世界とISと名もなき者へ Re:   作:葵 束

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 酷く暗く狭い場所。 そこが夢の世界であると最近ではあるがリリィは理解できるようになっていた。

 それは常に何かが燃え盛る光景だから慣れてしまっていた感覚。 その慣れがリリィに夢という自覚を与えている。

 だがしかし、今回の夢をリリィは夢だとは思えなかった。

 ――ここは……。

 何も燃えてはおらず向かい合う二つの影がリリィの目に映る。

 

『……それにしても……思い切ったこと、したね……?』

 

 その声にリリィは息を呑み、その人物の顔を見つめた。

 長い銀の髪に紅い眼、そして常に見続けているはずの見慣れた自分の顔。 そこに居るのは確かに自分によく似た誰かだ。

 夢だからだろうか、そこにいるリリィらしき影が自分だとは思えない。 だからこそ自身に似た誰かという思考になってしまう。

 また、そのリリィに似た誰かの身体は成熟しており、女性らしい身体の凹凸(おうとつ)や物腰の柔らかさが男とは違う女をリリィの目に焼付けさせる。 誰もが目を奪われる美女ではあるが、その目に生気はなく虚ろな目で対面する誰かを見つめていた。

 

『ん、知ってるからこそ……私は全てを私に託しただけなんだけど……』

 

 その声に、またも違和感を覚える。 リリィに似た女性から発せられた言葉ではないということは対面する誰かが口にしたのだろう。 しかし今度は自身に似た姿ではなく、その声に違和感を覚えたのだ。

 恐る恐る女性の前に座る声の主に視線を向け、その姿を確認しリリィは夢の中であるのにも関わらず思考が停止したような気がした。

 そこにいたのは、またもリリィに似た誰か。

 同じ顔の人間が三人も並ぶと流石に夢だと思いたくなってくる。

 

『……ちゃんと託せた?』

 

 夢か現実か理解できない目の前の光景にリリィは溜息をつきながらも、先の言葉が引っかかり思い返す。

 「全てを私に託した」という言葉は一体何を意味しているのだろう。 そもそも託すという言葉の意味は「自身が成すべき事を他人に任せる」という意味があり、自身から他者へというものだ。 また「気持ちなどを他の物にことよせて表す」という意味も持っているが、先の言葉からは前者の意味合いが強く感じられる。

 そもそも自身に託すということは既にソレを保有している事でもあり意味を成していない。

 

『……兄さんがいれば……守れたんじゃないの?』

 

 しかし考える時間をリリィに与えてくれない。

 二人の会話は進み、ただ見ているだけのリリィには会話を止めることも言葉の意味を問うことさえ許されず、ただ二人の会話を聞き、そこから何かを理解するだけ。 今の「兄さん」という発言から二人が兄妹である事を理解したように、会話から答えを探さなくてはいけないのだ。

 

『……それだと、私達が望む結果にはならない』

 

 また何かが引っかかる。

 「私達」ということは自分以外の誰かも、リリィに似た女性の発言から生まれる結果を望んでいないという事だ。 何を守るのか理解できないが、それを守ることで結果が違うのだろうか。

 ますます理解ができなくなる。

 

『「長い年月をかけてでも――と、共にいるために道を探す」って……あの時、言っちゃったからね』

 

 誰かと一緒にいたいという願い、それを自身に託したらしい。

 それが出来ないというような発言にリリィは、まるで悲劇のヒロインを演じているように見えてしまい苛立ち自分に似た誰かを睨んでしまう。

 自分が可愛そうだと言っているつもりなのだろうか、それともリリィに似た女性に何かを乞おうとしているのだろうか。 どちらにしても品性がなくリリィにとって避難したくなる人種である。

 しかし何故だろうか。 リリィは苛立つどころか何故か共感してしまいそうだ。

 

『それだとダメ、なの……?』

 

 虚ろな目が、そこにいるはずのないリリィへと向けられる。 夢であるからこそ、ありえないことではない。 しかし、その目は確実にリリィという、いるはずのない存在を捉えていた。

 

『知ってるくせに』

『……別に、知ってるわけじゃ……』

 

 視線を戻し表情から何を考えているか判断がつかないほど、口しか動かさないリリィに似た女性に少しだけ恐怖を覚える。 人間味がない、その動きは夢の中という空想でしか生きられない存在だろう。

 ならば今リリィが見ている光景は、やはり夢なのだ。

 

『私だと、もう助けになれない……。 だから……私の代わりに助けてあげてくれないかな?』

『……勝手、だね……』

 

 初めて見せる、その呆れたかのような表情に夢と現実の境界が混ざり合いリリィが、今どちらにいるか見失わす。 ただ、その無気力な表情からはリリィとは違う別の誰かということだけは確実に理解できた。

 問題は、もう一人のリリィに似た誰かだ。

 こちらに関しては男なのか女なのかわからない曖昧な性別をしており、声も姿も今のリリィが成長したら同じであろう姿をしている。 まるで未来の自分を見ているようで気味が悪い。

 

『……助けるのはいいけど……先にアレを潰したほうが、確実なんじゃないの? ……それとも、助けるという名目でアレを潰す……?』

 

 何を言っているか理解できないが嫌悪感とは別の方向から殺意と憎悪という負の感情が沸き上がってくる。 自身の理解できない場所で理解できない感情が動くことに不安を覚えながら、夢という舞台で初めて起きた事に混乱してしまう。

 

『それだと、きっと私と同じになる……』

 

 そう言いながら部屋のドアを眺め、その向こうにいるであろう存在をリリィに似た誰かは見つめる。 その人物が特別な存在だということは夢の中でも、なんとなく理解できた。

 ――誰……?

 その人物が誰なのか知りたかったが動くことができない。

 

『……ああ、なるほどね……』

 

 言いたいことに気がついたのか、リリィに似た女性は無表情のまま納得する。

 

『だから、お願い――、あの子を……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イージスは早足で艦橋へ向かっていた。

 昨夜、アナスタシアが見た光景が原因で苛立ちながらも見たくない顔の元へ歩くことが更に苛立つ。

 

「艦長!!」

 

 入ってすぐ目に入った人物に声をかけ振り向かせる。

 

「なぜ昨夜、F-35を発艦させたのですか!」

 

 Fー35とはアメリカに存在する“Lockheed Martin(ロッキード・マーティン)”社が開発したステルス戦闘機、通称“Lightning Ⅱ(ライトニング Ⅱ)”のことである。 世界で最新鋭ステルス戦闘機を作っていることで有名な会社が作り上げた機体とあってフライアウェイ・ユニットコストは高く、ステルス性能故に機体内部に隠し持つようミサイル等の兵装は機外搭載を避け、また垂直離着陸をも可能としているため内部構造は複雑だ。 

 それを何故、ドイツ軍が保有しているのかも問題であるがイージス言いたいのは、そのことではない。

 乗員にすら秘匿にする、その行動に腹を立てているのだ。 元々軍上層部の行動が気に入らなかったため、ここぞとばかりにイージスは噛み付く。

 

「そんなことか……極秘作戦だ。 ハルフォーフ大佐に通達が来ていないということは、大佐が気にすることではないということだな」

「ならば“Projekt(プロジェクト) Brunhild(ブリュンヒルデ)”とは何です!?」

 

 その言葉にイージス以外全員が首をかしげる。 おそらく艦長を含む一部の者以外、その内容を知らないのだろう。

 

「いくら極秘作戦とは言え乗員にすら極秘というのは行動に支障が出ます! それを知っておられるのですか!?」

「無論知ってるさ……」

 

 後ろからの声にイージスは振り返った。

 ――馬鹿な……仮面隊長だと。

 それは出航時には居なかったはずの仮面をつけた怪しいトライワイト・スプリング大佐だった。 出身不明で軍属がイージスより長い左官が相変わらず怪しい表情を仮面で隠しながらイージスの横を通り過ぎ艦長の近くまで歩く。

 

「言っておくが、そのF-35Bはウチの隊にいるダルダロス大尉のものだ。 大尉には私をこの艦まで運ぶように命令を受けていたのでな……悪いが、そこは許してやって欲しい」

「運ぶって……F-35は単座ですよ……」

 

 イージスが「単座」と言った瞬間、仮面で隠れた表情が曇る。 それを見てトライワイトが、どのようにして運ばれてきたのか予想がついた。

 そもそもF-35はヘッドアップディスプレイという透明な光学ガラスに画像と投影することで搭乗者に情報を視野に入れる設計ではなく、ヘッドマウントディスプレイを搭載している。

 こちらは光学ガラスを必要とせず頭部に装置を装着することにより視点を動かしていても正面を見続けることが可能であり、光学ガラスを確認する必要も搭載することもない。 これによりコクピット周りが従来機より省略され様々な内部機構を保有した一人乗りの機体となった。

 同じ“Lockheed Martin(ロッキード・マーティン)”社製のF-22“Raptor(ラプター)”と比べ若干ではあるがキャノピー部分が狭くなっているのは、その内部機構によってコクピット後部が開閉し垂直離着陸機能として機能するためであり、おそらく単座機の中ではコクピットが一番狭い分類に当たるであろう。

 そのF-35“Lightning Ⅱ(ライトニング Ⅱ)”にダルダロス大尉と共に乗ったということは、どれだけ大変な乗り方をしたのだろうか。

 ――考えるのはよそう……。

 しかし同時に不可解な点にも気が付いてしまう。

 F-35“Lightning Ⅱ(ライトニング Ⅱ)”はユニットコストの最低値でも5,000万ドル、最高値の予測として約二倍の9,500万ドルという機体でもあるのだ。 いくらドイツといえ簡単に購入できる金額でもない。

 考えれば考えるほど理解ができない状況にイージスは顔をしかめる。

 

「そういえば君はスカーレット少佐と同じ隊だったな……?」

 

 唐突にリリィの名前を出されイージスは呆然とするが少し考えたあと肯定した。

 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍第五空軍師団に所属する部隊、通称“Flabellum(フラベルム)”隊の隊長がイージスであり、航空管制及び指揮をする早期警戒管制機に搭乗して直接イージス達に指示をしていたのがリリィだ。

 厳密には同じ隊とは言えないもののリリィがイージスを初めとした“Flabellum(フラベルム)”隊との交流が深い事は軍内部で、それなりに有名な噂でもある。

 しかし何故今になってリリィの話題を出すのだろうか。

 

「ならば君にはコレが理解できるのだろうな。 彼が設計した機体を……」

 

 そう言って差し出される書類にイージスは心当たりがあった――以前リリィと食事していた時に所持していた書類の一部だ。

 まさかと思い、その書類を受け取ると目を通す。

 ――この兵装……いや何だ、この機体は!?

 搭載されている兵装に目を疑う。

 

「何を思っていたか知らんが、元少佐が書き記したCFA-44という型式番号を持つ機体。 これは理論上、戦闘機に搭載可能な程に小型化したレールガンを装備する事ができる次世代機といってもいい」

 

 その言葉はイージスの耳には入らない――リリィが書き記したレールガンユニットにイージスの全ては奪われていた。

 レールガンという言葉自体それほど珍しくもない物だが実戦投入された経歴はなく、最近になってアメリカ海軍が輸送艦に備え付け実証試験に入ると言われた程度の試作機だ。 それを小型化し戦闘機に搭載することが理解できない。

 思い返せば開発や整備が得意だと口にしていたリリィだが、まさか今それを突きつけられるとは思いもしなかった。

 

「……これを何処で?」

「彼には秘密が多かった」

 

 返答することもなく唐突に語りだしたことにイージスは身構える。

 

「何時、士官学校を出たのか……何処で生まれたのか。 その経歴、行動を知る人物がいない……“Flabellum(フラベルム)”隊の一部、ハルフォーフ家の息がかかったものを除いてな。 気が付けばスカーレット元少佐は、その昇進も記録されずドイツ軍に士官として在籍していた」

 

 スカーレット・リリィという存在を遠まわしに知っていると口にするトライワイトが何を考えているか理解できない。 仮面に隠されているせいで何を考えているのかすらイージスには理解できず、ただ黙って聞くだけ。

 

「しかし、それを咎める者は誰もいない。 既にスカーレット・リリィはドイツ軍内にはいないのだからな……そうだろう?」

 

 確かにリリィは撃墜された早期警戒管制機に乗っており、その生存は絶望的だ。 掃討後、イージスやクラウスを初めとした数人がリリィの救助に向かったのだが、その姿は遺体としても見つからなかった。

 高高度から落とされたのならパラシュートを使ってない限り確実に死ぬだろう――しかしパラシュートの形跡すら無いのが現実である。 スカーレット・リリィは死んだのだと思うしかない。

 ――だが、何故このタイミングでスカーレットの名前を……?

 リリィの事を問題にするつもりはないようだが奇妙な感覚がイージスを襲い、相変わらず癇に障る喋り方だと思いトライワイトの仮面を見た。

 

「無論、スカーレット元少佐も私と同じように訳ありだったのかもしれない……くどい様だが、そのことに関して私は何も言う気もないし問題だと指摘しようにも当の本人がいない。 Missing In Action……つまりは戦闘中行方不明……」

 

 確認するように告げるが、その言葉は確定した事実しか言っていない。

 

「しかし……もし、彼が生き延び……我々の知らぬ所で新たな兵器を作っているとしたら……。 もし、彼が我々の向かう先にいるのだとしたら……」

 

 その言葉に誰もが息を呑んだ。

 ――スカーレットが、生きている……?

 ありえない事にイージスは思考が止まりかけた。

 本来なら嬉しいことであるのだが、それが事実であるというのなら、それは既にMIAではなく脱走兵を指すAbsent Without Leaveであると言っているようなものだ。 平和に生きて欲しいが見つかれば拘束され軍事裁判にかけられる可能性が無いわけでもない。

 微妙な気持ちになりながらもイージスは再度、持っている書類に目を落とした。

 

「さて、ここでハルフォーフ大佐の言う“Projekt(プロジェクト) Brunhild(ブリュンヒルデ)”という極秘作戦についての概要を説明する。 後で中隊全員に通達してもらおうか……」

 

 何を目的として中隊を引き連れ、ここまで来たのか知りたいイージスにとって、その言葉を待っていたが先の言葉を聞く限り嫌な予感しかしない。

 

「先日、日本で極秘裡に開発され発表された試作機がある。 その開発者を本艦にエスコートして欲しい」

 

 誘拐して来いということなのだろうか。 エスコートという言葉であったが考えたかによっては拉致、誘拐という事である。

 日本との関係が悪化する、そう口にしそうだったが発艦したF-35“Lightning Ⅱ(ライトニング Ⅱ)”が何処へ行ったのか、ようやくイージスは気がつく。

 

「なに、君達は本艦まで安全にエスコートするための警備員だ。 既にダルダロス大尉が迎えに行っている」

「では……」

「君達には迎撃を担当してもらいたい」

 

 その言葉は全員を呆然とさせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んぁ?」

 

 前日と同じように束が使っている織斑家の空き部屋でリリィは目を覚ました。 昨日より遅い時間に起きたと感じたが“白騎士”の改修をし、それを終え束が食事したのを見届けてから眠りに就いたため仕方がないとは思う。

 片手で首にぶら下げている待機形態の“フリーダム”を確認し、その行動にリリィは溜息を付く。

 “フリーダム”はリリィが知る限り存在する全ての兵器を上回る性能を持っているのだ、無くなり何者かが悪用するという心配をするより持っている方が心配事は少なくて済む。 ただ確認するまでにリリィは何も考えなかったせいで、その行動が自身の大切なものを確認する行為と同じである事に気がつき、たった数日で兵器を大切な所有物であると感じるようになった事が溜息の原因である。

 まさか“H&K MARK 23”と同じように自然と手を伸ばすようになるとはリリィは予測してもいなかった。 同じ兵器とは言え“フリーダム”は大量殺戮兵器に分類されるため微妙な気分だ。

 

「束……朝だよ、っていないし」

 

 隣で寝ているはずの束を起こそうと声をかけたが昨日のように、そこは蛻の殻。 今日も朝から朝食を作っているのだろうか。

 何だか申し訳なく感じリリィも急いで着替え台所へ向かう。

 ――甘ちゃん……そういうんだろうね、クラウスは……。

 遠くの空にいる仲間が、そう言いそうだと思い少しばかり苦笑した。

 結局、束を危険視しながらも共に居続けるのは匿って貰うためでもあったがリリィ自身、束に何かを感じており離れられないというのが現状である。 人恋しいのだろうかと考えてみたが、それほど自分という人間が弱いとも思えない。

 少しばかり自分に呆れてしまう。

 

「おはよう……あれ?」

 

 総挨拶しながら開けた台所に続くドアの向こうには誰もいなかった。 部屋に入り全体を見渡すが、そこに人の影はない。 学校に行ったのだろうと思ったが時刻は六時を回ったところで、通学には早いだろう。

 また“白騎士”の改修をしているのだろうとも考え呼びに行こうと思い悩んだが止めテレビをつけることにした。 朝のニュースが部屋に響く。

 

「……簡単に平和な世界に馴染むな、お前は」

 

 後ろから声をかけられリリィは振り返り、そう言った千冬の顔を見る。 起き抜けなのだろうか、まだ制服は着ておらず無防備な姿をリリィの前で晒していた。

 それなりに信用されているのだろうかと思ったが警戒心が強い千冬の事だ、子供だと思って少しばかり気を抜いているのだろう。

 

「別にいいじゃん。 平和なんだしさ……」

「そう言いながら、まだ物騒なものを持ってるんだな……そのスカートの下に」

 

 足のホルダーに気がつかれないよう収められている“H&K MARK 23”のことを指していることに驚く。 だが首に下げている“フリーダム”も兵器であることには違いないため、よくよく考えてみるとリリィは重武装していると考えられていても何もおかしくはない。

 それを知っているはずの千冬が無視をするという事は、それなりに警戒を緩めているということなのだろう。 それとも千冬からは“フリーダム”が見えなかったのだろうか。

 ――ま、別にいっか……。

 久々に気を緩めることができる時間が出来てリリィはソファに背を預けた。

 興味のないニュースではあるが聞き流しながらも朝食を、どうしようかと考え少しだけ平和に浸かる。

 だが僅かな平和は崩れ去ってしまう。

 

《只今、緊急避難警報が発令されました。 避難指定区域は……日本全土……?》

 

 アナウンサーの不思議そうな言葉が印象的だ。

 

《失礼しました! 繰り返します……只今、政府が緊急避難警報を発令しました。 避難指定区息は日本全土となっております》

 

 日本全土が避難指定区息なのに一体、何処へ避難しろというのだろう。 アホらしいと一瞬だけ思ってしまったが思考を戻し確認する。

 テレビの画面は日本の約全体が真っ赤に塗り潰され点滅しており危険だと記しているが、それを平和に浸かっている日本人の何人に通じるだろうか。

 とりあえず“フリーダム”のレーダーだけを即座に展開し広範囲で何が起きているか調べ始める。

 緊急避難速報が地震であるのなら緊急地震速報となり避難しても無意味で、その範囲は広く、もはや地震ではないと誰もが直感的に思いつくだろう。 また津波警報も自然災害に影響を受けるものであり日本全体を脅かす津波なら、もう既に何らかの衝撃を受けてなくてはならない。 そのため地震や津波という二つの予測を除外し考えうる他の結果は地球ではなく上からの物体だけ。

 例えの話となるが太平洋戦争においてアメリカ本土空襲計画が中止になる中、日本がアメリカ本土に対し風船爆弾を用いた空襲を実施している。 これは当時、日本だけが存在を解明していたジェット気流を利用し日本数ヵ所の海岸からアメリカ本土へ向け飛ばされ、アメリカ、カナダ、アラスカなどに到達。 死者を出す被害やプルトニウム製造工場でトラブルを引き起こしたりと損害を与えている。 今の時代では特に何も感じられないが当時は、この風船爆弾に生物兵器や化学物質が搭載されていなかったか等、アメリカに対し絶大な心理効果を与えた。

 このように国土の何処が範囲になるかわからない物は不規則に飛来する物体、もしくは広範囲にわたる化学物質が挙げられる。

 

「……ん、リリィ?」

 

 テレビから発せられる声に眉を潜めながら千冬はリリィを呼ぶ。

 ――束は知って、る……いや、まさか!?

 考えたくもない事が脳裏を過り急ぎ束がいるであろう地下へ向かうが、そこには束も“白騎士”も存在しなかった。

 

「おい、リリィ! 一体どうしたんだ……?」

 

 リリィの後を追ってきた千冬が問いかけるが返答する時間も惜しく、すぐに来た道を走り抜ける。

 

「おい!? 一体何がどうしたって言うんだ!?」

「千冬はそこにいて! そこなら安全だから!!」

 

 嫌な予感が加速していく。

 レーダーを確認し飛来する物体を見つけた瞬間、ある一つの仮説がリリィの脳内を支配した。

 束が何かしたのかもしれない、だからこそ束がいるであろう場所へ向かったが、そこにいないとなると連絡を取る時間はなく話を聞くのは後回しにするしかない。 それが逃げ隠れするリリィを目立たせる行為だと理解していても、今それを出来るのはリリィが持つ“フリーダム”だけだ。

 玄関から出る余裕もなく開いていた窓から庭に出ると“フリーダム”を展開し、即座にメインスラスターを吹かし飛び立つ。 目的地はレーダーが捉えた日本に迫り来る二千を越える弾道ミサイル郡、その迎撃可能範囲。

 緊急避難警報は弾道ミサイルによるものであった。

 ――間に合え……間に合え……!

 現在の日本には防空戦闘を重視して開発されたイージス艦が配備されている。 ただし保有数は世界で二番目というものの、その数は多いわけではなく同時迎撃を可能としていても二千を超える弾道ミサイル全てを迎撃できるわけではない。

 つまり手が足りず確実に数発は日本に着弾してもおかしくはないのが結論となる。 確かに何処に落ちるかわからない物は、あのような速報になってもおかしくはないだろう。

 弾道ミサイルの特性上、長射程であり迎撃が困難ではあるが唯一の救いとして命中精度が低い事が挙げられる。 日本に着弾しない弾道ミサイルとはいえ迎撃を無視する事は問題であるが、この際贅沢は言っていられない。 着弾までの短い時間で弾道ミサイルの角度を全て計算し必要最小限の飛行を行い迎撃しなければいけないのだ。

 それは位置情報の確認から、その角度までを正確に把握し割り出すということであり不可能に等しい。

 

「ICBMが混じったミサイル郡……。 位置特定……くそっ、こうも多いとレーダーでも……! ……なら位置情報を更新してICBMの着弾位置を表示……来た!!」

 

 しかし“フリーダム”は違う。

 リリィという存在を得て最大限の情報処理能力を持った存在であるがために、迎撃優先順位を僅か数秒足らずで導き出した。

 まずは北陸や中国地方。 ここは普通に考えても海で隔てているとはいえロシア等、アジアの広大な大地と隣接していると言っても過言ではない場所である。 当然、弾道ミサイルの着弾が早く海に落ちるということはない。

 可能性として同時発射された弾道ミサイルの着弾地点が定まっていなければ日本を飛び越え通り過ぎる可能性がある。 これは弾道ミサイルの射程が一万キロというため考えうることだが、それはアラスカからニュージーランド、つまり約地球半周分ということだ。

 ならば迎撃しなくても問題はないと思うだろうが弾道ミサイルには数多くの思惑が絡み合い作られている。 通常弾頭なら問題はなく先も言ったとおり迎撃を無視して構わない。 しかし弾道ミサイルに核弾頭や化学物質が積まれていたら、それは海に落ちても汚染の原因となってしまうため適切な処理が必要となってしまう。 当然、迎撃をしたら落下地点を中心として汚染が広がる。

 ――全弾頭の発射分類を確認……問題なし!

 今回発射された弾道ミサイルは化学物質などを搭載されていない通常弾頭のようだ。 少し考えれば化学物質を積み込んだ弾道ミサイルは保有しているだけで、各国から非難されるものである。 この平和な世界に、そのようなものを持つのは一部の国だけだろう。

 

「誘導された形跡は無し……ただ発射されただけ? それなら数は多いど……“フリーダム”!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 目の前に広がる弾道ミサイルは空を覆い尽くしているように見えなくもない。 それら全てをリリィは“フリーダム”に搭載された火器管制システム、マルチロックオンシステムで捉えていく。

 これは名前通り複数の物を捉えることができ全砲門から数多く砲撃しても精密に当てることを可能としている。 そのためリリィが引き金を引いた数だけ弾道ミサイルは撃ち落とされた。

 ――時間がない……。

 “フリーダム”だけでは間に合わないのは何度考えても確実なことであり、イージス艦が少しは落とすだろうが厳しいものはある。 速度を上げ場所を移動しながらピクウス19ミリ近接防御機関砲を撒き散らし迎撃、何度も全ての砲身が弾道ミサイルを迎撃するため光の矢を撃ち放つ。

 

《リリィちゃん! 聞こえる!?》

 

 そんな中、唐突に束の声が無線を通しリリィの耳に届く。

 レーダーに“白騎士”の反応が出たため束が起動し無線を繋げたのだろう。

 

「束、今どこに!?」

《リリィちゃんから南東約1,200km地点! それより全部迎撃しないといけないの!?》

「海に落ちるのが殆どだとのはずだから地表に落ちるヤツだけ落として! 確認しただけでも全て通常弾頭、できる!?」

 

 聞きたい事があったが、その焦る束の声を聞きリリィは問いかけることをやめた。

 当初、弾道ミサイルは束が“白騎士”の有用性を見せつけるため外部から発射させた自演行為ではないのかと疑っており、場合によっては束を殺す気でいたのだ。 しかし束の声からは焦りと困惑が聞き取れ、そして同時に束が兵器に関して何の知識も持っていないことを理解する。

 自身が出来ないことを自演として盛大に仕掛け失敗してしまうのなら、それこそ“白騎士”の性能を見せつけるという目論見は失敗したも同然で被害を被った者の矛先は束に向く。 それを理解できないほど束は馬鹿ではないはずだ。

 

《できないなんて言ってられない……やるんだよ!》

 

 そう言うが“白騎士”が装備していた大剣は昨夜調整したドレイク社の椀部では振り回せないと考え、リリィは全ての武装を“白騎士”から取り外していた。 今の“白騎士”は丸腰といってもいい。

 

「武器はあるの!?」

《無いけど……スタビライザーとして取り付けたパーツを使う! どれだけ持つかわからないけど……やるだけやる!》

 

 どうやら武器ではない装甲部分を取り外し近接武器として扱うようだ。

 




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✔F-35 【機体】
 ロッキード・マーティン社が製造したステルス戦闘機。
 統合打撃戦闘機計画(Joint Strike Fighter Program)で作られた機体で、同一の機体構造を持ちながら基本型である通常離着陸機、短距離離陸及び垂直着陸、艦載機という三つの派生型が存在している。
 愛称は“ライトニング Ⅱ”であり“ライトニング”は1939年に正式採用されたP-38と呼ばれる航空機のため開発計画の略称である“JSF”で呼ばれることが多い。

✔ロッキード・マーティン 【企業】
 アメリカ合衆国に本社を置く航空機及び宇宙船の開発製造会社。
 1995年にロッキード社とマーティン・マリエッタ社が合併し現在のロッキード・マーティン社となった。 世界で最新鋭のステルス戦闘機を開発、製造しており軍需部門の売上高は2000年以前から最上位周辺を維持している。
 2009年にアメリカ国防総省、2012年にBAEシステムズから、その高すぎる機体の設計及び製造技術を狙い様々な情報が中国人ハッカーの手によって流出した。

Flabellum(フラベルム)隊 【組織】
 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍 第五空軍師団 第506戦術飛行隊の愛称。
 軍内部での立ち位置は試作機の試験飛行やドイツの国防を行う十人規模の飛行隊で、その腕は多数の戦時勲章を保有する隊長を初めアグレッサー部隊に所属していた者、第二空軍師団に所属していた優秀なパイロット等がいるため比較的に高い。
 またドイツでのアグレッサー部隊の少なさからか各国の共同訓練に頻繁にさせられ本職の真似事をさせられている。

✔トライワイト・スプリング 【人名】
 ドイツ連邦国防省連邦防衛軍、第五空軍師団に所属する大佐。
 目元を仮面で隠し続けている空軍諜報部の一人で素性や経歴などが一切不明の人物。 判明している容姿や髪色からスカーレット・リリィの親ではないかと噂されており本人は黙秘している
 また第502戦術飛行隊の隊長でもあり優れた操縦技術を持つ。

✔弾道ミサイル 【兵器】
 大気圏の内外を弾道を描いて飛ぶ対地ミサイル。
 最初の数分間に加速をし、そのご慣性によって地球の中心を焦点とする楕円軌道を飛翔する。 特徴としては迎撃が困難であることがあげられるが反面、加速後の慣性飛行による命中精度が悪い点が問題としてあげられる。
 なおロシアの保有するICBMは射程が10,000キロを越えるのにも関わらず命中精度が高い。
 ※Wikipediaから抜粋

✔マルチロックオン・システム 【技術】
 一体多数を目的とした火器管制システム。
 複数の目標物を捉え精密な射撃を一度に多く行う事ができるのだが、このシムテムを使用した所で全ての機能が正常に稼働する訳ではなく、ある種の生体レーダーを搭乗者が担い初めて正常に可動するようになっている。
 またマルチロックオン・システムを正常に使用できたとしても機体の兵装によっては使用できない場合もある。


《織斑千冬》

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