スカーレット・リリィ――ドイツ連邦国防省連邦防衛軍において空中管制指揮官“
しかしその所在は一家消失事件から半年後には束が掴んでおり完全に隠されていたわけではない。 その存在が救いでもあり希望であった束は事件以前から彼の事を調べており、それは行方不明となってからも変わらず続いた。 自身が
あの時は生存していたという事実に舞い上がっていたのだ。 だからこそ何の計画性もない渡航を実行してしまい、直前になって自身の立てた目論見の甘さに痛い目を見たわけだが――それが諦める理由になるはずはなく計画を練り始めた。 転んでもただでは起きぬという
失敗の原因は大きく二つに分けることができる。 まず一つ目に篠ノ之束と篠ノ之百合には何の接点もないということ、そして二つ目に第三者の視線を避けどのようにして彼と
篠ノ之神社を管理している警備システムを誤認させることで一部のセンサーを潜り抜け、誰もが寝静まった深夜に束は家系図を容易く手に入れ織斑家で自身に宛てがわれた部屋に持ち帰る。 束が彼の所在地を見つけた時には既に現神主である父、篠ノ之
ではどの様にして自身と彼を繋げればいいのだろうか。 現状、彼との関係は束が知っているというだけの――
彼が自分に振り向いてくれるような興味を持つ何かがあれば良いのだが、と思い考えるも何も思いつくことはなく、女性らしさをアピールした所でドイツには魅力的な女性は多いだろうと、自身とは比べ物にならない美しい女性を思い浮かべ思考から外す。 色仕掛けで落ちるのなら彼は空中管制指揮官という役職に収まることはない。 そもそもドイツの駅や本屋には
いっそのことドイツ連邦国防省連邦防衛軍に入り込めるような偽装工作でも行うべきだろう――しかし相手は一国家の軍隊である、不利益を起こす予定はないが発覚したら何をされるものか理解できないため実行するのも危ぶまれる。 結局のところ良い案が浮かぶことなく、再びドイツに向かい運良く出会えれば良いな程度の事しか浮かばなかった。 しかし飛行機を使いドイツへ行くにしても、まだ未成年な身では怪しまれる上に路銀も心もとなく、また丁度運悪く日本人の学生グループが拘束された事案から数年も経っていない事もあるため頻繁に行える渡航ではない。 それでも日を増す毎に彼に会いたいという気持ちは束を締め付けていく。 ようやく目の前に彼の存在があるというのに、世界を狂わすことなく動かすための規律が邪魔し続ける。 会いたいのに会えない、そんな思いが一年近く束を疲弊させ自重していた感情の楔を壊す。
金銭を使わずにドイツまで飛ぶことのできる足を作ればいい――正常な思考ならば、それが不法入国であると実行を止めたのだが、この時の束は彼に出会うことだけしか見ることが出来なかったのだ。 運が良いのか手元には両親に自身を異常者であると確信させてしまった“
それらを改善させ効率よく目的を果たせる状況に仕上げていく過程で人体に装着させる外骨格型飛行システムを完成形とし、一家消失事件から一年と七ヶ月後に“白騎士”のプロトタイプが完成する。 僅か一ヶ月半という短い期間ではあったが、元々存在していたシステム同士を統合し組み合わせただけの急造品であるため完成には程遠い。 特に機体の重要部分となる
「――ここのシステムが姿勢制御の
そう呟きながらリリィは四肢を固定された“白騎士”の外された装甲から覗く機材を丁重に繋げていき、システムを再起動させ繋げた部分が互いに情報を伝達していることを確認すると再び表示されたモニターに目を落とす。 リリィの独り言は情報を整理し自身が理解するために行ってるのだろう。 直感像素質者が物事を整理しつつ理解していく――それが手を付け始めてからたった数時間で“白騎士”に手を加えることが出来る程になるのだから驚くも、同時にドイツ連邦国防省連邦防衛軍で如何に重宝されたか簡単に理解できた。 停滞していた人工知能開発計画に加わり数ヶ月で試作段階を試験段階に押し上げたのは間違いなくリリィの知能によるもの、その実績は流石というべきだろう。
それでも“白騎士”が作られる理由となった当初の目的までは流石のリリィですら解明することはできない。 千冬にすら本来の目的を話したことはないのだ。 プログラムに記述する必要も無い用途を誰が知ることができよう――“
「
知っていたとは言え本当に七歳なのだろうかと疑うような言葉に驚愕が一瞬で恐怖に変わる。 リリィは間違いなく装甲に細工した
部品ごとに機能するのではなく統一性を求めたB型は結果的に
――何を……リリィちゃんが想像以上なだけで同じ人間じゃんか。
確かに束自身、今のリリィと同じぐらいの年齢で散々似たようなことを行ってきたではないか。 そんな自分自身と目の前にいるリリィの何が違うのか。 いや、何も違わないのだ。 同じ人間で多少の差異はあろうが結局それは人其々の特徴なだけ――昔から自身へ言い聞かせてきたようにリリィも同じ人間で、それの何処を恐れる必要がある。 今もペンを走らせ紙に書き留めていく姿は誰とも変わらない。
「ねぇ、束――少し聞いてもいいかな?」
「ん、なにかな~」
少し後ろで椅子に座り眺めていた束が冷や汗が出るほど内心では焦っていることをリリィは知らない。 その問いかける声に対し平然と返してみせたが、それでも怖い。 その口が何を言うのか、その口が束をどう評価するのか――それを想像だけでリリィから逃げ出してしまいたくなる。 恋焦がれてた存在が大きすぎて手が届かない、それが恐怖の源だと本能では理解しているのに頭は何が怖いのか理解できずにいた。
「“白騎士”のシステムを大雑把に目を通して見つからなかったから聞くけど、電磁流体ソケットや高出力ジェネレーターっぽいのはあるけど電場形成技術は? 磁場形成理論とか分子イオンポンプとか聞いたことは無い?」
ダイナモ理論のことだろうか――確かに“白騎士”のシステムにおいて少なからず関係性があるのだが、束にとってリリィの口にした単語を耳にしたことは無く、首を横に振ることで知らないと返答するとリリィは何かを理解したかのように目を伏せる。
全く聞いたことのない電場形成技術というモノは恐らく単語から察するに磁場を形成する理論なのだろうが、形成して何をするのか束には理解出来ないでいた。 自身が耳にしたことがなくリリィだけが知る技術――当然だが心当たりは一つしかなく、それに採用されているのだということには少しして気が付く。 小さな
「それよりも運動パラメーターを再構成とか言ってたけど、もしかして目を通しながら手を加えてる? リリィちゃんに手とり足とり教えるつもりだったんだけど、スーツ着て」
「余計なことを言わなければ素直に感心してたりしたんだろうけどね……。 プログラムを見る限り攻撃性があるシステム群で構成されては無いと思うし、腕はオマケなのか何処かで見たような災害救助用マニピュレーターの上、細かい動作が行えるのは親指と人差し指だけだったし」
「――私が言うのもなんだけど、リリィちゃんって
「異常と言うなら束も一人で“白騎士”を開発して、加えて
とは言うものの“白騎士”を作り上げる程の技術力が束にはあるのだ、光学的迷彩技術
「そもそも手を加えるもなにも、“
「失敬な。 私は可能な限り影響を与える値を消してるだけで、そこまで物理的な法則に喧嘩売った覚えはないよー」
「基本はね。 プログラムから予想できる機動性能は慣性モーメントの定義から外れてるわけでもないし、メタマテリアルの加工方法が不可解だけど装甲に採用されてる材質も理解できなくはない。 ただ一体どんな発想になれば電波吸収体としての役割に加え一定の電力を加え続けることで視覚的な迷彩効果を発生させるメタマテリアルが開発できるのか、一体どんな仕掛けを生み出せば標準重力加速度の値である9.80665m/s²が1.172011m/s²になる計測結果を証明されないといけないのか……考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。 ここは地球じゃなくて月とでも? それに加えて“
「そこらへんは出来ちゃったんだし仕方がない、ということにしておいてもらえると助かるかなぁ~。 正直なところ、この束さんにすら正しく把握できてるモノじゃないし。 でも……仮説が立てられないわけじゃないんだよね」
仮説という言葉に半ば呆れていたリリィの表情から余裕が薄れ束の言葉を聞き逃さないと“白騎士”に背を向ける。 見たことのない真剣な表情に今まで感じていた魅力とは別のモノ――仕事をする男性は格好良いと言えば良いのだろうか、それと同種であろう魅力を感じた。 仮説を口に出そうとする意識すら見失いそうになるほどに。 ふと我に返り咳払いをし教職員を想像しながら束はリリィに語り始めていく。
「――
磁石にはN極とS極という二つの磁極が必ず存在しており、これを磁気双極子というのだが
“白騎士”の特徴とはリリィが想像している機体に搭載されている二つのシステムになるのだろう。 一つは慣性制御システム“
そんな鉱石を偶然にも束は発見し解析している最中、不用意に転がしてしまった工具が
慣性制御システム“
これらは他の物質が
元々
「――地磁気と磁気単極子を利用した慣性制御システムとなると競合よりはプログラムに不備があったと考えたほうがシックリ来るね。 ダイナモ理論とか専門外なんだけど……」
「最悪、システム構成を変更してプログラムを作り直すことも出来なくはないんだけど、そうなるとプロトタイプみたいな単調的なモノになるから解決したいんだよねー。 今のところは鉱石だよりの
「そう簡単には思いつかないよ……。 ただ慣性制御システムも“
その事については確かに束も考えたことがあり試験的ではあるがプログラムを組んだこともある。 しかしながら結果はB型に採用されていない時点で理解できるだろう――
――まぁ、リリィちゃんが目の前にいる時点で“白騎士”を作る理由が殆ど無くなっちゃったんだけど……共有できる話題だし別にいっかな。
束にとっての目的は八割型達成してしまい別に“白騎士”を完成させる理由は無い。 しかしながら今現在のリリィは“白騎士”に対して――正確には“ジン”と同じ人型の機体に対し何かしらの強い興味を持っているようで、束にとっても“白騎士”を途中で開発、研究中止にするのは面白くは無く、また打算的な考えではあるが共に作業を進めていくであれば常に隣にはリリィがいるという状況となり、その過程でお互いを知ることも自身をアピールすることもできる思いつく限り最高の状態を利用し当初の目的を一歩進ませ、リリィとの関係を構築する事だけを考えていた。 自分の前からリリィが去らないようにするにはどうすればいいか、自身の想いを伝え受け入れてもらうにはどうすればいいか――と、そんなことも考えてもいたが現状を満喫しているせいか直ぐに忘れ、また思い出したかのように
他の誰かが“白騎士”の完成を願い命じたところで、自身にとって“白騎士”よりもリリィとの時間が勝るのは深く考えなくても理解できる当然のことであり、その時間が長く続くのなら“白騎士”が完成しなくてもいいとさえ思う。 どんな汚名を被ろうが共にいられるのであれば、それで良い。 今の自分にとって血の繋がった家族や友人よりもリリィの方が優先順位が高いのだ。
「――そういえば、もう良い時間だねぇ~? リリィちゃんリリィちゃん、これから少しお出かけしよ、ね♪」
だからなのか。 リリィが“白騎士”を理解する時間を少しでも引き伸ばしたい自身の本音が自然と漏れる。 時刻も正午を大きく過ぎており朝食すら軽いもので済ませ、今まで飲料しか口に含んでいないのだから、食事休憩や気分転換を合間に挟んでもいいだろう――と、理論武装をし“白騎士”からリリィを離す。 少しばかり機械にリリィを取られ嫉妬を覚えたのか取り返そうとしているみたいだと思いながら、その手を掴み強引に立ち上がらせ階段を登っていく。
「だいじょーぶだって♪ 晩ご飯やちーちゃん達のお弁当の食材を買いに行くついでに何か外で食べてこよ~♥」
黒板が叩かれる音を聞きながら千冬は窓際の席から空を眺め続けていた。 少し遅れはしたものの日頃の行いが良かったのか担任からは特に何も言われることもなく、また遅刻としての処理を行わないと言われ小言の一つも言われないまま一限目の授業から今まで受けているが、やはり束の事が気になり思考が授業から遠のく。 ただ座っているだけで受けた授業の内容は頭に留まることなく千冬の記憶にも残らない。 この場にいる時間が長く感じられ苦しく、まるで自由を奪う檻のようだと感じ朝から何度も束の無事だけを祈る。 普段は織斑家の家事を一手に引き受けている束が日中何をしているのか詳しいことは知らないが、帰宅して夕べ出した洗濯物が片付けられ、台所では夕飯の支度がしてあり、滅多なことで家の中に大きなゴミが落ちてることがないことから行動を予測することはできなくはない。 ドラマの主婦のように一日を家の事だけで過ごしているとは思わないが、それでも同じことは確実に行っているはずだ。
そんな千冬の異常に教室に居る誰もが気がつかない訳がなかった。 そもそも授業中に朗読を命じられても聞いてないのか常に顔は外へ向けられており、今まで見たこともないような姿を見せるのだから気がつかない方がおかしいのかもしれない。 だが何と声をかければ良いのかすら
「――織斑さん、織斑さん」
「ん、なんだ……岸川?」
そんな状態も肩を揺さぶられでもすれば千冬でさえ気が付く。
――しまった、授業中だったか……。
周囲の視線が自身へ集中していることに千冬は現状を理解し肩を揺さぶった女生徒、岸川夏月に詳細を問いかけ教科書の指定された部分を読み上げる。 一体何の授業だっただろうかと思うほどに思考は束のことで一杯なのだと再認識し小さな溜息が漏れた。 普段であれば束を心配するだけ無駄だと思うのだろう――しかし“白騎士”を纏った自身と相対し圧倒した天使が近くにいることが千冬の余裕を全て奪っていく。 あの
どうにかして束に連絡が取れないものだろうかと思いながらノートを取るためにペンを手にするも、その手が文字を書く事はなく頬杖をつき再び空を見つめ始める。 昨日までは気がつかなかったが束に持たされていた“白騎士”も今は改修すると言われ手元には無く、携帯電話を授業中に使うほど規律を守れない訳ではない。 そうやって何度も安否を確認する手段を考えては同じ事を繰り返す。
「大方、篠ノ之の相手でもして疲れたのだろう。 他の先生方からも心配の声が私の耳に届いているが、なんなら保健室で休んでくるか? 今日ぐらいズルをしたってバチは当たらんだろう」
そう勧めてくるも根が真面目な千冬にとって学生の本分は勉学であるため、授業を抜け出してまで保健室へ行くことも、行かずに束の様子を見に帰ることにも抵抗があった。 今までの授業全て聞いていなかったのだから今更何を言うかとも思えるが、体裁をよく見せようという思考は人間として自然的なものであろう。
「弟くんと二人で住んでるんだったよね。 もしかして今も家で寝込んでたりするの?」
「いや、そういうことじゃ……」
「じゃぁ、篠ノ之さんのことを考えてたんだ。 そういえば昨日もお昼頃に呼ばれてから何かおかしいよ? 何かあったの?」
岸川夏月という人間は構内でも千冬を除き唯一束と接することができる稀有な例であることを思い出し相談しそうになるが、残念なことに“白騎士”に関することを束が口にしたとは思えない。 そんな相手に話したところで寝言か妄想だと思われるのが
「――先生、織斑さんやはり体調が悪いそうなので保健室へ連れて行きます」
強引にでも休ませようと夏月が行動するが束の事を考えるのなら別にどこでも構わないだろう。 それこそ教室ではないのだからこそ電話することもできるし、教室内にいて無駄に注目を浴びたくはなかった千冬は仕方ないと流れに身を任せ退室する。 少し歩いたところで夏希を帰し懐から携帯電話を取り出すと素早く束にかける――しかし数分してもコール音が止むことはなく出ないと結論づけると今度は自宅の電話番号を打ち込み呼び出す。 再びコール音が続き、その状態が続くほど千冬の中で嫌な予感が膨れ上がっていく。 そんなハズはないと必死に自分に対し言い聞かせるも焦りは千冬の思考を簡単に奪い去る。
――束……!
こんなことになるのならあの時、あんな事を言うべきではなかったのだ。 心配と共に湧き出る自身が示してしまった過ちに駆られ千冬は誰もいない廊下を全力で駆け出した――
一度でも外に出ると先程まで聞こえなかった蝉の声が大きく聞こえてしまいリリィは懐かしいと思う反面、少し煩わしく感じながら束の隣を静かに歩く。 日差しも一日や二日程度では変わることなく直上から二人に降り注ぎ周囲の煩さと暑さに耐え、ふと今朝見た気象予報を思い返し小さく溜息が漏れる。 今月に入って一番気温が高い日であるとテレビでは脱水症状等の注意喚起を口にしており、この熱気を耐え続けるためか外を出歩く人の姿は無いといっても良い。 恐らく誰もが冷房をつけた部屋に篭って涼んでいるのだろう。 リリィも少しばかり汗で湿った服を脱ぎシャワーで洗い流したいと感じてはいるのだが、まだ買い物が終わっておらず織斑家に辿り付くのはまだ先になる。 逆に隣にいる束は熱が篭もりそうな服を着用しているというのに涼しげな表情で楽しそうに歩いていた。 数時間前まで裸エプロンで料理をしていたとはいえ暑くはないのだろうか――いや、もしかしたら服の下に何かしらの細工をしているのかもしれない。
「――なんだか山の方に向かって歩いてる気がするんだけど本当にスーパーがあるの? 普通に考えるなら駅とか人通りが多い場所に商店街とか立てるよね」
「ん、あっちに商店街はあるけど、その前に顔を出したいところがあるから散歩に付き合ってよ~♪」
どうやら目的もなく歩いているということは無いようだが向かう先に一体何があるというのだろうか。 山に近いせいか先程まで多くはなかった木々が増え、住宅も高い所に作られ横を見ればコンクリートの壁――徐々に増える木陰に日差しは遮られるも、何かしらの店舗があるとは思いにくくリリィは少しばかり首を傾げた。 そんな中、町内会の掲示板へ貼られていた用紙に目立つ大きさで書かれていた篠ノ之という文字を見つけ横を通り抜けながら内容を目に焼き付ける。 書いてあることは単に報告であるのだが、そんなことは問題では無く用紙に書かれた
「あー、そういえば後少しで夏祭りだっけね、
「いや、そういうことを聞いてるんじゃないよ。 もしかして、この篠ノ之神社は束の実家だったりする?」
「ん? そうだけど、それがどうかしたの?」
束が織斑家に寝泊りしているのには何かしらの理由があるのは間違いがないのだが、その理由についてリリィは一度も触れておらず、目が覚めてから再び束の腕の中で眠りにつくまでの間、長々と考えていた。 その中で一番有力だったのが『既に束の肉親は他界しているのではないか』という
しかしながら用紙に書かれている主催の欄を見て、リリィは篠ノ之神社に少しばかり興味を覚えた。 夏祭りとは基本的に市が実行委員会を立てて行う地域型と神社と町内会が主催する地区型の二つがあるのだが、これらを簡単に区別すると国が主催するか神社が主催するかの二つに分けることができ、篠ノ之神社の夏祭りは後者に分類される。 当然、祭り事を行うには多くの資金が必要となるわけで、逆に言えば祭り事を行える神社はその資金があるということになるわけだ。 俗な言い方となるが、つまるところ束の実家は裕福であると言えるのだが、隣に立つ人物が実は
「――あれ、それじゃあ散歩の目的って」
「箒ちゃんに顔見せに行くだけだからリリィちゃんは何も気にしなくていいよ~。 そんな家族に紹介するってことでもないし会う予定も無いから安心して♪ あ、箒ちゃんは妹だから家族だっけね」
そう口にするとリリィを置いて束は先に歩き出す。
「――篠ノ之博士ですね」
しかし足が向かう先には黒い車と、これまた黒いスーツを着た怪しそうな男性が立っており束の雰囲気が悪くなっていくのが理解できる。 ただ道を歩いてるだけの会社員というわけではないだろう――こんなお昼を過ぎた時間に出歩く外回りの営業職がいない訳でもないが、男性は束に向かい
「なんだい。 束さんは今から箒ちゃんに心を癒してもらうんだから、どうでもいいことだったら……」
「例の件に許可が下りたので、そのお知らせに参りました。 明日の十五時に前回と同じ場所で行われます。 残念ですが皆様お忙しい方ですので今回のように時間を開けて頂ける事は難しく日程の変更はできません。 無理なようでしたら、また次の機会ということとなりますが」
「――わかった、明日の十五時に行けば良いんだね」
「お手数ですがよろしくお願いいたします。 では、そのように……」
短く伝えると用事はもう無いと此方に背を向け無駄な動作を一切せず車に乗り込み去る、そんな姿をリリィは眺め続け――ふと車に取り付けられている
「
1996年10月に日本科学技術情報センターと科学技術庁所管の特殊法人、新技術事業団が統合し独立行政法人科学技術振興機構法によて設立され、その七年後に独立行政法人化によって
そのような組織が束に接触する理由は限られており、明らかに
科学技術が進歩するという事は結果的に見れば日常を豊かにし人々を潤わせるだろう。 しかし“白騎士”のシステムは必ず実証試験として戦場に投入され、人々の生活を豊かにし潤わすためではなく争いの道具となるのは目に見えていることだ。 戦場の混乱は市民にも伝染し戦火を拡大させてしまう――それを恐れたからこそ“白騎士”の開発を手伝うことで表舞台に出さないよう画策していたというのに、既に“白騎士”の存在は一歩踏み出すだけで戦場で活躍するであろう場所まで来ている。 単純に“白騎士”を破壊すれば済む話ではない。 開発した束を消さねば技術は広まってしまうわけだが、リリィとしては“フリーダム”や“ジン”に対し唯一の手がかりといっても良い存在を餌としてる為に消すことは同時に、リリィ自身が戦火を拡大させていることと同義なのだ。
「……聞きたい?」
「束が何を考えているのか私は知らないし知る術も持っていない。 何を思って“白騎士”を開発しようと思ったのかすら今の私に関与する義務も権利もないよ。 だから束が“白騎士”をどう扱おうが……ッ!?」
途中、何かが高速で近づく反応を捉えリリィは辺りを見渡す。 微弱な電気信号がリリィの脳へ直接“フリーダム”の計器情報を送り警告を発する――高速で接近する物体が三つ、と。 確かに微かではあるがリリィの耳にも何かが風を切り移動するような音が聞こえ、それは間違いなく音を徐々に大きくさせていることから近づいてきている。 束もリリィと同じ瞬間にソレを感じたのだろう。 表情を一転させ周囲を警戒しながら場所が悪いとリリィに開けた場所へ移動するよう口にし走り出す。 それに続くよう後を追いながらリリィは“フリーダム”の起動に関するシステムを急ぎ目を通し近づく物体との距離を計算し目的を図る。
やや傾斜になった場所を踏み台として束は山に続くであろう木々の中に飛び込む。 流石に周囲一帯の状況を確認していないリリィにとって見通しの悪い場所に飛び込むのは躊躇われたが、走ってもなお近づく物体を後ろに立ち止まる暇は無いと束と同じように木々の中へ飛び込んだ。 束にとって庭のような場所なのだろう――飛び混んだ先には何もなく上手く着地、勢いを殺すことなく束の後を追いかける。 やがて辿り着いたのは広場のように整備された山の中腹だった。
「――ここなら
「ッ、伏せろ!」
近づいていた物体の一つが後ろではなくほぼ真横に来ておりリリィは確認のためチラリと確認すると、間髪入れず束を押し
「なんで……だって
木々を足場に回り込むよう現れたのは“ジン”――“フリーダム”のルプスビームライフルにより痕跡を残さず消えた機体だった。 あれから一日も経っていないというのに、その姿は撃墜する前と何ら変わりのないまま19ミリ重突撃機銃の銃口を二人に向け目の前にいる。 昨日現れた機体を修復させたわけではないのだろうと、更に取り囲むよう現れた“ジン”を確認しリリィは複数機製造されているのだと納得しつつ“フリーダム”を躊躇いなく起動させた。 リリィを取り囲むように光が形を作り足から順に見える姿を変えていく。 小さな身体を分解し作り変えているのか明らかにリリィの体格とは違う別の場所に機械の足が形成されるも痛みや不快感も無く、光によって見えない自身の足よりもソチラに神経が繋がっているのではないかという奇妙な感覚がリリィを襲う。 違和感はあるが現状それは無駄な思考だろうと端に寄せ徐々に高くなる視界で三機を捉え続ける。
突如現れた“フリーダム”の姿に反応したのか“ジン”は一斉に構えていた武装で攻撃を開始。 だが残念なことに“フリーダム”に採用されている相転移装甲は実弾に対して強い効果を発揮する――当然だが今現在の“ジン”が装備している武装では致命的な損傷を与えることは不可能に等しい。 しかしリリィではなく束にとって迫り来る弾丸は驚異であろう。 そのことに気がつくと左手に装備されているラミネートアンチビームシールドで束への射線を遮るよう正面に掲げ、残りを“フリーダム”という身体で受け止めるために能動空力弾性翼を広げ屈む事で空いている四肢を使い防いでいく。
自然と身体が動く。 別に束を守りたいわけではない、むしろ“白騎士”を開発したその驚異的な頭脳は危険であるからこそ技術が広まらない内に消えてもらいたくもある。 ただ本人の意思を確認していないことにはリリィにとって“白騎士”という存在は物凄く曖昧なもので、同時に篠ノ之束という人物が敵であるのか民間人であるのか不確定なのだ。 敵であるのならば良い、だが民間人であるというのなら
ふと視線を束に向けるとピクウス19mm近接防御機関砲を防いだシステム――“
「隠れてて――直ぐに終わらせる」
木々は自然の遮蔽物であり高低差は物理法則によって射撃の命中精度を下げる――この場は山であり、その条件を十分に満たしていることから束にとって非常に有利な地形なのは間違いない。 そこの近くに下ろせば下手に攻撃を受けても防ぐことはできるだろうと移動し束を隠すと、追うように射撃を続ける“ジン”に対し牽制としてクスィフィアスレール砲を放つ。 直撃弾ではない砲撃は舗装していない部分に着弾し大きな音を立て土や砂利を巻き上げ、それらは福次効果として“ジン”の行動を阻害し土煙による認識を一時的に狂わせていく。
――直撃させると昨日みたいに
用語設定
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✔コア 【技術】
貴金属を量子変換する鉱石の特性を活かすべく“白騎士”に搭載した核。
原因不明の量子変換を応用し“白騎士”の最大積載量を越えるシステムや機材の搭載を目的として使用されており、鉱石を組み込んだ機材自体に機体システムを管理するオペレーションシステムが組み込まれている。
またコアと直結している拡張領域との信号が途絶すると全てのシステムが強制終了する仕組み。
✔
正確には“Extended Partiton System”と呼ばれる量子保存媒体。
コアの特性を利用した保存媒体で機体とコアを繋ぐ役割を果たしおり、また後に追加装備に関する保存媒体も作られている。 主に拡張領域と示すものは追加装備の保存媒体の方で、追加装備用は様々な保存媒体が存在しオーバーホールする際、取り替える事で機体のバリエーションを増やすことが可能となった。
“EP System”や“EPM System”等と書き記されることもある。
✔アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁 【組織】
大災害に対応するアメリカ合衆国政府の機関。
天災にも人災にも対応するアメリカ合衆国国土安全保障省の一部であり「非常事態対策及び対応担当次官(Under Secretary for Emergency Preparedness & Response)」の下に置かれている。 災害に際して連邦機関や州政府、地方機関の業務を調整する事を請け負っており、また家屋や工場の再建、企業を含む行政活動の復旧に当たって資金面からの支援を行う。
※Wikipedia等から抜粋
✔Drake Corporation 【企業】
アメリカ合衆国に本社を置く特殊機械を設計開発する企業。
介護や救助を主体とした精密な構造を持つ人型ロボットの開発や設計していおり、“アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁”から援助資金を受け製造し災害現場での使用を認められた。
また人型には遠いものの作業用アームに関しては細かい作業を行うため人間に一番近い設計で作られ様々な現場で高い評価を受けた実績がある。
※現存するアウトドア家具店とは関係がありません
✔篠ノ之神社 【地名】
篠ノ之家が管理している広大な土地を持つ神社。
敷地内に篠ノ之束の育った実家や剣術道場が建てられており、神道というよりは土地神伝承を信仰している。
その広大な土地から篠ノ之束の実験場として使用された事もあった。
✔ラミネートアンチビームシールド 【兵装】
対ビーム兵装に特化した前腕装着型の盾。
ラミネート装甲と呼ばれる熱量や運動エネルギーを装甲全体に拡散し排熱が追いつく限り無力化し続ける装甲で作られている。 ただし振動鋼材製ではないためミサイル等の実体弾には効果が薄い。
また銃眼等が備わっており防護しながらの射撃を可能としている。
✔ラケルタビームサーベル 【兵装】
地場形成理論の応用技術によりビームを刃状に固定した近接格闘兵器。
核エネルギーによる可動で高出力でありながら超刀身のビーム刃を形成する事を可能とし、柄同士を連結させる事によって形状を“アンビデクストラス・ハルバート”と呼ばれる双刃型の武器として扱うことも出来る。
また常にビームを吐き出し続け、それを定着、固定して刃状に保たせているためビームサーベル自体に反発する性質がない事が欠点。