世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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▼2018年03月29日:修正しました。


005 21,Jun,2010/Nucleus

 スカーレット・リリィ――ドイツ連邦国防省連邦防衛軍において空中管制指揮官“Scarlet Eye(スカーレット・アイ)”というTAC(タック)ネームで名が知れた人物は、その情報は徹底的に秘匿され、また関連する施設や飛行隊の情報すら少なく、軍外部の人間でスカーレット・リリィという人物を知る者はいないと言っても良い。 第一空軍師団があるガイレンキルヒェン航空基地と第五空軍師団の情報が他の部隊と比べ少ないことから、恐らく関わりがあるであろうという推測を立てることは難しくはないのだが、そもそも彼の存在を調べようと思う者がおらず、その秘匿性の高さからドイツ連邦国防省連邦防衛軍内部でも知らない人間の方が圧倒的に多かった。 スカーレット・リリィの行動圏内、もしくは勤務地である人員には箝口令が引かれていたらしく、その徹底的な姿勢によって篠ノ之百合が行方不明者のまま二年の時が過ぎる。

 しかしその所在は一家消失事件から半年後には束が掴んでおり完全に隠されていたわけではない。 その存在が救いでもあり希望であった束は事件以前から彼の事を調べており、それは行方不明となってからも変わらず続いた。 自身が異常者(ヽヽヽ)ではないという対等な光(ヽヽヽヽ)を見失う事ができず必死に情報を洗い出し、ハッキングをしてまで表に出ていない情報を集め、その光をドイツ連邦共和国で見つけたのだ。 まるで砂漠の中から針を探すような苦行ではあったが、それでも篠ノ之百合が生存しているという情報は何よりも価値が有る結果には違いなく、そのとき束は間違いなく救われていた。 だからこそ今度は見失うことが無いようドイツに足を運び自分という心配している人間が居ることを、そして生き続けているという証明を自分にだけでも伝え続けて欲しいと会いに行ったのだが、スカーレット・リリィという存在は軍人――民間人である自分が何の手段も無く会えるはずもないことを航空基地を目の前にして気がつき、当然、彼と出会うことは無く数日滞在した後に日本へ帰国する事になる。

 あの時は生存していたという事実に舞い上がっていたのだ。 だからこそ何の計画性もない渡航を実行してしまい、直前になって自身の立てた目論見の甘さに痛い目を見たわけだが――それが諦める理由になるはずはなく計画を練り始めた。 転んでもただでは起きぬという(ことわざ)通り何故失敗したのかを分析するまでもなかったが抽出し、Error(エラー)が起きぬよう計画の下地を作り始めていく。

 失敗の原因は大きく二つに分けることができる。 まず一つ目に篠ノ之束と篠ノ之百合には何の接点もないということ、そして二つ目に第三者の視線を避けどのようにして彼と接触(コンタクト)するかだ。 これらがある限り彼に出会ったところで束は怪しい存在でしかなく、秘匿されている彼の存在を公にさせないためにも他の人間は束を彼に近づけさせはしない。 彼が束の存在を知り出会いたいと思わせなくては、いくら束が会いたいと恋焦がれても道は塞がれたままなのだ。 どちらにしても彼と無関係の人間だからこそ起こりうる問題でもあるため、束は最初に社務所で保管されている篠ノ之神社を管理してきた篠ノ之家の家系図を手に入れ、何処かで分家した篠ノ之家――所謂(いわゆる)遠い親戚だという証拠を掴むことから始めた。

 篠ノ之神社を管理している警備システムを誤認させることで一部のセンサーを潜り抜け、誰もが寝静まった深夜に束は家系図を容易く手に入れ織斑家で自身に宛てがわれた部屋に持ち帰る。 束が彼の所在地を見つけた時には既に現神主である父、篠ノ之柳韻(りゅういん)の言により社殿を含む一部区域への立ち入りを禁止されていた事もあり、泥棒紛いな事をして手に入れることになったのだが、家系図を含む篠ノ之家に関する書物は社務所にあるのだから仕方がないだろう。 元々親戚なのではという疑惑で彼に興味を持ったわけではないため、そこら辺の繋がりを調べたことは無く彼との正確な関係を束はよく知らない。 だが何かしらの繋がりがあればと、そう思いながら手に入れた家系図を遡り分家となる人物、その子孫をあらゆる(ヽヽヽヽ)手を使い探し出すも彼へと続く痕跡は一つも現れなかった――何一つ現れなかったのだ。 ならば逆、篠ノ之百合の家系図を遡り本当に関係性が無いかと証明問題のように調べようとするが、調べる事が出来る範囲では彼の父である篠ノ之百合奈には兄弟と呼べる人物はおらず、代々一子という奇妙な線だけが紙の上に作り出された。 些か違和感を覚えるが、結論からして彼とは苗字が同じだけの他人でしかないという事になる。

 ではどの様にして自身と彼を繋げればいいのだろうか。 現状、彼との関係は束が知っているというだけの――()わば芸能人と愛好者(ファン)の関係に当てはまる一方的なものだ。 いくら追っかけても向こうは束を見向きもしない一方的なもの。 ならば愛好者(ファン)同様に「貴方を見ています」とでも手紙を送ろうにも、当然だが彼の存在はドイツ連邦国防省連邦防衛軍――ドイツ連邦共和国という国が匿っていると同義なのだ。 いや、国は言い過ぎかもしれない――だが国家権力が匿っているのだから、あながち間違いでもないだろう。 そうなると手紙を送ろうにも彼の名前や関連する地名を手紙に書き加えるのは、明らかに検閲してくださいと言っているものではないか。 ならばハッキングで彼が使用する端末へ直接アクセスを仕掛け何かしら伝言(メッセージ)でも残していくか――いや、用心深い彼のことだから確認次第削除するか、発信源を特定し何かしらの対応を取っていくだろう。 どちらも明らかに良い印象を与えないのは確実だ。

 彼が自分に振り向いてくれるような興味を持つ何かがあれば良いのだが、と思い考えるも何も思いつくことはなく、女性らしさをアピールした所でドイツには魅力的な女性は多いだろうと、自身とは比べ物にならない美しい女性を思い浮かべ思考から外す。 色仕掛けで落ちるのなら彼は空中管制指揮官という役職に収まることはない。 そもそもドイツの駅や本屋にはPenthouse(ペントハウス)――所謂(いわゆる)エロ本が積まれていたり、SEX Shop(セックス ショップ)等も街中に存在していたりと性事情には寛容なため、色仕掛けは耐性があると思われることから効果が無いであろう。

 いっそのことドイツ連邦国防省連邦防衛軍に入り込めるような偽装工作でも行うべきだろう――しかし相手は一国家の軍隊である、不利益を起こす予定はないが発覚したら何をされるものか理解できないため実行するのも危ぶまれる。 結局のところ良い案が浮かぶことなく、再びドイツに向かい運良く出会えれば良いな程度の事しか浮かばなかった。 しかし飛行機を使いドイツへ行くにしても、まだ未成年な身では怪しまれる上に路銀も心もとなく、また丁度運悪く日本人の学生グループが拘束された事案から数年も経っていない事もあるため頻繁に行える渡航ではない。 それでも日を増す毎に彼に会いたいという気持ちは束を締め付けていく。 ようやく目の前に彼の存在があるというのに、世界を狂わすことなく動かすための規律が邪魔し続ける。 会いたいのに会えない、そんな思いが一年近く束を疲弊させ自重していた感情の楔を壊す。

 金銭を使わずにドイツまで飛ぶことのできる足を作ればいい――正常な思考ならば、それが不法入国であると実行を止めたのだが、この時の束は彼に出会うことだけしか見ることが出来なかったのだ。 運が良いのか手元には両親に自身を異常者であると確信させてしまった“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー) System”と専用の姿勢制御装置、そして織斑家に逃げてから暇つぶし程度に手を加えていた推進システムがある。 これら全てを装着することにより人間が空を飛ぶことを実現させたのだが、余りにも非効率的なエネルギー消費に加え加速時に起きる衝撃波や空気抵抗等で短時間しか起動することはなかった。 現状のままでも地球を約半周することは可能だろうが、消費した分のエネルギーを何度かに分割し補給を受け飛行を続ける事となる。 一回分のエネルギーで飛行できる距離は大凡(おおよそ)50km――これだけでも十分な性能のように思えるが問題はいくらでも挙げられるのだ。

 それらを改善させ効率よく目的を果たせる状況に仕上げていく過程で人体に装着させる外骨格型飛行システムを完成形とし、一家消失事件から一年と七ヶ月後に“白騎士”のプロトタイプが完成する。 僅か一ヶ月半という短い期間ではあったが、元々存在していたシステム同士を統合し組み合わせただけの急造品であるため完成には程遠い。 特に機体の重要部分となるOperating System(オペレーティングシステム)、その姿勢制御装置の一部を取り込み改修、発展した慣性制御システム“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー)”と姿勢制御を行う別のプログラムを切り離し競合しないよう組み上げるも、今度は独立した各部スラスター類とのシステムと衝突し思った以上の出力は無く、無駄にエネルギーを垂れ流し消費させてしまう――何かを修正すると別の何かがError(エラー)を吐き出す欠陥品でしかなかった。

 

「――ここのシステムが姿勢制御のParameter(パラメーター)外にあるから全体の補助対象から外され、鉱石が変換(コンバート)することにより強引な起動を可能としている、と。 接続信号は……手を付けた形跡はやっぱりあるね。 繋いで再起動、全システムの接続を更新。 運動パラメーターを再構成して伝達速度の数値を……」

 

 そう呟きながらリリィは四肢を固定された“白騎士”の外された装甲から覗く機材を丁重に繋げていき、システムを再起動させ繋げた部分が互いに情報を伝達していることを確認すると再び表示されたモニターに目を落とす。 リリィの独り言は情報を整理し自身が理解するために行ってるのだろう。 直感像素質者が物事を整理しつつ理解していく――それが手を付け始めてからたった数時間で“白騎士”に手を加えることが出来る程になるのだから驚くも、同時にドイツ連邦国防省連邦防衛軍で如何に重宝されたか簡単に理解できた。 停滞していた人工知能開発計画に加わり数ヶ月で試作段階を試験段階に押し上げたのは間違いなくリリィの知能によるもの、その実績は流石というべきだろう。

 それでも“白騎士”が作られる理由となった当初の目的までは流石のリリィですら解明することはできない。 千冬にすら本来の目的を話したことはないのだ。 プログラムに記述する必要も無い用途を誰が知ることができよう――“白騎士(コレ)”は貴方に出会い追いかけるため作られた篠ノ之束の足であり翼であるということは。

 

Error(エラー)? 一部のプログラム群が装甲に連動している――Phase Shift(フェイズシフト)? いや、このソースコードは電子対抗手段(ECM)っぽいけど私の知るプログラムとはかけ離れてる。 指定の装甲材質は電磁メタマテリアル? えーと、つまり……レーダー波をメタマテリアルに吸収させて欺瞞情報を吐き出して――違う、この式は確か『N<0』だから両方とも実数(ヽヽヽヽヽヽ)になるはず。 つまり計算上、電磁波が物質内に侵入する負の屈折率になる。 これが事実なら既に報告されているスネルの法則やチェレンコフ放射が観測されることに……」

 

 知っていたとは言え本当に七歳なのだろうかと疑うような言葉に驚愕が一瞬で恐怖に変わる。 リリィは間違いなく装甲に細工した仮名(けみょう)ではあるが対電子対抗迷彩技術をプログラムに目を通しただけで見抜いたのだ。 一ヶ月半で完成したA型とは違い試験段階まで時間をかけたB型は、現存する技術を複合させ実証実験を繰り返すことで採用しており、その内容をリリィが知るはずもない。 直感像素質者が一度目にしたプログラム内容を覚え確定している解答を導き出す事は容易だが、これは二つ以上のシステムが複雑に組み合わさり完成したものであって同じ事は出来ないはずだ。 元となったシステムをプログラムから熟知していなくてはできない行為――直感像素質者であるからこそ完全に頭の中に記憶した式を頼りに恐るべき頭脳で目に映るプログラムを解明する。 これでは自身に匹敵するどころか、それを上回る程の異常者(ヽヽヽ)ではないだろうか。 

 部品ごとに機能するのではなく統一性を求めたB型は結果的にOperating System(オペレーティングシステム)が複雑になりすぎた事もあり一部の機能不全を起こしているわけだが、鉱石を中継点(ターミナル)とすることでリリィの言うようにParameter(パラメーター)の外に置かれたシステムを強引に起動させている訳になる。 今行ってるのは複雑に絡み合った糸を地道に解く作業と何ら変わりがなく、解決するためには時間がかかるはずなのだが、リリィの口から漏れる言葉がまるで、何故こんな事に時間がかかるのか――と言っているようで束は頭を振る。

 ――何を……リリィちゃんが想像以上なだけで同じ人間じゃんか。

 確かに束自身、今のリリィと同じぐらいの年齢で散々似たようなことを行ってきたではないか。 そんな自分自身と目の前にいるリリィの何が違うのか。 いや、何も違わないのだ。 同じ人間で多少の差異はあろうが結局それは人其々の特徴なだけ――昔から自身へ言い聞かせてきたようにリリィも同じ人間で、それの何処を恐れる必要がある。 今もペンを走らせ紙に書き留めていく姿は誰とも変わらない。

 

「ねぇ、束――少し聞いてもいいかな?」

「ん、なにかな~」

 

 少し後ろで椅子に座り眺めていた束が冷や汗が出るほど内心では焦っていることをリリィは知らない。 その問いかける声に対し平然と返してみせたが、それでも怖い。 その口が何を言うのか、その口が束をどう評価するのか――それを想像だけでリリィから逃げ出してしまいたくなる。 恋焦がれてた存在が大きすぎて手が届かない、それが恐怖の源だと本能では理解しているのに頭は何が怖いのか理解できずにいた。

 

「“白騎士”のシステムを大雑把に目を通して見つからなかったから聞くけど、電磁流体ソケットや高出力ジェネレーターっぽいのはあるけど電場形成技術は? 磁場形成理論とか分子イオンポンプとか聞いたことは無い?」

 

 ダイナモ理論のことだろうか――確かに“白騎士”のシステムにおいて少なからず関係性があるのだが、束にとってリリィの口にした単語を耳にしたことは無く、首を横に振ることで知らないと返答するとリリィは何かを理解したかのように目を伏せる。

 全く聞いたことのない電場形成技術というモノは恐らく単語から察するに磁場を形成する理論なのだろうが、形成して何をするのか束には理解出来ないでいた。 自身が耳にしたことがなくリリィだけが知る技術――当然だが心当たりは一つしかなく、それに採用されているのだということには少しして気が付く。 小さな欠片(ピース)を組み合わせては作り直し電場形成技術は磁場形成理論によって成り立つ技術であると大まかな確信を得ると、その技術は一体何に採用されているのか束は考え始めた。 ふと思いついたのは“白騎士”の手にしていた大剣を、その熱量で切り飛ばした光景――あの時“フリーダム”が手にしていた装備は紛れもなくビームサーベルと言っても良いだろう。 そこまで創作物を目にする訳ではないため、もしかするとライトセイバーなのかもしれない――だが束の目にしたモノは安定していないエネルギーの奔流でありライトセイバーのように光の棒では無く、まるでバーナーのように噴射口から放出されていたのだ。 そうなると磁場形成理論とは電磁場を利用しエネルギーを何かしらに定着させる為の理論で、それを元に電場形成技術によって定着、もしくは固定させているのだろう。

 

「それよりも運動パラメーターを再構成とか言ってたけど、もしかして目を通しながら手を加えてる? リリィちゃんに手とり足とり教えるつもりだったんだけど、スーツ着て」

「余計なことを言わなければ素直に感心してたりしたんだろうけどね……。 プログラムを見る限り攻撃性があるシステム群で構成されては無いと思うし、腕はオマケなのか何処かで見たような災害救助用マニピュレーターの上、細かい動作が行えるのは親指と人差し指だけだったし」

「――私が言うのもなんだけど、リリィちゃんって化物(ヽヽ)とか言われたりしない? ちょっと頭がおかしいレベルで異常だよ」

「異常と言うなら束も一人で“白騎士”を開発して、加えて光学迷彩(ヽヽヽヽ)を機体に採用してるだけで十分に異常なんだけどね。 二年前に開発が成功したとは言え、まだ一般的とは言えないんだけど」

 

 とは言うものの“白騎士”を作り上げる程の技術力が束にはあるのだ、光学的迷彩技術程度(ヽヽ)ならば構造を理解し搭載するのも現実的に可能なのはリリィもOperating System(オペレーティングシステム)を目にしたからこそ薄々は気が付いているのだろう。 

 

「そもそも手を加えるもなにも、“白騎士(コレ)”に搭載されているシステム自体が出鱈目過ぎて下手に触りたくない……。 “Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー) System”がRepulsorlift(リパルサーリフト)と同様の効果を生み出してると言われたなら、その手の解析を真面目に行ってる研究成果を参照に解析していたんだろうけど」

「失敬な。 私は可能な限り影響を与える値を消してるだけで、そこまで物理的な法則に喧嘩売った覚えはないよー」

「基本はね。 プログラムから予想できる機動性能は慣性モーメントの定義から外れてるわけでもないし、メタマテリアルの加工方法が不可解だけど装甲に採用されてる材質も理解できなくはない。 ただ一体どんな発想になれば電波吸収体としての役割に加え一定の電力を加え続けることで視覚的な迷彩効果を発生させるメタマテリアルが開発できるのか、一体どんな仕掛けを生み出せば標準重力加速度の値である9.80665m/s²が1.172011m/s²になる計測結果を証明されないといけないのか……考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。 ここは地球じゃなくて月とでも? それに加えて“Extended(エクステンデット) Partiton(パーティション)”って何さ――明らかに質量保存の法則が正しく適応されてないじゃん。 というか一般的な金属ってさっき言ってたよね、明らかに一般的じゃない金属だよ」

「そこらへんは出来ちゃったんだし仕方がない、ということにしておいてもらえると助かるかなぁ~。 正直なところ、この束さんにすら正しく把握できてるモノじゃないし。 でも……仮説が立てられないわけじゃないんだよね」

 

 仮説という言葉に半ば呆れていたリリィの表情から余裕が薄れ束の言葉を聞き逃さないと“白騎士”に背を向ける。 見たことのない真剣な表情に今まで感じていた魅力とは別のモノ――仕事をする男性は格好良いと言えば良いのだろうか、それと同種であろう魅力を感じた。 仮説を口に出そうとする意識すら見失いそうになるほどに。 ふと我に返り咳払いをし教職員を想像しながら束はリリィに語り始めていく。

 

「――磁気単極子(モノポール)って知ってるかな?」

 

 磁石にはN極とS極という二つの磁極が必ず存在しており、これを磁気双極子というのだが磁気単極子(モノポール)とは単一の磁荷(じか)のみを持つ物質――簡単に言ってしまえば磁石のN極かS極のどちらか一つだけしか持たない物質のことである。 例え磁気双極子である磁石棒を二つに折ったとしても同じように両端がN極とS極を持つ磁石棒が二つになるだけで、磁極がどちらか一つになる事はないため一方だけを単純に取り出すことはできない。

 “白騎士”の特徴とはリリィが想像している機体に搭載されている二つのシステムになるのだろう。 一つは慣性制御システム“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー)”、そしてもう一つは機体及び装備運搬を目的とする“Extended(エクステンデット) Partiton(パーティション)”――拡張領域と呼ばれる補助システム。 これらがあるからこそ“白騎士”は現代の技術力で再現不可能な性能を披露することが出来るのだが、特徴ではあるが厳密には本質(ヽヽ)ではない。 その二つと繋がり性能を引き出している特殊な鉱石――所謂(いわゆる)“白騎士”の(コア)が異常な性質を持っているのだ。 結論を言えば、この(コア)となる鉱石は特定の物質を量子に変換させ消失させる事を可能とし単一の磁荷(じか)のみを持つことから、この特殊な鉱石を束は磁気単極子(モノポール)ではないかと考えている。 しかしながら地球上において磁気単極子(モノポール)とは発見されていない理論上の物質であり、今も岐阜県飛騨市神岡町旧神岡鉱山内に設置された世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置、スーパーカミオカンデが探索をしていたりと、その存在が実証できないのが現実だ。

 そんな鉱石を偶然にも束は発見し解析している最中、不用意に転がしてしまった工具が磁気単極子(モノポール)との接触によって消失したことにで仮説を立て、その性質を利用したシステムを開発し完成したのが慣性制御システム“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー)”を始めとする“白騎士”に搭載された複数のシステムだ。 正しくは磁気単極子(モノポール)の性質に近い鉱石であるのだが、別の名称をつけるよりも鉱石の性質を理解しやすいという理由で現状、鉱石は磁気単極子(モノポール)とされている。

 慣性制御システム“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー)”の元となった“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー) System”は磁気単極子(モノポール)の研究過程において、指向性のエネルギーを加える事で特定の磁荷(じか)を放出する特性を利用しており、地磁気に対し集中した磁荷(じか)を加えることで本来機体が受ける慣性の法則を軽減している。 このためシステムが起動しているとニュートンの運動方程式に磁気単極子(モノポール)が発する磁荷(じか)が加わるため一見して慣性が無くなったように見えるわけだ。 現在の“白騎士”に搭載されている慣性制御システム“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー)”はプログラムにより常に一定のエネルギーを通し、慣性を初めとした九割近くの万有引力、地球自転による遠心力の値を軽減することに成功している。 このシステムと同様に指向性のエネルギーを磁気単極子(モノポール)に加えることで磁荷(じか)による一種の電磁的な防壁を作ることも可能としてはいるが、こちらは少々特殊で防壁として機能するためのエネルギー量が慣性制御システム“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー)”よりも非常に多く確実性が無いことから研究は一時的に中断――成功したとしても“白騎士”への同時搭載は難しい事もあり後へ回していたのだが、B型はOperating System(オペレーティングシステム)を根本的に見直し個別にシステムを動かすA型とは違い搭載するシステム全てを統一する事となったため研究を再開し搭載された。

 これらは他の物質が磁気単極子(モノポール)により陽子崩壊を誘発する過程を研究したことによって得られた成果から派生した技術で、当初、どのような形状であれメタマテリアルは量子に変換(コンバート)される事は無いという状況を、磁気単極子(モノポール)へ指向性のエネルギーを加えることで量子へ変換される実証したことが根本にある。 こちらは磁気単極子(モノポール)を磁場の中に封じ込めた際に起きる振動が物質の陽子崩壊を誘発し量子に変換、それらを磁荷(じか)で捉え格納する“Extended(エクステンデット) Partiton(パーティション)”というシステムとして採用しているも、再構成する為の研究は余り進んではいない。

 元々磁気単極子(モノポール)という特殊な鉱物を採用した別個のシステムを“白騎士”という一つの外骨格型飛行システムに纏めたのがA型なのだが、後に磁気単極子(モノポール)同士が共振することでシステムトラブルで機動停止になる事が確認されている。 この現象により磁気単極子(モノポール)(コア)としたシステム構想で現在のB型が開発されることになったのだが、結果はリリィが目を通した通り――プログラムが纏まらずにいるというわけだ。

 

「――地磁気と磁気単極子を利用した慣性制御システムとなると競合よりはプログラムに不備があったと考えたほうがシックリ来るね。 ダイナモ理論とか専門外なんだけど……」

「最悪、システム構成を変更してプログラムを作り直すことも出来なくはないんだけど、そうなるとプロトタイプみたいな単調的なモノになるから解決したいんだよねー。 今のところは鉱石だよりの変換(コンバート)で騙し騙し――なにか良い方法とか思いつかない?」

「そう簡単には思いつかないよ……。 ただ慣性制御システムも“Passenger(パッセンジャー) Protection(プロテクション) System”も基本的には同じシステムで、元は“Extended(エクステンデット) Partiton(パーティション)”と同じ指向性のエネルギーを加える方式を採用しているんだから、プログラムを統一させることはできない? 似たような箇所が割とあったけど」

 

 その事については確かに束も考えたことがあり試験的ではあるがプログラムを組んだこともある。 しかしながら結果はB型に採用されていない時点で理解できるだろう――Error(エラー)どころか(コア)が強制的にシステムが可動させることすらなかったのだ。 プログラムを作る技能が足りていないということも考えられるのだが、原因が理解できない時点で技術が足りていないのか、そもそも作ることは不可能かすら判別できない。 だからこそ目に前に現れたリリィに助けを求めたのだ。

 ――まぁ、リリィちゃんが目の前にいる時点で“白騎士”を作る理由が殆ど無くなっちゃったんだけど……共有できる話題だし別にいっかな。

 束にとっての目的は八割型達成してしまい別に“白騎士”を完成させる理由は無い。 しかしながら今現在のリリィは“白騎士”に対して――正確には“ジン”と同じ人型の機体に対し何かしらの強い興味を持っているようで、束にとっても“白騎士”を途中で開発、研究中止にするのは面白くは無く、また打算的な考えではあるが共に作業を進めていくであれば常に隣にはリリィがいるという状況となり、その過程でお互いを知ることも自身をアピールすることもできる思いつく限り最高の状態を利用し当初の目的を一歩進ませ、リリィとの関係を構築する事だけを考えていた。 自分の前からリリィが去らないようにするにはどうすればいいか、自身の想いを伝え受け入れてもらうにはどうすればいいか――と、そんなことも考えてもいたが現状を満喫しているせいか直ぐに忘れ、また思い出したかのように独占欲(ヽヽヽ)を強くさせる。

 他の誰かが“白騎士”の完成を願い命じたところで、自身にとって“白騎士”よりもリリィとの時間が勝るのは深く考えなくても理解できる当然のことであり、その時間が長く続くのなら“白騎士”が完成しなくてもいいとさえ思う。 どんな汚名を被ろうが共にいられるのであれば、それで良い。 今の自分にとって血の繋がった家族や友人よりもリリィの方が優先順位が高いのだ。

 

「――そういえば、もう良い時間だねぇ~? リリィちゃんリリィちゃん、これから少しお出かけしよ、ね♪」

 

 だからなのか。 リリィが“白騎士”を理解する時間を少しでも引き伸ばしたい自身の本音が自然と漏れる。 時刻も正午を大きく過ぎており朝食すら軽いもので済ませ、今まで飲料しか口に含んでいないのだから、食事休憩や気分転換を合間に挟んでもいいだろう――と、理論武装をし“白騎士”からリリィを離す。 少しばかり機械にリリィを取られ嫉妬を覚えたのか取り返そうとしているみたいだと思いながら、その手を掴み強引に立ち上がらせ階段を登っていく。

 

「だいじょーぶだって♪ 晩ご飯やちーちゃん達のお弁当の食材を買いに行くついでに何か外で食べてこよ~♥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒板が叩かれる音を聞きながら千冬は窓際の席から空を眺め続けていた。 少し遅れはしたものの日頃の行いが良かったのか担任からは特に何も言われることもなく、また遅刻としての処理を行わないと言われ小言の一つも言われないまま一限目の授業から今まで受けているが、やはり束の事が気になり思考が授業から遠のく。 ただ座っているだけで受けた授業の内容は頭に留まることなく千冬の記憶にも残らない。 この場にいる時間が長く感じられ苦しく、まるで自由を奪う檻のようだと感じ朝から何度も束の無事だけを祈る。 普段は織斑家の家事を一手に引き受けている束が日中何をしているのか詳しいことは知らないが、帰宅して夕べ出した洗濯物が片付けられ、台所では夕飯の支度がしてあり、滅多なことで家の中に大きなゴミが落ちてることがないことから行動を予測することはできなくはない。 ドラマの主婦のように一日を家の事だけで過ごしているとは思わないが、それでも同じことは確実に行っているはずだ。

 そんな千冬の異常に教室に居る誰もが気がつかない訳がなかった。 そもそも授業中に朗読を命じられても聞いてないのか常に顔は外へ向けられており、今まで見たこともないような姿を見せるのだから気がつかない方がおかしいのかもしれない。 だが何と声をかければ良いのかすら仲が良くない(ヽヽヽヽヽヽ)ため分からず誰も千冬には声をかけることなく、ただ時が過ぎるのを待つ。 優等生ではあるのだが校内で問題視されている束と付き合いがあるためか千冬へ中々声をかける者は少なく、また仲が良い友人はおらず、いたとしても学校行事等を円滑に進めるため表面上のモノ。 口では友達だと言っても、その本心は自身を篠ノ之束の目を逸らし被害を受けそうになった場合に頼る保険でしかない。 だからこそ千冬は朝から誰にも邪魔されることなく束の事を考え続けることが出来る。

 

「――織斑さん、織斑さん」

「ん、なんだ……岸川?」

 

 そんな状態も肩を揺さぶられでもすれば千冬でさえ気が付く。

 ――しまった、授業中だったか……。

 周囲の視線が自身へ集中していることに千冬は現状を理解し肩を揺さぶった女生徒、岸川夏月に詳細を問いかけ教科書の指定された部分を読み上げる。 一体何の授業だっただろうかと思うほどに思考は束のことで一杯なのだと再認識し小さな溜息が漏れた。 普段であれば束を心配するだけ無駄だと思うのだろう――しかし“白騎士”を纏った自身と相対し圧倒した天使が近くにいることが千冬の余裕を全て奪っていく。 あの同等(ヽヽ)な性能に理解の出来ない光は束の制御下にはない。 それが一番恐ろしいのだ。

 どうにかして束に連絡が取れないものだろうかと思いながらノートを取るためにペンを手にするも、その手が文字を書く事はなく頬杖をつき再び空を見つめ始める。 昨日までは気がつかなかったが束に持たされていた“白騎士”も今は改修すると言われ手元には無く、携帯電話を授業中に使うほど規律を守れない訳ではない。 そうやって何度も安否を確認する手段を考えては同じ事を繰り返す。

 

「大方、篠ノ之の相手でもして疲れたのだろう。 他の先生方からも心配の声が私の耳に届いているが、なんなら保健室で休んでくるか? 今日ぐらいズルをしたってバチは当たらんだろう」

 

 そう勧めてくるも根が真面目な千冬にとって学生の本分は勉学であるため、授業を抜け出してまで保健室へ行くことも、行かずに束の様子を見に帰ることにも抵抗があった。 今までの授業全て聞いていなかったのだから今更何を言うかとも思えるが、体裁をよく見せようという思考は人間として自然的なものであろう。

 

「弟くんと二人で住んでるんだったよね。 もしかして今も家で寝込んでたりするの?」

「いや、そういうことじゃ……」

「じゃぁ、篠ノ之さんのことを考えてたんだ。 そういえば昨日もお昼頃に呼ばれてから何かおかしいよ? 何かあったの?」

 

 岸川夏月という人間は構内でも千冬を除き唯一束と接することができる稀有な例であることを思い出し相談しそうになるが、残念なことに“白騎士”に関することを束が口にしたとは思えない。 そんな相手に話したところで寝言か妄想だと思われるのが結果(オチ)だろう、そう思い千冬は顰めた顔のまま自身の机に視線を落とす。 誰かに相談することが出来れば、こんなにも悩むことはなかったのかもしれない――しかし束と同じように千冬にも本音を話す事ができる相手は誰もいないのだ。

 

「――先生、織斑さんやはり体調が悪いそうなので保健室へ連れて行きます」

 

 強引にでも休ませようと夏月が行動するが束の事を考えるのなら別にどこでも構わないだろう。 それこそ教室ではないのだからこそ電話することもできるし、教室内にいて無駄に注目を浴びたくはなかった千冬は仕方ないと流れに身を任せ退室する。 少し歩いたところで夏希を帰し懐から携帯電話を取り出すと素早く束にかける――しかし数分してもコール音が止むことはなく出ないと結論づけると今度は自宅の電話番号を打ち込み呼び出す。 再びコール音が続き、その状態が続くほど千冬の中で嫌な予感が膨れ上がっていく。 そんなハズはないと必死に自分に対し言い聞かせるも焦りは千冬の思考を簡単に奪い去る。

 ――束……!

 こんなことになるのならあの時、あんな事を言うべきではなかったのだ。 心配と共に湧き出る自身が示してしまった過ちに駆られ千冬は誰もいない廊下を全力で駆け出した――今度こそ(ヽヽヽヽ)、と願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度でも外に出ると先程まで聞こえなかった蝉の声が大きく聞こえてしまいリリィは懐かしいと思う反面、少し煩わしく感じながら束の隣を静かに歩く。 日差しも一日や二日程度では変わることなく直上から二人に降り注ぎ周囲の煩さと暑さに耐え、ふと今朝見た気象予報を思い返し小さく溜息が漏れる。 今月に入って一番気温が高い日であるとテレビでは脱水症状等の注意喚起を口にしており、この熱気を耐え続けるためか外を出歩く人の姿は無いといっても良い。 恐らく誰もが冷房をつけた部屋に篭って涼んでいるのだろう。 リリィも少しばかり汗で湿った服を脱ぎシャワーで洗い流したいと感じてはいるのだが、まだ買い物が終わっておらず織斑家に辿り付くのはまだ先になる。 逆に隣にいる束は熱が篭もりそうな服を着用しているというのに涼しげな表情で楽しそうに歩いていた。 数時間前まで裸エプロンで料理をしていたとはいえ暑くはないのだろうか――いや、もしかしたら服の下に何かしらの細工をしているのかもしれない。

 

「――なんだか山の方に向かって歩いてる気がするんだけど本当にスーパーがあるの? 普通に考えるなら駅とか人通りが多い場所に商店街とか立てるよね」

「ん、あっちに商店街はあるけど、その前に顔を出したいところがあるから散歩に付き合ってよ~♪」

 

 どうやら目的もなく歩いているということは無いようだが向かう先に一体何があるというのだろうか。 山に近いせいか先程まで多くはなかった木々が増え、住宅も高い所に作られ横を見ればコンクリートの壁――徐々に増える木陰に日差しは遮られるも、何かしらの店舗があるとは思いにくくリリィは少しばかり首を傾げた。 そんな中、町内会の掲示板へ貼られていた用紙に目立つ大きさで書かれていた篠ノ之という文字を見つけ横を通り抜けながら内容を目に焼き付ける。 書いてあることは単に報告であるのだが、そんなことは問題では無く用紙に書かれた篠ノ之神社(ヽヽヽヽヽ)という文字にリリィは疑問を覚え立ち止まり束に問う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あー、そういえば後少しで夏祭りだっけね、ウチ(ヽヽ)。 今年も代役で雪子さんが神楽舞に出てくれるのかな……ま、もう別に束さんには関係ないからいっか~」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃないよ。 もしかして、この篠ノ之神社は束の実家だったりする?」

「ん? そうだけど、それがどうかしたの?」

 

 束が織斑家に寝泊りしているのには何かしらの理由があるのは間違いがないのだが、その理由についてリリィは一度も触れておらず、目が覚めてから再び束の腕の中で眠りにつくまでの間、長々と考えていた。 その中で一番有力だったのが『既に束の肉親は他界しているのではないか』という理由(モノ)なのだが、その予測は目の前に貼られている用紙により一瞬で失礼な予測(モノ)へと変わる。 口にしなくて助かったと思う反面、これほど近くに実家があるのなら何故織斑家に寝泊まりしているのか理解ができない。 いや、篠ノ之神社の内情を理解しているのは実家であり近くで見てきたからだ。 その上で今の自身とは関係ないとするのならば恐らく経営者――神職の場合は宮司(ぐうじ)だが、その地位に就いている親族と関係が悪化し出て行ったのか、はたまた勘当(かんどう)されたかのどちらかであろう。 どちらにしても身内の問題という繊細(デリケート)な部分へ部外者である自分が関わるべきではないと、それ以上問うのをリリィは止める。

 しかしながら用紙に書かれている主催の欄を見て、リリィは篠ノ之神社に少しばかり興味を覚えた。 夏祭りとは基本的に市が実行委員会を立てて行う地域型と神社と町内会が主催する地区型の二つがあるのだが、これらを簡単に区別すると国が主催するか神社が主催するかの二つに分けることができ、篠ノ之神社の夏祭りは後者に分類される。 当然、祭り事を行うには多くの資金が必要となるわけで、逆に言えば祭り事を行える神社はその資金があるということになるわけだ。 俗な言い方となるが、つまるところ束の実家は裕福であると言えるのだが、隣に立つ人物が実はお嬢様(ヽヽヽ)であるという可能性にリリィは少しだけ笑いそうになる。 リリィの中では篠ノ之束という人物は新たな技術を開発し“白騎士”を生み出した科学者で技術者――その性格と合わせても真逆に位置するお嬢様(ヽヽヽ)という言葉が外見では似合うのだが中身では似合わない。

 

「――あれ、それじゃあ散歩の目的って」

「箒ちゃんに顔見せに行くだけだからリリィちゃんは何も気にしなくていいよ~。 そんな家族に紹介するってことでもないし会う予定も無いから安心して♪ あ、箒ちゃんは妹だから家族だっけね」

 

 そう口にするとリリィを置いて束は先に歩き出す。

 

「――篠ノ之博士ですね」

 

 しかし足が向かう先には黒い車と、これまた黒いスーツを着た怪しそうな男性が立っており束の雰囲気が悪くなっていくのが理解できる。 ただ道を歩いてるだけの会社員というわけではないだろう――こんなお昼を過ぎた時間に出歩く外回りの営業職がいない訳でもないが、男性は束に向かい篠ノ之博士(ヽヽヽヽヽ)と口にしたのだ。 一体、目の前にいる人物は何者なのかリリィは警戒を強くする。 生憎と目的は束なのかリリィには興味が向けられておらず静かに男性の死角に潜り込み不自然にならないよう隠れるも警戒を解くことはない。 むしろ“フリーダム”に意識を向け、何時でも起動できるよう準備するぐらいには男性を警戒していた。

 

「なんだい。 束さんは今から箒ちゃんに心を癒してもらうんだから、どうでもいいことだったら……」

「例の件に許可が下りたので、そのお知らせに参りました。 明日の十五時に前回と同じ場所で行われます。 残念ですが皆様お忙しい方ですので今回のように時間を開けて頂ける事は難しく日程の変更はできません。 無理なようでしたら、また次の機会ということとなりますが」

「――わかった、明日の十五時に行けば良いんだね」

「お手数ですがよろしくお願いいたします。 では、そのように……」

 

 短く伝えると用事はもう無いと此方に背を向け無駄な動作を一切せず車に乗り込み去る、そんな姿をリリィは眺め続け――ふと車に取り付けられている自動車登録番号表(ナンバープレート)に見覚えが有ると気が付く。 事業用であるからこそ見間違えることは無く、そして男性と束の接点も理解できる。

 

態々(わざわざ)こんな所まで科学技術振興機構が来るなんてね――彼方(あちら)さんにとって“白騎士”は大層魅力的に映ったってことかな?」

 

 1996年10月に日本科学技術情報センターと科学技術庁所管の特殊法人、新技術事業団が統合し独立行政法人科学技術振興機構法によて設立され、その七年後に独立行政法人化によって改組(かいそ)されたのが独立行政法人科学技術振興機構である。 科学技術の振興を図ることを目的としており、最近ではiPS細胞から免疫治療に役立つリンパ球を大量に作成することに成功したとリリィは耳にしていた。 また三ヶ月前には95%が水で構成された高強度を誇る新素材アクアマテリアルの開発に成功しており、その二ヶ月前には単細胞生物の真正粘菌――所謂(いわゆる)変形菌が形成する餌の輸送ネットワークを実験、理論を解析し数理科学的にネットワークを再現する理論モデルを構築した結果、効率が良くアクシデントに強い輸送ネットワークを解明したりと多くの成果を出している。

 そのような組織が束に接触する理由は限られており、明らかに磁気単極子(モノポール)を利用した慣性制御システム“Passive(パッシブ) Inertial(イナーシャル) Canceler(キャンセラー)”や“Extended(エクステンデット) Partiton(パーティション)”を含めた“白騎士”しか思い当たるモノはない。 むしろシステムの(コア)となる磁気単極子(モノポール)に目をつけたのだろうか。 何にせよリリィにとって喜ばしい事ではないのが現状だ。

 科学技術が進歩するという事は結果的に見れば日常を豊かにし人々を潤わせるだろう。 しかし“白騎士”のシステムは必ず実証試験として戦場に投入され、人々の生活を豊かにし潤わすためではなく争いの道具となるのは目に見えていることだ。 戦場の混乱は市民にも伝染し戦火を拡大させてしまう――それを恐れたからこそ“白騎士”の開発を手伝うことで表舞台に出さないよう画策していたというのに、既に“白騎士”の存在は一歩踏み出すだけで戦場で活躍するであろう場所まで来ている。 単純に“白騎士”を破壊すれば済む話ではない。 開発した束を消さねば技術は広まってしまうわけだが、リリィとしては“フリーダム”や“ジン”に対し唯一の手がかりといっても良い存在を餌としてる為に消すことは同時に、リリィ自身が戦火を拡大させていることと同義なのだ。

 

「……聞きたい?」

「束が何を考えているのか私は知らないし知る術も持っていない。 何を思って“白騎士”を開発しようと思ったのかすら今の私に関与する義務も権利もないよ。 だから束が“白騎士”をどう扱おうが……ッ!?」

 

 途中、何かが高速で近づく反応を捉えリリィは辺りを見渡す。 微弱な電気信号がリリィの脳へ直接“フリーダム”の計器情報を送り警告を発する――高速で接近する物体が三つ、と。 確かに微かではあるがリリィの耳にも何かが風を切り移動するような音が聞こえ、それは間違いなく音を徐々に大きくさせていることから近づいてきている。 束もリリィと同じ瞬間にソレを感じたのだろう。 表情を一転させ周囲を警戒しながら場所が悪いとリリィに開けた場所へ移動するよう口にし走り出す。 それに続くよう後を追いながらリリィは“フリーダム”の起動に関するシステムを急ぎ目を通し近づく物体との距離を計算し目的を図る。

 やや傾斜になった場所を踏み台として束は山に続くであろう木々の中に飛び込む。 流石に周囲一帯の状況を確認していないリリィにとって見通しの悪い場所に飛び込むのは躊躇われたが、走ってもなお近づく物体を後ろに立ち止まる暇は無いと束と同じように木々の中へ飛び込んだ。 束にとって庭のような場所なのだろう――飛び混んだ先には何もなく上手く着地、勢いを殺すことなく束の後を追いかける。 やがて辿り着いたのは広場のように整備された山の中腹だった。

 

「――ここなら稼働実験(ヽヽヽヽ)の時に色々とやったから丁度いい、はず」

「ッ、伏せろ!」

 

 近づいていた物体の一つが後ろではなくほぼ真横に来ておりリリィは確認のためチラリと確認すると、間髪入れず束を押し射線(ヽヽ)から外れる。 数発の弾丸が先程まで束がいた場所を通るが、そこには何もない。 目標を失った弾丸は直進し山肌に突き刺さり、それを行った物体は風を切り二人の前に降り立つ。

 

「なんで……だってアレ(ヽヽ)は昨日リリィちゃんが!」

 

 木々を足場に回り込むよう現れたのは“ジン”――“フリーダム”のルプスビームライフルにより痕跡を残さず消えた機体だった。 あれから一日も経っていないというのに、その姿は撃墜する前と何ら変わりのないまま19ミリ重突撃機銃の銃口を二人に向け目の前にいる。 昨日現れた機体を修復させたわけではないのだろうと、更に取り囲むよう現れた“ジン”を確認しリリィは複数機製造されているのだと納得しつつ“フリーダム”を躊躇いなく起動させた。 リリィを取り囲むように光が形を作り足から順に見える姿を変えていく。 小さな身体を分解し作り変えているのか明らかにリリィの体格とは違う別の場所に機械の足が形成されるも痛みや不快感も無く、光によって見えない自身の足よりもソチラに神経が繋がっているのではないかという奇妙な感覚がリリィを襲う。 違和感はあるが現状それは無駄な思考だろうと端に寄せ徐々に高くなる視界で三機を捉え続ける。

 突如現れた“フリーダム”の姿に反応したのか“ジン”は一斉に構えていた武装で攻撃を開始。 だが残念なことに“フリーダム”に採用されている相転移装甲は実弾に対して強い効果を発揮する――当然だが今現在の“ジン”が装備している武装では致命的な損傷を与えることは不可能に等しい。 しかしリリィではなく束にとって迫り来る弾丸は驚異であろう。 そのことに気がつくと左手に装備されているラミネートアンチビームシールドで束への射線を遮るよう正面に掲げ、残りを“フリーダム”という身体で受け止めるために能動空力弾性翼を広げ屈む事で空いている四肢を使い防いでいく。

 自然と身体が動く。 別に束を守りたいわけではない、むしろ“白騎士”を開発したその驚異的な頭脳は危険であるからこそ技術が広まらない内に消えてもらいたくもある。 ただ本人の意思を確認していないことにはリリィにとって“白騎士”という存在は物凄く曖昧なもので、同時に篠ノ之束という人物が敵であるのか民間人であるのか不確定なのだ。 敵であるのならば良い、だが民間人であるというのなら軍人(リリィ)にとって篠ノ之束という人間は防衛対象となる。 それに加え“ジン”を開発した存在への手がかりも入手できてはいないのだ――まだ束には利用価値があると銃弾を防ぎながら自分の行動に理由を付け正当性を示す。 

 ふと視線を束に向けるとピクウス19mm近接防御機関砲を防いだシステム――“Passenger(パッセンジャー) Protection(プロテクション) System”で“フリーダム”が通してしまった銃弾を防いでいる。 少しだけ安堵の息が漏れるも、それを起動させるエネルギーが“フリーダム”とは違い有限であることを思い出し何時までも続くわけがないと、早めに現状を脱するため頭部を正面にいる“ジン”へ向けピクウス19mm近接防御機関砲で弾幕を張り、銃撃が止んだ隙に“フリーダム”は束を抱え三機から距離を取る。

 

「隠れてて――直ぐに終わらせる」

 

 木々は自然の遮蔽物であり高低差は物理法則によって射撃の命中精度を下げる――この場は山であり、その条件を十分に満たしていることから束にとって非常に有利な地形なのは間違いない。 そこの近くに下ろせば下手に攻撃を受けても防ぐことはできるだろうと移動し束を隠すと、追うように射撃を続ける“ジン”に対し牽制としてクスィフィアスレール砲を放つ。 直撃弾ではない砲撃は舗装していない部分に着弾し大きな音を立て土や砂利を巻き上げ、それらは福次効果として“ジン”の行動を阻害し土煙による認識を一時的に狂わせていく。

 ――直撃させると昨日みたいに消える(ヽヽヽ)可能性が十分にある……なら戦闘の能力だけを綺麗に奪えうことが出来れば……!




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✔コア 【技術】
 貴金属を量子変換する鉱石の特性を活かすべく“白騎士”に搭載した核。
 原因不明の量子変換を応用し“白騎士”の最大積載量を越えるシステムや機材の搭載を目的として使用されており、鉱石を組み込んだ機材自体に機体システムを管理するオペレーションシステムが組み込まれている。
 またコアと直結している拡張領域との信号が途絶すると全てのシステムが強制終了する仕組み。

拡張領域(バススロット) 【技術】
 正確には“Extended Partiton System”と呼ばれる量子保存媒体。
 コアの特性を利用した保存媒体で機体とコアを繋ぐ役割を果たしおり、また後に追加装備に関する保存媒体も作られている。 主に拡張領域と示すものは追加装備の保存媒体の方で、追加装備用は様々な保存媒体が存在しオーバーホールする際、取り替える事で機体のバリエーションを増やすことが可能となった。
 “EP System”や“EPM System”等と書き記されることもある。

✔アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁 【組織】
 大災害に対応するアメリカ合衆国政府の機関。
 天災にも人災にも対応するアメリカ合衆国国土安全保障省の一部であり「非常事態対策及び対応担当次官(Under Secretary for Emergency Preparedness & Response)」の下に置かれている。 災害に際して連邦機関や州政府、地方機関の業務を調整する事を請け負っており、また家屋や工場の再建、企業を含む行政活動の復旧に当たって資金面からの支援を行う。
 ※Wikipedia等から抜粋

✔Drake Corporation 【企業】
 アメリカ合衆国に本社を置く特殊機械を設計開発する企業。
 介護や救助を主体とした精密な構造を持つ人型ロボットの開発や設計していおり、“アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁”から援助資金を受け製造し災害現場での使用を認められた。
 また人型には遠いものの作業用アームに関しては細かい作業を行うため人間に一番近い設計で作られ様々な現場で高い評価を受けた実績がある。
 ※現存するアウトドア家具店とは関係がありません

✔篠ノ之神社 【地名】
 篠ノ之家が管理している広大な土地を持つ神社。
 敷地内に篠ノ之束の育った実家や剣術道場が建てられており、神道というよりは土地神伝承を信仰している。
 その広大な土地から篠ノ之束の実験場として使用された事もあった。

✔ラミネートアンチビームシールド 【兵装】
 対ビーム兵装に特化した前腕装着型の盾。
 ラミネート装甲と呼ばれる熱量や運動エネルギーを装甲全体に拡散し排熱が追いつく限り無力化し続ける装甲で作られている。 ただし振動鋼材製ではないためミサイル等の実体弾には効果が薄い。
 また銃眼等が備わっており防護しながらの射撃を可能としている。

✔ラケルタビームサーベル 【兵装】
 地場形成理論の応用技術によりビームを刃状に固定した近接格闘兵器。
 核エネルギーによる可動で高出力でありながら超刀身のビーム刃を形成する事を可能とし、柄同士を連結させる事によって形状を“アンビデクストラス・ハルバート”と呼ばれる双刃型の武器として扱うことも出来る。
 また常にビームを吐き出し続け、それを定着、固定して刃状に保たせているためビームサーベル自体に反発する性質がない事が欠点。
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