を強引に引き剥がすため、多少手荒くなってしまうが“フリーダム”を起動させようと脳から発せられる微弱な電気信号を伝いシステムを立ち上げようとした矢先、部屋の扉が開く音が耳に届いた。 誰かが室内を覗いている――そんな状況すら気にしていないのか自身を拘束する力は変わらず、束は一人何かを呟き続けている。

 

「あー、これはお邪魔しちゃった感じだったね」

 

 今の声が百合奈なのは間違いないのだが、もう一人の声が非常に似ている為かソコにいるのが何人なのか判別できない。 少しして束の動きが止まり身体から力が抜けたのかリリィにもたれかかるかのように倒れ、その身を百合奈に似た――“CCCNO(シースリーエヌオー)”社北米支部及び軍需産業部門総責任者、エスト・フッガダーツが抱き上げベッドに寝かせる。 一体何故ここにいるのだろうかとリリィは呆然とした表情でエストの姿を見続けた。

 

「悪いが此方も後回しにできるほど余裕が有る話ではないからな、多少強引だが寝てもらったが、問題はないな?」

「――あ、ああ。 むしろ助かったから感謝する……。 だが、このような場所に“CCCNO(シースリーエヌオー)”社のトップツーが揃う理由がわからない。 人工頭脳開発計画か、それとも試験運用のために渡された兵装案の解答か、それとも……」

「いや、それとは別件だ。 この数日の内に奇怪な現象が世界中で確認されており、解析部門で入手することの出来たサンプルを調べたところ、また奇妙な結果が出たので情報解析を我々以外の第三者に行わせるため来たということだが、理解できたな」

「一体何があったのか説明はしてもらえるんだろう。 こちらにも状況を報告してもらわないことには手の付けようがないぞ」

 

 恐らくエストが懐から取り出した、その見たこともない情報端末に詳しい資料が入れられているのだろう。 しかし“CCCNO(シースリーエヌオー)”社が解析した結果を第三者に再確認させる理由が理解できず、世界中で観測されているのなら他でも良いのではないだろうかと思い始める。 ただの管制指揮官である自分を頼るくらいであるなら、もっと専門的な機材を備えた場所へ持ち込めばいいではないだろうか。 そもそも“CCCNO(シースリーエヌオー)”社自体が巨大なため複数の解析部門を抱えててもおかしくはなく、外部に持ち出さずとも完結できるであろう。

 エストが百合奈を一度確認し再び口を開く。

 

「我々も直に確認したわけではないため断言することはできないのだが、目撃者の証言とサンプルから得られた情報を元に可能性として弾き出した結果だけ先に言わせてもらうと――人間が約7,000kmも離れた場所へ瞬間的に移動させられ燃え上がった」

 

 一体何を言っているのか理解できず思わず聞き返してしまうが、エストは表情を変えることなく同じ言葉をリリィへ告げる。 幻聴を聞いた訳ではなく、まして冗談を口にしているわけでもないのだろう。

 まず最初に思ったことは人間が瞬間的に移動したという点だ。 瞬間移動とでも言えばよいのだろうか現実に起こりえない怪現象の一つである。 今現在の技術力を持ってしても流石に空間を歪める装置を作ることは不可能で、作れないということは情報すら存在しないといっても良い。 事例がないのだから情報を得ようにも解析する対象がないというのは当然の結論なのだが、人が一瞬で長距離を移動するという事はありえないのだ。 気になる点といえば燃え上がったというところだろうか。 もし人が瞬間移動したという現象を事実だとした場合、憶測ではあるが移動時に生じるエネルギーが解放されたことによる発火現象なのではないかと考えられなくもない――だが移動したことによってエネルギーが解放されるとなると対象を移動させるために使用されたエネルギーが別にあるということになり、この解放されたエネルギーは対象を移動させる際に身を守るために存在するものと考えられ、人体に影響を及ぼすという可能性は低い。 だがそうなるとエネルギーを解放した際に発火するという結果は人体を害するため目的の矛盾が起きる。 逆に解放されたエネルギーが移動時に使用されたエネルギーとするのならば発火性のあるエネルギー内に人間を押し込めた――わかりやすく言えば人間を超高分圧の酸素内に閉じ込め、その酸素を移動する際の動力源として利用したというものであり、失敗するという結論が大方決まっているわけだ。

 脳裏に人体実験という単語が浮かび上がり急ぎ頭の中から振り払い、ふと現代の技術力で実現できそうな人物が近くにいることに気がつくが、思考の空白部分に考える必要がない(フェイク)であると冷静な部分が浮上し指摘し始める。 しかし嘘みたいな出来事に半年で何件も直面してる手前、それすら嘘であるか怪しく思えてしまう。

 

「ことを細かく説明すると我社……ああ、正確には担当は向こうのキャンベラにある支部の方になるんだが、ジーランディアの調査を行っていた人員の近くで妙な音と共に発光現象が起こり知らない男性が現れたという事だ。 その男性も驚愕しつつコチラと接触しようと動いた矢先、燃え上がったと報告を受けている。 その時に回されていた録画映像は端末の中にあるため後で確認してくれ」

「――それと私達も映像を確認したんだけど、そこに映っている男性が()()()()()()()()()()()()()の一人である可能性が非常に高いんだよ。 連絡が取れず所在も不明なため何とも言えないんだけど、ほぼ間違いないと思ってくれても良い。 そこで偵察任務を行ってきたばかりの百合なら私達がまだ持ってない情報を得てるはずだから適任だと思ってね」

 

 期待に答えられそうにもない――と普段であれば口にしていたのだろうが、残念なことに話しを聞く限りリリィには少しばかり心当たりがあった。 今回の偵察任務における報告書へ書くべきか悩んでいた対象区画に生物の反応が見受けられないという点が、話しに聞く限りその現象と繋がっていないわけでもない。 だが目の前の二人は在韓米軍基地に所属している人間が7,000kmも離れた場所へ瞬間的に移動したのだと考えているのだろうが、普通に考えて有り得ない現象だ。 むしろ雪風のログを勝手にこじ開け揶揄(からか)いに来てると考えた方が自然でもあるのだが、残念なことに百合奈が今まで嘘を口にしてきたことは無い――冗談すらも。 それが余計にリリィの不安を煽った。

 

「それと似たような事例で問い合わせが何件か来ている。 現場には行っていないが同様に発光現象と共に発火という結果を確認したのは以下の実験施設を持つ企業だ。 Drake Corporation(ドレイク・コーポレーション)Emania Industry(エマニア・インダストリ)Huichi Physi(ユィチフェイジー)社、Dania Company(ダニア・カンパニー)Dunois Company(デュノア・カンパニー)だ」

「――いや、まて。 Drake Corporation(ドレイク・コーポレーション)は特殊機械を設計開発してるだけで他とは違って大規模実験施設は無いはずだぞ」

「まだ持っていないが正確だね。 Drake Corporation(ドレイク・コーポレーション)は2012年を目処にEgal Technica Industry(イーガル・テクニカ・インダストリ)との合併が進められてて、合併後に両社所有の施設を一部売却するんだけど一時的とは言え実験施設を保有する形になる。 こう言ったら妄想癖やら陰謀論が大好きなイタイ誰かのように思えちゃうんだけど、私達は何者かが人体実験を行い情報(データ)をとっているんだと思っているわけだ――空間転移系の、ね。 そして狙われた……わかるでしょ」

 

 確かに余裕が有る話ではないようだとリリィは最善の選択を選ぶ以外道は無いと口を開く事にする。




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✔“Mobius(メビウス)” 【組織】
 正式名はISAF空軍第118戦術航空隊“Mobius(メビウス)”である。
 十三名もの精鋭から構成される部隊で第五世代ジェット戦闘機であるF-22を部隊員数分揃えられるほどの練度を各員が持ち、様々な任務をこなしてきた経歴を持つ。
 元はエースコンバット04 Shattered Skies(シャッタードスカイ)においてプレイヤーが率いる架空の部隊名である。

✔International Security Assistance Force 【組織】
 国際平和活動を行う国際治安支援部隊で略称はISAF(アイサフ)
 当初は有志国の集まりからなる多国籍軍であったが、国際連合及びアフガニスタン政府の要請を受け2003年8月11日で指揮権が連合軍から北大西洋条約機構に移されている。 組織構成は陸軍と空軍の二つのみとされている。



《クリアウィッチ・ダズフィート》

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