世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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006 Remorse

 “ジン”は腕や武器を失いながらも“フリーダム”に対し攻撃を続けるが、その差は誰が見てもわかるほどのモノだった。

 複数の射撃武器が実体弾に加え近接武器の重斬刀ですら実体剣という装備の“ジン”に相転移装甲を抜く事が出来るはずがない。 対する“フリーダム”は頭部の近接防御機関砲ですら衝撃で“ジン”の足を止めることができ、ルプスビームライフルをはじめとした高エネルギービーム兵装を数多く保有している。

 ワンサイトゲームと言ってもいいほどの状態だ。

 ――何が目的……束、じゃない?

 重突撃機銃から放たれる弾を避けながらリリィは“ジン”の目的を考えるが、まったく見当もつかない。 結果が分かっている戦闘を仕掛け戦力を消耗させる理由があるのだろうか。

 威力偵察として考えてみても市街地での戦闘は人目につく。 抗議が上がれば日本を敵としてしまい、さらには同盟国すら敵に回してしまう可能性すらある。

 戦闘以外へ思考が働いたせいだろうか、無造作に引き金を引いてしまいルプスビームライフルから放たれた光条が真っ直ぐ“ジン”の胸部装甲を貫く。

 

「っ、直撃!?」

 

 “ジン”を鹵獲ではなく撃墜してしまった。

 爆発によって装甲が弾け飛び“フリーダム”を作ったと思われる者への手がかりが一つ消えていく。

 残り二機いるとは言え確実に鹵獲できるわけではない。 落ちていく“ジン”の装甲を見つめながらリリィは撃墜という事実に歯噛みした。

 

《リリィちゃん、アレ!!》

 

 唐突に束の声が響く。

 気が付けば無線が何処かと繋がっているが、そんなことを気にする余裕もないのかリリィは束の示したアレを探す。

 

「……え?」

 

 そしてようやく驚愕した声で束が何を言おうとしたのかリリィは理解した。

 ――消えてる……。

 ルプスビームライフルで撃墜した“ジン”の装甲が黒い粒子となって消えている。 まるで燃え尽きた炭や灰のように消えているのだ。

 物理的に理解が出来ない事だった。

 “ジン”は存在しており“フリーダム”と今現在戦闘中だ、それが幻とは思えない。 残った“ジン”が実弾を放ち、それを“フリーダム”はラミネートアンチビームシールドや相転移装甲で防いでいる時点で確実なことだ。 しかし撃墜された“ジン”は破片を残さず爆発と共に消えている。

 物が爆発した場合、破片は爆発によって起きる衝撃と爆風で吹き飛び燃える事なく重力によって落ちるのが普通だ。 爆発によって全てが消えるわけではない。

 ならば目の前で消えていく“ジン”の残骸はなんだ。

 

《……何が起きたの?》

 

 束も有り得ないものを見たかのように無線越しに呟く。

 “フリーダム”も動きが止まり永遠と相転移装甲が“ジン”の攻撃を弾き続けている。

 それを好機と見たか重斬刀の先を“フリーダム”に向け“ジン”は加速する。 相転移装甲を抜くためには高エネルギービーム兵器か、ある程度の近接格闘武器による刺突が有効的だ。

 その、ある程度の武器を持っているのなら問題はない。

 ――くそっ!

 リリィは近づいてくる“ジン”を横目で確認するとルプスビームライフルを左手に持ち替え、その動作のまま左腰にマウントされているラケルタビームサーベルを引き抜くと重斬刀を斬った。

 実体剣であり量産型の重斬刀がビームサーベルと拮抗できるわけもない。 簡単に重斬刀は斬り裂かれ、そのままラケルタビームサーベルから伸びる刃は“ジン”の装甲に触れ更に撃墜していく。

 

「……くっ」

 

 今は考えている暇はない。

 確かに“ジン”は手がかりだが撃墜しても破片を残さず消える上に、リリィ自身が“フリーダム”に慣れていない。 また理解できていない事が大量に存在する。 機密保持の為に自爆でもされてしまえば束という餌すら失う可能性もあるのだ。

 ――今は……手がかりよりも束を守ることが最優先だね。

 餌として扱おうとしても人。 リリィには、その命を見捨てる事はできなかった。 既に「身を守ることは出来るでしょ」と束に聞いてしまったのだ。 守らないわけには行かない。

 後方で斬り裂いた“ジン”が爆発し消えていくのを音だけで判断し“フリーダム”は残った最後の一機にメインスラスターを最大に吹かし近づく。

 弾幕を貼り抵抗するが“フリーダム”はラミネートアンチビームシールドを構え防ぎながら接近、そして最後の手がかりを躊躇いなく切り飛ばした。

 

「せっかく……見つけた手がかりだったのに……!」

 

 そう悔しそうに呟く。

 爆発によって黒い粒子が飛び散り“フリーダム”まで届いた。

 ――くそっ……! 

 ラケルタビームサーベルをマウントし落ちてくる黒い何かを手に取るも、それは“フリーダム”に触れた瞬間、消えていく。

 “ジン”が何だったのか今のリリィは知る事もできない。

 

《……そろそろ降りてきたら?》

 

 束の声にリリィは我に帰る。

 篠ノ之神社上空にいる“フリーダム”は周囲に遮蔽物がなく目立ちやすい存在だ。 変に目立ってしまえばリリィにすら、その目は向けられる可能性があった。

 ――今は生きてるだけでいいとしよう……。

 そう考え降下していく。

 下を見れば爆発によって砂利や土が、そこら中に飛び散っていた。

 

「ありがと♪」

 

 “フリーダム”を解除したリリィに束は一言お礼を言う。

 

「別に、そんなつもりじゃ……」

「でも私を守ってくれた。 それだけで十分だよ♪」

 

 真正面から言われリリィは恥ずかしくなり顔を背ける。

 

「ところでさ、話変わるけど……その機体、核エネルギーで動いてるよね?」

 

 その瞬間、一瞬で呼吸ができなくなった。 呼吸しようにも何者かに喉を締め付けられているような感覚がリリィを襲う。

 唐突に振られた話題はリリィが一番知られたくない事だ。 どこで気がつかれたのだろうか、その疑問が脳内を駆け巡る。

 

「そっかそっか~、だから翼も放熱板の役割を持ってたんだ~。 スッキリスッキリ……って、もしかしてリリィちゃんが私を警戒してる理由……」

 

 隠しきれない。

 “フリーダム”が核動力で動いている事を束は確信している。 “白騎士”だけでも現代の科学技術を上回っているのに、そこへ核動力が加わったら。 考えるだけでも恐ろしくなりリリィは後ろ越しに隠し持っている“H&K MARK 23”をいつでも取り出せるよう構えた。

 今朝、千冬が発砲した弾数を引き残り七発。 予備の弾倉は持ってきてはいない。

 ――もう一度、“フリーダム”を起動するべき……。

 そんな姿を見て束はリリィが恐れている事に気がつく。

 

「別に、兵器転用とかしないよ? 戦争したいわけじゃないんだから……」

 

 だがリリィの視線は変わらない。

 

「……それを信用しろって?」

 

 無理な話だとリリィは思う。

 人間はそう簡単に他人を信用することはできない。 まして出会って二日目の人間なら尚更だ。

 当然、束も理解しているはずだ。 理解していてソレを頭に置き利用する程度、造作もないだろう。

 

「ふふ……それじゃぁ、リリィちゃんが私を死ぬまで監視してみる? お風呂からお手洗いまで隅々と♪」

 

 そう言うと何事もなかったかのように神社の奥へ進んでいく。

 ――ここで束から距離を置いたほうがいいのかもしれないね……色んな意味で。

 “フリーダム”の事を知られたくないリリィにとって動力を知られた時点で警戒ラインを上げなくてはいけないのだ。 もう知られてはいけない。 だからこそ束から距離を離すべきだとリリィは考えた。

 

「箒ちゃ~ん♪ いる~?」

 

 そんな心境を知ってか知らずか束は大きな声を出す。

 間抜けそうな声に小さく溜息をつき警戒しながら束の元へリリィは足を進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな二人の姿を千冬は遠くから見ていた。

 早退し急いで家に帰ればリリィの腕を強引に引っ張り出ていく束の姿を見てしまい、安堵の息を漏らすも久し振りに見る束の笑顔に千冬は声をかけることができず今まで気がつかれないよう尾行していたのだ。 

 

「……心配して存した気分だな」

 

 とはいえ流石に“ジン”が三機も出てきたときは千冬も束の死を感じてしまった。

 “白騎士”ですら対応できるかわからないのだ。 その“白騎士”を持っていない現状、千冬に対抗手段はなく束を助ける事もできない。

 少しだけリリィに感謝する。

 しかし束を助け酷く動揺しているとなるとリリィが何を考えているか理解できない。

 

「しかしアイツ……束を狙って接触しに来たというわけじゃないのか?」

 

 そのように目に付きやすい存在にしたのは千冬自身だ。 そんな千冬が束の心配をすること自体おかしいだろう。

 ――何も言わなければ、このような事にはならなかったのだろうな……。

 そう思うと自分が何をしたいかわからなくなる。

 隠れるように壁へ寄りかかり深い溜息を吐いた。

 

「仕方ない。 これ以上いても無駄だろうしな……帰るか」

 

 心配しすぎなのだろう。

 大丈夫だ、束は千冬が思っているほど弱くはない。 そう自身に言い聞かせ帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~、箒ちゃんただいま~♪」

 

 追いついたリリィが見たのは小さな女の子に頬ずりする束だった。

 彼女が箒なのだろう。 この時間から一人でテレビを見ているとは、親は一体何をしているのだろうか。 そんな疑問が頭の中に浮かぶ。

 

「おねえちゃん、いたいよ……」

「ああ、ごめんごめん♪」

 

 勝手に上がってきたがよかったのだろうかと思うが束の大声に誰も反応しない所から見て人がいないのだろう。

 他人の家に上がり人目を気にする事が最近多いと思いながらリリィは束の背中を見つめる。 すると箒と呼ばれた子の目がリリィに向けられた。

 少し顔が束に似ていると思いながらリリィはその視線を受け止める。

 

「だれ?」

 

 頬擦りを止め束は肩越しにリリィを見ると少し悩み、そして悪戯を思いついた子供のように笑い口を開く。

 

「どろぼーさん」

「……おい」

「どろぼーさんなの?」

 

 束の発言を間に受けてしまう箒にリリィは頭を悩ませた。

 とりあえず自己紹介をしておくべきなのだろう。 泥棒と何度も言われたらリリィの名前が泥棒さんになってしまいそうだ。 その前に名前を覚えさせるべきだろう。

 

「初めまして、箒ちゃん。 私の名前はスカーレ……あ、いや違うね。 えと、そうだね……篠ノ之リリィだよ」

 

 反射的に名乗りそうになったが、既にスカーレット・リリィという人物はドイツ軍には生きていないはずだ。 偽名のまま名乗っても良かったがスカーレット・リリィという名前は流石に日本では違和感があると思うとリリィは言葉を止め仕方がなく篠ノ之という苗字を名乗る。

 

「おんなじ?」

「そ、おんなじ」

 

 束の妹という事は篠ノ之姓であるのだ。 家族以外で同じ苗字は子供にとって珍しい事だろう。

 ――やっぱ、珍しいよねぇ……。

 予想通りの視線にリリィは少しだけ目を逸らす。

 

「んふふ♪」

 

 リリィの自己紹介に満足したのか束は奇妙な笑い方をしていた。

 

「じゃぁ、箒ちゃんも自己紹介ね~」

「うん!」

 

 子供らしい元気な返事をしたあと箒がリリィを見る。

 

「しのののほうきです!」

 

 やはり彼女が篠ノ之箒なのだ。

 

「……いくつかな?」

 

 すかさず指を四本たて「よんさい!」と箒は答える。

 かなり年が離れているように思え箒と束を見比べた。

 

「ちなみに箒ちゃんの誕生日は七月の七夕だよ~♪」

 

 七月以外に七夕は無い。 とりあえず今年で五歳になるということだ。

 

「そして束さんは二月なんだよ~♪」

「……誰も聞いてないけど」

「ついでに十三歳のピチピチだよ?」

 

 それが何だと声を上げたかったが無理やり押さえ込み束を見る。 そもそも十三歳ということは中学生でありピチピチであっても子供だ。

 

「どろぼーさん、何かプレゼント~♪」

 

 誕生日を教えられた時から思っていたが束は誕生日にはプレゼントが欲しいと言い始めた。 第一、泥棒と言った相手に物を乞うのはどうだろうか。

 束が欲しがるようなプレゼントが思いつかないし、そもそも半年近くも一緒に居る保証もない。 “フリーダム”の事もあり明日にでも束の前から消えている可能性もある。

 それともプレゼントに“フリーダム”が欲しいと言ってるのだろうか。 束の真意をリリィは理解できなかった。

 

「……覚えてたらね」

「またまた~。 絶対覚えてるよ♪」

 

 話を切るつもりだったが束は続ける。

 

「二月まで束のそばにいるとは限らないんだけど……」

「だったら一緒に住もう? あ、それよりも結婚しよう♪」

 

 その束の返答に固まってしまう。

 ――だから何が目的なの……。

 一緒にいて欲しいという今日二度目の発言は流石のリリィでも訳がわからないようだ。

 思えば男なら誰しも勘違いしそうな行動を束は朝からリリィに対しとっている。 それらが束の好意なら安心できるが“フリーダム”という存在が逆に篭絡し技術を手に入れようとしか思えない行動としてリリィの目に映った。

 

「……だめ?」

 

 しゃがんでいるせいか束はリリィを上目遣いで見る。

 

「ダメというか何というか……」

「束さんを好きにしてもいいって言っても~?」

 

 束ほどのスタイルがいい美人なら、その言葉で釣れない男はいないだろう。 しかしリリィは釣られる事はなかった。

 

「それよりご両親は? お仕事?」

 

 再度、強引に話を切り話題を変える。

 

「ど~うせ、神社の管理でもしてるんでしょ~。 箒ちゃんも学校に行ってないしね~」

「……ん、学校?」

 

 先程、箒自身の口から年齢を聞いたが学校に行く歳ではない。 それとも箒が言い間違え本当は学校に行っている年齢なのだろうか。

 ――この歳で……?

 仲間の女性達は誰一人サバを読む者はいなかった。 どれだけ年齢を気にしているのだろうか、そう真面目に考えていたとき束が口を開く。

 

「小学校じゃなくて保育施設の方ね」

「紛らわしいわ」

「だって保育施設も色々習うし小学校の一つ前みたいなものでしょ~?」

 

 間違ってはないないが相手に誤解を与えるのは間違いない。

 そんな風に騒いでいると玄関のチャイムを誰かが鳴らす。 インターホンでは無いのが何とも懐かしい。

 渋々と束は立ち上がり玄関に向かい、その後をカルガモの親子のように箒が追いかけて行く。 一人だけ置いていかれるのも奇妙な感覚がしたのでリリィも玄関を覗く程度についていく事にする。

 

「はいはい……どなた~?」

「私私! だから鍵開けて!」

「……そういう詐欺は電話でしたら良い感じでお金を騙し取れると思うよ~?」

「おー、なるほど! 流石篠ノ之さん、あったまいいー!!」

 

 玄関のドアを隔てて行われる何とも奇妙な会話にリリィは眉をひそめた。

 

「……で、なんのようだい? 岸川さん」

 

 そう言いながら束は玄関のドアを開ける。

 

「ん、学校の配布物届けに来たよ」

「……そういうの、ちーちゃんに頼めば後で見るのに」

「だって織斑さん、早退しちゃったし……」

 

 その言葉に束は一瞬だけ固まってしまう。

 ――束、心配されてるよ……。

 出かける前までリリィを警戒していた千冬の行動を思い返しリリィは溜息をつきたくなった。

 おそらく束に危害がいっていないか心配で帰ったのだろう。 銃器を持った相手が丸腰の友人と共にいたら心配するのも無理はない。

 

「なんで、って聞くまでもないか……」

 

 どうやら束も千冬の行動理由に思い至ったらしい。

 

「あとあと、篠ノ之さんに宿題教えて欲しくって!」

 

 千冬以外にも意外と慕われているようだ。

 その事に意外と感じながらもリリィは束の評価を変えなかった。

 

「……あれ? お客さん?」

 

 岸川と呼ばれた束の同級生と思われる女生徒がリリィを見て首をかしげる。

 

「はじめまして、岸川夏月だよ」

 

 遠くから見ているだけで干渉する気はなかったが自己紹介されたら関わるしかない。 目立ちたくはなかったが関わっても関わらなくても夏月の記憶には残ってしまう。

 

「ん、はじめまして。 リリィです」

 

 仕方なく夏月に近寄り子供らしく挨拶し返す。

 どこにでもいる子供だと自身の存在を夏月に教え込ませ、なるべく目立たないようにした。

 

「……えと、リリィちゃん……凄く不自然なんだけど、その営業スマイル的な表情……」

「まぁ、ねぇ……内気そうに影から顔出してた子が近づいて来て、その顔は……絶対ないよ。 普通の子なら隠れるか逃げる……ウチの弟がソレだったし。 というか篠ノ之さん、この子は?」

 

 だが、その行動は不自然だったらしく夏月にすら指摘される。

 これ以上、子供のふりをする方が余計に目立つらしく、溜息と共に頭を掻きながら、どうしようかと考えた。

 

「秘密~♪ それより上がっていくかい? 玄関、暑いでしょ……麦茶くらい出すから。 ……それとリリィちゃん、今のは低く見ても高校生とかにに見えちゃうよ」

 

 夏月は靴を玄関で脱ぐと束の後についていく。

 

「……がんばれ?」

 

 玄関に立ち尽くすリリィに箒は言葉を残し二人の後についていく。

 ――私って、ホントバカ……。

 何故あのような対応をしてしまったのか後悔しトボトボと三人を追うように歩き始めた。

 居間からはテレビの音が聞こえてくる。

 

《……なりました。 次のニュースです》

 

 誰もテレビの番組を変えていないため今流れているニュースは箒が見ていた番組ということだ。 おそらく内容も気にせず眺めていただけだろう。

 

《女優のエスニア・ドラヌさんが今日来日しました》

 

 空港のロビーを歩く金髪の女性に数多くのカメラが向けられる。 そんな女優をリリィは何処かで見た事がある程度しか思わず視線をテレビから外す。

 

「今、きっとリリィちゃんはテレビに出てきた女優さんのおっぱいに目が行ってた……」

「……寝言は寝てから言うものだよ?」

 

 確かに胸は束より大きいが今後の成長を考えれば束の方が大きくなるのではないだろうか。

 

「いやん、えっち♪」

 

 リリィの視線に気がつき束は両手で胸を隠す。

 真面目に受け答えしていたら永遠にからかわれるだろう。 溜息混じりに適当な場所へ腰を下ろした。

 

「ん、宿題だけど……実は見てる時間ないんだよね。 今日中に仕上げなくちゃいけないモノがあるし……」

「えー! 宿題も明日までなんだよー!」

「少しは自分の力で頑張ろうよ」

 

 そう言いながら束は冷蔵庫から麦茶を出しコップに注いで夏月の前に出す。

 

「なら助けてよ、タバえもーん」

「誰がタバえもんだ……?」

 

 後ろで不毛な言い争いが続く。

 

「……丁度、良い感じに教える事が出来る子が、ここに一人いるんだった」

 

 その言葉から嫌な予感がし恐る恐る振り返ると二人の視線がリリィに向けられていた。

 

「ねぇ……」

「やだよ?」

 

 勉強を見てあげてと言われそうなため断る。

 

「まぁまぁ……ちなみにリリィちゃんは“二つの放物線 y=2√3(x-cosθ)²+sinθ y=2√3(x+cosθ)²-sinθ が相違なる二点で交わるような一般角θの範囲”を求められるよね~?」

「……さっきアレがあったのに、これ以上の事を私がやると思う?」

「私だったらやらないけどさ……」

 

 既にリリィは勉強ができると言っているようなものだが、流石に答えるわけには行かない。

 

「あ、もし教えてくれるのなら他の人にはキミの事を内緒にしてあげるよ?」

「だってさ~?」

「……“4π/3<θ<5π/3”……だと、思うけど」

 

 その返答に夏月は声を上げる。 どう考えても中学生が習う問題ではないのは明確だ。

 束が解けるのは天才だから仕方ないと夏月は思っているが、自信より年下のリリィが解ける事は驚愕してしまっても仕方がないだろう。

 

「はい、ということで東京大学の入試問題を即答できたリリィちゃんなら先生役に適任でしょ~?」

「……なんかおかしいと思ったら東大の入試問題って、君たち中学生だよね。 というか今の間違ってなかった?」

「大丈夫、正解だよ♪」

 

 間違ってなかったらしい。

 これで完全に夏月には普通の子供だと思われないのは確実だ。

 

「……黙っててくれるんだよね?」

「だいじょーぶ! お姉さん、口は硬いよー! だから宿題教えてー、神様ー!!」

 

 早急に逃げ出したい気分にリリィは囚われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺達が呼び出されたんですかねぇ」

 

 クラウスが溜息混じりに問いかける。

 

「俺が知るわけないだろ」

「でしょうね……」

 

 イージスも適当に返答し潮風を受ける甲板で二人は雑談を続けた。

 本来ならば二人共、ドイツの陸上基地にいるはずだが何故か上層部からの命令で航空母艦“Vorpal(ヴォーパール)”に愛機共々乗せられていた。

 当初、Scarlet Lily(スカーレット・リリィ)少佐が搭乗していたAWACS(早期警戒管制機)が撃墜され指揮系統が崩れたため再編させるまで陸上基地勤務だと思っていたのだが、それが基地帰還直後に中隊全員が一時的に航空母艦へ乗艦するよう辞令が出された。 意味がわからない辞令にイージスは中隊全員を集め話し合うも、やはり辞令の意味がわからなく仕方なしに乗艦することとなり、そしてイージス達が見る事となったのがドイツ初となる正規空母である。

 現代の正規空母とは建造されATOVL(短距離離陸垂直着陸)機と呼ばれるヘリコブターと同じように垂直着陸ができる機体の運用能力を持つ航空母艦のことを指す。

 過去に“Graf Zeppelin(グラーフ・ツェッペリン)”と呼ばれる航空母艦が存在したが1943年に大型艦製造中止が出たため、それ以降の航空母艦の建造は無い。 そもそもドイツ周辺の海域や地中海は陸上基地に近いため運用しにくく航空母艦は必要ない存在でもあった。

 それがルイス・キャロルの児童小説“鏡の国のアリス”に登場する無敵の怪物“ジャバウォック”を(たお)した剣の名を冠し存在する。

 愛機も秘密裏に運び出されていた事に溜息を付きたくなったが、それを抑え乗り込んだ。 よくよく考えればイージスは階級が高くともパイロットであり意味もなく乗艦させられるわけがない――正規空母の存在は予測できる事だった。

 

「一体、何を考えてるんだ……」

 

 艦名の“Vorpal(ヴォーパール)”がルイス・キャロルの造語、その一説なら『致命傷を与える剣』という意味を持っている。

 これから何をさせる気なのか全く理解ができない。 このタイミングで戦争を仕掛ける意味もなければ領土拡大戦をするほどドイツは馬鹿でもないのだ。

 クラウスに続きイージスも溜息をつく。

 

「私も聞きたいもんだ」

 

 その場に響く聞き覚えのある女性の声に二人は振り返った。

 

「……アナスタシア?」

「お久しぶりだな、お二人さん」

 

 長い金色の髪を後ろで纏めた女性、アナスタシア・レイセルがイージスに近づく。

 

「どうしたんだ?  確かお前、この間進水した“ルティツア”級新型潜水艦に……」

「ドイツ初の正規空母ってことで……ある程度、艦の知識があるやつが呼ばれたんだ。  クリアも来てるぜ」

 

 ドイツの最新鋭潜水艦、その操舵師だという事に忘れていたがアナスタシアが軍人家系出身だということを思い出し、ある程度の知識を持っているのだろうとイージスは納得した。

 

「クリアも来てるとか、冗談じゃないな……」

 

 クラウスは微妙な笑みを浮かべ落胆する。

 

「年下のクリアが未だに一つ階級が高いままか?」

「いつものことだ、気にする方がアホらしい」

 

 「そうだな」と言って話を一旦切るとアナスタシアもイージス同様に甲板上に座り――その視線の先にはなんの変わりもない海だけが永遠と続く。

 

「クリアは元気か?」

「あとで合いに行けばいいだろうが。 それとも会いにくいのか?」

「……会いにくい、だな」

 

 報われないなと思いながらアナスタシアは寝っ転がる。

 

「スカーレットは元気か? いるのなら会いたいんだが」

「もう、いない……」

 

 その言葉に聞いてはいけない話だと気が付く。

 イージスとの繋がりでアナスタシアはリリィとも面識があり、どれだけ“Flabellum(フラベルム)”中隊から大切にされているか理解しているつもりだ。

 

「……そういや、さっき艦橋で今回の作戦内容を小耳に挟んだんだが……お前らもめんどくさいのに捕まったな」

 

 話し辛くなり咄嗟に話題を変えた。

 

「めんどくさい?」

 

 軍の命令は常にめんどくさいものばかりだと言いたかったが、そんな気力もないため横目でアナスタシアに「続けろ」と送る。

 

「“Projekt(プロジェクト) Brunhild(ブリュンヒルデ)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬がタオルを首にかけリビングに入り冷蔵庫をあさる。 その向こうでは一夏が眠そうにテレビを眺めていた。

 そんな様子をリリィは呆れながら眺め食事に使った食器を洗っていく。

 

「……リリィ、麦茶を買い物リストに入れてたはずなんだが?」

「下の引き出し……そっちに作ったのが入ってるから」

 

 何もやらないのを良しとしなかったのかリリィは織斑家の家事を束の代わりに片付けていた。

 

「そんなに冷えてないと思うけどね。 入れたの二時間ほど前だし」

 

 そんなことを聞かずに千冬は冷蔵庫の引き出しを開け、そこからペットボトルに入った麦茶を取り出す。 ペットボトルに入ったのが買ってきたものではなく作られた麦茶という事に千冬は少し珍しそうだ。

 意外とペットボトルは再利用でき大量に放置されていたため思いついたことでもある。 冷凍庫に入れても問題ないためリリィは綺麗に洗い直し再利用していた。

 

「そういえば束は何処だ?」

「未だ“白騎士”にお熱だよ」

 

 数時間ほど前にあった男性が話していた事なのだろう。

 ――明日、そして“白騎士”ね……。

 誰が考えても明日、“白騎士”を何かに使う気だ。 少しだけ不安を感じるも顔には出さず食器を洗い終える。

 そんなリリィの表情を見るかのように千冬は壁に寄りかかり覗き込んだ。

 

「今日、何があった?」

「……何がって?」

「常に常人には理解できない事をやるアイツだが、こういう食事……いわゆる人と人の温かみ、触れ合いを誰よりも大事にするあいつが食事すら取らずに“白騎士”を改修するなんか考えにくい」

 

 家で箒が一人、保育施設に行かずテレビを見ていたところを見ると千冬が行っている事は間違いないのだろう。 出会ってそれほど時間も経っていないが、リリィはソレがなんとなく理解できた。

 

「話せ」

「……話して何かわかったら私に説明してくれる?」

 

 話してもいいがリリィも情報が欲しい。

 “白騎士”を何に使うか理解できない今、情報は多いに越したことはないのだ。

 

「今日、束の家に行ったらスーツを着た男が「篠ノ之博士ですね?」って言って「明日、場所は前回と同様の施設」って言うだけ言って帰っていった」

 

 その言葉に千冬の表情が変わる。

 ――何か知ってるね。

 リリィは目を細め千冬を横目で見た。 当の千冬は「まさか、こんなに早く……?」と一人で何かを考えるかのようにブツブツ呟く。

 怪訝そうに千冬の顔を覗き込むと我に帰ったのか冷蔵庫から取り出した麦茶を口に含み一息付く。

 

「で?」

「……ん、教えると思ったか?」

 

 言うと思ったため小さく溜息をつくと冷凍庫から少し凍っている麦茶のペットボトルを取り出した。

 しかし千冬の口は静かに開いていく。

 

「数ヶ月前だ……私が“白騎士”を発表しろと言ったのは」

 

 発表という言葉にリリィは嫌な予感を感じた。

 

「あのまま“白騎士”を持っていれば兵器として見られ国を敵に回すような問題になると思った。 『だから間違った認識を持たれる前にさっさと発表しろ』そう言った。 一応、この国は平和な国だからな」

 

 それは間違えない――世界で一番平和な国をあげたら確実に上位に上がるほどだ。

 

「私は……そう思ってたんだがな……」

「思ってた?」

 

 過去形の言葉にいやな予感が加速する。

 

「お前が来る二日前だ。 初めて“白騎士”を公表した日は……」

 

 “白騎士”の公式発表は唐突に行われ、その日に集まることが可能である日本中の研究者が集められ、そこで束は“白騎士”のスペックから原理を文章として発表した。

 結論から言えば“白騎士”の公式発表は失敗。

 原因は運悪く数日前から行っていたオーバーホールによって“白騎士”を持っていくことができずデータのみで説明してしまった事だ。 結局、誰からも支持される事はなく終わる。

 ただし“白騎士”は研究者に恐怖を植え付けた。

 現代兵器を圧倒する存在は現状の軍事バランスを簡単に崩壊させる事が出来てしまう事が研究者にとって恐怖だった。 自身が研究できる今は日本という平和な国だからこそ安全に行えているのだ。

 だからこそ“白騎士”という恐怖を認めるわけには行かなかった。 もし“白騎士”を認めてしまったら平和は崩れ去り日本は戦火に晒される可能性が多いにある。 だからこそ認めるわけには行かなかった。

 これも失敗したもう一つの原因だろう。

 

「空想の存在として終えた公式発表だったが……“白騎士”を持ってくるのなら、もう一度だけ舞台を用意すると言われたんだ」

 

 おそらく“白騎士”は存在しないという自信の表れが、その言葉を出したのだろう。 先に見てしまったから納得せざるおえない状況だが、もしも文章だけだったらリリィですら失笑してしまうかもしれないし、同じことを口にするかも知れない。

 存在しないことを、その目で確認し安心したかったのだろう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「その翌日からだ、妙な手紙や男達が家を訪ねるようになったのは……。 私は束が作ったものが兵器ではないと知っているからこそ公表しようと考えた。 しかし奴らは“白騎士”を兵器としてみていたんだ……」

 

 データだけなら兵器と見て取れるだろう。

 

「私が束を心配していた事は、全てアイツを危険な道に歩ませてた……」

「……おねぇちゃん」

 

 気が付けば一夏が眠そうに千冬を見ていた。

 あれだけ悲痛な叫びを聞けば子供が心配するのは当然だ。

 

「悪いな……そろそろ寝るか?」

 

 その言葉に頷き一夏は千冬に連れられ部屋に歩いていく。 トボトボと歩いていく千冬の背中は絶望を物語っていた。

 ――だからアレだけ警戒してたんだね……。

 過剰に警戒する理由にリリィは納得してしまう。

 

「……はぁ」

 

 どうしようかと悩み取り出した麦茶が入っているペットボトルを持ち台所を後にした。

 織斑家の修理や補修をしたのが束だけあって普通なら存在しないであろう地下室がある。 そこのドアを開けると地下に続く階段が現れリリィは降りていく。

 足元を僅かな光が照らすだけで暗い。 注意しないと怪我をしてしまうだろう。

 階段を下りた先にあるドアを開けリリィは中に入る。

 

「……相変わらず頑張るね」

「リリィちゃん?」

 

 “白騎士”に長時間向かっている束に向けペットボトルを投げる。 それを難なくキャッチし束は呆然とリリィを見ていた。

 

「少しだけ手伝ってあげる」

「どうして……だって、リリィちゃんが手伝う必要なんか……」

「束が言ったじゃん。 手伝って、って……」

 

 “白騎士”の改修を手伝うことは最初から決まっていた。 しかし束が言っていることは、自分の都合で夜遅くまで手伝わなくていいという事だ。

 

「早く完成してくれないと食器が洗えないの……ほら、さっさと完成させる!」

「……くす」

 

 その言葉に呆然とし、やがて苦笑に変わる。 

 リリィはモニターを見て作業状況を確認すると近くにあった別のパソコンを“白騎士”に繋ぎオペレーティングシステムを確認し始めた。

 ――明日までに新しい椀部を作ることはできないからドレイク社の椀部を考慮して……。

 モニターを見る表情が真剣になったのを見て束は小さく「ありがと、リリィちゃん♥」と感謝し麦茶を飲んでから作業に戻った。




※こういうネタだったらしい
束「どろぼーさん」
リ「……おい」
箒「どろぼーさんなの?」
束「そうだよ、私のハートを盗んだどろぼうさん」



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✔篠ノ之箒 【人名】
 篠ノ之家の次女で篠ノ之束の妹。
 親が神職であるが為か保育施設に行くことなく“暴言”等の悪意を全く受けなかった結果、純粋で素直な性格に育った。 だが、そのせいで箱入りといっても言いほどに外出した回数が少なく主に庭である篠ノ之神社の敷地内で時折来る織斑一夏と遊んでいる。
 また篠ノ之神社の後継者として様々な神事を少しずつ教えられた。

✔岸川夏月 【人名】
 織斑千冬と同じ組に在籍している女子中学生。
 性格は明るく親が共働きのため必然的に家事等が人並み以上こなせるようになり岸川家の生命線を握ってる。 そのせいで勉学に励む時間が削られ成績は中の上辺りを漂っているが頭が悪いという訳ではない。
 篠ノ之束を反面教師としながらも少しだけ目標としている数少ない人物。

Vorpal(ヴォーパール) 【戦艦】
 ドイツ初の航空母艦で分類上は正規空母。
 元々はフランス海軍の原子力空母“シャルル・ド・ゴール”の前に建造をされていた原子力空母なのだが、とある事情で建造を中止。 解体しようにも莫大な金額を必要とするため後に使用できる物を抜き取り放置していたところを空母の建造経験がないドイツが日本円にして約3,800億を出す事でフランスは当艦を売却した。
 それを改修しドイツは正規空母として使用している。

✔アナスタシア・レイセル 【人名】
 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍、第三機動隊郡に所属する海軍中尉。
 少しばかり男勝りな口調ではあるが女性的な物腰の柔らかさを時折見せるルティツァ級新型潜水艦の操舵士。 息の詰まる部署のためストレスを溜め込みやすく、暇があれば趣味であるゲーム等でストレスを発散しており、その性格が災いし未だ未婚。
 しかし異性との話題に尽きることがなく容姿も悪くないため好かれてはいる。

✔Projekt Brunhild 【用語】
 人型機動兵器量産化計画を指す。
 “白騎士”及び開発者を捉え機体構造から製造過程までを把握し複製した機体による兵備増強等を目的としている。 同時にシステムの一部を流用可能であった場合、戦闘機の新規開発も視野に入れていた。
 また開発者を捉えた場合、遺伝子強化試験体実験に使用する事も考えられていた。

✔織斑一夏 【人名】
 織斑家の長男で織斑千冬の弟。
 歳相応の活発さを見せ何事にも興味を示す何処にでも居そうな男の子として育ち、帰ってくる様子を見せない両親の顔を覚えていないせいか、共に生活している篠ノ之束を母のように見ていた。
 また家に帰ることが難しい篠ノ之束に代わって篠ノ之箒への言伝を頼まれたり遊び相手にもなっていたりもする。



《IMS-00“Raising Heart Exelion”》

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