世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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035 9,Feb,2011/Time

 キスをされた――という初体験に酔いしれるという事は敵を侮っている証明であろうと、そんな暇を追い出すためにリリィはCFA-41“Mave(メイヴ)”のコクピット内で精神を統一させる。 これから自身は命のやり取りをしに戦場へ赴くのだ――敵味方関係なく、その全ての命を一つ高い場所から見下ろし判断を下す。 同じ人間だというのに生死の判断を決める立場に自身のような人間が居座っていることに少しばかり違和感を覚えるが、それは仕方のない事だろうと割り切るしかない。 それを可能とする人材は希少なのだ。 “AWACS(エーワックス)”で管制指揮を執る、それだけでも行える人材は限られるというのにCFA-41“Mave(メイヴ)”という非常に高価で高性能な機体を用いて一部隊とはいえ単独で運用する――いや、今回限りは複数の部隊指揮を纏めて行うことになる。 これらを雪風という補助を受けつつ一人で行うのだ。 自身の判断が敵味方の命を関係なく刈り取る、それだけの意味が果たして存在するのだろうか。 いや、それが出来てしまうからこそ自身は戦場(ここ)にいるのだろう。 ここでやらねば何の罪もない、ただ普通に生活している民間人にまで被害が及ぶからこそ必要最低限の犠牲を許容し平和への最短距離を算出し走らねばならない。 敵であろうが人命に変わりはない――それを潰す事に罪悪感がないわけではないが、そうしなくては敵は新たな武器を持ち下にいる者へ矛先を向ける。 侵略する場所に暮らしている力を持たない民間人に、その矛先を向け蹂躙し我が物顔で闊歩し続けるのだ。 それを防ぐために自身は戦場(ここ)にいるのだ、そう言い聞かせた。

 精神を研ぎ澄ませる――そして自身の存在意義を再定義する。 篠ノ之百合に戻りかけていた思考をスカーレット・リリィとして運用するために、航空管制指揮管としての役目を全うするため外れかけていた歯車を直す。 この先を生きのこるためには合理性の先にある可能性は必要ない。 そんな不確定要素は現場を混乱させかねない破滅の扉でしかないのだ。

 徐々に自身の役割が馴染む感覚に問題ないと判断し、その手でCFA-41“Mave(メイヴ)”の最終確認を行う――正しくはCFA-41“Mave(メイヴ)”に搭載されている雪風の最終確認であるが。 形が定義されたものはいずれ崩壊する。 それが良い方向に向かうか、ただ使い物にならないガラクタになるかは現状不明であるが生き残るために必要とされているシステムが使い物にならなくては困るのだ。 擬似的に計器を展開させ雪風に認証させる。 試験機能を開始、その音声と口の動きを読み取った雪風が自動的にプログラムされた処理を行い、僅か数十秒足らずで終える。 この程度が出来なくては航空管制指揮機としての役割は果たせないのだからこそ、当然の結果に安堵し問題が特に無いことを改めて認識しなおす。 そう、問題は無いはずなのだ――あの時のように完全自律制御で行動し作戦行動を止めた、あの時と同じ状態を引き起こさなければ。

 現代の戦闘機は第五世代ジェット戦闘機と呼ばれる数機しか存在せず、それ以降の世代は概念的分類の一つでしかない。 2025年から2030年までには最初の第六世代戦闘機が登場すると想定されているが、それでも戦闘機は人が乗り最低限でも操縦するという事実は変わらず戦闘機(ソコ)にあるのは間違いないはずだ。 人を補助するという目的で人工知能が標準搭載されることも予測されるが、それでも何者かの手によって人工頭脳を育てなくてはならない事には変わらず人を介さない戦闘機は第六世代には早すぎるであろう。 完全自立制御による判断により生存戦略を図る人工頭脳こそが戦争において人的被害を出さず扱いやすく消耗させやすい兵器であるのは純然たる事実なのだ。 自ら考え、判断し、生き残ろうとする高鉄の塊。 人を介さないことによって圧倒的な速さで弾き出される合理的な判断と驚異的なまでに鋭く速い機動性を兼ね備えた殺戮兵器――対ステルスは当然、ネットワークが断絶したとしても単独で行動する自立性。 それこそが兵器として求められた人工頭脳による無人戦闘機なのだ。 そして恐らくソレこそが第七世代戦闘機と言われるのは、そう遠くない未来のことなのかも知れない。 何故なら、それら全てに該当してしまう機体が一機だけ現存しているからだ。

 

「――雪風ちゃんの調子はどう?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 耐Gスーツを身に纏い束がタラップからCFA-41“Mave(メイヴ)”のコクピットを見下ろす――見慣れた姿に慣れ親しんだ顔を見て自身の知るハルという篠ノ之束が、そこにいるのだと改めて認識する。 見間違いではない。 ここに来て壊れかけていた何かが修復し始めているとドイツの地で見せた顔を自身に見せていた。 いや、修復しているという言葉は適切ではないのであろう。 束は今でも自身の目に映る世界を、情報を、全てを疑っている――それを認め乗り越えようと歩み出しているだけであり、決して過去の状態に回帰しようとしているわけではない。 進んでいるのだ。 束自身が信じた、こんなちっぽけな篠ノ之百合(ワタシ)という存在の為だけに。

 

「問題は見当たらない、良好と言っても良いだろう。 ただ問題が全て解決しているという状態ではないから言葉の前に比較的、とつくがな」

「それでもリリィちゃんが飛べるって判断したのなら飛べるんでしょ。 なら問題ないよ――いつも通り私達なら飛べるよ、きっと」

「随分と重い言葉だな、それは。 私は誰かを支えるほどの余裕は欠片も持ち合わせてないぞ。 翼が断末魔を上げても私は何もできない。 あまり期待するな」

 

 実際に操縦しているのは束だけであり、そこに自身が関与する事は多くない。 精々、兵装システム士官の真似事が出来るかどうかだがCFA-41“Mave(メイヴ)”の役割は戦闘に参加することではない事から、その役目を自身が行うことは無いといっても良いだろう。 それに行うことになったとしても雪風がいるのだ――空で束を支えることが出来るのは明らかに雪風だけで、自身は管制以外ではお荷物でしかないはずだ。 信用しすぎる余り余計な幻想を抱いているのではないだろうかと心配になる一方で、自身がいることにより極度のストレスが緩和されている可能性もあるのではないかと考え、そこまで自意識過剰ではないと一蹴する。 そもそも束が自身に対して好意を抱いているのは理解できたが、それがLove(ラブ)Like(ライク)かすら曖昧だ――変な色眼鏡を通して見ているのであれば尚更、その好意に疑念が生まれてしまう。

 縁という運命的な巡り合わせは簡単に途切れてしまうからこそ、それを握り続けるか手放すかは、その人の判断であり自己責任でしかない。 仕組まれていたとしても偶然と受け取るしかない出会い方をし、それを繋ぎ続けているのは紛れもなく束が自身から引きは離されないように動いているかであろう。 いくら手放すことが状況的に見て合理的だとしても、それが自らを破滅に追いやる行為だと理解していても、それでも繋ぎ続けているという思いは間違いなくLove(ラブ)と称される好意なのだ。 そう見るならば束の好意は正にLove(ソレ)でしかない。 しかし束の思う愛とは一体何だ。 不確定な感情の一つでしかない(ソレ)は説明する事はできない絶妙なバランスで成り立つ人間関係であり、一種の依存だ。 生きていく上で相手が必要であり、必要とされたい――それこそが愛と言うのであれば、愛という概念は依存という事実を隠したいがために被せられた薄い布(ベール)でしかない。 相手のためになにかしたい、相手のことを知りたい、相手のことを独占したい――聞こえは良いが、その本質を捉えてしまうと愛とは一体何なのだろうかと見失う。 別に共依存の関係を愛と認識し生活する人々を否定する気はない。 むしろ相手を必要としていると明確な分、不明瞭な愛を謳う者よりは幾分かは良い方だ。 しかし束の愛は自身に向けられていても、その本質が理解できず、どの位置に置くのが適切か判断が難しく扱いにくい。

 そもそも自身が束に抱いている感情は一体何なのだ。 未確認人型兵器を誘き出すための(デコイ)だろうか、それとも守るべき民間人の一人であろうか。 戦争を引き起こさないために監禁している“白騎士”の製作者か――それとも依存関係とは違う運命共同体とでも言うつもりだろうか。 スカーレット・リリィという篠ノ之百合は一体何を思って、この惨状を引き起こした原因の一人を側に起き見守っているのであろう。 理解のできない非合理的な思考に思わず失笑してしまうほど自身が置かれた状況は複雑だとでも言うのであろうか。 恐らく、この合理的ではない感情こそ人間という合理性の上で生存する生物を地球上で最も繁栄させた原因なのであろう。 その先にある可能性を求めて未知という非合理的な道を進む存在――それこそが人間という生物だと。 認めたくない結論(モノ)だと小さく溜息を吐き出す。 可能性を求めるのは生物としては当然といえよう――生存する上で効率的に行動へ移すのが生命を持つものの通過点であり、その効率はもしかしたらという可能性によって構築されている。 だが今の社会において可能性とは人々の暮らしを豊かにするという目的とは対照に、扱いを誤れば人々を不幸に――それこそ殺戮する兵器(ヽヽ)として成り立ってしまう。 今の世の中、可能性という希望を社会に求めない方が安全であり正しくもある。 大きな可能性は社会秩序を乱し崩壊させる騒乱の元だからこそ、人々は可能性を持たない方が良い。 だというのに、その可能性の片鱗を自身は持っているという矛盾は、自身の思想と現実に小さなズレを生み出している。

 篠ノ之束という存在を僅かながらでも理解してしまったが為に生じたズレ――これこそが自身というスカーレット・リリィが安易に篠ノ之百合へ回帰してしまう原因なのであろう。

 

「作戦概要は頭に叩き込んでいるな――フライトプランに変更はない。 我々は先行し敵地上空を高高度から監視し作戦に参加する全機を管制指揮するのが目的だ。 状況に応じて抜けた穴を塞ぐ必要が出るが、そのような状況になる可能性は低いといっても良いだろう」

了解(ウィルコ)

「――よし、なら少しばかり早いが出るとしよう。 “Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”から雪風へ。 艦後部のエレベーターを使い上部甲板へ出ろ――そこからは“Scarlet(スカーレット) 1”が引き継ぐ」

 

 そう告げると同時にCFA-41“Mave(メイヴ)”のキャノピーが降りカプセル状のコクピット内は外界と隔離され、本来であれば牽引車(トラクター)を必要とする移動を、搭載されているモーターによって後ろへと自走し始める。 我々二人による操作を雪風が理解することで受諾し半自動的に動作している訳だが、この光景を作り出してしまったが為に人間を必要としない人工頭脳による第七世代戦闘機という概念が生まれたのだと思うと空恐ろしい。 “白騎士”や未確認人型兵器とは違い人工頭脳の判断により広がり続けてしまうネットワークを想像するだけで、人工頭脳が制御下から離れ人々を殺戮するのではないかと、まるでScience Fiction(サイエンス フィクション)映画のような未来を想像してしまう。 これも可能性の一つなのだろうか。 制御できると自身が開発したプログラムが予想を超え、現存するネットワークの情報を学習し進化し、その判断能力を広げてしまう――こんなことになると誰が予想できというのだ。

 エレベータがCFA-41“Mave(メイヴ)”を持ち上げ雪風から束に操作権が移譲される。 ここから先は余計なことを考える暇がない戦場だと、星明かりを見上げ静かに息を吐いた。 覚悟は出来ているハズなのに、いつにもまして落ち着かない。 機体の下ではCFA-41“Mave(メイヴ)”を打ち出すため前脚とシャトルを結合するカタパルト要員が厳重に確認作業を行っており、暗闇を照らす光の下でしか彼らを確認することはできないが――確かに動いている。 見えないが確かに存在する生命を守りに行くため戦うというのに、何故、こんなにも落ち着かないのだろう。

 

『百合、聞こえているね。 発艦前に悪いけど悪いニュースと理解のできない微妙なニュースが入った。 今しがた“Tellus(テルス) System”が所属不明の飛翔体を捉えたんだけど、その発射位置を割り出したら基地施設とは関係のない山岳部に移動式コンテナ発射装置を確認した。 そちらへ部隊を回すことはできる?』

「――位置情報を受信した、が……待て。 その位置から放たれたとなると迎撃は、どの部隊が行ったんだ。 待機していた“白騎士”か?」

『飛翔体は海中から射出された、これまた所属不明の飛翔体によって破壊――感のいい百合のことだから予想はしてるんだろうけど、恐らく“シンファクシ”級潜水空母から放たれた迎撃用ミサイルの可能性が高い』

「理解できないな。 “Ghost(ゴースト)”によって“シンファクシ”級潜水空母の運用体制は無人、そう結論がついたはずだ。 それに“CCCNO(シースリーエヌオー)”本社を壊滅させる意図を“Ghost(ゴースト)”が持つのならば飛翔体を迎撃する行為は矛盾でしかない。 それは確かに“シンファクシ”級潜水空母なのか情報の精度を求む」

『残念だけど私の耳に、その位置で待機している部隊の情報は届いていないし、光学カメラで全長300mを超える影を界面に今も捉えてるという報告が来てるんだよ』

 

 それは確かに『理解のできない微妙なニュース』と百合奈が口にするのも無理はないであろうと思うと、受信した情報(データ)を展開――“Tellus(テルス) System”から原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”へとリアルタイムで送られてくる映像を雪風が自動で処理しコクピットのモニターに表示させる。 補正された画像情報(データ)の中に映る独特の形状は確かに“シンファクシ”級潜水空母のモノと酷似しているのだが、もし、そうであるならば“Ghost(ゴースト)”は何を考えているのであろうか。 自身に対し暗号通信で『星が落ちる』と言い、恐ろしく精度の高い電子戦闘を仕掛け雪風を追い込みつつCFA-41“Mave(メイヴ)”のControl(コントロール)を奪おうとし、束を昏睡状態へと陥れた得体の知れないプログラム。 Millennium Bug(ミレニアム・バグ)の裏側で“CCCNO(シースリーエヌオー)”社に対して攻撃を仕掛けた雪風に匹敵する幽霊。 それが一体何故、迎撃を行うのか自身も百合奈も全く理解ができずにいた。

 

『なんにせよ問題が最低でも二ヶ所で発生したということになるわけだけど、全部そっちで処理できるかな?』

「現段階では投入できる戦力には限りがある。 これ以上部隊を分散させる事は一拠点に対して制圧力の低下に繋がることから不可能であると私は判断するが、それを許してくれる状況ではないだろうな。 “CCCNO(シースリーエヌオー)”社から未確認人型兵器を先刻迎撃していたGAT-X105を“シンファクシ”級潜水空母へぶつける事は可能か?」

『不可能じゃないけど相手は海中に潜んでる潜水艦だよ。 いくら“ストライク”が高火力を有していても水中では粒子が融解するし、何より輸送中に迎撃される確率が非常に高い……船体の一部が海面に出ているのであれば話しは別だけど、それでも単機で対応させるってことは死んでこいって言ってるようなものなんじゃないかな?』

「それで、出来るかできないかで言うとどっちなんだ?」

『……はぁ、理解してて言ってるよね』

「こちらも、これ以上部隊を割くと人的被害が少なからず出るからな」

 

 仕方ないと溜息混じりに了承されインカムの向こう側でエストを呼ぶ声が聞こえる。 恐らくだが“ストライク”は軍需産業部門の管轄なのだろう――でなければエストを呼ぶ必要はない。 そもそも世界中で確認された奇怪な現象のためだけに態々(わざわざ)北米支部から戦場といっても良い現在の日本に足を運ぶ必要もない訳で、本題は“ストライク”の実地試験だった可能性も無いわけではないのだ。

 

『緊急時ということで私達三人の承諾を持って二回目となる“ストライク”の実地試験を行う。 だけど“ストライク”には頭部の対空防御機関砲と超振動モーターを内蔵したコンバットナイフしか物理的な攻撃方法がないから、出来るのは“シンファクシ”級の足止めぐらいだけど、それでもいいね』

「あの未確認人型兵器に対して試験運用していたエネルギー砲は使えないのか?」

『超高インパルス砲のこと? 使えなくもないんだろうけど“ストライク”には対水中用の装備がないから、滞空可能なヤツで運用する予定だったんだけど……。 それに開発途中だから武器なんか豊富にあるわけじゃないし』

「いや、無理を言ったのはこちらだ。 すまないが作戦終了まで“シンファクシ”級潜水空母の方を頼む。 移動式のコンテナ発射装置は何とかしてみせよう」

幸運を祈るよ(グッドラック)、“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”少佐』

 

 思ってもないことをと内心で呆れながら通信状態を切り離す。 これ以上の共有できる情報はないと身内の人間だからと百合奈は自身を(からかう)ことが可能な対象として話しているに過ぎない。 その事に相変わらずだと溜息をつきたくなるが、本当に溜息をつきたいのは新たに増えた(エネミー)に対してであろう。 通達に対して返した通り本作戦の第三段階では非常に広範囲の拠点に対し一斉攻撃を仕掛けるものであり、また投入できる兵員に限りがあることから、これ以上部隊を分散するということは拠点の制圧に対する成功率を下げることを意味するのだ。 確かに新たな驚異を見逃すわけには行かないのも間違いではないのだが、だからと言って藪をつついて出てくる前に始末する予定の蛇を殺しきれず逃すわけにもいかない。

 

「で、どうするの? 計画(プラン)通りに進めるか、それともコンテナに対して誰かを動かすか」

「最悪、本土沿岸部に待機している“白騎士”が迎撃用装備を用いて飛翔体を……本土に着弾する弾道ミサイルを破壊する手はずになってはいるが、近くに射撃管制を補佐するものもいるまい。 私か束のどちらかがいれば確実性はあるのだが、それでも失敗するときは失敗するのが現実だ。 万が一の保険として伏せておくカードを当てにして作戦を立てることはできないが、仕方がないか。 “Vorpal(ヴォーパール) Control(コントロール)”――こちら“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”。 任務の一部変更のためクラウス・ノアを呼んで欲しい」

 

 通話しつつも任務を一部でも変更する為に指はコクピット内に備え付けられたキーボードを叩き、“CCCNO(シースリーエヌオー)”社から送られてきた情報(データ)を添付し航空母艦“Vorpal(ヴォーパール)”に対して、原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”経由で“Tellus(テルス) System”を伝い送る。 作戦行動前に発覚した自体だから良かったものの、これが強襲中に発覚したと思うと“Ghost(ゴースト)”は飛翔体を迎撃したであろうかと不安に駆られた。 理解のできない幽霊だからこそ、信用することもできないし防衛戦力として頭数に加えるわけにも行かない。 未だにドイツ連邦国防省連邦防衛軍の幕僚監部から“シンファクシ”級潜水空母の任務を継続させられているのだが、二度も見失った対象が再び現れたという、この好機を見逃す判断は出来ない――しかし自身や束は“Ghost(ゴースト)”と呼ばれる存在を認識したがために、現状の優先順位を再定義したとき“シンファクシ”級潜水空母の奪還、及び破壊任務は最優先するべき事項から外れてしまった。 行わなくて良いということではない。 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍にとって他国の戦争であるが、それでも人間の命を優先した結果がアジア圏同時二面作戦を最優先とする判断だった。

 《You exist as long as the concept of time exists……》

 ――貴方は時間の概念が存在する限り存在する。

 親に似るとはこの事かと思いながら雪風がメインディスプレイに表示した文字を読み、その哲学者らしき思考に頬を緩めてしまう。 確かに束に対し似たようなことを言ったが、ここまで難解な言い回しをするようになるとはと、その成長を喜ぶべきか脅威とするべきか悩む。 これはメインディスプレイの向こうにあるカメラで自身を捉えた雪風が心配してくれているのだろうと考えることが出来るが、そうであるならば今の表情はどれだけ酷いものなのだろうか。 そもそも雪風という人工頭脳が特殊とは言え元は飛行補助用プログラム――人の表情を読み取りシステムを最適化させる事に要点を置き開発されたのだ。 機上の人間と交流(コミュニケーション)を取ることも可能ではあるが、あくまで受動的なモノでしかなく能動的に行動することはない。 いや、恐らく今までも雪風は我々が認知できない部分で自ら発していたのであろう――そう考えると“Ghost(ゴースト)”に対して火器管制システムを封じたのは、その前兆だったのだろう。

 

『こちら“ Schwarzer(シュヴァルツェア) 2”――何があった?』

「ん、繋がったか。 聞こえているなノア中尉、最悪なことに舞踏会の会場が増えた為に作戦内容を変更するという報告だ。 既に“Tellus(テルス) System”を仲介して情報(データ)は送っている。 敵司令部への強襲を変更し指定された山岳部に展開されている移動式コンテナ発射装置を全て破壊し無力化してほしい。 その為に唯一単機で動かしても全体の作戦行動に支障が無いノア中尉のCFA-44を選んだわけだが、何か問題があるようなら聞くが?」

『なら言うがな、いくら試験段階のミサイルシステムを搭載してるとは言え、一人で制圧できるとは思えないのだが……』

「私とて単機で向かわせる程のアホなことは言わないさ。 地形情報(データ)を見てもらえれば理解できると思うが、ここは何も開発が進んでいない場所だ。 つまるところ軍事施設でも何でもない場所にコンテナを輸送し臨時のミサイル発射施設を設けているということだな。 この映像を雪風が再処理し最重要目標を絞り込むと、これだけだ。 最初から分かっていたんだがな、余剰戦力が無いのかSAMは確認できていない。 まぁ、人が入るような場所でもなければ舗装工事するどころか道すら無いんだ、コンテナを移動させるだけで手いっぱいだったのかもな」

『そう短絡的に考えて良いものかどうかは俺が言うべきことじゃない、よな?』

「現状ではな。 時間があるのであれば私としては言ってもらっても構わないのだが、流石に時間がない――敵軍のレーダーを避けるため高度2000Ft以下で飛行する経路を組み立てた。 敵軍に察知されることなく飛行し目標地点でミサイルシステムを起動、判明している敵コンテナの位置情報を読み込み上昇したのち位置情報の誤差を修正、攻撃。 目標を全破壊したことを確認したら離脱するという流れだ。 渓谷を低高度で飛んでもらうことになるが多少高度をオーバーしても問題はない。 なお携帯式SAMまでは流石に判明できない。 コンテナの破壊確認は手早く済ませろ」

了解(ウィルコ)――これから受け取った情報(データ)を機体に読み込ませる』

『空母“Principality(プリンシパリティ)”航空管制センターより“Scarlet(スカーレット) 1”へ。 発艦準備が整った。 風向き130度、風速18ノット――発艦に支障なし。 発艦を許可する』

 

 クラウスに作戦概要を説明し終えると、あとは余計な問題が起きなければ良いと不安を感じながら航空母 艦“Vorpal(ヴォーパール)”に送りつけた地形情報(データ)を睨みつける。 これ以上更新することが可能な情報はないと再度認識し直し束に許可を出すと徐々に独特の高い音を出し始め、エンジンノズルから噴射される排気がJet blast deflector(ジェット・ブラスト・ディフレクター)に当たりカタパルト要員のジャケットをはためかせ続けた。 もう少し明るければ衣服の動きも、それほど大きくは見えなかったのだろうが光源は原子力空母“Principality(プリンシパリティ)”に備え付けられている小さな光――それも甲板の位置を知らせるような小さな光や人が持つ棒状の誘導灯程度だけだ。 そんな限定された光が暗闇の中で限定的な部分を照らすからこそ目に入りやすいのであろう。 そんな光景がカタパルトのシャトルによって後ろに流れていく。

 一番短い滑走路ではなく、それなりの滑走距離を有する三番を使用したため艦正面ではなく、やや外向きで打ち出されたが誤差の範囲であろう。 艦橋(ブリッジ)から遠い位置に備えられている四番カタパルトが件の電磁式カタパルトだと知らされていたが、このような戦時下において運用するつもりはないようだ。

 

「――結局、あの“Ghost(ゴースト)”って何がしたかったんだろう」

 

 主脚と前脚をしまいつつも徐々に高度を上げるよう操縦桿を引く束は、ふと思い出したかのように小さく問いかけた。

 

「束の夢が事実だとするなら狙いは私なのだろうが、それと今回の因果関係は不明だ――情報が足りなさすぎる。 状況が進展するまでは受身を取らざるを得ないな」

「相手が人間なら、どれだけ楽に行動原理を把握できたんだろうね」

「そうだな――だが今は“Ghost(ソレ)”について考えてる暇はない。 作戦開始時刻までには間に合わせるぞ」




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